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ゴッダード

お金も名誉ももとめず、一人でコツコツとロケットの研究を行ない、
世界で最初に液体燃料ロケットを作った人。

　　　1　夢をみる少年 top

　一九一二年からプリンストン大学で実験物理学の研究生活に入りましたが、一九一四年からは母校であるクラーク大学の物理学講師になっています。
　これから一九一五年に助教授、一九一九年に教授と進み、一九四三年までこの大学の物理学の先生を勤めました。
　これだけだったら、なんの不思議なこともありません。
　しかし学校で講義をするかたわら、果てしない宇宙に飛び出す夢をもち、ロケットの研究にコツコツと取組んだという点は、先にお話したツィオルコフスキーにそっくりです。
　ゴッダードは十七才のころから高い大空にあこがれて、研究ノートを残しています。
　その頃、気球を高く飛ばせた結果、大気の高い所に成層圏という層があることはわかっていました。
　この層は雲というものがほとんどない層で、また高くのぼっても温度が下がらない層なのです。
　この層の高さまで人間が飛ぶのには、どうしたらよいのか、この問題を解決するために、ゴッダードはまず簡単なロケットの理論や、火薬を使うロケットについて研究ノートにしるしています。

　　　　2　ロケットの研究を始める top

　ゴッダードが二十五才になった頃（一九〇七年）、一種の原子力エンジンを持ったジェット機の計画を作りました。
　原子力エンジンというと、大変聞こえがよいのですが、科学的には正しくないものでした。
　これは、一九〇三年にフランスの科学者、キュリー夫妻がラジウムの放射能の研究でノーベル賞をもらい、ゴッダードはこの研究に刺激されて、ラジウムが崩壊する時の熱を利用した機関を考えたのです。
　しかし結果はいくつかの誤った点があって、雑誌に発表されても誰からも相手にされませんでした。
　この点はツィオルコフスキーの場合とちがいます。
　ツィオルコフスキーは科学的にはすぐれた正しい論文を書いたのでしたが、その時の政府の科学政策が悪かったために、中々世に認められなかったのです。
　ゴッダードはそれにくらべ、少し考えが足りませんでした。
　しかしこの時の失敗によって、ゴッダードは液体酸素と液体水素を使ったロケットが、有望であることに気がつきました。
　これは前にのべたツィオルコフスキーの『ロケットによる宇宙空間の研究』という論文を読んで知ったのです。
　このことがきっかけで、正しい理論の上に立って、ロケットの研究を進めることになりました。
　まずゴッダードは、海の上で難破した船を救うためのロケットを作りました。
　これはロケットに綱をつけて、難破した船をめがけて飛ばせ、その乗組員を救助するのに使うわけです。
　これは火薬で飛ばすロケットでしたが、ゴッダードはこのロケットによって、ロケットを作る基礎知識を得ましたし、また研究資金も少しは手に入れることができました。
　これは一九一二年のことです。
　そこでゴッダードは、さらに大型で本格的なロケットを作ることを考えました。
　そのためにはもっと研究資金が必要です。
　ゴッダードはそのため、ロケットの研究の重要なことを説明した論文を作り、これをいろいろな研究所や財団に送りました。
　幸いこの論文をアメリカ国立博物館のオルコット博士が読んで、大いにゴッダードの考えに賛成してくれました。
　そして、このオルコット博士の援助によって、スミソニアン研究所（アメリカのワシントンにある物理や天文学の研究所）から、ゴッダードは一万一千ドルの研究資金を受けとることができました。
　こうして、ロケット研究家としてゴッダードの名は、しだいに知られるようになりました。
　こうしているうちに、一九一四年に第一次世界大戦が始まりました。
　アメリカは、はじめはこの戦争に加わらず、中立の立場をとりましたが、一九一七年から連合軍に加わって、ドイツとオーストリアに対して戦うようになります。
　戦争が始まると、陸軍省はゴッダードに軍用ロケットを研究するよう命じました。
　そこでゴッダードは、戦場で使う短距離用のものから、遠く敵陣の後方の都市や工場をねらう長距離用のものまで、各種のロケットを試作し、一九一八年に実験を行ないました。
　実験を行なったところは、メリーランド州のアバディーン兵器実験場でした。
　実験は大体成功しましたが、その実験の翌日に第一次大戦は終わってしまいました。
　もう陸軍は軍用ロケットの研究はやらなくなってしまいました。
　ゴッダードは再び自分の力で研究費を集め、細々と研究を続けるほかはありませんでした。

