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2 「超空の要塞」Ｂ29、ついに出現    

長距離爆撃攘の開発、製作計画を生みだす作業をはじめるために、陸軍航空隊〔ＡＡＣ〕のアーノルド将軍は、当時アメリカ民間航空の第一人者であったチャールス・Ａ・リンドバーグ大佐をふくむ博識の航空家たちの助言を求めた。 　リンドバーグ大佐は、数年間も英国と欧州諸国に居住したのち一九三九年〔昭和十四年〕四月にちょうど帰米したばかりであった。 1 独空軍にくわしいリンドバーグ top 　彼は海外にいた間に、ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥の招待で、ドイツ航空機工場施設を見学してまわり、またドイツ空軍の訓練ぶりを視察して、ドイツのたくましい航空兵力におおいに感服して帰国した。 　それで当時、彼はアメリカ人同胞の多数から親ナチ派とみなされたが、その後、孤立主義者の陣営にくわわり、米国は欧州の紛争に介入してはならないと主張していた。 　アーノルド将軍は、リンドバーグが語るドイツ航空界のめざましい進歩に深い関心をもっていた。 　一九三九年春、この二人の私的会談のさいにリンドバーグは「ドイツ空軍力は全欧州航空兵力を合同したよりも、はるかに強大であり、ヒトラーは欧州大陸でも、英本国でも、そのいかなる大都市をもたちまち潰滅させる威力をその手中ににぎっている」と、英政府のネビル・チェンバレン首相に非公式に告げたことを語った。 　アーノルド将軍は、この有名な民間飛行家がドイツの航空工業の技術上の開発状況について、ゆたかな知識をもっていることから、米陸軍航空隊が航空兵力の拡張を進めるために、どんな施設を調達すべきか、あるいは開発すべきか、という問題を決定する委員会に委員として就任するように求めた。

ヘンリーＨ“ハップ”アーノルド少将（当時）：戦略爆撃機使用をはやくから提唱していた ウォルター・Ｇ・キルナー准将：将来の陸軍航空軍の要求するものを検討する特別の局の長をつとめた

チヤールス・Ａ・リンドバーグ大佐：“ラッキーリンデイ”とよばれたかれは、ドイツの空軍力にふかい感銘をうけた カール・スパッツ陸軍少将：はやくから戦略爆撃理論の支持者であった

　リンドバーグは、受諾して、その数日後に陸軍大佐として現役に復帰した。、
　リンドバーグ大佐の最初の仕事は、全米の航空施設を巡察して、その現場で米国の航空機製作者や技師たちと会い、欧州における最近の航空界の進歩、発展について討議することであった。
　一九三九年五月はじめ、彼はＷ・Ｇ・キルナー准将を委員長とする特別委員会に参加した。
　この特別委員会は、他に三人の陸軍将校がいたが、その全員が後日みな将軍の階級にすすんで米陸軍航空軍〔ＡＡＦ〕の中心的人物となった。
　カール・スパッツ陸軍中佐、Ｅ・Ｌ・ネイデン陸軍中佐、Ａ・Ｊ・ライオン陸軍少佐であった。
　アーノルド将軍はこの特別委員会にあらゆる型式の航空機の軍用的特性を検討し、陸軍航空隊がその調達および開発計画についてとるべき変更措置を勧告するように指示した。
　同委員会は五月五日に作業を開始し六月末までに広範な報告書をつくった。
　それは一九四四年〔昭和十九年〕までに進歩した航空機、兵器、装備などを入手するために、航空隊がまず着手すべき新計画の概要を説明したものである。
　これらの勧告の一つは、数種類の長距雑用の中型爆撃機と重爆撃機の開発であった。

