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5 空挺部隊、米・英でもうぶ声

　米・英両軍の軍事指導者たちは、一九四一年五月のドイツ軍のクレタ島侵攻の結果から、ヒトラーとは全く反対の意味を読みとった。
　西ヨーロッパで“打倒ヒトラー”の一大目標を達成するために連合しようとする二大国は、ドイツ軍のオランダやベルギー領の要塞エバン・エマールでの空挺攻撃に刺激され、空挺部隊の必要性を考えはじめていたが、ドイツ軍のクレタ島空挺作戦により、二大国は空挺部隊創設の動きに拍車をかけることになった。

1 チャーチル英首相のお声がかりで top

　　一九四〇年六月二十三日、フランスはドイツに屈服したが、その三日前、英首相のチャーチルは、戦時閣僚の一人、航空大臣と話しあった。
　「我々は、少なくとも五〇〇〇人のパラシュート部隊をもつべきである……
　私は、すでにそのような部隊をつくるための“あること”が進行していると聞いているが、私の聞きおよぶかぎり、ほんの小規模なものらしい。
　これらの部隊の訓練のためには、この夏を十分活用しなければならない。
　そうしていても、国土防衛の突撃部隊としての役割りははたせるのだから……」

2 リングウェー飛行場に訓練センター top

　チャーチルの示唆は、二週問とたたないうちに、北部の工業都市マンチェスターにある民間飛行場リングウェーに、パラシュート訓練センターを設置するという航空大臣の決定となってあらわれた。
　さらにチャーチルの示唆の影響は、陸軍省にもおよび、英空挺部隊の陸軍側の責任者として、工兵少佐ジョン・Ｆ・ロックが任命され、リングウェーに派遣された。
　ロック少佐は、任務が漠然としていてそっけないものだったので、最初はあまり気がすすまなかった。
　目を外にむければ、ドイツ軍の英本土侵攻は目前にせまっており、内にむければ、全軍事・民間工場施設が軍事目的に向ってフル回転で操業されていたので、ドイツ空軍の激しい攻撃をおいかえすという基本的な目的からそれたことは、浪費とはいわないまでも、小事として軽視されていた。
　また、空挺部隊が陸軍の一部であるとしても、パラシュート降下教官や輸送機は空軍に依存することになるだろう。
　空軍がそんなことにかまけていれば、イギリスがこの戦争を勝ちぬくのはますます遅くなるだろう、と考えられていたからだった。

3 演習にはげむコマンド部隊 top

　これと同時に、ナチ占頷下のヨーロッパ大陸で襲撃任務につくことになった英軍の最初のコマンド〔挺進隊〕部隊が編成中であった。
　このコマンド部隊を任務につかせる輸送手段としては、輸送機ではこんでパラシュートで降下させるのが合理的であるというので、最初にパラシュート訓練をうける兵士として、新しいコマンド一個大隊がえらばれた。
　一九四〇年八月一日までに、チャーチルから示唆をうけて一ヵ月そこそこで、コマンド大隊の全員が三回の降下演習を終了して、降下資格をとった。
　最も、フラフラゆれる気球から降下するはじめての演習では、度胸のよいものを除いてほとんど全員が、演習を続けるのはもうこりごりだ、と思ったほどだった。
　第11特別航空勤務大隊と改称されたコマンド大隊は、十一月になって第一回の集団降下を実施した。
　五〇人がソールズベリー平野〔サウサンプトン北西五〇キロ〕の上空で、四機の「ホイットレー」から飛びおりた。視察していた著名人のなかには、ノルウェー皇太子のオラフ殿下がいたが、殿下の乗用車をパラシュート兵たちは、持ち主が高貴な人とも気がつかず無理ヤリにとりあげて、彼らの降下の地上目標にしようと、フルスピードで乗りさってしまった。
　翌年〔一九四一年〕の四月、英首相チャーチルをふくむ著名人を迎えて行われた第二回の演習は、あまりさいさきがよくなかった。
　見学者にも号令がきこえるようにセットしたスピーカーをつかって、演習指揮官がたずねた。
　「ハロー！　部隊指揮官、降下準備はできたか？　どうぞ！」
　「ノー！」
　返事がかえってきた。
　「まだです。五人のやつが気絶しているんです。どうぞ！」
　滑稽なというより、きまりの悪いといいたいのだが、進行が遅れたり、強風が吹いたりしたわりには、パラシュート兵たちは演習を上首尾に行い、イギリスの空挺部隊が着々と成長していることをしめしたのだった。

