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「ホランド」型潜水艇以前の時代（潜水艦の歴史1）

　水面下を自由に船で走りまわることは、昔から人間の夢だった。
　この夢に続いて現れたのが、このような潜水航行可能な船を敵の艦船や港湾を攻撃する兵器として使おうというアイディアだった。

1 米独立戦争で初の登場 top 　しかし、最初に潜航可能の艇を実際の戦闘に使った人は、恐らくデイヴィット・ブッシュネルというアメリカ人であろう。 　コネテイカット州出身のブッシュネルは、中国では昔から知られていた技術だったのだが、水中で火薬を爆発させる実験に成功した。 　その後、一七七六年に、実験に成功したばかりの火薬の水中爆発によって、ニューヨーク港を封鎖しているイギリスの軍艦を攻撃しよう、とブッシュネルは考えた。そして、そのための手段として最初の潜水艇の建造にとりかかった。 　卵型のこの艇は、潜水艇にふさわしく「タートル」と命名された。艇は木製で、水中で縦に立った姿勢を保っていた。乗組員一名と、艇を前進させ水中で上下動させる装置一式を収容していっぱいになる大きさだった。 　手動のプロペラによって「タートル」は約三ノット〔時速約五・五キロ〕で走行できたし、艇内の空気の量は三〇分水中で航行するのに充分なだけあった。

アメリカで最初に建造された潜水艇は、デイヴィッド・ブッシュネルの「タートル」である。エール大学卒業の学士だったブッシュネルには、この複雑で体力のいる艇を自分で運転するだけの体力がなかった。ワシントン大統領は彼を陸軍工兵隊の将校に任命したが、後に彼は医学を勉強して開業医になった。この二枚のスケッチは、ブッシュネルの残した記述を基にして1885年に描かれたものである

　搭載した爆破装置は、艇から切り離して敵艦の底部に螺（ねじ）でとめ、艇が離脱した後に爆発させるように設計されていた。
　ブッシュネルはエヅラ・リーという陸軍の軍曹を訓練し、パイロットに仕立て上げたのである。　「タートル」はイギリスの軍艦「イーグル」を目標にして最初の攻撃を試みたが、敵艦の底部をおおった銅板にはばまれて失敗に終わった。敵に発見されたが、被害を受けずに逃げのびた。火薬は爆発したものの、敵艦に何の傷もあたえることはできず、「イーグル」は走り去ったのである。
　一八一二年の戦いの際、ブッシュネルは別の潜水艇を建造し、この艇はコネテイカット州ニューロンドン沖に碇泊中のイギリスの軍艦「ラミリーズ」を襲撃した。このときは乗組員が敵艦の底部の銅の外板に穴をあけるのに成功したが、爆破装置を取り付けている最中に途中で螺子が析れてしまった。
この回の攻撃も失敗したが、潜水艇は無事に離脱した。

2 フルトンの潜水艇 top 　ロバート・フルトンも同様に、幸運に恵まれていなかった。風景画と肖像画を専門としたアメリカの画家だったフルトンは、一七九四年にイギリスに渡り、亜麻糸紡績機、大理石鋸引き機、製縄機などいろいろな発明に凝り始めた。三年後にフランスに渡り、潜水艦の製作にとりかかった。フルトンの設計は模型による実験で成功を収めたが、フランスの海軍大臣は、フランス海軍のために潜水艇を建造しようというフルトンの提案には耳を傾けなかった。 　その後の三年間フルトンはヨーロッパ中を転々と旅行し、画家商売で生活費を稼ぎながら、自分の話を聞いてくれる国の政府に潜水艇を売り込み続けた。 　一八〇〇年にフルトンはフランスにもどり、当時、新しく第一執政官に就任したナポレオン・ボナパルトから、潜水艇建造の注文を得ることに成功した。 　潜水艇は一八○一年五月に完成し、「ノーティラス」と命名された。 　この艇は水上では折り畳み式のマストに帆を張って走り、潜航した時は手動のプロペラで航行した。 　鉄製の枠組みに銅板を張った構造を持った「ノーティラス」は、バラスト・タンクに水を入れて潜航する方式だった。また、水平に張り出した舵翼を取り付け、艇を望んだ深度に安定させるために使った。これは現在の潜水艦の潜舵を初めて試みたものである。 　この潜水艇は、三時間にわたって四名の乗組員で呼吸し蝋燭二本を灯すだけの空気の余裕を持っていた。　後に圧縮空気のタンクが追加装備された。 　「ノーティラス」も、敵艦の底部に爆薬を仕掛けるように設計されていた。

