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2　ジープをめぐるメーカーの戦い

　一九四〇年七月二十二日に、二社の入札価格が公開され、くわしく検討された。
　ウイリス・オーバーランド社とアメリカン・バンタム社の入札価格である。

1 競争入札、バンタム対ウイリス top

　七月二十二日の判定をめぐって論争が起こることは、明らかであった。
　しかしこれとても、その後数年間にわたっての全米の注目と関心にくらべれば、ものの数ではなかった。
　七月の契約は、もともと「話し合いで購入する」ことになっていた。
　バンタム社が設計と開発に深くかかわっていたからである。
　バンタム社では七〇台の車輛を、陸軍長官の認めた最高価格である一七万五〇〇〇ドル以内で製造すると申し出ていた。
　ところが補給本部ではその後、話し合いによる購入は、買う側にとっても、入札資格のある他の業者にとっても、けっして適切な行為ではない、と考えだしたのである。
　競争入札でないために、不必要に高い買物をさせられることが考えられるし、入札する資格のある業者が、入札する機会を失ってしまうからである。
　その結果、競争入札ということになり、この最初の時はバンタム社によい結果となった。
　バンタム社は契約ができると、二ヵ月足らずという驚異的な期間で、世界で最も有名になる車輛を製造すべく、すぐさま作業にとりかかった。
　これを成し遂げた目覚ましい行為は、試作車を創りあげた人々の頭脳と技術がいかに優れていたかを雄弁に物語っている。
　入札価格を提出する締切日に間に合わせるために、バンタム社では昼も夜も働き続けなければならなかった。
　それと同時に、バンタム社は財政的にも人材的にも、非常な危機に瀕していた。
　社員はわずか一五人しかおらず、技術部門は、まだ存在していなかった。
　そこで社長のフランシス・Ｈ・フェンはまず急いで技術部門の中核となる人材を探さなければならなかった。
　フェンは以前アメリカン・オースチン自動車会社（これが一九三六年にアメリカン・バンタム社になった）の社長をしていたアーサー・ブラントに相談をもちかけた。
　ブラントの片腕として活躍した力−ル・Ｋ・プロブストは優れた技術者であり、ブラントはプロブストなら、この仕事ができる、と考えた。
　このユニークな新型車を創るにあたってプロブストのなした貢献はきわめて大きなものであったが、しかし最初、プロブストはバンタムの社長の勧誘に気乗りしない様子であった。
　まず、納期が短すぎて不可能と思われたこと、それに、バンタム社の財政状態が危ういことが、その理由であった。
　しかし、七月十七日（水曜日）に、彼はバンタム社の技術部長になることに同意した。
　翌週の月曜日の午前九時には、予備設計をバルチモアのホラバート補給廠に届けなければならず、設計すべき仕様と部品メーカーの名簿を見てから五日間となかった。
　プロブストは（ハウイー少佐と同様に）、トレドのスパイサー社に車軸と副変速機の製造に関して相談し、スパイサー社の技術者ボブ・ルイスとともに、スチュードベーカー「チャンピオン」の後車軸を使って、車軸を設計した。
　陸軍のスケッチと仕様に従って作業をすすめたプロブストは、そこに書かれた要求を、一つの例外を除いて、すべて満足できる、と考えた。
　その例外は重量であった。要求された重量は五九〇キロであり、馬鹿らしいほど軽かった。
　そしてプロブストは、車輛重量を一トン以内に抑えられると考えていた。
　彼は要求された重量と実際の重量との大きな差をたいして気にしていなかった。
　要求された数値に近い軽い車輛を作れるメーカーがあるはずがない、と考えていたからである。
　適当なエンジンを探さなければならなかった。
　車輛重量一トンのクルマを「少なくとも時速約八○キロ」で走らせるためには、バンタムのエンジンを、もっと強力なものに積み換えなければならなかった。
　毎分三二〇〇回転で四六馬力を発生する「コンチネンタル」エンジンが、この要求を満たしそうであり、すぐに間に合うという利点があった。
　バンタム社の工場長ハロルド・クライストとフランシス・フェンは、プロブストを助けてバンタムの部品を使えるようにした。
　これは既存の部品をたくさん使えば、製作日数が少なくてすむうえに、コストダウンにも役立つからであった。