　　　　3　液体燃料ロケット初めて成功 top

　この論文は、いまから見れば大変重要な理論がのべてありますが、その頃はほとんど誰も注目しませんでした。
　かえって新聞は月ロケットのことを、半分気違いじみた学者の思いつきとして、からかうような調子で紹介しました。
　しかし、ゴッダードは、そんなことでクヨクヨするような人ではありません。
　一人でスミソニアン研究所から出るわずかな研究費をたよリに、研究を進めました。
　もう固体燃料のロケットなど、考える余地はありません。
　推力もずっと強く、また燃焼の速さも自由に調節することができる、液体燃料ロケットを作ることに、一心に取組みました。
　まず彼は、燃料を入れる燃料タンクとそれを燃やす場所である燃焼室とを、別に分離するという新しい試みをしました。
　この方法をツィオルコフスキーは考えていましたが、火薬を燃料とするロケットを考えている学者にとっては、大変新しい、すぐれた試みだったのです。
　また燃料や酸化剤も、いろいろに変えて実験を行ないました。
　エチル・エーテル、液体プロパン、そのほかいろいろな薬品を使って試験をしてみましたが、結局ガソリンと液体酸素を組合わせて燃やすのが一番よいことがわかりました。
　この燃料は、その後かなり長い間、世界じゅうでロケットの推進剤として基本的な役目をはたすことになりました。
　ツィオルコフスキーは前にのべたように、液体酸素と液体水素とを燃料とすることを考えたのですが、これを実際に使うのは非常にむずかしいことだったのです。
　確かに液体酸素と液体水素の組合わせは、強い力を出すのですぐれてはいます。
　しかし液体水素を作り、それをロケットの燃料タンクにつめるのは大変むずかしいことなのです。
　ツィオルコフスキーはなんでも理論的に考えたので、このような燃料を考えたのですが、実際には大変なお金がかかることです。
　ゴッダードは、たやすく手にはいる燃料のなかから、一番よいものを選ぶというやり方だったので、成功も早かったのです。
　こうして、何回も地上にすえつけたロケットで燃料を燃やし、その推力の強さが測定されました。
　そしてその結果、やっと実際に空を飛ぶロケットができたのです。
　このロケットは、いまのロケットとは、ずいぶん形がちがいます。
　燃料を燃やす燃焼室は先の方にあり、燃料タンクは後ろの方についていて、管で燃焼室につながっています。
　燃焼室から噴き出す熱いガスで燃料タンクの液体酸素をあたため、それが蒸発する圧力で、燃料を燃焼室におしこむようにしています。
　いよいよ実験の日がきました。それは一九二六年三月十六日でした。
　その日、オーバーンの農場は雪におおわれていました。
　その雪の上に鉄の細い棒をつなぎあわせて作った発射台をすえ、さらにその上に苦心のロケットをのせました。
　ロケットは長さが一メートルぐらいの筒のような燃料タンクと、先の方に細い小さな燃焼室とが、二本の細い管でつながったものです。
　これでも発射台の上に立てると三メートルちかくの高さになりました。
　燃料が点火されました。ロケットは大きな音を立ててとび上がりました。
　そして二・五秒の間に五六メートルの距離を飛びました。
　高さは一番高い所で二六メートルまでのぼったそうです。
　その飛行速度は大体一時間に九〇キロメートルくらいの速さでした。
　たった二・五秒間。五六メートルの飛行！
　これが世界で最初の液体燃料ロケットの飛行だったのです。
　これではみなさんが作った模型飛行機よりも、もっとみじめな飛行かもしれません。
　しかしこの液体燃料ロケットは、それから三〇年後に人類最初の人工衛星を、宇宙に打ち上げることができたのです。
　だからたとえどんなにその飛行が短かくても、これは人類の歴史にとって記念すべきことでした。
　ゴッダードはその年の五月に、この実験の報告書をスミソニアン研究所に出していますが、それが印刷されて世の中に知れたのは、一〇年もあとのことでした。
　スミソニアン研究所もこの実験の重大さに気がつかなかったのでしょう。
　もちろん世間の人も、また世界じゅうの学者も、この実験のことは何も知りませんでした。
　しかしゴッダードは、そんなことはすこしも気にしませんでした。。
　ゴッダードという人はこのように有名になること、世間に騒がれることが大嫌いな人だったのです。
　彼の一番嫌いなものは新聞記者だったそうです。
　ただ一人でコツコツと研究を進めてゆく、そういうタイプの学者でした。