ドイツ上空を飛ぶ第八航空軍のB17G「空の要塞」：飛行雲をなぴかせ、爆弾倉のとびらをひらき、爆撃コースに進入する

2 第二次大戦が勃発 top

　一九三九年〔昭和十四年〕九月一日、圧倒的なドイツ空軍と陸軍部隊がポーランドを強襲して、第二次世界大戦がはじまったとき、このいわゆるキルナー＝リンドバーグ報告はまだ検討中であった。
　この同じ日、ルーズベルト大統領はすべての交戦国に対して「非武装都市の一般市民を空中から爆撃する非人道的野蛮行為を避けること」を強く求めたアピールを発表した。
（さらに彼は十二月一日、当時フィンランドを攻撃中のソ連に対して、一般市民を爆撃しないことを誓約するように訴えた）
　だがこのようなアピールは無益であった。
　ポーランドに対して、約一二○○機のドイツ空軍の戦闘機および爆撃機は、大挙してポーランド国内に殺到し、たちまちポーランド空軍を撃滅した。
　それからドイツ空軍部隊は、陸軍の装甲〔パンツァー〕師団を航空支援するという別の任務を遂行し、さらにその間に、首都ワルシャワその他のポーランド主要都市を爆撃した。
　こうして九月十七日、ソ連軍が東方からポーランドに侵入したとき、同国の運命はきわまったのである。
　それから十日後に、ワルシャワははげしい爆撃と砲撃をうけたあげく、ついにドイツ軍に降伏した。
　この九月中、さらにその後の長い間、英仏両国はすでにドイツに宣戦布告をしていながら、敵国とたがいに都市爆撃をおこなうことをおそれて、宣伝ピラを空中から投下することに航空活動を制限した。
　こうして独ソ両国は、ボーランド分割占領という新しい征服した領土を併合して一段落するや、一九三九年から一九四〇年にわたる冬期の「にせもの戦争」〔フォニー・ウォア〕として歴史上で知られた、わびしい時期がはじまったのである。
〔これをドイツ側では「すわりこみ戦争＝ジッツクリーク」とよんで、戦争の再開、拡大の意図のないことをたくみに宣伝して英仏側を油断させた〕

3 最長距離の重爆を計画 top

　このような国際情勢が、米陸軍航空隊が最長距難〔略称ＶＬＲ〕重爆撃機を入手しようと申請した背景であった。
　一九三九年十一月十日、アーノルド将軍は陸軍当局に対して、このような航空機の研究のために民間の航空機会社と契約することを正式に要請した。
　そして十二月二日に承認されたので、ただちにオハイオ州のライトフィールド航空センターに、軍が必要とする性能などの仕様書を作成するように指令が発せられた。
　この公文書を起草したのは、ドナルド・Ｌ・プット陸軍大尉であった。
　彼は一九三五年〔昭和十年〕十月、Ｂ17の試作機の試験飛行中の墜落事故で、幸運にも生きのこったテスト・パイロットをかねた技術将校であった。
　一九四〇年〔昭和十五年〕一月二十九日、この完成した公式文書は「調査資料を求める」というただし書きをつけて多くの航空機製作会社におくられた。
　これに対して、ボーイング、ロッキード、ダグラス、コンソリデーテッドの四社が、予備的な技術設計の情報と契約入札価格をそえて、一ヵ月以内の短期間に応答した。
　ところがこの調査資料は、陸軍航空隊が欧州戦線の空中戦闘作戦にかんする最新の軍事諜報によると「多くの現存するアメリカ軍用機は、危険なくらい旧式で時代遅れである」という事実を発見した後に到着したのである。
　すべての交戦国では、ガソリンもれ防止装置つきか、装甲式の燃料タンクか、あるいはその両方を採用しているようだった。
　また仏軍では、戦闘部隊のなかの数種の米国製戦闘機および爆撃機を、燃料タンクに装甲式防護の改善ができるまで、使用を中止していた。
　英軍では爆撃機の乗員たちの安全を守るために装甲防護を追加し、さらに航空機の装備を強化する措置をとっていた。
　こうした情報にもとづいて、陸軍航空隊では一九四〇年〔昭和十五年〕四月四日、最長距雑用爆撃攘の製作入札に応じた各社に対して、ガソリンもれ防止装置つきタンク、装甲強化、連装式銃座、大口径機銃と機関砲などの条項をふくめるために、各社案を再提出するように求めた。
　この修正された入札申し込みは、その五月中にライトフィールド航空技術センターで受理されて、物資調達本部長オリバー・Ｐ・エコルズ陸軍大佐〔のちに陸軍少将〕を委員長とする将校委員会で審査、評価し、ポーイングとロッキード両社を競争的合格者に選定した。

