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Index　　一章　　二章　　三章　　四章

　二　ヨーロッパの戦争

　　　1 第二次世界大戦勃発 top

　チャーチルには、元ロンドン警視庁の刑事をしていたトンプソン警部が、護衛することになった。
　そしてチャーチル自身も、つねに拳銃を身につけていた。
　いざとなれば、彼はいつでも自分で身をまもり、敵をたおすつもりだった。

　ドイツ軍と戦っていたポーランド軍も、ついに九月二十日ごろには、まったく敗れてしまった。
　ポーランドが敗れたとみるや、九月十七日、ソ連軍はポーランドの東部国境をこえて侵入し、二十九日、ドイツとソ連は、ポーランドを分割する協定をむすんだ。
　十月一日、チャーチルはラジオで放送した。
　「ポーランドは、再び二大国によってふみにじられた。
　この両国は百五十年間にわたって、ポーランドを束縛してきたが、けっして、ポーランドの国民の精神を消すことはできない。
　ポーランド国民の英雄的な戦いは、ポーランド国民の魂を破壊することができないことを示している。
　ポーランド国民は、敗れたとはいえ、かならずや、再び立ちあがるであろう。
　ソ連は欲のために行動している。
　しかし、現在は手をにぎりあっているが、やがては、ドイツと戦うときがくるであろう。」
　このチャーチルの予言は、あたっていた。
　一時的には、利益のために手をむすびあったが、やがて、ドイツとソ連は、死の戦いをつづけることになったのだ。
　チャーチルの放送をきいていたチェンバレン首相は、まったくチャーチルのいうとおりだと、共鳴した。
　今はイギリス遠征軍は、海をわたってフランスへ移動を開始した。
　そして、この先発部隊は、九月四日、フランスに上陸した。
　イギリス軍はフランス軍ごとともに、せめよせるドイツ軍を撃破するため、前線に広く防衛線をしいた。
　一方このとき、ドイツ軍は西部戦線に四十二個師団、中央戦線に十六個師団、東部戦線に五十八個師団の兵力を配置した。

　ヨーロッパ大陸に戦線がひろげられ、一大合戦が行われようとしているとき、一九三九年十月十四日午前一時三十分、ドイツの一潜水艦が勇敢にもイギリス海軍の防衛線を突破し、スカバ・フロウというイギリス北方の海軍基地に停泊していた戦艦ローヤル・オーク号に、魚雷四発を発射して撃沈した。
　ごうぜんたる大爆発とともに、第二戦闘艦隊司令官ブレグローブ海軍少将と、七百八十六名のイギリス将兵は戦死した。このときのドイツ潜水艦は、Ｕ47号であった。
　この二日後の十月十六日、今度は、ドイツ空軍はスコットランド東海岸の基地ファース・オブ・フォースに来襲、イギリス艦隊に最初の攻撃をかけた。
　翌十七日朝には、スカパ・フロウが爆撃された。
　いよいよ、ドイツのイギリス攻撃が本格的になってきた。
　十月三十一日、チャーチル海軍大臣は、軍令部長をともなってスカパ・フロウヘでかけ、損害を視察するとともに、将兵を激励した。
　十一月二十三日午後、アイスランドとフェロー諸島間を警戒ちゅうの巡洋艦ラワルピンディ号は、突如、全速力でむかってくる敵艦の姿をみとめた。
　戦闘は開始されたが、ラ号はドイツ戦艦の命中弾をうけて沈没した。
　そして、ケネディ艦長以下二百七十名の将兵は、戦死した。
　敵艦は、戦闘巡洋艦シャルンホルスト号であった。
　あいつぐイギリス艦船の損害で、海軍省は、ごうごうたる国民の非難をあびた。
　チャーチルはこのとき、「責任をとる。」といったが、チャーチルがやめることを、国民はのぞまなかった。
　チャーチルのほかにこの大戦をのりこえる人はいない、と思った。
　これは、一九三九年の末のことである。

　2 チャーチル、首相になる top

　五月十日、夜明けとともに、またもや、重大な情報がまいこんだ。
　ドイツが、オランダとベルギーを同時に侵略したのだ。
　両国の国境線は、あちこちで突破され、ドイツは、この両国を通って、めざすフランスへの進撃を開始したのだ。