2 バンタム社試作に総力 top

　プロブストがバンタム社の技術部長になることを承諾した一九四〇年七月十七日（水曜日）の午後一時、彼は蜘蛛の巣が張って埃だらけの製図室に入ってジープの図面を描きはしめた。
　彼は朝はやくから夜おそくまで働き続け、金曜日には朝七時から仕事を始めて夕方には概略の設計を終っていた。
　夜になってから、彼はシャシーの部品リストを口述し、それから、原価計算にはいった。
　日曜日の朝には、プロブストとフェンが入札の書類を書きあげ、青写真を仕上げ、必要な書類もすっかり用意した。
　昼になって二人は、バルチモアに向けて出発した。
　バルチモアに着くと、バンタム社の軍需販売代理人のペインと、徹夜で話し合った。ペインは推定重量――九四〇キロ――に驚き、陸軍では二五〇キロも重すぎたのでは駄目だろう、と言った。
ペインは、仕様書で要求された数値に近づけて入札すべきだ、と言うのである。
　七月二十二日（月曜日）午前九時に、ホラバード補給廠需品開発部のハーバート・Ｊ・ローズ少佐が入札を開始した。
　バンタムとウイリス・オーバーランド社の他は、フォードをはじめて二五の会社のどこも入札しなかった。
　しかし七月二十二日に、そこに来るだけは来ていた会社があった。
　ウイリスの入札価格はバンタムより低かったが、認証されてから四九日という期間内に、最初の試作車を引き渡せるかどうか疑問である、と述べていた（契約の認証は八月五日と決っていた）。
　その結果、バンタムの入札価格――最初の契約で必要な七〇台の車輛の価格が一七万一一八五ドル七五セント――が通った。
　七〇台のうちの八台は、四輪駆動の他に四輪操向機構をもっており、運動性がよいと思われたので、歩兵や騎兵から大いに興味をもたれていた。
　四輪全部に操向機構が付いていたので、車輛の回転半径が小さくなって、方向転換を急速に行なえるほか、いろいろな利点があった。
　しかし、各兵科からたび重なる要請があったにもかかわらず、補給本部の反対のために、四輪操向ジープはついに採用されなかった。
　契約から認証までの二週間ほどの間に、バンタムでは残りの技術部員を探さなければならず、認証が下りてから四九日で最初の試作車を引き渡さなければならなかった。
　プロブストは、すぐさま技術者のスカウトを始め、最初の一〇日間で三人を見付けた。
　フェンが、もう一人を見付けた。試作車の製作がただちに始められ、作業は二四時間休みなく行なわれた。
　ちょっと改造すれば使える既存の部品が集められて加工され、鉄板を切ったり取り付けたりした。
　こまかい青写真を作っている暇がなかったので、機転をきかせて他の部品を流用することが不可欠であり、ハロルド・クライスト、チェスター・ヘプリング、ラルフ・タ−ナーが、スケッチを見て部品を作り上げていた。
　製作チームが全力をあげて取り組んでいたにもかかわらず、作業はなかなかはかどらなかった。
　期限まであと二二日という九月一日、試作車はどうにも間に合いそうにないように見えた。
　トレドのスパイサー社は車軸の開発に取り組んでいたが、ここでもトラブルに見舞われていた。
　しかし休む暇もなく働き続けたおかげで、障害はすべて克服され、最後の週になるとジープが完成に近づいてきた。
　主要な部品を製作している一〇社は、バンタムの偵察車が九月二十二日にはテストできるだろう、と告げられた。
　実際に二十一日にはテストが開始され、ハロルド・クライストが荒地の走行をちょっとだけやってみせ、その時ジープは四五度の急勾配を、らくらくと登ったのである。
　余裕が二日間しかなかったので、テスト走行は基本的なことに限って急いで行なわれ、そこで表面化した問題は、ただちに解決しなければならなかった。
　九月二十二日のテストで、前日の印象が確認された――バンタム社は入札に勝てるクルマを作ったのだ。

