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3　キューリー一家

親子二代、夫妻そろっての研究は一代目のラジウム発見が、
二代目の人工放射能発見へと力強く発展、ついに原子核破壊を成功させた。

　　　　1　ピエールの生い立ち top

　こんな性格は、父のウージェーヌと全くよく似ていました。
　ウージェーヌは、息子たちを世間なみに中学校へ進学させることはしない決心をしました。
　こんなふうに育てた息子たちはもし中学校へ入れても、ただ一方的に教えるだけの授業では到底あきたらないでしょうし、それにせっかくの才能が、おしつぶされてしまうだろうと心配したからでした。
　兄弟は父から、好きな理科や数学を中心にした学科を習って、自分の得意な能力をグングンと伸ばしてゆきました。
　ピエールは十四才の時、もう中学校で学ぶ学課は、すっかり終わってしまいました。
　ウージェーヌは、ここから先は専門の先生につけた方がよいと考え、大学の物理の教授バジールを、息子たちの家庭教師に頼みました。
　このようなウージェーヌの自由教育によって、ピエールはジャックと共に、学校に通っている同じ年頃の子供だちより、ずっと進んだ勉強をしていました。
　ことに、好きな理科と数学は、ドンドンすすんでいったのです。
　ピエールは十六才で大学入学の資格試験に合格し、十八才の時には大学の卒業試験にパスして理学士となりました。
　十九才では理科大学のドザン教授の助手となり、物理学の研究を始めることになったのです。
　それとほとんど同時に。兄のジャックも理学士となり、ソルボンヌ大学の助手になりました。
　こうして若い二人の物理学者は、協力して研究を始めることになったのです。
　これでお父さんのウージェーヌの夢が、ようやくかなえられたわけです。
　そして二人はお父さんの期待にそむかず、いろいろと大きな業績をあげました。
　なかでも立派な仕事は「ピエゾ電気」という新しい現象を発見したことです。
　これは結晶に圧力をかけておすと電気が生じる現象で、プレーヤーのピックアップなどに、広く応用されています。
　二十四才の時ピエールはパリの物理化学学校の実験主任となり、ほとんど年の違わない生徒たちに教えるようになります。
　ここで小さいながら自分の自由になる実験室をもつようになり、その後二十年間もここにとどまることになります。
　一方、ジャックはモンペリエ大学の教授となったので、兄弟はここから別々な研究生活を始めるようになりました。

　しかし、ピエールは、自分を宣伝することは大嫌いでした。
　有名な学者として世の中に認められるかどうかなどということには、一向にかまわない人でした。
　ですから、立派な研究を続けていながら、いつまでだっても物理化学学校の実験主任でした。
　安い給料と、貧しい設備の研究室にあまんじて、ただ一生懸命に研究にはげんでいました。
　ピエールの研究の成果はかなり認められているのですから、少し運動をすれば、大学の教授にもなれたのです。
　しかし、そのようなことを勧められても受付ませんでした。
　ピエールの論文を読み、研究について意見を聞きたいと思ってやってくる外国の学者も多く、そんな人たちは、どうしてこんな貧しい研究室に我慢しているのか、そしてどうしてこんな研究室からすぐれた研究が次々に生まれてくるのか、不思議に思ったものでした。
　しかし次ぎにここを訪れた人たちは、ピエールの立派な研究と人柄を知って、尊敬を深めるのでした。

