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6 完成後の泰緬（たいめん）鉄道

2 捕虜たちしか知らない恐怖 top

　大部分の捕虜たちは、戦友の多くが建設のために死んだ鉄道を利用して移動した。
　ある者は次のように記録している。
　「たくさんの脱線した貨車が築堤の側壁を散らかし、あるいは峡谷の底にこっぱみじんになって、残骸をさらしている。
　荷物を積んだ列車が橋を渡ると、橋がキイキイときしみうめいた。
　このような瞬間に、私たちは監禁中のいかなる時よりも、生残れるかについて最大の恐怖を感じた」
　この恐怖は、捕虜たちが計画を妨害しようとしたことで、一層大きくなった。
　たとえば、橋を建設した作業隊は、ジャングルで白蟻の女王を慎重に集め、地上または地下の保護されていない支柱を食い荒らすように、女王の蟻を基礎材のそばにうずめたこともあった。
　他の者は警備兵が注意をそらされている時、支柱のしめねじを鋸で叨ってしまい、あるいは日本の工兵の検査が終った後で、とめねじをはずしてしまった。
　ある築堤では、木の幹がさし込まれ、その上を軽く土でおおい、一方他の場所では、砕石がわざと平らでないように敷かれた。
　しかしながら最終的には、鉄道は動きだした。
　そして日本当局はその完成を祝うため、休日を宣言し、建設作業で死亡した者のため、特別の追悼行事を命令した。

3 祝典には売春列車も登場 top

　日本人は現地の状況の許すかぎり最大限に、偉大な工兵作業の完成を祝った。
　敷かれた最後のレールは特別の銅製のもので、金メッキの犬釘――これは、その直後、オーストラリア人捕虜に盗まれてしまったが――で固定された、といわれている。

　ある収容所では、そばで働いている捕虜たちを見て、女たちは彼らにタバコとお金を与えた。
　捕虜たちは彼らの鉄道計画にたいする特別の貢献として、「東条の贈物」といわれた缶詰の魚を与えられた。
　そのほかに、「第二分所」では、建設期間中、病気をせずに仕事をやりとげた者は、一人あたり一チカル（パーツと同じ）の余分の贈物を与えられた。もっとも、一チカルは折からのインフレで、すぐに価値のないものとなった。
　若干の収容所では、ゴム製靴と安っぽい半ズボンの特別支給があった。
　半ズボンは長くもたなかったが、この時までに多くの捕虜たちのもっていた衣類といえば、使い古した帽子と「日本人お好みのもの」ともいえるふんどしだけであったから、捕虜たちにとって、一つの恩恵となった。

4 偽善に満ちた追悼行事 top

　追悼式は捕虜たちにとって、最大の感情と誠意をもって指導され、バンポンおよびタンビュザヤト間、四一五キロの鉄道沿線に点在するジャングル墓地で行なわれた。
　若干の収容所では、式典はいくつかの賛美歌とお祈りだけに制限された。
　また、他の収容所では、やせ衰えた戦争捕虜たちが伝統的方法で、いろいろな連隊および諸隊を編制順序に整列させて、制式の閲兵式による式典を行なった。
　もっとも、鉄道試練のこの段階では、連隊および諸隊といっても、墓碑まで行進したのはそれぞれの下級部隊の若干であり、それはきわめて小人数であった。
　タカヌムにある「第二分所」の司令部には、イギリス陸軍の各兵種からなる代表班があった。
　多くの収容所では、日本人は追悼行事で、公式的な役割りを果たすことを主張した。
　日本の兵士は最上の暗緑色の制服を着用し、将校たちは長い、飾りのついた軍刀をつけていた。
　日本人の指揮官のうち若干の者はまた、式典に参加し、死んだ者の墓前に、ジャングルの花でつくった花輪をささげた。
　だが、彼らの死は日本の政策と、日本人の戦争捕虜の取扱いの直接の結果だった。
　タカヌムでは、「第二分所」司令官、柳田大佐は、あるイギリス将校の墓前で葬送の辞を述べた。
　国境を越えたビルマ側でも、同様の式典が行なわれ、十一月の二日間が鉄道完成の公式の祝典のため選ばれた。
　ここではまた、すべての収容所で、悼行事が行なわれ、日本人は再び収容所墓地の中で、式典のために建てられた特別の木の十字架に、花輪をささげることを主張した。
　ビルマ地区の「第三分所」の各収容所では、捕虜たちが集合させられ、「第三分所」司令官、永友大佐の特別演説が、読み聞かされた。この演説の中で、彼は鉄道建設における捕虜たちの作業にたいして、祝意を表明した。
　それから準備された演説が続き、帝国日本のため、作業中に死亡した者（この時までに約一〇〇〇人だった）の魂に呼びかけた。
　永友の演説は、つぎの言葉で結ばれていた。
　「私の深い同情と尊敬を受けられよ。そして安らかに、永遠に眠りたまえ」
　追悼式を行うべしとする日本人の命令、および彼らがそれに参加するということは、特に永友の演説に示されたように、一般に、日本人の最高の偽善の事例として認められた。
　これは、多くの戦友の死を見た人々の間に、自然に生まれた反応だった。
　しかし、日本帝国の意思に添って、捕虜の死に最高の尊厳を表明したことは、日本軍の行動の意味を、真実に表現したものではなかった。
　日本人の冷淡な軍事道徳は、個人の生命にたいして特別の価値を認めるようなものではなかった。

