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3　栄光を求めて！　ギリシャ侵攻

　休戦協定の成立により、フランスと戦って、軍事的成功を収める可能性を失ってしまったムソリーニは、イライラしながら、べつの犠牲者を探し求めるのだった。

1 ユーゴ攻撃にヒトラー反対 top 　彼は、“ベルサイユ条約が、まるでイタリアに対抗するように”創り上げたユーゴスラビアヘの攻撃を考えた。 　彼はすでに「我々はユーゴを屈服させなければならない。我々は原料を必要としているが、それをユーゴの鉱山から取上げなければならないのだ」と主張していた。 　そして、同時にギリシャにたいする攻撃も、心に描いていた。 　だがヒトラーは、バルカン半島を掻き乱すことを望まなかった。というのは、枢軸国がユーゴを攻撃した場合のソ連の反応と、ギリシャ攻撃がアメリカの世論、および中立国にあたえる影響を心配したからであった。 　ヒトラーはイタリアに、エジプトおよび中東から、イギリスの勢力を追いだすという、もっと有効な計画に努力を集中するよう求めた。 　増援された北アフリカ駐屯のイタリア軍が、エジプトに決定的な攻撃をくわえるという計画ほど、ムソリーニを喜ばせたものはなかった。 　しかしグラチアーニ将軍は、いつものように、異議を申したてた。 　「その計画は非常に重大なので、いまのところ開始することはできない。準備は完了どころではなく、さらに資材の補給が必要である」と。

会談のあと、ヒトラーに別れをつげるムソリーニ： ドイツは、イタリアのユーゴやギリシャ攻撃に反対し、エジブトや中東での作戦を要請した。しかし､その役目をはたすには､資力が欠けていた。

3 北アフリカに攻撃命令 top 　北アフリカにおける地上作戦の開始が、我慢できないほど遅れたのに憤慨したムソリーニは、九月七日の閣議で、つぎの月曜日に攻撃を開始しなければ、グラチアーニ将軍を更迭するぞ、とおどした。 　グラチアーニは、慎重さと、延期を求めてきたこれまでの訴えを繰返し、部下の将軍たちも自分と同じ意見である、と抗議した。 　彼は少なくとも一ヵ月の延期を求め、パドリオ元帥もこの要請を支持した。 　しかしムソリーニの強い圧力に、彼らも折れて、ついに攻撃命令が下された。これまでアフリカでは、すべてイギリス軍が先手をとっていた。 　ムソリーニが宣戦布告する三日まえに、英陸軍のリチャード・オコナー少将が、マルサマトルーに司令部をもつ、西方砂漠軍という部隊の司令官に就任した。 　彼は、エジプト駐屯英軍司令官メイトランド・ウィルソン中将から、イタリア軍の攻撃阻止を命じられた。 　これは、理論的には、途方もなく無理な任務であった。なぜならイタリアのグラチアーニ将軍は、その指揮下に正規九個師団、黒シャツ三個師団、リビア二個師団、その他支援部隊をふくめ、総計二五万人に達する大兵力をもっていたからである。 　フランスの敗北によって、リビアのイタリア軍は、西方のチュニジアおよびアルジェリア、南方のニジェール、およびチャドからくる、敵の脅威に備えていた兵力を、引抜くことができた。 　このためグラチアーニ将軍指揮下の全部隊は、東方のエジプト攻撃に全力をあげることができるようになった。 　これにたいして、エジプトのイギリス軍は、四万以下という劣勢だった。 　しかし、こんなことは気にかけず、オコナー、ウィルソン両将軍と、その上官のウェーベル英中東方面総司令官は、全面的に強力な攻撃作戦をとることを決意した。	【上】北アフリカでのイギリス軍首脳：西方砂漠軍司令官オコナー少将(左)と中東方面総司令官ウェーベル将軍 【左】エジプトに侵攻したイタリア軍
	イタリア軍が占領したシジjパラニ：イタリア軍のグラチアーニ 総司令官は、これ以上前進するのは不可能とかんがえた