4 ボーイングの重爆“ＸＢ29” top

　そして、このボーイング社の設計〔モデル三四五〕が第一位となった。
　それは翼長が四二・三メー・トル、胴体の長さが二七・九メートルもある巨大な航空機をもくろんでいた。
　この超大型の重爆撃機は高度七五〇〇メートルで最高時速六一〇キロをだし、また航続距離は一万一二〇〇キロ、爆弾搭載量九〇〇キロを見込まれていた。
　それにくわえて、同機は一二・七ミリ機関銃一〇挺を五方向に装備しているだけでなく、二〇ミリ機関砲一門を尾部にすえつけていた。
　陸軍航空隊では、このボーイング重爆撃機の設計をＸＢ29と呼称して、プット陸軍大尉を計画担当主任将校とした。
　一九四〇年〔昭和十五年〕六月四日、アーノルド将軍は重爆の試作研究の契約をポーイングとロッキード両社に与えることを承認した。
　そして両社は設計の木製実物大模型の製作と風洞実験をすることになった。
　また彼は物資調達本部に対して、両社の二種の試作機の価格をとりきめて、引き渡しを交渉すること、なお陸軍航空隊が両社の新重爆撃機二〇〇機ずつを追加購入する自由選択権を有することも契約におりこむことを指示した。
　八月二十四日までに、ボーイング社は風洞実験で設計にかんする諸調査を完了した。
　その報告は陸軍航空隊に受理されて、アーノルド将軍は当時の米陸軍次官補ロバート・Ｊ・パターソンに対して、実物大の木製模型機の製作と、ポーイング社からＸＢ29二機を三六一万五〇九五ドルで調達する追加契約を承認するように進言した。
　パターソン次官補は一九四〇年九月六日、この契約を承認した。
　ところが、ロッキード社は戦闘機製作に専念するために、爆撃機の設計、製作を放棄することを決定した。
　それで陸軍航空隊では、同一目的の最長距離爆撃攘の新造契約を第三の入札者であるコンソリデーテッド航空機会社に与えた。
　その設計をＸＢ32と命名した。
　しかし、この飛行機は、量産にはいらずにおわってしまい、わずか一五機が第二次大戦中に戦闘に参加しただけであった。
　さてアーノルド将軍が陸軍省に対して、重爆撃機の研究に着手する権限を求めた一九三九年〔昭和十四年〕十一月から、ＸＢ29の製作契約がポーイング社に与えられた一九四〇年九月までの九ヵ月間に、欧州の政治地図はヒトラーの軍隊の手で、ものすどく書きかえられてしまった。

5 ヒトラー全欧征服 top

　一九四〇年四月、ヒトラーの空、陸軍部隊はデンマーク、ノルウェー両国に侵入して、たちまち征服した。
　さらに五月には、ドイツ軍は破竹の勢いでオランダ、ベルギー両国に進撃した。
　ヒトラー自慢の装甲部隊と空軍の協同部隊〔いわゆる電撃戦の花形部隊〕は低地国地方〔オランダ、ベルギー、ルクセンブルク〕とフランスで、ポーランドのばあいと同じように、圧倒的な威力をしめした。
　このおどろくべき、おそるべき出来事に対応して、ルーズベルト大統領は五月十六日に、年間五万機の軍用機の生産を求めた教書を議会へ送った。
　それは全く信じられないような提案であった。
　なぜなら米国側では、過去三五年間に総計で四万機たらずの飛行機を製作しただけであったからだ。
　一九四〇年〔昭和十五年〕六月初めまでに、ドイツ装甲部隊に迫撃された英軍は、その大部分〔英仏連合軍約三三万六〇〇〇人〕を、かろうじてダンケルク海岸から英本土へ救出することができた〔注〕。
　〔注＝これは第二次大戦史上で有名なダンケルク大撤退で「ダイナモ作戦」とよばれた〕
　ついで六月十日までに、フランスの首都パリはドイツ軍の手中におちた。
　こうして欧州の大半はヒトラーの支配下におかれて、彼は英国側より和平を願いでるのをまっていたのである。
　ルーズベルト大統領と側近は、このように急変した欧州情勢におおいに影響をうけた。
　彼らの時局に対する見解は、一九四〇年〔昭和十五年〕八月に議会の委員会で、新任の陸軍長官へンリー・Ｌ・スチムソンが表明したつぎのことばでよく代表されていた。

