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あいつぐ空爆、英本土あやうし（英本土航空決戦6）

　ドイツ軍がイギリスに侵攻するためには、ゲーリングの二四時間ぷっとうしの爆撃命令は、もうすこしはやく、八月のおわりと秋のはじめの好天が冬の霧と暴風に変るまえに出すべきであった。
　いまやドイツ空軍総司令官ゲーリングは、英空軍と戦うのと同様に、時間と戦わねばならなくなった。
　八月二十四日になってゲーリングは、ヒトラーがイギリス侵攻を決行するかどうかを決定する日限が、三日後に迫っていることを想い出した。
　そしてゲーリングは、かわりやすく、悪い天候のために、英軍戦闘機を“四日間”でくじくことができなくなったのだ、とみずからなぐさめていた。

　砲塔のある機関銃をもった戦闘機は、重々しく、ゆっくり上昇していった。
　これが航空決戦の期間中、イングランド南部に「デファイアント」がその姿を見せた最後であった。
　中隊はその後北方に撤退した。かっては「デファイアント」が、昼間戦闘機の時代もあったのである。
　八月二十四日、ドイツ第3航空軍が大挙してイングランド南西方面のサウサンプトンとポーツマスに昼間攻撃をくわえ、戦場はイングランド南部のあちこちに飛び火した。
　英軍は、ドイツ空軍が戦術を強化したことに気づいて、不安にかられていた。
　戦闘機兵団の指揮官たちは前線飛行場にたいする大攻撃と、メッサーシユミットＭe機がはたす緊密な援護の新戦法は、いままでにない脅威であるとおもった。
　ケンリー、クロイドン、ビギンヒル、ウエストモーリング、ホーンチャーチ、ロッチフォード、ノースウィールド、デプデン、ホーキンジ、リムニ、マンストン、これらの飛行場は一九四〇年の八月と九月には、ロンドンをめぐる“内堀”となっていた。
　八月二十四日は、これらの戦闘機の基地が、いつまでもちこたえられるかが問題であった。
　ドイツ軍の死物狂いともいうべき、この日の四回の攻撃によってマンストンは全く放棄されたが、この退却は不吉に思われた。
　イングランドの南東部から追払われることになりはしないか、と指揮官たちは苦しんでいたが、パイロットたちはかえって、このような退却が国民と軍隊の士気にあたえる影響を考え、士気を高めていた。

　イングランド南部の上空では、パイロットが国家の存亡をかけて死闘を続けていた。
　しかし、いったん戦場を離れると、国民の生活は平和な時代とかわりなかった。
　夏の大衆スポーツ、クリケットはあいかわらず続けられ、その成績が、つい今しがたの刺激的な日々の英・独空軍間の空中戦闘の記事のあとに、想い出したように新間にのせられていた。
　それはイギリス人の、無頓着な無関心さを世間にひけらかして喜ぶという、典型的な気質のあらわれであった。
　ウィンブルドンのテニスコートがプタの飼育場になったとき、国際的に有名な全英テニス協会の会長は、ひょうきんにも「もうテニスがやれなくなったので、なにかしなければならない」といっていた。
　ロンドンのウエストエンド〔注1〕では、劇場が繁盛していた。
　ピカデリー劇場では、ロバート・ドナットがバーナード・ショーの風刺劇「悪魔の弟子」〔注2〕に出演していた。
　〔注1：チャーリング・クロスからウエスト・ケンシントンにいたる上級階級の住宅地区。有名な劇場ピカデリーを中心として、劇場街、大商店街、公園などがある。
　注2：ダンケルクの英軍撤退という最近のニュースにピッタリの風刺的なユーモアにみちた戯曲〕
　こんなユーモアは、ほかにも沢山あった。それは絶望した人々のこじつけの冗談ではなく、窮地におちいったときのイギリス人の不思議な力をしめす、軽妙な批判とわき台詞（せりふ）のようなユーモアであった。

　イギリス国民が報復の叫び声をあげるとほとんど同時に、そしてまた破壊されたクリップルゲイトのセントガイルス寺院や市街の中心部の廃墟の煙とほこりが消えるより前に、英空軍の爆撃機八〇機がベルリンに向って飛びたった。
　実際には、英軍の搭乗員は軍事目標を攻撃すること、もしそれができなければ爆弾をもって帰れと命じられていた。
　事実、二一機がベルリンに爆弾を投下し、二一機は爆弾をもって帰った。
　しかし報復は報復をよび、まもなく現在いわれているエスカレーション〔拡大〕が起ったのである。
　この点については、ドイツもイギリスも爆撃には、互いに気をくばっていた。
　ドイツ空軍は、速やかな制空権の獲得と侵攻作戦の成功に役立つ目標だけを爆撃した。
　明らかに照準の誤りと思われるものや、あわてて爆弾を投下したために、非戦闘員の死亡や財産の破壊・損傷が起ったが、英空軍のベルリン爆撃までは、空中の戦闘は、これ以上のものはないというほどきれいな戦いぶりであった。
　ドイツ空軍は船舶、軍港、飛行場、飛行機工場、鉄道目標、オイル・タンクを目標にえらんでいた。
　英空軍は宣伝ビラ爆弾を投下し、ドイツ軍の港湾と工業施設を攻撃した。
　だが、まもなく両軍の規制はとりはらわれ、ついに爆弾や爆撃機を人心に恐怖をあたえる武器として使用することに、なんのためらいも感じないようになってしまった。
　八月二十五日夜、英空軍爆撃兵団の　「ウェリントン」、「ハンプデン」および「ホイットレー」の爆撃機隊が、「スピットファイア」や「ハリケーン」にかわって、雷鳴のような爆音をとどろかせて飛び去った。
　そのときダウジングは、ベルリン空襲による怒りのためにヒトラーの脳ミソがクチャクチャになり、その結果、イギリスの第一線飛行場が破滅からまぬがれるかもしれないということを知るよしもなかった。