3 成功したバンタムの試作車 top

　二十三日の朝、プロブストとクライストの乗ったバンタムが、三七〇キロ離れたホラバード目ざして、工場を出発した。
　エンジンを傷めないように、とスピードは時速四〇キロに抑えられていた。
　ホラバードまでの走行も、慣らし運転の一環であったからである。
　二日間のテスト走行で二四〇キロしか走っていない新車であった。
　バンタムの四輪駆動偵察車がホラバード補給廠に到着したのは、一九四〇年九月二十三日午後四時三十分、締切りの三〇分前であった。
　五時前に着いたので――　一日一〇〇ドルの――遅延違約金を取られないですんだ。
　後にバンタム社が引き渡した最初の六二台の二輪操向ジープは、こまかい所まで試作車と似ていたが、その一台が現在スミソニアン博物館に展示されている。
　この「バンタム1/4トン軍用トラック一九四〇年」は七台目のもので、製造番号一〇〇七が付いている。
　それはさておき、試験場に着くとローズ少佐がクルマに乗りこみ、短時間ではあったがけっして手加減しない厳しいテストを行ない、その性能に感心してバンタムをホラバードの補給廠のテスト・ドライバーたちに渡した。
　偵察トラックは、きついテストを受けることになった。
　このテストは設計上や製作上のどんな小さな弱点でも暴き出してしまうために、ホラバードで考えだしたものである。
　テストの報告書は欠点の一覧表であり、大きな欠点とともに小さな欠点まで、こまかく書きつらねられており、能書きどおりに機能してもそれは当然のこととして取り扱っていた。
　まず最初に「走行テストで次のような障害が発生した」とあって、二○もの項目が不満足であるとして書きだされていた。
　大きなところでは、「発電機のプーリーが走行中に割れた……」とか、「フレームのサイドメンバーが、両方とも破損したために、テストが中止された」と指摘され、小さなところでは、「フェンダーやグリルがテスト中にゆるんだ」などと書かれていた。
　しかし報告書み末尾には「所見」として「この車輛には充分な馬力があり、軍のすべての要求を満たす」と高い評価が示されていた。
　このテスト走行で走った五四八八キロのうち、舗装道路を走ったのはわずか三九八キロにすぎず、残り五〇九〇キロは試験場を走ったものと、荒地の走行〔一四五〇キロ〕やいろいろなテストでも走った距離である。

　実際、補給本部では七月二十二日の入札の後で、ウイリス社に対して、入札案内に付いていた仕様書に基いて、ウイリス自身の費用で試作車を作るようにすすめていた。（もちろん、この仕様書は、兵器局技術小委員会が、ハウイー少佐とともにバンタム社のバトラー工場を訪れた時の報告書にもとづいたものである）。

　補給本部では後に同様な勧告をフォード社に対しても行なった。
　こうして同社とも、試作車の製作にとりかかったのである。
　さて、最初の栄冠はバンタムの頭上に輝いた。ホラバードの試験部長のユージン・モズリー大尉は、このクルマに前例のないほど苛酷なテストを行ない、このクルマはそれによく耐えた。
　モズレーはクライストに対して、バンタム車はこれまでホラバードに来た試作車のうちで最高のものだ、とまで言った。
　この試験報告によって、この車輛が軍用として適当であることが証明され、参謀次長は一五〇〇台の1/4トン・トラックをバンタム社から購入するようにと命令した。
　ウイリス社は、契約がバンタム社に行ってしまうことに抗議した。
　試作車すら作り上げないうちに、注文を欲しがったのである。

　ウイリスのエンジンは排気量二二〇〇ccで六〇馬力、フォードが一九五〇cc、バンタムが一八三六ccであった。
　フォードとバンタムのエンジンの出力は、ほぼ四六馬力であった。
　ルースは一四馬力の性能の差を、失うにはもったいない貴重なものと考え、ボディとシャシーのいっそうの軽量化につとめることにした。
　ウイリスの試作車はバラバラに解体され、部品の一つ一つが重量軽減のために見なおされた。
　可能な場合には、金属の部品を小型化し、ボルトを切断し、ボディやバンパーの板厚を薄くし、場所によっては鉄をやめて合金を使った。
　塗装だけで四・五キロの重量が軽減された。
　この方法はギリギリのところで成功し、軽量化されたクルマは軍の要求の上限より一九八グラム軽く仕上った。
　十二月十七日には、八台の四輪操向モデルを含む七〇台のバンタム・トラックが、ホラバードをはじめとする陸軍基地に配属され、実地テストを受けた。
　この間の様子については、次のように報告されている。

