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4 激怒するアーノルド総司令官

　ルーズベルト大統領は、カイロ会談に出発する数週間まえに、陸軍航空軍総司令官のアーノルド将軍から、新設のＢ29爆撃隊を中国に展開することは一九四四年〔昭和十九年〕一月までには実現できそうにない、という報告を受けた。
　じつはアーノルドは、すでに一ヶ月まえには、マーシャル陸軍参謀総長に、展開可能だと楽観的に報告していたのである。

1 Ｂ29配置遅れる top

　Ｂ29の展開が「一九四四年の三月か四月になるだろう」という報告に驚いたルーズベルトは、一九四三年十月十五日にマーシャル参謀総長に対して、インドと中国の情勢全般、とくにアーノルドの報告は遺憾であるむね書きおくった。
　どうも万事うまくいっていないようである、と大統領は不満足であった。
　「最もよくないのは、我々の約束が、そのたびにホゴにされ実現しないことだ」とのべた。
　アーノルド将軍と幕僚たちは、この大統領の苦言が身にしみ、少なくとも一五〇機のＢ29爆撃機を、一九四四年四月十五日までに中国の基地に展開し、五月一日には日本本土爆撃を確実に開始するという計画を検討しはじめた。
　その第一の対策が実行されたのは一九四三年十一月二日であった。
　それは統合参謀本部〔ＪＣＳ〕に、Ｂ29の生産を最優先してもらいたいと要請したことであった。
　統合参謀本部は、この件を、軍用機の発注調整の責任機関である合同航空委員会に照会した。この委員会と陸軍航空軍とが調査した結果、Ｂ29生産計画の遅延は、材料や人員の不足からおこったものではなく、この爆撃機自体の画期的な新しさにあるということが判明した。
　それはＢ29生産計画を最優先あつかいしても、生産速度はすこしも早くならないということであったのだ。

ノースアメリカンP51「ムスタング」戦闘機：第二次大戦の末期、世界の全戦域で活躍した戦闘機。 ヨーロッパではＢ17、太平洋ではＢ29護衛戦闘機であった。左：Ｐ51Ｄ、右：Ｐ51Ｂ

〔注＝レド公路は、インドと中国との地上連絡作戦路として、インド東北端のレドから、国境の山岳地帯をこえてビルマのミートキーナにつなぎ、中国まで自動車路と送油パイプラインを建設しようとする大計画で、スチルウェル大将が責任者であった〕
　全部で約六千人の米軍建設部隊――その半分以上は飛行場関係技術者――と数千人のインド人労働者がカラグプール、チャックリア、ピアルドーバ、ダッドクンディの飛行場の工事に従事した。
　しかし工事は順調に進まなかった。
　酷熱や風塵、豪雨と泥ねい、それにくわえて連合軍間の連絡組織の複雑さのため、工事はなかなかはかどらず、一九四四年〔昭和十九年〕四月三十日までには、わずか二つの飛行場だけがどうにか使えるようになり、四飛行場全部が完成したのは九月になってからであった。
　また、中国のほうでは数十万の農民が米軍技術者の指揮のもとに工事に従事していたものの、成都周辺の前進基地の工事もはかどらなかった。
　中国人労働者が籠（かご）や一輪手押し車、ときに荷車という肉体力だけで、近くの河から岩や小石や砂を大量に運んで、長さ二六〇〇メートル、厚さ五〇センチという滑走路を四本建設するのである。
　そのうえ、彼らは、このＢ29の基地を日本軍の攻撃から防護する任務を与えられたシェンノート将軍指揮下の第三百十五戦闘飛行団の戦闘機の飛行場建設にも従事したのである。

