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5 “八幡製鉄所を爆撃せよ”  

　Ｂ29爆撃隊のインドヘの進出が一段落したとき、第二十爆撃兵団司令官のウルフ将軍と副司令官のサンダース将軍は一九四四年〔昭和十九年〕四月二十四日、インドから二機のＢ29で中国の成都へ飛んだ。
　初めてＢ29爆撃機が中国に姿をあらわしたのだ。
　サンダースがまず広漢飛行場に到着し、シエンノート将軍と中国側関係者の出迎えを受けた。
　まだ飛行場の拡張工事をしていた約七万五千人の中国農民たちも、この巨大な爆撃機とその搭乗員を歓呼をもって迎えた。

3 アーノルド将軍が全Ｂ29を掌握 top

　こうした混乱する指揮関係を明確にするために、ワシントンの当局者たちは、統合参謀本部に直属する、新しい航空軍を創設することを決定した。
　マーシャル参謀総長は、のちにその理由を説明して、こう述べている。
　「これらの新しい爆撃機の力は非常に大きいので、統合参謀本部としては、これを一つの戦域だけにつかうのは、経済的でないと考えた。
　そこで、これらの爆撃機は一人の指揮官のもとで、統合参謀本部の指揮下におくことにした。
　司令官はアーノルド将軍で、彼は全世界にわたるＢ29の爆撃作戦を指揮する権限をもった。
　この飛行機は、海軍の特定任務部隊〔タスク・フォース＝機動部隊〕が、特定の目的にむけられると同様に、主要な特定任務部隊としてとりあつかわれるものである」

4 第二十航空軍創設 top

　四月十日、統合参謀本部は、その直接指揮下で動き、アーノルド将軍を司令官とする、新しい第二十航空軍についての規定を発令した。
　この規定の条項によると、各戦域あるいは地域の司令官は、Ｂ29に適当な基地を提供し、これを防衛し、補給的支援を与えることが要求されていた。
　その反面、統合参謀本部としては、各戦域あるいは地域の司令官は、特別に緊急な戦略的戦術的必要がおこったときには、この爆撃隊の出動を要求することを認めていた。
　在中国米軍司令官も太平洋地域司令官も、のちにこの要請をおこなっている。
　第二十航空軍は、四月四日、ワシントンで正式に、そして極秘のうちに創設された。
　Ｈ・Ｓ・ハンセル准将が、この新航空軍の参謀長となった。
　ハンセル准将は、高々度精密爆撃の熱心な支持者で、のちにマリアナから日本本土爆撃をやった第二十一爆撃兵団を指揮することになる。

5 燃料・資材の集積進捗せず top

　一方インドでは、第二十爆撃兵団のウルフ司令官は、いそがれている中国基地を完成するため、資材・燃料の輸送に全力をあげていた。
　このため、Ｂ29は戦闘装備をとりはずし、臨時の燃料タンクや給油パイプをとりつけたりして、輸送機として使用された。
　また陸軍省も、この補給活動を援助するために多数のＣ46輸送機を増派した。
　しかし、こうした努力にもかかわらず、一九四四年の四月中に中国基地ヘ輸送された燃料は一四〇〇トンにすぎなかったのである。
　ウルフ将軍はすぐに、これでは計画したように、五月一日、日本に第一回攻撃をやれないことをさとった。
　攻撃を二回やれば二五〇〇トンのガソリンが必要なのに、兵団としてはわずか一四〇〇トンを集積しただけだった。
　ウルフ将軍は、さらに多数のＢ29の装備をはずして空輸任務につけることを命令し、各機は一回の飛行で七トンの航空燃料をはこべるようになった。
　ウルフは約四四○○トンの燃料を集積して、第一回の対日攻撃を六月に、第二回は七月にやりたいと考えていた。