　　　　2　マリーの生い立ち top

　マーニャは女の子五人、男の子一人の兄弟の、末っ子として生まれました。
　ピエールの生まれた家庭とマーニャの家庭には　いろいろと共通したところがあります。
　どちの家庭も両親は科学を愛し、子供の教育に熱心でした。
　家庭の雰囲気はノビノビと自由な、理想主義的なものでした。
　とはいうもののマーニャの家では、ピエールの家にはない困難をかかえていました。
　それは家庭の問題でなく国の問題でした。
　ポーランドはロシアに占領されていて、大変な貧乏に苦しめられたばかりでなく、学校ではロシア語を用いることが命令され、ポーランドの歴史を教えることは禁じられていました。
　このように、マーニャは小さい時から占領軍、ロシアの圧迫を感じながら育っていきました。
　心のうちに燃える母国ポーランドへの愛をかくして、ロシア語を話し、ロシア皇帝の名を讃（たた）えなげればならないのでした。
　そしてマーニャの父スクロドフスキー教授はロシア人の有力者たちのご機嫌をとることを嫌ったので出世から遠い道を歩かなければなりませんでした。
　マーニャが九才の時、一番上の姉ゾーシャが死に、それから二年のちにやさしいお母さんを失いました。
　お母さんは結核だったので、マーニャが生まれた頃からもう長い間、寝たり起きたりの生活をしていたのでした。
　こうして母と姉を奪われたマーニャは、しかし子供たちに寂しい思いをさせたくないと努めるお父さんと、家をきりまわしてお母さん替わりを勤めたいる三女のブローニャに守られて、すばらしい成績で中学校を卒業しました。
　十六才で中学を終えたマーニャが、祖国ポーランドをはなれてパリの理科大学に入学したのは、二十四才の時ですから、それまでに八年間の年月があります。
　このうちの最初の一年間はマーニャにとっては忘れることのできない楽しい休暇となりました。
　お父さんのとりきめで田舎の親類の家で、思う存分ノビノビと、少女らしく過ごしたのでした。
　一八八四年九月。マーニャは父の家に帰りました。この頃のスクロドフスキー家は生活は貧しかったけれども、父を中心に、ジョゼフ、ブローニャ、ヘラ、マーニャの四人の子供たちが楽しい毎日を送っていました。
　毎土曜日、父と子供たちは詩を朗読したり、小説や戯曲を読んだりして、文学鑑賞の一夜をすごします。
　ことに父は、ポーランドの詩人たちを愛していました。
　ロシアに圧迫されながら、なお祖国を愛する心をうたわずにはいられなかった詩人たち………。
　スクロドフスキーは、子供たちが立派に成長した姿を見るとき、このうえなく幸せでした。
　しかしまたそのたびに、心を痛めもするのでした。
　もともと大した財産などあったわけではありませんでしたが、ある投資に失敗してわずかな蓄えをすっかりなくしてしまったのです。
　父は娘たちを旅行もさせたかったし、外国へ勉強にもやりたいと思っていました。
　年とった父親はそのことを考えては深く後悔するのでした。
　しかし娘たちは明るく、自活の道を考えます。その頃のポーランドの若い男女の共通の夢は、ロシアの支配をはねのけて、祖国ポーランドを建てなおそうというものでした。
　そのためには学問をして精神的な独立をすることが第一だとする人々がたくさんいました。
　なかでも科学をこころざす人は、たとえその発見がどこの国の人の手でなされたにせよ、自然の真理なのだから、かりに征服者でも認めないわけにはいかないといった考えから、学問にはげんでいました。
　外国に留学することも盛んでした。
　このような若者たちは、移動大学をつくって、お互いに先生になりあって勉強を続けました。
　もちろんワルシャワ市のこのようなグループにマーニャも参加し、マーニャは大いにはげまされて、ますます向学心に燃えたつのです。

　　　　3　パリでの生活 top

　パリにやってきたマリー（マーニャ）――これからはもう大人なのでマリーとよびます――は、ドルスキー博士とブローニャの家に迎えられて、理科大学に籍をおいて勉強を始めました。
　それから三年間、マリーは生活のすべてを勉強にむけたのです。
　そのおかげで一八九三年には物理学の学士試験に一番で合格し、あくる年には数学の学士試験に二番で合格という、すばらしい成績で卒業しました。
　この学生生活の間、マリーは本当にぎりぎりの生活にたえていました。
　自分で用意したわずかな貯金と、あとからお父さんが送ってくれるほんの少しのお金でやりくりしなければならないのでした。
　アルバイトは時間がおしいので、やらない決心をしましたし、姉の家から通うのでは往復の時間や、家庭でのだんらんの時間がおしかったので、学校のすぐ近くの屋根裏部屋を見つけて引越しました。
　昼間は学校で夜は閉め出されるまで大学の図書館で勉強し、食事はミルクホールで簡単にすませるか、下宿でパンをかじってお茶を飲むといったことですませてしまうのでした。
　時々ブローニャ夫婦が下宿にやってきて、むりやり机にしがみついているマリーを引張っていっておなか一杯ごちそうを食べさせなかったら、マリーは栄養不良になってしまったでしょう。
　このブローニャ夫婦の親切や、大学での勉強友だちの友情にとりまかれて、マリーの物理学はドンドン成長していきました。

