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14　二人の発明家の対立する主張

　1 炭坑の灯り top

　石炭を掘りだす仕事は、昔も今も大変危険だ。
　それは、落石で死傷することがあるだけでなく、坑内ガスとよばれるガスが存在するからだ。
　このガスの化学名はメタン（化学式はＣＨ4）で、どんな炭坑にも存在する。
　それは石炭層の割れ目やすきまから、強い風のような音をたてながら、強い力で噴き出してくる。
　それで、以下の物語の時代には、炭層の割れ目を「噴き出し（ブロワー）」とよんでいた。
　坑内ガスに、その体積の四倍から十二倍の空気がまじったものは、火をつけると爆発する。
　いちばん爆発しやすいのは、ガスと空気七か八の割合でまじった混合物だ。
　ガスの体積の十二倍より多く空気がまじったものは、うす青い炎をあげて静かにもえる。
　その点ではそれはガス工場でつくった家庭用石炭ガスに大変よく似ている。
　炭坑夫は、暗い坑内で仕事をするのになにか灯りをもたなければならない。
　長年にわたってロウソクが使われたが、ロウソクを持ち込めるのは、坑内のガスと空気の割合が爆発をおこさない範囲にある場所だけだった。
　だから炭坑の中ではだか火を使うことはいつも危険だった。
　海に近い少数の炭坑では、おもしろい灯りが使われた。
　ある種の魚のうろこは、くらやみでも光るというかわった性質をもっている。
　そこで坑夫は、うろこを木の板にはりつけて、坑内にもちこんだ。
　うろこからうすい光が出て、ほんのかすかだがまわりを照らした。
　一七四〇年ごろ、ホワイトヘヴン炭坑の技師でスペッディングという人が、火花をつくる「スチール・ミル」とよばれる照明機械を発明した。
　これは、ガスと空気の混合割合があまり爆発的でない場所、つまりはだかロウソクの火では爆発しても火花程度なら爆発しないようなところで使うことができた。
　それは一口にいって、鋼鉄の回転板のふちをギザギザにし、それに火打石をおしつけたものだった。
　回転板を手で速くまわし、ギザギザのふちで火打石をこすると、火花がとび出た。同じような火花をつくる方法は、近代のタバコのライターにも応用されている。

　2 デービー、安全灯を発明 top

　一八一三年に「炭坑事故予防協会」が結成され、イングランド北部の有力者の多くが会員になうた。
　会員の一人に、ニューカッスルに近いヘワースの教区牧師、ジョン・ホジソン師がいた。
　彼は石炭業のことをよく知っており、この協会には特別興味をもっていた。
　ことに、近くのある炭坑でおそろしい事故がおこって、九十人以上が殺されてからはいっそう関心をかきたてられた。
　一八一五年にホジソンは、北イングランドを旅行していた有名な科学者ハンフリー・デービー（一七七八～一八二九）に会い、二人で炭坑の安全装置について議論した。
　それでデービーはこの問題に興味をもつようになり、数ヵ月のうちに彼の安全灯を発明した。
　一三一ページのさしえにそれを示す。
　これは火のついた芯をこまかい鉄の網で囲ったもので、網の目を通して燃焼に必要な空気がはいってこられるし、燃焼で生じた排気も出ていける。
　しかし炎は網の目を通過しないので、外をとりまく坑内ガスと空気の混合物には火がつかなかった。
　もっと後の型では、金網のいちぱん下の部分はガラス円筒にかえられた。
　ハンフリー・デービーは彼の最初の安全灯をホジソンに送り、きびしく試験してくれるようたのんだ。
　最初の試験は炭坑から坑内ガスを排出する鉄管の口で行なわれた。
　安全灯は明るくもえたが爆発はおこらなかった。
　ホジソンは次に、炭坑内で換気がよく行なわれている場所でためしたが、やはり安全にもえた。
　これで彼は勇気づき、もっと深刻な実験にとりかかった。
　彼の伝記にはこう書いてある。①

　「安全灯の安全性に関する疑惑をのこらず取り除くため、彼は自分でそれをもって、炭坑内の換気がきわめて困難なところ――人間がロウソクの光で仕事するのは全く危険と考えられた場所――へ出かけた。
　そこには一人の男がスチール・ミルの光を使って仕事中で、石炭柱を切っていた。」