6 ”空軍増強には時間が足りぬ” top

　「今日では、空軍力が国家の運命を決定している。
　ドイツはその強大な空軍で、各国民をつぎからつぎへと征服してきた。
　各国とも地上では大軍が動員されてドイツ軍に抵抗したが、地上軍を援護したドイツ空軍部隊によって、いつも運命を決められていた。
　我々はいま重大危機のさなかにある。
　空軍力を強大にするには、あまりにも時間がたりない」
　米国自身の安全をいかに守るか、ドイツヘの恐怖感をいだきながらも、陸軍航空隊の計画担当者たちは、西半球全般の防衛をたすけるために長距離爆撃機の使用を真剣に研究した。
　その間にも英本土をめぐる独英航空戦は、一九四〇年の夏から秋にかけて激化していた。
　米国政府としては、ヒトラーの中南米諸国に対する企図について、ほとんど諜報を入手していなかったが、ヒトラーのおそるべき野心についての恐怖は全く根も葉もないものではなかった。
　一九四〇年十月、ヒトラーは海軍司令官たちの会議で、明白に親英的な米国人に、教訓を“教えてやる”ために、とるべき措置を討議した。
　その会議の席上で、ヒトラーは、将来いつの日にか米国を直接攻撃するための基地として、アゾレス諸島〔大西洋中部、ポルトガル領〕を奪取する可能性についてのべた。
　それから七ヵ月後に、ヒトラーはまた海軍司令官たちの会議を召集して「わたくしは米本土に長距離爆撃をかけるため、発進基地としてアゾレス諸島の奪取計画をまだ支持している」と、ふたたび言明した。
　彼はこの攻略作戦が一九四一年秋までに発動することを指示した。
　しかし、ヒトラーはその秋、英国侵攻を断念して、巨大な軍事力を一転して、ソ連に対する新しい、しかし致命的に不幸な大作戦に投入したのである。
　この戦局の変化によって、米陸軍航空隊の募僚たちは、Ｂ29の新任務、すなわち英本国または地中海方面の連合軍基地から、ドイツの心臓部を攻撃することを提案した。

7 航空力学の壁を破ったＢ29 top 　その間にも、将校委員会では一九四○年十一月下旬、シアトル市のボーイング工場を視察して、Ｂ29重爆撃機の実物大の木製模型を点検した。 　各委員は、この巨人機が堂々として、完全であり、精密であると感心した。 　それで翌十二月には、三番目の試作機を発注した。 　ボーイング工場で、このＢ29の試作作業を続けている間に、多くの航空技術者たちは、革新的な主翼の設計にかかりきりになっていた。 　それはボーイング社が航空力学上の壁を突破しようと工夫したもので、設計者と技術者たちは、空気抵抗の大問題に直面して苦心した。 　Ｂ29は総重量が約四万四一〇〇キロ、弟分のＢ17の重量の二倍以上もあったからである。 　そして大気中をＢ17よりも三〇パーセントも速く、しかもエンジンの馬力はわずか八三パーセント増という条件であった。 　要求された航空性能を実現するために、ポーイング社は翼面三〇平方センチあたりの荷重を、Ｂ17の二倍にふやすことに決定した（Ｂ29の総翼面積は約一六〇平方メートルであった）。 　しかしこれは、非常に高速の着陸速度を生みだすわけだ。 　重い巨人機の着陸をゆるやかにおさえるために、ポーイング社の設計技師たちは、多くの戦闘機の総翼面積よりも大きい、長さ一〇メートルもある巨大なフラップ〔さげ翼〕を考案することに努力した。 　そうすれば、この巨人機が離着陸するときに、フラップをつかって主翼面積と浮揚力を増して、緩速で着陸できるからである。 　こうして、細長い、空気抵抗のすくない主翼がうまれた。 　そしてこれが、Ｂ29のすぐれた性能を生む大きな要素となったのである。 　また全体に、航空力学的に洗練された機体をつくることに、大きな努力がはらわれた。 　機体や翼の外板をとめるのに沈頭鋲〔ちんとうびょう＝頭をたいらにして表面にでっぱらないようにした鋲〕をつかったり、つなぎめを重ねあわさないで熔接したり、車輪を完全に引っ込み式にしたり、いろいろと工夫をこらしていた。 　とくに主翼についている降着装置〔主脚〕は巨大な飛行機の重量をささえるため、従来のものよりはるかに頑丈な支点を必要としたので、支点となる主翼の桁はこれまでの伝統的な橋げた型の構造をやめて、クモの巣型の構造を採用した。

