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2　第二次大戦に突入

　第二次世界大戦が始まって二年以上たってから、アメリカは戦争に介入し始めた。
　それまでは、米陸軍航空隊にとって歓迎すべき息ぬきの時期であった。
　その間に、かなり熱狂的な拡張が行なわれたのである。
　一九四〇年四月に、軍用機は四〇二機生産され、一九四一年十二月になると、その数は二四六四機に達した。
　その多くは海軍用であったが、この月に陸軍航空隊は、三四万人から成る六七個航空群（グループ）を擁していたが、その第一線機二八四六機のうち、当時の敵と互角に戦えるのは一一五七機にすぎなかった。

1 陸軍航空軍を創設 top

　しかし、陸軍航空隊が、さらに充実した戦力を整備できるよう保証する、重要な行政上の手続が、すでにとられていた。

2 Ｂ-17、英空軍で初めて実戦参加 top

　米軍は、ドイツもイギリスもＢ-17のような自己防衛できる爆撃機を持っていない、と主張した。
　一九四一年、英空軍にＢ-17二〇機がおくられた時は米軍の、この主張を実証するチャンスだった。
　この二〇機は、三九回の作戦に参加、敵の戦闘機は一機も撃墜できずＢ-17は八機が失われた。
　ドイツ側の宣伝は、Ｂ-17を“飛ぶ棺桶”の一言でかたづけてしまった。
　しかし、Ｂ-17Ｃには、胴体下部にパスタブ（風呂桶）と呼ばれた銃座があって、そこに後方を向いた一挺の機銃があるだけで、尾部銃座はなかった。
　そして七挺の機銃はみな手動で、射撃は統制が乱れがちであった。
　Ｂ-17Ｃもその後継機Ｂ-17Ｄも胴体上部の動力銃塔がなく、通信士席に一挺の機銃があるだけだった。
　また、高々度での機動性と装備の障害に、かなり問題があり、英空軍の整備員に、特に苦労をかけた。
　整備員の一人は、うまい方法を思いついて、エンジンがまだ冷えないうちに点火スイッチを切った。

　尾部銃手は、特製パッドの上にひざまずいているので、照準環と目視で連装の機銃を操作した。
　爆撃飛行隊のいくつかは、Ｂ-24Ｄを装備していた。
　Ｂ-24Ｄは、垂直尾翼が二枚で、全高五・五メートル、全長二二・四メートル、全幅三七・四メートルであった。
　全備重量はＢ-17と同じであったがＢ-24「リペレイター」は、爆弾搭載量約三・六トンで、巡航速度三六〇キロ／時であった。
　Ｂ-17ＦとはちがいＢ-24は一二・七ミリ機銃一〇挺で、通信士も航法士も射撃の責任はなかった。
　しかし、Ｂ-24には四つの動力銃塔があった。
　胴体上部と下部、機首、尾部で、それぞれ連装の一二・七ミリ機銃を備えていた。
　Ｂ-17ＦもＢ-24Ｄも、四基の一二○○馬力空冷星型エンジンを持っていたが、過荷重状態では両機とも二九〇キロそこそこの時速しか出せなかった。
　こうしてみると、敵の単発戦闘機はかなり速く、さらに問題なのは、ドイツ戦闘機の戦闘高度は、米爆撃機よりはるかに高く、一万二〇〇〇メートルであったことである。

