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Index  　一章　　二章　　三章　　四章

一章　ビキニ核実験――被爆したロンゲラップの人々

　日本の真珠湾攻撃をきっかけにアメリカ軍が太平洋で反撃を始めると、まずマーシャル諸島の東の島々に攻撃を始めました。
　兵力や物量で圧倒的に勝っていたアメリカ軍はかんたんに日本軍を追放できると考えましたが、絶対に降伏しない日本軍に手を焼き大きな犠牲をだしました。
　当時の日本兵は降伏して捕虜になるのを恥だと教え込まれ、死ぬまで戦えと軍国主義教育をたたき込まれていたので、弾薬や食料がつきても全滅するまで戦わされました。
　こうした戦い方をミクロネシア全域で行なったためアメリカの兵士たちを恐怖のどん底に突き落とし、日本に勝つために原爆使用は止むをえなかったという考え方が、五〇年以上たっても太平洋で戦ったアメリカ退役軍人らに支持される理由の一つになっています。

　一九四五年八月六日広島、九日長崎に原爆を投下したアメリカは、原爆開発の継続が国防上不可欠として、大戦終決の五週間後には一連の核実験の計画を立てはじめ、実験場を探し始めました。
　アメリカの人口密集地から離れていること、住民がいる場合は人口が少なく移転が容易なこと、攻撃目標の船を固定し、放射能の影響を測定するための大きな退避区域があることなどが選択の基準で、海外でアメリカの支配下にある地域であることが条件でした。
　その結果、一九四六年一月下旬、統合参謀本部はマーシャル諸島北部のビキニ環礁を選びました。
　ミクロネシアは戦後発足した国際連合の管理下に置かれましたが、アメリカが信託統治することになり事実上の植民地としました。
　ビキニでの最初の原爆実験はクロスロード作戦と名づけられ一九四六年七月から始まりました。
　水上のはしけの上で原爆を爆発させ、その威力は広島に投下したものと同じといわれています。
　二回めの実験は水中で行なわれました。
　当時の実験は、原子爆弾の周辺に第二次世界大戦の敗戦国日本やドイツから取上げた軍艦や、アメリカの退役した艦船などを何十隻も配置し、原子爆弾の及ぼす影響についてテストしたといいます。
　艦船には何百匹というヤギ、ブタ、ネズミなどが積み込まれ放射線の影響の測定に使われました。
　同時に、核実験の放射能の卮険性について知らされていないアメリカの海軍兵士たちが実験に巻き込まれました。
　その数は今では四万五〇〇〇人と推定され、多くの人たちが体の不調を訴えて政府に補償を求めています。
　ビキニでの二回の原爆実験では、もっとも近くにいたロンゲラップ島民は、他の安全な環礁に移転させられました。

　父親はイバイ島周辺の海で魚をとっている漁師で、魚がよくとれるところの一つが、プリンツ・オイゲンの沈んでいるところでした。
　巨大で複雑な構造をもつ軍艦はそれが浅瀬の海中にあれば魚にとっては格好の住処となり、魚のよくとれる漁場となったのです。
　軍艦が高レベルの放射能に汚染されていればその周辺の魚も影響を受け、魚を食べた人間も放射能に汚染される可能性は高く、その結果、生れた子供に先天異常が現われることは十分に考えられます。
　ここイバイではだれもが、チョアブ君のもって生まれた障害は放射能のせいだと考えられており、疑う者はいません。

水爆ブラボーのフォールアウトパターン
クワジェレンに運ばれアメリカ兵に ガイガーカウンターで調べられる島民（ＡＥＣ撮影）	村長だったジョン・アンジャインさん。 手にしたプレートが秘密の被曝実験の存在を示しているという（右）（ＡＥＣ撮影）。 ジョンさんは被曝させられた全島民の生死や病気を記録している（左）

