英国民の士気阻喪ならず（英本土航空決戦8）

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
Index　　1　　2　　3　　4　　5　　6　　7　　8　　9

英国民の士気阻喪ならず（英本土航空決戦8）

　すでに十月となった。約一二週間のあいだ、ドイツは航空兵力をもってあらゆる手段をつくし、勝利の有無にかかわらず、すみやかに平和を勝ち取ろうと邁進〔まいしん〕した。
　まず最初は、イギリス海峡上空にあらわれ、ついでレーダー基地にたいし、短期間激烈な攻撃をくわえた。
　これは正しい手段であったが、愚かにもすぐやめてしまった。
　つぎは見当ちがいの目標にたいし、無駄な攻撃をしてから、攻撃の重点を戦闘機飛行場、とくに英第11集団パーク少将の管区基地にうつした。
　それからロンドンの空襲で、最後は、飛行機工場にたいする、遅ればせの爆撃であった。
　新戦法が、まさに成功しようとするときに放棄したので、ドイツ空軍は、得るところきわめて少なく、作戦兵力の二五パーセントを失い、その名声をおとした。
　しかし、ダウジング大将の戦闘機兵団司令部や、パーク少将の第11集団司令部からみれば、ドイツ空軍は、いぜんとして、重大な関心の的（まと）であった。
　十月の初めは、空襲続行にうってつけの好天候と予想され、また戦闘爆撃機を用いる新戦法が問題となってきた。

ドイツ空軍は夜間攻撃にきりかえた:出撃は日没ちかくなった

1 英、高々度空襲に手をやく top

　双発中型爆撃機の援護にわずらわされないドイツ軍昼間戦闘機の大編隊は、レーダーを回避し、また観測隊の発見を困難にするため、六〇〇〇～七六〇〇メートルに達する高度で侵入した。来襲するドイツ軍機の編隊を高々度偵察機で発見することは、満足にはできず、偵察機のあるものは、またたくまに撃墜された。
　メッサーシュミットＭe109の高度七六〇〇メートルにおける性能は、その二段過給装置のお影で、新しく出来上ろうとしている「スピットファイア」2型や「ハリケーン」よりも優れてさえいた。
　夏のあいだに、戦闘機兵団の夜間戦術は、少し進歩した。
　十月には「ブレニム」六個中隊、「デファイアント」二個中隊が、夜間戦闘機中隊として作戦に参加したが、その出撃は失敗に終った。
　新レーダー装備の少数の「ボーファイター」がテスト中ではあったが、信頼できるレーダーを装備した夜間戦闘機はマダマダであった。
　対空射撃については、探照灯と高射砲はドイツ軍を苦しめるというより、味方の市民をなぐさめるようなものだ。
　高射砲は命中精度もよくなかったが、その砲声はもっとひどかった。
　しかし、砲声はこれによって航空決戦がロンドン市内ばかりではなく、その上空でも戦われていることを明らかにする意味では、重要であった。
　空中戦闘の高度は、戦闘機と戦闘爆撃機の出現によって、非常に高められたが、それは織りなす羽毛のような飛行雲によって、わかるのであった。

燃えるロンドン：ドイツ空軍の爆撃はロンドンの夜空を赤く染めた

悲しみのシルエット：焔の中にくっきりと浮かび上がったロンドンブリッジ

空襲を避けて地下道に避難したロンドン市民：しかし彼らの心に不安感はすこしもなかった。
壁にはダンスホールやレビューのポスターもはられている

2 なおもロンドン空襲続く top

　「英本土航空決戦の日」と言われた九月十五日の日曜日には、それまでの一週間にわたる首都にたいする大空興が最高潮に達したが、ロンドンのその後の試練は、ある意味では、いっそう苦しいものであった。
　「ロンドンは攻撃にたえうる」という言葉は、十月の初めには、古くさい“きまり文句”になっていた。
　このうえ、死と破壊の何週間に、耐えることができるであろうか？
　この疑問をみずから間いかけている、少なからぬ人々のなかには、夏のあいだ、自分自身を魅了した気まぐれのぶ四百間の勝利”よりも、勝利をえるのにもっとも近道とみえる、燃えさかるロンドンの恐怖におびえた市民の士気阻喪を待望していた、
　ゲーリングその人もいたのである。
　首都防衛のためにたちあがって、全力をつくすであろう英空軍の残存兵力を壊滅させるという、九月七～十五日までの大空襲の本来の目的をはなれるほうが好都合とみて、ゲーリングはロンドンを焼土にすることによって、イギリス国民の士気阻喪を求めたのであった。
　夜はねむれず、見なれた街が破壊され、死人がでて、火災がおき、いたるところ粉ごなに爆破された家並の連続。
　このような情況がロンドン市民の士気を阻喪させるとするならば、ドイツ空軍は、確かに航空決戦に勝ったといえる。
　ゲーリングは、いまや十月半ばには、すべて終ると確信し、「イギリス人の“心臓”ロンドンにたいする諸君の不僥不屈〔ふとうふくつ〕、勇敢な攻撃は、イギリスの財閥を、恐怖にちぢみこませた。
　いささかもひるむことないわが戦闘機が誇り高い英空軍にあたえた損害は、何物にもかえがたいものである」
　といって、ダレ気味の部下搭乗員を激励した。

