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Index 一 二 三 四 五 六 七 八
シンガポール陥落（マレー作戦その八）
ⅩⅡ シンガポール陥落
一、山下・パーシバル両将軍の会見
畏（かしこ）くも宣戦の大詔（たいしょう）を拝して、ここに七十日、強襲渡過上陸以来、死闘猛攻七日間、遂にシンガポールは陥落した！
感激の日章旗は南の空一ぱいに燦（さん）として翻ったのである。
想えば一八一九年二月、暴虐大英帝国が東亜搾取の拠点として、ユニオンジャックを揚げてから百二十年、天人共に許されないあくなき罪科を、自らの手で裁いたものは、皇軍挙兵の前の無条件降伏であった。
死闘今やたけなわの十五日午後二時半、わが中央街道進撃部隊の前方、シンガポール街道、ブキテマ・ロード北方約四キロのブキバラウン高地南方に、突如大きな白旗がゆらめいた。
ゆらめきつつ日本軍の方へ進んで来る。
英軍参謀Ｃ・Ｈ・Ｔ・ワイルド少佐が三名の兵を連れて、軍使として停戦を申し出てきたのだ。
直ちに我が軍からは杉田中佐が会見した。
杉田中佐は、落首いた日本語で尋いた。
『無条件降伏に同意するならば停戦する。降伏の意志を有するか』 ゛
軍使は『降伏の意志あり』と答へ、午後四時十五分会見を終った。
会見の結果午後五時半を期し英軍は軍司令官パーシバル中佐自ら降伏条件交渉のため、日本軍占領地に来るべきことを約した。
会見場所はブキテマ三叉路北方方二キロのブキバトにある、二四八高地の中腹フォード自動車工場と指定された。
約した時刻より一時間十分遅れて午後六時四十分、マレー英軍総司令官Ａ・Ｅ・パーシバル中将をはじめ参謀Ｋ・Ｓ・トーランス代将、軍政部長Ｔ・Ａ・ニューピギン代将、参謀Ｃ・Ｈ・Ｔ・ワイルド少佐の四名が乗った流線型自動車は、前部に立てた大きた英国旗と白旗の二旗をはためかせて、会見指定湯所のフォード自動車工場へ。
自動車は同工場前の街跡で止め、四名は車から降りて肩を並べて工場へと進んだ。
痛々しい哀愁を漂わしながら、ヒョコンヒョコンと長身の英国人特有の歩き方だ。
白旗の自動車に続いて、杉田中佐の車も停った。会見場所は三つ並んだ部屋の最南部である。
会見室からは、針金で結んだ格子を通して、炎々と燃え続けるシンガポール市街が望見された。
この風景は恰も死闘の苦悩を刻んだ断末魔の形相図であった。
この地獄絵のような風景を格子越しにチラッと眺めたパーシバル中の表情に、一瞬淋しい陰影が流れた。
その陰影は英帝国の陰影とも見えた。
約五分遅れて山下軍司令官は幕僚を従えて、パーシバル中将らが待つ会見室へ堂々たる巨躯を運ばせ、まづ、両軍司令官は互に握手した。
山下軍司令官の不敵た面魂は精悍に見え、眼光は炯々（けいけい）と輝き辺りの人を射している。
これにひきかえ、英軍両名の顔は敗戦の苦悩に痛ましくゆがみ、パーシバル中将の顔は赤く腫れて、眼は血走っていた。
山下軍司令官は一通の書状指し示し
『これに書いてある条件を無条件に肯き入れれば、停戦申込に応ずる。極めて簡単に返答願いたい。我々は、Yesか、Noかの返事を聴きたいのだ』 |
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パーシバル中将『Yes』
山下軍司令官 『日本軍の捕虜はいないか』
パーシバル中将『一人もいない』
山下軍司令官 『日本人はいるか』
パーシバル中将『日本人は印度に送り、その身分保証は同政庁にまかせている』
