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第六章　朝鮮

1　アメリカと朝鮮の独立 top 　“朝鮮人は地球のどの他の国民よりも日本人を憎んでいる”。 ルーズベルト大統領に李承晩が激情をぶちまけたこの言葉に強い正当性があることは、疑いない。 　彼の考えでは、朝鮮人は、日本の東アジア大陸に進出する政策の最初の犠牲者であった。 　日本は常に朝鮮の安定を極東平和のカギと見て来たが（1）、日本の政治家たちは、この安定は併合によってのみ達せられると結論した。 　彼らは一九〇五年、朝鮮に保護権を確立した。この年一一月一八日、朝鮮国王は日本の圧力に屈服することを強要され、彼の国の外交権は日本に引き渡され、在外朝鮮人は日本の外交官吏の管轄下におかれることになった。 　自分が行ったことに屈辱を感じ、国王は列強の同情を彼のために起こさせることによって、祖国から日本の支配を取除こうとし、一九〇七年、第二ハーグ平和会議に密使を派遣した。 　日本はこれを知った時にすぐ反発し、国王は譲位を強いられた。 　それまで顧問であった日本の朝鮮における統監は、今や同国の行政を運営し、一九〇七年、朝鮮の資源を開発するために、東洋拓殖会社を設立した。 　一九一〇年五月、日本の陸相寺内寿一は、統監に任命され、朝鮮をしっかり日本憲兵の支配下においた。 　その年の八月までに彼は朝鮮政府との間に、その主権を日本皇帝に移譲する併合条約を締結していた。 　このようにして、東洋における最古の国家の一つであり、初期の日本が中国の偉大な文明の衝撃を受けるかけ橋の役割を演じた朝鮮は、日本帝国の一部となった（2）。　 　併合につぐ三五年間、朝鮮のナショナリストたちは、祖国を日本の統治から解放するために尽力した。

　ある者は、ナショナリスト集団や集会を組繊し、他のものは日本人にテロ攻撃を加えた。
　日本は報復した。
　一九二三年の東京大震災ののち、在日朝鮮居留民数士が日本人により、残酷にも襲撃されたり、殺されたりした。
　日本人は彼らを地震の災厄の身代わりに仕立てたのである。
　朝鮮では反日暴動が、一九二九年、三〇年にあり、日本が中国における彼らの成功を祝うために示威を行うことにきめた時、若い朝鮮人伊奉吉（ユン・ボン・キル）は演壇に爆弾を投げた。
　在中国日本軍総司令官白河義則大将は死に、野村吉三郎海軍大将は片目を失い、のちに外務大臣になった重光葵は、片脚を失った。
　一方では抑圧、一方ではテロ行為、これが典型的な植民地の情況であった。
　アメリカと中国にいる朝鮮人亡命者はテロ政策について意見が分れていた。
　三〇年代に蒋介石の保護の下に重慶で活動していた朝鮮臨時政府の内閣は、爆弾投げの中止を主張する在外朝鮮人亡命者の一番の大物李承晩に、何度か悩まされた。
　李承晩は、爆弾投下は日本の宣伝に力を加えるだけだと述べた。
　真珠湾は彼が必要とした機会を提供した。
　すぐに、彼は中国にいる朝鮮兵カを連合軍の使用に委かせ、亡命中の首相金九に、アメリカ政府に電報を打ち、中国にある朝鮮共和政府を、朝鮮人の正統な政府として承認することを提議するよう説得した。
　アメリカ国務省は冷静かつ用心深く行動した。
　極東局長スタンレー・ホーンペックは李承晩を私的な個人として扱い、正式承認の希望を与えなかった。
　陸軍省の反応はそれよりもやや有望であった。
　在中国朝鮮政府は日本に宣戦しており、彼ら兵員は武器貸与の援助を受ける資格、があることを希望した。
　彼らは三万おり、それまでは蒋介石が分け与えることが出来た限りの装備で何とかやりくりしなければならなかった。
　アメリカが一方では平和を維持し、他方では日本を戦争に追いこもうとしていた一九四一年初期には、ホーンペックの冷静さは十分理解できた。
　アメリカがひとたび交戦状態に入った以上、それはさほど理解できるものではなかったが、李承晩は、国務省から彼の政府の正式承認を、どんな種類のものもしぼりとることがむずかしいことを見出した。
　朝鮮・アメリカ協会の彼の友人たちは長文の手紙をルーズベルトに送り、日本軍に徴集されたり、日本に労働者として使われている数千の朝鮮人に対して心理作戦を用いることを主張した。
　「アジアに新秩序を樹立するという日本の要求を論ばくするのには、この新秩序の最初の犠牲者、朝鮮国民以上に、うまくやれるものが、誰かいるであろうか？」と彼らは結論した（3）。
　しかし、李はアメリカにおけるただ一つの朝鮮の声ではなく、また国民党中国にいる朝鮮人が朝鮮人亡命者のただ一つの組織体ではなかった。
　シベリアに相当大きな朝鮮人社会があり、多くの朝鮮人共産主義者や共産主義同情者は、李承晩と重慶の“大韓臨時政府”に反対した。
　国務省の注意を要求した一人、ハン・キルースは、李は朝鮮人との接触を失っているが、彼ハンは日本で卑しい仕事をしている三〇万の韓国人を代表しており、したがって主要な日本の建物に近づき得る立場にある、と声明した。
　国務、陸軍両省は、ハンによって朝鮮から送られる資料に印象を受け、一九四二年おそく李承晩はスクンレー・ホーンベックから、彼が朝鮮内では有名ではなく“大韓臨時政府”は独自に作られたもので、亡命者の限られた集団にすぎない、とぶっきらぼうに告げられた（4）。
　国務者はこの見解を固く、一貫してとった。
　一九四五年六月、極東局長代理フランク・Ｐ・ロックハートは、李に手紙を書き、言葉をにごさず述べた――

　カイロ会談における三国の宣言は、朝鮮の独立をほのかに示していた。
　彼ら自身が声明したように、朝鮮国民の奴隷化を念頭において、三国は、
　「朝鮮をいずれ（in due course)自由にし、かつ独立させる」と決意した。
　李は“in due course”の句に当惑し、ルーズベルトと国務省に説明を求める手紙を書いた。
　返答は来なかったが、国務次官アーチボルド・マクリーシュは、一九四五年ラジオ放送で、朝鮮はいずれ独立するであろう（これは恐らく彼らが自治能力を持った時に直ちに、ということを意味する）と発表した（6）。
　李はフランク・ロックハートに、「我々は、恐らく（Presumably）よりも、もっと明確に知ることを望んでいる」（7）と烈しく通告した。
　しかし、国務省は、一九四五年には、三年前よりもより大きな慰めを与える徴候を見せなかった。
　実際、アメリカの世論は、朝鮮についてその方向に全く確信を持たなかった。
　問題は、一九四五年二月のヤルタ会談で、ソ連と討議されており、会談からのうわさは、アメリカがスターリンとの間に「対日戦争の終結後まで朝鮮がソ連の勢力下に止まる」（8）ことを意味する秘密協定に調印したという確信を李承晩に与えていた。
　陸軍長官ヘンリー・スティムソンが大統領の死後回顧したところに従う限り、ルーズベルトの考えは、
　「朝鮮人に自ら統治する用意が出来る時まで、朝鮮を国際信託統治下におく」ことであった（9）。
　ソ連は、このような信託統治に参加すれば、ソ連仕込みの朝鮮部隊の強力な存在を利用して、結局は彼らに有利な政権が朝鮮半島全土に確立されることを確実にするであろうことを想像するのは困難ではなかった。
　実際、ソ連は、関東軍に対する攻勢の一部として、日本の降伏前に陸海から北朝鮮へ侵入し、降伏議定書が彼らの前進を制限する前に出来るだけ南へ兵力を送った。
　ところが、制限は前もって合意されていたのであった。

　　　2　三八度線 top

　日本がポツダム降伏条件を受諾しようとしていたことが明らかになった時、朝鮮に最も近い米軍基地は沖繩であるのに、ソ連兵力は朝鮮東北海岸の清津にいて、数日間内に全国に圧力をかけ得る立場にあった（10）。
　ソ連が対日戦争に入った場合、同じ地帯で行動するソ連兵力との衝突を避けるため、太平洋における米空海兵力の作戦限界がすでにポツダムで討議されており、そとでは（北海道と樺太の間の）宗谷海峡と朝鮮の咸鏡北道を結ぶ抛物線について妥協が出来た。
　朝鮮における終戦についての日本の歴史家、森田芳夫は、この線は海空作戦のためのものであると信じている（11）。
　しかし、同線が海空の境界と同じでないのは明白で、完全なアメリカの境界に関する提議は、三八度線が海軍の境界として、はっきり言及されていることを示している――