5 無秩序状態のアジア人 top

　鉄道の完成によって、沿線の収容所の作業速度は、いくらかゆるみか生じた。
しかし、六ヵ月間の「突貫作業」はすでに、数千の人命を奪っていた。
　捕虜の大部分は、ビルマ、タイヘの移送が始まって以来、ずっと最大の関心事であった生残るための闘争に勝利をおさめることができるだろうか、と考え始めた。
　しかし、鉄道が完成したからといって、すぐに捕虜たちが解放されるはずはなかった。
　一方、鉄道労働力の一翼をになっていたアジア人労働者にとっては、事態は悲観的だった。
　タミル人、ジャワ人、中国人、ビルマ人らの間には、赤痢、マラリア、コレラが万延しており、無秩序状態になっていた。
　アジア人がこれほどひどい被害をこうむったのは、指揮者がなく、また組織化されていなかったことが、主な原因であった。
　アジア人労働者たちは、経済的な理由から、あるいは日本人の巧妙な取込み詐欺にひっかかって、マレーの農園、あるいはビルマの稲作地帯から引き離され、全く異なる環境に投げ込まれた。
　この環境では、日本人から野蛮な殴打以外に、指導、統率、あるいは規律維持がなかった。
　そして彼らの社会的結合は、急速に崩壊してしまった。

6 まきぞえくった日本帝国の兄弟 top

　二五万人以上のアジア人が、兄弟日本人との「共和国」建設を援助するため、ビルマ、タイに移動してきた。
　しかし、鉄道が完成された時、ただとるに足らないはんぱものが残されただけだった。
　その残されたものは、帝国主義列強間のより大きな闘争における“お人好しの犠牲者”であった。
　しかしながら、彼らが日本人のひた向きな戦略による犠牲となったように、彼らはまた、経済発展のために西欧列強国から重要視されなかったことは、記憶されるべきである。
　一九二〇年代、および一九三〇年代初期を通じて、東方の国にたいする安全保障措置は、何らの考慮も払われず、本国政府からも、何らの優先順位も受けなかった。
　本国政府は、国際連盟の便利だが非現実的な理想、および世界的軍縮のかげにかくれて、惰眠をむさぼっていた。
　東南アジアの人民たちが両方の主人公の政策に、より多く苦しめられたとするならば、戦争が終った時、彼らが彼ら自身の問題を、自ら処理する希望を表明したことは、驚くにあたらない。

7 自ら作った鉄道で帰還 top

　一九四三年（昭和十八年）十一月、鉄道を運転しながら、日本人は建設の大部分をなしとげた戦争捕虜たちの再展開、および再編成を開始し、新しい鉄道線路の南端にある大きな収容所へ移動を始めた。
　南へ移動を始めるヨーロッパ人捕虜の最初の部隊の中に、「Ｆ」および「Ｈ」部隊の生残りの者がいた。
　彼らが鉄道地帯に滞在した期間は、他のいかなる部隊よりも短いものだったが、その他の部隊より多くの、耐えられない被害を受けた。
　この二つの部隊は、鉄道組織の恒久的な編成部隊ではなく、当初考えていたよりも早く計画を達成する決定にもとづいて行なわれた、あの熱狂的活動の期間だけ、マレー司令部からタイ司令部へ貸し付けられていたにすぎなかった。
　このため、彼らは悪条件の鉄道地域で、ひどい待遇に苦しめられ、多くの者が死亡した。彼らは追悼式も行なわずに、チャンギないし彼らの合法的主人公のもとへ帰ることになった。
　これらの部隊の人々にとって、一つの慰めは、カンチャナブリにある彼らの中継基地へ帰るのに、行軍によるのではなく、自分たちのつくった鉄道を利用することであった。

