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黒部ダム物語
（前川康雄著　少年少女20世紀の記録11　あかね書房　1982年刊）

　　　　　　　はじめに　top

　富山県黒部渓谷に、世界第四位のアーチ式ダムが完成した。黒部ダム、黒部川第四発電所のダムである。
　北アルプスのだんがいにはさまれたけわしい渓谷に、ダムや発電所をつくったというのは、世界にも例がない難工事で、日本の技術が生んだ、みごとな作品といわれている。
　「黒部渓谷の御前沢にダムをつくろんだって？　東谷に発電所をつくる？
　そんなことできるわけがない。カモシカだって通れないような、けわしい谷だからね。」
　渓谷をよく知っている山の案内人も、クロヨンの計画をきいたとき、そういって本気にしなかったという。
　「国の事業としてやるならまだしも、一つの会社が、やれる仕事ではない。
　もし失敗したら、会社をつぶしてしまうことになるぞ。」
　ダムつくりにくわしい人や、電力関係の人も、そういって反対した。
　昭和のはじめから、黒部川の下流には、ダムや発電所がつくられているが、黒部川第四発電所建設の場所が、人跡未踏、人間をよせつけない秘境だから、はたして、大工事をすすめることができるのかどうか、だれも見当がつかなかったのである。
　ところが、だれも本気にしなかった黒四を、七年間、のペ一千万人の人間が、つくりあげてしまったのだ。
　さまざまな障害と困難にぶつかりながら……。
　黒部渓谷へはいって、御前沢の谷底のダムを見た人は、みな、とてつもないことをやってのけてくれたなあと、感嘆する。
　たくさんの人間が、黒部の大自然にいどんできずきあげたこの黒四は、たしかに人間の傑作だ。
　日本人が、世界じゅうに自慢していい傑作である。
　これは、山にいどんだ記録だが、もう一つ、世界的な海の傑作がある。
　マンモス・タンカー『日章丸』（省略）だ。一三二、三三四トン、世界最大のタンカーである。
　全長二九一メートル、陸の建物にくらべると、東京駅のはじからはじまでが二七六メートルだから、東京駅よりも一五メートルばかり長いことになる。
　戦争まえの軍艦や商船のすぐれていたことからも、日本の造船技術は優秀だったことは、よく知られているが、戦争に負けた日本が、これだけの船を完成したことは、たいへんなことだ。
　この黒部ダムをながめ、マンモス・タンカーを見たとき、ぼくはむかし、子供のころ読んだ詩を思いだした。
　だれのつくった詩かは、わすれてしまったが――。
　たぶん、外国の詩だったと思う。

　　人間の手のひらは　小さい
　　巨人の手のひらに　くらべたら
　　人間の手のひらは　小さい
　　でも　小さい手のひら
　　たくさんの手のひらがつくったものは
　　巨人の足あとよりも
　　ずっと　大きい……