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航空決戦に突入（英本土航空決戦3）

　五月もすぎ、やがて七月となった。
　英国防省がのちに英本土航空決戦開始の日とさだめた七月十日までは、ドイツ空軍はヒトラーの手綱につながれていたので、イギリス海峡内の船舶やイングランド南部海岸を、遊び半分に攻撃していたにすぎなかった。
　ドイツ軍最高統帥部では、イギリスはいまなおダンケルクの衝撃からだちなおれず、みじめな状態にあって、まだ和平の話しあいにやってくるかもしれない、と考えていた。
　それまではイギリスをいじめながら、その防御戦闘機を消耗させるほうが有利で、ほかには何もやることはないと思っていた。
　北部フランス、ベルギーおよびオランダの沿岸で十分に休養をとったドイツ空軍将兵は、七月十日、興奮のるつぼのなかで、戦闘機の武装をととのえ爆撃機に爆弾を搭載していた。
　イギリスの船団は海峡を航行しており、イングランド南岸の港や海軍基地はまだ脅威をうけてなかった。
　平和が来てもこなくても、連戦連勝のドイツ空軍としては、イギリス海峡もすでにイギリスのものではないことを証明すべきであった。
　ドイツ空軍にとってはそれは容易なことにおもえた。事実、海峡はもはやイギリスのものではなかった。
　天気のよいときには、ドイツ空軍の観測所からドーバーの断崖が見えた。
海峡内を航行している船は、池のなかのおもちやのボートのようであった。
それは非常にラクな目標で、石を投げても沈むくらいに思われた。
　七月十日、ドイツ空軍は攻撃目標として船団をえらんだ。

1 7月10日に攻撃第一波 top

　昼すぎ、商船が船団をくんでドーバーの沖をゆっくりと航行していた。
　このとき戦闘機兵団司令部にいたダウジングは、何か変ったことが起ったことを知った。
　レーダーがカレー〔ドーバー海峡に面したフランス北部の港湾都市〕の後方に、飛行機群をキャッチしたからである。
　ダンケルク撤退以後数週間のあいだ、英空軍は、いつになったらヒトラーが短気をおこしてロンドンに恐るべき大空襲を企てるか、といぶかりながら待ち構えていた。

　第32中隊の「ハリケーン」六機がすでに戦場の付近を哨戒し、第11、第74、第64および第56中隊から、混成の「スドットファイア」と「ハリケーン」二機が支援のため出撃を命じられた。
　しかし、哨戒中の六機が到着するまえに船団は攻撃をうけていた。哨戒機が到着したとき、気のとおくなるようなおそろしい光景を見たのである。
　約七〇機のドイツ軍爆撃機と戦闘機が、ジャム入れにむらがるハチのように船団に襲いかかっていた。
　「ハリケーン」のパイロットには、増援をまつ理由はなかった。
　増援隊が到着するまえに「ハリケーン」の突撃により、ドイツ軍は防御上、船団上空で三層に分離し、Ｍｅ109が上段、Ｍｅ�Vが中段、ドルニエＤo17が下段の円筒型の陣形をつくった。
　増援隊中の第74中隊の「スピットファイア」八機は、ドイツ軍の援護機Ｍｅ109より三〇〇メートル上空の四〇〇〇メートルまで上昇し、ドイツ軍の円筒陣形のまっただなかに突っこんだ。
　「スピットファイア」の大部分は、海面ちかくで弾丸を撃ちつくした。
　船団は小型船一隻を失っただけで航行を続けていた。
　この戦闘で、英軍の損失三機にたいし、ドイツ空軍は戦闘機四機を失った。

2 船団護衛の余裕ない英空軍 top

　一日に三機をうしなうことは、ビーバーブルックの工場から毎週一〇〇機の新造または修理完了の「スピットファイア」と「ハリケーン」が兵団にわたされるようになっていたので、たいした問題ではなかったかもしれない。
　しかし後述のように過去七日間に一五機の戦闘機を失ったことには、ダウジングは心配せざるをえなかった。
　ドイツ空軍がレーダー基地か戦闘機飛行場、飛行機工場あるいはロンドンを攻撃することを想像すると、この一週間の損失戦闘機、地上および工場内の損傷から考えて、そのときイギリスはドイツ軍の侵攻にたいして無防備になってしまっているであろう。
　だからドイツ空軍の七月十日の先制攻撃は、自由陣営の防衛を不幸な窮地におとしいれたといえるのである。
　この対策は、船団に申しわけ程度の空中援護をつけるか、場合によっては援護なしで危険をおかして航行させるかして、いざというときのために戦闘機を節約するほかはない、と思われた。
　そしてダウジングは、船団は注意して自らをまもるよう海軍に警告した。