4 米陸軍航空軍に誤った楽観思想 top

　「フォートレス」や「リベレイター」が、実用化されるだいぶ以前に、アメリカの爆撃機乗組員たちは、かなり楽観的な気持を持っていて、第二次大戦に入ってしまった。
　この楽観論は、多少その当時の航空戦闘についての無知によるものであった。
　そして多くの上級指揮官は、第一次世界大戦の経験の上に立って物を考えていた。
　スペイン内乱においてさえ、現役の搭乗員として軍務についていた者は、きわめて少なかったのである。
　さらに言えば、イギリスがＢ-17の運用を誤ったために、一九四一年の戦闘で問題を起こしたのであり、圧縮空気を気化器に送り込む過給機の開発で、Ｂ-17の最高速度を、四八〇キロ／時以上に引き上げることができる、と過信する誤りがあった。
　米軍爆撃機の乗組員たちは、いったんヨーロッパに到着すると、高空での酸素の使い方に経験がなく、編隊飛行に不慣れであることに気がついた。
　時には、モールス符号の電信を打つことも受けることもできないというケースもあった。
　ところが、一九四一年から四二年へかけての冬、米陸軍航空軍は卓越した爆撃精度を過信して、奮い立っていたのである。
　これは主として、好天のもとに、そして当然、敵の反撃もないカリフォルニア州のミューロックの乾湖上空で高々度爆撃演習をしたことに起因する誤ちであった。
　爆弾は規則ただしく、目標の一五メートル以内に落下したという発表が、アメリカの爆撃機は、狙った目標は何でも爆撃できる、という過信に発展した。

　我々が一度に一〇〇〇機で、三六回もドイツを空襲すれば、勝利は目前にある」という当局者の発言に現れている。
　このような楽観論には、実は、さらに微妙な目的がふくまれていたのかも知れない。
　アメリカ本国で陸軍航空軍は、まだ空軍としての独立を達成していなかった。
　こうした情況が、爆撃機は勝利のために特別の貢献ができる、とするミッチェルやその同調者たちの提唱するところを、慎重に拡張しようとしていたのではなかろうか。
　さらに言えば、英空軍との協同作戦は緊要事であり、英空軍は夜間爆撃に賭けている。
　この点からしても、米軍が昼間爆撃に成功すれば、米英連合の爆撃機部隊でのドイツ本土に対する、昼夜を分かたぬ航空攻勢が実現する可能性がある、と見られたのである。
　「昼間爆撃の爆弾一発は、夜間爆撃で多くの爆弾を投下するのに匹敵する、という原則を忘れてはならない。
　そうすれば、イギリスの反対派も、おそらく我々の昼間爆撃を支持するだろう」と米惻は主張した。

5 英国で米第8航空軍を編成 top

　日本のパールハーバー奇襲から数日のうちに、ルーズベルト大統領とイギリスのチャーチル首相は、各軍事顧問団と共にワシントンで会談し、戦略爆撃のみがヒトラーを敗北せしめるものではない、としながらも、ドイツ撃滅を期す戦略爆撃計画に合意していた。
　一九四二年一月十四日に、アメリカの航空部隊が、ただちにイギリスに派遣されることが決定された。
　三日後、カール・スパーツ少将は、その航空部隊の指揮を命じられた。
　イギリスに進出する第8航空軍も、彼の指揮下にふくまれていた。
　二月初旬には、第一陣の派遣部隊が南北カロライナ州で集結を始めていた。
　一九四三年四月における第8航空軍の計画兵力は、六〇個航空群――
　重爆一七個、中爆一〇個、軽爆六個、偵察七個、戦闘機一二個、輸送八個――で約三五〇〇機の配備を予定していた。
　しかし、不安定な中東と太平洋の戦況、大西洋のＵボートの脅威もあって、ドイツに対する戦略爆撃用機材の集結は、速やかには達成されなかった。
　イタリアのドゥーヘ将軍の理論に基づく戦略爆撃は、一九四四年以前に必要な飛行機が入手できなければ、全く不可能であった。
　一方、一九四二年の春から夏にかけて、イギリスで第8航空軍の編成が着々と進められていた。

　連中は彼に、奇麗に印刷されたカードどおりにするよう要求した。そのカードは各寝室を飾っていた。
　「女教師（ミストレス）を呼ぶのには、ベルを二回……」（ミストレスには妾、情婦の意味もある）
　司令部開設を祝って、エイカーが催した夕食会で彼は、きわめて簡潔なスピーチをして、第一線に立って厳格に職務に取り組む決意を表明した。
　「我々は、充分に戦闘を経験するまで、多くを語るのをやめよう。
　我々が充分に戦った暁（あかつき）には、諸君が、ここに来たことに満足することを期待する」
　アメリカ側は、昼間爆撃に懐疑的なイギリス側と、防御火器が不充分であるとか、尾部銃座がせまいとか、あるいは、ボール・ターレットが不満足だ、という理由で「フォートレス」――Ｂ-17Ｅ型にさえ――に対する批判に対処しなければならなかった。
　しかし、この戦争への新入りに対し英空軍は快く援助を与えた。
　六月にエイカーは、アーノルドに書き送った。
　《あらゆる点で一〇〇パーセントの……我々とイギリスの仲間との間に、良い関係を打ちたてていることを、特に誇りとするものであります》