B17「空の要塞」を製作しているシアトルの、ボーイングエ場の一部。このB17計画をさまたげないためにボーイング社はB29「超空の要塞」を製作するためカンザス州ウィチタに新工場を建設せねばならなかった。 1943年の末、ウィチタのボーイングの新工場の組み立て工場からB29「超空の要塞」の量産第一号機がひきだされた。

　それは板金の平らな横木よりなる翼をもちい、その剛性を強化するために上向きに曲げた凸縁をつけた。
　さらに尾部については、ポーイング社は徹底的に調査して、Ｂ17Ｅ型機のために開発した尾翼を選定したが、それはただ大きさの点でやや修正しただけだった。

8 機内を気密室に top

　搭乗員室の与圧装置の設置も、もう一つの重要な革新であった。
　その毎分十一・二五キロの加圧能力は、Ｂ29の気密室内の気圧を実際の高度九〇〇〇メートルで、高度二四〇〇メートルと同等にするものだった。
　すでにポーイング社は、世界最初の気密室をそなえた商業用輸送機「ストライトライナー」〔成層圏航空機〕を製作していた。
　しかし、、Ｂ29には特別の問題があった。
　それは二つの大きな爆弾倉〔飛行機の胴体下の隔室〕の扉を開閉しなければならないということであった。
　設計技師たちはこの問題を、前部の操縦室と、機体の後部にある機関砲の射手室とを気密化して気圧を正常にたもつこと、さらにこの両室を直径八五センチの長い管でつなぐことで解決した。
　その連結管は、ちょうど乗務員の一人がはって通れるほどの大きさのトンネルであった。
　このＢ29の動力には、陸軍航空隊はライトＲ三三五〇型、一八気筒、空冷式エンジンをえらんだ。
　それは離昇出力二二〇〇馬力をだした。このエンジンの設計作業は一九三六年〔昭和十一年〕一月にはじまった。
　そして最初のエンジンは一九三七年〔昭和十二年〕四月に、五〇時間の耐久運転に成功したが、そのときには一五〇〇馬力をだした。
　これに過給器〔スーパーチャージャー〕をとりつけることによって、ライトエンジン会社の技師たちは、それの出力を二二〇〇馬力に増大できた。
　一九四一年六月、すなわち米国政府がボーイング社に、Ｂ29を二五〇機購入する意向であると通告してから一ヵ月後に、陸軍航空隊はこの爆撃機の動力装置としてライトエンジンを正式に採用した。
　ただしこの当時に、Ｒ三三五〇型はわずか一台しか入手できなかった。
　このＢ29の一番機がいよいよ生産の流れ作業から出始めてきた時、そのエンジンはまだ完全に開発されてはいなかった。
　そして一時は失敗をたびたび重ねたので、Ｂ29の全計画を駄目にするおそれもあったのである。
　このＢ29の製作作業が進行しているあいだに、多くの設計変更がなされた。
　それは一九四〇年〔昭和十五年〕春に、ＸＢ29の試作機の設計がはじめて承認されたときから、開戦後の一九四二年〔昭和十七年〕末に最初の試験飛行がなされた日までに、じつに九〇〇件にたっしたのである。