6 公正を欠く補給本部 top

　ジープは、すでにニュースになっていた。
　ただちにウイリス社とフォード社と、大量生産契約が結ばれ、またウイリス社が、その広告の中で怪しげな主張をしたことから、アメリカ中がジープに熱中した。
　ジープに関して競争関係にあった三社のうちで、バンタム社が桁ちがいに小規模であった。
　大きくなったとはいえ、社員はわずか四五〇人ほどにすぎず、一方、フォード社は一〇万人以上の従業員を抱える大会社で、ウイリス社が規模ではその中間にあった。
　軍の需要が――民間需要に劣らず――大きいことが明らかになると、ウイリス社もフォード社も、ジープの契約を得るために、いっそうの努力をするようになった。
　政府に対する大量販売の他に、ジープの製造に成功した会社が、戦後の自動車製造において“パイの大きな分け前”を得ると考えられたからである。
　ジープの製造の契約を政府と結ぶことは、工作機械と製造技術を得られることであり、これによって大衆向け小型車の製造に関して、他社に一歩先んじることを意味していた。ヽ
　補給本部はフォード社とウイリス社のジープヘの進出を、最大限の好意をもって促進し、両社をジープの開発と製造に参加させた。
　公式見解――複数の供給先をもつことが望ましく、とりわけフォードの大量生産能力を高く評価する――を考えれば、補給本部の方針は理解できるが、それだけではバンタム社をジープの製造から除外した理由の説明はつかない。
　「パシフィック・メイル」や「ネイション」に補給本部の情実主義〔えこひいき〕を暴露して一大キャンペーンを展開したＩ・Ｆ・ストーンは、すでに労働局から六つの違反裁定を受けているフォード社は「アメリカ最大のワグナー法違反者である」と述べている。
　ジープの契約をバンタム社と結ぶことについては、こうした行為は「防衛力増強について、軍と協力した小規模メーカーに報いることであり、これによって防衛的契約をワグナー法違反者と結ぶ必要をなくすものである……」と言っている。
　また、ジープを製造したメーカーが戦後に受ける利益については「フォード社がジープの契約を得ようと、やっきになっている裏には、戦争が終った時にジープを素材として、昼間は鋤を牽かせ夜は一家で映画に行くのに使える、汎用農業車輛を作れるからだ」と指摘している。
　十月十八日、補給本部の自動車輸送小委員会は「バンタム社、フォード社、ウイリス社から、それぞれ五〇〇台ずつを購入する」ことを勧告した。
　バンタム社の軍需販売代理人であるチャールズ・ペインは、契約を三社に分割するという小委員会の勧告を事前に知らされ、陸軍長官のヘンリー・スティムソンに宛てて抗議文を書いた。
　この中でペインは、陸軍のためにジープを開発したのはバンタムただ一社であり、他のメーカーは「ジープの完成に、これっぽっちも貢献していない」ことを指摘し、さらに、バンタム礼が会社の全エネルギーを政府に納めるジープの生産に注いでいるのに対して、フォード礼とウイリス社は市販車の生産を続けている、と述べている。
　バンタム社の生産設備は、すべて陸軍の仕様に合ったもので（車軸の問題が解決すればであるが）、もしバンタム社で陸軍の要求を満たすことができないことがわかった時には、バンタム社は「自社の利益よりも国の防衛力を優先して考え、細部にわたる設計図と助言を、喜んで他のメーカーに与える用意がある」とも伝えた。
　ペインの抗議文は「考慮され」だが、小委員会では、試作車のテストによってジープが偵察車輛として陸軍の求めるものと合致することが判明し、軍による大規模で完璧なテストをすすめるために、ただちにジープを購入する必要がある、と説明した。
　一五〇〇台の注文を五〇〇台ずつ三社に分ければ早く納品されるし、一五〇〇台も一社に注文をまとめれば、障害となっている車軸の大量生産にたくさんの工作機械が必要になる、というのである。
　また、一五〇〇台のジープを一社と契約すると、ジープの開発計画の柔軟性が失われるとも考えていた。