　英空軍が、子供が巨人と戦うような小兵力以上の兵力を集めることができることを知らないイギリス国民にとっては、このアンバランスな戦闘をみているのも一種の楽しみであった。

4 空中戦闘を実況放送 top

　七月十四日にも船団攻撃が続行されたが、イギリス国民はドーバーからの感激的なラジオの実況放送をきかされ、数ではいかに劣勢でも、英空軍は優勢なドイツ空軍をやっつけることができることを確信した。
　ラジオのアナウンサー、チャールス・ガードナーは、ＢＢＣ〔英国放送協会〕のマイクロフォンの前で叫んだ。

　イギリスの表玄関ともいうべき海岸の上空で展開されている空中戦闘は、めずらしい異常な戦闘であっても、これを録音して放送することも同じように異常なことで、国民のあいだで論議のマトとなった。
　まるでサッカーの試合のように、空中戦闘を実況放送するのはよくない、という意見に賛成するものもあったが、大部分は、それはイギリス国民のスポーツ本能が、ドーバーの断崖に集ったものであるという、一般的な新聞論調に同意した。
　出動を抑えられている英空軍のパイロットは、この放送でいっそう刺激された。
　「なぜ出動できないのか」という疑問が、つぎからつぎへと各中隊に拡がっていった。

　それはパイロットが大きな鹿を撃つのが嫌いなのではなく、短期間でも第一線を離れるために、自分の撃墜記録を更新できなくなるのを恐れたためであった。
　だからウェルナー・メルダースが、一四機目を撃墜してゲーリングに招待されて三日の休暇をもらったとき、メルダースは、彼につぐ撃墜記録保侍者のアドルフ・ガーラントも、同じように三日間第一線からしりぞかせるよう、ゲーリングを説得したのだった。
　しかし戦闘が始ってみると、数においてまさっていてもドイツのパイロットはすぐに、あまり夢中になってはいけないことがわかった。
　ガーラントはその著書『始まりと終り』にこう書いている。
「英戦闘機との戦闘では、いつも一所懸命だった。
　技術的には劣っていたが、勇敢で粘り強く戦った英戦闘機のパイロットに、最高の賞賛の辞をおくらざるをえない。
　彼らがあの危急存亡のときに祖国を救ったことは、疑いをさしはさむ余地がない」
　技術上の不利というのは、戦闘開始当初、英空軍には速力の遅い「ハリケーン」や、「スピットファイア」が多かった、ということである。

6 「デファイアント」苦戦 top

　「スピットファイア」も、一九四〇年七月にはＭｅ109にやや劣っていた。
　チャーチルが説明したように、ドイツ軍機は速力が速く上昇力にすぐれていたが、英軍機は操縦性と武装でまさっていた。
　実際、数においては不均衡であったが、飛行機対飛行機の戦闘の撃墜記録ではドイツ軍が劣っていた。
　航空決戦開始〔七月十日〕以来最初の九日間の損失は、英戦闘機兵団の二八機にたいし、ドイツ空軍は六一機であった。
　しかし例外的に一〇日目の七月十九日には、英空軍は「デファイアント」の一個中隊が、ドイツ空軍の二機を撃墜するのに九機中六機におよぷ損害をだしたのである。
「デファイアント」を戦闘機とよぶことはできるが、第141および第244中隊の、動力操作の四連装機関銃を装備しているずんぐりした単発複座戦闘機ボールトン・ポール「デファイアント」は、西部のプリマス基地に駐屯する第247中隊の複葉の「グラジエーター」ほど旧式ではないものの「ハリケーン」や「スピットファイア」にくらべると全く弱体だった。
　第141中隊の「デファイアント」のパイロットや射手は、彼らよりも幸運な単座機の同僚と同様に、スコットランドから南方によびだされて大いに喜んだ。
　彼らの勇猛な精神は、根拠のないことではなかった。「デファイアント」は以前に、ダンケルク上空でドイツ軍の「スツーカ」爆撃機との戦闘で勝利を勝ちとっていたからで、彼らが意気を高めたのも無理のないことだった。
　七月十九日の朝、九機の「デファイアント」がウエストモーリングからホーキンジの飛行場へ飛んでいった。
　昼食の少し前に、フォークストーン〔イングランド南東のドーバー海峡に面した港町〕の南方を高度一五〇〇メートルで哨戒せよ、との命令がきた。
　するとまもなく、その三〇〇メートル上空から、太陽を背にしたＭｅ109二〇機が、鈍重な「デファイアント」に突っこんできた。
「デファイアント」五機は一瞬のうちに海中に突っこみ、続く一機は海岸に墜落した。
　ビーバーブルックが戦闘機兵団に損失機の補充を約束したとおり、翌朝には新しい「デファイアント」七機が中隊に補充された。
　その翌日、すなわち第141中隊がスコットランドから南下してから二週間後に、中隊はもはや搭乗員のいない六機を残して北方に帰っていった。

