泰緬鉄道路線図の復元と通過の想い出
鹿野幸彦（鉄道ピクトリアル　昭和45年12月号より）

　私達の部隊は、昭和19年9月始め、泰緬鉄道によってビルマに運ばれた。
　懐しい日本製の機関車に引かれて千古斧鉞を加えぬ密林を行くのはちょっとした冒険であったが、やはり気持は複雑だった。
　すでに戦局は落日の色濃く、ビルマにおいてもインパール作戦の惨憺たる結末に続いて、フーコン方面またミチナの玉砕により、唯ならぬ様相を呈していたころである。
　泰緬線を後退する傷兵の姿は、悲惨に満ち満ちていた。
　「生きて帰れぬかも知れない」……
　いま地獄の入口に立って、始めてその言葉をひしひしとして身に感じたのである。何時の日にか再びここを通ることがあろうか？
　ジャングルの奥深く消え行く２本のレールを眺めて、不覚にも感傷的になって帰る日を夢みた私達であったが、その後の激戦に多くの仲間は、永久にその夢を果し得ずして散った。
　しかし生残った私達もまた再び通り得なかったのである。
　間もなく線路はイギリス軍の命によって取外されてしまったからである。
　25年後の現在、同線はタイ側の起点から130kmばかりのナムトクまでが残されて運行されているが、大部分の鉄路は幾万の人々の血と汗、いな枕木一本につき一人の生命が失なわれたとまでいわれた難工事の跡も、恐らくあとかたなく夏草の繁るがままに埋もれ去っていることであろう。
　人力の限界が自然にいどんだ空しさを、そしてまた戦争というもののおろかしさを、国境の密林はいかに眺めてきたことであろうか。
　ともあれ今となっては、泰緬線は幻の鉄道である。
　そしてまた私のように、単なる通過者でなく、この線の建設に従事し、生みの親として苦労した人々にとっては、なおさら忘れ難いところでもあろう。