4 やっとエジプトに侵入 top

　戦争がはじまると同時に、西方砂漠軍はただちに行動を開始し、数分間のうちに、イタリア軍将官一人をふくめ将校二五人、兵士五〇〇人を捕虜にし、それ以上の死傷者をださせた。
　このため、グラチアーニの部隊の大部分は、国境ぞいにたえず警戒態勢をとらなくてはならなくなった。
　イギリス軍と対照的に、グラチアーニ指揮下の歩兵六個師団と戦車八個大隊は、ムソリーニにせっつかれて、九月に攻撃を行ったが、その行動は強力でもなければ、指揮もうまくなかった。
　そしてシジバラニで休止し、グラチアーニ将軍は部下に、陣地を築き、資材、装備の補給をまつように命じた。
　彼は補給なしには、これ以上の前進は不可能である、と考えていた。
　しかし、結局前進が決行され、イギリス軍は押し返された。
　イタリア軍はついに、エジプト領に入った。ムソリーニにとっては、勝利を祝う、十分な理由ができた。
　今度こそ機会をのがしてはならなかった。
　最初、彼はイタリア軍の進撃があまりに遅いので、イライラしていた。
　しかし九月十七日に、彼は“喜びで輝いて”いた。
　彼は攻勢のすべての責任をその双肩ににない、「自分が正しかったことを誇っていた」とチアノはのべている。
　ムソリーニは、エジプトからの続報をしきりに待っていた。グラチアーニ将軍の軍隊が、“シジバラニを陥落させ、マルサマトルーからアレキサンドリアに向って進撃中”という知らせを聞きたがっていたのだ。
　またニュースを待ちながら、コルシカ島への攻撃を考えたり、ルーマニアに介入する気配も示した。
　しかし彼が最もふかい関心をはらっていたのは、エジプトにおけるイギリス軍のことであった。
　毎日のように彼は、グラチアーニの軍が攻撃を再開しないことにイラだっていた。
　とはいえ、彼は上機嫌で、今度ヒトラーにあうときには、戦争開始いらい、初めて満足できる理由ができたことを、幸せに思っていた。

5 ヒトラーの不信行為に怒る top

　その会談は、十月四日、オーストリアとイタリアの国境にある、ブレンネル峠で行われた。
　ムソリーニは、ドイツが英本土侵攻について、もう何も話さなくなったこと、ドイツがイギリスを“手ごわい相手”と知ったこと、地中海地域が今迄より重視され、イタリア軍のエジプトヘの進撃が重要であると考えられていること、などを知って喜んだ。
　チアノは、ブレンネル会談のときほど、ムソリーニが上機嫌で立派に見えたことはなかった、とのべている。
　彼は、対等の立場で、ヒトラーとしたしく会談した。
　そのあと彼は、満足そうにチアノに向って、さあグラチアーニの尻を叩いてさっそく攻撃を再開させようとか、ファシスト党書記エットレ・ムティ将軍を更迭して、もっと力強い後継者をみつけようとか、“国内でただ一人の敗北主義者”の国王が嫌いだとか、さかんにしやべりまくった。
　しかしローマに帰ると、ムソリーニの上機嫌は、すぐに消え去った。
　グラチアーニ将軍からは、くらい、ためらいがちの報告が届いたが、さらに悪いことは、ドイツ軍がルーマニアを占領したという知らせが入ったことであった。
　ヒトラーは、ムソリーニに相談せずにルーマニアに侵攻したのである。
　相談どころか、その意図をほのめかしさえしなかった。
　ムソリーニは、怒って叫んだ。
　「ヒトラーはいつも既成事実を押付けてくる。今度こそお返しをしてやろう。彼は私がギリシャを占領したことを、新聞で知ることになろう。それで五分五分だ」
　彼はバドリオ元帥に、この攻撃に同意するかどうかを尋ねた。
　彼は“機が熟さない”ことを認めながらも、「しかし、ギリシャとの戦いに反対する者がいるなら、私はイタリア人として辞表を提出する」と答えた。
　アルバニアを通ってギリシャを攻撃する考えは、長いあいだ彼の心をしめていたものだった。
　もしヒトラーの反対がなく、またイタリアにとってどうしても必要な、ドイツからの原料供給が打ちきられる危険がなかったならば、ムソリーニは数ヵ月まえに、とっくに攻撃を開始していたであろう。
　ソ連、その他の国が、ヒトラーの黙認のもとに、バルカンで利益を収めていることは、いっそう彼の決意をつよめた。