7 バンタム車を支持する実施部隊 top

　三車それぞれ長所短所かおり、三社の中し入れがあったから、三車とも買ってみようと考えた。
　実際三つの供給先に契約を分ければ、生産と開発が早くすすむし、大量生産態勢が早くととのうのである。
　小委員会では、車輛の価格の上限を一台あたり一二五〇ドルに決めた。
　この数字は三社から得た「非公式な見積り」を比較して決めたものである（バンタム社の見積りは一一二三ドル、フォード社が一二二〇ドル、ウイリスが一三八一ドル三八セントであった）。
　小委員会は補給本部長に、バンタム社、フォード社、ウイリス社と、五〇〇台のジープについて話し合うように勧告した。
　歩兵部隊と野戦砲兵部隊の代表は、これに反対した。
　彼らはジープの生産計画にフォード社とウイリス社を入れることに賛成せず、歩兵の代表は、その理由をいくつか挙げた。
　まず第一に、歩兵部隊ではサイドカーをやめてジープにするつもりで、サイドカーの購入をひかえていたが、小委員会の予定だと充分な数のジープが入手できないことと、補給本部の意見とは反対であるが、この予定では納車がひどく遅れることが避けられないためであった。
　（真珠湾の攻撃によってアメリカが参戦するまで、まだ一年以上もあったが、イギリスはすでに孤立しており、援助物資を大いに必要としていた）
　歩兵部隊の代表は小委員会の言う車軸の障害に言及して、ジープの車軸を作っているのが一社だけであるので、契約を分割して開発を早めようというのは無意昧であり、むしろ開発を遅らせる恐れがあると指摘した。
　この議論の最終結果は――けっして終っていなかったが――バンタム社に有利であった。
　陸軍長官と参謀本部は、一五〇〇台のすべてをバンタム社から購入すべきだと決定した。
　契約前に試作車を提出した、唯一のメーカーだからである。
　他のメーカーとの契約は、試作車が完成して評価が定まってからであった。
　補給本部は、これに異を唱えて「参謀本部の決定に再考」を希望した。
　この中で補給本部は、バンタム社の財政状態と大量生産能力に疑問がある、と述べた。
　一九四一年六月末には推定一万一八〇〇台が必要になると思われたのである。
　しかし、参謀本部は試験ずみで実績のあるバンタムの入手が遅れることを好まず、また試験してない車輛を購入することも好まなかった。
　補給本部は、しぶしぶながらも最後には一五〇〇台全部をバンタム社から買うことに同意した。

8 ジープ生産をめぐり産軍癒着か？ top

　一九四一年八月、ジープの発注にからむ論議が――民間でも――盛んであった時、バンタム社のフランシス・Ｈ・フェン社長がトルーマン委員会の公聴会で宣誓証言して、事実と数字を明らかにした。

