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四章　戦争に狩り出された先住民族

1　大国に翻弄された先住民族

　アミ族・タイヤル族・パイワン族・ブヌン族などの先住民族たちは、豊かな大地と海で狩猟や漁をしながら暮らしていた。
　しかし、一六二四年にオランダによって支配され、それ以降は中国大陸から漢民族が渡って来るようになる。
　一六八三年からは清国の支配下に置かれた。
　一八九四年の「日清戦争」で日本に敗れた清国は、台湾を日本に割譲した。
　天皇直属の親衛軍・近衛師団は、日本の支配に抵抗する台湾人一万四〇〇〇人以上を半年の間に虐殺したのである。
　こうして、日本による五〇年間もの台湾植民地統治が始まった。
　先住民族たちの生活は大きく変わっていく。
　台湾の支配者となった日本は、日本語の使用を強要して伝統的な文化を禁止し、姓名を日本式に変えさせた。
　そして広大な山林を取上げて国有化してしまい、先住民族たちがはるか昔から狩猟してきた場所を奪っていったのである。
　教育では差別があった。
　先住民族の子供たちは、日本人警察官が教える三年制の「蕃童（ばんどう）教育所」に通わされたのだった。
　先住民族たちは、駐在所・学校の建設や道路工事などのためにひんぱんに駆り出された。
　また日本人警察官が、日本に妻子がいるにもかかわらず先住民族の娘と結婚したり、若い女性に性的虐待を行うといったことが続いた。
　そうした中で一九三〇年一〇月二七日、いわゆる「霧社（むしゃ）事件」が起きた。
　台湾の中部山岳地帯で暮らしているタイヤル族約三〇〇人が決起し、日本人だけを選んで次々と殺害した。
　これに対して日本軍と警察は、大砲・機関銃・毒ガスを使って報復したのである。
　蜂起に少しでも関係のあった一〇〇〇人近くが、殺されたり追い詰められて自殺した。
　「霧社事件」以降、先住民族に対して厳しい弾圧・管理が行われ、より徹底した「皇民化」政策が実施された。

　「酒を飲む時は神様に必ず先にあげます」と言って、ウイルタ族の小川初子さん（一九二六年生まれ）はアパートの窓を開け、コップに入ったウオッカを外にまいた。
　ここは、ロシア共和国サハリン州のポロリイスク。
　日本が領有していた時には「敷香」（しすか）と呼ばれていた場所だ。
　台湾は琉球諸島の南西側に位置する島だが、北海道のすぐ北側には南北に細長くのびるサハリン島がある。
　そもそも、サハリンはウィルタやニブヒなどの先住民族 * たちの島だった。
* サハリンの先住民族＝現在、ウィルタ族約一二〇○人・ニブヒ族約二〇〇〇人で、戦後になって大陸から移ってきたナナイ族も居住している。

プチク　1925年生まれ／台湾／アミ族 ｢高雄の陸軍倉庫に軍属として配属されました。夜中に米軍機の 爆撃をうけ､病院で目を覚ました時には左腕が切断されていたのです」

レハウ・ワタン　1926年生まれ／台湾／タイヤル族 「結婚してすぐの時に召集されました｡米軍機の爆撃で 目と耳が不自由になり、それからは妻が私の世話をしてきたのです」

　2　戦争に悪用された能力

　一九九四年三月、台湾人元「日本兵」と遺族たち約三〇〇〇人による日本政府への補償要求デモが台北市で行われた。
　この中には、台湾各地に住む先住民族たちが数多く参加していた。
　台湾の東海岸に住むアミ族の一三八人は、片道一二時間もかけてやって来たという。
　黒地に色鮮やかな刺しゅうをほとこしか民族衣装のお婆さんが、上手な日本語で私に話しかけてきた。
　台湾南部からやって来たブヌン族だという。
　そのお婆さんは私の名刺を見て、「お父さんの名前も『イトウタカシ』だった」と言うのだ。
　二ヵ月後、私は再び台湾を訪れた。この名前の因縁と民族衣装の美しさにひかれ、彼らの村を訪れようと思ったからだ。
　その村への道は、途中から断崖絶壁にへばりつくようなバスも通わない未舗装の道路になった。
　高雄市から車で四時間。
　ようやく到着したその村の名はなんと「桃源郷桃源村」。
　翌朝、村の集会場に案内されると、近くの村々からも集まって来た元「日本兵」とその遺族たちが約六〇人も待ちかまえていた。
　この人たちは、自分たちの訴えを日本に伝えてほしいと集まって来たのだ。
　現世の「桃源郷」からは、多くの先住民族たちが戦場に送られて戦死していた。

