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第二章　核の冬に現実性はあるか

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　　　　　1　一メガトン水爆爆発の影響 top

　核の冬の予測は、現実に世界核戦争が起こったような場合、世界の多くの人々にとってはほとんど何の意味ももちません。
　特にＮＡＴＯ（北大利洋条約機構）や、ワルシャワ条約諸国の都市や軍事目標のそばに住んでいる人々にとっては、そうだといえます。
　広島や長崎についてはすでに、多くのことが書かれています。
　数多くの映画や記録が人々に、核戦争の恐怖を訴えています。
　しかしほとんどの人々は、核戦争がもたらす破壊や災害の規校を、十分に把握することができないのです。
　たぶんそのことが唯一の理由となって、米国や英国、フランス、ソ連のような国の大多数の市民は実際にも、政府が核兵器をもとにして防衛戦略を立案し、果てしなく核軍備競争を続けるのを黙認しているのです。
　もちろん多くの人々が、核兵器に強く反対しています。
　巡航ミサイルやパーシング・ミサイルの配備が、ヨーロッパ全体に反核の輪を広げています。
　英国での世論調査は大多数の人々が巡航ミサイルの配備や、ポラリス潜水艦発射ミサイルをさらに高価で強力なトライダント・ミサイルに取り替えることに、反対であることを示しています。
　にもかかわらず一九八三年の総選挙では、反核は労働党にとって、重大な選挙上のハンディだとみなされたのです。
　人々はたぶん両超大国間で四〇年間も平和が続き、核兵器が平和を維持するのに役立ったという主張に、説得されたのかもしれません。
　最近のミサイル技術の進歩はしかし、そうした主張を大変説得力のないものにしています。
　現代の兵器がもつ命中精度は、相手の兵器をサイロのなかで破壊できることを意味し、見たところ「第一撃（ファースト・ストライク）」をますます魅力的なものにしています。
　巡航ミサイルによる攻撃の場合は、警報時間がきわめて短いので、報復は最初の警報から数分以内に決定され、実施されなければなりません。
　そこのところに偶発的な核戦争の恐ろしい可能性がひそんでいるわけです。
　核兵器を支持する人々はしかし一般に、そうした微妙な点は無視してしまいます。
　常に実行がやさしいのは、人々の愛国心に訴えることの方なのです。

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　フランスや英国のような国の場合には、人々に対して、自分たちが核兵器をもっているからこそ、自分たちがもっと重要で強力な国になっているのだと思い込ませるのです。
　超大国の場合は相手側か常に、核優位を手に入れようとしているというのが、口実になるわけです。

　一メガトン水爆が爆発すると、その爆風は一〇〇万トンの通常火薬がいっぺんに爆発した場合に相当し、半径数キロ内のすべての建物が、完全に押しつぶされます。
　米国と日本での一致した研究の結果では、爆発点から半径三・二キロ以内のところで、ほとんどすべての人（九八％）が爆風によって即死します。
　これに異論を唱えているのは英国の内務省ぐらいのものでしょう。
　内務省では『家庭用核シェルター　――技術指針』というばかげたパンフレッ卜さえだしているのです。
　半径八キロ以内では普通の住宅は、修理できないまでに破壊され半径一六キロ以内でも、すべての窓やドアが吹き飛ばされます。
　爆発の第二の結果は強力な火球の発生です。温度は最初は、摂氏約二〇〇〇万度にもなります。