8 移動のたびに病人は落後 top

　カンチャナブリはこの時までに、一種の臨時の病院として使用され、ここで二つの部隊は一緒に集められ、シンガポールへ復帰する前に、衛生処置らしいものを与えられた。
　そこでの住居条件は、確かに良いものであり、その上、食糧事情もタイ商人が来たので良好であった。
　しかし奥地から来る生残った者がしだいにその数を増したので、収容所はやがて満員となった。
　収容所内の健康な者は、新しい衣服や靴下、そして最後には若干の休息まで与えられ、患者よりはうまくしのげた。
　何故なら、病院施設は絶望的だったからだ。
　あるオーストラリア人の捕虜は、幅一五〇歩幅（一歩幅は約七五センチ）、長さ三七〇歩幅の地域に、二五〇〇人の病人が詰め込まれていると計算した。
　若干の患者は全く絶望的であり、彼らを運ぶ担架は、重さを感じさせないほど、病気や栄養失調のために、やせ衰えていた。
　また以前のように、専門の衛生的処置がすべての患者に施されたが、薬物の不足により、早期治療が困難となった。
　事実、ジャングル収容所からの旅、特に奥地からの「Ｆ」部隊は、待遇が悪いうえに、さんざんこづきまわされて、多くの死者を出した。
　「Ｆ」部隊および「Ｈ」部隊は、四月ないし五月にシンガポールを出発した時には、一万人を少し上回っていた。
　しかし十二月までに、ほぼ四〇〇〇人に減少した。「Ｆ」部隊は三〇九六人を失い、それは最初の勢力の四四パーセントであった。一方「Ｈ」部隊の死者は八八五人で、最初の定員の二七パーセントであった。
　タマルカンおよびカンチャナブリで健康をやや回復した「Ｈ」部隊の生残りの一人は、自分を幸運な一人であると考えた。
　彼の通常の体重は八九キロだが、今は五五キロになった。
　そして彼はタイの八ヵ月間に、脚気（かっけ）、とうもろこし斑点（皮膚病）、デング熱（急に高熱を出し、関節の激痛と吹出物を伴う熱帯、亜熱帯の地方病。蚊が媒介する）、マラリア、赤痢、黒水熱（悪性マラリアで、尿が黒くなる）、黄疸（おうだん）、疥癬（かいせん）、たむし、熱帯潰瘍（かいよう）にかかった。

9 各駅停車で死体を埋葬 top

　カンチャナブリ周辺の基地収容所で比較的短期間の滞在の後、「Ｆ」および「Ｈ」部隊は、貨車に乗せられて一路、シンガポールへの旅を続けた。
　この時の環境状態は少しはまして、人々は二〇人で一貨車を割り当てられ、そのうちあるものは、わらの俵の備品という、ぜいたくな品物さえ提供された。
　しかし、それにもかかわらず、この旅行は悲しみに満ちたもので、カンチャナブリで病気が回復せずに死んでいった多くの人々を埋葬するため、列車はあちこちに停車した。
　日本の警備兵は、埋葬される遺体が、存命中には拒否されてきた栄光を、死において受け取ることになると信じ、根気強く待機していた。
　ある期間、一日一列車がカンチャナブリから、シンガポールに向けて出発した。
　絶望的な病人の大部分は、チャンギに直接収容され、その他の者は地域内の他の収容所に入れられた。
　すべての者は、そこでずっと捕虜生活を送っていた六〇〇〇人の出迎えを受けたが、いずれも栄養不良にたいする衝撃的な驚きの言葉で迎えられた。
　そして、昔の戦友と比較して健康な者は、その戦友だちといっしょにされた。
　その戦友たちはこれまで、帰環兵たちの苦難について、幸いにも全く知らなかったのである。
　ある者は彼らの帰還を目撃し、その状況を次のように記録した。
　「彼らは驚くべき状態であり、脚気、マラリア、熱帯潰瘍にやられ、極端に衰弱していた。
　体重の減退はただ、驚くばかりであった。平均体重は三二キロで、約八〇パーセントは即時入院を必要とした」
　「Ｆ」および「Ｈ」部隊の生残った者は、日本が降伏するまでチャンギにとどまった。

