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一章　強制連行された朝鮮人

　1　なぜ朝鮮人が被爆したのか top

韓国からサハリンを訪ねた李斗勲（イドゥフン）さんを 待っていたのは父親の墓だった。

広島の「原爆ドーム」。この上空約580メートルで 炸裂た原子爆弾によって、広島にいた外国人も被爆した 金判煕（キンハンヒ）さんが、広島での被爆の証拠として 保管してきた町内会長が書いた「被災証明書」

　「広島・長崎で被爆したのは日本人だけではないということを私は全く知らなかった。
　被爆した朝鮮人は、広島で約五万人・長崎では約二万人と推定されている。
　それだけでなく、人数は少ないものの連合国軍捕虜・帰郷中の日系米国人・在日華僑・中国人留学生たちも原爆の光と熱に焼かれていたのだ。
　韓国・朝鮮人被爆者に関心をもった私は、広島・長崎に住んでいる人たちから取材を始めることにした。
　ところが、それが順調に進まない。ごくわずかな人たちしか捜し出せないのだ。
　しかも、電話で約束してあるにもかかわらず家を訪ねると会ってくれなかったり、写真撮影は拒否ということが何度もあった。
　取材が進むにつれてその理由がしだいにわかってきた。
　日本に住む韓国・朝鮮人被爆者たちは、日本人から差別を受けるので「韓国・朝鮮人」と「被爆者」という二つのことを隠している人が多いからだった。
　一九七五年三月、韓国に帰国した被爆者たちを日本人被爆者らとともに訪ねた。
　私の初めての韓国行きだ。当時の韓国は軍事独裁政権下にあり、息がつまりそうな重苦しい雰囲気だった。
　地方都市に行って被爆者たちに会っていると、知らないうちに警察官たちに監視されていた。
　そうした状況にもかかわらず、「後遺症を直してくれ」「補償して欲しい」と被爆者の誰もが日本政府への要求をためらうことなく語った。

　一九四五年八月、米軍の爆撃機は六日に広島、九日に長崎へ原子爆弾を投下した。
　その広島は「軍都」だった。市内には「三菱」の造船所や機械工場、「東洋工業」・「広島精機」・政府の軍需工場があり、数万人の軍隊が常駐していた。
　軍港と「海軍工廠」があった呉にも近かった。
　長崎は、市内に「三菱」の造船所・製鋼所・電気工場・兵器工場があり、佐世保の軍港や大村の航空隊基地が近くにひかえる軍事要塞都市だった。
　この広島と長崎の工場に数多くの朝鮮人たちが強制連行 * された。
* 朝鮮人強制連行＝日本が、日中戦争・アジア太平洋戦争中に二〇〇万人ともいわれる朝鮮人を、日本・サハリンなどに労働者として強制的に連行したこと。　時期によって「募集」「官斡旋」「徴用」という形で行われた。連行は朝鮮半島の南側からが多かった。

長崎の「三菱」に連れて來られた朝鮮人が収容された「木鉢寮」。 この、強制連行の証人は取り壊されてしまって今はない

孫鎮弘さんが暮らしている慶尚道（キャンサンド）からは、 労働者・兵士として膨大な数の農民たちが連行された

　また、過酷な朝鮮植民地支配のために朝鮮で生活できなくなり、生きるために家族で日本へ渡って来た人たちもいた。　つまり、日本が朝鮮を植民地支配していなければ膨大な数の朝鮮人が被爆することはなかった。

　原爆投下直後という極限的な状況の中でも朝鮮人は差別を受けた。
　広島で被爆した呉鳳寿（オボンス）さん（一九一二年生まれ）は、小学校の運動場で火傷の手当てを受けた。
　あまりにも痛いので「早く助けてくれ」と叫んだところ、「きさま、朝鮮人のくせしてギャアギャア言うな」と兵隊に怒鳴られた。
　呉さんが日本へ渡って来た理由は「朝鮮総督府」 * に土地を取上げられたからだった。
* 朝鮮植民地支配／朝鮮総督府＝日本は、一九一〇（明治四三）年の「韓国併合」から敗戦まで、植民地として朝鮮を支配した。
　「朝鮮総督府」は、そのための最高行政官庁。
　統治の基本は憲兵警察による武力支配だったが、一九一九年の「三・一独立運動」からは柔軟策も取入れた。
　「皇民化」という同化政策を行い、戦争遂行のために労働者や兵士として朝鮮人を根こそぎ強制連行した。