6 第8爆撃兵団の各作戦部隊 top

　第8航空軍は創設されると、すぐ四つの兵団に編成された。「輸送」「対地直協」「戦闘」「爆撃」の各兵団である。
　これら兵団を形成する部隊を、その多くはケンブリッジ周辺の東イングランド地方にある、七五の飛行場に展開するよう計画された。
　爆撃兵団は、当初から次の戦闘単位に編成された。
　爆撃航空団（ウイング＝基幹となる戦術部隊で、一個航空団は三個航空部編制）、航空群（基幹となる作戦部隊、一個航空群は一二個飛行隊編制）、さらに飛行隊（一個飛行隊は定数一二機、三個小隊）に分割された。
　米陸軍航空軍の通常の作戦部隊は一個航空群は四個飛行隊で編成されており、英空軍の飛行場は、その数に適合するように設計されていたので、三個飛行隊編制の第8爆撃兵団には好都合であった。
　そして、この点から、一個航空群は通常、一つの飛行場に置かれた。
　しかし、飛行隊が英国に到着してみると、飛行隊の機数は、平均わずか九機であり、戦闘に入る前の整備の必要と、今後の改修作業のため、いつも一度に作戦できるのは六機くらいであった。
　一九四二年四月から六月までに、第8航空軍の要員の大部分が、輸送船で大西洋を渡った。
　そのうち最も大きな派遣隊は「クイーン・エリザペス」（英国の豪華客船）で運ばれた。飛行機隊は、悪天候や航法を誤って失われた機材もなくはなかったが、グリーンランドかアイスランド経由でスコットランドに向かって飛行した。
　一九四二年六月六日に、最初のＢ-17がポールブルック飛行場に着陸した。
　ここに第97爆撃航空群の司令部が、イギリスで最初に活動する作戦部隊の司令部として開設された。
　すでに第8航空軍司令官スパーツ少将はブッシイ・パークに彼の司令部（秘匿名ワイドウイング）を開設しており、こうして第8航空軍は、イギリスに公式に展開し始めたのである。
　しかし一九四二年の末には、わずか八八二機（戦闘機をふくむ）しかイギリスへ到着しなかった。
　主にイギリス向けの飛行機を、増大する日本軍の脅威に対抗するため、太平洋戦域に配備する必要があったからである。

　このため、本来は一九四二年に予定された第8航空軍の兵力の面影は、どこにもなかった。
　しかし年末になると、第8爆撃兵団は爆撃四個航空群を指揮下におき第1、第4はＢ-17、第2はコンソリディテッドＢ-24、第3は中型Ｂ-26「マローダー」を装備していた。

　《イギリスの泥濘（でいねい）には、いろいろと種類があって、汚水のような状態から、速乾性のセメントにいたるすべての性質を備えた、汚れたゼラチンのような状態まであって幅が広い》
　ごましお頭のベテランは、あの大戦以後、あんなひどいものは見たことがない、と断言している。
　イギリスで初めに慣熟飛行訓練をした第8航空軍の乗組員たちは、航法に悲惨な影響を及ぼすほど、天候が大きなハンディキャップであることに気がついた。
　その上、彼らは急いで複雑な戦闘手順に慣熟しなければならなかった。