10 乳と蜜の地タマルカン top

　その直後、一九四三年（昭和十八年）末、ビルマ基地の二つの「分所」の捕虜部隊が、タイの基地収容所への移動を始めた。
　すべてのヨーロッパ人鉄道作業員は、鉄道の南端、クワエノイ川の岸にあって、一番大きな収容所のあるチュンカイと、バンポンの東方数キロにあるナコンパトムの間にある一連の大収容所に集中されつつあった。
　タマルカンはビルマから来た「第三分所」の司令部収容所であり、「第三分所」は、より小さい「第五分所」を統合していた。
　もっとも、元ビルマにいた若干の者は、カンチャナブリ、またはナコンパトムの新病院収容所にもいた。
　ビルマの収容所から来た人々は、タマルカンヘ移送されてきたため、即座に改善された食糧状態を受けることができた。
　ある一日に、ここでの捕虜は、彼がジャングルの数ヵ月間に見たものより、たくさんの緑の野菜を受け取った。
　そして夕食には、実際に何きれかの肉と、卵が含まれていた。
　酒保（しゅほ＝売店）には、バナナ、卵、そして時には、蒸し焼きのアヒルもあった。
　ジャングルの荒廃地、または悲惨な所から来た人々にとって、タマルカンは、乳と蜜の地に思われた。
　竹の寝台のついたアタップの仮兵舎は、あいかわらずみじめなものだった。
　そして、ジャングルでの病気の後遺症で死んだ者もあった。
　しかし、タマルカンの捕虜たちは少なくとも、飢えてはいなかった。
　しかしながら、彼らの最初の勢力一万一五三七人中、九八〇八人がタマルカンで、やっと待遇が改善されたが、残りはすでにタンビュザヤトとスリー・パゴダ峠との間の鉄道沿線の墓地で眠ってしまっていた。

11 矯正訓練所もある病院 top

　チュンカイは「第二分所」の目的地であった。
　「第二分所」は八九〇〇人以上で鉄道作業を始めたが、七五四〇人に減少し、このうち二〇〇〇人はチュンカイの基地病院に入院中であった。
　病院は大きく、効果的にうまく運営され、赤痢とマラリアのための隔離病棟があり、さらに潰瘍にかかって、足の切断を要する患者のため、もう一つの独立病棟があった。
　病院は身体矯正訓練センターをもっていることを自慢し、そこでは不自由になった手足が、徐々にもとにもどるように訓練された。
　チュンカイの収容所全体は、二つの部分に色分けされ、健康な人のためには赤、病人のためには青であった。
　病院はもちろん、多数の青の患者を収容した。しかしまた、別に青の収容所があり、通常の様態にある入院患者を収容した。
　ただし、チュンカイで、できるだけ多くの休養をとるだけの者、および自力で回復する努力をしている者は除かれた。
　彼らは品物の豊富な酒保で、一品料理を売っていたので、少しは回復の足しになった。
　収容所全体はほっそりとした竹の塀で囲まれ、その内側には、訓練用の小道があり、その全周は二四〇〇メートルあった。

12 タムアンの基地収容所 top

　「第四分所」の人々は再編成にあたって、カンチャナブリの南方数キロにあるタムアンの基地収容所へ、つぎつぎと帰ってきた。
　この「分所」は鉄道作業部隊中、最大のもので、最盛期には、一万三七〇〇人であった。
　しかし、最後の諸隊がジャングルから収容所に到着し、「分所」として集結した時までには、二〇〇〇人以上の者が死亡していた。
　鉄道が完成されて間もなく、タムアンの収容所を一万人収容できるように拡張するため、先遣隊が派遣された。
収容所は整理され、うまく再配置され、作業は一回かぎりの、軽いものであった。
　タムアンはやがて平和な日常生活となったが、日本の警備兵が点呼をたびたび行なうよう主張したので、生活は乱されることになった。
　大部分の収容所でも同じように、この点呼は組織的ではなく、捕虜たちにとって、だらだらして、あきあきするものだった。
　それにもかかわらず、タムアンは点呼の代償を得た。
　タムアンはかって、タバコ農園のあった所で、まだ収容所の施設のまわりに、思いがけないタバコの木が生えていて、捕虜たちはタバコ製造作業を始めた。
　一方、日本人の経営する飼育場から盗んだアヒルと一緒に、追加の食糧補給品が村人たちによってもたらされた。
　これは食事に若干のタンパク質を補い、その結果、一般的に健康状態をよくするのに役立った。