　チャーチルはいよいよ、全イギリス国民の信頼をうけて、大戦にたちむかうことになった。
　ヨーロッパ大陸の戦争は、ドイツ軍の猛進撃によって、ますます、激しさをくわえてきた。
　開戦とともに、ドイツの陸軍と空軍の主力は、まずポーランドの征服に集中された。
　またスイスの国境にかけた全西部戦線に、ドイツ軍四十二個師団が陣をはった。
　フランスは、これにたいして、七十個師団を配置したが、フランス軍の士気は、あがらなかった。

　十四日午後七時、チャーチル首相はレイノー・フランス首相から、フランス軍を応援のため戦闘機中隊をもっと送ってくれとたのまれた。
　イギリス軍の全航空部隊は奮戦した。
　しかしドイツ軍の高射砲は、もうぜんと火をふき、十四日だけで、イギリス機六十七機を撃墜した。
　これにたいして、撃墜されたドイツ機は、五十三機だった。
　十五日朝七時ごろ、チャーチルがまだベッドにいるとき、レイノー首相から至急電話がかかってきた。
　「我々は、敗れました。我々は、負けました。」
　「しかし、そんなに早く敗（やぶ）れるわけはないじゃありませんか。」
　「いや、セダン付近の戦線が、ドイツ軍に敗（やぶ）られました。
　敵は、戦車と装甲車の大部隊でなだれこんでいます。我々は、敗れました。」
　ドイツ軍は、セダンの南北で、八、九〇キロの線を突破した。
　そこをかためていたフランス軍は、さんざんに敗られた。
　ドイツ軍は戦車を先頭に、ものすごいスピードでせめこんだ。
　危機は、時間を追ってせまっていた。
　チャーチルはこの重大危機を、アメリカのルーズベルト大統領に電報で知らせ、自分としては最後まで戦う決心を示した。