　一九四五年七月二六日、ソ連軍参謀長アントノフ将軍は、アメリカの境界に関する提議に答え、つぎのように述べた。

　この原則の「陸上」境界への延長は、米ソ兵力間の行動限界を三八度線に近い線にするため米国側によって起草された案に基づくものと、森田は見ている。
　彼は、この案の討議にアメリカ軍を代表したハル中将を、この説の根拠として引用している。
　ハルはまた、ソ連側との協定は成立しなかったと述べた（14）。
　森田の本は一九六四年に出版されたが、彼の二つの出所は、それぞれ一九五三年（ファイス）と、一九六一年（アプルマン）の日付けになっている。
　それ以来、『米国外交文書集（Foreign Relations of United States』（15）というこの問題に関係ある書が、彼に入手できなかった別の情報を供給している。
　それは、政策史研究局長Ｇ・バーナード・ノーブルが行った、三八度線の決定に関する質問に対して、当時極東問題担当国務次官、ディーン・ラスクが行った一九五〇年七月一二日付の答えを載せている（16）。
　ラスクは、日本の降伏が突然だったので、マッカーサーに対する緊急命令の考慮、他の関係諸国との交渉を強いられたことを、思い起こした。
　これらの件を協議する会議は、八月一〇日から一五日まで、国務省（ダン）、陸軍（マクロイ）、海軍（バード）の代表の間で行われた。
　八月一〇、一一日の夜、ペンタゴンのマクロイの事務室で終夜続いた会議が開かれたが、その議題は、日本の降伏に関連する詳細な実際的措置であった。国務長官バーンズは、アメリカ軍は降伏を実際上許される限り北方で、受けるべきだと思う、との意見を表明した。
　陸軍は、アメリカ軍には大兵力が入手出来ず、ソ連部隊が朝鮮北部に入る前に深く北へ行くのは容易でない、と述べた。
　アメリカ軍が無理をして行き過ぎると、ソ連はアメリカの提議を受け容れないであろう。
　当時シスクは陸軍省参謀本部の大佐であったが、マクロイは、彼ともう一人の参謀ボウンスティールの方を向いて、別室に引き退って、バーンズの政治的目的と、軍が直進する実際上の制限とを調和させるような推案を工夫するよう示唆した。
　ラスクとボウンスティールは、アメリカ軍は非現実的と思うかも知れないが、三八度を朝鮮における米ソの軍事行動の分割線として選ぶべきである、これは朝鮮の首府が米軍が責任を負う地域内に残ることを保証するからである、という案をもって、マクロイの部屋に戻って来た。
　軍はこの勧告を受話し、この線が公式のアメリカの政策となった。
　ラスク自身は、ソ連がこれを受諾したので驚いた。
　彼はソ連が、朝鮮における米ソ両軍の相対的軍事情況から、アメリカがもっと南に止まることを強く主張すると考えていたからである。
　このようにして、宿命的な三八度線は生まれたのであった。
　三八度線まで行く計画は、トルーマン大統領によって裁可され、マニラにいるマッカーサー将軍に、英・ソ・中国の国の首長に宛てた写しとともに送付された。
　スターリンは、朝鮮におけるソ連の軍事的立場がアメリカのよりも有利であったのに、これに異議をはさまなかった。
　表面的には、これはおかしく見えるが、いくつかの説明が提示されている。
　スターリンは、日本占領に参加するため、強力な申し出をしようと望み、したがって、朝鮮占領という重要性の低い問題で譲歩する用意があったのかも知れない。
　それとも、彼は満州における関東軍の強い抵抗を予期して、朝鮮占領は簡単な仕事ではないと判断したのかも知れない（17）。
　連合軍への降伏の主要文書は、もちろん、八月一一日付の修正した形の、連合軍最高司令官マッカーサー元帥の指令に基づき、日本の大本営からすべての日本軍部隊に発せられることになる一般命令第一号であった。
　その第一条ｂおよびｆ項は、朝鮮に関するものである――

　これは一九四五年九月二日に出されたが、マッカーサー元帥は、実際には、東京湾における降伏の準備に関する指令を受けるためにマニラに来た日本全権、河辺虎四郎中将に予め手渡していた。
　河辺は八月二〇日にそれを受取り、翌日それを携えて東京に帰った。
　八月二二日、外務次官は朝鮮総督府の政務総監遠藤柳作に打電した――

　この電報の直接の結果は、日本の第三四軍司令官櫛淵宜一中将と（満州の）在延吉ソ連軍司令官との間に武装解除に関する協定が成立しようとしていた時、武装解除の限度は三八度線であることが明らかにされ、人民政治委員会が平安南道に設置された二六日に、北朝鮮のソ連軍総司令官チスチャコフ将軍が、「三八度線は、米ソ両軍間の境界線に過ぎず、政治的意味は持たない」と声明したことであった（20）。
　八月二七日、日本の朝鮮軍管区司令部は宣言した――

　参謀総長は八月二八日、「三八度線以南の朝鮮とＧＯＣ朝鮮軍事区における部隊のための局地的休戦の交渉者は、ＧＯＣ第二四軍によって決定された」と発表した（21）。
　ホッジは第二四軍団の司令官であった。
　このようにして、朝鮮民衆は、彼らの国が三八度線で二つに分割されたことを、はじめて知った。

　　　3　南朝鮮、アメリカ軍の進入 top

　当初は、ウェデマイヤー中将が、中国＝ビルマ＝インド作戦区から転任、アメリカの朝鮮占領を指揮するよう指名される計画であったようである。
　彼は、中国の情勢から起こる軍事・政治問題を処理する相当の経験を持ち、東アジアについてかなりの一般的知識を備えていた人物であった。
　しかし、この決定は八月二三日に変更され、沖繩の第二四軍団長リョン・Ｒ・ホッジ中将が彼と入れかわった。
　政治情勢は一向不明瞭で、これを解明する命令は何も来ていなかった。
　マニラ駐在米領事アレクシス・ジョンソンは、横浜にある在日政治顧問事務所付きを命ぜられていたが、彼はホッジと第二四軍団軍政官チャールズ・ハリスと八月二五日、横浜で会談した。
　ホッジは合同参謀本部から何の指令もまだ受取っていたいことがわかったので、彼は朝鮮に着いたら、日本に関する指令を、必要な変更を加えて、そこに適用しようと思った。
　いい換えれば、マッカーサーは、天皇と日本の現存政治機構を通じて行動していたので、ホッジは、日本の朝鮮総督――日本の首相であったことのある阿部信行――と彼の日本人幕僚を通じて、アメリカ軍政長官の包括的指令の下に行動しようとした。
　ジョンソンは、この政策は望ましくない、とホッジにいった。
　むろん、彼は正しかった。
　朝鮮人は何十年間も彼らを抑圧し今、アメリカ軍がそれから彼らを解放してくれていると思ったその政権が存続することには、当然、堪え難いと思うだろう。
　日本自身すでに彼らの主権の終止を予期しており、八月二四日の日本政府の会議は、独立問題を決定する平和条約の調印まで、今外国軍隊に占領されようとしている朝鮮に対する日本の主権は、停止されたものと考えなければならない、と声明した（22）。
　この意味の電報が、二六日、政務総監に送られ、これを追っかけて二九日、在朝鮮日本当局に米占領軍のための施設を用意する権限を与える別の電報が送られた。仁川湾に通じる一〇マイルの通路のすべての機雷は取除かれ、この地域におけるすべての運航は停止され、対空施設は機能を停止されることになった。
　日本第一七方面軍は、八月三一日、米第二四軍団と無線連絡をとり、通訳小田安馬と《ソウル・プレス》の主筆、宮永品吉を通して、アメリカ側は彼らの要求事項を伝えた。
　九月三日、ホッジ軍は沖縄を出発、五日に二四隻の掃海艇が仁川に近づいた。
　そのうち二隻が仁川湾に向い、主力軍揚陸の準備が進んでいた。
　日本政府は、ソウル飛行場を六日のために準備しておくこと、仁川の港湾業務のために五〇〇○人の労働者を用意すること、港の近くに七万五〇〇〇バーレルの石油を貯蔵出来る補給地を使えるようにすることを命じられた。
　一〇人の総司令部将校のためにホテルとアパートを、第二四軍団の四〇○人の将校のためにも、同じものを見つけなければならなかった。
　また、二万五〇〇〇の兵員のためにバラックを、二万のベッド――　一ベッド当たり一〇〇平方フィートの余裕のある――、食堂、冷蔵庫などを設えた病院地区を整備しなければならなかった。
　アメリカ軍先発部隊は飛行機で九月六日金浦飛行場に到着した。一八機が沖縄を発ったのだが、逆風と暴風雨が彼らを散らし、ただ二機が着陸地にたどりついた。
　そのうちの一機はハリス准将と三一人の兵員を乗せていた。
　ハリスは、戦前朝鮮にいた宣教師と接触していたが、彼らは総督府に非常に達者に英語を話す小田安馬がいることを彼に教えていた。
　車で朝鮮ホテルまで彼と同伴した通訳に、「通訳のミスター・小田に会いたい」と彼はいった。
　同伴者はたまたま外ならぬ小田その人であり、小田はアメリカ軍が上陸前に彼のことを知っているのにびっくりした。
　ハリスは迅速に総督府と日本軍総司令部とともに連絡委員会を作り、彼らに、総督府の建物を、朝鮮ホテル、半島ホテル、三井ビルともども、引き渡す準備をするように告げた。
　仁川の日本部隊は郊外に撤退するよう命じられ、ソウルのそれは、九日一二時までに退去するよう命令された。
　憲兵と治安のために必要と見られた部隊には例外が認められた。
　これは、アメリカが重大な誤りをしはじめた点てあった。
　ハリスは政務総監遠藤と会見し、彼に、朝鮮の行政は現在使用されている建物で、同じ職員と同じ機能と施設をもって遂行されることになる、といった。
　遠藤は丁重に「朝鮮に軍政を布くのが貴下のご意思ですか？」と聞くと、ハリスは否定し、アメリカは総督府を通じて行動する考えであると答えた。
　遠藤はこれを文言にすることを要請したが、ハリスは異議を唱え、彼自身の仕事は単に準備作業に過ぎないので、彼は彼の司令官の意図を解釈して伝えることが出来るだけだ、といった。