　原子雲の中からは、やがて重い粒子（りゅうし）から降下し始め、軽いものは風にのって飛散し始めました。
　フォールアウトの広がりは風向きや風速によって異なるので、核実験本部は風が北西に吹くものとして危険区域を設け、船や飛行機の立入りを禁止していました。
　実験当日、気象観測によって「ビキニ東方の小環礁群の北方にフォールアウトが運ばれる」と予報されたにもかかわらず実験は強行されました。
　その道筋の下には人の住む、アイリングナエ、ロンゲラップ、ロンゲリック、ウトリックの環礁があり、海上には日本のマグロ漁船第五福竜丸がいました。
　粒子の大きな高いレベルの放射能を帯びたフォールアウトは、約一万八〇〇〇平方キロメートル、ほぼ四国全土に等しい広さを覆いつくしました。
　ビキニの東約一六〇キロにはロンゲラップ環礁があり、ロンゲラップ島には六四人の住民がいて、少し南にあるアイリングナエ環礁にはロンゲラップ島からコプラの収穫にきた一八人が働いていました。
　水爆という大きな実験にもかかわらず、島民の移転は行なわれませんでした。
　その日のことをアイリングナエにいたリジョン・エクラフンさんは「家で寝ていたのですが、閃光を目に感じて目覚めました。
　何が起こったのか見ようと私たちは外にかけたしました。
　見ると大陽のようなものがふくれあがっているところでした。
　その直後、大きな音を聞きました。ちょうど大きな雷（かみなり）のような。
　そして大地が突然揺れ始めました。
　何が起きたのかわからなかったので大変恐くなり皆集まってじっとしていました。
　前夜は飛行機が飛び回っていたので、戦争が始まったと思いました」と語っています。
　ロンゲラップでは爆発の騒ぎが一段落して数時間すると、こんどは「雪」のような白い粉が降ってきました。
　村長のジョン・アンジャインさんは戸外でコーヒーを飲んでいました。
　白い粉がコーヒーカップのなかに入りそれを飲むとやがて喉が痛くなりました。
　「雪」は夕方まで降りつづけ、三センチはどの厚さになると熱帯のロンゲラップ島は、きまぐれな「雪」のために一面の銀世界になったのです。
　思いがけない「雪」に子供たちは粉を体になすりつけたりしました。
　すると皮膚は赤く腫（は）れ火傷をしたようになりました。
　粉が目に入ると目が痛くなり、口に入ると喉が痛くなりました。
　午後になると船酔いをしたように気分が悪くなり、吐く者や下痢をする者もいました。
　夜になると今度は頭痛が始まり、皆病人のように寝込んでしまいました。
　翌日、水上飛行機でロンゲラップ島にやってきた軍人は放射線測定器の示す数値に驚いて「水を飲むな」と言いおいてわずか一〇分で引き上げてしまいました。
　爆発があった三日めの朝（五○時間後）、アメリカ軍の輸送船が来て何の説明もなく島民は島を離れるようにいわれ、船に乗せられました。
　ホースで頭から水を浴びせられ、着の身着のままでクワジェレンに連れていかれました。
　クワジェレンでは彼らの到着を待ちかまえていた軍の医師団によって一人ひとり番号を付けて写真を撮られ、尿や血液をとられてあらゆる検査をされました。
　しばらくすると髪が抜けはじめ、火傷はいっそうひどくなり皮膚がただれてきても治療は受けられなかったといいます。
　海に入って体を洗うことをすすめられただけで、医師は島民をただ観察しただけでした。
　こうして第五福竜丸の二三人、ロンゲラップの八二人（その他四人が胎内被曝を受け）、ロングリック環礁にいたアメリカの気象観測兵二八人、その東のウトリック環礁の二九七人がフォールアウトで被曝したのです。

