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10　あとがき

　たとえ、立派に訓練された軍隊でも、装備がなくては役にたたない。
　ここで、戦車や航空機を送らなかったイギリス政府を責めてみてもムダだ。
　これらの装備は存在しなかったのだ。
　利用できた不足がちな資源は、全部本土防衛のためにあつめねばならなかった。
　もしイギリスがドイツに敗れたら、回復の希望はゼロになったからだ。
　それでマレー、そして、実際ビルマをふくむ極東にあるイギリスの全部の領地は（配給の）列の最後尾にのこされた。
　フィリピンでも、これと同じことがおきたことは興味ぶかいことだ。
　米合衆国の大資源をもってさえ、日本軍の侵攻に直面するまえに、ちょうど、間に合うように、これらの領地を装備できなかった。
　だから事実は、一人のパーシバルのかわりに一人のモントゴメリー（イギリス陸軍元帥、ノルマンジー作戦の連合軍地上部隊総指揮官）をその地位につけたにせよ、それは時間をいくらか遅らせることができただけで、結局は同じことだった。
　イギリス陸軍は密林地方での作戦技術を、全く習得していなかった。
　そして、つぎの二ヵ年間、ずっとそのままにしていた。
　アラカン山系にいる第十五インド軍団が、日本軍の戦術には、航空機を使用することで、どのように克服できるかをしめしたのは一九四四年三月だった。
　しかし、これらの戦術がもちいられるためには、日本軍からまず制空権をもぎとらねばならなかった。
　実際に、空はすべての戦闘のカギをにぎっていた。

1 山下、辺境に左遷される top

　兵と市民の安全を保障するという山下の言葉は、まもられなかった。
　数百人の華僑が、シンガポール島の東岸へ連れていかれた。
　彼らは自分たちの墓を掘らされたのち、整列させられ機関銃でなぎたおされた。
　牟田口の第十八師団の兵たちが、それらの負傷者のあいだで狼藉のかぎりをつくした。
　そしてその後、非常に多数の捕虜は“死の鉄道輸送”で、彼らの最期をとげることになった。
　憲兵隊（東条の秘密警察）がシンガポールに到着したとき、さらに多数の逮捕と殺害が行われた。
　そして、多くのものが行方不明になった。それらの残虐行為が、どのていどまで山下自身の責任だったか、をいうことはむずかしい。
　山下をまっていたものは、手におえない大仕事だった。
　そして、彼はイギリス人の消防手、医師、看護婦、技師および衛生人夫たちの仕事が日本軍によって交代されるまで、現場にとどまってもらうよう要請せねばならなかった。
　たしかに、山下は征服者の豪語を自制した。
　そして、寺内がシンガポールへの凱旋入城式を、いつやるかと電報で問いあわせたときの、彼の答えは
　「第二十五軍は入城式はやりませんが、軍の慰霊祭は二月二十日と決定しています」だった。
　数日後、寺内は南方総軍をシンガポールに移すこと、そして、第二十五軍はインドネシアへ移動することになったむねを電報で知らせた。
　山下のつぎの任務は、なんだろうか。
　彼は念願したとおり、彼の軍をひきいてオーストラリアを侵攻することになるだろうか。
　それとも、ビルマへ向けて西進し、ついでインドだろうか。
　七月に、彼のためにえらばれた新しいポストは、関東軍によって建てられたカイライ国、満州国にある第一方面軍司令官であることを知った。
　彼の任務はソビエトにたいして満州国の東部地区を防衛することであり、戦争勃発のあかつきは、シベリアの港ウラジオストックを攻撃することだった。
　それはあるていど重要なポストではあったが、山下はそれを侮辱としか、受取らなかった。
　偉大な勝利のあとで、山下は時間の大部分を軍隊の訓練にあてなければならない、遠くはなれた非戦闘地域へ左遷されることになった。
　それでも、彼は、その命令を受諾して、なにひとつ不平をいわなかった。
　彼がいま望んでいるただ一つのことは、陛下に拝謁して一九三六年（昭和十一年）二月の血の事件に、彼がかかわりをもったことについて、お許しをねがうことだった。
　お許しがいただけることを確信して、彼はマレー作戦について、ど進講申しあげるために、御前で拝読する御進講書を準備した。
　しかし、そのとき二つの大打撃がやって来た。
　第一に、東条は彼が新任地へ直行することになったという命令を送った。
　そしてつぎに、陛下は二・二六事件を、けっしてお忘れになっておらぬこと、そして現在または予知できる将来において、拝謁をたまわることをお許しにならないということを知らされた。