フルトンが設計した潜望鏡のスケッチ。構造の詳細は彼自身の描いた絵に充分に示されている。潜望鏡をのぞいている男はフルトン自身と思われる

「タートル」とだいたい同じ攻撃方法である。ブレスト港〔フランスのブルターニュ半島〕に繋留してあるスクーナー帆船に対する攻撃の実験は大成功で、目標の船を粉々に吹き飛ばした。 　これに続いてフルトンは、フランスの沿岸を封鎖しているイギリス軍艦の襲撃に出動した。しかし、イギリスの戦艦はいずれも「ノーティラス」が接近するのを許さず、何隻もの艦が狙われたが、一隻も撃沈されたものはなかった。 　そのうちにナポレオンの興味は薄れ、海軍大臣は再びフルトンを浪々の旅に追い出してしまった。落胆したフルトンは海峡を渡ってイギリスにもどり、イギリス政府に潜水艦を売り込んだ。彼は総理大臣のウィリアム・ピットを説得して、もう一度　「ノーティラス」の性能を実験して見せる機会を握った。 　今度はイギリスのファルマー港に場所を移したが、ブレスト港での実験と同様に威力を発揮し、ブリッグ帆船「ドロシー」を撃沈した。実験は大成功だった。 　ところが、大成功だったために、ピットが抗議したにもかかわらず、海軍大臣のセント・ヴィセント卿が最終的な判断を下してしまった。 　「潜水艇が成功すれば、現在の制海権は根本から覆されてしまう。現在、制海権を握っているイギリスは制海権を失うことになるので、潜水艇は好ましくない。この好ましくない兵器を開発しようとするピットは、大馬鹿者だ」 　この一件で諦めて、フルトンはアメリカにもどり、また別の潜水艇を建造する資金を支出させようと合衆国議会に運動した。そこで建造した艇は、兵員一〇〇名を乗せ、フルトン自身で設計した蒸気エンジンで駆動するという野心的なものだった。 この艇は「ミュート」と命名されて試運転に入ったが、途中でフルトンが死去してしまい、繋留したまま放置され、そのまま朽ち果てて沈没してしまった。

このスケッチはロバート・フルトンの潜水艇の案のひとつである。帆を張った水上航走の状態と、帆柱と帆桁を折りたたんだ水中状態が上下に描かれている。艇首の水平スクリューと艇尾の推進スクリューに注目されたい。後者は水上帆走の場合は手まわしのクランク軸と切り離され、自由に回転するように設計されていた。最初、画家志望だったフルトンは、潜水艦のほかに運河や望遠鏡などの光学機械、それに加えて蒸気艇も設計するという多彩な活動をした フルトンの「ノーティラス」のこの断面図は、以前の案より考えが進んだことを示している。図面の右上隅の部分図は、この艇が敵艦を攻撃する方法を示している。全体図の司令塔の上の“つの”（記号Ｏ）を使って、部分図のように゛爆雷。（記号Ｐ）に敵艦の底部（記号Ｑ）に装着する。これは、ブッシュネルが「タートル」の“兵器システム”として考案した方法に類似している。扇子のような帆柱は潜航の際には折りたたまれる

3 南北戦争に南軍潜水艇 top

　戦闘で敵艦を撃沈した世界最初の潜水艦は、南部連合の「ハンレイ」であり、この出来事は南北戦争の終わり近いころに起こった。一八六二年にアラバマ州モービルのホレイス・Ｌ・ハンレイは、北軍による南部諸州沿岸封鎖を破るために潜水艦を建造することを考え、そのための資金を提供した。最初の艇「パイオニア」は全長一一メートル、乗組員三名がクランクを手でまわしてプロペラを回転させるものだった。
　「パイオニア」は北軍のミシシッピー河支配を打ち破ることを目的としていた。一八六二年三月三十一日付で敵国商船分捕許可証が発行されたが、北軍がニューオルリーンズを占領した際、捕獲されるのを恐れた南軍がこの艇を自沈させてしまった（「パイオニア」は北軍の船の襲撃に向かう途中で潜航し、乗組員を乗せたまま沈没した、と書いた文献もある）。