　　　3 ダンケルク撤退 top

　これと同時にチャーチル首相は、できるだけ多数の舟艇を集めて、フランス海岸の諸港にむかう準備を命じた。
　フランスの海岸、カレー、ブローニュ、ダンケルクから二十四時間ごとに、一万人ずつのわりあいで撤退することが、準備された。そして第一回分として、渡船型三十隻、海軍掃海船、小型連絡船が十数隻、集められた。
　五月二十二日、イギリス海軍省は、イギリスに避難しているオランダの快速小船四十隻を集めて水兵を乗りこませた。ドイツ軍の進撃は、戦車隊と機械化師団が西方にむかって、海岸におしよせてきた。
　彼らは、なんらの抵抗もうけず、一日五、六〇キロのスピードですすんだ。
　一方、ドイツ軍の猛進撃をまえに、ダンケルク一帯の撤退作業がすすめられた。
　二十六日、チャーチルはレイノー首相に、イギリス遠征軍を撤退させることを通告した。
　ドイツ軍の包囲は、しだいにちぢめられてきた。
　イギリス四個師団とフランス第一軍は、友軍と切断されるような危機にあった。
　チャーチルは、三日間、心をいためていた。
　しかしイギリス軍四個師団は、非常な素早さで、一夜のうちにイギリス本土に脱出してきた。
　ほかののこったイギリス軍は、ドイツ軍をむかえて勇敢に戦って、ダンケルクから脱出するのを助けた。
　フランス第一軍はバラバラになった。戦線をダンケルクへ後退した。
　二十八日朝、ベルギー軍はせめよせるドイツ軍をふせぎきれず、ついに降服した。
　この二十八日にイギリス軍が、はたしてダンケルクを脱出できるかどうか、わからなかった。
　ここでイギリス軍は、一方ではドイッ軍の猛攻をふせぎながら、一方ではできるだけ多くの部隊の脱出を助けた。
　イギリス砲兵隊は、ドイツ軍にあらんかぎりの弾丸で猛撃をくわえて、その進撃をくいとめた。
　二十九日までには、遠征軍の大部分はダンケルクに到着し、海軍の撤退作業は最大の効果をあげた。
　三十日、総司令部は、イギリス軍の全師団はダンケルクに到着した、と報告した。
　しかし三十一日になって、フランス軍は食料や弾薬もつきはて、約五万の将兵はドイツ軍の捕虜になった。
　ダンケルクの撤退作戦は、壮烈であった。
　最初の撤退は、幸運にもその夜のうちに、イギリス海峡をわたって輸送された。
　翌朝早く、できるだけ多くの舟艇が集められた。
　イギリス遠征軍全部の救出には、大型船のほかに多数の小舟艇が必要であった。
　四十数隻のモーターボートやランチまでが動員された。
　またロンドンのドックにある客船の救命艇や、テムズ川のひき船、つり船、ヨット、伝馬船、遊覧船まで、あらゆる種類の船が動員された。
　そして無数の小舟が、潮（うしお）のようにフランス海岸にむかって出発した。
　その数は、大小あわせて八百六十隻だった。
　また、同胞をすくおうとして、自分のポートでオールをこいで、ダンケルクヘむかって出発する者もいた。
　このときのイギリス国民の不安は大変であった。
　同胞をすくえという声が、全国におこった。
　チャーチルは海軍省地図室長ビム大佐ほか、数名の顔が見えなかったのでしらべさせると、彼らは一隻のオランダ快速艇を手にいれて、ダンケルクの海岸にむかって出発し、くりかえし往復をつづけ、四日間に八百名の兵をはこんでいた。
　この救出はドイツ軍のあいつぐ爆撃下で行われたので損害もうけたが、敵機は海上の無数の小舟には、むしろ攻撃に閉口（へいこう）した。この蚊（か）の群れのような小舟の群れこそ、無敵艦隊におとらないものであった。
　こうして五月三十一日と六月一日の二日間に、十三万二千人が安全にイギリス本土に上陸した。
　このうち三分の一は、おそるべき爆撃と砲撃の中を、小舟艇がダンケルクの海辺からはこんだのである。
　六月一日にはドイツの爆撃機は、明けがたから猛攻撃をくわえ、このため密集した艦船の犠牲がおおく、沈没三十隻、損害は十一隻だった。
　この大混乱のダンケルク港と、その付近の海辺から、イギリス本土に上陸できた兵員は、イギリス海軍省の計算によれば、けっきょく、五月二十七日から六月四日までの九日間に、ダンケルク港から二十三万九千四百四十六名、付近の海辺から九万八千七百八十名、合計三十三万八千二百二十六名であった。
　また、陸軍省の計算では、三十三万六千四百二十七名となっている。
　フランスは同盟軍としては、すでに望みをかけられなかった。
　そこでチャーチルは、これよりさき五月十六日、イタリアのムソリーニ首相に、イタリアはドイツと手をむすばずに、中立をまもってくれと、手紙をおくった。
　しかし、ムソリーニ首相は、これをことわった。
　彼はドイツのヒトラーと組んで、イギリスをたおそうと考えていたのだ。
　六月十日、イタリア政府は明日、イギリスにたいして宣戦布告すると通告した。
　チャーチルは、いよいよ覚悟をきめた。
　イタリア軍がアルプス戦線にいるフランス部隊を攻撃したという報告がはいるや、イギリス政府はすぐにイタリアに宣戦布告し、ジブラルタル海峡のイタリア船五隻と、そのほか海上にいる全イタリア船をとらえる命令を発した。
　また十二日、イギリス爆撃隊はイギリス本土から、遠くイタリアへ飛んで、チューリンとミランを爆撃した。
　一方、ドイツ軍は、十四日、ついにパリに入城した。