　マリーとピエールが初めて会ったのは　一八九四年の春、マリーが物理学の試験に合格し、つづけて数学の学士試験の準備をしているころでした。
　マリー二十六才、ピエール三十五才の時です、
　マリーは金属の物理学について、わからないことがあって困っていました。
　おりよく、マリーはコヴァルスキーとパリで会うことができたのです。
　コヴァルスキーはポーランド人で、物理学の先生でした。
　マリーとはポーランドにいた頃からの知合いです。
　マリーが困っているわけを話すと、コヴァルスキーはいいました。
　「うん。いいことがある。いい先生を紹介してあげよう。
　その人は物理化学学校の先生だが、えらい学者だ。きっといい知恵をかしてくれるだろう。
　とにかくあすの晩、私のところにいらっしやい。その人をよんでおくから。」
　こうしてマリーとピエール・キューリーは、コヴァルスキーの泊まっていた宿舎で初めてあったのでした。
　二人ははじめ、ありきたりな話をしていました。
　しかし、それはやがて学問上の対話にすすんでいき、熱をおびてきました。
　むずかしい専門用語を使いながら、若い女性と思う存分議論できるということは、ピエールには、大変な驚きでした。
　ピエールはマリーと別れるとき、「もう一度、会いたい」と思いました。
　ピエールはこの最初の出合いから、学問を一生涯、共にやっていかれるすばらしい女性を発見したことで、心をとらわれてしまいました。
　その後ピエールは、物理学会の例会で何度かマリーの姿を見かけました。
　そして思いきってマリーを訪問し結婚を申しこんだのでした。
　マリーはパリでの勉強がひとまず終わったら、ワルシャワの父のもとに帰らなければならないと思っていました。
　それにもともと、学問の道を選んだのは祖国ポーランドをたてなおしたいと考えたからでした。
　しかしピエールと共に研究を続けることのすばらしさもまた、捨てがたいのでした。
　マリーは数学の学士試験をぶじ終えると、いったんワルシャワへ帰りました。
　しかしやはり再びパリにでて、ピエールへの愛情と物理学の研究に生きようと決意します。
　父もそのほうに賛成でした。
　一八九五年七月、すばらしい二人の物理学者の質素なピエールとマリー結婚式が行なわれました。
　科学者らしく宗教的な儀式は一切ぬきにして、ごく内輪（うちわ）の人間だけで………。
　キューリー家の両親とマリーの父と姉たちと大学の親しい友人たち、二人を理解する人々だけが集まって、心から結婚を祝ったのでした。
　パリのグラシェール街のアパートに新居をかまえた二人は、その日から物理学と共に暮らします。
　マリーは毎日、一日の大部分の時間をピエールと一緒に実験室ですごすようになりました。
　実験室というのは、物理化学学校の校長が好意で都合してくれた倉庫でした。
　ここで二人はヘトヘトに疲れて、夕方家に帰ります。
　そしてマリーは、それから家の中の仕事をしなければならないのでした。

　　　　4　ラジウムの発見 top

　そしてトリウムもウラニウムと同じように、放射線をだしていることを発見したのです。
　放射線をだすのはウラニウムだけの特別な性質ではないことがハッキリしました。
　マリーはこの性質に「放射能」という新しい名前をつけました。
　トリウムの放射能は同じ頃にドイツのシュミットも発見しています。
　「もっとほかにも。放射能をもつ物質があるのではないだろうか。」
　マリーの心ははずみます。
　すっかり精製されて、すでに化学的な組合わせがハッキリきまっている薬品だけでは満足しきれなくなったマリーは、ピエールの学校に集められている鉱物標本を、片っ端から調べてみようと思いつきました。
　その結果わかったことは、ウラニウムやトリウムを含んでいない鉱物は全く放射能をもっておらず、放射能をだしているのは、ウラニウムやトリウムを含んでいる鉱物にかぎられているということです。
　ところがここで意外なことにはある種の鉱物では、そこに含まれていると思われるウラニウムやトリウムの量よりも、ずっと多い放射能をだしていることがわかったのです。