7 独、イギリス海峡を制圧か top

　七月も下旬になると、「デファイアント」がやられたような出来事から、ドイツ空軍は、英空軍は回復できないまでに消耗したとおもいこみ、大いに元気づいた。
　そのうえ遭遇する「スピットファイア」や「ハリケーン」もその数が非常に少ないので、いっそう気をよくしていた。
　さらに空襲下のイギリス海峡を航行するイギリスの船団も、昼間は大いに減少した。
　もしイギリスの海上勢力を、こんなに簡単に海峡から追払うことができるなら、侵攻が必要となれば無抵抗で成功するとおもった。
　この七月の暑いさかりに、防衛する立場のイギリスの不安は解消しなかった。
　七月二十二日夜までのドイツ空車の損失は、英空軍の四五機にたいし八五機に達していたが、イギリスのダウリングもパークも、その窮境を錯覚してはいなかった。
　彼らは、ドイツ軍はまだ小手しらべをしているにすぎず、ドイツ軍が全力をあげてやってきたとき、戦闘機兵団がどうなるかを恐れていた。
　ドイツ空軍は一時的に英海軍から海峡の制海権を奪ったようであった。
七月二十五日に起った事件によってこの屈辱はいっそう高まった。
　テムズ河口とドーバー海峡の船団にたいして、ドイツ第2航空軍が同時空襲を決行した翌日、戦闘機に援護された六〇機の爆撃機が、二一隻の商船団（大部分は石炭船）を襲った。
　ものすごいしかも正確な連続的急降下爆撃によって商船五隻はたちまち沈没し、さらに六隻が航行不能となった。
　ドイツ軍は、海峡の制海権を永久に獲得しようと挑戦していることを徹底させるために、白昼、魚雷艇の一隊を出動させた。
　魚雷艇隊はさらに夜間も出動して航行不能の三隻を処分した。
　七月二十七日には、ドイツ空軍がドーバーで駆逐艦二隻を撃沈し、一隻に損傷をあたえるという、イギリスにとっては屈辱的なことが起った。
　七月二十九日に、第三番目の駆逐艦が撃沈されたあと、ドーバーの駆逐隊は比較的、また一時的に安全なボーツマスに引上げた。
　まず海峡、ついでイングランド南東部の上空において制空権を獲得することは、侵攻の有無にかかわらず、平和を求めるためドイツにとっては不可欠のことであった。
　ドイツ軍最高統帥部は、空軍の積極的な作戦によって大いに元気づけられた。
　これにたいして英空軍は、英本土航空決戦は始ったばかりと考えていたが、ドイツ空軍はいぜん行動を抑制されていたので、作戦強化にイライラしていた。

8 楽観的な英独 top

　七月三十日、ヒトラーはゲーリングに向って、ドイツ参謀本部が“鷲攻撃”とよんだ大規模な空襲開始にたいし、空軍の即時待機を命令した。
　ドイツ空軍は、英空軍の兵力、地上施設および補給施設、ならびにイギリスの軍用飛行機工場破壊に待機せよ、と命じられたのである。
　ヒトラーはいまや世界に誇る大帝国のイギリスにたいし、歴史上新しい攻撃をくわえるために、“鷲の日”“の隠語をささやけばよいばかりであった。
　しかしイギリス人はヒトラーの命令を知るよしもなく、首都が危機に直面していてもロンドンの生活は驚くほど平穏であった。
　八月三日に英空軍は、ロンドン市の消防団とクリケットの親善試合を行い、また同日ＢＯＡＣ〔イギリス海外航空会社〕の飛行艇「クレアー」が、アメリカ大陸にはじめて旅客輸送飛行を実施したが、これは、もはやアメリカ大陸がヨーロッパの影響を、大西洋によって妨げられずにうけることを示した。
　八月八日「クレアー」飛行艇が、新造および修理完了の飛行機を飛行場に空輸するため、航空機生産相が契約したアメリカのパイロットの一団をのせて帰国中であったが、この日ゲーリングと空軍の司令官たちは、“鷲攻撃”の計画を完成するためカリンハルに集合していた。
　ブランデーをかたむけ、タバコをすい、模型列車を動かしているカリンハルの雰囲気のなかで、ゲーリングも航空軍司令官たちも、あたえられた好天気の四日間に、ドイツ空軍はイングランド南東部の制空権を獲得して、戦争に勝てると思い込んでいた。
　確かに八月八日にイギリス海峡で示したドイツ空軍の奮闘ぶりは、この自信ある予想を実現するだろうと思われた。