　また彼は遠藤に、この行政機構がどれほど長く続きそうかについて、それは連合軍最高司令官の決定次第だからと、言明することはできなかった。
協議は午後になるまで続き、遠藤はこの機会を利用して、総督府は食糧、塩、燃料、運輸、電力の不足を、また北朝鮮と満州の戦闘からの避難民によって生じた問題について心配していることを指摘した*。
　　　*　総務局長山名酒喜男によって当時作られた覚言から（24）。

　ホッジとハリスは明らかに、現地の日本行政府が占領諸国の代わりに行動しつづけることを期待していた。
　しかしその後の出来事は、国際世論が、朝鮮における日本統治の継続――それがどんな援助者の下であろうと――を支持しそうにないことを、明らかにした。
　ホッジ自身は、九月七日、キンケイド提督の第七艦隊の庇護の下に、仁川沖に着いた。
　八日、水先案内人と通訳たちがホッジの二五隻から成る小艦隊に乗せられ、その日午前一〇時、参謀副長久保満雄がアメリカの旗艦に乗艦し、第二四軍団の参謀と接触した。
　八日午後一時、アメリカ軍は、月尾島に上陸作戦を開始した。
　一時三〇分、ホッジは、遠藤の指導の下に総督府のすべての部局の役人（教育、司法両局長を除く）と、第一七方面軍参謀長井原潤次郎、守備隊幹部将校とによって歓迎された。
　すでに二〇○人の日本人が島を清掃するために徴発されており、さらに五〇〇人がアメリカ側の貨物を運ぶために選抜されていた。
　日本警察は、この日、医者、産婆、郵便員を除いて誰も街頭に姿を見せることを厳重に禁止していた。
　外出しなければならないものは、警察長官から文書による許可をとらねばならなかった。
　しかし、米軍を迎えたいと望んだ朝鮮人が多数いて、彼らは波止場の側に集った。
　午後二時、宮町大通りに赤旗を携げた大勢の朝鮮人が制限区域に突入しようとし、宮町と本町の交叉点で、日本がこの機会のためにおいておいた特別警察隊と衝突した。
　日本側は砲火を開き、朝鮮人自身の警察部隊である保安隊に属する二人が死んで倒れた。
　他の朝鮮人多数が負傷し、あるものは重傷を負った。
　群衆を解散させるために、日本警察は空中に向け発砲したが、偶然に、広兼耳鼻科病院の広兼寅雄氏を射ち殺した。
　看護婦一人は重傷を負った。
　二人の朝鮮人警官のために葬儀が行われた時、仁川のカトリック寺院は満員にたり、朝鮮人たちはこの機会をとらえ、日本当局に対する数千人から成る大デモ行進を組織した。
　さらにアメリカ軍に対して、朝鮮大群衆に発砲した日本警察を裁判にかけるよう要請した。
　九月一三日、仁川警察署長狩野兼重と発砲した警官は前仁川神社社務所に召喚され、裁判された。
　彼らは、事故当日、人の動きを制限する命令を出したのは米軍の命令に基づくもので、事故が発生した地域は、通行制限区域内にあった、と弁護した。
　この事件を審理した米軍法廷は仲裁付託を承認し、日本警察は全く合法的に行動したことを声明した。
　韓国人は、この事件は、そもそも日本警察が警察活動に朝鮮保安隊の協力を受け容れることを拒み、彼らを無視したことから起こったものである、と烈しく不満を訴えた。
　彼らは再裁判を要求したが、アメリカ側は、警察官以外は警察活動に就いてはならない、と彼らに告げ、要請をすげなく拒絶した。
　その五日後、朝鮮民族に対するトルーマン大統領の声明が発せられた。
　それはやや受け容れにくくきこえて来たに違いない。

　アメリカ軍は、朝鮮でも、本国のアメリカでも、この不幸な事件について、新聞の反響は非常に悪かった。
　これは、占領軍と彼ら自身の新聞記者との関係を悪化させることになり、ホッジ中将は彼らを左翼急進分子であると、あからさまに疑った。
　朝鮮における政治顧問Ｈ・メレル・ペニングホフは、九月一五日ソウルから国務長官宛に強い言葉で、つぎのようにに書き送った――

　ホッジは、マッカーサー宛に、アメリカの新聞特派員について、ほとんど同じ調子の手紙を書いていた。
　「望ましくない、小児病的な考えを持つものの大部分が、一層刺激的な努力の場へ移動して行きました」
　と彼は九月二四日に書いた。
　「残っているものは、より思慮があり、アメリカ市民としての責任をより一層念頭においている人々です」
　それでもなお彼は彼らに口輪をはめることを望んだ。
　「今なお、彼らが、もし発表された場合、朝鮮におけるアメリカの使命を卮くするようなソ連の記事を送り込む傾向があります。
　当地のＵＳＡＦＰac（米太平洋地域軍）検閲官は、危険と考えられるようなすべての記事を抑えるよう、貴司令部から警告を与えられるべきものと、思われます」（27）。
　軍政府の朝鮮人の扱いに対する批判がひどくこたえたことは、ホッジの政治順問ラングドンによる国務長官宛のその後の手紙から明らかである。