 3  モルモットにされた島民 top

　被曝したロンゲラップ島民は、クワジェレンの医療キャンプに三ヵ月滞在した後、マジョロ環礁のエジットという島に移って観察を受けることになりました。
　医学的な観察の継続を必要としたアメリカの医師団は容易にこれを行なえるよう、近くに島民を止め置くことにしたのです。
　ロンゲラップ環礁は汚染がひどい状態にあるので、放射能が自然に減衰するのを待つことになったのですが、島民のロンゲラップへの帰島には当時では創造もできない壮大なトリックがしかけられました。
　ロンゲラップ島民が故郷に帰ったのは、三年後の一九五七年のことです。
　当時アメリカの核兵器および核実験を管理していたのは原子力委員会でＡＥＣと呼ばれており、ＡＥＣは島民に島はもう安全になったから帰ってもよいと伝えたのです。
故郷に帰ることを待ち望んでいた島民は、彼らの家族や親戚などと一緒に二八三人がロンゲラップに帰っていきました。この時一緒に帰った、フォールアウトで被曝しなかった人々も、ＡＥＣに固有のナンバーをつけて登録され、年に一度の健塵調査の対象にされるようになりました。
　ＡＥＣはロンゲラスプ島民が島に帰るにあたり、ロンゲラップ環礁について次のように認識していたと内部資料に記録しています。
　「ロンゲラップ島の放射能汚染は、人間の居住には完全に安全だと考えたとしても、それでさえ、放射能の水準は、地球上の他の住民のいる地域よりも高い。
　こうした島に人々が住んでいることは、人問に対する放射線に関する生態学（せいたいがく）上のデータとしてきわめて貴重なものを提供するであろう」
　そして、
　「トレーサー研究には、少量の放射性同位元素で十分なことから、この島に存在する各種の放射性核種が土壌（どじょう）から植物を通じて人体に入る状態を追跡することができる。
　人間の体では組織と器官への配分、生物学的半減期、排泄率（はいせつりつ）を研究できる」
　このことはロンゲラップには「生態学上のデータ」を提供できるに十分な放射能汚染があり、それを食物を通じて体内に取り込ませて体内被曝を与える模様を研究できるといっているのです。
　そして比較研究には血縁関係の近い対象群が必要だとして、親類縁者を被曝島民とともにロンゲラップに送り込み、新たな「実験」をはじめたのでした。
　帰島した島民らはいろいろな異変に気づくようになりました。
　「ラダーンでとれる魚や貝を食べると、口がしびれたり口の中が腫れることがよくありました。
　また魚の。中には忤の曲がったのもいました。
　裸足で歩いていると足の裏が熱くなったり、しびれることがありましたが、高床式の家に戻ると治りました。
　新しく建てられた家の床が地面から離れているのは、土に何かあるからだと噂しました。
　そして仕事をすると以前よりも疲れやすく感じるようになりましたが、それも島から離れると消えるのです」
　といっています。

　「まだ幼かったので当時のことはあまり覚えていませんが、髪の毛が抜けたことがありました。
　五八年から六五年までロンゲラップに戻り、六五年にグアムで甲状腺の手術を受けました。
　その後は体が弱くなり疲れやすくなりました。　関節が痛むこともあります。
　初めての子供は七二年に無事生まれ、七六年に再びロンゲラップに帰った直後にも出産することができました。
　ところがロングラップに住み続けてからは、六回の妊娠のうち流産と死産が三回ありました」
　七歳で被曝したリジョン・エクニランさんの場合も、五八年から六五年までロンゲラップで暮らし、六〇年頃から「お腹のなかに病気がある」ようになり、今までに七回流産し子供はいません。
　七五年にロサンゼルスで妊娠したときはアメリカ人の医者が大丈夫だと太鼓判を押し、最大の注意をしたものの流産してしまいました。

 5  被曝による甲状腺障害 top

　フォールアウトでの被曝による障害は、初期に起きた皮膚の火傷や頭髪の脱毛だけが目に見える障害ですが、これは時間とともに回復してやがて消えてしまいました。
　広島・長崎の被爆者に見られた火傷のあとのケロイドのような痛ましい痕跡はありません。
　ところがロンゲラップの被曝たちにもっとも特徴的にあらわれた甲状腺障害は、その除去手術によって首に手術痕をのこすことから、フォールアウトによる被曝障害の象徴といってもよさそうです。
　これが子供に起きると成長と精神発達の遅滞をきたすので、低身長症と精神障害の痛ましい障害を起こしました。
　甲状腺に障害が見られるようになったのは、フォールアウトから九年後の一九六三年だとＡＥＣは報告しています。
　最初の障害は被曝当時三歳の少女でした。
　六四年には二人の少女に異常が見つかっており、その一人はエルミタさんで六五年にグアムで手術をしています。
　六六年までの三年間に一八人の被曝島民に異常が見つかり、そのうち被曝当時一〇歳以下だった子供（一九人）が一五人を占めています。
　十一人に外科手術が行なわれ、子供九人と大人一人が甲状腺腫で、残る大人一人は局部転移をともなったガンでした。
　ロンゲラップ島民が甲状腺障害に気づくようになったのは、子供に成長障害が現われてからでした。
　身長が伸びなくなった反面、太りはじめ顔が膨らみ、手足もむくんできました。
　被曝当時一歳だったアイクさんの場合、一二歳で甲状腺剤の投与による治療を受ける前は身長が一一五センチで、六歳くらいの身長しかありませんでした。
　治療を受けてからは身長は回復しましたが、精神障害が現われ今でも普通の生活が困難です。
　彼の精神障害は、甲状腺剤の大量投与が原因だと母親はいっています。
　しかし、甲状腺機能障害による成長障害は、しばしば精神障害をともないます。
　生後六週間で被曝したアレットさんは、九歳で突然成長がとよってしまいました。
　その後甲状腺剤の大量投与を受けたので、身長はなんとか一五五センチにまで成長することができました。
　ＡＥＣの定期検診で、成長障害が発見された子供は甲状腺剤の投与などで治療され、大人でも結節（けっせつ）や腫瘍（しゅよう）、ガンなどが見つかるとアメリカで手術や治療が施（ほどこ）され、一九九四年までに甲状腺の摘出手術を受けたフォールアウトで被曝した者は三六人にのぼっています。

