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�U　ジョージ・スチブンソン（1781〜1846）――蒸気機関車

　1 貧困の中に育って top

　このツグミは、彼のベッドの足にとまってねる習わしだった。
　十四歳のとき、一週七シリングで缶たきの助手になった。
　あくる年にはミド・ミル・ウィニン炭坑で正規の缶たきに任用された。
　彼は父とちがって、大柄の、骨ばった、筋骨たくましい若者に育ち、重量あげやジャンプを好んだ。
　そのころは、ただ力が強く、まじめで、よく働く若者としか見えなかった。
　スポーツのよい競争相手だった仕事仲間の一人に、ロバート・ホーソーンがいる。
　この人の息子たちは、ホーソーンの名をもつ有名な機械商会をニューカスルに創立した。
　ジョージは十七歳になると、ウォーター・ロウに開かれた新しい炭坑の機関手に任命された。
　これは、缶たきとして雇われた父よりも地位が上だった。
　そのエンジンは、ノザンバーランド公爵おかかえのエンジン製作者になっていたホーソーンが作ったものだった。
　ジョージは今やおとななみの賃金がとれるようになった。
　彼は父と同じに、毎日十二時間はたらき、一週十二シリングもらった。
　ノザンバーランド公は領地から地代として一年に約五万ポンドを手に入れており、その大部分は石炭鉱区使用料だった。
　公爵夫人の装身具は女王のそれよりも上等なものが多かった。
　それにひきかえ、彼に雇われている労働者ジョージ・スチブンソンは、やっと靴と靴下がはけるようになり、十八歳ではじめて読み書きを習いはじめた。
　彼の向学心をかきたてたのは、仲間の中で字の読める連中が、エンジンの火をあかりに、新聞にのった物語を毎日読みきかせてくれたおかげだった。
　彼はナポレオンの輝かしい事績をきかされたし、エジプト人が鳥の卵をだいてかえした話もきいた。
　後者の情報は、もともと鳥に興味をもっていただけに彼の関心をつよくひき、ジョージは自分もいろいろな鳥の卵を一緒にだいて、かえしてみようとした。
　実験は成功しなかったが、卵を割ってみたところ、殼の中でヒヨコがかなりの程度まで発育していたのがわかった。
　ジョージは一週間三ペンスの謝礼をはらって、毎週三晩読み書きのレッスンを受けた。
　十九歳になると自分の名が書けるようになった。
　次に一週間四ペンスはらって算数の教育を受けた。
　彼は算数の宿題をエンジンの火のそばでやり、昼食は犬が家からはこんできた。
　彼はもっと責任の重い制動手の仕事をやりたいと強く望んだ。制動手は縦坑の昇降機の上げ下ろしをコントロールする。しかし上役のウィリアム・ロック（この人の息子は後に有名な技師になった）は、スチブンソンが若すぎるし、不器用だと思ったので、制動手の仕事を練習させてくれなかった。
　しかしジョージはうまく手を打って、ロックが見回りにきたとき自分が制動手の役をつとめざるをえないようにし、それをみごとにやってのけることによってロックに、確かに自分に十分能力があることを認めさせた。
　彼は当然の結果としてポリー炭坑の制動手に任命された。

　2 苦しい家庭生活 top

　今や彼は二週間につき三十五シリングから四十シリングの給料を受けとるようになった。
　しかし一八〇一年には、コムギが一クォーター（約二九〇リットル）あたり一一八シリングにもなった。
　これは彼が生まれたころに比べて二倍以上の高値だった。穀物価格の騰貴は、ナポレオン戦争が原因だった。
　ジョージは、その職業の中では最高の地位に達したのだが、それでもまだ収入は、暮らしに不十分だった。
　彼はひまなときには靴なおしや時計の修理をやって収入をふやした。
　恋人のファニー・ヘンダーソンの靴も修繕し、ポケットに入れてもちまわり、時おり引っぱりだしては見せびらかして、細工のよさを自慢した。
　ジョージは週末になると、受持のエンジンをとり下ろし、きれいに掃除して、完全な状態にしておく習わしだった。
　おかげて、エンジンの構造やはたらきのすみずみまで精通した。
　彼は永久機関（エネルギーの補給なしに永久に動きつづけるエンジン。原理上から不可能）をつくろうとしで多くの時間をついやした。
　一八〇二年にファニー・ヘンダーソンと結婚した。
　ファニーは近くの農園の召使だった。
　愛らしくて魅力に富み、分別があり、気だてはとてもやさしかった。
　二人の間に息子のロバートが、一八〇三年に生まれた。
　あくる年ジョージはキリングワースのウェストムーア炭坑の制動手に任命された。
　ここで彼は、ファニーを失うというひどい不幸に見舞われた。
　彼女はたった二年ほど結婚生活を送っただけで死んでしまった。
　ジョージ・スチブンソンは彼女に深い愛着をもち、その思い出を大切にした。
　この災難から完全に回復するには長い年月がかかった。
　彼は十四年も後になるまで再婚しなかった。
　スチブンソンはスコットランドのモントローズにあるボールトン・ワット商会製エンジンの臨時監督者として招かれた。
　彼は幼い息子を隣人にあずけ、スコットランドめざして徒歩で出発した。
　モントローズで、そのボールトン・ワット商会製エンジンを少し改造するよう申し出たが、持ち主がききいれなかったので、彼はキリングワースヘ帰った。
　家へつくと彼は、父がめくらになったというおそろしいニュースを受取った。
　父がエンジンの中へはいって何かの調節をしていたときに、仲間が突然蒸気をふきこみ、それが目にまともにあたったのだった。
　そのころは災害補償も傷害保険もなかった。
　ジョージは父を養わねばならなくなり、父が無能力になったため借りた金をかわって払わねばならなかった。
　彼はモントローズで仕事していたときにためた二十八ポンドから、その借金を払った。
　父はこんなおそろしい事故にあったというのに、まもなく、陽気な気分をとりもどした。
　ジョージの家族にふりかかった災難は、これが最後ではなかった。
　後になって、弟のジョンがニューカスルにあるスチブンソン機関車工揚で事故死した。
　この新しい産業では危険が非常に大きくて、事故率が高かった。
　ジョージはキリングワースで制動手の仕事をまたはじめた。
　一八〇七年ごろ彼はひどくみじめな状態にあった。
　田舎の窮迫は極度に深刻だった。
　労働者人口のうち七人に一人は失業し、一年五十ポンドをこえる収入には十パーセントもの税が課せられた。
　若者たちはだれかれの差別なく、軍隊にはいるよう強要された。
　ジョージ・スチブンソンはなけなしの貯金をはたいて、かわりに軍隊にはいってくれる身代り人を買った。
　彼は妹とその夫がアメリカ合衆国に移住するのについていこうとしたが、渡航料金が調達できなかったため、ついに果たせなかった。
　年季奉公をつとめていなかったから、機械師の資格をとることもほとんど絶望的だった。
　とはいえ、あらゆる機会を利用して雇い主たちに自分の能力を示すことにより、彼はそれ以上出世することができた。
　しかしそれとて、またもやおこった人命事故により思いがけぬ欠員が生じたため実現したのだった。
　キリングワースのエンジン製作者オールド・グリーが一八一二年に事故で死んだので、ジョージがその後つぎに任命され、年俸一〇〇ポンドを受けることになった。
　このサラリーとひきかえに、彼は一六○マイル近い坑道をもつ炭坑のエンジン全部を秩序正しくはたらかせる責任を負わされた。
　この仕事をしている間に、地下に蒸気機関を設けて、それまで人手や馬で石炭をはこび出していたのを機械にやらせる方法を工夫し、一つの坑で必要な馬の数を約一〇〇頭から十六頭にへらすことに成功した。
　馬の餌（えさ）の値段は当時ひどく高かったから、この実験の重要性はそれだけ大きかった。
　ジョージと、そのころ十歳ぐらいだった息子のロバートは、夜は同級生として読み、書き、算数、科学を一緒に勉強した。

　3 はじめて蒸気機関車をつくる top

　レールの上で貨車を引っぱらせるのに、馬よりも強力な動力が必要なことはすでにはっきりしており、多くの人々がいろいろ実験をすすめていた。
　スチブンソンの生家の前を通っているワイラム軌道の持ち主ブラッケットは、一八一一年にリチャード・トレビシック（一七七一〜一八三三）に蒸気機関車を注文した。
　トレビシックはその七年前に最初の蒸気機関車をつくり、列車を引っぱらせるのに成功していたのである。
　ワットは高圧蒸気に対して偏見をいだいていたが、トレビシックはそのような偏見に全く迷わされなかった。
　彼のエンジンは近代の機関車に育つ萌芽をふくんでいた。
　彼は基本のアイディアは大部分思いつきはしたものの、自分のエンジンを信頼できる産業機械にかえるため必要な開発研究を押し進めるだけの根気をもっていなかった。
　エンジンがなめらかな車輪でなめらかなレールの上を荷物をひっぱってちゃんと走れることも悟らなかった。
　ブレンキンソップもやはりそうで、この人はレールの脇きにラックを敷き、それにかみあう歯車をエンジンでまわして走る機関車をつくった（一八一一）。
　鉱業人にとっては、摩擦に関するクーロンの実験（フランスの物理学者クーロン、一七三六〜一八〇六）は一七八一年、摩擦力は接触面に直角に作用する圧力に比例し、接触面積の大小にはよらないという法則を確立した）は別世界のことだったらしい。
　当時にあっては、実際人と科学者が完全に分離していることが多かった。
　ブラッケットとヘドレーが一八一三年に実物大の実験をするまでは、炭坑の人々は車両の運動に対する抵抗が速度に無関係ということを信じなかった。
　スチブンソンはワイラム軌道でトレビシックの機関車を使った実験を見たし、ブレンキンソップの機関車が使われているところも見た。
　前者は鍛冶屋が作ったので、出来はぞんざいだったが、後者は熟練した職人の手で立派に作られていた。
　しかしラック駆動のせいで、のろくて非能率だった。