　二人は根気よくピッチブレンドを化学分析しては放射能を電気計ではかり、放射能をめじるしにして、だんだん追いつめていきました。
　そしてついにその年の暮れには、二つの新しい元素を確認し、二人の名前で科学学士院に報告しました。
　はじめに見つけた元素には「ポロニウム」と名づけました。
　マリーの祖国、ポーランドにちなんでつけたものです。
　二番めの新元素には「ラジウム」と名をつけました。
　ポロニウムもラジウムもその性質がわかり、新しい元素として存在を認められはしましたが、純粋な物質として取り出せてはいません。
　どちらもウラニウムにくらべれば何万倍という強い放射能をもっているのですが、それ自体の量としては、ピッチブレンドの中に、ほんのわずかしか含まれていないのです。
　ここまで追いつめてきたマリーは、今度はピッチブレンド鉱石のなかから、ポロニウムとラジウムを純粋な物質として取り出してみなければ気がすみません。
　そしてその物質の性質をもっとよく知りたいと思いました。
　どれほどたくさんのピッチブレンドを処理したら、目で見え手に取ることのできる新元素が取り出せるでしょうか。
　ピッチブレンド鉱石も、安いものではありません。
　たくさん買うとなったら大変です。マリーは、
　「ウラニウムを取り出したのこりかすを、ただでわけてほしい。」
とオーストラリアの学士院を通じてある鉱山に頼みました。
　やがて物理化学学校の中庭のボロボロの倉庫に貨物列車で送られ、荷馬車に積まれたカスのピッチブレンド鉱石が運びこまれました。
　この鉱石を酸でとかし、沈澱をつくり、それを粉にし………という、忍耐といえる日を繰返していながら、マリーの心は新元素を手に入れる楽しみで一杯でした。

　フランスで生まれた放射能の研究は、たちまちイギリスやドイツなど世界中の国々の科学者に注目されました。
　キューリー夫妻の研究報告は世界中の大勢の物理学者たちに熱心に読まれました。
　刺激されたたくさんの科学者たちが、放射能の研究をはじめました。
　ラジウムやウラニウムの原子は、放射線をだして他の元素の原子となること、原子が放射線をだして他の原子にかわるのには、それぞれきまった寿命があることなどです。
　しかし一方、どうしてもわからないこともたくさんあります。
　たとえば、放射線のエネルギーは、どのような形で原子の中にたくわえられているのでしょうか。
　こうした放射能の性質はそれまでの物理学では考えられない、思いがけないものばかりでした。
　一九〇三年のすえ、キューリー夫妻は、アンリ・ペクレルと共に、これら放射能の研究に関してノーベル物理学賞を贈られました。

　女中に指図しながらイレーヌを教育し、赤ん坊のエーヴを育てる七十九才のウージェーヌは、昔、二人の息子ジャックとピエールを教育したときにもまして、孫娘のうえに情熱をそそぎました。
　こうして、将来のすぐれた物理学者の幼年時代は、ウージェーヌの影響を大きく受けてすぎていきます。
　イレーヌは父ピエールの少年時代をそのまま移し替えたような、利口で芯のある少女に成長していきます。
　ウージェーヌがなくなったのは一九一〇年、イレーヌが十三才の時でした。
　この時から子供たちの面倒をみるのは、もうマリーのほかにはいなくなりました。
　イレーヌの中にピエールをつぐ科学者の才能が、芽ばえているのを見い出しかマリーは、ウージェーヌの方針にしたがって、子供の教育にあたりました。
　普通の学校の教育では知識をそのまま教えこむだけたので、自分の考えをすすめていくということは問題にされません。
　これではせっかくの芽も伸びるはずかおりません。
　マリーは科学者の友人だちと相談して、力をあわせて塾をつくり、子供たちに特別な教育をしようと考えました。
　親たちが交代で先生になって、理科や数学を教えようというものです。
　マリー・キューリーのほかに、ジャン・ペラン、ポール・ランジュヴァンなど、一流の科学者たちが集まって、塾は始められました。
　これは、親たちが忙しくなって余り長つづきしませんでしたが、ここからはイレーヌだけでなく、何人ものすぐれた二世の科学者が育ちました。
　イレースはこのように早くから特別なすぐれた教育を受けたり、お母さんの実験室に出入りして手伝ったりしながら、だんだんに一人まえの科学者になっていったのです。