　呉さんは、被爆した直後に日本人から受けた差別に、
　「頭の中を熱いものがグルグルして、奈落の底に吸い込まれるような気がしました。今でもあの言葉は忘れられない」という。
　日本語を話せないために、救急手当てを受けられなかった朝鮮人たちもいた。
　また、直接には被爆しなかった朝鮮人の「日本兵」（第三章参照）たちは、死体処理のために連日にわたって爆心地に駆り出されて多量の放射能を浴びた。
　その一人、孫鎮弘（ソンジンホン）さん（一九二四年生まれ）は帰国してからのことを語ってくれた。
　「故郷に戻ると、『息子は広島で死んだ』と思っていた両親は泣いて喜びました。
　広島に行った同じ部隊の二一五人は、帰国してから白血病などで次々と死亡し、今では一八人しか残っていません」

　2　帰国した韓国人被爆者 top

　一九四五年八月一五日、天皇の「ポツダム宣言」 * 受諾の発表で日本の侵略戦争は終った。
* ポツダム宣言＝一九四五年七月二六日に、ドイツのポツダムで米国・英国・中華民国が発表した日本の降伏条件についての共同宣言。

　広島・長崎で被爆して生残った韓国・朝鮮人のうち、約二万二〇〇〇人は解放された祖国へと帰って行った。
　日本に残ったのは、広島に五〇〇〇人・長崎には二〇〇〇人と推定されている。
　韓国に帰国した被爆者たちは、被爆の後遺症で健康はすぐれず、医療費が大きな負担となった。
　しかも、韓国には被爆の後遺症を治療できる医師がいなかったため、被爆者たちは一般的な治療しか受けられなかった。
　私が、韓国の被爆者たちに初めて会った時、ケロイドを手術していない人が多いのに驚いた。
　大邸（テグ）市の鄭登明（チョントゥンミョン）さんの鼻や唇は火傷によって形が完全に崩れていた。
　被爆直後の鄭さんは、両手のすべての指が溶け、首と胸とがくっついていたが、このままの状態で担架に乗せられて長崎から帰国した。
　「故郷では、伝染病と問違われてバスや汽車に乗ると回りの人たちが逃げ出したのです。
　ケロイドのために人に恐れられ、自殺を何度考えたかわかりません」
　広島で被爆した孫振斗（ソンジンドゥ）さん（一九二七年生まれ）は、被爆の後遺症を治療するために何度も日本に「密入国」して逮捕された。
　彼は仮釈放されると、「被爆者健康手帳  * （原爆手帳）」の交付を申請したが却下されてしまう。
* 被爆者健康手帳＝一九五七（昭和三二）年制定の「原爆医療法」にもとづいた国費で治療を受けるための手帳。
　一九七二年、韓国人被爆者の孫振斗さんは、「手帳」交付を求めて福岡地裁に提訴した。
　最高裁での勝訴により、韓国人被爆者は誰もが「手帳」取得可能になったが、日本国内でしか使用できない。通称は「原爆手帳」。

　そのため、却下処分の取り消しを求める訴訟を起こし、一審・二審・最高裁と勝訴した。
　孫さんは、申請から六年半も過ぎた一九七八年四月に手帳を受取った。
　日本国内であれば無料で治療が受けられるようになったのである。

　しかも、これは補償ではないために被爆者個人には渡さないという条件がついており、「被爆者センター」建設などで使われてしまった。
　在韓被爆者たちは、健康状態が良くないために帰国しても就ける仕事には制約があった。
　そのため、約半数の人たちが今でも生活に困っているという。
　彼らが望んでいるのは、日本人被爆者と同じ扱いを受けることなのである。

　3　サハリンの韓国・朝鮮人 top

　韓国・朝鮮人被爆者の取材をしている中で、私はサハリン（樺太）に注目し始めた。
　そこには、日本によって強制連行された数多くの韓国・朝鮮人たちが今も生活しているからだ。
　新潟空港を飛び立ち、ハバロフスクを経由してサハリンのユジノサハリンスク空港に私が最初に降り立ったのは一九八九年四月。
　ソ連（現在のロシア連邦など）のペレストロイカ政策 * が進み、外国人の立ち入りが禁止されていたサハリンにも入れるようになったばかりだった。
* ペレストロイカ政策＝ソ連のゴルバチョフ大統領が行った民主化・改革政策のこと。共産党支配の終焉とソ連の崩壊につながった。

　人間の手が加わっていない雄大な自然がサハリンには残っていた。
　針葉樹の原生林とツンドラがどこまでも続き、その中の川は曲がりくねりながらゆるやかに流れている。

　一九〇五年の「ポーツマス条約」 * により、日本はサハリンの北緯五〇度以南を領有することになった。
* ポーツマス条約＝一九〇五（明治三八）年九月に、日本と帝政ロシアとが米国のポーツマスで締結した日露戦争の講和条約。