　晩年になって彼は、こういった仕事を全部やりとげるために、午前一時か二時におきて、一日じゅう、夜中おそくまではたらきつづけることも、しょっちゅうだったといっている。

　4 息子ロバートを大学へやる top

　スチブンソンは金貨で百ギニアをため、ユダヤ人の行商人に、一ギニアあたり二十六シリングで売った（ギニアの正価は二十一シリング）。
　こうして手に入れた金の一部は高い利子をとって貸しつけたが、一部は息子ロバートの学費にあて、一八一四年からニューカスル第一の男子中学校にかよわせた。
　ロバートはそのころ、やせっぽちで、からだも弱かった。
　彼は学校まで十マイルの道のりを、コール天のズボンと青い坑夫のジャケットを着て、鉄鋲を打った長靴をはいて歩いてかよった。
　バッグには本と、ライムギのパンとチーズを入れていた。
　はじめのうち彼はニューカスルの中産階級の息子たちから、あざけりの的になり、食事は彼らから離れて食べた。
　ジョージは三ギニアの入会金を払ってロバートをニューカスル文学・哲学会に入会させた。
　彼は十二歳の息子に命じて、会にそなえつけた技術雑誌の中から、エンジンや科学に関するおもしろそうな情報をさがし出させた。
　一八二〇年にはロバートを六ヵ月間エジンバラ大学へ送った。
　これは、やすい費用で科学の教育を受けられる唯一の大学だった。
　ロバートの短い滞在に、八十ポンドの費用がかかったが、彼は数学の賞を一つと、また有名な暗算少年ジョージ・ビッダーの友情をおみやげに帰ってきた。
　ビッターは後にロバートの技術の同僚となり、議会の委員会に出席して専門家の証人として証言する役をもっぱら受けもつようになった。
　そこでは、とくにめんどうな計算もほとんど一瞬のうちにやってのける彼の能力が、敵をたじたじとさせた。

　5 安全灯の発明 top

　スチブンソンは彼の最初の機関車を建造している間に、坑夫が使う安全なあかりという問題に関心をもつようになった。
　炭坑の機関工として彼は多くの爆発に対処しなければならなかった。
　たとえば一八一四年におこった爆発では、彼は六人の志願者とともにもえている坑道にはいって、それをぬりこめてふさいだ。
　ずっと後、有名になってから、彼は議会の委員会で、直接体験した炭坑爆発のいくつかの例をいきいきと描写している。
　だがまだ機関工だったころ、彼は坑内で炎が実際にどうふるまうかについて、おもしろい実験をした。
　ある議会の委員会で、彼はこう語っている。――自分は坑内ガスに火がついたとき、その炎が天井にそってどんな速さで走っていくかを観察したことがある。
　それからみて、もしもランプの管の中に、それと同じ速さで流れる気流をつくることができるなら、そのような仕組みをもったランプを爆発性の炭坑大気の中へもちこんでも、まわりのガスに引火しないですむのではないか、と考えた、と。
　彼はこのアイディアをさらに押し進め、空気が多数の細い管を通ってはいってくるようなランプを考案した。
　ほぼ同じころ、ハンフリー・デービー（一七七八〜一八二九。電気分解によりナトリウム、カリウム等を発見）も同じ問題を研究するよう依頼された。
　彼の助手のマイケル・ファラデー（一七九一〜一八六七。電磁誘導・電気分解の法則を発見、場の考えを提唱）は、そのころ全く無名の若者だったが、デービーの指導下に、管の中で炎の示す性質について基本的な研究を行なった。
　デービーはスチブンソンと同じ設計に達したのだが、彼のほうがいっそうエレガントで、あわせてその原理を科学的に正しく説明していた。
　しかしスチブンソンは同じようなランプを彼と独立に発明したのであり、この型の安全灯としては彼の作ったものが最初だった。
　公共の寄付によって集められた二千ポンドの賞金がデービーに与えられ、努力賞として百ギニアがスチブンソンに与えられた。
　優先権をめぐって激しい論争があった。
　デービーを支持する人たちの態度は、一八三一年、つまりスチブンソンがリパプール・マンチェスター鉄道を建設したあとで、デービーの伝記を出版したパリスによって代表されている。
　パリスはいう――「キリングワースの機関工で、スチブンソンとかいう男――化学の初歩の知識すらもたぬ人物」が、そんな発明をやれたとは、ほとんど信じられない、と。
　しかし本当をいうと、不格好ではあるが、最初の坑夫用安全灯を、一七九六年にアレクサンダー・フォン・フンボルトが提案していた。
　スチブンソンの炭坑の友人たちは、自分たちで寄付をつのって、彼に賞金を与えた。
　それは一千ポンドにのぼった。
　こんなわけで、小学校にもいかず、字もろくに書けない機関工は、一八一五年までに、二つの別々の方向――機関車の建造と安全灯の発明――で重要な業績をなしとげたのだった。

　6 ストックトン・ダーリントン鉄道の計画に加わる top

　スチブンソンがキリングワースに蒸気機関車を導入したのは一八一四年だったが、このことがその地方の外で注目されるようになったのは、少なくとも八年たってからだった。
　これは多分、彼にとって最大の幸運だったのだが、当時はそうとは思われなかった。
　彼はこの八年という長い年月をかけて、彼が「夫と妻」とよんだもの、つまり機関車とレールをだんだんに改良していくことができた。
　こうして、経験からあらゆる困難を学びとり、それをどのようにして解決するかも、ことごとく発見していたのだった。
　彼がもっと広い活動の舞台におどり出たときは、すでに完全な、経験ゆたかな鉄道技師になっていたのであって、まだ試されていない輝かしいアイディアと不健全なアイディアをごちやごちちゃに頭の中におさめただけの天才ではなかったのだ。
　長年にわたる、成功した経験から、詳細な知識を身につけていたおかげで、後に技術界・科学界ほとんどこぞっての懐疑・嘲笑の猛襲を受けたときも、なんとか耐えしのべるだけの土台ができたのだった。
　スチブンソンの能力を認識するほど広い経験をそなえた最初の人物は、ノザンバーラント公、カンタベリー大監督、その他の大立物の領地を管理していたウィリアム・ジェームズだった。
　この人は一八二一年にキリングワースを訪れた。ずっと前から蒸気機関車を使う鉄道の可能性に関心をもっており、早くも一八〇三年にコーンウォールのトレビシックを訪れて、この問題を論じたこともあった。
　ジェームズはリバプールとマンチェスターをつなぐ鉄道や、その他たくさんの計画が可能かどうかに関心をもった。
　彼はさまざまな計画を熱心に立てる人だったが、自分が立てた計画を実現する段ではまるきり成功していなかったので、彼が弁護すると、それは両刃の剣のような効果をもった。
　一方では、イギリスじゅうの有力者たちに、自分が興味をもつ人物や物のことをしゃべって、広く知らせる効果を生んだが、他方で彼は年じゅう損をしたり失敗したりしていたので、嫌がってよりつかない人も多かった。
　ジェームズがスチブンソンのことを人々にしゃべりまわり、その名を広めているあいだに、新しいチャンスがまるきりちがう局面からやってきた。
　エドワード・ピースと、ダーリントンに住む彼のクエーカーの友人たちは、ビショプ・オークランドに豊富に埋蔵されている炭田の使用権を獲得していた。
　ヒースはその石炭を売りさばくため軌道を建設したいと思った。その計画を思いたったころ、彼はすでに五十歳近い円熟した人物であり、クエーカーの実業家らしく慎重な決断をもって事をすすめた。
　最初のアイディアはウィットン炭坑からストックトンまでの馬車道をつくることだったが、それがストックトンからダーリントンまでの軌道の計画へと成長した。
　その建設の権利を与えるのに必要な法案が議会に提出され、十年近くかかって反対論を根気よく打ち負かしたあと、やっと一八二一年に法案は議会を通過した。
　公衆は自分自身の馬と貨車を使ってその軌道を自由に使用できることになっていた。
　スチブンソンはこのストックトン・ダーリントン法のことをきき、一八二一年の末にダーリントンへ行って、ヒースのところに、建設者としてつとめたいと申し出た。
　彼は口に自信がなかったので、友人のニコラス・ウッドをつれていって、口ぞえをしてもらった。
　経験ゆたかで賢明なヒースは、即座に目の前の男が尋常な人物でないことを見ぬいた。
　「彼は正直で、考えぶかい顔つきをしており、全くつつましく、飾り気のない人物と思われた。
　ノザンバーなまり丸出しで話し、自分のことを、『キリングワースの機関工、それだけです』といった。」
　そのときスチブンソンは四十歳、ヒースは五十五歳だった。ヒースはスチブンソンに、この新しい鉄の道では馬を使うつもりだといった。
　するとスチブンソンは、キリングワースにある自分の機関車は馬五十頭分のはたらきがあるとのべた。
　「キリングワースにいらして、私のブラッチャー号のやることをごらんなさい。見ることは信じることですよ。」
　ヒースはそうしようと答えた。
　スチブンソンはヒースにはじめて会ったとき、人相から拝見するとあなたは困難にたじろぐような人ではないと思うといった。
　ヒースはそれに答えていった。
　「私もそう思う。そしてあなたについていわせてもらえれば、あなたは、もしもこれを立派な鉄道にすることに成功したなら、自分はこの上なく幸運だったと考えることだろう。」
　（ヒースは「あなた」という言葉に you でなく thou を使っているが、これはクエーカーの習慣だった。）
　ヒースは、スチブンソンを新しい鉄道の技師に推せんするだろうと語り、スチブンソンはヒースに、自分とウッドはきたときと同じ方法で、つまり「ニップ」でキリングワースに帰るつもりだといった。
　ニップとは、乗合馬車の御者にチップをやって、料金を払わずのせてもらうことだった。
　ピースはほかのクエーカーを通じてスチブンソンのことを慎重に調査し、申し分のない報告をきいたうえで、彼を技師にやとった。
　「何もかもあなたの規準、見積もり、計画に基づいて、もしも仕事全体があなたのものだとしたら当然あなたが払うだろう注意と節約をもって、事をすすめてほしい」とヒースはいった。
　ヒースは約束どおリキリングワースにいき、スチブンソンの小屋の戸をたたいた。
　スチブンソンの妻が戸をあけて、主人は炭坑にいっておりますといった。
　すぐ使いが出され、彼は仕事着をきたまま炭坑から帰ってきた。
　彼は自分の機関車にヒースをのせて走り、ヒースは新しい鉄道では機関車に貨車を引っぱらせることに考えをかえた。
　修正されたストックトン・ダーリントン法は一八二三年に議会を通過したが、それには、スチブンソンの強い請求によって、貨物だけでなく旅客の輸送にも機関車エンジンを使うべしという条項が挿入されていた。
　これは、蒸気機関車を使う旅客輸送を認可した最初の議会制定法だった。