　　　6　ラジウム研究所 top

　マリーは世界的に有名な科学者として栄誉をたたえられ、放射能の強さをはかる単位はマリー夫妻の仕事を記念して「キューリー」と名づけられました。
　ソルボンヌ大学のマリーの研究室はだんだん有名になり、国内や国外から大勢の若い科学者が集まって大きくふくれあかってしまいました。
　マリーの願い――それは、活発な研究をさらにすすめるための、独立した研究所をつくりあげることでした。
　それはバスツール研究所とソルボンヌ大学との共同という形で実現されることになり、「ラジウム研究所」という名前もきまり、一九一〇年から建設が始りました。
　一九一四年夏。不幸なことに第一次世界大戦が始り、ラジウム研究所の建設はあとわずかというところで中断されてしまいました。
　大戦の初めはドイツ軍が優勢で、ドイツの大軍は中立国のベルギーを突破してフランスに押し寄せてきました。
　また東ヨーロッパのほうではドイツ軍がロシア軍をうちやぶって。マリーの祖国ポーランドを占領してしまいました。
　建設途中のラジウム研究所からも若い研究者たちが次々に軍隊にとられ、残ったのは所長のマリーのほかは、ほんの数人しかいなくなり、研究もできない状態になりました。
　戦争に参加したのは男だけではありません。
　フランスの女性たちは看護婦となって戦地にむかいました。
　マリーもフランスのために何か力をつくしたいと考えているうち、すばらしいことを思いつきました。
　それはレントゲン車をつくって前線におくることです。
　戦争で傷ついた兵士たちの骨を調べたり、体に射ち込れた弾の位置を見つけたりするためにです。
　レントゲン線――Ｘ線は　ウラニウムが発見されるより以前に見つかっていたのですが、このように医学に用いることは、ほんの一部の病院でしか行なわれていませんでした。
　マリーはさっそく多くの人を訪れ、説得して協力を求め、Ｘ線装置をつけた放射線治療車をつくりました。
　こうしてできた二十台の車は前戦で大活躍をし、たくさんの人の命を助けました。
　マリーもそのうちの一台に乗って前戦を走りまわりました。
　まだ十八才の少女イレーヌも、一人前のレントゲン技師として一台の車に乗り、戦場にでかけて立派に役をはたしました。　前線からはもっとＸ線自動車がほしいといってきます。
　マリーはラジウム研究所を学校に早変りさせて、Ｘ線装置を動かせる技術者を養成しました。
　Ｘ線が今日のように広く医学に用いられるようになったのは、マリーの功績によるところが大きいのです。
　一九一九年、ドイツが敗れて第一次世界大戦はやっと終わりました。
　フランスは危機をきりぬけ、マリーの祖国ポーランドは、長く苦しかった占領からようやく解放されて独立しました。
　この戦争は勝った国にも負けた国にも痛手は大きく、国の経済力は弱まり国民の生活は苦しく、なかなか回復しませんでした。
　ラジウム研究所が活動を始めるところにこぎつけたのは、一九二〇年になってからです。
　やっと研究が始められたものの、ラジウム研究所がもっている肝心のラジウムは、マリーが長い間かけて苦労してつくった一グラムほどのものしかありません。
　たった一グラムほどといっても、お金にかえれば百万フラン以上もするものなのです。
　マリーはこの高価な財産をラジウム研究所のために寄付したのでした。
　しかしここで、マリーはもう一グラムのラジウムを手にすることができました。
　アメリカの市民が友情の募金で、一グラムのラジウムを買うだけのお金を集めてくれたのです。
　こうして発足したラジウム研究所はこれからフランスの放射線、原子物理学の中心として活躍をはじめます。

　　　　7　ジョリオの生い立ち top

　　　8　人工放射能の発見 top

　さらに重要なことは、放射線をあてるのをやめたあとでも、陽電子放出はすぐにやまないで、ある時間、引続いて放出されていることがわかったのです。
　アルミニウムでは十五分ぐらい、ホウ素の時は一時間ほども、陽電子は続いて放出されているのでした。
　それは原子核反応がおこって陽電子がつくられるのでなく、ある物質――たとえばフッ素――が、新しい放射性物質にかえられて、それから陽電子が放出されるのだと考えられます。
　こうして放射線をあてることによってつくられる新しい放射性物質、この正体をつきとめなければなりません。
　マリーがピッチブレンドからほんのわずかなラジウムを探し出して以来、放射線を目当てにして化学分析をし、放射性元素をつきとめる仕事は、ラジウム研究所のお家芸です。
　ジュリオ・キューリー夫妻は、たちまちその正体をつきとめました。
　実に意外なことでしたが、ホウ素に強い放射線をあてだとき、それは放射能をもったチッ素にかわっていました。
　また、アルミニウムはリンに、マグネシウムはケイ素やアルミニウムにかわりました。
　こうして新しくつくられた物質は、どれも放射能をもっています。
　天然に存在するチッ素やリンやアルミニウムは全く放射能をもっていないのですから、同じ名前でもこれらは違う物質なのです。
　これらのことから考えて、放射線をだす元素はまだまだたくさんあるのだろうと想像されます。
　ただ多くのものは放射線をたす時間が非常に短いので、すぐに寿命がなくなってしまい、自然には見つからないのでしょう。
　それを人工的に放射線をあてたので、私たちの目の前で第二次放射線を放出するところが見られるようになったのです。
　この第二次におこる放射線放出が、人工放射能です。