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　熱はあまりに強いので、爆発点から八キロ以内では、戸外や窓際にいる人々の衣服に直ちに火が着き、露出した皮膚はぴどい熱傷を負います。
　熱はまた激しい火災を引き起こします。住宅内ではカーテンや家具にも急に火が着くわけです。
　給油所やガス施設、樹木、植物など、およそ燃えるものには、すべて火が着きます。
　個々の火が一緒になって大火になり、どんどん広がって、燃えるものは何でも、燃やしてしまいます。
　第二次大戦中にハンブルク、ドレスデン、広島で経験されたような「火事嵐」も、高い確率で起こってくるでしょう。
　火球に対しては続いて、ハリケーン並みの強風が吹き込みます。
　摂氏で一〇〇〇度以上という高温は、ガラスや一部の金属をさえ溶かすに十分です。
　何とか爆風から逃れ得たとしても、火事嵐にとらわれた人々の運命は焼死するか、窒息するかのどちらかでしかないのです。
　爆風や火球の影響は何とも恐ろしい限りですが、最大の死者は放射性降下物（フォールアウト）によるものになりそうです。
　核爆弾が地表付近で爆発すると（核戦略家はこれを地表爆発と呼んでいます）、大量の土砂が空中に吹き上げられます。
　核爆発の強力な放射線が、これらの土砂を放射性にするのです。
　土砂は。爆弾それ自体の材料の残渣（ざんしゃ）とともに空中に吸上げられて、地球の大気中にあの有名なキノコ雲をつくります。
　粒子や破片中の大きいものは、数時間か数日中に地表に落下し、何百平方キロにもわたって、致死放射線を撒き散らします。
　地下深くのコンクリート製の壕で保護される人々だけが、フォールアウトの影響を免れるのです。
　当然のことですが、そうした壕を与えられるのは、たとえば核戦略に責任を負う大事な人々だけなのです。
　科学者たちはたとえば、大ロンドン地区に五個の水爆攻撃が加えられた場合の影響について、詳しく計算しています。
　それによりますと、七〇〇万の人口のうち、五○○万以上が死亡し、さらに五〇万人が負傷し、一〇〇万ちょっとが負傷を免れるだけです。
　死亡のうち四〇〇万は、放射線によるものになります。じわじわと近づく死を待つ期間は、六週間にも達するかもしれません。
　核戦争の影響についての一般的な誤解はたぶん、ほとんどの人が即死するというものでしょう。
　不幸なことに実際はそうではないのです。

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　推定によりますと、大規模な核戦争が起こると、米国では二億三〇〇〇万の人口のうち一億二五〇〇万ないし一億七〇〇〇万が死亡し、さらに三〇〇〇万から五〇〇〇万の人が負傷して治療を必要とします。
　これらの死傷はすべて、核爆発そのものの直接的、即時的影響によるものです。
　世界保健機関（ＷＨＯ）の研究では、全面的な核戦争が起こると、爆風その他の直接の影響で、世界中で一〇億以上の人々が死亡し、さらに一〇億の人が負傷するだろうと予想しています。
　話はしかし。水爆の爆発点から三二キロかそこら以内の地域内にいる人々の運命にとどまるわけではありません。
　核戦略家たちの推定では、米国のすべての都市や大きな町が核兵器によって破壊されたとしても、人口の三分の一が攻撃に生き残るとされています。
　そこで次に取り上げたいのが、そうした生存者たちの運命についてなのです。

　　　　2　核戦争の結末――政府の見解 top

　英国の内務省が出した小冊子の『防護して、生残れ（プロテクト・アンド・サーバイブ）』は、私たちがどうすれば核戦争に生き残れるかについて、述べています。
　それによりますと「英国では爆弾の直接の影響や、その結果としてのフォールアウトの双方に対して、どの地域も安全だとは考えられない」ので、都市地域から避難することは歓迎されません。
　道路は、せかせかと動き回るミサイル発射台のために、あけておかなければなりませんし、政府としても、都市地域や目標地帯から流出する大量の難民に、対処できるとは考えていません。
　私たちは、それぞれ自宅にとどまるものと想定されており、そうしない場合には地方当局によって家を接収されるとか、逃げだしても、逃げ込んだ地域では食糧さえもらえない恐れがあるとされているのです。
　私たちは次いでそれぞれの自宅のなかに、緊急用のシェルターを建設するものと想定されています。
　私たちが利口ではなかったので。自宅の庭に適切なコンクリート製のものをつくっていないだろうというわけです。
　（でなければ、私たちの“身分”が高いので政府が地下壕を与えて下さるというわけです）。
　この場合シェルターとしては地下室が最善で、たとえばロンドンでは人口の三・五％がそうした地下室をもっています。