9 航空隊を航空軍に改組 top

　さらにもっと重要な変更の一つが、新たに改組された陸軍航空軍〔略称ＡＡＦ〕の編成にともなって起こった。
　この陸軍航空軍というのは、これまでの陸軍航空隊〔ＡＡＣ〕が拡充されたもので、一九四一年〔昭和十六年〕六月二十日に発足した。
　その重要な変更とは、一九四一年末に決定されたもので、ジェネラル・エレクトリック会社〔略称ＧＥ〕が設計した完全に新しい兵装システムが、そのＢ29の開発計画に組み込まれることになったのである。
　この装備の変更は、Ｂ29の開発が、非常に進んでしまってからなされたために、試作機の最初の試験飛行は数ヵ月もずれた。
　この新しい兵装システムは、小型の電子計算機により、航続距離、高度、気温、対気速度を自動的に修正するものであった。
　また射撃管制装置をそなえていて、遠隔操作によって、すべての銃砲を自由に発射できた。
　このように機内の気圧を正常にたもつ与圧装置、射撃管制体系、とくべつに設計された四枚翼のハミルトン式プロペラ、その他数百にのぼる小さいながら重要な航空工学の技術上の進歩発明がＢ29爆撃機に導入されたので、それに要する電力量は大いに増加した。
　当時の発電装置はその必要とする発電能力を持っていなかったので、全然新型式の発電機を設計せねばならなかった。
　こうして、一二五以上のこのような新装備がＢ29に組みこまれた。そのために同機の総重量は非常に増加した。
　その後、Ｂ29重量低減委員会がつくられて、よけいな計器、機具類、予備乗員の寝だな、乗員室の防音用内張りなどを撤去または中止し、多数の主要な構成部分を再設計するように勧告した。
　こうしてＢ29の最終的な総重量は約四万七二五〇キロになった。
　一九四一年〔昭和十六年〕五月、ワシントンからボーイング本社へ、Ｂ29二五〇機を購入する意向であると通告があったとき、同時に当局偉同社にこの爆撃機と各部品をつくりだすために要する治具〔加工物を工作機械にとりつけ調整する道具〕、鋳型、備品、戦用物資を調達するように指示した。
　それでボーイング社はただちに作業人員と生産施設を拡張しはじめた。
　一九四一年六月二十四日、ボーイング社はカンザス州ウィチタに土地を造成して、新工場建設に着手したが、この新型爆撃機を専門に生産することになった。

10 Ｂ29の第一回発注五百機に top 　米政府の最初の発注の契約は、同年九月六日に調印された。 　その正式契約について、物資調達本部のケネス・Ｂ・ウルフ准将は後日、まだ第一回の試験飛行もしていない飛行機に対する“三〇億ドルの大ばくち”だといっていた。 　一九四一年十二月七日〔米国時間〕日本軍のパールハーバー攻撃にともなって、このＢ29の発注は五〇〇機に急増したのである。 　この機数は、新型爆撃機の一連の注文のほんの第一回分にすぎなかった。 　戦局の進展した一九四二年〔昭和十七年〕二月十日に、陸軍航空軍と航空機産業と戦時生産本部〔ＷＰＢ〕などの代表者が、ミシガン州デトロイト市にあつまり、四つの別々の工場でＢ29を一六〇〇機製作することを決定した。 　ボーイング社は、同社自身の施設による生産の責任をとるだけでなく、他の三社の契約者――ゼネラル・モーターズ社〔米国最大の自動車会社、略称ＧＭ〕のフイッシャー事業部〔車体製作専門〕、ノースアメリカン航空会社、ベル航空機会社に対して、操縦用主要計器、細部鍛造打ち抜き品、押し出し打ち抜き品、鋳型、型板などを提供する責任を負うことになった。

