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町医の鉄道建白書 　鉄道草創期の請負業者　 原敬首相暗殺事件 　浜口首相狙撃事件 　INDEX

�U 目ッかちの飴定親分

草創時代の鉄道工事は如何にして遂行されたであらうか
彼は実に素晴らしい喧嘩の名人であった！

１　ごろん棒と雲助　  top

　日本に始めて「鉄道」というものが敷設されることとなり、その最初の線路は、新橋〜横浜間であったことは、先刻御承知のとおりである。この請負人は、例の高島嘉右衛門だ。嘉右衛門翁は、のち、易者の親分になってしまったが……。
　これが日本に於ける、請負師の本家本元である。それ以前には、請負師というものはなく、入れ屋といったり、大工の棟梁といった。
　ところで、この鉄道工事によって、盛んに土方や鳶職を使役するようになったが、先づ募集に応じてくるものは、当時の雲助だの、長脇差だの、いづれも「ごろん捧」と称せられる「やくざもの」ばかりであった。
　明治初年には、一日の日給十五、六銭で、こういう連中が集まった。しかし、いづれも気が荒くて喧嘩ばかりして始末がつかない。統制をするのに困難であった。
　そこで、請負師は必要に迫られて、喧嘩の名人を物色した。その時、飴屋で、めっかち（片目）の定というのが選ばれた。
　で、その、めっかちの定公親方とは、いったいどんな経歴をもつ男であったかといえば、彼の本名を杉井定吉といい、麹町あたりで鳶職を渡世としていた。四十歳の頃、江戸の花だよと謡われた例の火事場で、火喧嘩をやらかし、左の眼を潰してしまった。明治十八年に五十六歳であった、というのだから、その喧嘩は明治二年か三年頃の事であったらう。

　そこで、めっかちの定公親分は鳶職をやめて或る人の世話で、芝田町にあったという駕篭屋の後家さんのところへ、用心棒兼、お婿さんという格で入り込んでいた。が、明治開化の第一番目に葬られた商売は、何といっても「かごかき」であった。それは、人力車の発明によったからでもあらう。
　定公親分も、雲助相手の営業では、飯が食へなくなったので、だんだん困って来る。ちよっと手先が器用で工夫に富んだ男であったため、考へた揚句、とうとう、子供相手の飴細工商になった。屋台を担いで、子供の集りそうな場所を選んでは　「あめ―えい―　」と流して歩いた。
　カゴ定から、飴定ヘ――そして飴定として可なりその名を売ったものである。
　この飴定親分は、口をかけられた請負師に向って
　「何分俺も、眼は一つになったし、年はとったし、マアそういう面倒な仕事はイヤだ。」
　といって一度断ってみたが、なんでも、かんでも頼む――といわれ、そこはやっぱり江戸ツ子であり、親分肌であるだけに、
　「それ程までに、いうならば。」
　で、とうとう現場で、荒くれ男を向うに廻し、采配をふるうようになった。と、さすがは昔とった杵柄だ。一絲乱れず、荒くれ男たちを立派に統制された。

