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10　霧のなかに消えた秘密兵器

　本書の初めにのべたように、ドイツが戦争兵器開発の重点を、空においたのは、ドイツ空軍のミルヒ将軍のような人たちがいたからであった。
　しかし、この名前と関連して、誰よりも先にあげなければならないのは、アルベルト・シュペーアである。
　シュペーアが一九四四年の中頃までドイツ空軍省の実力者として登場しなかったことは、考えてみると、本当に不思議である。

1 敏腕家シュペーア top

　彼はほかならぬ技術者だった。しかもやがて戦時生産にすばらしい成果をあげ、敏腕をふるい、ミルヒ将軍のような人たちを顔色なからしめたのである。
　彼は軍需相となると、ただちに兵器開発の再編成と合理化から手をつけ、それまでとは全然違った基準で生産割当をきめた。
　彼は言った。
　「ユンカースJu88爆撃機のような老朽機は廃棄すべきである。
　なぜなら、こうした兵器は、もう使い古してしまったので、新しいタイプの飛行機を開発すべきだ。しかも一刻も早く」
　しかしゲーリングは、これに反対し、シュペーアの多くのアィデアにストップをかけた。
　なぜなら、彼のアィデアは、どんどん進み、ほうっておくと、実現してしまうからだ。
　シュペーアは敏速に行動したが、遅鈍なナチ首脳たちのために、戦争に勝てるほど敏速に動けなかった。
　だが、それでもヒトラーにとっては、はやすぎた。
　ミルヒ将軍は、このころは自分の地位をまもることだけにしか関心がなかったので、どんな問題でもすぐにシュペーアに同意した。
　そして、ヒトラーがMe262ジェット戦闘機を爆撃機として使用せよといいだしたとき、ミルヒはそんな考えは馬鹿げているというシュペーアの意見に同意しようとしていた。

3 “奇跡の戦闘機” top

　一方、もっとすぐれた戦闘機の必要を痛感したヒトラーは“奇跡の戦闘機”が開発されるという発表をした。
　これはHe102計画であったが、これもまた場あたり的なものだった。
　この機は、工作の簡易化のためＶ1号のようにジェット・エンジンを背中にしょった戦闘機で、設計から試験飛行までわずか三ヵ月という超スピードで製作された。
　ハインケル社が量産の注文をうけたのは、一九四四年九月八日であった。
　このジェット戦闘機は「フォルクスイェーガー」〔国民戦闘機〕と名づけられた。
　“国民戦闘機”He162の最初のテスト飛行は、一九四四年十二月十日に行われたといわれる。
　このときは、テスト・パイロットのペーター大尉が集ったナチや空軍のお歴々を感激させようと、飛行場の上を低空で飛んだが、突然右側の翼がちぎれ、戦闘機は数分問、空中で気違いのようにトンボがえりをうち、地上に激突し、ペーター大尉は死んだ。
　この事故は瞬間的に起った。翼の接着部分に欠陥があったとみられ、この欠点は直された。
　そして、ただちに生産が開始され、同時にヒトラー・ユーゲントの若者たちが、同機のパイロットとして訓練をうけるため、動員されはじめた。
　一、二週間後に、彼らはグライダーで訓練をうけ、近い将来に、この“国民戦闘機”を駆って強力な連合軍機に挑戦する運命においこまれたのである。
　しかし、彼らにとって幸いなことに、この性急な計画が実現する以前に戦争は終ってしまったのである。
　生産された“国民戦闘機”は一〇〇機にもみたず、しかも、その大部分は燃料不足のため飛べなかった。
　一九四五年初めまでに、ドイツの秘密飛行機の運命はきまってしまった。
　ゲーリングにたいする支持は、ほとんどなくなりかけていた。
　事実、その年の元旦に、ドイツ空軍の攻撃が、連合軍にたいして行われたが、これが最後のものとなった。
　Ｖ号ロケットでの攻撃は、いぜん続けられることになっていたが、もはやドイツの敗戦はおおい隠すべくもなかった。
　ヒトラーが夢みた各種の強力な秘密兵器は、いまや、深い霧のなかに消える運命にあった。
　この秘密兵器の研究開発に、ドイツは並々ならぬ努力を傾注したが、戦争指導者の方針が余りにも出鱈目で、支離滅裂なものであったため、自滅してしまったのだ。
　それは、ヒトラー、第三帝国、ナチズムのたどった運命と、全く同じであった。
　だが、この恐怖の秘密兵器がドイツによって成功寸前の段階まで開発研究されていたという事実だけは、けっして忘れてはならないことであろう。