　7 ストックトン・ダーリントン鉄道の開通 top

　その鉄道の技師にスチブンソンを雇うことは確認され、給料は年三百ポンドときめられた。
　彼は家族をダーリントンに移した。
　スチブンソンは、路線のはじめから終わりまでの詳しい測量を一人でやりとげた。
　朝、半ズボンと乗馬靴をはき、なまのベーコン一切れと、大切りのパン一個をポケットに入れて出発した。
　昼になると、手近の小屋を訪れ、ベーコンを卵と一緒にいためてもらい、牛乳を一ぱいもらった。
　彼は沿線いたるところで知られ、好かれるようになった。
　態度が陽気で親切で、近くに子供がいると必ず一緒に遊んでやったからだ。
　一日の作業が終るとヒース氏の家へやってきて、進行ぶりを報告した。
　そのときヒースの娘たちはたいてい家に居たが、ある晩のこと、スチブンソンは娘たちが刺しゅうを習っているのをみつけて、すぐさま教えてあげようといった。
　彼はキリングワースで「夜な夜なエンジンの火のそばで坑内服のボタン穴をかがっているうちに」すっかり刺しゅうを身につけてしまったのだった。
　スチブンソンの会話はおもしろくて、教訓に富んでいた。
　彼は自分の論点を、ありとあらゆる奇妙な情報や体験を例にひいて説明した。
　観察が実に鋭くて、物おぼえもよかった。
　これらの能力は、わるくすると彼を散文的な人間にするところだったが、そうはならなかった。
　彼は空想力に富み、冥想的で、突如として今までみなれていたものを新しい観点から照らし出してみせるのだった。
　新しい科学理論について議論するのがとくに好きで、またびっくりするような宗教的冥想を語ることもあった。
　身近な常識をふんだんにもっているおかげで、他人の意見に左右されることなく自分自身の見方をつくりあげることができた。
　彼は部下の指導にも成功した。労働者の間にあって全く気楽にふるまえたし、見たところろくに努力もしていないのに、部下は献身的にはたらき、きちんと規律をたもった。
　それなのに彼は、人間を相手にするよりは物をあやつるほうがずっとやさしいさ、というのが口ぐせだった。
　その地方の地主たちは、鉄道に対して強硬に反対したか、ヒースの手腕とねばり強さがあらゆる妨害を克服した。
　彼が鉄道を推進するにあたってモットーとしたのは、「私的な危険を賭して公共のサービスを」だった。
　後にダーラム伯となったラムトン氏は、ストックトン・ダーリントン鉄道法の中に、地主が鉄道沿線の内陸地で石炭を売るためなら、石炭運搬にトン・マイル当り四ペンスの料金をとってよいが、石炭をストックトンまで運ぶ料金はトン・マイル当り半ペニーをこえてはならないという条項を入れさせていた。
　ラムトンは、この低料金では石炭をストックトンの港まではこんでも採算がとれるはずはないと考え、だから自分がやっているサンダーランドからの石炭の積出しは影響を受けないだろうと信じたのだった。
　ヒースもじつは、ストックトンへの石炭輸送はたいした量にはなるまいと予想していたのだが、おどろいたことにそれはすさまじい勢いでふえた。
　彼と協同経営者たちは、とくにこの石炭取引を扱うために、五マイル川下の泥州にある百姓家のとなりに、船着場をたてることにきめた。
　これかミドルズブローの港町のはじまりだった。十年たたないうちに、石炭の積出しは年間五十万トン以上にふえた。
　トン・マイル当り半ペニーというわずかな割合でも、量がこれほど莫大になると、結局最も大きな収益源になった。
　しかしここで、一八二五年の鉄道の開通式に話をもどそう。
　石炭をつんだ一連の貨車がブラッセルトンの坂を引き上げられ、頂上から反対側へ下ろされた。
　この坂はそのころの機関車には急すぎてのぼれないので、固定した蒸気機関を使って引き上げたのである。
　会社の役員たちをのせた一両の客車と、臨時に乗客用座席をつけた二十一両の貨車と、石炭をつんだ六両の貨車かそれにつながれて、全部で三十八両の列車が編成された。
　スチブンソンの機関車の一つが、スチブンソン自身の運転で、それにつながれ、全部で九十トンの貨物と四百五十人の乗客をのせた列車が、ダーリントンめざして出発した。
　何千もの人々が見物に集まった。
　多くはエンジンが破裂するだろうと予想していた。
　列車は八マイル四分の三の距離を六十五分で走り、揚所によっては時速十二マイルをこえる速度を出した。
　ダーリントンで六両の石炭車が切り離され、エンジンに水が補給された。
　楽隊が演奏するなかを列車はストックトンに向かって出発し、途中ところどころで停車しながら、十二マイルを三時間と七分で走った。
　ストックトンにつくころには、六百人もの乗客が貨車にすがりついており、ストックトンの群集はその光景をみて驚嘆した。
　石炭の積出しは思いがけない膨張をみせたが、同じように、旅客輸送の増大も予想外だった。
　ビーズは自分の鉄道の収支を予測したとき、旅客輸送から収入の生じる可能性を無視していた。
　スチブンソンは、馬で引っぱる定期旅客列車を「実験」として運転すべきだと強く主張した。
　それでこの客車は「エクスペリメント」（実験）とよばれることになり、会社の紋章とモットーが飾りにつけられた。
　馬で引くこの客車は時速約十マイルで走った。
　速い旅行ができるようになれば、それに伴って旅客数も増加することがはっきりした。
　機関車は旅客輸送には使われず、石炭列車をひくのに使われた。その石炭輸送さえ、まだ大部分は馬で貨車を引いた。
　この線路は海へ向かう下り坂になっていたから、大きなけん引力は概して必要でなかったからだ。
　スチブンソンが狂信的に機関車ばかりに熱をあげずに、けわしい坂には固定蒸気機関とケーブルを使い、もっとらくな輸送ではまだ馬を使っていたことは、彼の着実な態度を象徴していた。

　8 機関車工場をつくる top

　スチブンソンとヒースが議論するなかで、将来の鉄道設計の主要な特色となったものがいくつか決定された。
　四フィート八インチ半（一四三五ミリ。日本では標準軌といい、新幹線や一部の私鉄で使用）の軌間は、炭坑の木レールの軌間を採用したのだが、普通の二輪馬車の車輪をもとにしたものだった。
　鋳鉄のレールのかわりに、高価ではあるができるだけ鍛鉄のレールを使うようにきめられた。
　蒸気機関車を使うこともきめられた。
　スチブンソンはヒースに、機関車をつくるための工場をニューカスルに建てるべきだと示唆した。
　それまでは、彼の機関車は炭坑の近くに住む機械師の手で作られた。だから、エンジンのできはぞんざいだった。
　目的にあわせてつくった工場で、専門作業に精通した機械師が作れば、ずっとよいものができることは明らかだった。
　彼はヒースに、坑夫用安全灯の発明の賞にもらった一千ポンドを、資本の一部として提供できると語った。
　ヒースと友人のリチャードソンがそれぞれ五百ポンドを出し、合計二千ポンドの資本で一八二三年に機関車製造工場が設立された。
　ストックトン・ダーリントン鉄道に使う三両の機関車の建造がはじまった。
　ブラッセルトンの坂で使った固定蒸気機関もここでつくられた。
　後者はロバート・スチブンソンが設計した。
　この工場で、数年のあいだに、熟練した機関車技師がたくさん育てられた。
　人々は世界各地から技術を学びにやってきて、スチブンソンのアイディアと手練のもとで訓練され、故国へ帰っていった。
　ロバート・スチブンソンは父と一緒に激しい建設労働に献身したが、またもや健康がおとろえ、肺結核の症状があらわれた。
　彼はニューカスルのきびしい生活からのがれたいと強く望んだ。
　一八二四年に彼はコロンビア鉱山協会から技師になってくれないかという申し出をうけた。
　これはアレクサンダー・フォン・フンボルトの南アメリカ報告に刺激されてつくられた企業だった。
　父は息子を手放すのをいやがったが、彼は父の反対をおしきって出かけることにした。
　一八二四年に彼はコロンビアへわたった。
　三年後、リパプール・マンチェスター鉄道の責任者になる見込がたったので、スチブンソンはロバートに手紙を出し、帰国するようにいった。
　あたたかい気候はロバートの健康によい効果を及ぼし、胸の病いは直っていた。
　ロバートは帰国の途につき、カルタゲナにある粗末なホテルで、イギリス行きの船を待っていると、ある日、イギリス人らしい二人の男をみかけた。
　彼らの部屋へ上がってみたところ、一方の、背の高いやつれた男はリチャード・トレビシックだった。
　トレビシックは一文なしだったので、ロバートは彼に、イギリス行きの切符を買う五十ポンドを貸した。
　二人は船中で、鉄道や蒸気機関車の将来について多くの会話をかわした。
　ロバートは一八二七年からニューカスルの機関車工揚に復帰し、まもなく生まれるリバプール・マンチェスター鉄道に使う有名な「ロケット号」の設計に協力し、以後二十五年にわたる活動の時期にはいった。
　ロバートは大きな建設工事をたくさん遂行したが、その中にメナイ橋とニューカスルの高架橋とがある。
　一八五九年に死んだとき、大きな財産を残した。
　それにひきかえ、列車を引く最初の蒸気機関車をつくり、高圧蒸気機関を導入したトレビシックは、一八三三年に極貧のうちに死に、貧民用の合同の墓に埋葬された。
　彼はすばらしいインスピレーションと先見の明をもち、すぐれた設計のセンスをそなえていたが、粗野で熱情的な性格のため、地道な開発研究には向かなかった。
　完全な発明は、アイディアだけでなく、ほかのたくさんのものが相まってはじめて生まれる。
　それには、アイディアを機械の中に実現することと、それを標準的な工業製品に確立することが含まれる。
　ジョージ・スチブンソンがずばぬけていたのは、発明の中のこの部分であった。
　そしてこの面で彼は息子から大きな助力をえた。