9 独空軍、英戦闘機兵団に挑戦 top

　八月八日未明、英海軍は商船二五隻の船団を、暗闇に乗じてイギリス海峡を通過させようとしてドーバー海峡に向わせた。
　七月の船団攻撃以来、海軍は船団護衛をかなり強化していたが、この二五隻の船団も阻塞気球船〔空襲を防ぐための気球をあげる船〕と防空駆逐艦とによって護衛されていた。
　しかしドイツ軍もまた七月のはじめから敏速にたちまわり、ドーバーの対岸のウィサントにレーダー基地を建設していた。
　海軍省が、船団に海峡を通過して外洋に抜け出させようと企てたとき、このドイツ軍の動きには気がついていなかったのである。
　フランス沿岸のかくれ場所から快速の魚雷艇が急航して、夜明けまでに商船三豊を撃沈し、二隻以上に損傷をあたえた。
　船団は翌日の昼間、ワイト島付近を航行中、ドイツ空軍に発見された。
　「スツーカ」急降下爆撃機八〇機と五〇機の二組の編隊が来襲した。各編隊ともその三協以上の戦闘機で援護されていた。
　これは戦闘機兵団にたいする公然たる挑戦であった。
　「さあやってこい、戦って船団をまもれ」といわんばかりで、この挑戦こそ、「スピットファイア」と「ハリケーン」の勢力をすりへらして、戦争終結を促進するものとドイツ空軍が信じていたものであった。

10 「ハリケーン」大奮戦 top

　第10および第11集団から七個中隊が緊急発進した。
　Ｊ・Ｒ・Ａ・ビール少佐の率いる「ハリケーン」の第145中隊の戦闘機が急降下するとき、「スツーカ」爆撃機は小さい黒点の集りのように見えた。
　しかし近づくに従って、黒点は徐々に大きくなり、やがてハゲタカのような「スツーカ」急降下爆撃機になっていった。
　「109〔ドイツ空軍のＭｅ109のこと〕に気をつけろ！」
　「ハリケーン」のパイロットが低速で無防御の獲物に襲いかかった瞬間、彼らもまたドイツ軍戦闘機の照準器のなかにはいっていた。追うものが追われる立場になった。
　無防御の「スツーカ」を護衛中のＭｅ109のパイロットは太陽を背にして上昇し、これから何が起こるかを見まもっていた。
　数秒後にＭｅ109は「ハリケーン」の後尾についた。
　このため　「ハリケーン」のパイロットは攻撃をやめて防御しなければならなかった。
　ビール少佐は二機のＭｅ109に追い越された。
　のちにビール少佐は、
　「敵は半横転をやったり、急降下したり、上昇旋回をしていた。……敵の一機に五秒間二回射撃したら、敵は海中に突っこんだ……そこで上昇して失速している他の一機をとらえた」
　と報告している。
　しかしドイツ軍機もまたビールをとらえた。
　ビールはブーローニュ〔イギリス海峡に面したフランス北部の都市〕のドイツ軍海岸ちかくの海上で飛び降りた。
　救助艇から、引返さねばならい、と報告してきたので、ビールの中隊は、もし引返すなら射撃するぞ、といいかえした。
　そしてビールはついに救助された。
　八月八日の激戦で「ハリケーン」と「スピットファイア」はドイツ機三一機を撃墜したが、英軍の損失は一九機であった。この数字は七月十日以来、一日の戦闘の記録としては最大のものであった。
　船団は航行を続けたが、魚雷艇と爆撃機によって六隻を失った。
　敵味方ともに戦闘はしだいに白熱化し、英軍ではパイロットの数がすこしずつ増加してきたので、興奮と自信をもたらすようになった。
　ほかにも新しく深刻な問題があった。
　それは戦闘機中隊におこる戦死、空中火災による醜いヤケド、その他空中戦闘によるあらゆる負傷が、十代から二十代のはじめの若いパイロットに、深刻な影響をおよぼすことであった。
　一般的にいって、戦闘機中隊の指揮官は二六歳以下でなければならない。
そして、若い隊員たちは大きな勝負事や、チャールス・ガードナーの放送するスポーツなどとは比較にならない、大変な仕事をしているのである、とダウジングは信じていた。

