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“鷲攻撃“英本土を襲う（英本土航空決戦4）

　待ちこがれていた日がついにきた。
　伸びに伸ばされていた暗号が一九四〇年八月十三日に発令されたが“鷲攻撃”は竜頭蛇尾〔りゅうとうだび〕で、発動のはじめから失敗だったようである。
　防御にたったイギリスでそう気付いたのではなかった。
　イギリスでは本土にたいする前日の空前の大空襲は、もっと大規模な攻撃や侵攻のまえぶれではないかと恐れていたのであった。
　だがドイツ空軍は、最初からチャンスをとり逃がした。
　発令後まもなく“鷲攻撃”はあわただしく取り消された。
　しかしこの命令変更は、攻撃直前の各部隊には届かなかったのである。
　イギリスは変りやすい自国の天候のおかげを蒙ったのであった。

2 フィンク孤軍奮闘 top

　爆撃機隊の航法はみごとであった。
　厚い雲にきれまがで始めた瞬間に、三〇〇〇メートル下にイーストチャーチ飛行場を発見したが、飛行場にはあたかも平時に一般公開でもするかのように、飛行機がきれいにならべてあった。
　だが、これは無駄な目標であった。
　イーストチャーチは沿岸防備隊の飛行場で、戦闘機兵団の正規の管区基地ではなかった。
　それでもドイツ空軍が、空中で英軍戦闘機をやっつけるためには、この飛行場を攻撃して、英戦闘機兵団司令官ヒュー・ダウジング大将の戦闘機を、防衛のために誘い出すことはできそうであった。
　この場合、ドイツ戦闘機がいなかったからなおさらであった。
　曇天のため警戒不十分のうえに、レーダーの性能がおちていたため、イーストチャーチ飛行場が攻撃されると気付いたときには、もう爆弾が落下していた。
　ちょうど、午前七時であった。
　いまや、ドイツ機をその帰り道でやっつけるよりほかはなかった。運よくトンプソンが「ハリケーン」の第111中隊をひきいてフォークストーン上空を哨戒中で、逆襲にもってこいのところにいた。

3 独空軍、目標選定あやまる top 　ドルニエ爆撃機が、さほど重要でない目標のイーストチャーチ飛行場をうまく発見しているときに、イングランド西方に向っていた戦闘機に援護されたユンカースＪu88爆撃機隊は、雲のなかで針路を見失ってしまった。 　Ｊu88は二隊にわかれて、オディハムの戦闘機飛行場と、ファーンボローにある空軍の研究開発施設をさがしていた。 　これらの目標はいずれも、イーストチャーチの沿岸防備隊の飛行場と同様、ドイツ空軍の“鷲攻撃”の目標としてはふさわしくないものであった。 　オディハムの戦闘機飛行場やファーンポローの施設を破壊したとしても、ゲーリングの企図――四日間で勝利をえる――には少しも役だたないものであったが、不運にもＪu88は二目標を発見できなかったばかりでなく、捜索航行中に英第43、第64および第601中隊の戦闘機に出合ってしまった。

ユンカースJu88爆撃機 ドイツ空軍てもっとも多目的に使用された飛行機で、水平・急降下爆撃機、地上攻撃機、雷撃機、偵察機、夜間戦闘機、そして終戦直前には単座戦闘機と結合され親子飛行爆弾としても使用された。総生産機数は約15,000機であった。以下はJu88AIの性能諸元である 発動機：ユンカースJumo211、1,200馬力（離昇出力）2、乗員：4、武装：爆弾1,500キロ、7.9ミリ機関銃4、最高時速:450キロ（高度5,400メートル）　航続距離:1,000キロ（標準搭載量）　上昇限度:7,900メートル、自重:7,290キロ、全備重量:10,360キロ、全幅:18.4メートル、全長:14.4メートル

　第601中隊のパイロットのなかに、アメリカ人の義勇兵ビリー・フィスク少尉がいた。
　フィスクは、八月十三日午前六時四十五分にタングメア〔サウサンプトンちかくの飛行場〕から緊急発進した。
　当時アメリカは中立国で、アメリカ人で構成された義勇中隊は（“鷲中隊”とよばれていた）、英本土航空決戦が始ってから実戦に参加したのだった。
　この日の戦闘でフィスクは、Ｊu88一機未確認撃墜のほか一機損傷の成績をあげた。
　八月十三日の朝も明けきったころ、ドイツ空軍の“鷲攻撃”でまたも失敗をしでかした。
　こんどは朝食前にドルニエ爆撃機がおかした失敗の反対で、イギリス海峡に面したポートランド軍港の攻撃にむかった第3航空軍の爆撃機隊が、戦闘機との合同に失敗したのである。
　爆撃機隊を援護するつもりの三〇機のメッサーシュミットＭe110“駆逐”戦闘機は、六分間に五機も撃墜され、残りはフランスにむけて敗走した。