　帰島後に生まれた子供にも甲状腺障害が原因と思われる成長障害が起きましたが、アメリカは放射線被曝とは無関係として放置したといいます。
　ある子供の背が伸びなくなったのでＡＥＣの医者に見せたが、何の治療も受けられず七歳で死んだという証言があります。
　また別の子供には、治療が施され薬が与えられたのですが、ＡＥＣの医者は「カルシウム不足が原因」といったそうです。
　一九七六年に生まれた少女にも成長障害が起こり、上の顎が異常に突出した奇形と、精神発達の遅滞をともなっています。
　今では一八歳になりましたが身長は一二〇センチしかなく、知能も一〇歳以下の子供と遊べる程度しかありません。
　一度はアメリカの病院で手術治療が試みられましたがうまくいきませんでした。
　母親は出産時の出血で死亡したといい、二〇歳の姉さんが面倒を見ています。
　両親はともにフォールアウトで被曝しており、汚染の残るロンゲラップで暮らしたことから、おそらく遺伝的な影響が考えられよすが、マーシャル政府の核被害裁判所は遺伝によると思われる障害は補償の対象にしていません。
　ちなみにフォールアウトで被曝して甲状腺手術を受けた被曝者には、かつて二万五〇〇〇ドルの賠償金が払われました。

 6  今もつづく先天異常 top

　もうひとつ島民たちを不安に陥れたのが、奇形児の出生でした。
　足の成長がとまり変形を起こしたり、手足がなかったり、水頭症とかダウン症、兎唇（としん）や口蓋裂（こうがいれつ）、多指症（たししょう）といわれる手足の指が一本多い子供が生まれるようになったことです。
　チェコ・マタヨシさんはロンゲラップの生まれですが、五四年当時は島にいませんでした。
　五七年から五年間ロンゲラップに住み、残留放射能に被曝したのです。
　十一人の子供がおり死産が一回。このうち甲状腺手術を受けた子供が三人おり、二人の子供は声が出ずうまく話せないといいます。
　八〇年に生まれた子供には上顎に亀裂があるといいます。
　「ロンゲラップに住むまでは家族に病気はありませんでした。
　子供たちの甲状腺障害は残留放射能が原因だと思います。
　七三年には私も甲状腺の病気になり、ＡＥＣの医師からは何の説明もなくアメリカにつれていかれて喉の手術をされました」

赤ちゃんのころ腰にできたこぶが原因で足に 変形が起き歩けなくなってしまったケンネスさん 　一九六五年、イバイで生まれたケンネスさんはその直後ロンゲラップにわたると、腰にこぶのようなものができて歩けなくなってしまいました。 　二歳のころ腰の手術をしましたが、今度は足の成長がとまりくるよしが異常に太く腫れてきて、再び両足の手術をしました。 　しかしその後足の具合は悪く、松葉杖なしでは歩けません。 　足首が圧迫されるのか太く腫れた部分は壊疽（えそ）を起こし、くるぶしの骨が見えるかと思われるほど、数センチも穴が開いています。 　足指も一本は押しつぶされてなくなっています。継続した治療が必要ですが家族にはお金がなく、医療補償もないので何の処置もされずに放置されていました。

1993年に生れた赤ちゃんの背中に、 ケンネスさんの障害によく似た髄膜瘤という奇形がおきた この子供の髄膜瘤は「しっぽ」と呼ばれていたが、 手術で除去することができた