２　飴定と原口要工学博士　　  top

　その当時、飴定の人足統制振りに、ぞっこん惚れ込んだのが、後の工学博士、原口要である。この人は、当時の鉄道工事総指揮官であった。
　そんな闘係から、原口氏は、飴定々々といって眼をかけていた。それ以来、鉄道局では方針を変え、請負制度を廃止し、ことごとく飴定に人足を供給させ、一切の工事を直営とした。
　従って、飴定親分は「鉄道局直営工事人足供給一手専売請負人」となってしまった。
　これが、ざっと二十年あまりも、続いたものだから、飴定の手は全国に拡がり「飴定ならでは、夜も明けぬ」ことになった。
　そんな工合であったが、飴定は金に淡白であって財を積もう等とは夢にも思っていなかった。だんだん年もとってくるし
　「俺は、もう、こんな真似はイヤだ。」
　といって、明治二十六年ごろ、すっかり足を洗った。翌年、ぽっくり死んでしまったが、それでも現金で百萬円ぐらいあったというのだから、素晴らしいものだ。
　如何に、飴定が羽振りのいい親分であったか、想像出来よう。
　しかし、その養子として、工学士をもらったり、番頭が多く学校出のものばかりであったりして、今は全く型なしに潰れてしまった。
　飴定の番頭であった豊国翁の、思出話をここに収録して、当時の模様を覗いてみよう。
　「わたしが使はれていたころの杉井の番頭と来ては、所謂「キモイリ」と称されていたもので、概ね、東海道筋の雲助であったり、国定忠治の子分であったり、気の利いたものでも興行師の、木戸番といったようなものばかりであった。
　そうしてその配下も大体同じようなもので、大工や左官や石工、鳶職などで固めていたものだった。
　しかし今から考へて見るとその時代の方が今よりはるかに不正工事も少なく、又非常に早く進行するものであった。殊に我国の特殊な作業に足場と云うものがあって、杉丸太を使用して水上でも何千貫目と云う重量ある鋼材を自由に動かしてきた。
　この足場ばかりは学校の教科書にもないから、大学教授の工学博士でも雇い外国人でも全然判らないものだった。杉井定吉は根が鳶職であったので、この足場のことを少しばかり知っていたので、早く之に着眼して足場の名人を物色していたのであった。
　私が陸中花巻の登沢川の工事を杉井の番頭でやっていた時に、鉄道雇の線路工夫のまだ卵であって、日給十八銭の鳶職出身の若い男があった。
　若いと云っても私は十八歳、その男は二十六歳であった。非常に働き振りのよい男であったので、ある時当人に
　「お前はどこの者だ？」と聞いて見た。
　すると彼は少し鼻を高くして
　「私は神田の生れで家は代々徳川直参の鳶職でして丸の内の何とかいう馬鹿に重い大きな門の棟上げをしたり、昔、太閤様が用いた大きな石の石懸けをどうして拵へたと云うような、当時の図面まで私の家に伝へられていて、兄貴も弟も総て東京の町内の仕事をして廻っている。」
　と云う話であった。
　そこで私は金をやって彼等の兄弟及び図面等をことごとく手に入れて見た。
　この為に私は何でも足場を応用せねば出来ないと云う、妙な専門的な請負師となって見る素地が出来たのであった。しかしさうなると下受け負いでなくては仕事がないのであった。
　足場を使用するのは鉄橋を敷設する時だの、鉄骨を組立てる時だのであるが、欧米では高価な機械を使用して足場というものは用いないのだ。日本でも今は杉丸太が高くなったので、やむなく高価な機械を買って使用することになって、足場の寿命もなくなって来ている。
　が、或る場所に急ぎの線路が出来て、幾つも川がある、その川を仮りにどうしても汽関車を通したい、通せば先方へ工事の材料が運搬されると云う時には、最もこの足場は光りを発揮するものなのである。
　足場の上へ汽関車を走らせることは外国にはないことだそうだ。私はその事から金儲けの暗示を得て後年渡邊と云う人と共同で可なり日水中の鉄道線路の橋梁の下受けをしてあるいたものだった。
　そんな変な真似をしては五千、一萬の金が出来ると、いつも私は東京で使って仕舞うのであった。花を引いたり、相場をやったり、禄なことはしなかった。

３　文なしの請負師気質　  top

　丁度明治三十二年頃であったと思うが、東京で私は一文なしになった。で、台湾の友人へ「そちらの景気はどうか」と聞いて見た、と「まあ兎に角遊びに来い」と云う返事が来た。
　そこで再び台湾へ行くため洋服一丁で新橋を立ち、大阪へ下車して見ると停車場の工事の最中で、前記の渡邊の半纏を着ていたものが沢山いた。
　「こいつは何とかなるかも知れねえ。」
　と思ったので、そこらに働いている人夫に就て様子を聞いて見ると、曾根崎新地に借家してこの停車場と、桜ノ宮の鉄橋をやっていると云う事だった。
　で、早速曾根崎新地の渡邊の住居を訪ねて見ると彼は丁度昼飯を食っていたが、私を見ると非常に喜び、――最もいつの場合でも、鳶とか土方とか云うと殊にその頃のものは比較的義理堅いせいでもあったが、渡邊は如何なる場合でも私を自分以上に取扱ってくれることが習慣となっていた。
――そこでへたくそ料理を命じたりして、「まあ一杯」という事になった。
　と、そこへ執達吏が差押へにきて、ありとあらゆるものを惨酷に差押へて行った。