　　　4　占領の障害 top

　むろん特派員たちは現地の事情に関する知識をもたなかったが、この点では第二四軍団が身につけていたものに劣っているとも思えなかった。
　ホッジ中将はブリーフィングも受けていなかったし、「専門家も同行しておらず、朝鮮語がわかり、朝鮮人の歴史、習慣、心理を知っている将校も持っていなかった」と、あるアメリカの李承晩伝記作家は書いている（29）。
　この手落ちは、朝鮮人の祖先をもつ米市民を、丁度日本で通訳や翻訳者として使える日本人二世を十分持っているように、使おうと思えばたっぷり持っている、米軍のような組繊では、ほとんど許し得ないことであった。
　ホッジがブリーフィングを欠いたのは、アメリカ軍というより、むしろ当時の国際情勢の反映であった。
　誰も、朝鮮がどのようになるのか、これを国際信託の下におくという漢然とした案が出されている、という以外に、はっきりと知っているものはなかった。
　四ヵ国の信託は一九四五年五月のスターリンとハリー・ホプキンズの会談で合意が出来ていた。
　翌月、Ｔ・Ｖ・宗（行政委員長宗子文）が中国を代表して同意を与え、ワシントンの英大使館は、計画について国務省から口頭で知らされた。
　公式のイギリスの見解は、朝鮮に適切な政府を保証し、国際的摩擦の焦点になることを防ぐようなどんな案も受諾できるが、唯一つの問題は信託統治がうまく機能するかどうか、ということだった（30）。
　外務省の極東部長は、ロンドン駐在米大使ワイナントに、実際問題として独立の朝鮮政府を樹立し、これに外国顧問を供給し、それから、これらの顧問たちが国際連合に対して責任を負う何らかの最高顧問の下に、統治の実権を握るように意を用いる方がよかろう、と示唆した（31）。
　イギリスの見解は、標準的な植民主義者の考えで、朝鮮人自身、その政治的色彩を問わず、信託統治を植民主義と解釈し、一さい受けつけようとしなかったことは、疑いない。

　ラングドンは、金九の下に中国に樹立された“大韓臨時政府”との提携に対するアメリカの警戒を緩めるべきこと、金九の“政府”は、解放朝鮮の最初の政府として競争者を持たないので、すべての分子と党によって半合法的と見られている。
　もしソ連が、彼らの地区内のものを金九の統治委員会に参加させることを許さない場合は、この案は三八度線以南の朝鮮に対して実行に移されるべきである、と結論した。
　このようにして、この方針が固まり出した。
　「最も偏狭で、利己的で、政治思想において混乱している」（33）と考えた朝鮮人と対比して、ホッジは日本人を非常に協力的であると思った。
　彼は一九四五年一〇月一七日、ソウル日本人世話会の会長穂積真六郎、二人の副会長久保田豊、渡辺豊日子と会見し、彼らにそういった。
　穂積は日本人が世話会を作って自らを助けなければならない困難な情況にある時、助力を惜しまぬアメリカの態度をありがたく思うと感謝した。
　彼らはこの会話を記録にとった。

　しかし、ホッジは日本側の振舞いが完全から遠いことも知っており、警告の言葉をつけ加えた。

　穂積はホッジの裏切り分子に関する言及に対し、用心深く言いわけをしていたが、彼とその他のものは、ホッジが憲兵とのいざこざについて話しているのだと推論した。
　大部分が二〇歳ぐらいのこの強力な秘密の軍事警察組織の若いメンバーたちは、降伏にひどく腹を立てており、日本に帰りたがっていた他の在朝鮮日本人と違って、憲兵のあるものは、軍政府に対する不安の焦点として活動することを目的とする、〈ククマ機関〉と呼ぶ組織を、自ら結成していた。
　九月末、ホッジが日本人世話会と会った数週間前、憲兵が使っていた、ソウルの東大門にある警察署が捜査を受け、小さい兵器庫があることがわかった。
　機関銃二挺、拳銃一六丁、手榴弾二箱、その他の兵器と類別された短刀と長刀が発見された。
　四四人がアメリカ防諜当局によって逮捕され、憲兵曹長土井又一郎とその他の六人が、一一月の軍法会議で五年の判決を与えられた（35）。
　それからまた、阿片事件があった。
　終戦の時、総督府は、七五六箱に入れたバトンの阿片を厚生省に発送している最中であった。
　憲兵は、総督府財務局長水田直昌の黙認の下に、輸送を担当していた。
　アメリカ軍が到着したとき、憲兵は撤退しなければならなかったが、日本の民間人が阿片をアメリカ軍に引き渡すよう要請された。
　アメリカ軍が阿片を押収した時、いくつかの箱が紛失しているのがわかった。
　朝鮮軍管区司令部と朝鮮憲兵を調査した結果、憲兵特高課長の野田武彦大尉が禁固二年の判決を下され、彼は東京の巣鴨刑務所で服務した。
　日本の民間人（木村清）は三年の判決を言い渡された。
　総督府地方財務局と専売局の役員たちが逮捕され、一五日後に釈放され、水田の問題が調査された。
　ソウルは日本の犯罪人を惹きつけたようであった。
　一九三〇年浜口首相を暗殺した佐郷屋嘉明は一九四○年に釈放され、一九四五年、武器と阿片所有のかどで裁判を受け、禁固三年の刑に処せられた。
　アメリカ軍法会議で有罪判決を受けた総督府の役人は、慶尚南道の直接税課書記官原田一郎、慶尚指道の直接税課長石村隆司、同理財課長阿部鶴吉、帝国銀行釜山支店長吉瀬俊助、木浦警察署長山崎重雄などであった。
　一部の日本人にとっては、植民主義の誘惑が余りに大きかったことは明らかである（36）。
　アメリカ占領軍が日本の総督府を通じて行動しようとしていることを知って、朝鮮人はショックを受け、憎悪を燃え上がらせた。
　ホッジもまた一九四五年九月二四日までに、これがよくないことに気づき、人員の不足がどうであろうと、全南朝鮮にアメリカ軍政府を設置しなければならないことを理解した。

　同じ手紙の中で、ホッジはマッカーサーに、釜山港が処理し得る限り急速に、まだ彼の第四〇師団が同港の管理権を握り次第、日本軍の日本への移動を開始することを、告げた。
　ホッジが日本人を混乱の情況における安定的要素と見た、という証拠はあるけれども、彼の政治顧問ベニングホフが、日本軍が帰還を終えるまでは朝鮮には安定した状態は確立できないであろう、と述べたのは、ホッジの考えを正しく解釈している。
　日本軍を朝鮮で解隊させることは出来ず、またこれを収容所に入れなければ、効果的に管理できないだろう。
　収容するとなれば、日本部隊を食べさせ、住まわせる責任はアメリカ軍にかかることになり、アメリカ軍に新しい問題を提起するであろう。
　したがって日本軍をできるだけ早く集め、本国に送還することが、アメリカの利益であった。
　鉄道施設は限られており、石炭が早急に十分入手できなければ、三八度線以南の鉄道は動きを止めなければならない、とホッジは報告した（38）。
　二日後、彼の政治顧問は、国務長官宛に、マッカーサーの総司令部との間につぎのような協定が成立したことを報告することが出来た。
　総司令部は日本政府に対し、通常の方法で北朝鮮から石炭を入手出来るようになるまで、毎月九州の石炭七万トンを釜山に送るよう、指令することにする（39）。
　しかし、朝鮮に安定した朝鮮政府を樹立する問題は、アメリカ占領軍が当面した問題の一部に過ぎなかった。
　最初、彼らはまず第一に日本軍を武装解除し、本国に送還するために朝鮮にいるという理由に主として関心を持った。
　この任務は、送還が実施される他の地域と違って、朝鮮では、この国に定住し、朝鮮の経済と行政を事実上管理していた相当数の日本人がいた、という事実によって複雑にされた。
　一九一〇年の併合の時、朝鮮の人口は、ほぼ一三〇〇万であった*。
　　　　　*　つぎの数字は一九四二年までに在朝鮮日本人人口が増加した有様を多少示している。

　　　　　　しかしこれらの数字は全部の話を語っていない。
　　　　　　一九四二年における種々の職業間の比率の開きを示すと、大体このような姿になる。
　　　　　　　　職業（％）

