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秘境・ニューギニア（太平洋戦争前の南洋４）

1　食人種は寧ろ文明国にあり top

　私は既に南洋の本格的進出はこれからだと言った。
　我が南洋群島の価値も、これを足場として更に南の肥沃なる大南洋進出を試みることにある。
　大南洋とは表南洋であり、目指す先は世界の秘境ニューギニア（オランダ領）だ。
　ニューギニアといへば人々は獰猛（どうもう）な食人種のことを思い出すであらう。それのみでぱなく、猛獣毒蛇が充満し、マラリヤその他の悪疫が蔓延し、気候は炎熱焼くが如く、文明人のとても住めない世界だと思われて来た。
　しかしこれは全く人々の想像であり誤解である。
　文明の潮流から取り残され、今なお世界に紹介されずにいる秘密境なので、誤解は誤解を生んでこんなデマが飛んだのだ。
　私は昨夏フランス領インド諸島を旅行した際、日本人がニューギニアで首を取られたという話を聞いた。
　それによると外来者が土人部落で豪慢な態度に出たり横暴を働いたりして土人の反感を買ったため血祭りに上げられるのだそうだ。
　ニューギニアに限った訳でない。
　この頃の東京などは何もしなくても寝首をかかれたり、八ッ切事件だのパラバラ事件だのと物騒千万だ。
　これに較べるとニューギニアは全く平和境である。
　食人種どころかこの島は孔雀鳥が棲むことで有名で、去る風流人は
「極楽を何処かと人のもし訊（き）けば極楽鳥の棲む地とぞ言わん』
　と駄句ったが、まさにその通りである。

2　気侯温和で朗らかな天地 top

　昨年私が南洋視察の帰途、ニューギニア進出の目的で実地踏査をされて同じく帰国の途にあった松江春次氏と偶々（たまたま）シンガポールから同じ船に乗り合せ、氏のニューギニア踏査談を聞くことができたが、それによると全く我々のニューギニア観は一変させられるのである。
　即ち
　『ニューギニアは実に涼しく、夜などは寧ろ寒い位だ。
　そして薔薇や菊やダリヤは幾種類も大きな花をつけ、鳳仙花（ほうせんか）や鶏頭（けいとう）も吹き誇っている。
　それに鳥が非常に多く朗らかな声で鳴き、実に明るい処である。
　午後四時頃になると、涼しくなることは又驚くほどで、丁度東京の初秋の夕方を想わせるものがあるが、夜になるとベランダで話していても寒くなり奥の部屋に引込むという有様である。
　余り気候が良過ぎるので、偶然に最も良い季節にぶつかったのではあるまいかと思って、オランダの官吏に質ねて見たら、年中こんなものだとのことであった。
　とに角気候は頗る快適で三十度を越すような暑さは殆どなく、日本人の健康には理想的だと断言出来ると思う。』

3　豊沃無比の無人境 top

　このニューギニアは一名パプア島とも称せられ、グリーランドに次ぐ世界第二に大きい島で面積約八十万方キロだ。
　そのうち西半部のオランダ領だけでも四十万方キロであるから、丁度我が本州、北海道、九州、四国を併せた総面積三十八万方キロよりもなお広いことになる。
　その住民はパプア族を主とし、中国人その他の東洋人とオランダの官吏を合せて二十万人足らずで、一方キロ当りの人口は〇．五人という勘定である。
　これはサハラ沙漠を含むアフリカ大陸に較べてもなお十分の一に過ぎない。
　だから事実上、無人境といって差し支えない訳である。
　しかもその地味の豊沃なることは全く測り知れない程であり、北ニューギニアでは米は年に二回、甘藷は三〜四回も採れるという実情で、その他にも、棉花、珈琲、ココアの如きは現地人によって野生のまま栽培されているのに艦みても、殆ど世界無比の栽培適地と見られるのである。
　殊に棉花はニューギニアでは野生の植物で、その豊沃無比なる広野は世界有数の棉花国となる可能性を備えている。
　現に南洋興発会社が現地人に耕作させた棉花を鐘紡工場に依頼して試験した結果、極めて良質の六十番手の細糸を紡出することが出来、ニューギニア棉花の品質良好なることが太鼓判を押されたのである。
　更に鉄、石油その他の鉱物についてもニューギニアは非常に鉱脈の豊富なことが想像されている。
　石原産業のスリメダン鉱山で、永く活動し最近はジャワのソロー銅山開発に従っていたこの方面の権威者、行方進氏も著者に対しニューギニアの有望なることを力説していた位である。
　北ニューギニアの河川からは砂金が出るので有名だ。北海道の金山などとケチなことを言わずに、一つニューギニアの金鉱を探し当てに行くロマンチストは出ないものか？
　とも角マレー半島には優秀な鉱山がり、ジャワ、ボルネオ、スマトラは石油の宝庫であるのだから、ニューギニアにも必ず金や石油があるに相違ない。