　9 リバプール・マンチェスター鉄道の計画 top

　ストックトン・ダーリントン鉄道の建設がすすんでいる間に、リバプールとマンチェスターの間に鉄道を敷く計画が生まれつつあった。
　この計画をあちこちに説いてまわったのは、リバプールの近くで土地管理人をつとめる例のウィリアム・ジェームズだった。
　ランカシャーの綿業が発展した結果、リバプールとマンチェスターの間の取引はおびただしく増加した。
　何万トンという原料綿かアメリカからリバプールヘ運ばれ、これが次にマッチェスターに送られて周辺の工業地域に分散された。
　綿の大部分は輸出用の製品につくられ、再びリバプールに戻って、そこから船でつみ出された。
　この綿業の拡大にともなって、それに関連する各種産業も比例して拡大した。
　この産業全体を支える大動脈が、ブリッジウォーター公の運河だった。
　それは独占体としてさかえ、五十年間にわたって毎年五十パーセント、金額にして十万ポンドにもなる配当を支払っていた。
　それを建設したのはプリントレーだが、この仕事に対して労働者一人分の賃金しかもらえなかった。
　運河は通行料が高いだけでなく、ひどく非能率だった。
　原綿をリバプールからマンチェスターまで送るのにかかる日数は、大西洋をわたってアメリカからリバプールまで運ばれるときの日数よりも、ずっと長いことが多かった。
　運河が凍結されば輸送は完全にとまり、貿易の損害ばかりか、広範な失業までおこった。
　リバプールの貿易業者とマンチェスターの製造業者は、なんとか解決法をみいださねばならなくなっていた。
　ジェームズは彼らと接触し、路線の予備測量をしてはどうかと提案した。
　ダービー伯、ブリッジウォーター運河管理組合その他の団体がありとあらゆる手をつくして測量を妨害した。
　鉄道に敵意をもつ地主たちは、小作人たちを扇動して、測量隊が領地に足を踏み入れたらおそいかかる構えをみせた。
　測量隊のほうはけんか早い護衛隊を結成してそれに答えた。
　当然測量はひどく不完全なものになり、それから直接には何の成果もひきだせなかった。
　三年後、綿業のブームがおこり、事態はそれだけよけい耐えがたいものとなった。
　リバプールの主要な貿易業者百五十人はこう声明した。
　この国の増大しつつある取引を確実に、経済的に行なうために、新しい輸送路が絶対的に必要になった。」
　どうしたらよいか調べるため、委員会が作られた。
　委員には数人のクエーカーが含まれていたが、彼らは友人のヒースとスチブンソンがやっていることを視察するため代表団をダーリントンに送った。
　それはちょうど二人がストックトン・ダーリントン鉄道を建設している最中で、スチブンソンは代表団をキリングワースヘつれていって自分の機関車を見せた。
　代表団はリバプールとマンチェスターの間に複線の鉄道を建設するのがよいという報告書を出した。
　計画の目論見書は一八二四年に出された。それは用心深い、大変事務的な文書で、グラッドストーン、エワード、クロッパー、ポッター、シャープそのほか著名なランカシャー事業家たちが署名していた。
　鉄道は両市の間の通行時間を現行の三十六時間から約四時間に縮めるだろうとみつもられた。
　その価値はほとんど貨物の運送だけで評価されており、旅客輸送がどんな大きさになるかという見積もりはのっていなかった。
　必要な資本は四十万ポンドとみつもられ、百ポンド株四千株が発行された。
　だれも十株以上もつことは許されなかったので、主だったランカシャーの貿易業者と製造業者は大部分株をもつことになった。
　リバプール・マンチェスター鉄道会社は、はっきりとランカシャー産業家たちのものであり、彼らが自分たちで利用するために慎重に計画したもので、投機的な企業ではなかった。
　この会社は、自分たちの計画で使う機関車や、技術上の問題について、決定を下すのに役立てるため、さらに二つの代表団をキリングワースに送った。
　ウィリアム・ジェームズはそのころには破産してしまい、その地から逃げ出さればならなくなった。
　ジェームズは自分が測量した結果を会社に与え、技師にスチブンソンを推せんした。
　そこで会社は、スチブンソンに路線を新しく測量しなおすよう依頼した。
　ジェームズと同じく、スチブンソンも地主の土地に侵入すると小作人から攻撃を受けたが、おそるべき作戦指導力を発揮し、彼の「測量家たち」のほうが地主側の土地管理人や小作人より数が多いようみせかけた。
　後に会社設立の法案を審議する議会の委員会から、なぜダービー卿の領地に侵入したのかときかれたとき、彼はこう答えた。
　自分がそこへはいったのは、会社からそこを測量せよという命令を受けていたからである。
　彼は委員会でこうも語った。
　ブリッジウォーター公運河のもち主たちは、私を池の中へほうりこむぞとおどかしたので、測量の大部分は、居住者たちが食事している間か、または朝起きる前に、こっそりすまさなければならなかった。
　イチゴの床や麦畑にふみこんでつぶしたこともあった。
　おっかない牧師たちの土地は、彼らがお説教をしている間に測量した。

  10 鉄道建設の法案、敗れる top

　スチブンソンの測量は粗雑だった。彼は測量の専門家でなかったうえ、妨害のため多くの重要な測定をやることができなかったのだ。
　こんな薄弱なデータをもって、彼は一八二五年に下院の委員会に出頭し、鉄道建設に有利な証言をのべなければならなかった。
　反対派は、著名な弁護士たちをきら星のように総動員して自分たちの言い分を代弁させ、またその地の指導的な技術者をほとんど全部専門家証人に依頼していた。スチブンソンは、鉄道についていくらかでも知っていて、彼に肩をもつ証言をしてくれるような技術者を一人もみつけることができなかった。
　鉄道側の弁護団は、スチブンソンの大胆な見解にきもをつぶした。
　スチブンソンが自分の機関車は時速二十マイルで走るだろうと確信をもって予想するとのべると、「ブラファム（弁護士）は率直に彼にいった。
　「きみがその見解をもっとひかえめにしないと、否応なしに何もかもだめにしてしまうだろう。
　きみ自体は精神病院にいるのがふさわしい狂人とみなされるだろう、と。」
　スチブンソンが議会の委員会に出席したとき――それは彼にとって初めての経験だった――　十人の弁護士からきびしい反対訊問を受けた。
　弁護士たちは彼のノザンバーなまりをからかい、きみは外国人ではないのかとたずねた。
　彼が自分の機関車は時速十二マイルで走れるというと、弁護士たちは彼が気ちがいで、妄想症にかかっているのだろうとあてこすりをいった。
　彼らはスチブンソンに、なめらかな車輪がなぜ空すべりせず貨車を引っぱれるか、列車が急スピードでカーブにさしかかると、とび出してしまわないか、とたずねた。
　初歩的な機械理論で彼をつまずかせることも試みられた。
　弁護士はたずねた。――エンジンが時速十二マイルで走っているときに、ガラスが迷いこんできて、急に止めなければならないとなると、ひどくこまるのではないか。
　「そうです。実にこまったことになりますね――カラスのやつにとってはね」とスチブンソンは答えた。
　彼の測量の不完全さも容赦なくあばき出された。
　おしまいに彼は、幅四マイルもある大きな沼地チャット・モスをどうやってわたるかという問題を追及された。
　彼はその深さが三十七フィートもあることをたしかめていなかった。
　スチブンソンはらくに沼地の上に線路を敷けると全く自信満々のようにみえたが、ほかの技術者たちはみな、沼地をすっかり堀り上げて底に堅固な築堤を敷くことが必要だと信じていた。
　そうなれば、大変な大工事になってしまう。指導的な技術者が一人よばれて、コストの見積もりをした。
　彼はそれを二十七万ポンドとみつもった。弁護士団はスチブンソンを、専門家でないうえ正気でもなく、チャット・モスに「不可能な鉄道」を通すことを提案する、おそろしく無知な、自ら技師と称する男にすぎないときめつけた。
　二ヵ月にわたる争いの末、鉄道建設の権利を与えるための主要な条項はすベで敗れ、法案はひっこめられた。
　委員会の一員だったトマス・クリービーは、「この地獄のやっかいもの――八十トンもの貨物をつみ、煙をなびかせて走る機関車という化け物……この鉄道の悪魔はついにしめ殺された」と大喜びだった。