　説明はつづく。

　「その男はこれからどんなことがおこるのか全く気づかなかった。彼はただひとり、大きな危険をもつ大気の中に、生と死の中間にいた。
　そのとき彼は一つの灯りが近づいてくるのを見た――どうもそれは、裸でもえているロウソクのようだった。
　そんなものを持ち込めば、彼自身も、灯りの持ち主も、一瞬のうちにふきとんでしまうだろうことを彼は知っていた。
　彼はすぐどなった。『おい、ロウソクを消せ。』
　灯りはますます近よってきた。彼がどんなに叫ぼうが、相手は全く耳もかさなかった。
　そのころには彼の叫びは、こんなにも速く確実に死を誘いつつある仲間――彼はホジソンを仲間の坑夫と思ったのだ――に対する呪いの言葉をまじえた、すさまじい金切り声になっていた。


ローソクの火を消せ。な、たのむから消してくれよ！

　それでも相手は一言も答えなかった。灯りはなおも近づいた。
　とうとうのろいは、頼みをきいてくれという哀願にかわった。
　ついに彼の前に、その勇ましく考えぶかい人が立った――口には出さないが、心に喜びをいっぱいみたしながら。
　坑夫はその人をよく知り、尊敬もしていた――
　四年前、おそろしい炭坑爆発のあと、仲間の坑夫九十一人の遺体を同じ一つの墓にほうむった人だった。
　その人はおだやかな微笑を浮かべて目の前に科学の勝利品、将来の坑夫の保護者をかかげていた。」

　数ヵ月後ホジソンはデービーにこう報告した。

　「安全灯について一般の坑夫たちはとてもおもしろく、またおかしい会話をかわしています。
　彼らはまだその魔法のような性質をふしぎがるのをやめず、それをなにか超自然的なものとみるか、それとも普通の因果法則に従う道具とみるかで、意見が分裂しているようです。」

　デービーはこの安全灯のことを書いた論文を一八一五年十一月九日の王立協会の席上で読み、そのモデルの一つを会員たちに展示した。

　3 スチブンソンも安全灯をつくる top

　この日付より何年も前から、ジョージ・スチブンソン（一七八一～一八四八）という名の貧しい機械工が、坑内ガスについて実験を繰返していた。
　彼はデービーの安全灯についてまだ公式の声明が一つも出されないうちに、一八一五年の十月二十一日に彼の最初のモデルを試験し、十一月四日には二番目のモデルを試験した。
　十一月三十日には第三の最終のモデルをつくってテストした。
　彼の試験のようすは次のように記されている。

　「彼はムーディー、ウッドという二人の男といっしょに、いちぱん爆発性のつよいガスを含んでいる坑道の一つにはいっていった。
　ガスは炭層の表面から、ジュージュー音をたてて噴き出していた。
　彼らはガスが噴き出ている坑道の部分を、まわりに板をたてて囲った。
　こうして、空気は実験の目的にふさわしくいっそう汚れたものになった。
　一時間ほど待った後、スチブンソンやウッドよりも坑内ガスについて実際上の経験をつんでいるムーディーが、たのまれて囲いの中にはいった。
　もどってきた彼は、空気の匂いからみて、もしも火のういたロウソクをもちこんだら、否応なしに爆発がおこるほどになっているといった。
　彼はスチブンソンに、もしもガスに火がついたら、彼ら自身にも、また坑道にもひどい危険が及ぶだろうと警告した。
　しかしスチブンソンは、自分のランプの安全性を信頼するといいきり、芯に火をつけ、それをもって爆発性の空気の中へ大胆にはいっていった。
　ほかの二人は、もっと臆病だったし、ランプの安全性をそれほど信じていなかったので、ガスの噴き出す音がきこえるところまでくると、しりごみして立ち止まった。
　二人は危険を恐れて、ランプのみえない安全な場所にかくれた。
　ランプはもった人とともに、しだいに炭坑の奥深く姿を消した。
　スチブンソンは、火のついたランプをもちながら、その危険な場所にはいり、汚れた空気の中にひたった。
　彼はランプをしっかりにぎって、噴き出すガスの流れにまともにあて、噴き出し口から数インチ以内のところまで近づけた。
　こうしてガスにさらされて、ランプの炎ははじめ強くなったが、つぎにチラチラし、やがて消えた。
　しかし爆発はおこらなかった。」
　こういったいくつかの実験から、彼はランプを改良しなければならないことをさとり、一八一五年の十一月三十日に、三番目の最終のモデルをつくった。
　さしえに、デービーの安全灯と、スチブンソンの安全灯を並べて示してある。
　スチブンソンのものでは、炎をガラス円筒で囲い、それを、穴をあけた鉄板でおおっていた。②