　この防衛組織の有効なことは、すべてダウジングが頑強に主張してつくった緊密な通信連絡のおかげだった。
　すべての命令の根源は、戦闘機兵団司令部にあったけれども、戦闘中の重要な決断は、ドイツ軍の襲来の前面に位置している第11集団指揮官のパーク少将の司令部で行われた。

12 劇場のような司令部作戦室 top

　一九四〇年にアクスブジッジの第11集団司令部を訪問した人は、だれでもその印象を忘れることはできない。
　ウィンストン・チャーチルも例外ではなかった。
「第11集団の作戦室は、長さ約一八メートルの二階建の小さな劇場のようで、我々は特別席に陣どった。
　下には大きな地図のあるテーブルがあり、その周囲には十分に訓練されたおよそ二〇人の青年と婦人が、それぞれ電話番をしたがえて集っていた。
　我々の反対側の、劇場なら幕のさがっているはずのところは、壁いっぱいが巨大な黒板で、電灯によってたてに戦闘地区に相当する六区画がしきられている。
　そして各戦闘地区はそれぞれ横の線で区分されている。
　最下段の列のランプは、二分間待機の中隊をしめし、つぎの列は五分間待機の中隊、そのつぎは二〇分間待機のもの、そのまたつぎ（赤いランプ）は離陸ずみのもの、、そして最上段は帰還中のものを示すのである。
　左手には、ガラス製の舞台のようなものの上に四、五人の士官がいた。
　この人々の任務は、当時婦人、青年をふくむ総計五万人以上の観測隊からくる情報を整理点検することだった。
　レーダーはまだ発達の初期であったが、わが国の海岸に接近してくる敵の部隊を正確に探知した。
　また双眼鏡と移動電話をもつ観測隊員は、本土上空を飛んでくる侵人者に関する重要な情報源であった。
　戦闘中何千という情報がくる。
　これらの情報は、地下司令部の各部に配置されている経験豊かな人々によって迅速に点検され、刻々とテーブルの周囲で図上に記入している人々と、ガラスの舞台の上で監督している士官に届けられる。
　右側にはべつのガラスの舞台があって、そこには高射砲中隊の活動を報告している陸軍士官がいた」
　（ウィンストン・チャーチルの著書‘Their Finest Hour'〔『われらが最　良のとき』〕より）

13 レーダー基地と前線飛行場を攻撃 top

　ケッセルリンクおよびシュペルレ両航空軍司令官に、英軍防衛組織の“目”ともいうべき、高いレーダー・アンテナ塔の意味がわかるまでには、数週間かかった。
　このアンテナ塔こそ飛行船「ツェッペリン伯」号も探り出すことができず、戦争が始ってからも、ドイツ航空軍にはダウジングのレーダーが、敵機迎撃にいかに正確に役にたつかがわかっていなかったのである。
　しかし“鷲攻撃”が四日間でイングランド南部の防御戦闘機を一掃するには、ドイツ空軍はまずレーダー網を、ついで戦闘機の前線飛行場を破壊しなければならぬことに気がついた。
　八月十二日の朝はやく、ドイツ空軍はドーバー海峡をこえて陽動攻撃をおこなったあと、ダウジングの防衛組織に一回目の大攻撃をくわえてきた。
　午前九時まで、南部海岸の重要レーダー基地が攻撃された。
　ドーバーからワイト島にいたるあいだの六基地に爆撃機と戦闘機が襲いかかり、ベントナー基地は使用不能になった。

　しかしドイツ軍は失敗した。爆弾はすべてビール醸造所に命中したのだった。
　このため海軍の士気を傷つけたことは確かだが、戦争には勝てなかった。
　この日の戦いがおわって、英空軍では「敵がもし全力をあげてレーダー基地と、戦闘機飛行場に集中してきたら、どれだけ長くもちこたえられただろうか」と案じていたが、ドイツ空軍の参謀やパイロットたちは、戦いはほとんど勝ったものとして、祝杯をあげていた。
　彼らは地図の上の攻撃した目標を消しながら、約六〇機の英軍機を撃墜したといっていた。
　しかし実際には、ドイツ空軍は三一機をうしないながら二二機の英軍機を撃墜しただけであった。
　この日の攻撃によって、マンストン飛行場は翌日まで使えなかった。
　ベントナーのレーダー基地のかわりは、はやくもベンブリッジ付近で工事が始っていた。