　その数か月後の七月四日、マリーは白血病でなくなりました。六十六才でした。
　その頃はまだ、放射線が人間の体に、どんな害をあたえるか、わかってはいなかったのです。
　そんなに有害な放射能物質と暮らした長い年月の間に、マリーの骨髄はすっかりこわされてしまったのでした。
　ラジウムの発見者が、ラジウムの放射能障害によって、自らがその犠牲となったのでした。
　人工放射能の発見は、いろいろなすばらしい分野をひらきました。
　まず、原子核の構造を解く大きな鍵となりました。
　それから、これまでは値段も高く、量が少なくて手にはいりにくかったラジウムのかわりの役をはたすことになりました。
　またラジウムやウラニウムなどばかりでなく、大抵の元素に人工放射能をもとめることができるようになり、科学や工学、医学への応用も活発に行なわれるようになったのです。
　一九三五年、この業績にたいして、ジョリオ・キューリー夫妻にノーベル化学賞がおくられました。
　これはキューリー家にとっての、三つめのノーベル賞です。

　　　　9　原子力の糸口 top

　ウラニウムに中性子をあてると、これまでに知られていない新しい放射能が生じるということを、イタリアのフェルミが発表していました。
　一九三四年のことです。この正体はなかなかつかめませんでした。
　フェルミはウラニウムが中性子を吸って、ウラニウムよりも重い元素（超ウラン元素）がつくられたのだろうと想像しました。
　ところがドイツのオットー・バーンとフリッツ・シュトラウスマンが、一九三八年の暮れになって、それはウラニウムが核分裂をして二つに割れたのだということを確かめました。
　彼らはウラニウムに中性子をあてたときおこる放射能の正体を追いかけて、その中にウラニウムよりずっと軽いバリウムが混じっていることを確かめたのです。
　この新発見がジョリオ・キューリー夫妻を刺激しないはずはありません。
　その頃、ラジウム研究所の所長にはイレーヌがなっていました。
　そのほかジョリオが所長をしている、原子核物理および原子合成の二つの研究所がありました。
　これらが協力しあって、放射能や原子核の研究を行なっていました。

　この原子力エネルギーの可能性を、初めて見つけたのはフランスのジョリオ・キューリーのグループでした。
　それとほとんど同時に、アメリカに移ったイタリア人、フェルミもこのことに気がつきました。
　もしも第二次世界大戦がなかったなら、原子力エネルギーを最初に生んだ国は　フランスだったろうと思われます。
　この頃ヨーロッパでは、ナチス・ドイツをめぐって大戦争が始ろうとしていました。
　ドイツとフランス・イギリスの間では、一九三九年の九月に戦争が始っていました。
　ジョリオ・キューリー夫妻はナチス・ドイツの独裁的な政治や、野蛮なユダヤ人追放に強い反感をもっていました。
　ですから科学者として第一に心配なのは、
　「連鎖反応によって巨大な原子力エネルギーが取り出せることはもう確かだ。
　もしもこの発見がドイツに知れて、このエネルギーが爆弾として使われるようなことがあったら………。」
ということです。
　ジョリオは原子力発見の秘密を文言にして、フランス学士院の金庫の中にしまってしまいました。
　第一次戦争が終わって、この秘密の書類が公表されたとき、そこに原子炉の原理や設計が、綿密にしるされていたことから、その頃のジョリオの考えが、いかに進んでいたかがわかります。
　しかしフランスではその頃、もう研究どころではなくなっていたのでした。
　ウラニウムの核分裂のためには重水が必要です。
　重水というのは化学的には普通の水となんら性質はかわりませんが、水の中に○・○一パーセント程度含まれています。
　これを純粋に取り出すのには、大量の水を電気分解しなければなりません。
　ノルウェーの発電所などで重水をたくさんもっていたので、ジョリオはその重水を手に入れて、研究者の一人をこっそりロンドンに脱出させました。
　その頃、ドイツ軍はもういまにもフランスに侵入してきそうな勢いだったのです。
　一九四○年六月、ついにドイツ軍はパリを占領してしまいました。
　キューリー夫妻には、エレーヌ、ピエールの二人の子供がいました。
　イレーヌは二人の子供をつれてスイスに逃れました。
　ジョリオはパリにとどまって、ナチス・ドイツと戦いました。
　フランス人の中には、ナチスに占領されてもなんとかしてナチスと戦おうとする人がたくさんいました。
　それはフランスだけでなく、ナチスに占領されたヨーロッパの国々に、すべて共通した戦いでしだ。
　こうしたナチスに対抗するヨーロッパの人々は手をつないで抵抗運動――レジスタンスをはじめます。
　ジョリオはフランス市民のレジスタンス運動の中心人物の一人として活躍しました。