　第二番目の南軍の潜水艇は鉄製の艇で、蓄電池を搭載し、これを電源としたモーターを動力とする計画だった。しかし、適当なモーターがなかったので、四名の乗組員がプロペラのクランク軸を手でまわすことになった。この潜水艇は、メキシコ湾沿いのモービル湾湾口にあるフォート・モーガンに曳航されて進出したが、封鎖線に配置された敵艦隊を襲撃する前に、波浪のために沈没した。
　幸い人命の損害はなかった。この艇の全長は約七・六メートルだった。
　それに続く南軍の試みは、鉄製のボイラーを改造し約一・二メートルの長さに延ばした「Ｈ・Ｌ・ハンレイ」である。水バラストと錘りによって潜水し、プロペラ軸に連結されたクランクを八名の乗組員が駆動する推進機構によって、時速六・四キロの速力を持っていた。
　この艇の兵装は、爆薬四一キロの弾頭を持つ魚形水雷一本であり、これを約六〇メートルの綱で艇が曳航した。「ハンレイ」は敵艦の下を潜って通過し、魚雷を向こう側に残して浮上し、そのまま魚雷を曳いて走って敵艦に命中させようと考えられた。
　曳航魚雷により平底の荷船を撃沈して実験に成功した後「ハンレイ」は、鉄道でチャールストンヘ輸送された。ところが、近くを通った蒸気船の波を受け、水が艇内に入って沈没し、艇長だけが脱出するという事故が起こった。
　「ハンレイ」は引揚げられ、新しい乗組員が運航に当たったが、再び波をくらって沈没した。この時は組長と乗組員二名が脱出できた。それから、資金主のハンレイ自身が艇長になり、訓練潜航に一回成功したが次の潜航では、またまた沈没してハンレイ以下全員が死亡してしまった。
　「ハンレイ」は再び引揚げられ、長い棹が取りつけられ、その先端に爆薬が装着された。
　四組目の乗組員が乗組し「ハンレイ」は、数回の潜航に成功した。
　一八六四年二月十七日の夜「ハンレイ」は、チャールストン港沖合で北軍の軍艦「ハウザトニック」を襲撃した。
　夜間に浮上したまま攻撃をかけ、棹付き“魚雷”で敵艦を衝撃したのである。目がくらむような炎がひらめき、轟音が周囲の船と海岸の窓を震わせた。
　「ハンレイ」の魚雷は「ハウザトニック」の弾火薬庫を爆発させたのである。爆発によって二隻とも沈没したが、「ハンレイ」の側は全員戦死、小型蒸気機関砲艦の方は五名戦死だけだった。
　「ハンレイ」は、波乱に富んだ短い生涯のうちに南軍の船乗り三五名の生命を奪った。そして、この艇は、このたった一度の攻撃成功によって、敵艦を撃沈した世界最初の潜水艇となったが、その内容は目標への接近と攻撃の両方とも浮上したままの状態だったのである。

北部連邦の側でも潜水艇に注目した人が数人あり、一八六四年に政府の資金によって手廻し動力の金属製小型艇が建造され「インテリジェント・ホェール」と呼ばれた。これは当時としては、かなりの大金である五万ドルが費されたにもかかわらず、ひどい失敗作だった。それでも一八七二年についに放棄されるまで、ぐずぐずと開発が続けられた。 　この経験は悪い印象となって残り、ジョン・Ｐ・ホランドとサイモン・レイクの二人のすばらしい機能と忍耐強さが情況を変えなかったならば、アメリカ合衆国での潜水艇の発達を遅らせるところだった。 　十八世紀の最後の一〇年間に、世界各地で創造的な人びとが潜水艇の実験を試みた。 　その中で有名なのはスウェーデンの技師ノルデンフェルト、ドイツの機械職人バウアー、フランスの海軍造船技師ローブュッフ、アメリカに移住したアイルランド人ホランド、アメリカの輝かしい発明家レイクである。

ニューヨーク海軍工廠の庭に放置された「インテリジェント･ホェール」。おそらくアメリカ政府が公式に資金を出して建造した初めての潜水艇だろう｡建造は長時間にわたり、ついに完成しないまま終わった不成功作だった。この艇は現在、ワシントン海軍工廠に展示されている