　11 鉄道計画、復活す top

　しかし鉄道の必要はますます切迫してきたので、リバプール選出議員のウィリアム・ハスキッソンが、会社にもう一度努力してみるようすすめた。
　この人はピットからビールまでの時代で最も有力な政治家・経済学者だった。
　こんどは、議会の手続きにも通じていた、指導的な土木技師レンニー一家が雇われ、新しく測量した。
　地主の狩場用地や、そのほか刺激しやすい場所を避けるため、特別な注意が払われた。
　レンニー一家の見積もりは、スチブンソンの見積もりよりはかなり高かったが、そのころには議員の裏面工作が前よりずっと効果をあげていたので、レンニーの見積もりを組みこんだ法案は無事通過した。
　法案を獲得するのに使った費用は二万七千ポンドだった。
　そこでジョージ・レンニーが会社の鉄道技師になるよう依頼されたが、彼はそれに一部の時間しか割けないといった。
　それで会社は、年俸一千ポンドでスチブンソンを技師に任命した。
　スチブンソンは直ちに工事の中の「不可能な」部分、つまり沼地チャット・モスの横断にとりかかった。
　彼は予定路線のわきに掘割を掘り、沼地の水をかいだしてだんだんに乾上がらせた。
　乾いた沼地にヒースでおおった簀垣（すがき）を敷き、その上に土か砂利をのせて、必要な高さまで盛りあがらせた。
　しかし場所によっては、いくら砂利をつぎこんでも地盤はさっぱり固まらず、全く際限がないようにみえた。
　とうとう、スチブンソン以外の人はみな勇気をなくし、前に議会の委員会で土木技師たちが出した報告は正しかった――
　建設は不可能なのだという結論に達した。
　計画の放棄を検討するため、取締役会が召集された。
　けれども、彼らは今までにあまりに多くの金を使ってしまったので、スチブンソンの表現によれば、心ならずも前進するほかないと感じた。
　そこでスチブンソンは沼地に投げこむ砂利の割合を増した。
　すぐに地面はかたくなり、六ヵ月後にはその上に機関車を走らせることができた。
　スチブンソンのアイディアは、築堤を沼地の中に浮かせることだった。
　船を水に浮かすことができるからには、水に浮く築堤を作ることもでぎるはずだと彼は論じた。
　彼が助けを求めたのはアイソスタシーの原理だった。アルプスもヒマラヤもこの原理によって地殻の中に浮いているのである。
　チャット・モスに線路を敷くための費用は、正統的な土木技師は二十七万ポンドとみつもったが、スチブンソンが実際に使った費用は二万八千ポンドにすぎなかった。
　これはスチブンソンの天才を示す最もめざましい例である。
　彼は科学の原理に深い洞察をもっていた。
　それは本から学んだものではなく、自力で基礎の原理から考えぬいたものだった（彼は他人にはいつも本を読めと忠告したが、自分は本を広げるとすぐその上で眠ってしまうのだった）。
　安全灯の発明も、彼の天才を示すもう一つの例である。
　一八四五年、彼がサー・ロバート・ピール（一七八八〜一八五〇。ランカシャー綿業家出身の政治家。一八四一〜四六年首相）の家にとまっていたとき、有名な植物学者バックランドと会話をかわした。
　「ところで、バックランド」とスチブンソンはいった。
　「列車を引っぱっている動力は何だろう？」
　「そうさな」とバックラントはいった。
　「それはあんたの大きなエンジンの一つだと思うよ。」
　「じゃあ、エンジンを動かすのは何だろう？」
　「ああ、ゆだんのないニューカスルの運転士じゃなかろうか。」
　「太陽の光じゃないかね？」
　「ほう、そりゃどういうことかな？」と博士はたずねた。
　「ほかでもないさ」と技師は答えた。
　「それは何万年ものあいだ、地球の中にためこまれた光だ――草や木が吸いこんだ光なんだよ。……」
　（光合成によって植物体がつくられ、それがもとになって石炭ができ、現在機関車を動かしている、という意味。
　　これは当時としてはかなり高度の科学知識だったろう。）

　12 スチブンソンの指導力 top

　スチブンソンは六十三の橋の建設を指導した。それにはサンケー運河をまたぐ高さ七十フィート、九つのアーチをもつ高架橋と、レインヒルの筋違い橋が含まれていた。
　リバプールの近くでは、かたい砂岩を切り開いて長さ二マイルにわたる深い切り通しが作られ、市へはいるところには長さ二二四○ヤードのトンネルが掘られた。
　切り通しや築堤のために、三百万立方ヤードもの土砂がはこび移された。
　こういった大工事を行なうための労働者部隊を編成することは、今までになかった新しい問題だった。
　大規模な労務請負人はそのころ存在しなかった。
　スチブンソンは運河を掘った経験のあるごく少数の男たちを雇った。
　彼らは運河、つまり航行（ナビゲーティング）用水路を掘るところから、「ナビゲーター」または短く「ナッビー」とよばれていた。
　工事がすすむにつれてその数はおびただしくふえ、数年のうちに二十万人近い大部隊に成長した。
　このような情況は、ピラミッドや、中国の万里の長城の時代からこのかた、一度も実現したことはなかった。
　労働者つまりナッビーたちは、無数の小集団に分かれ、鋤（すき）や、手押車や、馬がひく二輪馬車を使ってはたらいた。
　蒸気シャベルもブルドーザーもまだ発明されていなかった。
　彼らは沿線の小屋に住んだり、二十五人が一団となって木の小屋に寝とまりした。
　世間一般の給料の二倍が支払われたが、金は長い日数をおいてまとめてわたされた。
　だから給料包を受取ったときは包にはかなりたっぷりはいっており、彼らはそれをもって近所の村へ下り、どんちゃんさわいで、村の酒がすっかりなくなるまでのみつづけた。
　彼らはからだに筋力をたもつため牛肉やビールを大量に消費した。
　多くはジプシー・ショーとかファイティング・ジャックといったあだ名をもっていた。
　近代的衛生施設の創始者として知られるエドウィン・チャドウィックは、一八四五年に、彼らが独自の法律と習慣をもっていたと報告している。
　結婚式は、人がいっぱいつまったビヤホールの中で、カップルがほうきの柄の上をとびこえるという簡単なもので（「ほうきの柄の上をとびこえる」とは男女が内縁関係を結ぶことを意味する熟語になっている）、そのあとすぐその場で二人はベッドに入れられた。
　ナッビーたちは切り通しやトンネル工事に高度な専門的能力をそなえた労働者になった。
　彼らは最も危険で困難な仕事にたずさわることを最大の誇りとした。
　スチブンソンは、この種々雑多な人間から成る粗野な労働者部隊を指導するうえにすばらしい能力を発揮した。
　リバプールの下のトンネルを掘っていたときに、しめった砂とゆるい岩石から成る層にぶつかり、彼の不在のあいだにひどい落盤がおこったことがあった。
　彼が帰ってきたときには、労働者たちは現場からひき上げており、再び工事につくことを拒否した。
　彼は直ちに志願者をひきい、自ら一隊をひきいてトンネルにはいり、天井を修理して、安全に工事を再開できるようにした。
　ノザンバーランドの炭坑で落盤や爆発、不断の危険や事故をずっと長く経験してきたおかげて、彼は新しい鉄道工事に伴うあらゆる脅威に、不安もなく、この上ない熟練と落着きをもって対処することができた。
　この鉄道の建設は、鉱山技術に精通していなかったら不可能だったろう。
　工事の性格がユニークだったにもかかわらず、会社の役員たちは工事の進行をせかしてやまなかった。
　多額の投資に対する利益をみすみす失っていたからだ。
　スチブンソンは、労働者の二交替制を編成した。
　夜勤組はたいまつの光をたよりにはたらいた。
　息子のロバートに手紙を出して、南アメリカから帰って手伝ってくれと言い送ったのはそのころのことである。
　スチブンソンがこの鉄道の技師だったのに、列車を何にひかせるかはまだ最終的に決定されていなかった。
　さまざまな意見が衝突するのを見て、役員会は、五百ポンドの賞金を出して最もすぐれた機関車エンジンを募ることにきめた。
　それは二十トンの列車を引いて時速十マイルで定期的に走るもので、しかもボイラーの圧力は一平方インチにつき五十ポンド以内でなければならなかった。
　ほかにもこまごました規定がたくさんあり、値段は五五〇ポンドをこえてはならなかった。
　スチブンソンの指図を受けながら、息子のロバートは彼らの応募車「ロケット」号の設計と建造を監督した。
　機関車が十分な速度を出すには、ボイラーが以前の型よりもたくさん蒸気をつくらねばならないことは明らかだった。
　この問題は、会社の書記ヘンリー・ブースの示唆をとりいれたおかげで解決された。
　それは、煙道をたくさんの煙管にかえて、燃えた熱いガスが缶から煙突に達するまでに通過する面積をうんと大きくする方法だった。
　それによって、ガスが水を加熱する表面積が大いにふえ、同じ量のガスからたくさんの蒸気をつくることができた。
　スチブンソン父子は軽くて、バランスがとれ、すっきりしたデザインをもつエンジンを作ることに成功した。
　このエンジンは以後百年間にわたって、あらゆる機関車エンジンの生みの親となった。

　13 リバプール・マンチェスター鉄道の開通 top

　「鉄道への蒸気車の導入は、新しい時代――どんなに想像をめぐらしてもその究極の結果を思いえがくことができない社会的革命の幕を開いたといっても過言ではない。」
　ファニー・ケッブル（一八〇九〜一八九三。有名な美人女優。本名フランセス・アン・ケンブル。ケッブル一家は名優が輩出し、とくにセラ・シドンズとジョン・フィリップ・ケンブルが演劇史に名を残している）は当時年ごろの娘だったが、鉄道が開業する少し前に、ジョージ・スチブンソンその人が運転するロケット号にのせてもらい、機関車の踏板にのって線路上を走った。
　彼女は自分の体験を有名な手紙の一つに書き記している。ケンブルたちは何よりもさきに、エンジンに紹介された。