13 再び、新たな分遣作業 top

　大勢の戦争捕虜たちがこの基地収容所で、やっと手に入れた休息を楽しんだが、それも長続きはしなかった。
　やがて日本人は捕虜たちに、新たな仕事を割当てることになった。
　若干の者は鉄道作業に従事し、一度も鉄道地帯から離れたことはなかった。
　間もなく、これらの部隊に合流するため、基地収容所から分遣隊が送られることになった。
　これらの部隊は一五〇人から六〇〇人までの勢力で、自然の災害によって破壊された所を修理するために、派遣された。
　粗末な作業と、故意のサボタージュがしばしば行なわれた。
　他の雑用は機関車のための薪割り作業と、沿線にある軍需品集積所の貯蔵品を管理することであった。
　まず第一に、この整備用収容所の状態は、過度にきびしいというものではなかった。
　しかし、病気があとを絶つことはなく、そのために人員が少なくなるにつれ、状態は急速に悪化した。
　その上、商人たちが補給品を持って訪れるには、鉄道地帯で使用された人員はあまりにも小人数であった。
　ある収容所では、病人が殴られたり、あるいは作業に駆りされるという残虐行為が起こり、それはたびたび、繰り返された。
　これら収容所の実際的な償いは、ひどい病人が帰りの汽車に乗せられて、基地地域へ比較的容易に後送されることができたことであった。
　捕虜のみじめな二個の分遣隊が、条件の特に悪い地域へ、道路建設のため派遣された。
　一隊は一〇〇〇人からなり、プラチャブとメルグイの間、テナセリム半島の未開のジャングル地帯を通って、道路を建設するために使用された。
　そこの宿泊設備は驚くほど悪く、食糧は貧弱で、五ヵ月間に、二五パーセントが死亡した。
　もう一つの分遣隊はイギリス人、オランダ人からなる約四〇〇人の大隊で、ワンポの鉄道地点から西方に通じ、西海岸のタボイに至る道路を建設するため、タムアンから派遣された。
　この部隊の生残った者は、最終的に一九四五年（昭和二十年）になって、連合軍に救出されたが、タイから救出されたどんな部隊よりも、肉体的に最悪の状態であった。　　　　’
　いまや鉄道の試練を終えた数千人の中にさえ、病気や栄養失調で衰弱した者、あるいは粗野な取扱いやきびしい労働で打ちひしがれてしまった者が大勢いたので、近代的病院という最大限の看護部隊で最大限の看護をすることだけが、彼らの命を救う方法だった。
　このような施設は、日本占頷下のタイでは、利用できなかった。
　しかし、日本当局は、バンコクに至る鉄道から少し離れた所にあるナコンパトムといわれる場所に、総合基地病院を開設するよう、企てた。

14 ナコンパトム総合基地病院 top

　ナコンパトムにおいて、慢性的栄養不良による貧血の悩みを救うため、凝固していない血液で、一五〇〇回もの輪血が行なわれた。
　一方、外科医たちは、あらゆる種類の手術を、一〇〇〇回近く行なった。
さらには、すばらしい義足が作られ、熱帯潰瘍のため足を切断した患者に使用された。
　日本が降伏したときまでに、担架患者は四〇〇人にまで減少し、この病院に運ばれた一万人以上の患者のうち、死亡者はわずか二・八パーセントであった。
　これは、その原始的条件および固有の衛生補給品の不足という観点からみて、驚くほど低い数字であった。
　この成功の主な要因は、一九四四年（昭和十九年）五月、アメリカ赤十字から受取った医薬品および衛生材料によって、それらの不足を補ったことによる。