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　でなければ自宅の建物内の一階で、テーブルの上にできるだけ重いものをかけて、その下にもぐり込むことが勧められています。
　アメリカでは小学校の学童たちがみんな、地震とか核攻撃などの緊急時には、そばにあるテーブルの下に隠れるように教えられていますが、この方法にも、その程度の効果はあるわけです。
　平屋の建物やトレーラーハウスに住んでいる人は、「近くにいるだれかと相談して、シェルターを確保しなければなりません」。
　でなければ　「地方当局があなたに、どうすべきかを勧告することができるのです」。
　大きなアパートの最上部の二つの階に住んでいる人々は「今すぐ家主に会って、何らかのシェルターの入手について話合う」必要があります。
　私たちは次いで自分のシェルターに入って、そこを出てもいいといわれるまで、待つわけです。
　私たちは、一四日分の食糧や水を用意すべきだと教えられています。
　攻撃が差し迫っているという警告はしかし、せいぜい数分前にだされるのですから、実際にはそれは大変難しいことなのです。
　不幸なことに英国の大部分では、そうしたとしても、「安全」ではないのです。
　戦時中の放射線の許容線量についての政府の規定にしたがったとしても、核のやりとりから一ヵ月間は、外に出ることはできないのです。
　ラジオやテレビは「電磁パルス（ＥＭＰ）」と呼ばれている現象によって、すでに使えなくなっているでしょう。
　電磁パルスというのは、核爆発に伴う瞬間的な強力な電磁波ですが、とにかくそのため私たちは、外で何が起こっているのか、外にでても「安全」かどうかについて、何の情報も手に入れることができなくなってしまうのです。
　内務省内部の回状によりますと「大規模な核攻撃が家庭用、工業用の給水システムや下水システムのほとんどを破壊することは、絶対に確実」とされています。
　ですから都市や多くの農村地域では、生存者たちは、飲料水の不足という大きな問題に直面することになります。
　生存者たちは水を求めて、放射線が「安全」なレベルにまで減少するずっと前にも、シェルターを出なければならなくなります。
　下水システムの崩壊は、非常な健康上の問題を引き起こします。
　英国ではとっくの昔に根絶されているチフスやコレラのような病気さえが、またまた頭を心たげてくることでしょう。
　政府自身はそうした私たちの悲惨を横目で見るかのように全国的、地域的に精巧な政府の隠れ場所を工夫しています。

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　そのそれぞれにきわめて安全で、しかも設備のよくゆきとどいた壕をつくっているのです。
　放射能が引き起こす危険は別にしても、そうした全国的、地域的指導者に対して壕から出て、怒り狂う市民に接触するように、求めることはできないでしょう。
　実権はたぶん軍の手に移っているはずで、彼らの壕のなかこそが、最も安全な場所だと思われるからです。
　壕のなかから軍隊が、放射能でいっぱいの被災地に派遣され、私たちに対してどこで食糧や水を入手すべきかを、知らせてくれることになります。
　もっと重要なことですが、「破壊活動の恐れのある人々」をも、あわせて検挙することになるでしょう。
　農民たちは時を移さず畑に出て、放射能を帯びたトウモロコシを刈り取り、次の作物を植えることになるでしょう。
　燃料が不足するので、あらかじめ二、三頭の馬を用意しておいた農民が、有利な立場に立つことになります。
　政府が行っている手回しのいい計算の結果は、私たちが放射能を帯びた食糧を食べて受ける線量が、私たちがその時までにフォールアウトから受けているはずの線量と同じ程度で、原子力産業の労働者に対して許されている年間線量の“たった”一〇〇倍にしか過ぎないとしています。
　私たちは一体、どれほどの規模の生存者について話しているのでしょうか。
　古くは一九六〇年にハーマン・カーンが著書の『熱核戦争論』のなかで、米国で最大の五〇の都市や町が完全に破壊されたとしても、アメリカの人口の三分の一が死亡するだけだと書いています。
　この数字は超大国での犠牲者についての代表的な数字だと思われますが、超大国の核戦略家たちは、こうした数字を受入れ可能とみているらしいのです。
　いずれにせよ米国での死傷者数についてのいくつかの推定は、いずれも総人口の五〇ないし七五％の範囲内に収まっているようです。
　英国のようなヨーロッパの国の場合は、陸地の面積がずっと狭くて都市や軍事施設、港湾、レーダー施設などの目標が広く分散しているので、人口の一〇ないし二〇％以上が全面攻撃に生き残るとみるのは難しいのです。