4 優等生、英ホープ大尉 top
　第601中隊の一パイロット、イギリス人の男爵アーチボールド・ホープ大尉は、
　「私は敵の一機に正面からみじかい一撃をくわえ、通過してから他の一機を、同じように射撃した。敵機は急旋回して私の正面を横ぎったので、敵機の青白い下面をすっかり見ることができた。私は、その下面に全弾を撃ちこんだ」
　といっている。
　レーダーの警報によって、第10集団の二個中隊とパークの一個中隊が、この戦闘ではこれまでにありがちの小編隊でなく、大編隊となって戦闘した。
　これらの三個中隊は、Ｍe110とであったとき、これまで優勢なドイツ機との戦闘になれていただけに、英軍が優勢であったので大いに士気があがっていた。
　この年の夏は戦闘機パイロットにとってはよくあることであったが、この空中戦がおわっても海のうえは静かでさびしく、救助艇一隻出動していなかった。
　空中戦闘の空の傷あとはきえたが、まだ帰るべきときではなかった。
　海の上空ではしばしば燃料のあるかぎり、なお活動がつづくのである。
　この日、第601中隊のホープ大尉は、海上に着水している仲間がいるかもしれないと思って、海面ちかくまで高度をさげた。
　ボープは注意ぶかいパイロットが海中にいる仲間をみつけ、見まもってやったために人命が救助された、ということが何回となくおこっていることを知っていた。
　ホープは、
　「海中にいるパイロットの上空を旋回していてやらなければ、救助はできない。
　パラシュートが浮んでいるあいだ、これは長くても三〇分だが、このあいだは空中から発見することは容易である」
　といっている。
　ホープは第601中隊の一パイロットを海中に発見し、救助艇を誘導して人命をとりとめることができた。
　パイロットは救助されてポートランドの海軍病院に入院し、榴散弾による傷の手あてをうけ、その夜遅くタングメアの中隊に帰った。

6 八月十三日午後の戦闘 top

　悪天候がつづいたにもかかわらず、ドイツ空軍は八月十三日の午後も作戦を続行した。

だが、厚くて低い密雲がイングランド南部を多い、ドイツ空軍が自信をもって企図した“英空軍戦闘機を抹殺する青空における戦闘機の空中戦闘”にはむいていなかった。 　それにもかかわらず、ドイツ空軍は午後の作戦を強化し、戦闘機、爆撃機および急降下爆撃機を、東はテムズ河口より西はハンプシャー州のサウサンプトンまで進撃させた。 　強力に援護された爆撃機九〇機が投入された。目的は、イングランド南部の戦闘機を目いっぱい防御戦闘にまきこみ、飛行場数ヵ所を壊滅し、ついでにサウサンプトンの船舶ドックに痛撃をくわえるというものであった。 　これはもちろん、カリンハルの陶酔的な雰囲気からでなければ生まれてこない、現実ばなれした命令であった。 　この計画は、一見成功したようであった。 　Ｊu88爆撃機はサウサンプトンにとりつき、ドックに猛爆撃を開始した。しかし重要な飛行場で損害をうけたものは一つとしてなく、ドイツ空軍は雲のきれ目がありしだい、防御戦闘機と不利な戦闘をまじえた。 　英第10集団のある中隊に、アンディ・メームドフ、レッド・トビンおよび“ショーティ”・ケオフというビリー・フィスクと同じアメリカ人義勇中隊の三人の少尉がいた。 　彼らは非常に見事に戦い、つぎのような愉快な報告書をだしている。 　「一三機の『スピットファイア』が、あのわすれられないティー・タイムに、ウォームウェルを出発してライム湾上空にむかった。 　Ｊu87にはお気の毒な日であったが、すくなくともその一四機を撃墜もしくは損傷し、ほかに援護のメッサーシュミット五機を撃墜した。 　敵は四個のＶ型編隊からなる爆撃機約四〇機で、ほぼ同数のＭe110とＭe109がその上空にいた。 　敵は海峡上空を北方に向っていたが、第609中隊は太陽を背にした急降下でこれを奇襲した。一三機全機が射撃した」

緊急発進：愛機めがけて、ダッシュ メッサーシュミットMe109E3戦闘機 発動機：ダイムラー・ベンツ601A、1,100馬力　　武装:20ミリ機関砲3、7.9ミリ機関銃2、最高時速:570キロ（高度3,690メートル）、実用上昇限度：11,250メートル、航続距離:663キロ、自重:2,000キロ、全備重量:2,500キロ、全幅:9.71メートル、全長:8.47メートル