7 独空軍強し、されど女は… top

　八月の末から九月はじめまで、飛行場数ヵ所が大空襲をうけた。
　それは戦闘機基地にたいするきびしい空爆のなかでもとくに目立った二回の攻撃で、八月末日と九月一日に起った決戦中の決戦ともいうべきものであった。
　ドイツ空軍注目のマトであるロンドンのすぐそばのパーク少将のビギンヒル管区基地は、八月三十一日に痛撃をくらった。
　短時間に強烈な低空爆撃が行われ、飛行場は破壊され、建物の大部分は崩壊し、戦死三九人、負傷二六人がでた。
　こんな大損害をうけると撤退するのが普通であるが、生残りの者の活躍で翌日も戦闘ができた。
　全く奇跡であった。
　幸い作戦室のある一角は無事であった。作戦室では、兵員用のヘルメットをかぶり、短い袖のシャツを着た婦人補助空軍の隊員たちが、ある者は空襲ごとに補修しなおす電話線によって外部と電話連絡をとり、ある者は接近してくるドイツ軍の編隊を図上にならべていた。
　ドイツ軍の空襲部隊が頭上にきたときでも、彼女たちは持場から動かず、任務に没頭していた。
　これは前日〔八月三十一日〕あれほどの大殺戮〔さつりく〕にあったあとでは、なみの勇気ではとてもできないことであった。
　雨のように爆弾が落下すると、全飛行場は地震に吸い込まれるかのように震動し、一弾が作戦室のある一角に命中した。
　だがビギンヒルが最悪の空爆をこうむったのは、九月一日の午後遅くなってからであった。
　午前中にこの決戦の六回目の空襲があった。
　このときも婦人たちはちょうど頭上にきているドイツ軍の飛行機のコマをならべていたが、ドイツ軍もこんどは失敗しなかった。
　作戦室はものの見事につぶされてしまった。
　後日、勇敢な電話係のヘレン・ターナー軍曹とエルスペス・ヘンダーソン伍長にミリタリー・メダルが授与された。

8 あいつぐ空爆、英本土あやうし top

　イングランド南東部の各飛行場は、いまや英本土航空決戦でドイツ空軍が勝つか英空軍が負けるかの決戦場となった。
　ビギンヒルだけが最大の打撃をうけたわけではなかった。
　マンストン、ホーキンジおよびジムニの飛行場は海岸近くにあるためひどくたたかれ、ほとんど使えなくなった。
　このためさらに内陸の飛行場があらたに攻撃をうけることになった。
　毎日ドイツ軍機はフランス上空で編隊をととのえ、午後になって二〇〇機から三〇〇機までの爆撃機と戦闘機の波になって海峡をおおい、十数機から二十数機、ときには三十教機から四十数機の群にわかれて予定の攻撃目標の飛行場に来襲した。
　そして夜間も攻撃を中止しなかった。九月六日には、イギリス侵入の要衝にあたるロンドンの南方地域の緊張度は、ほとんど破裂寸前にまで達していた。
　作戦室は崩壊し、飛行場は爆弾によって穴だらけとなり、戦闘機兵団司令部も動揺していた。
　このとき勝利を目前にしてドイツ空軍は、しばらく飛行場攻撃を中止し、ホコ先をロンドンにむけた。
　ベルリンにたいする英首相チャーチルの報復爆撃に、いかりにもえたヒトラーはわき道にそれた。
　九月四日、彼はベルリン競技場の演壇にのぼり、チャーチルとイギリスを非難して叫んだ。
　「私は、敵がこの不法行為をやめるかもしれないと考え、三ヵ月もまっているが返答がない。
　これをみてチャーチルは、我々をみくびったのである。
　敵が我々の都市に大爆撃をくわえることを宣言した以上、我々も敵の都市を撲滅してやろうじやないか」
と。
　しかし、この演説中ヒトラーは、その血祭りにただひとつの都市を考えていた。
　イギリスにとって幸いにも、ゲーリングもドイツの軍事専門家たちも、だれひとりヒトラーの決定にあえて抗議するものはいなかった。
　それどころか、ヒトラーに戦術的に間違っていると示唆することはおろか、ゲーリングをはじめ空軍の指導者は、この重大な戦術の変更を正しいと直感したのだった。
　英軍の昼間戦闘機の防衛力の実態について、全く間違った、あまりにも楽観的な情報にもとづいて――ドイツ空軍がロンドンを空襲すれば、ダウリングはイングランド中部および北部にのこっている予備の戦闘機を投入してでも対処しなければならなくなるであろう。
　この増援兵力こそ、きわめて優勢なドイツ軍戦闘機の最後の好餌となるものではなかろうか――ドイツ空軍首脳部はこう信じたのであった。
　夜間爆撃の効果と同様に、英空軍戦闘機の実力を知らなかったドイツ空軍は、無抵抗の夜間大爆撃によってロンドンの造船所や重要施設は破壊されるであろうと信じた。
　冬を真近にひかえ、ドイツ空軍は勝利への近道にイチかバチかの賭けをしようとした。
　ロンドンは、うれきって、まさに落ちかかろうとしている果実に見えたのである。