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　　　　3　核の冬に現実性はあるか top

　核攻撃の直接の影響から生き残った人々にとって、核の冬はそれでは一体、何を意味するのでしょうか。
　核爆発があった場所では上空に、ちりや煙からなる巨大な雲が立ちのぼり、高さ八ないし一六キロまたはそれ以上に達します。
　雲は今度は、まるで積乱雲の「金床」（かなとこ）のように水平方向に広がって、あちこちで立ちのぼった雲が全部一緒になります。
　核攻撃のあった翌日には、夜明けといったものはなく、空は昼になっても真っ暗だと思われます。
　この暗さが何週間も続いて、その期間中に温度が、日を追って急激に低下していくのです。
　大陸の内部にある場所では、温度は結局は摂氏で四〇度も下がることになりそうです。
　温度がここまで下がると、夏は冬に変わり、冬は北極の冬のようになります。
　英国の大部分がそうであるように、沿岸地域ではしかし温度の低下はずっと少なく、たとえば摂氏一五度程度にとどまります。
　海が温度を押し上げる効果をもつからです。
　それでもなお夏が冬に変わるのに十分です。
　英国の通常の気候は、まさに同じ理由で、大陸の場合のようには、劇的に変化しないからです。
　私たちが、タンボラ火山の爆発に続いて起こった一八一六年の失われた夏について考える時、核の冬について予想されているいっそう厳しい結果について想像することは、そ
う難しいことではないのです。
　春から夏にかけて太陽光線が失われて厳しい寒気がやってくると、ほとんどの作物、植物、樹木がやられてしまいます。
　川や小川は凍って、多くの動物が渇きや飢餓、寒さで死んでしまいます。
　熱帯地方では核の冬は、それがどの季節にやってこようと、動植物に破局をもたらします。
　太陽光線の量や温度は、少なくとも三ヵ月間は、常態に復するとは考えられません。
　生物学者たちが核の冬を大絶滅に結び付けるのも、無理がらぬことなのです。
　核の冬の影響は人間にとって、特に厳しいものになります。
　北半球では核戦争が冬に起こって、その気候への影響が短期的なものにとどまるのでない限り、収穫が全くなくなるといったことも避けられません。

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　このことは飢餓が、北半球の多くの住民だけでなく、穀物の輸入に依存している南半球の多くの国々をも襲うことを意味します。
　北半球で多くの人々が、たとえ核戦争の直接の打撃から生き残ったとしても、寒さや飢餓などに対処できると考えるのは難しいのです。
　影響としてはその他にも権力機構の混乱や水、下水、交通の破壊、疫病の広がり、医療の崩壊、戦後期に起こってくる心理的なストレスなどが考えられるわけです。
　核戦争の第一の目標は北半球にあります。しかし放射能を帯びた黒い雲は、数週間のうちに南北の両半球に広がって、災害を戦争の当事国だけでなく、中立国にも広げるものと考えられています。
　地球上の正常な気候のパターンが変化して、北半球の雲が南半球にも移動していくようになるとも考えられています。
　実際にはまた、南半球に攻撃目標がないと考えるのは、難しいのです。
　南アフリカのウラン鉱山や海軍基地は、目標にならないでしょうか。
　南半球にある超大国の同盟国が、相手によって脅威だとみなされることはないでしょうか。
　核兵器が南半球で爆発しようがしまいが、南半球も同様に核の冬の厳しい影響の多くをこうむることは、全く確かなのです。