2 山下、パーシパルの劇的な再対面 top

　七月十七日、シンガポールの勝者は満州国へ、ものさびしい旅に出発した。
　彼はここに一九四四年（昭和十九年）九月二十五日まで駐在することになった。
　満州国で、彼はフィリピンにある日本軍（第十四方面軍）の指揮をとれという呼び出しを受領した。
　そこでは、いまや、ダグラス・マッカーサーの復讐軍からの攻撃を待ちつつあった。
　その後の作戦の経過のあとをたどる必要はない。
　九月一日、山下の軍の残存部隊がルソン島の山岳地帯で包囲されたとき、彼は陛下の命令にしたがい、降伏せねばならないと決心した。
　パーシバルは捕虜として当初シンガポール、ついで台湾、最後に満州国に収容された。
　そして、彼の部下の大部分と同じく、なかば餓えた。日本の降伏にともない、彼はうれしいニュースを受取った。
　すなわちウェーンライト将軍（フィリピンにおけるアメリカ軍の勇敢な司令官）と一緒に東京湾での降伏調印式に参列するように、まねかれたのだった。
　そのあとで、彼はフィリピンに行った。そこで再び、彼は山下と向きあってすわることになった。
　しかし、それは非常に異なる環境のもとだった（バギオの降伏調印式場）。
　あとでパーシバルは書いた。
　「山下が部屋にはいったとき、私は、彼の一方の眉があがり、そして、おどろきの表情がその顔をかすめたのを見た――
　しかし、それはほんの一瞬だった。
　彼の顔はすぐ、すべての日本人に特有な、あのスフィンクスのような、謎の表情に再びもどった。
　そして彼はそれ以上、なんらの関心もしめさなかった。」

3 山下、絞首台にのぼる top

　その後、山下は主としてマニラで行われた“合衆国とその連合国および保護領の人民にたいする残虐行為および他の重大犯罪”にたいする合衆国軍法委員会によって裁かれた。
　彼は有罪と宣告され、一九四六年（昭和二十一年）二月二十三日に絞首刑に処せられた。
　山下の物語は、いたるところで詳細に語られたので、さらにそれを、ここでくりかえす必要はない。
　彼がシンガポールを去ったときと、彼が死んだときとのあいだに、日本の運命はぐるりと一まわりした、ということだけで足りる。
　シンガポールのあとで日本軍はフィリピンと東インド諸島の占領に着手した。
　またビルマを席巻し、一九四二年（昭和十七年）の夏までにインド国境上に立った。
　しかしそれ以上は進撃できなかった。
　オーストラリア軍はニューギェアで、日本軍を攻めて戦った。アメリカ軍は太平洋で反撃した。
　ついで一九四四年（昭和十九年）、牟田口の“デリーヘの進撃（インパール作戦）”ののち、いまやロード・マウントバッテン提督とスリム将軍という、二人の偉大な指揮官を発見したイギリスは、進撃を追いかえした。
　そして十二ヵ月以内に、英国の全歴史のなかで、日本にたいして、これまで達成された最大の陸上での勝利を獲得した。
　第十五（司令官牟田口中将）、第二十八（司令官桜井省三中将）、第三十三（司令官本多政材中将）の三個軍は回復できぬほど粉砕された。
　一九万人が戦場に倒れた。
　そして原子爆弾が広島に落とされるまえに、ビルマ全域から日本軍は一掃された。
　山下がかって、非常に軽蔑したインド軍が、この戦闘において主要な部分を演じたことを述べるのは、愉快なことである。
　適当に訓練され、装備されて、彼らはその優秀さを証拠だてたのだ。
　しかし、連合軍の対日戦の勝利は、シンガポール失陥が証明した一つのことを変えることはできなかった。
　すなわち、東洋における白人の地位は、もはや昔と同じではなくなったことだ。
　シンガポールとマレー諸州は、フィリピンやインドネシアとちょうど同じく、再び自由を手にするだろう。
　現在、彼らが平和にくらしていると報告できることは、楽しいことだ。