ケネス・Ｂ，ウルフ准将:B29の開発に密接な関連をもち、のちに「超空の要塞」の開発で“30億ドルの大ばくち”を、あえておこなった

　ＧＭのフィッシャー事業部は、ベル社とノースアメリカン社の必要とするすべての鍛造品、鋳造品、圧延品などの生産を担当し、Ｂ29の尾部上部、フラップ、翼端部のような完成組み立て部品、エンジン窓の完成品を供給するように指令された。
　ベル社とノースアメリカン社は、爆弾倉部分および機体の製作と飛行機の最終的組み立てを、それぞれジョージア州のマジエッタと、ミズーリ州のカンザスシティの工場で担当することになった。
　もう二つの工場、ボーイング社のワシントン州レントンの施設と、マ−チン社のネプラスカ州オマハの組み立て工場は、のちにＢ29生産の協同作業にくわわった。
　アーノルド将軍の頭の中で、ウルフとＢ29とがますます密接につながってきて、ウルフは二年後に、最初のＢ29戦闘部隊の指揮官として浮かびあがってくるのである。

11 試作機第一号のテスト top

　こうして生産計画が実施されていくかたわら、陸軍航空軍の当事者たちは試作機の第一回の実験飛行を首をながくして待ち望んでいた。
　一九四二年の九月上旬、ＸＢ29第一号機は工場に隣接するボーイングフィールドにうつされた。
　九月九日、テスト・パイロット、エドムンド・Ｔ・アレン――航空技術に大きな貢献をしたものに与えられるシャヌート賞の一九三九年の受賞者――はＸＢ29の四つのエンジンを動かし滑走試験を開始した。
　九月十五日には、この試作機を三回、約四・五メートルの高さに離陸させた。
　これら初期のテスト中に、ライトエンジンは一時間も働かないうちに、不良状態になることが明らかになった。
　エンジンはたびたび交換された（最も、十月までに使用可能なエンジンは三〇台もなかったのであるが）。
　そして一九四二年九月二十一日、ＸＢ29は、ついに七五分間飛んだ。
　ニコニコ顔のエディ・アレンは機からおりたって、すばらしい飛行機だといった。
　翌日、計画主任将校で、いまは大佐となっているプットは、ＸＢ29を操縦して離陸し、アレンの報告を確認した。
　プットはつぎのように書いている。
　「こんな大きな飛行機が、こうも操縦容易だとは信じられないくらいだ……Ｂ17を飛ばすよりもやさしい……いままでのどの重爆撃機よりも速い……操舵するのに力はわずかですむ」
　このあと数ヵ月間、テスト飛行は続けられ、各種の装置が点検された。
　十二月二日、合計約一八時間の飛行時間を記録したのちに、はじめてこの飛行機は高度七五〇〇メートルまで上昇した。
　この月、アレンとその搭乗員たちは、各種の全備重量でのＢ29の最小限の離着陸滑走距離のデータをつくりあげた。
　テストがすすむにつれて、この飛行機は、エンジンが正常にはたらきさえすれば、その要求仕様に合致することが明らかになった。
　エンジンが問題で、たとえば十二月二十八日の二二回目の飛行のときには、一番エンジンが完全に停止して、アレンは飛行場に帰らなければならなかった。
　地上で点検してみると、二番エンジンも故障していたことがわかり、二基とも交換された。
　十二月三十日、ＸＢ29第二号機の処女飛行のときには、高度一〇〇〇メートルでエンジンの一つから火をふいてテストは中止された。
　こうした難点があったけれども、この飛行機の性能についての重要なデータはどんどんふえていった。
　一月に試作第一号機がかずかずの改修のために休んだので、アレンは第二号機をつかって飛行実験を続けた。