　よんどころなく“栄光の十二日”の戦闘に参加できずにくやしがっていたある戦闘機パイロットは、
　「十三日の第609中隊の大成功は、前日の失望を補ってあまりあった」
　といっていた。
　午後いっぱい、英空軍はイングランド東部の弱点の多い地域で、防戦においまくられた。
　この地域でもドイツ空軍はまた、午前中のイーストチャーチ飛行場攻撃と同様、もともと沿岸防備隊の基地であるデトリンという第二義的な目標をえらんで攻撃した。
　急降下爆撃によって基地司令官は戦死し、作戦室、食堂、調理場も破壊された。
　けれども、基地はすぐさま片付けられ、翌日の昼食時までには、食堂と重要個所は機能を取戻していた。

8 独空軍、総力あげ英本土を襲う top

　八月十五日、本当の試練が始った。
　英本土航空決戦中、最初で、そしてただ一回だけであるが、この日ドイツ空軍はイギリス本土にたいし、三航空軍の兵力を投じたのである。
　この日こそ、“鷲攻撃”の一大冒険の日ともいうべき日であった。
　四日間で英空軍をイングランド南部の空からおいはらうというその第一日であったのだから。
　イングランドの東岸から西岸まで、広範囲にわたって攻撃につぐ攻撃が行われ、レーダー基地を一掃し、飛行場を壊滅し、予備の戦闘機を戦闘にひきずりこんで、あわよくば撃滅しようとしたのである。
　八月十五日は、ドイツで肱掛け椅子に腰をかけた戦略家たちが、ドイツの鷲がイギリスのノドもとに飛びかかったり、包囲されているイギリスをあらわしている新聞の地図や図表や漫画などをさも満足げに眺めながらも、反面イライラしてまちこがれていた日でもあった。
　ドイツのラジオはイギリスにむけて、イギリスの運命がきわまったことは、もはや間違いないと放送し、つぎのようにセッカチに発表した。
　「イギリスは、ドイツ空軍の攻撃をまっているマナイタのうえの鯉である。逃げることはできない。イギリス人はいぶし出されるだろう。残された道は、降伏するか、それとも壊滅するかしかない」
　イギリスの島々に夜があけわたるとともに、ドイツ軍はいつもどおり偵察飛行だけを始めた。
　ジムニとホーキンジの前線飛行場にたいする攻撃もかなりはげしかったけれども、当時の情況では当り前のものと思われた。
　あたえた損害は少なかったが、この微弱な攻撃は、ドイツ空軍にある効果をもたらした。
　というのは、夜明けから英第11集団の各中隊を待機させることになったということであった。
　人員と飛行機の疲労損耗はようやくめだつようになり、ひんぱんに離着陸するため、部隊は弾薬や燃料の補給をうけるために、地上に長くとどまらなければならないという危険にさらされ始めた。

　平静な地域と戦闘地域の部隊をいれかえることは、疲れている部隊をやすませることになったのであった。
　ダウジングは、英陸軍航空団の青年パイロット時代に、第一次大戦中つかれきったパイロットが戦線上空にかりだされて死んでいったのを沢山見ていた。
　彼はやむをえないかぎり、第一次大戦で上官がおかしたこの誤りを、繰返すような男ではなかった。
　こうしてドイツ第5航空軍のノボセあがった搭乗員は、おもいもよらない驚きを経験することになった。
　正午すぎまもなく英戦闘機兵団は、ドイツ軍機がスコットランド東岸のファース・オブ・フォースから海上一六○キロの地点にいるのを探知した。
　イングランド南東部の第11集団の各部隊がいつもえていたものと同様なこのすばらしい情報のために、Ｒ・Ｅ・ソール空軍少将の第13集団は、すぐさま戦闘機を発進させ、海上でドイツ軍機を迎撃することができた。
　イングランド東海岸のレーダーは、もっと多忙で、もっと実戦できたえられている南海岸のレーダー網にくらべれば、敵機数の判定がかならずしも正確とはいえなかった。
　約六五機のハインケルＨｅ111爆撃機と三四機のＭe110長距離戦闘機の数をすくなめに推定したが、そんなことは問題ではなかった。
　ソール少将は、作戦可能の全機、すなわち「スピットファイア」三個中隊、「ハリケーン」一個中隊、それに「プレニム」一個中隊まで出動させた。
　この「ブレニム」は戦闘機兵団の作戦命令によると、海上に出動して戦闘するには第72中隊の「スピットファイア」と同列には考えられない飛行機だったのである。