　鉄道は一八三〇年九月十五日に開通式を行なった。
　八つの列車がそれぞれスチブンソン製の機関車に引かれ、群衆の歓呼をあびながら、数百人の巡査や兵士が整列する前をリバプールから出発した。
　当時首相だったウェリントン公、サー・ロバート・ピール、ウィリアム・ハスキッソン氏も、諸名士にまじって祝賀列車に乗りこんだ。
　リバプールから十七マイル行ったところで、列車はとまり、エンジンに水を補給した。
　機関車「ノザンブリアン」号はウェリントン公の車両をつないだまま、側線に引きこまれ、他の列車は分列行進みたいにそのわきを通りすぎた。
　列車が隊伍を整えている間、ハスキッソンは自分の車両から下り、あちこち見てまわった。
　ウェリントン公は、ハスキッソンとの仲が冷たくなっていたので、彼の姿を見るとあいきょうよく手を振った。
　ハスキッソンは公と握手しようと思い、線路を横切った。
　彼はついうっかりと、走ってくる「ロケット」号の直前を横断し、ひかれた。
　彼は重傷をおい、医師の治療を受けるため時速三十六マイルのフルスピードでエックレスに運ばれたが、数時間のうちに死んだ。
　ハスキッソンはほかのどの政治家にもまさって鉄道建設法案獲得のために力をつくしたのだったが、不運にも開通式の日に殺されたのである。
　悲劇的な事故はおこったものの、鉄道はすぐさま成功した。
　とくに旅客輸送がめざましかった。旅客数は一日五百人という見積もりだったが、実際の数は最初から一日約一二〇〇人だった。
　リバプールからマンチェスターまで、馬車で四時間かかるのに、汽車は約一時間半しか、かからなかった。
　年間利益は見積もりより三十パーセントほど高かった。
　鉄道沿線の地主たちは、建設にあれほどひどく反対したのだが、自分たちの土地の値段がどんどん上がっていくのに気がついた。
　リバプール・マンチェスター鉄道は近代の規準からみて最初の完全な鉄道だった。
　その成功をみて、世界各地で公有鉄道が次々に建設されるようになった。
　ジョージ・スチブンソンと息子は、そのあともっと大規模な鉄道工事を手がけるようになったが、その後のどんな鉄道も、世界を完全に一まわりする鉄道でさえ、このマンチェスター・リバプール鉄道より大きな重要性をもったものは一つもなかった。

　14 ロンドン・バーミンガム鉄道の建設 top

　スチブンソン父子はこんどはロンドン・バーミンガム鉄道の技師に任命された。
　地主の反対は、もはや腕づくでもという手荒いものではなくなり、金銭目当てのものにかわった。
　二十五万ポンドと評価された土地を買い入れるのに七十五万ポンドが支払われ、鉄道建設法案を議会に通過させる費用は七万二八六八ポンドだった。
　ノザンプトンの住民たちは反対者にそそのかされて、線路が自分たちの町の近くを通らないように要求した。
　要求にそうためには、近くのキルスビーの丘の下に長さ二四〇〇ヤードの大トンネルを掘ることが必要になった。
　トンネル掘りがはじまってまもなく、当事者は地下に巨大なクイックサンド（流砂）の層がかくれていて、これにぶっかったら地下水が大氾濫するだろうということを知った。
　測量家たちが行なった予備的ボーリングでは、この層の存在は気づかれなかったのだ。
　トンネルの請負人は、目前に待ちかまえる危険と損失にふるえあがり、そのショックで本当に死んでしまった。
　この難問をどう解決するかについて、多くの技術者が相談を受けたが、大多数の意見はこれ以上の前進は不可能だから、そのトンネルを捨てるべしというのだった。
　そういう報告があったあとで、ロバート・スチブンソンは自らトンネル完成の責任を買って出た。
　最大の蒸気ホップ機関十三台を並べてすえつけ、水をかいだす一方、数組のレンガ職人がレンガをつみ、セメントで固めてトンネルのアーチを作っていった。
　やがて水がすごい勢いでほとばしり出たので、人々はあわててイカダの上にはい上がったが、水かさは刻々と増し、トンネルの天井に打ちつけられてつぶされる危険がせまった。
　技術者の一人が水にとびこみ、イカダの綱を口にくわえて引っぱりながら、換気用の縦穴の下まで泳いでいった。
　イカダにのった人々は縱穴にとりつき、丘のてっぺんから下ろした綱にすがって、地上へ引き上げられた。
　これでトンネルは氾濫する地下水によりすっかり水没するものと思われた。
　しかしロバート・スチブンソンはなおもエンジンを動かしつづけ、やがて水は引きはじめた。
　トンネルは十八ヵ月かかって完成し、使われたレンガは全部で三千六百万個に達した。
　その費用は、はじめの見積もりは九万九千ポンドだったが、実に三十五万ポンドにのぼった。
　しかしこのほかにも思いがけない大きな出費があったにもかかわらず、鉄道が一八三八年に開通すると、すぐさま多額の配当を支払った。


　15 先駆者たちのはたらきぶり top

　これら技術のパイオニアたちの労働条件は超人的だった。
　ロバート・スチブンソン輩下の若い製図者ジョン・ブラットンは、ロンドン・バーミンガム鉄道で使う諸図面をどんなやり方で整えたかを書き残している。
　大きな請負師がいないため小さい会社をたくさん使わなければならなかったから、さまざまな分担部門をうまく調整し、たくさんの個々の会社を一体としてはたらかせるために、非常に多数の図面を作らなければならなかった。
　そのころ、セント・ジョンの森の近くにあるエア・アームズという居酒屋（タバーン）が空いていたので、ロバート・スチブンソンが賃借りした。
　古いダンス室が製図室にかえられた。
　勤務は二交替制で、昼勤の二十人の製図者が休みなしに図面を書いたあと、夜勤の別の二十人がぶっつづけに製図した。
　一つのセクションに使う図面はすベで二週間以内に整えなければならなかった。
　ブランドンはその二週間のうちベッドにはいれたのはたった一晩だけだった。
　全部の図面ができあがると、ジョージ・スチブンソンその人があらわれて、こういった。
　「ハロー、ブランドン。今晩この図面をバーミンガムまでもっていく奴が一人もみつからないんだ。
　だからおまえ、これをもっていけ。」
　ブランドンはここ二週間ろくろく寝ずに仕事をつづけたのだとぶつぶついったが、それでも出かけた。
　彼は乗合馬車の端の席しかとれなかった。坐るとすぐにぐっすりねこんでしまい、バーミンガムでゆりおこされた。
　図面を渡したあと、コベントリーにいる親戚のところにいってとめてもらった。
　彼はベッドにはいると、三週間無意識のまま眠りつづけた。
　ロバート・スチブンソンは、ロンドンとバーミンガムの間の線路を建設する間に、測量やら工事の監督やらで、全距離を二十回歩き通した。これは二千マイル以上にあたる。
　ジョージ・スチブンソンは、進行中の工事を視察にいったときには、その場で手のあいている若い技術者をとっつかまえて、秘書の役をさせるのが習わしだった。
　マンチェスター・リード鉄道を建設していたとき、ブランドンをある職につけた。
　ある日スチブンソンが工事の点検にやってきたので、ブランドンは秘書の役をつとめなければならなかった。
　スチブンソンは、リバプール行きの急行に間に合うよう、ウェークフィールドからマンチェスターまで乗せてくれる馬車をつかまえてこいと命じた。
　馬車はすぐにみつかり、ドライブはスタートした。
　二人がリトルボローについたとき、皮のエプロンをつけた男がでてきて、通行税取立所の門を開いた。
　「おい、おまえさん、靴屋だろ？」とスチブンソンはきいた。
　「ああ、そうだよ」と男は答えた。
　「靴屋なら、靴の縫い糸に使うロウの作り方を知っとるだろうな？」
　「いや、知らんよ、いつもよそから買っとる」
　「なんだと？　靴屋のくせに、縫い糸のロウの作り方を知らんのか。ドアを開けろ、ドアを開けろ！」
　ブランドンは、ぐずぐずしているひまはありませんよ、馬車から下りたりなどしていたら、マンチェスターで急行に乗りおくれますよ、と文句をいった。
　だがスチブンソンは答えた。
　「なんの、それどころか。ここには縫い糸のロウの作り方を知らん靴屋がいるんだからな。」
　『このあたりの会話はひどいノザンバーなまりで書かれている』
　スチブンソンは馬車の外に出て、靴屋にロウの作り方を教えた。二人は列車に乗りおくれた。
　しかしブランドンはスチブンソンから、自立独行の精神と、自分の職業のあらゆる細部に熟達することがどれほど有利かということについて、長々と、しかし実におもしろい講話をきかされたのだった。
　ジョージ・スチブンソンは鉄道の着想と建設の面で巨大な業績をなしとげたが、事業の発起や資金調達といったことは、彼のアイディアや能力の範囲外にあった。
　そういう領域はほかの人々にまかせた。
　ストックトン・ダーリントン鉄道、リバプール・マンチェスター鉄道のビジネスを遂行したのは、主として非常に有能なクェーカーたちだった。
　彼らは、慎重で堅実な原理にのっとって仕事をした。