8 攻撃目標の決定と出撃下令まで top

　攻撃目標の選定は、上層部で行なわれた。
　イギリスとアメリカの連合参謀本部が、目標の種類（潜水艦基地や合成石油工場など）を選定し、軍の目標選定委員会、経済専門家が交互にロンドンで会合し、攻撃目標に上げられた中から、敵の潜在能力に関して利用できる情報の評価をした。
　彼らは、それぞれの分野の目標を決定すると、それに優先順位をつけた。
　この情報は、すべて第8航空軍司令部に通報され、軍司令官は目標選定委員会が選定した中から、指揮下の部隊に最適と考えられる特定目標を決定した。
　この特定された目標は統合作戦計画委員（戦闘、輸送、爆撃の各兵団代表と、米陸軍航空軍と英軍の情報部から成る）に委託され、彼らは軍司令官と航空軍幕僚に、目標爆撃行動計画について参考意見を述べた。
　この統合作戦計画委員会は針路、回数、敵の防空態勢に関する情報などから、要すれば代替目標などを決定した。
　各目標の爆撃計画には秘匿名がつけられ、各爆撃航空団から航空群に下達され、そこで作戦計画書が作成された。
　この作戦計画書は軍司令官が、攻撃の機が熟した、と判断するまで保管された。

　夕方のうちに、戦闘機護衛の詳細、爆撃高度、交信手順などが各航空群に通告されたが、航空群本部に実際にとどくのは真夜中すぎであった。
　この時まで、彼らには作戦計画が進められていることしかわからなかった。
　目標がどこであるかは、航空群には知らされていなかったのである。
　各航空群本部では、定例の手続きがとられる。
　情報班長、先任航法士、対空火器担当、当直将校が基地司令と協力して、乗組員たちに必要な詳細な情報を提供する。
　この間に飛行管制官は、駐機場から出てくる飛行機の正確な位置をプロットし三〇秒から四〇秒の間隔の離陸に備え、滑走路をめざして周辺の誘導路をふさぐ飛行機の列を、前もって決められた順に移動させる。

9 緑色信号弾あがり、離陸開始 top

　乗組員たちは、食事をする前に、飛行用装具、パラシュートや脱出用装具一式を受けとるため、○三〇〇（午前三時）に起こされ、一時間後に作戦要領説明（ブリーフィング）を受ける。
　彼らは、ここで初めて目的地を知る。
　目的地は、地図の上に細い紐（ひも）を張って示されている。
　基地司令が、いつも先に立って任務の重要性について一般的注意を与え、情報将校、気象班、対空火器担当将校、飛行管制官らが後を受けて、それぞれの専門分野の情報を説明する。
　ここまでくると、副操縦士や銃手たちは、ブリーフィング室からトラックで駐機場に運ばれ、すでに飛行機の準備をしている機付員たちに加わる。
　ここで銃手たちは、機銃を点検し、副操縦士たちは、操縦席で念入りな点検にかかる。
　その間に正操縦士（通常、機長が兼任する）たちは、飛行隊長と編隊の細部について協議し、航法士たちは攻撃針路を航空地図に記入する。
　先任爆撃手は単独に各機の爆撃手に説明し、通信士は呼び出し符号や通信方法を確認する。
　離陸予定時刻の一時間半前に、この連中は駐機場で、他の乗組員たちと再び一緒になる。
　事前の点検がすべて終わると、飛行機の外で防水外套の上に手足を伸ばし、いらいらしながら一時間以上も待たなければならない。

Ｈアワー（出撃の時刻）の一時間前に、彼らは機内の部署につき、このとき初めて爆撃手は、爆弾の安全装置を解除する。 　○六三〇頃になると、作戦参謀たちは、管制室外のバルコニーに集まり、飛行管制官が二本の緑色火箭に点火する。 　これを合図に、ほの暗い駐機場ではエンジンが轟音を発して生気をとりもどし、救急車は滑走路の前端に向かい、誘導路で飛行機が動き出し、一列縦隊をとり始める。 　三〇分後に日が昇ると、最初の一機が離陸する。飛行機が空中に浮かぶと、青い排気煙を残し、同じ間隔で後の飛行機が続く。 　各機は上空一五〇〇メートルで航空群の全機がそろうまで旋回し、やがて高度三六〇〇メートルで航空団の指定集合地点へ向かう。 　それから、飛行機はイギリスの海岸線へ向かい海上へ出る。 　これまでに四五分くらいかかったことだろう。 　編隊はヨーロッパ海岸線をこえるまでに、しだいに進撃高度まで上昇する。