　　　　　　　　　　　　（森山による、一二ページ）

　戦後の初期における朝鮮の人口は、日本、中国、南方地域の日本軍の許での勤務からの帰還による人工的増加をふくめて、二九〇〇万人あった。
　この人口は政府や実業界における経験をもった多数の人々をふくんでいない。
　終戦時、南朝鮮には、軍人と民間人をふくめて六〇〇万の日本人がいた。
　一九四六年八月末ごろ南朝鮮の人口は一九三六万九二七〇であった。
　一九四五年九月六日、ハリス准将が着くと直ちに、日本軍の交渉委員は彼に面会、“日本軍の本国帰還はアメリカ軍によって実施されるであろう”といわれた。
　九月九日井原参謀長はアメリカ軍参謀長からつぎのように命じられた。
　「アメリカが占領していない地域では、二五パーセントの部隊は武装のままでよろしい。
　すべての他の武器と資材は引き渡しを待つため、アメリカ軍が指定する地点に移動すること」。
　七つの場所が、日米両連絡チームが一将校の指揮の下に行動すべき点として指名された（40）。
　最初、日本で深刻な食糧欠乏があり、何ヵ月間か入手できる船はすべてその輸送にとられるので、早急な帰京は問題になりようがないように見えた。
　そこで部隊は冬の間、済州島に集結するように命じられた。
　第九六師団は済州島に、一九四六年初夏までもつ（そう推定された）だけの食糧と用品を集めていた。
　連合軍は、日本人が占領していた国から、現金と財産をすっかり持ち出すことのないようにすることに意を用い、帰還する日本人が本国に持ち帰ることの出来る額に制限を付した。
　この政策に従い、大蔵省から運輸事務所長に宛てた一九四五年一〇月一三日の命令により、日本の民間人および軍属は、乗船港において、日本銀行券または朝鮮銀行台湾銀行、満州国銀行通貨で一千円の保有を許された。
　（士官候補生をふくむ）将校は、五〇〇円、下士官と兵は二〇〇円を許された。
　為替・局は乗船港にだけ設けられ、交換は日本銀行の現地支店またはその代表によって行われ、日本円を同価でとった。
　貴重品は限度内で、持ち帰ることが出来た。制限は一人が一度に自分で持てるだけを保有することができる、というものであった（41）。
　九月二七日と一二月二八日の間に南朝鮮から、一七万六二四一人が送還された。
　この数字は、北朝鮮からの逃亡者であった日本部隊をふくんでいない。

　　　5　北朝鮮のソ連軍 top

　ソ連の北朝鮮での仕事は、はるかに楽であった。
　彼らは政府機構を保持する責任も負わず、勝利の戦いに忙しい戦闘部隊としてやって来た。
　彼らは政治、行政の権限を朝鮮人民委員会に手渡して、日本の政治、司法の官吏と警察幹部を逮捕した。
　どの州でも、警察長官、内務局長、財務官吏は拘留された。
　警察はソ連軍から捕虜として扱われ、軍人と同じように収容所に入れられた。
　彼らの日本軍の扱いは、英米両国が与えた待遇とは全く違っていた。
　彼らは日本の支配を通じて工作する意図は全くなかった。一つには、支配そのものが過去の有効性をおおいに失っていた。　終戦の時に、日本軍は彼らの部隊から朝鮮人と朝鮮で徴集されたもの全部を分離していた。
　多くの部隊は、ソ連軍が彼らを武装解除する前に、大量脱走によって解体していた。
　規律は緩み、ある場合には、部隊の半分が脱走していた（たとえば、第二六歩兵連隊）。
　日本軍の武装解除を終えたのち、ソ連は野戦将校以上を下級士官、下士官、兵から分離した。
　日本軍の組織は解体された。
　つぎに、兵卒は約一〇〇〇人単位の大隊型の部隊に編成され、将校はこれら新しく作られた部隊の責任を持たせられた。
　約三万四〇〇〇の兵が平壌に近い三合里の日本軍兵舎に集められた。
　彼らは各種部隊の混合物であった――
　第一三七師団、平壌地区部隊、第五海軍補給部隊、航空部隊、関東軍補給部隊、満州の新京、通化地域から北鮮へ退却して来た半端の部隊など。
　他の者は近くの町美勒洞に宿営させられた（約二五〇〇人）。
　そこにはスペースは十分あったが、三合里の兵舎はあふれたので、日本部隊を保持するために馬小屋やテントを使わねばならなかった。
　食糧割当てはきびしく切りつめられた。
　一日二食が給与で、第二食は大体乾し魚だけから成っていた。
　ソ連軍の進撃によって起こされた恐怖感は、ソ連の目的に非常に役立った。
　満州侵入が始まるとすぐ、朝鮮へ向う南行きの列車は満州からの避難民で一杯になった。
　何千というこれらの難民は主要な朝鮮の都会に集められ、多くの者は、釜山港にたどりつき、対島海峡を横切る運航が止
むまでに日本に渡ることが出来た。
　この大量脱出はソ連に自由行動の余地を与えた。彼らは朝鮮の政治犯人を解放し、地方ソビエトを設立した。
　また工場を日本軍の収容所に変え、オーストラリアやイギリス部隊が同じ目的のために解放されたことのある感化院や収容所を用いた。
　ソビエト地区には、部隊、警察、総督府官吏など総計約七万六〇〇〇の日本人がいた。
　収容所は鉄条網で囲まれ、厳重な警備の下におかれた。
　キャンプそのものの内部では燃料を集めたり、食事の仕度をする以外はする仕事はあまりなかったが、部隊は、ドックや、工場、鉄道、飛行場の維持など野外の仕事に使われた。
　しかし、これは幕合い劇に過ぎなかった。
　一九四五年九月末から、日本部隊はソ連に移送された。
　一九四六年一月までに約二五大隊が三合里と美勒洞から満州へ、興安、延吉地域に送られた――計約二万五三〇〇人。
　他のもの（約五万三〇〇〇人）は一九四五年秋と一九四六年夏の間に、海路でナホトカとウラジオストックに送られた。
　朝鮮人に対する罪に問われているものは別として、警察と政府官吏は満州の延吉で、収容所に入れられた。
　つぎに、ソ連は設備を移動しはじめた。
　満州で起こったのと同じ大掠奪ではなかった。
　ソ連は不当に北朝鮮人に敵意を抱かせることを望まなかったからである。
　彼らは、一九四五年一〇月から三〇〇〇人の部隊を強制労働として使い、水豊ダムから電気設備と水車を移動した。
　鴨緑江のダムは北朝鮮だけでなく、南朝鮮に、その電力の大部分を供給していたので、アメリカ側かこの没収に狼狽したのは当然であった。
　朝鮮人自身も掠奪に反ぱつした。
　ある人民委員会の長は、一工場がその装置を取り去られた時、烈しい抗議のため大声で叫んだ。
　「ここからもう一つ撤去するなら、まず私を殺せ！」（42）
　ソ連部隊が最初進入して来た時、多少の強奪や殺害が行われたが、一九四六年初めまでにはソ連人と北朝鮮に残っていた日本人との関係はある程度改善してした。
　一人の日本娘はソ連軍少尉と結婚さえした。
　しかし、ソウルで、恐慌に取りつかれ、恐怖におびえる難民が行った報告は、東京に伝達され、日本側は、自分自身の悲惨に参っていたけれども、ソ連の手中にある同胞の運命を軽減するために何かをしようとした。
　外交活動がなお、どのように行われたかを見るのは興味深い。
　朝鮮の日本総督阿部信行大将は八月二八日、重光に打電し、日本人が保護されていない地域では、日本人に武器を保持する許可を得るように、促した。
　日本外務省はまた、一九四五年八月二九日、朝鮮総督府政務総監から、逮捕されていた政府官吏の釈放を要請するよう依頼し、日本人の財産を保護するため何らかの措置をとるよう依頼する電報を受理していた。
　九月一日、外務省は日本の代理として行動するようスウェーデンに接近することを決めた。
　スウェーデンは中立国として、戦争中、日本における連合国の利益のために“保護国”として活動していた。
　したがって、平壌のソ連軍当局との通信が存在しなかったので、東京駐在のスウェーデン公使が、ソ連政府との間に介入するよう依頼されたのである。
　同じように、さきに平和交渉に一役演じたことのあるスウェーデン駐在日本公使岡本季正は、スウェーデン外相代理に会見を求め、モスクワ駐在スウェーデン公使を用いて、日本の要請を北鮮における現地司令官に伝えるよう依頼した。
　それは非常に回りくどいやり方だったが、この接近はソ連からあっさり片づけられた。
　人民委員ロゾフスキーはスウェーデン公使にいった。
　「日本は降伏したのである。敗戦国が保護国から保護を要請するのは、国際法に前例がない。
　しかし、問題は専門家によって研究されているので、もう数日待って頂きたい」（43）。
　ついに九月八日返事が来た。
　「日本は降伏したので、その国際的地位は全く変った。
　現在保護の責任は、日本における連合軍総司令部（ＳＣＡＰ）にある」。
　したがって、スウェーデン政府はその在日公使に、保護国としてのスウェーデンの義務は終ったものと考える、と通知した。
　そこで日本は翌日、ＳＣＡＰを通じて接近を試みた。
　ソ連支配下の地域で抑留されている日本人の数字が提出された。
　単に北朝鮮だけでなく、日本人かソ連軍に降伏したすべての地域の数字もふくんでいた――