　　　4 あいつぐロンドン空襲 top

　イギリスの運命は、いまや空の戦いにかかっていた。
　ドイツのヒトラー総統は、イギリス本土へ上陸する作戦計画をたて、そのためにはやはり、空の戦いに勝たなければならなかった。
　ドイツ軍はいまは占領したフランスとベルギーの全飛行場を基地として、イギリス攻撃の準備をおわった。
　イギリス本土までは、距離がぐっと近くなった。のだ。
　一九四〇年七月十日、ドイツの大空爆部隊はイギリス本土の上空に殺到した。
　これをむかえて、イギリス空軍もまいあがり、壮烈な空中戦が展開された。
　これをきっかけに、ドイツ空軍とイギリス空軍はたがいに猛烈な攻撃をくりかえした。
　ドイツ空軍はロンドンと工業地帯に爆撃をくわえて、この世界最大の都市を混乱におとしいれ、国民をおびやかして、休戦をもとめるのを期待していた。
　空中戦は、いよいよはげしくなった。
　イギリス空軍は技術に絶対の自信をもち、けっしてドイツ空軍に敗（やぶ）れなかった。
　八月二十日、チャーチルは議会で、つぎのように報告した。

　しかしドイツのイギリス本土空襲は、息をつくまもないほど、はげしくつづけられた。
　九月七日から十日間にわたるロンドンの夜間爆撃では、港や鉄道が破壊され、多数の非戦闘員が殺され、あるいは傷つけられた。
　九月十五日には、空襲が絶頂に達した。
　しかし、この日の夜、イギリスの爆撃機隊は敵の根拠地の港や船舶に、猛爆撃をくわえて大損害をあたえた。
　九月七日から十一月三日にかけて、毎夜、平均二百機のドイツ爆撃機がロンドンをおそい、ほとんど一日じゅう、空襲警報のサイレンが鳴りどおしだった。
　大ロンドンは、多くの傷から血を流しながらも、生きぬくために戦った。
　全市民は、敵の猛爆撃のなかで、あらゆる困難に耐え、あらゆる避難所をつくって戦った。
　十一月十五日、ドイツ空軍は、月明下に来襲、大爆撃をおこなった。
　このときの損害はとくにひどく、寺院や記念建築物が破壊された。
　また、十一月十九日から二十二日にかけての連続爆撃では、八百人の人命がうばわれ、二千人以上が傷をうけた。
　大空襲は、十二月二十九日、再びロンドンにやってきた。
　このときの損害も大きかったが、ロンドン市民は、いよいよ戦う意志をかためた。
　爆撃はこののちも数ヵ月つづいたが、そのあいだ国王は、バッキンガム宮殿の地下室にいた。
　うちつづくロンドンの空襲に全国民は、いよいよ固い心で立ちあがった。

　　　5 全ヨーロッパの激戦 top

　一九四一年はさらに二つの国が、ドイツ軍に征服された。
　四月六日早朝、ドイツ軍はギリシアとユーゴスラビア両国に侵入し、強力なドイツ軍の攻撃のまえに、この二国は降服した。勇敢なユーゴスラビアのゲリラ部隊は、山岳にたてこもってドイツ軍に抵抗をつづけたが、自国に侵入した敵を追いはらうことはできなかった。

　また、この年の六月二十二日、突如としてドイツ軍は、いままで同盟条約をむすんでいたソ連に侵入した。
　全世界は、再び、おどろくべきニュースに接したのである。
　思いだせば、一九三九年、ヒトラーはスターリンと不可侵条約をむすび、今後すくなくとも十年間は、互いにいかなる事情があろうとも攻撃をせぬ、という約束をしたのであった。
　両国はポーランドの分割を約束し、西ヨーロッパはドイツが自由にし、ソ連はフィンランドとバルチック諸国を占領してもよいと、ヒトラーは約束していた。
　しかしこれは、いつわりの同盟だった。
　ヒトラーは、内心では、いつもソ連を征服しようと考えていた。
　しかし、まず、フランスとイギリスを征服することだった。
　一方、スターリンはスターリンで、内心ではドイツを憎んで、ドイツが、西ヨーロッパ戦争で敗れるのをのぞんでいた。彼は、ドイツと条約をむすんでおけば、そのあいだに、実力をたくわえることができると思っていた。
　ソ連はポーランドの一部をうばいとり、フィンランドに重要基地をつくり、バルチック三国（エストニア、リスアニア、ラトビア）と、ルーマニアの一部を支配した。
　しかしそれも、ヒトラーの占領した地域にくらべれば、たいしたものではなかった。
　ヒトラーは、電撃作戦で西ヨーロッパ諸国を征服したが、チャーチルのひきいるイギリスだけは、どうしてもドイツとの平和交渉に応じないし、いくら攻撃をくわえても、断固として応戦して、ドイツの全ヨーロッパ征服を防害していた。
　ドイツはロンドンへの猛爆も効果がないとわかると、今度はソ連を攻撃することにした。
　ソ連のウクライナ地方は、見わたすかぎり豊作地帯であり、またコーカサス地方には、無限にわきでる石油があった。
　ヒトラーはどんなむごいことをしてもよいから、ソ連をかならず攻め落とせと、軍司令官たちに命令した。
　ヒトラーはソ連をまずたおして、それからゆっくりイギリスをかたづけようと、考えていた。
　ドイツ軍は昨日までの同盟国ソ連に、国境をこえてなだれこんだ。
　空軍は、大挙してソ連の空軍基地を猛爆撃した。
　ドイツは、非常ないきおいでソ連に攻め入ったが、ソ連は広い国であり人口も多い。