　　　　4　大それた事件 top

　この第一回のテストに成功した後、ゴッダードはますますロケットに改良を加えて、すぐれたロケットを作っております。
　一九二九年七月十七日に行なった実験では、長さが3.5m、横幅が65cmのもので、燃料をつめない時の重さは14.5kg、これにガソリンを6.35kg、液体酸素を5kg積みこみます。
　そのうえ、このロケットは気圧計や温度計、それに固定焦点式のカメラもつけ、またロケットの飛び方を安定させるため、コマの原理で姿勢を正しく保つ装置や、飛行状態の記録装置まで積んでいました。
　とにかく今までより、大きさも大きく積みこむ装置も複雑で精密になっています。
　いざ点火です。猛烈な爆音とすごい煙を立てて、ロケットは飛び上がりました。
　実験は成功しましたが、これを見ておどろいたのは近所の長場の人々でした。
　このものすごい煙と爆音を聞いて、これはてっきり飛行機の墜落事故がおこったと思ったのです。
　村じゅう大騒ぎとなり、救急車や消防車までかけつけて来ました。
　さらに軽飛行機まで飛んで来て、農場の中をさがしまわりました。
　この騒ぎのあと、ゴッダードは消防署によび出されて、さんざんお目玉をちょうだいしました。
　そのうえ、人付き合いが下手な消防署や警察署のお役人たちに、実験についてうまくに説明することのできないゴッダードはかえって怪しい人物と考えられてしまいました。
　新聞はこの風変わりな男のしでかした「大それた事件」を、デカデカと報道しました。

　　　　5　砂漠の実験場 top

　　　　6　埋もれていた晩年 top

　しかし、ゴッダードが研究の成果を天下に公表できたのは、これが最後だったのです。
　このゴッダードの研究のすぐれていることに注目した海軍は、彼をメリーランド州のアナポリスにある海軍工学研究所で、軍用ロケットの研究をさせることにしました。
　このことはいまから思えば、かえすがえすも残念なことでした。
　ゴッダードにしてみれば、大気圏外にまで飛ぶ強力なロケットを作って、宇宙空間や超高層大気の研究を行なうことが目的だったのです。
　しかし海軍は、爆弾を遠方に運ぶための手段としてのロケット（火薬式）の開発に、彼を使おうと考えました。
　もしゴッダードがもう少し長く、もう少したくさんの研究費を使って研究を続けていたならば、アメリカは宇宙開発の仕事でずっと早く進むことができたでしょう。
　海軍の研究所でゴッダードがどんな研究をしたかは、いまでも発表されておりません。
　たぶん第二次世界大戦中、アメリカがさかんに使ったロケット弾は、この研究所でゴッダードなどによって研究されたものだろうといわれています。
　ゴッダードも早く戦争が終わって、また平和な宇宙旅行の研究ができる日がくることを願っていたことでしょう。
　しかし、その望みはついにかなえられませんでした。
　彼は一九四五年八月十日、病気でのどの手術を受けましたが、その後、麻酔がさめずそのままなくなってしまいました。
　第二次世界大戦が終わる数日前のことでした。
　このゴッダードはアメリカのロケット研究の先駆者として、いまでは大変高く評価されており、メリーランド州のダリンベルトという所には、ゴッダードという名のついたアメリカ航空宇宙局の宇宙飛行センターがあります。
　しかし彼が生きていた時は、本当に名の知られない、また彼自身、有名になることが大嫌いな地味な学者だったのです。
　彼がいかに人に知られていなかったかということは、アメリカ宇宙旅行協会という団体が、その頃のゴッダードの研究を、ほとんど知らなかったということでもわかります。
　アメリカ宇宙旅行協会は一九三〇年にニューヨークに設立され、一九三三年からロケットの発射実験をやっています。
　発射場はニューヨーク州のズデーテン島、グレートキルズの海上公園に作られました。
　一九三三年五月に第一発が、翌年の五月に第二発が打ち上げられましたが、思わしい結果が得られませんでした。
　この失敗によって宇宙旅行協会は、もっと信頼できるエンジンが完成するまでロケツトの発射は行なわず、地上実験だけをすることにしました。
　もしこの宇宙旅行協会が、ゴッダードの研究を知り、ゴッダードがこの団体に参加していれば、もっとアメリカの宇宙開発は早い進歩をとげていたでしょう。
　しかし、ゴッダードはすべてひかえめで内気であり、名誉欲も出世欲も全くない性格でした。
　謙遜ということは、確かに美徳です。
　しかしゴッダードの場合、それが禍（わざわい）してゴッダードのすぐれた研究が中々世に知られず、ついにこの頃の宇宙開発でドイツに先をこされてしまうことになります。