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町医　谷暘卿の鉄道建白書の原文

上駆悪金以火輪車之議

火輪の極めて速かなるものは一ミニットの間に能ー里を馳せ（英国のー里は我十五町弱）其遅きものと雖亦能く十丁を馳す凡そ世に人力を省き冗費を減じ重きを載せ遠きに行く何者の便利か能く是の右に出でんや所謂一睡千里坐睡して行くと実に国家の至実なリ臣聞西洋の諸州鉄道の相通ずること縦横蛛網の如し宜べや其富強此の如くなる火輪の器械よリ以て人と物を載する車二三十両を併せて其価凡そ我貳萬四五千金の上に出でず只鉄道を造るの資用を以て大なリと埓すのみ然リと雖鉄道を造り我一里の資用其路の平坦なるは僅かに一萬金を以て能く之を済す嶮峡の間には亦只之に三四倍すべしー且之を施すの資用は大なリと雖其人力を省き冗費を減ずる千載不朽の利益を以て之を考ふれば亦敢て大なリとせず然るを況して十年を出でずして其資を収むるおや其使途知らざれば則ち止む苟も既に之を知る如何んぞ之を施さヾるを得んや横浜開港爾来本邦の物産年々に増加す就中生糸、茶、蚕卵紙の如きは之を以て十年前に比すれば其殖すること凡そ十倍を以てすべし然して之を運輸するもの或は牛馬し或は負担し以て二三百里の遠きよリす其贅費果して幾多ぞや貿易の道は機変に処するを要とす負担牛馬日に行くこと僅か二十里以て彼の凸鼻の狭兒に接す其機を失し其利を耗する果して幾多ぞや本邦物産の多き信上岩陸羽を以て最となす信の上田上の厩橋奥の福島羽の米沢等是皆其国産輳まる所なリ臣曾て惟みるに東京より奥の福島に信の上田に以て二路の鉄道を通じ以て国家の便に供せば富強の術以て待つべしと東京より兵庫まで鉄道を通ずること廟議既に決すると聞く希くば信奥二国ヘの鉄道亦是の時に於て施すを得ん其資の如きは臣併せて上つる悪金収合の策に就て之を要む可彼の悪金は紙幣を以て之れに換へ其の三分を民に借るに年二分の息を以てす即ち各国の所謂国債なリ息と紙幣局の費用は彼の収合する悪金の銀若くは銅を以て之に充つるも亦必ず剰りあるべし其三分を府藩県且貿易会の融通に供して其の息を我に収め亦是を此鉄道の資用に供せば莫大の悪金其三分と雖恐らくはー千萬金に下らざるべし東京よリ信上奥福の里程併せて百三十里に過ぎす坦嶮平準してー里程凡そ三萬金を以て之に充れば総計凡そ四百萬金にして二路の鉄道相通じ億兆の幸何を以てか亦此の右に出でんや毒を以て毒を治し不便を以て便に換ヘ上下相損せず千載の業を起し萬民の害を去り所謂一挙両全毫も遺害なからしむるの法なリ謹んで惟みるに方今神聖上に在まし賢相位に列し病院を設け救育所を建て貧を済ひ窮れむこと天下の共に知る所なリ然るに国家を富ますの基ひを建てずして以て目前の窮を救はんと要せば臣恐らくは事小恵に渉り日を亦足らずと語に曰く至仁は天の如しと願くは天下の大利を興し蒼生をして徳沢の内に在て自から知らざるに至らんこと是亦難きにあらず速かに四海の悪金を駆り是を取つて鉄道に換へ以て大に人力を省き亦大に冗費を減じ彼の凸鼻の狭兒をして独り其利を得ざらしめ実に四海萬世の幸福なり願くば臣が短才と臣が文字の拙なるを以て萬世の大業を棄てずんは臣実に萬死も辞せざる所也伏て願くは照察を乞ふ
臣頓首々々百拝敬白

午正月　　　　　　　　　　　　　　　　　　　臣　谷暢卿

（注　悪金：贋金　火輪車：汽車　凸鼻の狭兒：外人商人）