　4 どちらが先か top

　これら二つ安全灯のどちらがすぐれているか、またどちらが先に発見されたかをめぐって、はげしい論争がおこった。デービーは、実験室内で化学の立場から問題にいどみ、ガスと空気をいろいろな割合で混合してその爆発性を研究したらしい。彼はまた坑内ガスの炎が金網の目を通らないことを発見した。
　スチブンソンはもっと力学的な方向から問題に取組み、炭坑内でいろいろなランプをためしてみた。


デービーの安全灯（左）とスチブンソンの安全灯

　爆発が穴を通らないことを観察したのはスチブンソンのほうが先だった。
　ハンフリー・デービーは、スチブンソンに比べて、この発見に対する賞賛と栄誉をはるかに多く受取った。
　なんといっても彼は当時の科学の天才で、最も輝かしい講演者、最も人気のある哲学者だった。
　それにひきかえ、スチブンソンはそのころ炭坑のエンジン工にすぎず、筋肉労働階級とほとんどかわりなかった。
　この点から、ある批評家はあえて次のように評した。

　「将来、これほどすぐれて科学的で、価値ある科学知識の宝庫からひきだすのではなくては全く不可能な発明が、スチブンソンという名のエンジン工――初歩の化学知識さえもっていない人物――の功績だと主張されたとは、だれも信じないことだろう。」③

　この批評家はなんとひどい目算ちがいをしたことだろう。
　というのは、スチブンソンには輝かしい将来が待っていたからだ。
　彼こそは、世界で一番有名な鉄道技術者となったあのスチブンソンだったのである。
　デービーは自分の優先権を次のように主張した。

　「私の安全灯の原理が公表されてから六ヵ月後まで、私はジョージ・スチブンソンや彼のランプについて一言もきいたことがなかった。
　ロンドンの科学人たちの一般的印象――それは私がニューカッースルできいたことから裏づけられる――は、スチブンソンの心にある漠然としたアイディアが浮かび、彼はそれを実用化しようとつとめたが、私の労作が知らされるまで成功しなかった、ということだ。」

　彼は「スチブンソンのガラス爆発機械」と「光と熱は通すが炎は通さない自分の金属網」との間には何の類似性もないとつけ加えている。
　イギリスの指導的な化学者と自然哲学者は、王立協会会長とともに、一八一七年に調査をし、ハンフリー・デービーが「ほかのすべての人とは無関係に」安全灯を発見したと結論した。
　そこで炭坑所有者たちが会合して寄付をつのり、二千ポンドをハンフリー・デービーにあたえ、また、「同じ方向で努力したことを考慮して、ジョージ・スチブンソンに百ギュア（一ギュアは今の二十一シリング、つまり一ポンドと一シリング）の賞金を」あたえた。④
　しかしスチブンソンの友人たちもまた会合し、次の決議をした。

　「この会合の意見は次のとおりである。
　つまり、ジョージ・スチブンソン氏が、水素ガスによっておこる爆発が小さい管や穴を通過しないという事実を発見し、最初にその原理を応用して安全灯をつくったのであるから、彼は当然公共の報償をあたえられるべきである。」

　合計して一千ポンドが集められ、「いやしい炭坑夫たち」はスチブンソンに銀の時計を買っておくった。
　このおくりものは彼を大変喜ばせた。
　このはげしい論争は、幸いにも、あの有名な父の有名な息子、ロバート・スチブンソン（一八〇三～一八五九）によってけりをつけられた。
　約四十年後になって、彼が意見をきかれたとき、こう答えた。

　「私はえこひいきのない意見を出せるような立場におりません。
　けれどもあなたが卒直におたずねになりましたから、私も卒直に答えましょう。
　もしもジョージ・スチブンソンが生まれなかったとしても、サー・ハンフリー・デービーは安全灯を発明することができたでしょうし、きっとそうしたでしょう。
　しかし逆に、もしもサー・ハンフリー・デービーが生まれなかったとしても、ジョージ・スチブンソンはきっと安全灯を発明したでしょう。
　私は彼が、サー・ハンフリー・デービーがこの問題でやったすべてのこととは全く無関係にそれをやったのだと信じます」⑤

出典
　　　①　ジェームズ・レイン『Ｉ・ホジソン師の思い出』（一八五七）第一巻。
　　　②④⑤　Ｓ・スマイルズ『技術家伝――Ｇ・スチブソソンとＲ・スチブンソン』（一八七九）。
　　　③　Ｊ・Ａ・パリス『サー・ハンフリー・デービーの生涯』（一八三一）。

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