　　　10　戦後のフランスを背負って top

　第二次世界大戦は、ナチス・ドイツの敗北で終わり、世界中を悩ましていた独裁的な軍国主義の力は消えました。
　しかし、フランスのように戦場となった国々は戦いには勝ったものの、受けた痛手はとくに大きく、なかなか立ちなおれませんでした。
　そしてなにより、気持ちを暗くしたのは、世界はまだまだ平和からは遠いということでした。
　戦争中は　レジスタンス運動の指導者の一人として、市民や科学者だちからしたわれ、支持されたジョリオは国立中央科学研究機構の長官におされて、フランスの科学をたちなおらせる全責任を負わされました。
　この国立中央科学研究饑構というのは、かってマリー・キューリーたち科学者が熱心に運動をしてつくった、フランス独自の研究の組織で、フランスにおける科学研究の背骨のようなものです。
　ジョリオは　フランスの将来は科学が盛んになるかどうかできまるのだということを、熱心に説いてまわりました。
　これまでのフランスは、アジアやアフリカに領地をもっていて、そのおかげで栄えていたようなものでした。
　今度の戦争で、それら植民地はなくなりました。
　そして、時代は科学の時代です。
　ジョリオは中央科学研究機構の体制や内容を根本的に改革し、原子物理学ばかりではなく、生物学や医学まで、すべての自然科学の分野を、世界一級にひきあげた主要人物でした。
　しかし、なかでもなんといっても重要なのは原子力研究でしょう。
　ジョリオ・キューリー夫妻は原子力エネルギー利用の研究を始めました。
　ウラニウムの連鎖反応による原子炉は、戦争中アメリカに逃れたイタリア人フェルミを中心に、見事に完成しました。
　そればかりでなく、原子力エネルギーは爆弾という形で利用され、日本の広島、長崎を粉々にし、たくさんの人を殺してしまいました。

　第一回の平和擁護世界会議は　一九四九年四月、パリで開かれて、ジョリオは会議の会長に選ばれました。
　この組織は一九五〇年にストックホルムで第三回大会を開き原子爆弾を完全になくそうと、世界によびかける提案を行ないました。
　これが有名なストックホルム・アピールです。
　このアピールは全世界にわたって、多くの人々から強い支持を受けました。

　　　　11 平和への戦い top

　今日、フランスは原子爆弾をもっていて、原子力研究は主として水爆兵器をめざして行なわれています。
　これはジョリオ・キューリー夫妻の方針とはだいぶ違うではないか、と思われるでしょう。
　そうなのです。フランスの原子力研究の方針は、全く方向を変えられてしまいました。
　一九五〇年に、ジョリオ・キューリーは夫妻そろって原子力委員会の仕事を辞めさせられてしまったのです。
　この事件は夫妻がストックホルム・アピールを支持し、原子兵器反対をさけんだ直後のことでした。
　このような圧迫とはずかしめをうけても、ジョリオ夫妻は少しもゆずらず、原子兵器反対の運動を続け、世界中の平和を愛する人たちから支持をうけていました。

　イレーヌは一九五六年三月に五十二才で、ジョリオは一九五八年八月に五十八才でなくなりました。
　二人とも、母のマリーと同じように、放射能による障害がその死因でした。
　フランスはこの二人を国葬にして、長い間の苦労と大きな功績に報いました。
　二人の墓は、ピュール・マリー夫妻の墓の隣にもうけられています。