10 おそまつ！第5航空軍 top

　さびしいファーン諸島の沖四八キロで「スピットファイア」はドイツ軍機を発見した。
　「スピットファイア」のパイロットが見た光景、それはいかにも食欲をそそるような、しかも荘厳なものであった。
　レーダーの報告によるとドイツ軍機は三〇機ちょっとであったが、なおその下方にパイロットが大急ぎでかぞえたところ、無援護の爆撃機が約一〇〇機むらがっていた。
　パイロットの計算はだいたい間違いなかったが、長距離援護の戦闘機Ｍe110が、スカンジナビアからの長距離飛行のために、補助燃料タンクをもっていることを見落としていた。
　「スピットファイア」の指揮官エドワード・グラハム大尉は、一瞬、ちゅうちょした。
　ちょうどバースデイ・ケーキをもらった子供が、どこから食べようかとちょっと迷っているようなものであった。
　彼は敵の数を見てためらった。だがつぎの瞬間、ためらいはきえ、行動に移った。
　グラハムとその中隊は長いあいだ飢えていた者が、待っていましたと食物に飛びつくようにドイツ軍機につっこんでいった。
　海上を横断する距離が短いためイングランドの南部戦線ではえられない有利な情況にめぐまれた「スピットファイア」は、むかえ撃つために上昇し、来襲するドイツ軍機にたいし、高度の利をしめた「スピットファイア」はドイツ軍機の　一〇〇〇メートルも上空から理想的に太陽を背にしてハインケルとメッサーシュミットの大群の真只中に向って急降下した。
　ついで起った戦闘では、援護役のＭe110の行動は爆撃機よりもおそまつだった。
　長距離作戦のため機関銃手をノルウェーとデンマークに残してきたので、ドイツ空軍の十分な力を発揮できない“駆逐”戦闘機パイロットの一部は、燃料タンクを投下して防御のため円陣をつくり、残りは機首をさげると波間にむけてはずかしくも逃げだしたものだ。
　航続力が大きく、戦闘機より勇気にあふれたハインケル爆撃機は、二手にわかれて海岸線をこえた。
　だが、ソール少将の派遣した援軍の戦闘機においかけられて、彼らは目標の飛行場に達することができず、八機の損害をだしてノルウェーのスタバングルに帰還した。
　英空軍には損害はなく、ドイツ軍はべつに戦闘機七機を失ったので、自信満々で出発したシュツンプのドイツ第5航空軍の将兵にとっては、高価な昼間攻撃になってしまった。

11 昼間攻撃はコリゴリだ top

　しかしこれより一六〇キロ南方では、もっと高速で機敏なＪu88約五〇機の部隊は幸運にめぐまれていた。
　デンマークの北部アルボルグから北海をこえてきたユンカース爆撃機は、イングランド東海岸のレーダーによって探知・報告され、トラフォード・リー・マロージー空軍少将の率いる英第12集団の分担地域に向ってきた。
　ソール少将の部隊の南方地区で作戦中で、その結果、しぜん北方の仲間よりは英本土航空決戦におおく参加していたリー・マロージーの部隊は、それでもなおイングランド南東方面の戦いがロンドン方面にうつるにつれて、自分たちの分担地域に戦いのチャンスがまわってくることを期待していた。
　いまや援護のない“おいしそうな”Ｊu88がフランポロー岬にちかづき、御馳走は第616中隊の一二機の「スピットファイア」と、第73中隊の六機の「ハリケーン」の目のまえにぶらさがっていた。
　たちまち戦闘機隊は爆撃機八機を撃墜した。激戦のため爆撃機隊は分散したが、約三〇機はいきなりヨークシャー州のグレイト・ドリフィールドの英空軍の爆撃機基地を攻撃した。
　被害は大きく「ホイットレー」爆撃機一〇機が地上で爆破された。
　ドイツ第5航空軍が、目標に戦闘機基地ではなく爆撃機基地をえらんだことは英空軍にとって幸運だったが、それでも大損害であった。
　このとき、もしこれだけの大損害を戦闘機基地にあたえていたなら、ドイツ空軍にしてみれば、もっと効果があったであろう。
　だが、この時期に英空軍の小うるさい爆撃機にこの程度の損害をあたえても、イギリスの表玄関のカギともいうべき戦闘機兵団が健在するかぎり無駄なことであった。
　英空軍にとってこの消耗はいたかったが、そのあとの勇敢なまきかえしによって、ドイツ空軍は八機のユンカース爆撃機を失った。
　その結果、行動可能の爆撃機一二三機中二三機と戦闘機三四機を失ったドイツ第5航空軍は、その後あきらめて英本土航空決戦期間中、再び昼間に来襲しなくなってしまった。

　英空軍は一一個中隊から一三〇機以上の戦闘機を発進して大いにシュベルレのドイツ第3航空軍をなやまし、爆撃機と戦闘機をあわせ、すくなくとも二五機を撃墜した。爆撃による損害はたいしたことはなかった。

13 人心荒廃ねらった夜間出撃 top　夕方はやく、戦闘は再びイングランド南東部にうつり、レーダーが、七〇機以上のドイツ軍機がカレー方面から来襲するのを探知した。