6 密かにギリシャを狙う top

　ソ連は、ルーマニアからベッサラビアを返還することに成功した。
　ブルガリアは南部ドプルジャ〔注1〕を再占領し、ハンガリーはセクレル人〔注2〕の住む三地方と、北部トランシルバニア〔注3〕の獲得を主張し、すべてドイツによって認められた。
　しかもブルガリアもハンガリーも、イタリアと違って、ドイツ側にたって参戦していないのにである。
　〔注1：ルーマニア領。注2：ハンガリーのマジャール人と同族といわれる。注3：いずれもルーマニア領〕

　さていまやドイツ軍は、イタリアに連絡もなしに、ルーマニアの残りの部分に進駐した。
　ムソリーニは、イタリア軍もドイツに連絡せずに、ギリシャに進撃すべき時が来たと感じた。
　ムソリーニはすでに、ヒトラーに、ギリシャの島々がイギリス軍の基地になるのを阻止するために、なんらかの手を打たなくてはならないと説明して、今後起るべき事態――ギリシャ進撃――を、ばくぜんとした言葉で警告していた。
　また、アルバニアにいるイタリア軍の数が増加しているとの報道や、イタリアがすでにギリシャにたいして行っている神経戦などから、ドイツ側も警戒はしていた。
　だが「イタリアがギリシャ国境でとっている軍事措置は、全く予防的なものであり、この地域におけるイギリスの行動にそなえ、ギリシャ軍動員の脅威――わざとそういった――に対応するためである」というムソリーニの説明を信用していた。
　従ってドイツは、イタリアが北アフリカにおける任務の遂行に、全力をあげて準備していると考えた。
　ムソリーニにとって、このような役割りはもちろん重要であった。
　しかしそれは、彼がほかの地域に野心をもつことを、妨げはしなかった。
　ムソリーニは、イギリスにとって、エジプトとイラクからの原油供給が、いかに重要であるかをよく知っており、かつてエジプトの占領は、ロンドンの占領よりも重要である、とさえいった。
　ギリシャの占領は、エジプト占領のかわりというわけではなかった。
　彼は二兎をえようとしていたのだ。
　すなわち、ある日アテネに勝利の入城をし、つぎにカイロに入城しようというのである。
　新ローマ帝国に、ギリシャもつけくわえる機会は、とくに有望にみえた。
　なぜなら、当時ギリシャは孤立していたからである。

7 ギリシャの艦船を攻撃 top

　トルコは“非交戦国”を宣言していた。
　イギリスはアフリカと英本土防衛に忙しく、ギリシャに多くの援助をあたえることができなかった。
　さらにムソリーニは、ギリシャの抵抗はすぐに崩れるだろう、という情報を受けていた。
　かくて、ギリシャの駆逐艦と潜水艦が、ナブパクトス港でイタリア空軍機の爆撃を受けることになった。
　地中海では、ギリシャの船がイタリア潜水艦の攻撃を受けた。
　また、チノス港に停泊中のギリシャ巡洋艦が、イタリアの魚雷攻撃を受けた。
　しかも乗組員の大部分が、聖母披昇天の大祝日〔八月十五日〕で、教会に出かけていたときにである。
　だがギリシャの新聞は、独裁者メタクサス将軍の統制下にあり、普通なら当然やるべき抗議さえ、行わなかった。