　16 鉄道が投機の対象になる top

　これら最初の鉄道が予想外に大きな金銭的成功をおさめたことは、直ちにクェーカーたちとはちがった原題に立つ人々を引きつけた。
　こういう人たちは、できるだけ手っとり早く金をもうけることだけを望み、鉄道を投機的な投資にぴったりの豊富な新鉱脈とみなしたのだった。
　一八四○年代のイギリスは、約百年にわたる産業革命をちょうど完了したところだった。
　産業革命の資金は主として外国貿易の利益から調達された。
　この利益は徐々に増加しつつあるうえ、蒸気機関で動かされる新しい機械工業から生じる利益がさらに加わってきていた。
　この新しい資本の蓄積は、労働人口が大幅に増加したことにより、さらにいっそう大きなものとなった。
　労働人口は一七五一年には七二五万人だったが、一八三一年には一六五三万九千人となった。
　同じ期間に、労働者たちの生活水準はほとんど上昇しなかった。
　ジョージ・スチブンソンその人の若いころの労働条件をみると、毎日十二時間はたらいて一週間十二シリングもらって喜んでいた。
　一六○マイルもの坑道が稼動しているキリングワース炭坑の機関工をつとめたときも、責任はひどく重いにもかかわらず、年俸たった百ポンドしかもらわなかった。
　初期の鉄道ではたらいた土工たちは、普通の作業に対しては一日二シリング六ペンスをもらい、トンネル掘りのような危険で困難な仕事についたときは最高五シリングもらった。
　たとえばデボンでは、請負人たちは労務者を自分が建てた掘立小屋に泊めたが、一部屋一週につき三シリングの料金をとった。
　建設用地はたいてい人里はなれたところにあったから、労務者たちは食料や生活必需品を、請負人が経営する売店で買うよりはかなかった。
　請負人は「大量の粗悪品」を店で売りさばいた。
　労務者たちが自分の手で調達するほかには、福利厚生の施設は何一つなかった。
　彼らは自分たちの病人クラブを組織したが、これは事故がひどく多かったから特に必要だった。
　殺される者、不具になる者の率は大変に高く、若い盛りをすぎればもう体力が衰えてきつい作業をやることができなかった。
　手仕事を身につけてもいないし、社会保障もなかったから、彼らの多くは目もあてられない貧乏の中で死んだ。
　労働組合はまだ、大量の工業労働者のために膨大な新しい富の中からより公平な分け前を獲得できるほど十分発達していなかった。
　したがって、新しい富の大部分は、比較的少数の人々の手にはいった。
　このグループの内部に、さらに少数ではあるが進歩的な工業家がいて、自分の資本を利益の増加のためばかりでなく技術の改良のためにも使おうと願っていたが、しかし中級の事業家や専門家の大多数は、配当の大きさにしか関心をもたなかった。
　この富の蓄積をいっそう促したものは、サー・ロバート・ピールの政府がとった、食料のコストを引き下げ貸出金利をごく低くおさえるという政策だった。また一八四二年の大豊作といった幸運な事情もそれに拍車をかけた。
　こうして、投資階級が投機に向けることのできる資金は、以前よりもたくさんあった。
　彼らの大部分は、自分が専門的知識をもっていない計画にも喜んで資金を出した。自分の気に入るような、もっともらしい議論を耳にすると、すぐ真に受ける傾向があった。
　リバプール・マンチェスター鉄道の成功をみて、何十という地方鉄道システムの計画がたてられ、建設もはじまった。
　たいていの地方鉄道で、大株主となったのは、地方の実業家たちだった。

　17 規格統一の問題 top

　建設的な想像力をもつ少数の技術者――ジョージ・スチブンソンはその代表例だが――は、工業・金融の大中心地を結びっける国家的幹線システムを心にえがいていた。
　スチブンソンは、地方の独立した鉄道システムがそれぞれ成長し、ついに互いに相接するようになったとき、どんな大きな困難がおこるかを見こしていた。
　彼が四フィート八インチ半の軌間にあれほど固執した理由の一つは、これが広く一般的に採用されたら将来鉄道を国家的に編制するさい、困難が軽くなるだろうと考えたからだった。
　しかしスチブンソンは政治家でもなければ金融家でもなかった。
　彼は国家的鉄道システムがなければならないことをさとってはいたが、どうしたらそれを実現できるかはわからなかった。
　地方鉄道の株主には、ほとんど何の期待もよせられなかった。
　彼らは鉄道を私有財産とみなしていた。
　彼らに、彼ら自身のものをこんなふうに扱えと命じる権利は何人ももっていなかった。
　しかし一部の政治家たちは、鉄道の規格を統一するため何らかの処置をとることがさし迫って必要だとみてとった。
　一八四四年に、若い閣僚で商務長官だったグラッドストーン（一八〇九〜九八）は、鉄道に統制を加え、それを一つのシステムに統合する手続を開始するための法案を、精力的に準備した。
　この法案に対して、鉄道に利害関係をもつ下院議員たちが強力に反対した。
　彼らは主要な条項のうち二十四を削除せよと強硬に主張し、それによって法案を骨抜きすることに成功した。
　グラッドストーンはそのあとすぐ、首相ビールに、鉄道に縁故関係があるので面目なく感じるとのべ、閣僚を辞職した（彼の親戚の何人かは、リバプール・マンチェスター鉄道の最も重要な株主だった）。
　グラッドストーンが鉄道関係者の議論に太刀打ちできないと感じたのか（彼らはグラッドストーン自身が唱えた「レッセ・フェール」（自由放任）を逆手に使って言いぶんを表現した）、それとも、自分の政治思想と矛盾してはいても正しいと知ったことをやってのけるだけの道徳的強さをもっていなかったのか、どっちかだったことは明らかである。

　18 ハドソンが地方鉄道合併をすすめる top

　グラッドストーンに代表される月並みの政治家たちは、鉄道を体系化することができなかったか、やろうともしなかったから、この国家的に必要な事業はだれかほかの人の手で行なわれなければならなかった。
　歴史的にみて、このような事態を、政治家にかわって打開しようとつとめる人は、強い個性をもつ、いささかいかがわしい人物なのが通例である。
　イギリスの鉄道システムの場合、その役目は、ジョージ・ハドソンというヨークのシャツ類販売商にまわった。
　ハドソンは一八〇〇年ヨークシャーの農家に生まれ、ヨークで衣服商の雇い人になり、結婚によって雇い主の一族に加わった。
　あるからだの弱い親戚を大変親切に看護したが、その病人はまもなく死に、二十七歳の彼に三万三千ポンドの財産を遺贈した。
　彼はその地方のトーリー党を精力的に後援することによって自分の社会的地位を高めようとした。
　多くのトーリー党の紳士は、一八三二年の選挙法改正により、トーリー党が大敗北したさい、政界からほうり出されたが、彼はくじけなかった。
　彼は党勢の回復につとめ、一八三五年の選挙ではトーリー党の選挙運動をたくみに組織して一議席を取り戻すことができた。
　しかし彼のやり方はあまりに強引だったので、議会から喚問されるはめになった。
　だが議会の委員会は、選挙運動がきれいかきたないかという点では、両党ともドッコイドッコイだから、選挙のやり直しはしないという結論に達した。
　こうしてハドソンは、その地のトーリー党の貴族から、絶対の信頼と支持を受けるようになり、彼らはハドソンを援助して銀行を一つ創立させたし、後年になって彼をめぐってきわめて不明朗な波乱がまきおこったときも、頑固に彼を支持した。
　彼は生来の素質からして、初期の政治的経験から紳士気取と世論操縦術に関し多くのことを学びとることができた。
　彼はヨークの市長になり、自分の銀行の頭取をつとめ、ヨークシャーの地主たちの間にたくさんの友人をもっていた。
　鉄道が発展するにつれ、彼はヨークへの鉄道誘致を説いてまわる地方委員会に加わり、その会計係をつとめた。
　ハドソンはホイットビーの近くに土地を手に入れていたので、ホイットビーからピッカリングにいたる小さな馬ひき軌道が完成したとき、その地の地主として開通式に参列した。
　この式にジョージ・スチブンソンも招かれて出席したので、ハドソンは彼と知合いになった。
　二人の男は一目でお互いが好きになった。
　スチブンソンはノザンバーなまりをむき出しでしゃべり、ハドソンはヨークシャーなまりむきだしでしゃべった。
　二人ともはじめ田舎の少年として苦労して育った。スチブンソンはハドソンと一緒にいると気がのびのびし、彼の早い理解力とすぐれた事業能力に驚嘆した。
　ハドソンはスチブンソンから、国家的鉄道システムという雄大な構想をきかされ、設立されつつある無数の小鉄道会社を統合する必要のあることを教えられた。
　ハドソンは鉄道投資家の大多数がいだいている貪欲な精神を底の底までみぬいた。
　彼自身もやはり地方事業家で、同じ階級の典型的な一員だったからだ。
　しかし反面、彼はスチブンソンのアイディアに反応するだけの想像力をそなえていた。
　彼は自分自身を長にいただくような、国全体を統合する鉄道システムを創造したいと思った。
　スチブンソンの主要構想を実現するには、鉄道投機家自体の貪欲をうまく利用すればよい。
　ハドソンは、この大変好景気の時期にあっては必ず繁栄するにきまっているいくつかの地方鉄道会社の会長になり、宣伝手段をうまくあやつることにより、彼は金融の天才だという評判をうちたてた。
　ハドソンは、めざましい鉄道の発展をひきおこした国民感情にうまく乗り、個人が地方性の束縛から解放されること、スピードのロマンス、数百万の人々が休日に海岸にいくことにより、健康の新しい可能性が開けること、などを宣伝に利用した。
　彼はスカボローが人気のある休日の遊び場として発展する端緒をつくった。
　ハドソンは一八四四年にグラッドストーンの鉄道統制の試みを挫折させた、あの反対運動の音頭をとった。
　グラッドストーンが屈服したのはハドソンと個人的に会見したあとだったといわれる。
　あくる年にはハドソン自身がホイットビー選出議員として議会に登場し、正面席に陣取った。
　ブームに乗るいくつもの鉄道会社の会長だったから、彼は赤字経営の鉄道会社から役員に加わるよう招へいされた。
　ハドソンはロンドンに大きな会社を設立した。彼が欠損を出している会社の支配権をにぎると、とたんにその会社は相当な配当を支払うようになった。
　大多数の株主は彼の登場を喜び、口をきわめてほめそやした。
　ウェリントン公は彼のもとを訪れ、自分の妹がある鉄道の株を買ったが、それは非常に期待を裏切るものだったと話した。
　妹にはなんといってやったらよいだろうか？　
　ハドソンは即座に事態を把握し、私が何とかしましょうとうけあった。
　公が去ると、ハドソンは、そのつぶれかかった会祉の株を買いしめるよう命じた。
　株の値段が上がり、額面価格に達したとき、彼はもとの金額を公の妹に返した。
　ウェリントン公は再び彼を訪れ、厚く礼をのべ、お返しに何かできることがあるかとたずねた。
　ハドソンは、自分の娘がパンプスデッドの上流学校にいるのだが、自分が平民の出なので、ほかの少女たちから冷たいあしらいを受けていると語った。
　公は、自分がその少女を訪問しよう、そうすれば彼女がどんなに高位の友人をもっているかがはっきりして、その種のトラブルはなくなるだろう、といった。
　公は約束どおり、その学校を訪問した。
　ドアをあけた召使は、女校長に、ウェリントン公爵がハドソン嬢に敬意を表するためお見えになりましたと告げ、校長は腰をぬかさんばかりにおどろいた。
　少女がよび出されると、公は彼女に花束をおくり、一緒に庭園内を歩きまわり、鄭重な会話をかわした後、別れを告げた。
　一八四七年に、プリンス・コンソート（イギリスの女王の夫の称号）がケンブリッジ大学の名誉総長に就任したとき、ハドソンは個人的に特別列車を仕立てて女王とその夫をロンドンからケンブリッジまで運んだ。
　彼は女王を楽しませるため壮麗な大天幕を建て、女王の乗る特別車はぜいたくな室内装飾品で飾り立てた。
　彼は個人的に女王がロンドンで列車に乗りこむのを見送った後、列車がケンブリッジにつくと、プラットホームにとび下りて特別車にかけより、ドアを開けてうやうやしく女王をむかえた。
　女王は彼がさし出した腕につかまって、大天幕の中へ案内された。
　彼はあとで女王から、いたれりつくせりの準備を感謝する書簡を受取った。
　ジョージ・スチブンソンは特別な機会があれば喜んでハドソンに同行した。
　ロンドンからニューカスルまでの線が一八四四年に完成されたとき、特別列車が仕立てられ、一団の指導的鉄道人をのせて三〇三マイルの道程を九時間ちょっとで走った。
　ハドソンはこの儀式の主催者をつとめたが、まるでスチブンソンのパトロンのようにふるまい、ニューカスルで彼を紹介して大かっさいをあびた。