　段々話を聞いて見ると、渡邊は可なり儲けもしたが、大阪で賭博打の兄弟分が沢山出来て、後に国粋会の副会長になった野ロ栄次郎だの、その親分筋の小林佐兵衛老人だの、大きな商売人仲間と絶えず賭博を打って、大借金を背負い、桜ノ宮の鉄橋請負で、名古屋のペンキ屋に橋を塗らした勘定の引残りが六百何円あって、催促されてもつい遠方のため打棄て置いたのだがそれが欠席裁判を食って、訴訟が確定したのでコンな事になったのだと云うのであった。
　その時渡邊は
　「全く借金だらけで首が廻らねえから、何とかウマイ智慧をふるって、停車場の出来上るまでみのがして貰いてえものだ。」
　と云った。が、私も六百円なんて金がない。
　しかし兎も角も一時台湾行きをやめて彼を助けることにした。
　渡邊の住居は可なり贅沢な借家であったか、彼は私に滞在して貰う為に停車場の雑作物の残木を持って来て、遊んでいる大工に命じて、庭の一隅に六畳と四畳半の離れを建てると云った。
　しかし一週間たてば競売されるので、私は先づこれを何とかしてやらねばならない。兎も角も弁護士に相談して見ようと思って、新聞にある弁護士の案内公告を見ると、昔台湾で知り合った梶川四三八と云う、台南で検事長をしていた頃の知人の名があったので、その人を寺町の事務所へ訪ねて行って相談して見た。
　すると彼は最初よりの記録を見て、
　「之れはこちらの方が勝つから控訴しろ」
　と云った。その理由を間いて見ると、なるほど感心したので、この人を頼んで控訴した。するとこの事件は一年後に全然渡邊の勝訴となった。
　私はこれを見て法律とは愚にもつかぬものだと感じた。実際から云へば当方に支払いの義務があるのに、坪二円の約束の書類があって、それを後に二十銭だけ値上げしてやったことには約束の書類がない、それで勝訴となったのだった。
　それはそれとして私は渡邊にすすめて先づ以て一本立の請負師となる資格をつくった。それは税金さへさかのぼって納めれば直に出来るもので、区役所では収入になることだから、上申書によって概ね許されるものだった。
　その税金のおかげで三十萬円までの入札加名が出来るようになったので、最初の目的で市役所や府庁や、又は私設鉄道会社や鉄道局への入札を捜しては見積書をつくって飛びあるいていた。
　その中に紀和鉄道会社の新線工事が入札に出た。段々詳細に見積って見ると、一工程でも十五萬円はかかる、しかし落札したところで一文なしでは仕事にならないが、取ったとなると概ねそれぞれ金主の出来るものだから、そこで見込を立て高利貸をつれて、保証金の用意をさせてワルはせずに取って見る覚悟をした。
　それは天気の都合さへよければ兎も角も相当安値で出来させる見込みのあったものだからであった。スルと幸いにも十四萬二千円かで渡邊が落札した。
　翌朝であった。大和土木請負会社とか云う肩書のある名刺を持って、渡邊を訪ねて来たものがあった。私が会って段々話を聞いて見ると、即金で二萬円だすからその工事を全部下受けさせてくれと云うのだった。
　どう考へても儲からぬ仕事なのに、どう云う訳かと聞いて見ると、会社を創立してからまだ一つも仕事をしてない、株主へ申訳がないから、地元の附近の事ではあるし、損しても会社だから始末がつく、そうしてその損を埋合せる為であると云って増資の計画をするのだと云う可なり人を喰った変な話であった。
　が、私は公正証書で厳重に約束して二萬円貰ってその工事の全部を投げてやった。
　それから一寸運が向いて来て、十三（じゅうそう）川の鉄橋工事をやる、神戸の停車場の改築をやる、私の離れ座敷は小じんまりと出来上る、私はまるで楽隠居のような生活で、勝手な本を買いあつめて、読書に耽けったりしていたことが二年ばかり続いたのであった。

４　大金は得るに易し　  top

　請負師と云っても、その内容は共通なもので、仕事をするものは沢山あるのだが、仕事を取ってくれる人がなくて困るものなのだ。
　私は毎日本を読んだり、昼寝をしていたり、時にはウマイものを喰いあるいたりしては、官報や新聞を見たりして工事のあるところを見つける、見つければその工事の性質を徹底的に調査させる、石の沢山入用の工事なら、石を抱いて困っているような石屋に連絡をつけて見る、或る種の材料の沢山入用のものならその材料商に亘りをつけて見ると云った調子で、手紙で呼びつけても概ねその時代は始末がつくものだった。
　渡邊組ではこんなことをしていたが、何か天に大荒れがあって出水となると、多くは大儲けが出来たものであった。それは鉄道線路の鉄橋が流れたとか何とかの災難が起ると、実に渡辺の一手販売であった。
　あの頃はいろいろ面白いことがあったものだ、しかし現在の請負師は儲からぬものになって仕舞っている。
　私の考へでは日本趣味の建築でも、近い将来は柱も敷居も鴨居も、床板も障子や襖まで、恐らくは機械で多量生産されて、ミルクキャラメル的になると思う。こうなって来ると、益々儲らなくなる。
　要するに世の中の問題は何でもやって見るところに運命の転換期があるものだ。少し変だと思ってもやって見ないと徹底しない。小金は得るのは難しく、大金は得るのは容易いというような事が金言になる時代が来るかも知れない。」

　ここで、飴定の番頭、豊国翁は静かに瞑想して、つめたくなった茶を、ぐっと、ひと息に呑みほした。

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