　日本軍は、先住民族たちの優れた能力を戦争に利用しようとした。
　台湾の先住民族たちは山岳地帯での行動や射撃に優れ、「南方」の島々の民族と言葉が通じることもあったという。
　一九四一年から先住民族だけの「高砂義勇隊」が編成され、フイリピン・ニューギニア・インドネシアなどの激戦地に送られた。
　「霧社事件」で生き残ったタイヤル族の青年たちも「日本兵」になっている。
　事件から一〇数年しかたっていなかった。
　その一人、ワリシ・ヒープさんの左腕には「米川」という丈字が彫られている。
　「露社事件の後に強制移住させられた川中島 * から、第二回高砂義勇隊としてニューギニアに送られました。
　外との出入口は一本の吊り橋しかなく、約二〇〇人の住民を警察官約五○人が監視をした。現在は仁愛郷清流。
　戦死しても名前がわかるように『認識票』 * の代わりとして仲間同士で入れ墨をしたのです」
* 川中島＝台湾の「霧社事件」で生き残ったタイヤル族が、強制的に移住させられた霧社から約五〇キロメートル離れた場所。
* 認識票＝戦死した際に身元碎認をするため、兵士が首にかけた認識番号を彫った金属の標識。

　「高砂義勇隊」は軍属部隊であるにもかかわらず、米軍陣地への「斬り込み」など戦闘の最前線に立たされた。
　フィリピンやニューギニアでは、原生林の奥深くまで追い込まれた日本兵たちは、食料がないために餓死したり人間の肉まで食べた。
　そうした中で、先住民族の「日本兵」たちは、野性のブタやトカゲなどの動物を捕まえ、食べられる草を見つけ出した。
　彼らがいなければ、日本人の死者はもっと多かったといわれている。
　台湾の先住民族たちは、台湾に移住してきた漢民族からは険しい山岳地帯へと次第に追い込まれ、日本人からは人間扱いされなかった。
　徹底した「皇民化」教育を受けた彼らは、日本人以上に「勇猛果敢」に戦場で戦うことで「日本人」になろうとしたのである。　その代償はあまりにも大きかった。
　台湾人「日本兵」約二一万人のうちの約四万人が先住民族で、戦死者三万三〇〇人の多くが先住民族だという。

　「中村幸一です」と私に自己紹介したのは、タイヤル族のハヨン・ウイランさん（一九一八年生まれ）だった。
　弱々しい声で次のように語った。
　「私のいたリョウヘン社 * から高砂義勇隊や志願兵として二十数人が戦争に行き、戻ったのは五人だけでした。
* 社（しゃ）＝日本によって植民地支配されていた台湾での、村落・集落など最下級の行政区画。
　　　　　　　　行政機構は、総督府の下に州・庁・市・郡・街・庄・社となっていた。

　ニューギニアでの仕事は荷物の運搬と斥候です。
　重たい荷物ばかり運んでいたので、背骨を傷めて野戦病院に入院しました。
　帰国後は妻が農作業をしてなんとか生活してきたのです。
　この家は古くて便所が屋外にあるため、妻の助けがないと行けません」
　台湾の元「日本兵」について日本政府は、戦死者遺族と重度の戦傷者に対して一人二〇〇万円の弔意金・見舞金を「人道的措置」として支給した。
　ところが、ハヨン・ウイランさんのように交通の不便な地域で生活している先住民族の中には、そのことを知らずに期限内に申請できなかった人たちがいる。
　私がたまたま訪ねた宣蘭縣南浪郡金洋の村では、弔慰金・見舞金のことが伝わったのは申請期限が過ぎてからで、そのためこの村からは誰一人として支給を受けた人がいない。
　戦場では、他の兵隊たちよりも危険な場所へ送られた先住民族たちが、日本政府の戦後処理でも軽視されているのである。
　「見舞金が出たら、一人で便所に行けるように家を建て直したい」とハヨン・ウイランさんは語った。