空襲はまだおわらない：ロンドンでは疎開をはじめる市民もいた

夜のロンドン：地下鉄のエスカレーターで眠る市民のみる夢は‥･

3 国王が激励 top

　しかし、イギリス国民の戦意は、チャーチルの言葉によって高まり、また、航空機生産相ビーバーブルックの生産体系から流れ出る戦闘機は、ドイツ空軍総司令官の“宣言”をあざ笑うかのようであった。
　王室一家も王宮からでて、苦難をわけあっている各階層の国民に親しく接した。
　エリザベス王女の両親である、ジョージ六世国王とエリザベス皇后は、爆撃をうけた市街にでて、多くの時間をすごし、消防員、救急隊員、救難隊員をはげまし、空襲にあった人々をなぐさめた。
　王宮が爆撃されたことも、士気高揚に役にたった。
　国王は、いまは同じように戦火をこうむっている、一般国民と軍人の“不屈の精神”にたいする賞賛の意を表わすために、空襲のとき発揮された勇敢な行為にたいし、二種の勲章を制定した。
　ジョージ六世はみずからバッキンガム宮殿から放送して、ジョージ勲章とジョージ・メダルについて発表し、ジョージ勲章はビクトリア勲章につぐものである、とのべた。
　ちょうどこのとき、王宮のうしろで空襲警報のサイレンが、悲壮〔ひそう〕な音をたてて鳴りひびいた。
　不発の爆弾や時限爆弾は、以前から飛行場や工場では、危険物とみなされていたが、これらは今では市内の道路を閉鎖し、屋内にいる市民にたいしても、危険となった。
　国王さえも、バッキンガム宮殿の後庭に、不発弾をうけたくらいであった。
　初めにジョージ勲章をもらった人のなかに、Ｒ・デービス中尉のような、あらたに生まれた爆弾処理部隊の勇敢な専門家たちがいた。
　中尉は、セントポール寺院の前におちた高性能爆弾を、処理したのである。

4 英、夜間空襲対策に悩む top

　十月もすぎると、昼間の空襲は、戦闘機と戦闘爆撃機が、いやがうえにも高度を高めてくるので、しだいに、捕捉することが、難しくなってきた。
　しかし、ロンドン市民は、すでにこの“運命”に馴れきってしまった。高度六〇〇〇～七六〇〇メートルならば、英空軍のパイロットは、Ｍe109やＭe110を捕えることができたが、まもなくドイツ軍機は九〇〇〇メートルの高度で行動するようになった。
　これでは、「スピットファイア」も「ハリケーン」も攻撃に間に合うことが、難しくなった。
　九月末から十月初めになると、ドイツ軍機追跡は、晩秋の気象状況によって、いっそう困難となり、レーダー基地や観測隊の一番はやい警戒通報をうけても、管区基地では、ロンドンに達するわずか二〇分まえに、やっと目標を捕捉できる状態だった。
　その結果、パーク少将は、さらに戦術を考え直さねばならなくなった。
　パイロットは六〇〇〇メートルの高度まで上昇するのに、三〇分もかかった。
　このことは、とりもなおさず、接近するドイツ軍機に対抗するには、空中待機しかないということだった。
　パーク少将は、管制担当の士官に、「いままでの経験から、敵が爆弾を投下したあと、全中隊がその下方でコソコソはいまわっているよりも、一個中隊でもよいから、敵の上空にいて、敵機を攻撃するほうがよい」
　と、注意した。
　パークのこの言葉は、高々度空襲はきっと規則正しくやってくる、という力ンによるものであった。
　十月十五日は、その典型的な日だった。
　午前九時に、メッサーシュミット三〇機がロンドンを爆撃し、ワーテルロー駅に命中させた。
　その四五分後に、さらに五〇機のメッサーシュミットが、市の経済中心地域を爆撃した。
　午前十一時三十分には、べつの一隊が、テムズ河口を一掃し、その夜はずっと月明のもとでの空襲が行われた。
　列車は、市内の五ヵ所の終着駅でとまってしまった。
　地下鉄は五ヵ所で分断され、九〇〇ヵ所に火災が発生し、死者四〇〇人以上をだした。
　ドイツ空軍は昼夜間の空襲で、一四機を失ったが、英空軍の損害は、一五機であった。
　十月も末になって、戦闘機兵団には、この悪夢は、いつまでも続くように見え始めた。
　夜間空襲を阻止するには、全く手段がなく、ダウジングもパークも、いまなおその対策に悩んでいた。