　補給本部では、バンタム社の工場が一日に五〇台と生産できないだろう、と考えていた。
　ジープを複数の会社に注文することを正当化しようとして、そうすれば納品が早まると言った補給本部は、その言葉の矛盾を暴露した。
　五トン・トラックと二・五トン・トラックは、一社だけから買っていた。
　最も国防諮問委員会も、複数の会社から買う方を好んでいた。
　補給本部が複数の会社に注文することを好むのは、フォード社が注文を受けられなくなりそうな時だけらしい、と多くの人には思えた。
　一九四〇年十一月十四日に、国防諮問委員会の助言によって、契約問題にとりあえずの妥協がみられた。
　それぞれの会社が一五〇〇台ずつのジープを納品する――「量産試作車の認定を得てからという条件つきで」
　契約は一つの例外を除いて十一月十九日に締結された。例外とはフォード社のことで、大衆の反対があったので、一ヵ月以上も契約の締結が延ばされた。
　その反対運動の先鉾に立ったＩ・Ｆ・ストーンは、その間、フォードに対する攻撃を続けていた。
　彼がくりかえして強調したのは、フォード社がジープの仕様――とりわけ重量制限――を変更させようと、補給本部を説得しようとしたことと、バンタム社ではすでに機械設備をととのえて生産の準備ができていることであった。
　ウイリス社とフォード社は、ただでさえ忙しい工作機械業界に、ジープ専用の機械設備を作らせなければならず、その結果といえば、よくてせいぜい無意味な重複にすぎないことも、彼は指摘した。
　彼はフォード攻撃の中で、補給本部の特定の個人を、フォード陣営だ、と非難することはなかったが、リビー・オーエンズ・フォード・ガラス会社の社長で、同時に国防会議のメンバーでもあるジョン・Ｂ・ビガーズの中立性には実際に疑問の意を示した。
　ビガーズはストーンの攻撃に対して、補給本部が答えるように依頼し、補給本部輸送部のバンデューセン大佐が回答したが、しかしこれは量産試作車のいきさつに詳しい人々が納得するものではなかった。
　彼は重量の問題に関しては、九八〇キロという教学は、フォードとウイリスのモデルに適当な重量として決められたもので、重量が増えることは「強度が増えることだ」と言った。
　ストーンはただちに応酬して、重量制限が二一六〇ポンドに変更されたのは、フォードの便宜をはかってのことだ、とくりかえして述べ、この変更を知らされた陸軍省筋では、車輛重量が増えるとその目的に使いにくくなると考えた、と主張した。
　（バンタムは九三〇キロ以下の時に「充分な馬力と性能を示していた」。　ある時など、バンタム社の役員がいまいまし気にストーンに言うことには、重くするために鉄材を積まなければならなかったのである）
　いまやストーンは、フォードを「苦労して関発したメーカー」からジープを取り上げようとしている、と明らさまに非難し、少し後にはペンシルベニア州選出のファデイス下院議員の言葉を引用して、こう言っている。

　そうしている間にもバンタム社、ウイリス社、フォード社の工場では、それぞれのジープを生産していた。
しかし、いかに努力しても、納車は予定よりおくれがちであった。
　陸軍では、それぞれのメーカーから何台ずつかまとめて、二ヵ月間で納車をうけることになっていた。
　一九四一年五月七日、ウイリス社から最後の二○○台を領収して、三社からの会計四五〇〇台がそろっているはずの日になっても、三社とも完納にははど遠いありさまであった。

10 メーカーの争い、くすぶる top

　契約が終ってからホラバードの委員がウイリスの初期量産型であるＭＡを基本に、統一規格を決定する作業にとりかかった。
　ほとんどは細かい部分であったが、改良すべき点は多く、エアクリーナーの効率を上げるとか、燃料タンクの容量を三八リットルから五七リットルヘと増加するなど、いろいろとあった。
　また、既存のアメリカ軍用車の規格に合わせるためにも、多くの点で改造が必要であった。
　こうしておけば、運転者も整備士も、新しい手順を憶えることが少なくなり、部品の供給も簡素化できるのである。
　これには、四〇アンペアの発電機の取り付け、乗用車用バッテリーの取り外しと、それより容量の大きな政府規格型バッテリーの取り付け、（その当時は）壊れやすくて信頼性の乏しかったコラム・シフトからフロア・シフトヘの変更などがあった。
　規格化されたウイリス車は、ＭＢトラック・1/4トン・4×4汎用と名付けられ、戦争中に生産された六〇万台以上のジープの母型となった。
　これは四五四キロの荷物を牽引で、牽引なしで六〇パーセントの勾配、牽引した時で七パーセントの勾配を登ることができ、満載して牽引しても、悪路や荒地や丘陵地帯を走れることが予想された。
　路面のよい道路での最高速度は時速八八・五キロ、最低速度はエンジンの最大トルクの回転時に時速四・八キロ以下が要求された。
　また、冷却ファンを回したままの状態で、水深四六センチの川を最低速度で渡れなければならなかった。
　すべてのジープに標準装備としては、車体の前部か前バンパーに取り付けた牽引フック、三七ミリ対戦車砲を牽引できる車体後部の牽引軸であった。
　車体の塗装は、全面にわたって反射の少ない無光沢塗料が使われることになった。
　一九四一年十月になると、ジープを欲しがる声が非常に多くなっていたので、第二のメーカーを探すことになった。
　そしてウイリス社との間で、ウイリス杜は第二のメーカーに図面と仕様書を渡すかわりに、生産量の半分を確保する、という合意に達した。
　十一月十日に、第二のメーカーが決った。フォード社であった。