　その後の消息を聞いたところ、今はハワイにわたって治療を受けているということでした。
　一九九〇年代に入ると、このケンネスさんと全く同じような、腰に異常のある赤ちゃんが二人イバイで生まれました。
　祖父母がフォールアウトで被曝しロンゲラップで生まれた母親から、一九九三年に生まれた赤ちゃんの背中の腰の部分に大きなこぶがありました。
　一九九四年にイバイを訪れた日本の医者は、これを髄膜瘤と診断しました。
　一人は髄膜瘤が背骨の先端の尾薦骨に起きたため丁術で取ることができましたが、これを島民は「尻尾のある赤ちゃん」と呼んで不安がっていたそうです。
　もうー人の赤ちゃんは、骨髄に神経が通っているため手術が不可能で、下肢は全く機能しておらず、将来もおそらく立って歩くことができないだろうといわれています。
　このように日本でもめったに起こることのない重篤な奇形が九〇年になっても二例同時に起こることは、深刻な被曝の影響がまだ続いていることの表われではないでしょうか。

　レコジの死をきっかけに「私に鉄砲があったら、アメリカと戦争をしたい」と思ったほどだといいます。
　一九七五年、太平洋での核実験被害の調査と核実験完全禁止の運動をしていた国際環境保護団体グリーンピースの調査船がロンゲラップにたち寄ると、ネルソンさんはその船に乗りこみ日本にきてロンゲラップ島民の救援を求め、以来毎年救援を訴えつづけたのでした。
　一九八二年になると、島民はどこかより安全な島に移住することを考えはじめました。
　人々はすでに今までの経験から、環礁はまだ汚染されていると心配してロンゲラップを離れ始めていました。
　病院のあるイバイやマジョロなどに親類を頼って移り住んでいました。
　一九七八年、ＤＯＥ（ＡＥＣが改組されてアメリカの核兵器の管理はエネルギー省＝ＤＯＥが行なうことになった）は調査を行ない、これまで核実験中に汚染されたのはビキニ、エニウェトク、ロンゲラップ、ウトリックの四つの環礁だけといいきってきたのですが、これを突然ひるがえす発表を行ないました。
　「北部マーシャルの人部分が高レベルの放射能で汚染されている」というのです。
　一九七九年の初めにはＤＯＥの科学者がロングラップにきて、島民がこれまで二二年間も食料を得てきた環礁の北の島々について「そこは放射能が強いからいってはいけない」と伝えました。
　これは島民たちがすでに知っていることを確認しただけでした。

　ビキニの水爆実験で多くの日本のマグロ漁船が太平洋で被曝しました。
　とくに遠洋漁業に従事していた漁船員の多かった神奈川県や高知県、そして第五福竜丸の母港焼津のある静岡県や日本原水協が中心になって募金運動を行なったのです。
　そして日本最大の医療ＮＧＯ、医療生協で働く民医連の医師や看護婦、検査技師などが医療チームを作り、島民の健康診断と血液を採取して日本に持ち帰り、生化学的検査を行ないました。
　アメリカのＤＯＥは、島民の健康状態と放射線被曝との関連を見いだすために実験動物としてロンゲラップ島民の追跡調査をしたと疑われており（九四年にアメリカ政府の秘密文書の解除によりその詳細が明らかになりつつある）、そのため検診結果が島民に知らされることはありませんでした。
　しかし、今回の検査でわかったことはすべて受診した島民に知らされました。
　これによって四〇年間にわたって知ることのなかった自分たちの健康状態を、ロンゲラップ島民は初めて手に入れることができたのです。
　生化学検査の結果では、やはり子供たちに栄養不足とそのバランスの悪さが日立ちました。
　大人では肝臓の病気や糖尿病などが目立ち、食料事情の悪さをはっきりと示していました。
　放射線被曝との関係で予想された甲状腺障害などはあまり多くなく、やはり四〇年を経過して直接的な影響は沈静化した模様です。
　しかし遺伝性の考えられる髄膜瘤などの先天性障害が散発的にみられます。
　そして、何よりも調査団を驚かせたのはガンマーカーを示した人たちが多かったことです。
　しかも子供に多い傾向があり予断を許しません。これが見られると体のどこかにガンがあるかもしれないということが考えられるので、その究明が急がれています。

幼いころラエ環礁で被曝したと訴える男性。核実験で生じた フォールアウトの全容が明らかになっていないので確かめようがない 放射線被曝に加え、栄養状態と衛生状態の悪さから、 墓地の70パーセントは子供の墓石が占める 食料事情がすごく悪く米と缶詰しかない。 子供たちは栄養失調で発育が悪い