整備員たちは、不幸な事故に備えて消防車を用意して、爆撃機がドイツへの出撃から帰るのを心配気に待つ。管制所のバルコニーでは幕僚たちも首を長くして待機する

　出撃の手順は、こんな具合に進行するが、しばしば不測の障害があった。気象条件が悪化したり、早朝の霧が上がらなかったりする。
　そうなると乗組員は、駐機場で、あるいは滑走路の端で、決行か中止かが決められるまで待機させられた。
　決行か中止かの不安定な情況の中で、ただ待機するのは、いら立たしいことだ。
　それは、服を着ながら大言壮語したり、食事のときジッと黙りこくったり、あるいはブリーフィング室で「フォッケウルフ君たち今日は」「気をつけろアドルフ、後からついてくぞ……」「ジョニイ坊や、今日はヨーロッパ旅行かい」……などと、ぎこちない冗談をとばしたりするので、すぐわかった。
　いつも、離陸前に病的になったり、緊張から逃れられぬ者が多かった。
　来襲する爆撃機の迎撃に海峡をこえる、ドイツ戦闘機のパイロットたちも、まさに同様の気持ちであった、と後にアドルフ・ガーランドが認めたのは、一種の救いとも言える。

10 試練にさらされる乗組員 top

　いったん空中に上がると乗組員たちは高々度飛行の問題と戦わなければならない。
　零下三五度の気温では、電熱服も充分ではなく、窓は凍結し、機銃の不具合を直したり、何かデリケートな作業をするため部厚い手袋をとれば、すぐ凍傷を起こす。

　悪天候のために長い間、出撃できないこと、それは勤務期間が終わりに近くなった者には、特に悩みの種であったが、そんな時期や、発令された出撃命令の取り消しが続くと、銃手の活躍が期待されるような時に、神経的な発作や極度の恐怖感にとらわれるような、志気の低下を招いた。
　乗組員たちは戦闘行為と、戦闘に突入する、という事実に慣れる必要があった。
　避けがたい、それらの事実に直面していることは、心身ともに疲れているところへ、さらに緊張を強いられるのである。

11 練度不足の米軍乗組員 top

　彼らはまた、飛行機の機械的欠陥や、自分ら自身の練度不足を、何とかして補わなければならなかった。
　初期の作戦においては、銃手が各個に見当で射つという射撃であった。
　「見こし射撃」すなわち自機と敵機の動き、風向や風速などを計算に入れて射つことなど、まだまだ未熟であった。
　一部の側面銃手などは、Ｂ-17を射ってしまうほどであった。
　ヘンリイ・マクドナルド大尉が、訓練のために「ボストン」（ダグラスＡ-20）で標的の吹き流しを引いて飛んだ時、右肩に大怪我をして、左腕と顎を使って着陸しなければならなかったほどであった。
　銃手の側にも、公平に言えば彼らは、戦時下に高速で飛ぶ戦闘機を確認できるまでの訓練を受ける時間がなかったことも記憶されるべきであろう。
　こんな有様であったので、護衛任務に就く英空軍のパイロットたちは、射程外で主翼を上げて、英空軍のマークを見せる“健康上、安全無害”な方法を編み出した。
　最も防御の厳重なシェルブール（イギリス海峡に臨むコタンタン半島のフランスの町）やマース河の河口（オランダの沿岸南部）へ行ってしまったり、燃料不足に陥るような航法の誤りは、経験不足からしばしば起きたものであった。
　米軍爆撃機が、ソースウィールドの滑走路をオーバーランして将校食堂を破壊したり、離陸に失敗した満載状態のＢ-17がイースト・アングリアの村の鉄道駅に突っ込んだような事故は、災難は敵地に限らないことを示した。
　さらに、予想できない空中での突発的な故障も起こり、Ｂ-17に「不幸な」というレッテルが貼られた。
　Ｂ-17四一・二四四九二号機が、リンカーン州スポールディング付近の訓練飛行から帰還できず、こんな評判がたてられたのである。
　この事故は、側面銃手が酸素不足で気絶したので、パイロットが気圧を上げようと、三〇〇〇メートルの急降下をしたが、機首を引き起こしたとき、操縦索が切れた。
　その直後、主翼の一部が分解、爆弾倉の扉が外れ、さらに尾部が引きちぎられた。
　空中をすっ飛んでいるのに気づいた尾部銃手は、辛うじて銃座から逃れ、パラシュートで生還することができたのである。
　いったん戦闘状態に入れば、災害は敵のためとばかりとは限らない。
　烈風や機械の故障で操縦不能になることもあり、これは僚機を大混乱に陥れる。
　同様に、攻撃を受けている時の回避運動が、このような混乱を起こし、油断すれば僚機のプロペラ後流に巻き込まれる恐れがあった。