11 強引なウイリスとフォード top 　ー月十日、話し合いによる契約が成立したことが公表された。 　一万五〇〇〇台のフォードＧＰＷ〔ゼネラル・パーパス・ウイリス＝ウイリス型汎用車〕の価格が、一四六二万三九〇〇ドルであった。 　アメリカン・バンタム社も、フォード社と同じように、ウイリスの仕様を使って同じ部品メーカーから取り寄せた部品で、ジープの生産に参加できる能力のあることは、明らかであった。 　前にも記したように、バンタム社の生産台数を見れば、機械設備を増強しなくても、戦時中に生産されたジープの総数六五万台の半分を、バンタム社が生産できたはずであることがわかる。 　ジープの契約の決定と補給本部の行動は、トルーマン委員会に理解できないことであり、委員会は一万六〇〇〇台の車輛の契約を、三社に分割すべきだ、と論じた。 　契約は分割すべし、という陸軍省の政策決定に、補給本部は違反していた。 　そして、前年の夏にアメリカン・バンタム社のフェンが述べたように、規格統一車輛を開発するのに、三メーカーと陸軍がなぜ共同であたれなかったのであろうか？ 　この批判に対する補給本部の回答は、契約は規格統一と品質向上、それに生産性を考えて決めた、とこれまでの主張のくりかえしであった。 　ジャーナリズムや評論家にとっての論争点は、大企業対小企業の問題であり、労働者の敵（フォード）と契約して小企業を倒産に追いこむ点にあった。 　契約はとれなかったが、バンタム社は諦めなかった。 　杜長のフェンをはじめ重役たちは、陸軍の将校たちと接触をとりつづけた。 　ペンシルベニア州選出のガフィー上院議員が、補給本部と参謀本部に圧力をかけたが、これは成功しなかった。 　これに対する回答は、ウイリス社とフォード社で軍によるジープの需要は余裕をもってまかなえる、というもので、これは後から考えた理屈であり、不合理な回答であった。 　一九四二年三月二十三日、フェンは手紙を書いて、ジープの開発に多大の貢献をしたバンタム社が入札に参加させてもらえず、フォード社とウイリス社が談合入札で二五万台以上ものジープを生産できるのは理解できない、と述べた。

ウイリスＭＢ：トラック、1/2トン、4×4、汎用、細部に小さな違いのあるフォードＧＰＷとともに､これが第二次大戦の標準型ジープであった。終戦までに64万台ちかいＭＢとＧＰＷが生産された。 エンジン：ウイリス442、4気筒｢ゴー･デビル｣ブレーキ：油圧式　軸間距離:203.2cm、全長:131332.7cm、全幅:157.5cm、全高:182.9cm、標準荷重(幌を立てた状態で)130.2〜132cm、標準荷重(ハンドルの上端までの高さ)101.6cm、標準荷重(ボンネットまで)重量:1060kg(燃料と冷却水なしの状態で) 後部座席から見たウイリスＭＢ

　彼はまた、三つの量産試作車のうち最高のものを基本として規格統一車輛を作るように、最初に提案したのがバンタム社であり、その結果できた規格統一車輛の生産に参加したいと考えている、とも述べた。
　また、財政問題については、バンタム社がジープの仕事から利益を上げられると当然の予想をして、スパイサー社に車軸生産設備の代金として、一三万ドル以上を支払った、と述べている。
　さらに、談合入札によって車輛価格が上昇しており、競争入札の時のウイリスの価格が、一九四二年四月の談合入札の時の価格より、一台あたりほぼ一〇〇ドル安かったことを指摘した。