　　　　　　　*（関東州の三〇万を含む）　　　

　朝鮮に関する数字は満州から逃げて来た軍隊をふくむにしても、大き過ぎるように思われ、千島に関する数字には明白な食い違いがある。
　しかし、一九四五年九月に、ソ連の手中に三〇〇万近くの日本人があったことは十分ありそうなことである。
　ＳＣＡＰは、九月一七日、北朝鮮との関係の改善と釜山との直接鉄道連絡の再開は、ソ連の権限内の問題である、と回答した。
　空くじを引いた日本は、別なやり方を試みた。問題は一層切迫しつつあった。
　夏から秋に移るにつれて、収容所の状況は悪化しはじめた。
　北朝鮮の秋は寒い。重光はスイスと接触することにした。
　スイスにおける日本公僕加瀬俊一は、九月一〇日、満州、北朝鮮の状況に関連して、国際赤十字から援助を求めるよう依頼する電報を東京から受取った。
　重光は、赤十字代表がこれらの地域を訪れることを要請し、同時に、スウェーデンの岡本に、ＳＣＡＰが北朝鮮満州の情況を統御できる立場にないと考えていると、打電した。
　在日スウェーデン大使館参事官エリクソンは、ソ連大使ヤコブ・マリクに接近したが、彼はそれは権限を越える問題だといって拒絶した。
　日本駐在の国際赤十字代表ジュノーにも接触がとられたが、彼はソ連との関係は順調というには程遠く、彼らは耳を傾けそうにはない、と認めなければならなかった。
　これらの色々な接近が実を結ばなかったので、重光は岡本にスウェーデン政府が人道的見地から保護国として活動を続けるよう、提議することを要請した。
　平和条約が結ばれ、平常の外交、領事関係が再開されるまで、交戦国は、第三国による保護権の行使を必要なものとして了承するものと、重光は確信していた。
　実際の必要から、日本はスウェーデンの保護権を新しくソ連の支配下におかれた地域、満州、北朝鮮、樺太、千島に延長することについて、ソ連政府の黙認を求めなければならない。
　岡本はスウェーデン政府にこれをソ連に提言するよう促すことを求められた。
　岡本はそうしたが、九月一二日スウェーデン側から、ソ連政府はこのもちかけを了承することを拒絶したこと、どんな措置をとるのもむずかしい、といって来た。
　その翌日、加瀬はジュネーブの赤十字副総裁に会い、朝鮮・満州の情況を説明した。
　「お助けしたいが、赤十字とソ連との関係が切れています。
　ソ連との直接の接触は、ヨーロッパにおいても不可能です。
　貴下はイギリスやアメリカに動いてもらう方がよいでしょう。
　私は我々の東京代表ジュノーにＳＣＡＰと接触するよう訓令しています」（44）
　とこの赤十字の幹部は答えた。
　ジュノーはそこで、北朝鮮に入ろうとして、一〇月六日ソウルに向け東京を立った。
　しかし、ソ連から許可が来なかったので、ソ連地区からの避難民の状態を観察し、彼らの必要なものを報告するだけしか出来なかった。
　一〇月一七日、彼は日本に帰った。
　一〇月一二日、ＳＣＡＰを通じて新しい手が打たれた。
　終戦連絡中央事務局総裁児玉謙治は、五人のソ連軍参謀将校が平壌からソウルに来ていることを聞き、直ちにＳＣＡＰの参謀長サザーランド中将に手紙を送り、北朝鮮からの日本人の引揚げと、同地および他のソ連占領地区における日本人の状態の改善を促す覚書をソ連将校に手渡すよう依頼した。
　覚書は、日本政府からの救済資金を申し出ており日本文官を抑留から釈放するようとのいつもの要請を行っていた（45）。　我々は、この接近の結果がどうであったかを知らない。
　これらの外交交渉に加えて、外務省は元モスクワ駐在日本大使館参事官亀山一二を平壌に派遣し、日本人の引揚げにつきソ連軍と直接交渉に当らせた。
　亀山は連合軍総司令部からの許可を得、九月七日空路東京を立ち、二日後ソウルに着いた。
　九月一一日、彼は南朝鮮におけるソ連総領事ポリアンスキーとの会見をとりつけることに成功した。
　亀山は、彼が平壌を訪れることが出来るよう、仲介の労をとってくれるように依頼したところ、この総領事は、副領事コンスタンティノフを、丁度この日平壌に送るが、彼はソ連軍総司令官と接触するだろうと答えた。
　したがって、この副領事が戻るまで待つようにと亀山に請うた。
　亀山は当然待った。そして九月一七日再び総領事に会いに行った。
　結果は否定的だった。
　「私の権限は南朝鮮に限られている」と総領事は彼に告げた。
　「私が貴下をソ連軍総司令官に紹介することは無意味だろう。
　アメリカ軍は明日平壌に特別列車を送る予定で、副領事が正式協議のためにそれに乗って行く。
　貴下は何故この列車を使わないのか？」。
　その時亀山は、東京のＳＣＡＰ総司令部から手紙を受取ったが、それには、ソウルの米軍当局は彼を北朝鮮に送ることについて平壌のソ連軍総司令官と交渉中である、と述べているので、彼は列車を行かせ、ソウルで待つことにした。
　ソ連のＳＣＡＰに対する回答はそっけなかった。
　「我々はこの種の正式訪問の必要を認めない」。
　アメリカ側は一〇月六日、日本政府にこれを伝達した。
　そこで亀山は北朝鮮へ入る計画を放棄し、政務総監遠藤と一緒に日本に帰った。
　外交的圧力を支援するために、日本の衆議院は、アジア各地で終戦により立往生している在外日本人の援助政策を作成する在外日本人援助に関する委員会を設けた。
　九月一三日、同委員会は、満州および朝鮮における“不法なソ連軍の活動”を止めさせるために、人道的基礎の上に、世界世論に訴えるよう、また“満州における我々の同胞と兵士に食糧と衣服を与える”ため全力を尽すよう、政府を促した（46）。
　しかし、当時は、人道的訴えに関する限り、日本は世界世論に資格はなかった。
　それは外交的接近と同様ほとんど効果がなかった。
　ソ連は、日本自身によってなされようと、日本の代わりにアメリカによってなされようと、すべてのもちかけを拒否した。　一九四五年一〇月一二日、ホッジはマッカーサーに書き送った。
　「当司令部はいかなる主題に関するいかなる種類の了解に達する努力も、すでに拒否されました」と（47）。
　ホッジは、ソ連総領事がソウルに彼の公館を維持している有利な条件（北への特別食糧補給列車、東京への空輸など）を撤回することをなかば考えていた。
　ホッジの不満はモスクワに吹聴された。
　三週間後、国務長官バーンズは、モスクワ駐在米国大使アベレル・ハリマンに宛て、ホッジはソ連側と現地の軍事問題を交渉する完全な権限を持つが、ソ連司令官はそのような権限を与えられていないことを発見した、と打電した。
　「その結果、三八度線は実際に閉鎖された境界になり、そのため朝鮮の国民生活は大いに破壊された（48）」
　バーンズは一一月一二日、朝鮮の事態に関する通信を東京から受取ったが、それは、アメリカ将校が石炭と塩素の問題で、一一月一日平壌に行っていたことに言及している。
　将校たちは“ソ連領事館のための石炭を除いて”空手で戻って来た（49）。
　北では、アメリカ将校は何が起こっているかを観察して来たが、印象は到底好意を持てるものではなかった。
　ソ連は明らかに、永く居すわる準備をしていた。
　高級将校の夫人が続々到着しており、家は彼らのために模様替えされていた。
　解体された機械が北へ運ばれ次第、部隊が平壌を通って南に移動していた。
　現地の朝鮮人との関係は控え目のように見えたが、ソ連人の行き過ぎに関するうわさ話は減っていた。
　ソビエトの士気は高く、ソ連人はよい生活をしているように見えた。
　彼らは今、彼らの民事行政府を、“臨時政府”と呼んでいた（50）。
　アメリカ側はその地区で、朝鮮世論の関する限り、あまりうまく行っていなかった。
　一九四五年一二月一六日（51）、マッカーサーが東京の統合参謀本部に転送した、マッカーサー宛通信の中で、ホッジは明解かつ率直な“焦点合わせ”をした。
　二元的占領と三八度線での切断は占領に不可能な条件を課している。
　南朝鮮では、米国が分割の責任を負わされており、“親米”の語はいまや朝鮮人の耳には、“親日”または“国民の裏切者”のように不快にひびく。
　朝鮮人は何よりも彼らの独立を望んでおり、しかも今それを望んでいる。
　安定した状況の欠除は、共産主義の温床である。
　南の朝鮮人は、自分らの運命が北の朝鮮人よりも悪いと思っている。