　それは子供じみた、適切でないものとして、顧みて忘れ去るべきことであるかも知れないが、当時としては、必要であり、また意義もあったのだ。

13 米軍爆撃隊初めて出撃 top

　一九四二年初頭の数ヵ月に、第8航空軍の爆撃機の乗組員たちが直面した情況と、その体験は、こんな風であった。
　七月四日、英空軍の「ボストン」中型爆撃機（Ａ-20のイギリス名）一二機は、ドイツ占領下のオランダの一目標を攻撃した。
　このうち六機には、チャールズ・ケグルマン大尉に率いられた米陸軍航空軍の第15爆撃飛行隊の隊員が乗り組んでいた。
　彼らは、こうしてアメリカ製の英空軍爆撃機とアメリカ人の乗組員でドイツ軍の目標を攻撃する最初の機会を得たのである。
　この初めての任務は、意義ふかいものではあったが、幸先のよいものとは言えなかった。
　米軍乗組員の乗った二機は、偽装された目標を発見できず、爆弾を抱いたまま基地へもどった。
　ケグルマンの機は爆弾を投棄した。二機が目標を爆撃したが、このうちの一機と他の一機は、対空砲火で撃墜された。
　しかし、ともかくも攻撃開始の口火は切られたのである。
　四日後、アメリカからのＢ-17Ｅの最初の一機が、スコットランドのプレストウィッグに着陸した。
　米軍部隊のみの最初の作戦は、一九四二年八月十七日に行なわれ、プランタ・アームストロング大佐が率いる、第97爆撃航空群のＢ-17一二機が、ルーエンの操車場を攻撃した。

　エイカー将軍は、リール爆撃の五日前にスパーツ将軍に、自分の麾下の爆撃機は、目標点の一・六キロ以内に九〇パーセント、一〇パーセントは九〇メートル以内に投弾できる、と熱心に語っていたのである。
　乗組員たちは、今や、彼らの生命は、密集編隊で個々の任務や、相互の防御を能率的にして、特に爆撃終了後の集合地点への集合時刻を厳守することにかかっていることを思い知らされた。
　もし爆撃後、所定の空域への集合におくれれば、単機で基地を目ざすしかないのであった。
　進入地点から、目標地点までの直線飛行は、爆撃手の照準精度に影響し、その上、爆撃手が照準に専念する九〇秒間は、機首の前方銃座は無人になるのだ。
　上方の編隊の爆撃手は、投弾のとき、下方の編隊の上に爆撃をバラ撒かぬよう、心がけなければならなかった。
　大きな被害を受けた機は、イギリスの海岸線をこえて、最初に目に入る飛行場を探し、落伍し遅れて帰ってくる機に手を差し伸べる、照明滑走路を確認することも体得した。
　安全に着陸するために、基地上空で、輪になって着陸待ちするのは退屈であったが、特に着陸優先権が与えられる、機上に負傷者のあることを示す、赤色信号弾を上げる機があると、それに順番を譲らなければならなかった。
　任務遂行に失敗して、早く帰還した乗組員たちには、きびしい審問が待ちうけていた。
　これを逃れられる者は、いなかった。
　また、毎回の作戦終了後、各乗組員たちは、その作戦飛行の全容について、情報将校から質問された。
　作戦が成功した時だけ、乗組員たちは、疲れ果ててシャワーを浴び、休養するために宿舎にもどることができるのである。