4　一葦帯水の沃野を正視せよ top

　あらゆる点において我々の興味をそそる秘境ニューギニアは横浜から真南に二千浬ほど距っている。
　狭い日本に育った我々には二千哩というと如何にも天涯万里の異郷のように想われるが、速力十ノット程度の古船でも十日足らずで行ける。
　もし直結航路でも設けて優秀船を使うなら五〜六日で到着するのである。
　日本で海外移住といへぱブラジルを持ち出すが、そのブラジルまでは一万二千八百浬もあるのだから、それに較べたらニューギニアは丸で隣りへ遊びに行くようなものだ。
　殊にこの島は赤道を挾んで我が委任統治の南洋群島と相対し、そこに達するまでは日本の内海も同様、わが統治下に属する海のみを通って行くことが出来るのだ。
　南洋庁のあるパラオ島からニューギニアの首都マノクワリまでは僅か二日足らずで行けるのである。
　満州国は日本の絶対的生命線であって、ここには是非とも移民を送らなければならないが、熱帯のように山野に食物が充満している訳でなく、
　『行きさへすればその日から食物にだけは不自由しない』
ということは望めないから、移住に非常な困難の件うことはやむを得ない。
　またブラジルは南米大陸の中央にあって、あらゆる好条作に恵まれているが遺憾ながら距離が遠過ぎる。
　つまりどっちも殖民能率が高くない訳だが、ニューギニアはこの点においては大いに恵まれた土地といわなければならない。

5　大南洋進出の第一歩！ top

　この恵まれた秘境をいま迄日本人が気がつかなかったのは寧ろ不思議な位であった。
　偶々昨年初め、オランダ領ニューギーニアのゲールフィンク湾地方で事業をやっていたドイツのホニックス商事開懇会社が失敗して、その権利一切が売物に出たので、多年大南洋進出を待望して来た我が南洋興発会社はその事業権を買収したのである。
　権利とはオランダ領ニューギニアの将来中心地帯となるゲールフィンク湾岸において三万町歩に達する借地権及びヌシ島全部と湾口のビャツク島における店舗貿易権等である。
　ホニックス会社の事業はダマル事業と沿岸貿易であったが、主力はダマル事業に傾倒したものであった。
　南洋興発も第一着手としてこのダマル事業を初たのである。
　ダマルとは一見楠に似た巨大なダマル樹からしみ出る樹脂で、塗料の原料として重要だ。
　ダマルの採集は丁度ゴムの採集のように、ダマル樹の樹幹に切疵を施しておくと樹脂が湧出して下の方に凝結するから、それを探集するのだ。
　ダマルは淡黄色や乳白色等の美しい謬質物で、塗料としては飛行機、船底等の塗料原料として重要である。
　塗料の件には蓄音機のレコード、電燈のソケット、靴クリーム、蝿取紙、製紙糊、線香、絆創膏など多方面に利洋されている。
　我が国では年に百万円も輸入しているから、これが成功すれぱ国際収支の改善にも貢献する所少くあるまい。
　更に前述の如くこの島で将来棉作の成功は確実とされているから、やがてこの事業を大規模に行い、棉花の自給自足に向って邁進するならば、我が国民経済に一大転機をもたらすであらうと信じられるのである。