6 Ｂ29基地壊滅の「一号作戦」 top

　ちょうどこのとき、一九四四年の四月と五月に日本軍は二号作戦」として知られる大攻勢を遂行して、さしせまっているＢ29による対日攻撃をくいとめようとはかった。
　日本大本営は、中国派遊軍の畑俊六総司令官に対する指令のなかで、彼の主要な任務は「桂林、柳州を基地とするＢ29の日本本土爆撃を阻止すること」であると指示した。
　畑総司令官が命ぜられたその他の任務のなかには、インドおよび雲南省方面から開始されると予想される連合軍の反撃を阻止するため桂林、柳州を占領すること、南方地域との鉄道連結線を回復して、南方にある日本軍との陸上交通を再開できるようにすること、中国軍の戦力を撃破し、蒋介石政権の崩壊をはかること、などがふくまれていた。
　対日爆撃を阻止しようとする日本軍の対策は、一九四三年〔昭和十八年〕四月に、米軍は長距離爆撃機をつくりつつあるという情報をつかんだことから始まっている。
　各方面から、これを裏付ける情報が入った。
　一九四三年十一月五日の「ニューヨーク・タイムズ」に、米陸軍の最も強力な飛行機が生産中であるという記事がのった。陸軍航空軍総司令官アーノルド将軍の記者クラブでの発言であった。
　新型機は“強力な装甲と武装”をもち“非常な高々度”を飛び、Ｂ17やＢ24などのこれまでの四発爆撃機より“格段に大きな航続力”をもっていると説明した。
　二ヵ月後の公表でアーノルドは新しい爆撃機は「一九四四年に就役することになろう」と予言した。
　最終的にＢ29の秘密をあきらかにしたのは、一九四四年一月十七日の合同航空委員会の発表であった。
　それは「Ｂ29は“空の要塞”Ｂ17を一まわり大きくした巨人機で“超空の要塞”と名づける」というものであった。
　いずれにせよ、日本軍は初期の情報を基礎として、米軍は中国の基地から、おそらくは桂林、柳州周辺の第十四航空軍の飛行場群から、一九四三年の十二月ごろには、日本本土に対する爆撃作戦を開始するであろうと予測していた。
　この予想がはずれたので、日本軍は敵情判断をあらためて、Ｂ29の中国への展開は一九四四年の四月か五月と判断した。

7 Ｂ29基地を成都周辺に top

　Ｂ29爆撃機が桂林、柳州地区に位置することになるだろうという判断は、あたっていた。
　実際に、シェンノート将軍はこれら第十四航空軍の基地を使用することを強力に推進し、ここならばＢ29は、日本軍の占領地域上空を通過しないで、日本本土を攻撃できるし、また距離的にも、神戸、大阪、東京などが爆撃圏内に入ると主張していた。
　これに対して、もしＢ29が成都付近に基地をおくとなると、中支あるいは北支の日本軍占領地域上空を飛ばねばならぬことになり、敵に警報を出す余裕を与えるばかりでなく、距離的に攻撃は九州の南の島々にかぎられてしまうのである。
　アーノルドはシエンノート将軍のすすめる桂林その他の飛行場のいくつかを拡張することを希望したが、これらは日本本土攻撃の発進基地とするのではなく、往復の中継補給用に考えていた。
　その理由は中国軍がはたして日本軍の攻撃に対して、これらの基地を確保できるかどうかわからないと考えたからであった。
　ワシントンの米軍首脳部も、このアーノルド将軍の意見を採用し、Ｂ29の基地は成都周辺におくということを決定した。
　これは米軍にとって、幸いなことであった。
　日本軍の「一号作戦」はＢ29の基地を桂林付近と想定し、攻撃はここを指向していたからである。
　一九四四年四月十九日、日本軍が「一号作戦」を開始したときには、たぶん、成都における米軍の活動を察知しなかったか、あるいはＢ29の航続力を過小評価していたと思われる。
　この攻勢の第一期は、河南にある中国軍を撃退し、このときすでに日本軍の勢力下になかった北京〜漢口間の鉄道の一部を占領することを目標としていた。
　この作戦は成功し、ついで畑将軍は、満目と広東地区に、この太平洋戦争での一会戦としては最大の四〇万という兵力を、極秘のうちに集結して、五月二十六日、その主攻勢を西と南の二正面に対して開始した。
　中国軍は、この強力な大軍を阻止することはできなかった。
　六月十八日、長沙〔ちょうさ〕はまず日本軍の手に落ちた。
　中国軍は衡陽〔こうよう〕に退却し、ここで四九日間、シェンノート将軍の戦闘機や爆撃機の支援をえて頑強に抵抗したが、力およばず、八月八日、衡陽は占領された。
　日本軍は、さらに南西方向に前進して、九月四日には零陵を占領し、その最終的な攻撃では十一月十日、十一日に桂林、柳州の飛行場を、また二十四日には南寧を占領したのであった。
　だが、こうした地上での大勝利にもかかわらず「一号作戦」はその主要な目的を達成できなかった。
　その理由は戦史家林三郎大佐が指摘しているように「中国を基地とする米軍による日本本土への爆撃」を阻止することができなかったからである。