　一方、サハリンのウィルタ族とニブヒ族は、寒さに強く優れた射撃能力と敏しょう性をもっていた。
　しかも、北緯五〇度のソ連との国境を獲物を求めて昔から自由に往来してきた。
　一九四二年、日本軍は先住民族の青年男子を「召集令状」 * で集め、訓練してから国境警備とソ連側へ越境しての偵察へと送り出した。
* 召集令状＝在郷軍人を軍隊に召集するための令状。赤い用紙の令状は「赤紙」とも呼ばれた。

　ウィルタ族のギルゴールさん（一九二一年生まれ）は、子供の頃から川でサケやマスを捕り、鉄砲で動物を仕留めては毛皮を売って生活していた。
　ところが、一九四五年五月に憲兵隊によって召集され、国境付近で警備につかされる。
　すぐに終戦になったが、ソ連軍に捕まって取り調べを受けた。
　この時に捕らえられたウィルタ族とニブヒ族の青年は五六人だった。
　彼らは「戦犯」として裁かれ、シベリアに送られた。
　寒さに強い彼らも、厳しい自然環境での重労働と栄養失調によって次々と死んでいったのである。
　ギルゴールさんは、一〇年間の刑期を終えると肉親の待つサハリンに戻った。
　ところが、「ギルゴールは死んだ」と人から聞かされた妻はすでに再婚していたのである。
　また、ウィルタ族のゲンダーヌさんのように、サハリンではなく日本を引揚げ先に選んだ人たちもいた。
　行ったこともない日本に「帰国」したのだ。
　日本統治下で生まれ、「日本人」になるようにと教育された先住民族にとって、自然なことだったのかもしれない。
　先住民族の女性たちも、日本によって人生をもてあそばれた。
　ニブヒ族の「金正子」さん（一九三四年生まれ）とウイルタ族の「金夏子」さん（一九二七年生まれ）の姓名は、サハリン先住民族の歴史を象徴している。
　戦後のサハリンには、ウイルタ族とニブヒ族の若い男性はいなかった。
　シベリアに送られていたからである。サハリンにいたのは、日本によって強制連行され、帰国できずにいる韓国・朝鮮人の男性だった。
　そのため先住民族の未婚女性たちは、文化や習慣が全く異なる男性たちと結婚するしかなかった。
　日本の「皇民化」政策によって日本式の名前を名乗らされ、結婚して韓国・朝鮮人の夫の姓を使うことになった。
　ゲンダーヌさんは、網走で生活しながら軍人恩給の支給を求めて運動を始めた。
　私がギルゴールさんを訪ねたのは一九八九年。
　彼は、「戦争だったけれども、日本のために苦労したのだから日本人と同じように軍人恩給が欲しい」と涙を浮かべながら語った。
　だが彼らの希望が実現しないまま、ゲンダーヌさんは一九八六年、ギルゴールさんは一九九一年に亡くなってしまった。
　もはや、日本軍に使われたためにシベリアへ送られた先住民族は死に絶えた。

　一九九五年三月、遺族代表としてウィルタ族のキタジマ・リューバさんとニブヒ族のキム・ユンシンさんが来日し、日本政府に要求書を渡した。
　「死んでいった兄弟や残された人たちにあやまって下さい。
　私たちの墓があるサチに、合同のキリシエ（戦役者慰霊碑＝筆者注）をたてて下さい。（略）
　遺族の人たちに、おみまい金を出して下さい。これで戦争の後始末をつけて下さい。
　そして、日本国とサハリンの少数民族が昔のことをわすれて、仲よしになれるようにして下さい」（日本語）
　日本によって被害を受けたアジアの人たちは次々と亡くなりつつある。
　だが、被害者がこの世に一人もいなくなったとしても、日本が責任をまぬがれることは決してない。
　日本から受けた心の傷とそれへの償いの要求は、子や孫たちに確実に伝えられようとしている。