8 最後通告をつきつける top

　一方ムソリーニは、こんなに季節が遅くなってから、山岳戦に乗出すのは困難である、と驚きながら指摘した、陸海空三軍の参謀総長の助言を無視した。
　彼はまた、イタリア陸軍のなかで、信頼のおける数少ない機関の一つである諜報部が、予想されるギリシャ軍の抵抗について、数字をしめしながら、警戒すべきであると主張した報告も、あまり悲観的でありすぎると非難した。
　バドリオ元帥はチアノに、ムソリーニが決定を考えなおすよう、説得してくれとたのみ、つぎのように語った。
　「現在アルバニアにいる兵力だけでは、不十分である。
　海軍は、プレベサが浅瀬なので、上陸できないといっている。
　侵攻は、ただちに成功を収めないと、どうしても戦いは長引き、イタリアのすでに乏しい資源は、底をついてしまうだろう。
　それでもイタリアがギリシャを攻撃するなら、私は辞職する」
　すでに、エジプトにおけるグラチアーニの臆病さにイラだっていたムソリーニは、バドリオが辞職するとおどかした、と聞いて“激怒”した。
　そしてつぎのようにいった。
　「私は自分でギリシャに行き、ギリシャ人を恐れているイタリア人の恥ずべき顔を見てやろう」
　もしバドリオが辞表を提出したなら、彼は喜んで受理したであろう。
　しかしバドリオは、辞表を提出しないばかりか、チアノとの討議のさい使ったような強い言葉で、ムソリーニにギリシャの冒険を、思い留まるよう進言することも、あえてしなかった。
　こうしてムソリーニは、これまでよくやったように、反対意見を無視して、彼にへつらう人々の支持に力づけられながら、行動に突入したのであった。
　ムソリーニは、ヒトラーにあてた手紙――それはさしせまった行動について書いてはいたが、その行動がどのようなかたちをとるか、またそれを開始する期日も明らかにしてはおらず、具体的ではなかった――を用意したあと、ギリシャに最後通告を送った。

10 ギリシャ軍勇敢に戦う top

　しかしローマに帰ると、またもや暗雲がたれこめた。ギリシャからのニュースは、明るいものではなかった。
　ギリシャの最初の反応は、イタリア諜報部の将校が心配していたほど、早くはなかった。
　ギリシャ軍の兵力は、わずか一五個師団であり、しかも、このうち一二個師団は、イタリア軍の侵人が実際にはじまってから、動員命令を受けたのであった。
　しかし、ギリシャの遅い初期の反応以上に、ビスコンティ・ブラスカ将軍が率いるイタリア軍の行動は、もっとノロノロしていた。
　最初の二日間に、イタリア軍は南方では、海岸の道路ぞいに一〇キロほど進撃したにすぎず、北方では前進しようともしなかったのである。
　この遅れは致命的であった。十一月の第一週の終りまでに、ギリシャ軍は、有能な司令官パパゴス将軍のたくみな指揮のもとに、固い決意をもって抵抗しはじめた。
　ギリシャ軍は、数ではおとり、その装備も悪かった。
　しかし彼らは、自分たちが正しいという信念のもとに、祖国をまもるために激しく戦った。
　そして勇敢に反撃にでて、アルバニア領内五キロの地点にあるピソデリを占領した。
　またイタリア軍のなかで、最精鋭といわれるアルプスの「ジュリア」師団を包囲し、死傷者二万、捕虜五〇〇〇人に達する損害をあたえて、事実上全滅させてしまった。

雪におおわれたアルバニアの山岳地帯をこえて､ギリシャ領に進攻するイタリア軍

ギリシャで戦闘中のイタリア軍

イタリア戦艦「リットリオ」：タラント港に停泊中､英海軍機の魚雷攻撃をうけて航行不能におちいった

11 思わぬ敗戦にあたりちらす top

　キモをつぶしたムソリーニは、失望と怒りに狂って、“ギリシャ作戦は容易かつ確実に成功する”といったビスコンティ・ブラスカとジャコモニの両将軍をしかりつけた。
　ビスコンティ・ブラスカは総司令官を解任され、後任にウバルド・ソドウ将軍が就任した。
　彼はイタリア軍の軍事能力について、前任者よりずっとひかえ目に見積もっていたが、といってイタリア軍を勝利に導く能力をもっているわけでもなかった。
　十一月十八日、イタリア第9軍〔ボー地域出身〕の勇敢な抵抗を最後に、イタリア軍は大損害を受けて、アルバニア領内に追いかえされ、この不名誉な戦争の第一段階は終った。
　そこへ、さらにもっと悪い打撃がくわえられた。
　英空母から発進した「ソードフィッシュ」艦載機が、タラントに停泊中のイタリア一隊に魚雷攻撃をくわえ、イタリア戦艦三隻、「リットリオ」「ドゥイロ」「カブール」を航行不能におとしいれたのだ。
　ムソリーニは、ヒトラーからの手紙で、強い屈辱を受けたとき、もはや地中海とギリシャにおけるこれらの打撃から、立直る余裕をもっていなかった。