　彼らは、ソ連が政治に干渉していない、と考えているからだが、朝鮮人は「私が今までに見た最も政治的な意識を持つ民族」（52）である。
　もし信託統治が課されるならば、朝鮮人は「実際に、肉体的に反乱を起こす」であろう、と彼は信じる。
　ソ連は境界を閉鎖したが、毎日日本人と朝鮮人の難民五〇〇○人以上の流出を許している。
　これらはすべて貧困者で、このことは彼らが望ましくないものを通過させようとしていることを示している。
　ホッジは、彼の解決策を要約した。三八度線の障害を撤去すること、信託統治の放棄を公表すること、独立の約束を設行すること、公的および公機関の頭の中で日本から朝鮮を完全に分離すること。
　結論として彼は、米ソ両軍の同時、完全な撤退、そして朝鮮は自分自身の工夫と、“不可避の自己清浄化のための内的変動”に委せる、ことを主張した（53）。
　ホッジは信託統治については正しかった。
　一二月、ソ連、アメリカ、イギリスの外相がモスクワで会談した。
　彼らは、日本統治の影響を清算するため朝鮮に臨時民主主義政府を設けることを決めた。
　そして米ソ占領軍からの代表から成る合同委員会を作り、この委員会が朝鮮の民主主義諸党と協力して、政府のための提案を作成し、これを、ソ連、イギリス、アメリカ、中国に提出して賛成を求める。
　つぎに朝鮮民主主義組織、臨時政府、合同委員会が朝鮮の独立を達成するために協力するが、そうしている間、朝鮮は五年の期間、四ヵ国の信託統治の下におかれることになる。
　一九四五年一二月二七日付のこの協定は、アメリカ地区における朝鮮の新旧に、激情をかき立てた。
　それは、“第二のミュンヘン”だといわれた（54）。
　朝鮮人は街頭でデモを行い、アメリカ軍政府の事務所では働くのを拒否した。
　商店や事務所は抗議のため門を閉じた。
　アメリカの宣伝機関は、憎悪の的の信託統治条項がアメリカだけの責任だという印象を拭うために全力を尽したが、ソ連の新聞発表は、すでに彼らの先を越していた（55）。
　“大韓臨時政府”の名目的首長金九は、四日それぞれの元首に宛て、信託統治条項は朝鮮民衆の願望に反し、また民族自決の原則にそむくと抗議文を提出した。
　もしそれが適用されれば、終局的に極東の平和を破壊することになろう（56）。
　金九は反信託統治委員会を組織した。
　ところが彼の抗議を支持するのは右翼グループであることが顕著になった。
　共産党とそれに同情するグループは、一九四六年一月三日、モスクワ協定に賛成であるとの態度を表明した。
　一九四六年二月、緊急国民集会で、反信託統治連合に参加するよう招請された時、左翼指導者たちはこれを拒絶した。
　集会は、元亡命者を役員に選挙することに議事を進め李承晩は大統領に、金九は副大統領になった。
　アメリカ当局は、数週間後に、代表民主評議会を作ることによって、国民集会をその反信託統治政策から引離そうとした。
　李承晩は民主評議会の議員になった。
　こうしてアメリカはいずれにせよアメリカ側が支持を誓った政策に敵対している、朝鮮社会の最も保守的な分子の支持を培う立場になった（57）。
　ボートンは、信託統治協定を、ソ連は朝鮮の半分を占領しているが、協定は米ソ双方の兵力の究極的撤退を可能にする、という理由で弁護している。
　しかし、ボートンは当時国務省の役人であり（北東アジア問題課長）、その後一九四七年四月にも、朝鮮の信託統治は、元日本委任統治下の島々の一つのために案出されたアメリカ単独の厳重な支配とは非常に違ったものになろう、と論じていた。　李承晩の伝記を書いたアメリカ人作家の考えでは、ボートンは、李の敵意を、何しろ朝鮮人自身が嫌っている以上、失敗するにきまっている政策の失敗の身代わりに利用しようとしていたのである（58）。
　合同委員会は、一九四六年の前半、数回会合したが、朝鮮が必要とした（あるいは彼らが要求した）ような臨時政府について合意に達することは出来なかった。
　国士の分割は固まり、ついに絶対的なものになった。
　北にはソ連に支配された金日成下の共産主義独裁政治があり、南では、高度に両極化した左右の抗争があった。
　両分子は互いに敵対していたが、どちらも彼らの新しい民主主義の実施を可能にするアメリカの軍事占領をきらっていた。　南は、北に比べても終戦がもたらしたはるかに大量の人口交換を処理しなければならなかった。
　米国は一九四五年一〇月末までに、南朝鮮の日本部隊の三分の二（一〇万人近く）を送還した。
　彼らはつぎの数週間内に、うち八万人を、さらに朝鮮の商工業に重要な役割を演じて来た役人を含む七五万の日本非戦闘員を渡航させた。
　一九四九年七月一日にＳＣＡＰが発表した数字は、五九万四八一二人の日本人が出朝鮮から、三二万二六四五人が北朝鮮から、うち二九万三九六八人が南を経て引揚げさせられたことを示している（59）。
　一九四六年四月ごろは、日本人世話会と、禁固刑に服している日本人、朝鮮人と結婚している日本人が残っているだけになった。
　しかし、日本軍の保護の下にアジアの各地にいた朝鮮人が帰って来た。
　日本自体から一五〇万、中国から一五万が帰って来た。
　北からの朝鮮人は――これはソ連占領に関する有利な報道が嘘であることを示している――八三万八二六三人を数えた。
　一九四六年八月末までに南朝鮮の人口は一九〇〇万を越した。
　所有権を尊重しなければならない、と宣言しているアメリカ軍の一般命令第一号第四項が日本の所有権も含むと主張したために、アメリカ軍に対して烈しい怒りが生じたことはそう不思議ではない。
　ホッジはこのことを九月一一目に総督に明らかにしたし、アーノルドも九月一六日ソウルの日本人世話会会長に同じことをいった。
　この決定は、朝鮮人が簡単に日本の施設や財産を引継ぐことは許されないことを意味している。
　彼らが抗議した時、アーノルドは彼らに、
　「これは朝鮮の財産であるが、我々は損害から守っているので、遠からず、朝鮮に引き渡されるであろう」といった。
　日本の財産の売買に関する特別の手続きが設けられた（一九四五年九月二五日）（61）。
　すべての陸海軍の施設がアメリカの財産となり（62）、これらについてのすべての取引きが禁止された。
　一九四五年おそく、財産の処分は事前の許可なしに行ってはならないことが占領軍によって命じられた。
　これら各種の規制が朝鮮人、特に日本人の家屋の持主になった人たちを刺激した。
　ソウルだけでこのような家が三万五〇〇〇あり、これを手に入れた朝鮮人は、財産の法律上の所有者である軍政府に価格を支払わなければならないことになった。
　このようなことはホッジの渉外活動の助けにはならなかった。
　むろん、すべての日本人が送還されたわけではなかった。
　両占領区とも多数の技術家を保持しつづけた。
　彼らは北朝鮮ではかなり給与はよく、彼らの月給は、北朝鮮臨時人民委員会議長自身が月四〇〇〇円、局長が一五〇〇円を支給されていた時に四五〇〇円から六〇〇〇円であった（63）。
　一方、日本にいる彼らの家族は送還を望み、一九五三年九月のジュネーブ捕虜会議で、北朝鮮はなお二〇六一人の日本人を
抑留していると苦情が提出され、日本赤十字から朝鮮赤十字に行方不明者の詳細を求める申請が一九五〇年代を通じ行われたにもかかわらず、一九六三年末でさえ四〇○人以上が残されていた。
　南朝鮮は一九六〇年になお三三〇人の日本人を保持していた。
　むろんある者は、のちの出来事の死傷者になったに違いない。
　一九五〇年七月、朝鮮戦争が突発した時、北で抑留されている日本人についての交渉が南で行われていた。
　一九五〇年七月三〇日、アメリカ軍は、何人かの日本人が市の刑務所に拘禁されている平壌を爆撃した。
　当時、罪のない訪問者も恐ろしい危険にさらされた。
　戦争突発の直前、日本商社加藤面会の従業員が、米の輸出について協議するため通産省の要請で、南朝鮮に来ていた。
　彼らの中に会社の二人の役員、木村仙吾と服田義雄がいたが、彼らはソウルに残された。
　北朝鮮軍が南朝鮮の首府に入った時、彼らは逮捕された。
　ＡＦＰ（フランス通信）に属していたフランスの新聞記者、シャントルー氏は同時に逮捕されたが、何が起きたかを説明している。