12 第二号機はエンジン燃え墜落 top

　一九四三年二月十八日、第二号機のテスト飛行中、惨事がおこった。
　ＸＢ29が離陸して八分後、一番エンジン室から火をふいた。しかし、これは消火殷備によって消しとめられた。
　アレンはボーイングフィールドに帰還することに決心して、着陸のために高度を下げはじめた。
　このとき、突然、二番エンジン室から火をふいて、たちまち主翼にひろがった。
　燃える金属片数個が飛散るやいなや、Ｂ29は大きく傾き、滑走路から五キロ離れたレンガの建物の五階に激突して爆発した。
　アレンと一〇人の搭乗員は全員死亡した。
　建物のなかの一九人と消防夫一人も、この墜落事故のために命をおとした。
　この事故は、ボーイング社としては七年間に二度目の爆撃機試作機の事故であった。
　一九三五年〔昭和十年〕に、この会社はＸＢ17の事故で主任パイロットをうしなっている。
　信望を集めていたアレンと、練達の実験搭乗員たちを失った。
　この悲報がワシントンにとどくと、アーノルドはただちに調査を命令し、とくにエンジンの火災の延焼防止の処置を講ずるように指令した。
　一九四三年〔昭和十八年〕の三月と四月に、上院の調査委員会でミズーリ州選出上院議員ハリー・Ｓ・トルーマンを長とする委員会が独自の調査を開始した。この委員会の調査結果はつぎのようであった。
　メーカーは欠陥のある基準以下のエンジンを多数製造していること、完成されたエンジン点検は、会社が質よりも生産量を強調するあまり（Ｒ−三三五〇エンジンの注文は四万台以上にのぼっていた）完全でなかったこと、そして、これには陸軍航空軍にその責任の一部があること、が指摘された。
　こうした諸調査が続けられている間、Ｂ29の全計画は全く進まなかった。
　この危機の間に、ライトフィールドのＢ29の飛行実験担当のレオナード“ジェーク”ハーマン大佐は、ウルフ将軍に対して、ウルフを長とする特別の機関を編成して、全計画――生産も飛行実験も訓練もふくみ、できるだけはやくＢ29を戦闘に参加させるための計画――を担当させるように上申した。
　ウルフは同意して、四月中旬、二人はアーノルドに提出する計画をもってワシントンヘ飛んだ。
　数日後の四月十八日、アーノルドはこの提案を承認し、彼らに「Ｂ29特別計画班」を、ウルフを長としでハーマンを補佐として編成する権限を与えた。
　二人は飛行実験計画の責任をもち、乗員の訓練をおこなって、Ｂ29を一九四三年末までに戦闘に参加できるようにする任務が与えられた。
　ウルフとハーマンは、ただちにシアトルに飛び、ここで試作機のテスト飛行の責任を陸軍航空軍にうつす処置をとった。

13 第三号機あやうく事故 top

　ＸＢ29の墜落事故から二ヵ月以上もたった五月二十九日、ハーマンは試作第三号機で飛びたつ準備をととのえたが、この飛行機はすんでのところでメチャクチャになるところであった。
　工場での、信じられないような見おとしのために、補助翼操作のケープルが反対につけられていたのである。
　ウルフとポーイング社の二人の重役の見ている前で、でハーマンは滑走路をうなりをたてて滑走したが、飛行機の右翼をあげようとすると、逆に下がってはげしく傾き、ＸＢ29は滑走路上を傾いて滑って、建物のかげにはいって見えなくなってしまった。
　青くなった三人が現場にとんでいってみると、こわれていない飛行機と、びっくりしたテスト・パイロットを発見して胸をなでおろした。
　点検した結果、つけちがったケーブルがすぐ発見された。
　この第二回目の事故で、不運な結末となるかもしれなかったＢ29計画は、危機一髪のところで難をまぬがれた。
　この事故の教訓は、このあとポーイング社の工場の生産労働者全員の頭にたたきこまれた。
　このあと引きつづく試験飛行の間、ライトエンジンの不調は、なお続いた。
　一九四三年の二月から一九四四年の九月までの問に、少なくとも一九機のＢ29の事故は、エンジンの火災によるものであった。
　この欠点を除くため改修対策がとられたが、このＲ−三三五〇エンジンは、飛行機が海外に派遣されるという段階になってもまだ“戦闘に支障なし”ということにはならなかったのである。