冬が来てモスクワ近くの戦いでソビエト軍に投降するドイツ兵

テヘラン会談（1943年11月）左からルーズベルト、チャーチル、スターリン

　それにソ連国民は、クマのように強い。ソ連軍、最初は敗れたが、最後のがんばりは強かった。
　一九四二年、ドイツ軍はソ連国内に深く侵入するにつれて、食料や水や弾薬に、こまってきた。
　ソ連軍は退却するとき、すべての建物も鉄道もダムも破壊し、井戸には毒物をいれた。
　それにやがて、もっともおそろしいソ連の冬がやってきた。
　これは冬将軍とよぱれるもので、むかしソ連に攻め入ったフランスのナポレオンも、この冬将軍のために敗れて帰ったのだ。
　十二月になって寒さがいよいよはげしくなり、雪中で戦うドイツ軍はへとへとになり、今度はソ連軍のために多数のドイツ兵が捕虜になったり、戦死する者がぞくぞくと出てきた。
　ヒトラーがいくら声をからして攻めるように命令しても、もうドイツ軍はこれ以上どうにもできなかった。
　ついに有名なスターリングラードの戦いで、ドイツ軍は怒（い）かれるクマのようなソ連軍のために包囲された。
　一九四三年一月三十一日、ついにフォン・パウルス元帥と九万のドイツ将兵は、降服した。
　ソ連にやぷれたドイツ軍は、一九四三年四四年と敗戦がつづき、ヨーロッパ戦線はしだいに最後の段階をたどってきた。
　チャーチルはアメリカのルーズベルト大統領、ソ連のスターリン首相とペルシアの首都テヘランで会合して、ドイツを打倒するための最後の打ち合せをした。

　　　6 ムソリーニの最後 top

　一九四五年三月末、彼はヒトラーと最後の会見をしたが、運命は、すでに、せまっていた。
　四月二十五日、ムソリーニは自分の軍隊の残りも解散させて、ミラノの大僧正にイタリアのゲリラ隊の代表との会見をたのんだ。
　大僧正邸でムソリーニはゲリラ隊の代表と会ったが、もうゲリラ一隊は一切、ムソリーニのいうことをきかなかった。
　その日の夕方ムソリーニは、残りの幹部全員を、三十両の車に乗せて、コモ湖畔の自分の宿舎へむかった。
　一行の先頭をすすんだのは、ドイツの護衛隊だった。
　ムソリーニはドイツ軍の大きな外套（がいとう）を着てヘルメットをかぶっていた。
　一行はスイスの国境にむかって、山道をすすんだ。
　このとき突然、前方と左右の林のなかからあらわれたのが、ゲリラ隊だった。
　ゲリラ隊は、銃と機関銃をむけて、「とまれ！」とさけんだ。
　ドイツの護衛隊はもう、戦う気持はなかった。全員は、そこでとらえられてしまった。
　ムソリーニと愛人は、翌日ひきだされ、共産党の命令によって、銃殺された。
　イタリアの独裁者の運命は、このようにしておわっだ。
　この最後の情景の写真がチャーチルに送られてきたとき、チャーチルは強いショックをうけた。