　その他の誰もが知らない。
　シャントルー氏は満浦に連れて行かれ、一九五三年春、満州、ソ連経由本国に送られたが、二人の日本人の運命は今なおわからない。
　その後、アメリカ軍部隊を指揮していた大佐が平壌に入り、政治犯を釈放した時、北朝鮮の手中には一人も日本人はいなかった。
　刑務所には朝鮮人の外は、オランダ人一人がいただけだった（65）。
　朝鮮から満州やソ連のキャンプに移され九日本軍部隊の多くも、帰って来なかった。
　北朝鮮にいた六万六〇〇〇の日本人がソ連に送られた。
　彼らはある場合、奇妙な甘言の犠牲者だった。
　漁夫たちは、住民の九五パーセントが日本人である南樺太に行き、漁獲シーズンが終ったら日本に送られるとの約束で、漁業遠征に行くために徴集された。
　あとで、行く先きは樺太でなく、カムチャッカに変わった。
　カムチャッカにおける彼らの生活についての森田の説明は、決してすべてが暗いというのではなかった。
　彼らのためにダンスが催され、映画か見せられ、彼らは全く自由にラジオを聞くことが出来た。
　もっとも、日本の局を受信できず、したがって本国からのニュースは聞けなかった（66）。
　彼らの大部分のものは一九四九年末までに、朝鮮を経て日本に帰った。
　ただし、六、七人のものは帰らず、彼らの家族は、一九六一年までに、彼らはソ連の女性と結婚し、ベチゴルスクで平和に暮している、との通知を受けた。
　その他のものは、北朝鮮の港で乗船した時、日本に向うといわれた。
　扇大佐の経験は典型的である。彼は第三四軍にいた。
　彼らは興南港に向けキャンプを出発することになった、との一ニースを受取った時、どう信じてよいかわがらなかった。
　それは一九四五年一〇月末だった。彼らと同行したソ連将校は、船は機雷を避けるため、日本海を北に進むといった。
　彼らは津軽海峡に向い、それから日本の太平洋岸を南下し、東京湾に向うであろう。
　乗船する前、すべての将校の剣は束にして包まれ、船に積まれ、出航直前、通訳の松村は、政治委員の一人が「乗船するとともに、日本部隊はソ連内務省の管理下に移される」というのを聞いた。
　すぐ近くに、大きな貨物の山の陰で冷たい風を避けていた日本の参謀将校小林がいた。
　松村は彼に今聞いたことを話した。小林はそれはおかしいと思った。
　彼らが日本に送り返されるのであれば、外務省の管轄下にあるはずだからである。
　彼が乗船した他の人々と相談した時、その本当の意味がやがて彼らにわかった――彼らはシベリアヘ送られるのだ。
　一〇月二八日の夜半、彼らは港を離れ、太陽が現われはじめた時、それはやや船尾の方向、右舷にあった。
　三〇日午後、船の前方、右舷に島が視界に入った。誰かが「あれは佐渡だ」といった。
　彼らは実際日本に着いたと、数人が考えているのを聞いた時、涙を流しはじめた。
　しかし、彼らが海岸に近づいた時、それは佐渡ではなくて、ウラジオストック湾の入口にある島だった。
　船は湾口に止まり、何度か信号を岸に送った。ボートが来て、命令を伝え、帰って行った。
　船は湾口から出て、南へ向きを換えた。
　一〇月三一日午後、シベリアの沿海州にあるポシェート港に入った（67）。
　シベリアに亡命中、何千という日本人は、彼らの国が過去三五年問、朝鮮に行使した支配のため、高価な代価を払った。
　その解放者たちは、国土を二つに切断し、彼らが作った分割線を越えて疑いを深めつつ、互いに向い合っている。
　数学的概念であることをやめた、この線はきびしい政治的現実になり、北と南に作られた二つの敵対する政権は、五年内に、戦争に突入するのであった。

　　　　　　参考文献 top

1　ヤナガ・チトシ『ペリー以降の日本』（Japan since Perry）マグローヒル社　一九四九年、343ページ。
2　同　　344-5ページ。
3　Ｒ・Ｔ・オリヴァー『李承晩、神話の背後の人物』（Syngman Rhee, The Mann Behind the Myth）ドッド・ミート社　一九五五年刊、181ページ。
4　オリヴァー前掲書　12ページ。
5　『米国外交文書集』一九四五年版・第六巻、1030ページ。
6　同　　　　　　　　　　　　　　　　　　　1033ページ。
7　同
8　オリヴァー前掲書　200ページ。
9　『米国外交文書集』一九四五年版・第六巻、661ページ。
10　森田芳夫『朝鮮終戦の記録』153ページ。
11　同
12　『米国外交文書集』一九四五年（ポツダム）第二巻、1327ページ以降。
13　同　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　410ページ。
14　森田前掲書　158ページ。アプルマン『朝鮮戦争におけるアメリカの軍』(US Army in the Korean War)陸軍省　一九六一年、
　　フェイ『混乱する中国』（China Tangle)　プリンストン大学出版部　一九五三年を引用している。
15　『米国外交文書集』一九四五年版・第六巻1069ページ。
16　同　　　　　　　　　　　　　　　　　　1039ページ。
17　森田前掲書　154ページ。脚注への参照がなされているが、著者の誤まりによって脚注は脱落している。
18　『米国外交文書集』一九四五年版・第六巻、635-6ページ。
19　同　　　　　　　　　　　　　　　　　　　659ページ。
20　森川前掲書　154ページ。
21　同　　　　　155ページ。
22　同　　　　266ページ。
23　同　　　　　270ページ。
24　同　　　　　273ページ。
25　『米国外交文書集』草稿一九四五年版・第六巻、1048ページ。
26　同　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　1052ページ。
27　同　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　1056ページ。
28　同　　　　　　　　　　　　　　　　　　　1136ページ。
29　オリヴァー前掲書　204ページ。
30　『米国外交文書集』一九四五年版・第六巻、1215ページ。
31　同
32　同　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　1130-32ページ。
33　同　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　1213ぺージ。
34　森田前掲書　354-7ページ。
35　同　　　　　832ページ。
36　同
37　『米国外交文書集』一九四五年版・第六巻、1056ページ。
38　同
39　同　　　　　　　　　　　　　　　　　　　1059ページ。
40　森田前掲書　339ページ。
41　同　　　　　338ページ。
42　同　　　　　207ページ。
43　同　　　　　218ページ。
44　同　　　　　220-21ページ。
45　同　　　　222ページ。
46　朝日新聞一九四五年九月一四日／森田前掲書　222ページ。
47　『米国外交文書集』一九四五年版・第六巻、1072ページ。
48　同　　　　　　　　　　　　　　　　　　1106ページ。
49　同　　　　　　　　　　　　　　　　　1212ページ。
50　同
51　同　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　1144-8ページ。
52　同　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　1146ページ。
53　同　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　1148ページ。
54　F・Ｃ・ジョーンズ、Ｈ・ボートン、Ｂ・Ｒ・バーン『極東、一九四二〜四六年』（The Far East, 1942-6) オックスフォード大学出版部
　　　王室国際問題研究所一九五五年。435-6ページ。
55　『米国外交文書集』一九四五年版・第六巻、1153ページ。
56　同　　　　　　　　　　　　　　　　　　　1154ページ。
57　ジョーンズ、ボートン、バーン前掲書　438ページ。
58　ナリツァー前掲書　223-5ページ。
59　森田前掲書　899ページ／ジョーンズ、ボートン、バーン前掲書　452ページ。
60　森川前掲書　928ページ。
61　同　　　　　929-30ページ。
62　同　　　　　932ページ。
63　同　　　　　794-5ページ。
64　M・シャットルー「北鮮に日本をどう見るか？」週間朝日　一九五三年秋季増刊号／森田前掲書　911-12ページに。
65　森田前掲書　912ページ。
66　同　　　　　883-90ページ。