乳幼児に必要なミルクなどはなく 甘いシロップ漬けフルーツが主な食事となることもある 食料事情が悪いのになぜか大人に極 度な肥満が多く糖尿病を併発している

 8  国立放射能研究所の開設 top

　太平洋での核実験は一九四六年から五八年にかけて六六回も、水中や大気中で繰り返されました。
　爆発威力の巨大な水爆の実験を何回もしたため、核分裂物質や放射能をおびた土壌などを大量に撒き散らし、周辺の環礁に住む人々や生物環境を放射能で汚染し、生態系の深刻な破壊をもたらしたのです。
　ＤＯＥはこれまでの核実験で環境汚染を受けた環礁は四つだけと言いはってきましたが、一九八二年に見解をひるがえして、
　「その他に十一の環礁や島が、二つ以上のメガトン級水爆実験から中程度の放射性降下物を受けている。
　これらの環礁のうちいくつかは現在人が住んでおり、その他では食料の採集も行なわれている」と発表したのです。
　しかし、汚染された環境の放射線量に関する詳しい計測データは公表せず、環礁の汚染具合を1から4の等級に分け、1は放射能量が一番少なく、2は少し、3はやや多い、4が一番多い、とだけしか示していません。
　この発表によるとロンゲラップ環礁は、居柱地区となっていたロンゲラップ環礁は、まだ危険だと考えられているビキニの島々と同じくらい「ホット」（放射能が強い）で（等級は3）、タコの実やパンダナスの実、ココナツ、魚、鳥などの食料をとる環礁の北部の島は等級4に分類されています。
　ブラボーショットで発生した放射性降下物はコンテラップ環礁北部にもっとも多く降下し、その値は三〇〇〇ラドとさ汪ています。
　島民らがいた環礁の南部の島では平均して一七五ラドの被曝を受けたことになっています。
　アメリカとの自由連合協定のもとに独立したマーシャル政府は、これらの被曝した環礁の住民らの要求によって、放射能量の測定調査を一九九〇年から始めました。
　核実験の回数の多さと規模の大きさから、広範な領土が放射能汚染にさらされた疑いがあり、三一の環礁と島からなる領土のすべての土や植物を採集して、環境中の放射能の測定調査をすることにし、国立放射能研究所をマジョロに開設したのです。

右＝猛毒の放射性物質プルトニウム239が サンプルの中にあると黒板に書いてある 左＝土壌中の放射性物質から出る アルファ一線を示す写真だという 　研究所は自由連合協定で核被害を認めさせて得た賠償金を元に設立されたもので、念願のアメリカから独立した研究機関による調査が実現しました。 　分析されたデータはイギリスのランカスター大学の協力によって統計的な処理が進められています。 　首都マジョロの研究所では、採集したサンプルを乾燥して粉砕し、ふるいや濾過で核の分子を取りだして測定する最新の方法がとられています。 　サンプルの採集はヤシの実の果肉（コプラ）と果汁（ココミルク）とヤシの木の周辺の土を同時に採集して、植物がどのくらい放射性物質を吸収蓄積しているかも調べられます。

共和国すべての領土から土壌を採集し環境中の放射能を調べている 裁判所の被曝島民の記録を収めたキャビネットには約5000までの 番号があることから、これだけの仕民が被害を受けた可能性がある

　またサンプルには採集地名の表示は伏せられ、番号しか記されていません。
　これは測定する者が手心を加えられないようにするためといい、その照合は暗号解読をコンピュータでしなければわからないようにしてあり、正確なデータを得るために厳重に管理されています。
　これまでの測定結果でロンゲラップ環礁のデータを見ると、プルトニュームの量が北半球の平均の二〇〇〇倍をこえる地域が同環礁の北部にあることがわかりました。
　その他にセシウムに、アメリシウム241なども大量にある、コバルト60はあまりにも多すぎると研究者らも驚くほどひどい状態にあるといいます。
　こうした環境で人聞か生活することは大きな危険にさらされることになり、もはやロンゲラップヘの帰島は不可能なことをこの調査は示しています。
　マーシャル諸島での核実験によって被害を受けた島民らは、アメリカの裁判所に被害を補償するよう訴えをおこしました。
　自由連合協定では、アメリカは核被害を認め、被害者に賠償を行なうことを約束しました。
　一九九〇年にマーシャル政府はマジョロに核被害裁判所を設立し、被害者の訴えを判定し、賠償金の金額を決定しています。
　しかし、判決には子供は賠償が半額だとか、遺伝によると思われる病気は対象にならないなどの問題があります。