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7 死の淵の男たち

　彼らは一五〇の班に分割され、各班に一人の将校がつけられ、寒い日本の気候のため暖かい衣服が支給された。
　これらの衣服は主として、連合軍の重苦しい制服で、日本がいろいろなところから集めたものであった。
　これらの制服を着た男たちは、喜劇の役者のように見えた。
　ある者は戦闘服を着ていた。他の者は海軍病院のズボン、格子じまのスコットランド兵のズボン、空軍用の上衣、あるいはインド人部隊が通常着ている灰色のフラノのシャツを着ていた。

2 至難な、日本への海上輸送 top

　この労働部隊を日本本土へ送ろうとする日本人の努力は、絶望的な困難さを思わせる。
　何故なら戦争はなおその後、一四ヵ月も続いたが、今や日本の商船輸送は、連合軍の爆撃および潜水艦攻撃によって、著しく制約されたものになっていたからである。
　一九四四年（昭和十九年）四月から六月の間に、一万人の捕虜は日本への船舶輸送のため、サイゴンに集結させられた。
　しかし船腹量の不足のため、大部分は、シンガポールで舟艇が利用できるかもしれないという期待にもとづいて、列車でシンガポールヘ移送された。
　すでにシンガポールには、鉄道捕虜であった他の部隊が、タイの基地収容所から送られてきていた。
　リバー・バリー収容所は、日本行き捕虜の移送基地であった。
　しかし、シンガポールに集められた者の大部分は、日本が降伏するまで、この島から出発しなかった。
　不幸にも、乗船させられた者は、連合軍の潜水艦からものすごい攻撃を受けるという、恐ろしい経験を味わった。
　シンガポールを出発した初期の船団の一つは、三隻の商船と三隻の軍艦からなる六隻の小さな船団で航海した。
　二隻の商船は、魚雷攻撃を受けて沈没したが、幸いに捕虜を乗せていなかった。
　三隻目の商船は一九〇九年（明治四十二年）ロッテルダム建造の旧式オランダ製貨物船で、二五〇〇人のヨーロッパ人捕虜と七五〇人のジャワ人の苦力を満載していたが、危うく攻撃の難をのがれた。
　この時以降、損害なしに日本へ到着した船団はほとんどなかった。

3 洋上航海に不適当な旧式船 top

　日本当局は、旧式の艦船を使用せざるを得なくなった。この艦船は事実上、洋上航海には不適当であった。
　七月一日、捕虜の一隊が英国製の貨物船に乗って、シンガポールを出発した。
　この貨物船は今世紀初頭に建造され、すでにジャワで爆撃を受けたものであった。
　この船の中央部の甲板部分は船橋も含めて、焼き払われていた。
　そして二本の長い鋼鉄製の桁が船首から船尾まで、船の両側に一本ずつかけられており、お互いに船の両半部を支えるために、重要な役割を果たしていた。
　改善された操舵室は低い竹製で、船の前方に広がる海が見えないようになっていた。
　そこで、操舵手は船首にいる水兵から、中間伝令を経て、口頭で伝えられる指令に従って、舵をとらなければならなかった。
　このようなおんぼろの船を使用することは、戦争捕虜にとって、みすぼらしい航海状態となることを意味した。
　そしてこれらの悲劇はマラリアの繰り返しによって、さらに悪いものとなった。
　このマラリアにたいして、ほとんどの船は十分なキニーネをもっていなかったので、処置の施しようがなかった。
　また、ある場合には食糧事情が悪く、日本の乗組員でさえ脚気になったほどであった。

4 味方潜水艦の攻撃を浴びる top

　これらのすべての試練のうちで、捕虜自身の母国人によって攻撃されるという危険ほど、耐えがたいものはなかった。
　それはすでに激しくさいなまれた肉体に、さらに大きな精神的苦痛を加えるものだった。
　少なくとも鉄道捕虜を乗せた一隻を含めて、三八隻からなる船団は、七月四日にシンガボールを出航し、台湾を過ぎてから日本の南端、九州にむけて航行中の一二時間、ほとんど休みなしに、潜水艦攻撃を受けた。
　もちろん、シンガポールあるいはサイゴンからの出発期日が遅くなればなるほど、潜水艦の脅威および爆撃機に攻撃される危険は、ますます高いものとなった。
　何故なら、連合軍のこの二つの部隊は、ときがたつほど、より強力的なものとなりつつあったからである。

　というのは、炭鉱、銅山、造船所の作業はきびしく、冬は寒く、食糧もしだいに悪くなったからである。
　封鎖が強化されるにつれて、ある地域では米の補給さえうまくいかなくなり、朝鮮からの粗末な粟（あわ）や食用の海草類が、米の代りに使われた。

5 遮断されるバンコク交通 top

　日本へ送られた部隊についての悲劇的な経験は、日本の兵站組織の一端に、破綻が進行中であることを、断片的に証明するものである。
　泰緬鉄道はこの兵站（へいたん）組織の中で、決定的に重要な一部と考えられていた。
　太平洋戦争の二年め末までに、アメリカの潜水艦作戦は最高潮に達し、日本の商船隊は四三四隻、二一五万トンを失い、一九四四年（昭和十九年）の最初の三ヵ月間に、沈没は最大となり、前年の月間平均損耗の三倍にもなった。
　バンコクへの海上交通はしだいに危険なものとなり、利用できる船舶は急速に減少した。日本は建造力の予備をもたなかったのである。
　また日本はいかなる場合でも十分な護衛艦を船団につけることができなかったので、船団組織を導入しなくなった。
　その上、バンコクの海上交通は、日本が処理している静的な脅威ではなく、月がたつにつれて、もっと危険なもの、特に、日本が遅れて導入した防衛手段を、はるかに追い越してしまうような脅威となった。
　結果的に、バンコクの沿岸水路においてさえ、船舶はもはや安全ではなくなった。