6 Ｂ29の生産すすまず top

　中国、インドの基地の建股が、緩慢ながらも進められているのに、米本土でのＢ29の生産計画が行きづまっていた。
　一九四四年の一月中旬までに九七機のＢ29が完成したが、わずかに一六機だけが飛べるというありさまであった。
　アーノルド将軍は、計画がすすまず、大統領との約束もはたせそうにもないので、二月中旬、ジョージア州マジエッタのＢ29改修工場へ飛んで、みずから状況を調べることにした。
　ベル飛行機会社の職員から説明をうけたのち、アーノルド将軍は第五十八爆撃飛行団から七〇人の技術者を、この工場に派遣して協力させることを指令した。
　さらにベル社の他の工場から三〇人の技術者が、この作業促進のために応援されることになった。
　こうした措置によって、仕事はうまくいくだろうと、アーノルド将軍は説明され、また幕僚たちも、もう展開計画の遅れることを心配する必要はないといった。
　そこで、アーノルドは三月一日に、ウルフ将軍や中国・ビルマ・インド戦域の各指揮官たちに、Ｂ29は三月十日、カンザス基地から出発を開始すると電報した。
　ところが、アーノルド将軍と参謀長Ｂ・Ｅ・マイヤー少将が、最初の出発をみようとして、三月九日の午後、サリナ基地にきてみると、Ｂ29はまだ出発の用意ができていないではないか。
　アーノルドは激怒した。
　改修計画は全く大混乱をきたしていた。
　アーノルドの言葉によると「組織もなければ、管理も指導もない」という状況であった。
　仕事はベルの改修工場だけでなく、各所の修理廠、それにＢ29の中隊でさえも行われていたのに、これらの仕事を調整する機関がなかった。
　サリナ基地の誰一人として、不足している部品や装備品が、いつくるのか、本当にくるのかどうか、知らないのであった。
　このときの、アーノルド将軍の激怒ぶりをみていた航空技術勤務部隊司令部の将校、Ｉ・Ｗ・ステフェンソン大佐は、のちにこう書いている。
　「将軍ははいってきて……一体、どうなっているんだ、誰がこれを監督しているんだとたずねた
　……誰もやらんのなら、俺がやる、とどなった。
　そして、翌朝までに、不足なものの全部のリストをつくれ！　工場にそれがあるのか、いつそれが渡されるのか……」

7 Ｂ29の製作促進に狂奔 top

　アーノルドはマイヤー参謀長に、サリナに残ってリストの完成をみとどけ、翌朝、近くのプラット飛行場で自分に提出するように命じた。
　ステフェンソン大佐は数人の部下を集めて徹夜で、そのリストをつくりあげた。
　これをみて、アーノルドは、つまるところ、一機の爆撃機も出発する用意はできていないことを知った。
　この大変な遅れをとりもどすために、アーノルド将軍は全面的な強行計画を命令し、マイヤー参謀長を特別計画調整官とし、この計画の全権をゆだねた。
　Ｂ29はすべての航空機生産計画に優先することが指定された。
　ここに、陸軍航空軍の歴史で“カンザスの戦い”あるいは“４カンザスの電光”ともよばれている狂気のような活動がはじまった。
　一五〇機のＢ29爆撃攘を完成して、四月中旬までに中国・ビルマ・インド戦域に展開しようという大仕事である。
　マイヤー少将は、次長兼調整役としてＣ・Ｓ・アービン大佐をえらび、Ｂ29を第二十爆撃兵団に完全に配置し終るまでの全責任をもたせた。
　この強行生産計画の実行には、他の多くの部署から、有能な専門家たちが大勢協力したが、これらの専門家たちは、この仕事は現在使用可能な未熟練工員――その大部分が民間人――では、とても、おぼつかないことがすぐにわかった。
　彼らは必死になって、他の航空機製作会社、とくにポーイング社に対して協力を求めた。
　Ｂ29の機体製作工場の熟練した組み立て工や技術者などを貸してほしいと申しいれたのである。
　これに対してボーイング社は、その要求をうけいれた。
　部品などのメーカーは、Ｂ29に不足している備品や部品類を納入するまでは、他の一切のものを中止するように命令され、これらはすぐに飛行機、汽車、トラックなどでカンザス基地に流れこんでくるようになった。
　三月中旬以降、あれくるう吹雪をおかして、ボーイング社の監督者、飛行士、民間技術者や労働者たちは、飛行場にならんだＢ29に、不足部品類の最終的なとりつけにかかった。
　暖い時期に連れてこられた民間の技術者たちには、羊の毛皮の飛行服が給与され、作業は四六時中やすみなく続けられた。
　多くのものは、機嫌がわる悪くなり、南部からきた労働者が、北部の者の受ける賃銀よりも安いから、ストライキをするといきまく一幕もあった。
　マイヤー参謀長が、彼らの愛国心にうったえ、この計画の重要性を説いたので、彼らも仕事にとどまることを納得した。

　それはＢ29のライト・サイクロンＲ三三五〇型エンジンは、インドの高気温ではオーバーヒートを起し、数機が墜落したのであった。
　ただちに冷却装置系統の改造が行われた。
　多くの困難をのりこえ、最初のＢ29爆撃機部隊はインドの前進基地に展開を終った。
　一九四四年〔昭和十九年〕五月八日であった。