5 パイロット不足に悩む top

　たえまのない戦闘がつづいた長い夏のあとに、ドイツ空軍の新戦法は、戦闘機兵団を耐えがたいほどの苦境におとしいれた。
　八月と九月の前半は、戦闘機中隊は少なくとも緊急発進のあい間には、どうにか地上で休むことができた。
　しかし現在では、哨戒飛行が強化され、さらに九〇〇〇メートル、またはそれ以上で戦うことになったので、毎日五時間にもおよぶ戦闘飛行をやって疲れている一パイロットは、肉休的にまいってきていた。
　戦闘機パイロットが、飛行時間にしてどれだけ長く耐えられるかという予想は、英本土航空決戦中は、八七飛行時間、すなわち最大二週間より少し長いとみられていた。
　十月三十一日までに、航空決戦で戦った約一五〇〇人のパイロット中四一五人が戦死している。
　戦争終了後、ひろく世界各方面の作戦を見わたし、大局からみてイギリス政府は、公式には七月十日から十月三十一日までを「英本土航空決戦」の期間とさだめた。
　明らかに、七月以前にも十月以後にも、航空戦は行われたけれども、歴史を書くにも、またぜひとも必要な飛行機搭乗員にたいする叙勲を行うにも、期日を限定することが必要であったからである。

6 危機感うせた英国民 top

　十一月になっても国民はいぜん危急の情況にあった。
　しかし人々は、危急存亡の時機はすでに過ぎ去った、と感じていた。
　安心すると同時に自信がよみがえった。野外の障害物競馬がさかんに行われ、グレイハウンド競走〔電気仕かけで走る模型のウサギをグレイハウンド犬に追わせて行う賭け勝負〕は、どのスポーツよりも多くの人を引き付けていた。
　ビーバープルックがゴルフをする人々に、このスポーツが常識はずれの不当な娯楽であることを強く印象づけようとして、墜落したドイツ軍機の残骸を、そのままにしておくことを命じていたゴルフ場のフェアウェイも、いまは片づけられた。
　当時のゴルフ場の広告には、青空に、そばにドイツ軍機のいない「スピットファイア」四機だけをえがき、「この人たちこそ、敵を追いかけたときと同じ決意をもって、休み時間にはゴルフポールを追いかける人々だ」と書きそえてあった。
　イギリス人は、戦争になれていて、あのいやな言葉の“ブリッツクリーク”〔ドイツ軍の電撃作戦〕を“ブリッツ”と略したり、恐ろしい言葉も、被爆者や避難者、空襲のあと片づけをする人たちに暖かくひびくように、いろいろ工夫していた。
　「くよくよするな、“空襲”が終ったらお茶を飲もうよ」
　これが人々の合い言葉だった。
　ヒトラーは、もっと酷いことが起るだろうと怒ったが、イギリス人は安心していた。
　彼らは、脅威に直面して、生残ったのである。
　十一月になると、国民は空襲を日常生活の毎日の行事と受取っていた。
　空襲をうけて、軍人よりももっと戦争の第一線にいるのだという、一種の誇らしい感じさえいだいているものが多かった。
　しかし英空軍は、空襲を一般国民と同様に受け止めているわけにはいかなかった。
　ともかくも、ドイツ軍を追いはらうか、少なくとも重要目標からそらすことが空軍の任務であったが、必ずしもいつでもこれができたわけではなかった。九月七日から十一月十三日まで、ロンドンはわずか一日をのぞき、引続き六七夜、平均一六〇機の爆撃をこうむった。
　昼間空襲にたいする英空軍の成績がさがりつつあり、夜間空襲の場合の無力さにたいする失望は、増すばかりであった。しかし、ただ一つ滑稽ななぐさめがあった。

ギャー！：家をうしない、母をさがして泣く少女

やっと火が消えた

こんなにメチャクチャにしやがって…

ロンドンの朝：通勤をいそぐ市民

7 イタリア空軍も英空襲 top

　ドイツ空軍が困ったことには、イギリス征服について、ムソリーニが貢献したい、といってイタリア空軍の協力を申しいれ、十月の末からベルギーに、空軍基地を造っていた。
　イタリアの爆撃機は、イングランド東岸の港を夜間爆撃した。十一月十一日には衰えかけている昼間爆撃の舞台に、軽妙な歌劇の一幕を見せようとするかのように、鉄かぶとをかぶり、銃剣をもったイタリア兵がフィアットＣＲ42四〇機をもって、北海上をさまよいながら進撃した。
　迎撃した「ハリケーン」二個中隊のパイロットは、気がついてみると味方には損害はなく、イタリア軍の爆撃機三機、戦闘機三機を撃墜していた。
　このような、ちょっとしたなぐさめの記録を残して、一九四〇年の主要な対英昼間空襲は終りを告げた。
　十一月十四日のコベントリーの爆撃が、イギリスにたいする、冬の恐怖爆撃のさきぶれであった。
　しかし、ロンドンは冬の爆撃に耐えることができた。
　ほかの地方の大都市も同様であった。
　そして市街の中心がつぎからつぎへと燃えあがっていくたびに、平和を求める叫び声があがるどころか、国民はかえって最後まで戦いぬく決意を固めたのであった。

top
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