7 「永遠の道」でなくなった泰緬（たいめん）鉄道 top

　ビルマの鉄道と、タイの海上船舶に向けておこなわれた集中爆撃は、泰緬鉄道の機能を著しく低下させた。
　四一五キロの軌道を脅かしていた破壊、脱線、橋の落下はあとを絶たず、今や泰緬鉄道は「永遠の道」の名称をもって威厳を保持することはできなくなった。
　連合軍はやがて、泰緬鉄道が完成したことに気がついた。
　しかし、このことは、ビルマの国内鉄道線にたいする攻撃の強度をゆるめるものではなかった。
　ビルマ国内鉄道線と新線との関係は、あきらかに戦略的な関係をもつものと認められたからである。
　したがって、タンビュザヤトの結合点にたいする襲撃が開始され、そこからビルマ固有の鉄道が、モールメインのフェリー起点、マルタバン、モクパリンのシヴタン橋を経て、激しく攻撃された。
　時がたつにつれて、新しい戦略的鉄道の、より多くの部分が攻撃下にさらされ、日本人が鉄道を守ろうとした努力は、攻撃によって受けた損害と遅延の新たな証拠となるものである。
　しかしながら、連合軍のパイロットが気がつかなかったことは、破壊された橋や軌道の修理を、捕虜たちが行なっていたこと、それからまた、さらに南方の地域で爆撃した時には、捕虜たちの多くの生命が再び危険にさらされていた、ということであった。
　爆撃は一九四四年（昭和一九年）の雨季の間、低下した。
　この時は飛行条件が危険であり、また航空機はいずれにしても、他の用途に振り向けられていたからである。
　しかし十月、十一月になると、いっそう激しい爆撃が再開された。

8 味方の爆撃にさらされた捕虜 top

　各収容所から鉄道地帯に派遣された捕虜たちにとって、猛爆撃下における鉄道の修理および整備作業は危険であり、かつ困難な仕事であった。
　あるとき、捕虜を満載した列車が、ひらけた地域で連合軍機に発見され、爆撃された。
　その結果、捕虜のうち一〇〇人以上が負傷し、四一人が死亡した。
　しかしながら、基地収容所に密集し
ていた捕虜たちにとって、事態はさらに悪いものであった。
　基地収容所は明らかに、重要な爆撃目標、特にタマルカンのマエクロン川にかかる死活的に重要な橋や、さらに南のノンプラドク地域の近くに位置していた。
　ノンプラドクは泰緬鉄道の整備中心地であり、その上、シンガポール〜バンコク間の本線との結合点近くに位置していた。
　ノンプラドクの主要収容所は操車場、作業場、鉄道補給倉庫の中にあった。
　また、近くには高射砲中隊が配置されていた。
　こうして、もし連合軍機がこの補給倉庫を攻撃したならば、捕虜たちが再び危険にさらされることは、避けられないようにみえた。
　しかし日本人はたこつぼ（一人用の防空壕）を掘ることを禁正した。
　そして一九四四年九月六日、二一機の「リベレーター」爆撃機の第一波がこの地域の上空にあらわれた時、捕虜たちはすべて、仮兵舎に集まっていた。
　たぶんそれは、連合軍の正確な爆撃技術ならば、収容所は攻撃されないですむだろうと信じたものであろう。

9 軍人は死ぬ覚悟が必要 top

　事実、第一波の攻撃は非常に正確であった。しかし第二波の最後の航空機は、少し早く爆弾を落としすぎたようだった。
　棍状投弾（一列に投下するように爆撃機の下部に並列した一群の爆弾）は、弱い竹の収容所を横切って、すぐそばに落下し、そのために三〇〇人以上が負傷した。
　日本人の指揮官は、収容所をもっと安全な地域へ移動させることを承認しなかった。
　彼はこう言った。
　「このような事態はたびたび起こるだろう。しかし、諸君は軍人なのだ。諸君は死ぬ覚悟をしなければならない」
　彼も最後には、たこつぼを掘ることを許可した。
　しかし収容所はそのままで、移動されなかった。
　そこで地域全体は、しばしば、機銃掃射や爆撃の洗礼を受けることになった。
　タマルカンの橋梁にたいしても、同じような激しい攻撃が、十一月の末に起こった。
　捕虜たちが負傷者を出すことは避けられないことだった。
　捕虜たちの収容所は、この橋を防御している高射砲中隊のそばにあったからである。
　大部分の爆弾はこの高射砲中隊に集中されたが、三発がそれて、二棟の仮兵舎のはしで炸裂し、一七人が死亡し、六〇人が負傷した。
　収容所が高射砲中隊に近く位置しすぎるという捕虜たちの管理部の訴えを聞いて、日本人は次のような不可解な論理を表明した。
　「航空機から諸君を守るため、我々は収容所のそばで、諸君に小銃を与えることにする」

　自分を解放してくれると期待していた人たちによって、ジャングルの悪夢を見事に生き抜いてきた捕虜たちが殺されることは、全く意地の悪い皮肉であった。
　一九四四年（昭和十九年）末に、航空機にバンフレットを全収容所地域に投下しはじめた。
　このパンフレットは戦争のニュースとともに、彼らを勇気づける言葉を含んでいた。
　あるパンフレットは次のように結んでいた。
　「元気を出せ！　我々は必ず迎えにくる」
　しかし、ある収容所のひょうきん者が述べたように、それは次のように結論した方が、もっと適切だったかも知れない。
　「掩護（えんご）の処置をとれ！　我々は爆撃にやってくる」

タイ、ビルマで活躍した英空軍機