　豊かな自然によって、漁業・林業・製紙パルプ工業・石炭鉱業が盛んになった。
　アジア太平洋戦争が始まると、日本は朝鮮人の強制連行をした。
　ほとんどの人たちは行き先も知らされないまま、日本だけでなく中国・「南洋群島」 * ・ビルマ・アリューシャン列島・サハリンに送られた。
* 南洋群島＝日本が統治したマリアナ・カロリン・マーシヤル諸島のこと。
　日本は、ドイツの植民地だったこれらの島々を第一次世界大戦で占領した。
　一九二〇年に「国際連盟」において日本への委任統治が決まり、「南洋庁」が開設された。アジア太平洋戦争では米軍の激しい攻撃を受け、敗戦によって統治は終った。

　その総数は二〇〇万人ともいわれ、そのうちの約六万人がサハリンだった。
　このサハリンで朝鮮人たちは、冬は氷点下四〇度に下がるほどの厳しい自然環境の中、炭坑や軍需施設建設などで奴隷のような労働を強いられた。
　飛行場建設をさせられた金炳龍（キムビョンリョン）さん（一九二七年生まれ）は、大きな絨毯をかざった自宅の居間でその時のようすを話してくれた。
　そばでは子や孫たちが聞いていたが、ためらわずに言った。
　「クタクタに疲れ切るまで毎日一二時間も働かされたので病人も多く出ました。
　仕事を休むと憲兵に半殺しにされました。朝鮮人を人間とは思っていないからですよ。
　今でも、見つけたらナイフで切りきざんでやりたいほど憎いです」

　両親に連れられてサハリンに渡っていた河竜夫（ハヨンブ）さん（一九三一年生まれ）は、日本人憲兵が
　「戦争には負けたが天皇のために最後まで戦う。負けたのは朝鮮人のせいだ。この中に朝鮮人はいないか」
と言うのを聞いた。　虐殺計画の一部は実行された。
　上敷香（かみしすか＝現在のレオニドボ）の警察署では一八人の朝鮮人を殺して建物ごと焼いてしまったのである。
　私が訪ねた時、人家が並ぶ中でその場所は空き地になっていて、背丈ほどの草で覆われていた。
　痕跡を求めてその中を捜し回ると、焼け焦げた柱がわずかに残っていた。
　集団虐殺は瑞穂（みずほ）村（現在のパジャルスキ）でもあり、二七人が殺されたという。
　夫と弟を殺された金芳子（キムパンジャ）さんは次のように語った。
　「殺したのは兵隊じゃなくて農業をしていた普通の日本人でした。
　朝鮮人であれば、年寄りであろうと若者であろうと五つの子供まで日本刀で殺してしまったのです。
　見つかった骨が夫のものだとわかったのは、夫がいつも持ち歩いていた水晶のハンコがあったからです。
　日本人に何も悪いことをしていないのに、どうして朝鮮人を殺したのでしょうか」
　「内鮮一体」 * を掲げ、朝鮮人を「皇国臣民」 * だとしてきた日本の政策は全くの偽りだったのだ。
* 内鮮一体＝日本と朝鮮は一つであるという標語として使われた。「内」とは「内地」のことで日本を指し、「鮮」とは朝鮮のこと。
　皇民化／皇国臣民／皇国臣民の誓詞＝日本は「皇国化」という同化政策によって、朝鮮人を天皇に忠実な「日本人」に変えようとした。
　そのために、日本語使用・神社参拝・日本名への「創氏改名」などを強要し、「皇国臣民の誓詞」の学校や職場での斉唱を行わせた。

　敗戦時、サハリンには約四万三〇〇〇人の朝鮮人と約三七万人の日本人がいた。
　その日本人たちは数度にわたって日本に集団で引揚げた。
　だが韓国・朝鮮人たちは、日本人女性と結婚していたわずかな人たちを除き、祖国へ引き揚げる機会は一度も与えられなかった。
　日本政府によって置き去りにされたのだ。現在、サハリンの韓国・朝鮮人の人口は約四万人だという。
　そのほとんどはサハリンで生まれた人たちで、日本によって連行された一世は二〇〇〇人以下しか残っていないという。

　韓国では、夫・息子・兄弟をサハリンに連行された人たちが、肉親が帰って来るのを待ち続けてきた。
　連行されたのは、それぞれの家庭の大黒柱として働き盛りの人たちばかりだった。
　韓国には儒教 * （じゅきょう）思想が強く残っているため再婚もできず、大変な苦労をしながら子供を育ててきた妻が多い。
* 儒教＝中国の孔子の考えに基づいた思想で、朝鮮。日本などの文化にも大きな影響をあたえた。
　女性の社会的地位を低めているため、日本軍によって「慰安婦」にされた被害女性が半世紀近くも名乗り出るのをためらった原因にもなった。