12 ウイリスの誇大宣伝 top

　こうしたバンタム社の努力や、大衆の支援と同情のかいもなく、バンタム社はジープの契約を取ることができなかった。
　バンタム社の最後の希望は、四輪操向モデルの生産であったが、部隊ではそれを欲しがっていたにもかかわらず、補給本部によってすべての希望が叩き潰されてしまい、四輪操向モデルはどこにも注文されなかった。
　ようやくバンタム社が獲得した契約は、トレーラー（終戦までに一〇万台以上を生産）、魚雷のモーター、航空機の油圧装置の生産であった。
　ジープを生産するための機械設備は他の用途に転用されて、戦争が終ってから小型車の開発に使われる可能性も消え去った。
　ジープによってバンタム社は、一九三六年の設立いらい初めて利益を得た。会社の決算報告書によれば、一九四一会計年度の最初の一〇ヵ月で一万六九六五ドルの利益であり、それ自体たいした金額ではないが、明るい前途を思わせるものであった。
　一九五二年には、ジープも市販の小型車もなく、前途は暗かった。
　戦後もトレーラーの生産を続けていたが、戦時中には二〇〇〇人強もいた従業員は、一七五人に滅っていた。
　それに追討ちをかけるように、ウイリス社の破廉恥な広告が、バンタム社からジープを開発したという名誉まで奪い去った。
　連邦商業委員会が、ウイリス社は不当である、との裁定を下したのが一九四八年で、この時すでに実害がでていた。
　ウイリス社の広告は、製品の広告によくある誇大宣伝は別にしても、ジープを初めて開発したのはウイリス社である、と主張していたのである。
　「合衆国陸軍補給本部と共同で、輝かしいジープを創りだし完璧なものに仕上げたのは、ウイリス社の民間の技術者たちである」（原文のまま）と高らかに宣伝していた。
　また、新型「アメリカ1」はジープの民間向けモデルであり、ジープの長所をすべて備えている、とも宣伝していた。
　連邦商業委員会は、次のような判定を下した。

13 バンタム社ついに敗る top

　ウイリス・オーバーランド社は、自社がジープの創案者であるとか、唯一の開発者であるとか、言ってはならないと命令された。
　しかし、ジープを創り出し、重要な開発作業を行ない、その後ジープの生産から弾き出された（最後のバンタム・ジープ、二六七五番は、一九四一年十二月初めに生産ラインを出て、武器貸与に使われた）、ペンシルベニア州バトラーのアメリカン・バンタム社という小さな会社の将来は暗いものであった。
　利益が減り続けて倒産したバンタム社は、一九五六年にアメリカン・ローリング・ミルズに吸収された。
　一九六〇年十一月、アメリカン・バンタム社の共同創立者の、ロイ・Ｓ・エバンズとＷ・Ａ・ウォードＪrは記念碑を建てて「ペンシルベニア州バトラー郡の人々に捧ぐ。
　彼らの疲れをしらぬ努力が合衆国陸軍との協力によって、一九四〇年に最初の軍用『汎用』車輛を創りだし、開発し、生産した。あの有名なジープである」と讃辞を刻んだ。
　現在、世界中の博物館や個人コレクターのもとに、たくさんのクラシック・ジープが優れた状態で保存されている。
　ジープの発達を身近に見ようという人のために、ここにそのリストを掲げる。
　ケンタッキー州フォートノックスのスティールホールにあるパットン騎兵機甲部隊博物館には、一九三七年のハウイー・ワイリー“腹打ちグルマ”がある。
　一九四〇年のバンタム・ジープ一○○七番は、一九四三年のウイリス・オーバーランド・ジープとともに、ワシントンＤＣのスミソニアン博物館にある。
　ネバタ州レノのハラー自動車コレクションには、一九四一年のバンタムと、一九四二年のウイリス六輪ジープという珍しいモデルがある。
　ミシガン州デアボーンのヘンリー・フォード博物館には、一九四一年のフォード・ジープ一号車がある。
　ヴァージニア州フォートリーの補給本部博物館には、一九四四年のフォード「パットン」ジープが飾られており、これは大幅な改造をうけたものである。
　メリーランド州アバディーン試験場の兵器博物館には、ＧＡＺ−67ソ連ジープと、ＭＢジープ、Ｍ38ジープがある。
　ロンドンの王立戦争博物館には、一九四三年のウイリスがある。