　　　7 ノルマンディー上陸作戦 top

　連合軍が世界の運命をかけ、ドイツ軍に最後のとどめをさすべきノルマンディー上陸作戦が決行されたのは、一九四四年六月六日、午前零時十五分、まだ海は暗いときだった。
　この冒険的な上陸作戦は、連合軍にとっても非常に苦心のすえ決行されたのだった。
　この上陸作戦に参加する兵力は、イギリス軍八〇パーセント、アメリカ軍二〇パーセントときめられた。
　この大作戦は「大君主作戦」といわれた。
　連合軍はアメリカのアイゼンハワー将軍が最高司令官に、攻撃軍司令官にはイギリスのモントゴメリー将軍が決定された。
　連合軍はこの上陸作戦を十ヵ月まえからひそかに研究していた。
　連合軍をむかえて戦うドイツの将軍は、アフリカのキツネとうたわれた知将ロンメルだった。
　彼は海峡の全戦線にわたって、無数の地雷や防害物を林のようにつくった。
　また海岸にそって構築された無数の砲台・トーチカは、海と空からのどんな攻撃にも、耐えられるものだった。
　そのうえ敵がパラシュート部隊で、後方にまいおりるかもしれないと思った彼は、後方に水を氾濫させてたくさんの沼や湖をつくった。
　連合軍のヨーロッパ上陸作戦に備えて、ドイツ軍はノルマンディー海岸を中心に、北海沿岸の低地帯からビスケイ湾にいたる大西洋岸にかけて、長大な防衛線をはった。
　しかし連合軍は、いつ、どの海岸に上陸してくるか、ドイツ軍にはわからなかった。
　ロンメル将軍はかならず、ノルマンディー海岸に上陸するものと考え、ここにもっとドイツ軍の機械化部隊をふやすよう、中央に説いたが、最高司令部は、そのとおりにしなかった。
　ドイツ軍には海岸線の砲台を指揮するために、百二十以上のレーダーが備えられていたが、秘密情報によってこれがわかったので、チャーチルはこれを空襲させて、できるだけぶちこわした。
　連合軍の上陸作戦決行の日は、刻々とせまった。
　イギリス南部の森のなかの最高司令部、その森のなかの軍用車が、アイゼンハワー将軍の部屋だった。
　ついに、彼は断をくだした！　六月六日火曜日、この日をノルマンディー上陸作戦の日「Ｄデー」とする！
　運命の幕は切って落とされた。連合軍はこの一戦にすべてをかけた。ドーバー海峡を、烈風が吹いていた。
　六月六日零時十五分、「Ｄデー」は、始った。
　上陸軍にさきがけて、夜の雲をくぐって第八十二空挺師団第五〇五連隊の若きパラシュート隊員は、ドイツ軍の後方サント・メール・レグリーズ町のある家の庭におりたった。
　つづいて輸送機からパラシュート隊員たちは、あいついで降下した。
　そしてすぐに、背後からドイツ兵を攻撃した。
　パラシュート隊についで、やがて天をおおう爆撃隊の大編隊が、おしよせる大波のようにあらわれた。
　すでにドイツ軍には、これをむかえ撃つだけの戦闘機は、なかった。
　とどろく空の爆音、地上の爆発音。
　大砲、火炎放射器、巨砲、地雷、重機関銃、そして「突撃！」「前進！」の声が波さわぐノルマンディーの海に陸に、おこった。ごうごうたる音と煙が、全線をおおった。
　ついでこつぜんと前面の英仏海峡全面をうめるかのようにあらわれた、数千の船舶、
　風と波をついておしよせる蟻のような各種の上陸用舟艇。砲台と艦隊からの巨砲の撃ちあい、大爆撃編隊の波状爆撃、波打ち際で、あいつぐ地雷の炸裂、砲台にとびこんでの白兵戦。
　ごうごうたる音と絶叫のうちに、敵味方の戦士たちは、バタバタとたおれ、死体は死体の上にかさなり、赤い血しおは、川のように流れた。
　地上最大の決戦は世界の運命をかけて、ここにすさまじい生と死の血戦を展開した。
　さすがのドイツ軍も敗れさり、連合軍は息もつかずにこれを追い、ついに八月二十五日、まちにまったパリヘ入城し、パリは再びフランス人の手に戻った。