山下軍司令官 『降伏意志があるかどうか、それから聴こう。無条件降伏、Yesか、Noか』
パーシバル中将『返答は明朝まで保留されたい』
山下軍司令官 『明日、明日とは何か。日本軍は今夜、夜襲しますぞ、それでもよいか』
パーシバル中将『では日本時間午後十一時半まで待っていただきたい』
山下軍司令官 『十一時半、それなら、その時間まで日本軍は攻撃しますぞ』
パーシバル中将（返答なし）
山下軍司令官 『それでもいいか、はっきり聴く、“Yes or
No? ”』
パーシバル中将『Yes』
山下軍司令官 『では、日本時間午後十時をもって停戦、今夜直ちにシンガポール市内には衛兵千名を入れて、警察権を行使するが、よいか』
パーシバル中将『Yes』
山下軍司令官 『この条件を破る場合は、今夜直ちにシンガポール市内を総攻撃する』
パーシバル中将『シンガポール市内に残留する英豪州人兵に対して、身分の安全を保証していただきたい』 山下軍司令官 『大丈夫、その点は絶対に安心してよろしい』
両軍司令官の間にこの様な押問答が交されたのち
『英軍は降伏条件の保証として十五日午後十時を期して、マレー英軍司令官およびマレー総督を日本軍の位置に連れて来ること、衛兵一千名を十五日夜シ″ガボール市内に入れ、英軍の武装解除を監視すること』
等の主たる条件を全面的に認め無条件降伏の署名を了ったのである。時に午後七時五十分。
これで歴史的な会見は了ったが、砲声すでに止んで、南海の夕暮の日射しはまだ強く勇士の衣服に照り映えていた。
昭和十七年二月十五日午後十時――シンガポール全戦線に停戦の命令は下った。
眠る勇士の枕辺に虫の集（すだ）る夜だった。
二、勅語を賜う top
大本営発表（二月十六日午前十一時四十分）
大元帥陛下には、本日陸海軍幕僚長を召させられ、南方方面陸軍最高指揮官宛に連合艦隊司令長官に対し、次の勅語を賜りたり
勅語：中略
豪胆無双な南方大作戦を統帥する陸軍最高指揮官・寺内寿一大将は、シンガポール陥落と同時に、常勝将軍の覆面をかなぐりすてて颯爽と登場した。
寺内大将は日露戦争にも参加、さきのシナ事変では北支方面軍の最高指揮官たり、いま大東亜戦争を迎えては南方方面陸軍最高指揮官たるの栄誉を担ったのであった。
女房役の塚田総参謀長は参謀次長として軍令中枢の企画にあたっていた智将、またシナ事変では中支軍の松井石根大将の幕僚長として活躍した勇将である。
三、昭南（シンガポール改名）島 top
マレー英軍無条件降伏の細目協定を行うため、日英両軍代表は、十六日午前九時三十分より約一時間にわたり、ブキテマのフォード会社事務室で会見、降伏英軍に対する我が軍の当面の措置について、細目の協定の取極めを行った。協定成立と同時に、山下最高指揮官は、声明書を発表し、皇軍シンガポール占領の意義を明らかにした。
内容次の通り。
抑々シンガポールは英国の印度、豪州等東亜制覇のため、つとに連絡的枢軸たるのみならず、また侵略作戦のための牙城にして、古来金城鉄壁と誇称し、難攻不落の要塞として自他ともに信ぜしところなり。
しかるに軍はマレー攻略、シンガポール覆滅に着手するや二ヶ月にして全半島を席捲し、七日を出ずして印豪東亜における勢力は一朝にして土崩瓦壊し、要なき扇、柄なき傘と化するに至れり。
由来英国は極端なる利己独善の主義を奉じ、傲然として他を蔑視するのみならず、老獪、欺瞞、瞞着、恫喝をこととし、不逞不信を敢行して、ただ自己の利益のみこれつとめ、世界を毒すところ大なりしが、軍の作戦経過に徴するも、また彼ら英人のマレー民衆の搾取吸血の跡は経過の事績に照して明瞭なるのみならず、作戦間その退却に際しては一般民衆の金銭、資産、糧抹、資源を徴集強奪、これを後送あるいは破棄し、住屋を焼却するなど、民衆を塗炭の苦しみに投じて顧みず、あるいは印度豪州軍を前線に配置して本国軍はシンガポールに留りて他を酷使するなど、利己主義、不遜不義言語に絶し、真に人道の公敵と称すべきなり。