　19 ハドソンの没落 top

　その間、ハドソンは資本金をとりくずして配当にあて、またある会仕からの利益で別の会社の赤字を埋め、嘘の貸借対照表を出していた。
　投資家たちはいっさいを彼にまかせっぱなしにして喜んでいた。
　彼は小さい鉄道会社の合併をしゃにむに押し進め、それらの経理をすべて一緒くたにした。
　実状を知るものはほかに一人もいなかった。
　一度卵をかきまぜてしまうと、もうもとどおり黄身と白身を分けることはできない。
　ハドソンが株主たちをあやっっている一方で、スチブンソンは議会の委員会で鉄道統合法案の技術上の舵とりをつとめた。
　気ちがいしみた投機熱がまきおこり、この時期は後に鉄道狂時代といわれるようになった。
　新聞は毎週一万四千ポンドもの鉄道株広告料を受けとっていた。
　新しい鉄道は、新聞紙を運ぶ道具でもあれば、新しい鉄道発起目論見書――ちゃんとしたものもあるが、根も葉もないインチキもある――をまきちらす源でもあった。
　一八四四年十一月までに、計画された路線の総資本は五億六三二〇万三千ポンドにのぼった。
　その年のイギリス政府の全予算は六千万ポンドにすぎなかった。
　公共の寄付によりジョージ・スチブンソンに賞金を与える提案が出された。
　ハドソンは間接の形で、自分にも褒賞を与えるべきだと示唆した。
　スチブンソンの褒賞はのびのびになったが、公衆はハドソンに三万ポンドをおくって感謝の意を表わした。
　エミリーとアンのブロンテ姉妹もそれぞれ一ポンドを寄金した。
　ジョージ・スチブンソンは北部の鉄道の中心をリースとするよう示唆したが、ハドソンは自分が住むヨークの町に変えてしまった。
　一八四九年になると、ハドソンの誤魔化しは隠しきれなくなり、もう人をあざむき通すことはできなくなった。
　委託金使い込みは明白になり、彼は債権者の追及を逃れるためフランスへわたった。
　彼は約三千万ポンドの国富を浪費したのだが、それでも起訴されなかった。
　それは一つには当時の会社法が不備だったからであり、またあまりにも多くの有力者が関係していたからだった。
　数年の亡命の後、ハドソンはイギリスへ帰った。
　イギリスでは彼を尊敬する人々が寄金をつのって年六百ポンドの年金をおくり、彼はカールトン・クラブ（トーリー党本部）の喫煙室の長に再び選ばれた。
　彼は罪の意識をこれっぽっちも示さなかった。
　それどころか、鉄道の統合を達成することによって、社会に大きな奉仕をしたのだと言いはった。
　自分は目的に必要な手段を使ったにすぎない。
　以前彼を讚美した人たちがいま手のひらを返したように無礼きわまる悪口をいっているのは、自分の名誉を傷つけるものだと彼は感じた。
　十九世紀の自由放任主義の実業家や投機家が主張するままに、彼らの建設事業に無方針に融資したおかげで、イギリスの鉄道の建設費用は、正当な額のほぼ二倍もよけいかかった。
　この過度の資本投下は、賃金を低くおさえ、改良のための支出を切りつめるという政策を強め、以来この傾向はイギリスの鉄道につきまとって離れない。

　20 隠退と死 top

　ジョージ・スチブンソンは一八四○年から、鉄道経営の指導から手をひきはじめた。
　彼はクレイ・クロスで新しい炭坑を開いた。
　将来鉄道によりミッドランド（イングランド中部）からロンドンへ石炭を供給するようになるだろうとみこしたからだ。
　チェスタ・フィールドに近いタプトンに立派な屋敷を建て、温室でパイナップルを育てたり、まっすぐなキュウリを作ろうとしたり、家畜にえさをやったりして多くの時間をついやした。
　「ハドソンは今では私にとってえらすぎる人になった。
　私はニューカスル・バーウィック線のやり方には全く納得いかないし、それに積極的な役割をつとめる気はさらさらない。
　私はハドソンを金持にしたが、彼は人が金もうけに利用できなくなるとすぐにかまわなくなってしまうのだ。」
　ジョージ・スチブンソンと息子は、あぶないところでハドソンの計画に金銭的にまきこまれずにすんだ。
　――ロバートは三十四の路線になお関係をもっていたのだが。
　ハドソンが虚名の絶頂にあったときは、公爵、伯爵、准男爵や、社会のあらゆる部面からの投機者たちが彼のまわりをとりまき、うまい金もうけの情報をもらおうとしてチヤホヤごきげんをとったものだった。
　彼はよくヨークシャーの大きな別荘で大規模なパーティーをもよおした。
　力ーライルはこう報告している。
　ハドソンは正餐の直前にはじめて客たちの前に姿をみせ、「主としてシャンペンや、他のワインをのむ。」
　そのあと、「全く何も食べないか、固形の食物をせいぜい一オンスとる。」
　そのあと、「事業と気ちがいさわぎにくたくたになって、ベッドにころがりこむ。」
　彼はあくる朝早く家を出、客たちは、「急行列車によって国中どこへでも送りとどけられる。」
　スチブンソンの息子とワットの息子との間にはよく似たところがある。
　ロールはこう評している。ジェームズ・ワットとマシュー・ボールトンは蒸気機関を商業的に採算のとれるものにし、彼らの息子はそれを製造した。
　ジョージ・スチブンソンは鉄道を商業的に採算のとれるものにして、彼の息子は、それの建設と製造を一つの産業にかえた。
　彼らの息子たちは、父たちほど独創的ではなかったが、よりよい教育を受け、最終的にはより月並になった。
　どの場合でも、息子は父より約三倍大きい財産をつくった。
　息子たちの任務は、父たちの発明を消化して現存する社会体系に奉仕させることだった。
　父たちは何よりもまず創始者だったが、息子たちは何よりもまず、よい教育を受けた工業経営者だった。
　ジョージ・スチブンソンは晩年になると、機械工協会に好んでやってきては、夜間（昼問十時間はたらいたあとで）勉強する機械工たちに語りかけ、彼らの科学知識を深めることにつとめた。
　スチブンソンは工員たちをまわりに集めて、自分の若いころの話をし、また自力で考え、実験することの大切さを教え、忍耐強くがんばれば、みたところ乗り越えられそうもない困難もついには克服できるものだと説教するのだった。
　彼は個人的努力なしで生活や社会の問題を解決できるとはけっして考えなかった。
　彼は何回もナイト叙位を申し出られたし、王立協会の会員選挙にも立候補するよう勧誘されたが、「自分の名に空虚なものをつけ加えることはいやなので」それらの名誉を断った。
　彼は土木技術家協会の会員にはなりたかったらしいが、この協会は彼がこの職業につくための徒弟奉公をまるきりしなかったので、「試験」を受けたうえでなければ会員にしないと言いはった。
　スチブンソンは、「たとえはいったとしても、まっすぐ立ったきりで、一インチたりとも身はかがめないだろう」といった。
　こんなわけで、彼が特別会員になりたがっていたただ一つの技術者の協会にも、けっしてはいらなかった。
　ジョージ・スチブンソンは一八四八年に死に、十四万ポンドの財産を残した。
　一八五〇年に、ロバート・スチブンソンはこういった。

　九年後に、ロバート・スチブンソンも死に、四十万ポンドの財産を残した。
　まもなく、父と息子の記念像がウェストミンスター寺院に建てられた。

　　参考文献 top

　サミュエル・スマイルズ『ジョージ・スチブンソンの生涯』ジョン・マレー社、1857年。、
　アーサー・エルトン『イギリスの鉄道』コリンズ社、一九四五年。
　クリスチャン・バーマン『初期のイギリスの鉄道』ペンギン・ブックス、1950年。
　Ｒ・Ｓ・ランバート『鉄道王』アレン・アンウィン社、1934年。
　Ｊ・Ｈ・グラファム『近代イギリス経済史――初期鉄道時代1820〜1850』ケンブリッジ大学出版部、1826年。
　Ｊ・Ｃ・ジェファーソン『ロバート・スチブンソンの生涯』1846年。
　Ｃ・Ｒ・フェイ。『アダム・スミスから今日までのイギリス』ロングマンズ・ダリーン社、1946年。
　『ジョン・ブラントンの本』Ｊ・Ｈ・クラファム序、ケンブリッジ大学出版部、1939年。
　Ｗ・ジャックマン『近代イギリスにおける交通の発達』2巻、ケンブリッジ大学出版部、1916年。

　（トレビシックの最初の蒸気機関車（3節）については、サトクリッフ著・市場訳『エピソード科学史』�W巻20章に、安全灯に関するスチブンソンとデービーの優先権争い（5節）については同�U巻14章に、かなり詳しい記述がある。）