　大邸（テグ）市に住む李一香（イ　イルヒャン）さん（一九二〇年生まれ）は、日当たりが悪くて狭い部屋で、独身の息子と二人で暮らしていた。
　戦後の苦労を悔しそうに語った。
　「夫がいなくなってからは、果物と自分でつくった野菜・餅の行商をしました。
　生活は大変苦しく、貯金などできませんでした。
　そのため、息子は小学校にしかやれず、今でも建設現場で肉体労働をしています」

　4　半世紀ぶりの帰国と再開 top

　一九八八年より、サハリンから韓国への一時帰国（里帰り）が日本経由ではあるものの可能になった。
　�｢龍権（ペ　リョングォン）さん（一九二〇年生まれ）の一次帰国に日本から同行さてもらった。
　実は「�｢龍権」というのは兄の名前で、韓国の戸籍には「�｢台権」（ペ　テゴン）と記されている。
　「�｢台権」さんは「徴用」されそうになったので逃げたところ、妻と二人の子供がいる兄に「徴用」通知がきてしまった。
　そのため、弟は逃げるのをあきらめ、兄の名前のままでサハリンに行った。
　以来、兄弟が同じ名前を使ってサハリンと韓国で生活してきた。
　�｢さんの実家では、集まってきた近所の人々に料理と酒が振るまわれ、楽器まで登場してまるで村祭りのようだった。
　九〇歳の母親は、息子と手を取り合って踊り続けた。サハリンの「�｢龍権」は、この時だけは「�｢台権」に戻っていた。

　韓国からサハリンへの訪問も可能になった。李斗勲（イ　ドゥフン）さん（一九二八年生まれ）が二歳の時、父親はサハリンに強制連行された。
　ようやくサハリンと連絡がついた時には、父親はすでに亡くなっていた。
　その墓は、雪まじりの強い風が海から吹きつけるホルムスクの共同墓地にあった。
　李さんは、「お父さん、息子がやって来ましたよ」と話しかけながら墓石にしがみつき、そこに埋め込まれている父親の写真に頬ずりをしながら泣いた。
　サハリンに住む韓国・朝鮮人たちは、苦心しながらキムチを漬けるなど祖国の食生活を守り続けている。
　韓国から訪ねて来た肉親たちを歓迎するために、韓国と変わらないほどのご馳走が準備された。
　ところが韓国から来た人たちは、サハリンの肉親たちからすすめられた酒だけは飲めなかった。
　サハリンでは、食べ物は祖国と同じ物を作ることができても、酒だけはアルコール度数の高いウォッカやコニャックを買って飲んでいたため、酒の嗜好が異なってしまったのだ。
　私は、このようすを見ていて彼らが離れ離れになっていた時の長さをあらためで感じた。

　一九九〇年二月から、「日本赤十字社」と韓国の「大韓赤十字社」との共同事業で、本格的な一時帰国が始まった。
　サハリンと韓国との間には、直行チャーター便が運行された。
　ソウルの金浦（キンポ）空港では、半世紀ぶりに肉親たちが再会する感動的な光景が繰り返された。
　このようにして、数千人ものサハリンの韓国人が一時帰国をすることができた。
　サハリンの韓国人一世たちの多くは、永住帰国を希望している。年老いた彼らは、「死ぬのは故郷で」と思っているのだ。
　しかし、無一文に近い状態でロシアから帰国するため、彼らを受入れることができる韓国の肉親や老人ホームは少ない。
　日本政府は永住帰国者用の五〇〇世帯分のアパート・老人ホーム建設に「人道的措置」として三二億円を支出している。
　だが、サハリンへ強制連行された人とその遺族からは、サハリンに残る人たちへの生活支援、永住帰国者への年金支給などの要求が出されている。
　在韓被爆者の場合と同じように補償の代わりの「人道的措置」は被害者たちの希望のごく一部を実現しただけにすぎない。
　ここで紹介した広島・長崎で被爆したり、サハリンに置き去りにされた朝鮮人は、強制連行された朝鮮人の中でのごく一部でしかない。
　九州や北海道の炭鉱などに連行された膨大な数の朝鮮人は、奴隷労働の現場で次々と死亡した。
　日本各地の寺などには、名前もわからず引取り手のない韓国・朝鮮人のだくさんの遺骨が眠っている。
　私は、日本によって強制連行された韓国・朝鮮人たちの話を聞き、自分の国の政府がアジア諸国の人々に、戦争中だけでなく戦後も非人道的で理不尽な対応をしてきたことを知って衝撃を受けた。
　しかも、日本国民の多くがこうした事実を知らない。日本によって人生をもて遊ばれ、今も苦しみ続けているアジア諸国の被害者たちの声を日本社会に伝える必要があるのではないか――。
　この思いが、これ以降の取材に取組む原動力となった。