9 Ｂ29、初の本土空襲 top

　六月十四日、、成都の基地に八三機のＢ29が進出していた。
　攻撃目標は――ワシントンが選定したのであるが――九州八幡の日本製鉄所の工場であった。
　情報部の判断によると、八幡の年間生産量は圧延鋼で二二六万トンで、日本の総額の二四％を占めていた。
　六月十四日の午後おそく、七五機の「超空の要塞」は、それぞれ二トンの爆弾を搭載して離陸を開始した。
　八人の従軍記者とカメラマンも同行した。
　たちまち事故がおこった。七機のＢ29は離陸できなかった。
　また一機は離陸直後に墜落し、四機は故障のためひきかえした。
　残りの六三機は八幡に向って飛行を続けた。日本人たちをびっくりさせることを望みながら。
　ところが、中国海岸の沖合いの島にある日本軍の電波探知所はＢ29の大編隊をいちはやくキャッチし、日本本土の戦闘機部隊と高射砲隊は迎撃準備をととのえていた。
　二十三時三十分、八幡上空に最初のＢ29があらわれた。町は完全に灯火管制されて真っ暗であった。
　日本軍の探照灯と高射砲が突然、空にひらめき、六機の「超空の要塞」は軽微な損害ではあったが被弾した。
　日本軍の戦闘機も上昇してきて、少なくとも一六回の攻撃をかけたが命中弾はなかった。
　三二橋のＢ29は、目標を見わけることができないので、レーダーによって爆弾を投下し、他の一五機は目視による爆撃をおこなった。
　爆撃隊は大混乱をおこし、ある搭乗員は地上での爆発は認めたものの、誰も製鉄工湯に命中したかどうかを確認したものはなかった。
「超空の要塞」の二一機は、その第一目標を爆撃することはできなかった。
七機は爆撃装置の故障のために、その爆弾をすててしまった。
　成都に帰還する途中、二機のＢ29は中国内で墜落し、搭乗していた乗員全部と従軍記者が戦死した。
　また一機のＢ29は、その基地飛行場から二時間ほどのところで発動機から煙を吹きだし暁ちかく中国軍戦線の後方に緊急着陸した。
　中国軍兵士たちがかけよってきて、日本軍の飛行機がすぐに飛んでくるぞと警告した。
　着陸の約三〇分後、日本軍の戦闘機と爆撃橋が地平線のかなたにあらわれ、何回かの爆撃と銃撃とを加えた。
　このＢ29はくすぶる残骸と化してしまった。
　搭乗員たちは、負傷した二人と新聞記者とともに付近の清に退避し、のちに救助された。
　第二十爆撃兵団は、その日本本土初空襲で、偵察用Ｂ29をふくめて全部で七機と五五人の搭乗員を失った。
　これはさきの一機をのぞいては全部操作上の事故であった。
　この三日後に偵察機が撮影した写真によると、八幡の製鉄所の被害は軽微なものであった。

10 日本空襲で米国は大さわぎ top

　しかし、この攻撃の間接的な効果は相当なものであった。
　日本の放送局はこの攻撃を小さく扱い「日本軍の迅速で効果的な迎撃」を称賛し、六機のＢ29は撃墜され、わが方に損害なしと放送したが、東京のある新聞記者はのちに、八幡への攻撃は「日本本土全部にわたって不安の大波を立たせることになった」と書いている。
　重慶では、このニュースは歓呼と満足をもって迎えられ、ウルフ将軍は、この攻撃は「日本の産業機能の組織的破懐のはじまりにすぎない」という声明を発表した。
　ワシントンでは、このニュースが上院下院で読みあげられる間、国会の議事は停止され、この攻撃を伝える新聞の全欧抜きの大見出しは、ノルマンジー海岸の陣地帯を突破した連合軍進撃のニュースと同じようなスペースを占めていた。
　このとき、ノルマンジー戦線をおとずれていたアーノルドの名によって発せられた声明の一つは、この「超空の要塞」による第一撃は“真に全世界的な航空戦”の開始であると述べていた。
　そして「アメリカは航空力としてまだ知られていなかった、最も大きい打撃を与えることのできる、非常に精巧な、最もおそるべき飛行機を持ったのである」
　この声明がふれなかったことは、中国における航空燃料の集積が非常に少なくて、Ｂ29はつぎの攻撃を、このあと数週間はやれないであろうということであった。
　継続的な、激しい日本に対する爆撃はまだ数ヵ月ものちのことであった。