帝国が今次決戦に破邪の剣をとって起つに至りし所以は、帝国累次の声明に明かなるところにして、ここにこれを記せずといへども、吾人の希求するところは暴戻不正義なる英国を掃蕩し、万民苦楽をともにし有無相通じ、各民族各個人各々その能に応じてその所を得せしむべき、いわゆる八紘一宇の大精神に基き、正義の下、新秩序を整へ、東亜共栄園を確立して時運の進歩を促進せしめんと欲するに他ならず。
されば軍は向後さらに、四周近辺に所在する英米残骸の掃討覆滅を期するとともに、永きにわたる英人吸血の轍を掃除し、また今次蒙りたる戦禍を復興し、マレーの永遠発達施策を講ぜんとす。
マレー民衆は能く帝国の真意を理解し、軍に協力し新秩序と共栄圏の迅速なる確立に協力せんことを望む。
それもし旧態依然として迷夢を追い、私利私欲に専念し、不信を重ね、あるいは治安を乱し、あるいは軍の指針に服せず軍の行動を妨害するものなどに対しては軍は断乎としてこれを排撃懲罰すべし。
以上、シンガポール攻陥に当り民衆に示して希うところを明かにし、過誤なからしめんとす。 |
シンガボールが陥落して三日目の十七日、シンガポール島（港）は昭南島（港）と改称された。
御稜威（みいつ）の下、八絃一宇の大精神によって東亜を英米の桎梏（しっこく）から解放、暗黒時代を続けてきた南方圈に対し、新たに喜びの光明を与える灯台島になぞらえるゆかしい名である。
四、芳魂入城 top
南の空に海に無敵ぶりを発揮しつつ、マレー作戦完遂に、陸軍部隊に協力した我が海軍部隊は十七日早朝を期して昭南島周辺の掃海を行ないつつ、堂々昭南軍港に進駐した。
昭南軍港（セレター軍港）は英国が世界三万軍港の一として誇っていたものだけに、東洋における最大の設備と堅固な防備をもっていた。
ことにこの軍港が世界に誇っていたものは浮ドックと乾ドックで、このドックにはどんなに大きい主力艦でも入渠するととができた。
大型駆逐艦ならば同時に九隻の収容力を持つといわれていた。
軍艦旗を南海の空高く翻して、昭南軍港に進航してきたわが船舶の威容は、世紀の感激に沸く風景であった。
軍港内の大浮ドックをはじめ、その他の諸施設は相当破壊されていたが、進駐後直ちにしゅうふく作業が開始され、印度洋と大東亜海とを繋ぐ昭南軍港は、ここに波濤万里を征く帝国海軍の新基地として輝しく更生したのであった。
マレー攻略陸軍部隊の合同慰霊祭は、二月二十日午後三時から、思い出も新たな昭南港北部ラッフルス大学校庭で、山下最高指揮官を祭主として、隷下各部隊代表的五百名参集のもとに、いとも厳粛に執行された。
シンガポールの入城式に遂に行われなかった。それは
『マレー攻略戦で、壮烈な戦死を遂げた三千三百のわが英霊の武勲こそ、今日この大戦果をあげた不動の基礎である。生き残った者になんの功績があらう。そしてまだ戦は終ったのではない。真実の戦いはこれからである』
という山下軍司令官の意見からであった。
入城式に代る慰霊祭、全マレー軍将兵は、新生昭南島にはためく日章旗の下、いまは亡き護国の英霊三千三百柱の戦友の前に、聖業の完遂を固く、固く誓ったのであった。
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