5 グライダー「ホーサ」と「ハミルカー」 top

　一九四〇年の後期になって航空機生産省は、グライダー（ゼネラル・エアクラフト「ホットスパー」〔むこうみず〕四〇〇機。この機は、続いてあらわれるエアスピード「ホーサ」とゼネラル・エアクラフト「ハミルカー」の原型になった）を発注した。
　しかし、たやすくグライダーが手にはいるようになったのは、一九四二年もずっとおそくなってからだった。
　〔当初大量生産を予定されていた「ホットスパー」は実戦につかわれず、主力となったのは「ホーサ」と「ハミルカー」であった〕
　「ホーサ」の最終的な外形は、高翼単葉、全長二〇・三メートル、翼長二六・八メートルで、離陸後に投棄できる三輪離陸装置が、中央スキッド〔ソリ〕とともにについていた。
　機体の外殻は、頑丈な木製の環状助材に、うすい合板をはりあわせてあった。
　この機は、ジープや対戦車砲などの大きな荷を運ぶことができたが、本来は胴体の両側全部を座席にした、部隊輸送用のグライダーであった。

「ハミルカー」は、もともと軽戦車ぐらいの重量〔搭載能力約八トン〕を運べる貨物輸送用グライダーで、蝶つがいでひらく機首から積みおろしができた。 　この二種のグライダーは、最初はアームストロング・ホイットワース「アルベマール」爆撃機に曳航され、のちにはショート「スターリング」、ハンドレーページ「ハリファックス」爆撃機や、ダグラスC47に曳航された。 　英空挺師団は、しだいに発展するにしたがい、各三個大隊からなるパラシュート旅団と、最初は二個大隊で、のちに一個大隊ふやされたグライダー旅団、七五ミリ小型榴弾砲を装備するグライダー軽砲兵連隊、および軽戦車、工兵、衛生兵その他の支援兵種の小郡隊をもつようになった。 　またパラシュート大隊は、ほかの兵種の大隊が四個中隊編成であるのに、三個中隊編成であった。

英軍ショート「スターリング」爆撃機 英軍最初の４発重爆撃機で、大戦末期には時代おくれになりはじめ、輸送機、補給機、グライダー曳航機に設計がえされた。図は3型である 発動機：プリストル「ハーキュリーズ」16型、1,650馬力4、最高時速:435キロ（高度4,350メートル）、上昇限度:5,100メートル、全備重量:32,000キロ、全幅:30.2メートル、全長:26.6メートル

6 難産の米空挺部隊 top

　空挺部隊の開発は、アメリカでも多くの点でイギリスと似ていた。
　アメリカは一九二〇年代の後半に、テキサス州でパラシュート兵と兵器の小規模な降下実験をしたが、関係者にあたえた感銘は、長続きしなかった。
　空挺作戦の重要さについての論議は、フォート・レブンワース〔カンサス州北東部、ミズーリ河畔〕の陸軍大学校が、この問題を教課にしてから、一九三八年にようやくはじまった。

　実験小隊は最初、一九三九年のニューヨーク万国博覧会で、パラシュート塔を遊園地にたてたセーフ・パラシュート社の所在地、ニュージャージー州ハイツタウンにいき、同社の実験塔をつかって実験した。
　実験が成功すると、小隊はジョージア州フォート・ベニング歩兵学校にうつった。
　そしてそこに、旧来のパラシュート塔を改良したものがいくつか建てられた。
　博覧会でスリルをもとめる人たちがやったように、実験小隊の兵士たちは、まずあらかじめ開いていて、固定ワイヤ〔主ワイヤを固定するもの〕で操作されるパラシュートで降下した。
　そのつぎはべつの塔にうつり、こんどはやはりあらかじめ開いてはいる
が、降下のあいだ固定のきかないパラシュートにぷらさがり、フワフワと降下した。ダグラスB18爆撃機、あとになってダグラスC47からの降下訓練がこれにつづいた。
　パラシュート実験小隊は、一九四〇年の初秋になると、将校以下四四六人のパラシュート一個大隊――第501パラシュート大隊――の創設にまでこぎつけた。
　陸軍省は、この新しい部隊にはかなりの情熱をもっていたのだが、さらに部隊を追加することはしぶっていた。
　その主な理由は、輸送機の不足であった。
　第501パラシュート大隊の誕生からほぼ一年たっても、米軍はわずか六六機のダグラスC47をもっていただけで、そのうちパラシュート兵のために割けるのは一二機だけだった。
　それでも、ドイツのクレタ島侵攻の刺激をうけて、陸軍省は、一九四一年にパラシュート三個大隊とグライダー二個大隊を同時に増設した。
　パラシュートの不足もまた、訓練に支障をきたした。
　すべてのパラシュート兵には万一のため、予備パラシュートを装備させる、と陸軍省が固執したことが、欠乏に拍車をかけた一要因だった。
　のちにわかったことだが、第二次大戦中、緊急用予備パラシュートを携帯したのは、米空挺部隊だけであった。

7 むこうみずな米パラシュート兵 top

　イギリスと同じように、アメリカのパラシュート兵は、志願兵からなるエリートで、肉体・精神ともに一般兵士の水準よりずっとすぐれていた。
　この空挺隊員は、誇りたかいバッジや、翼の飾りのあるパラシュートをあしらったメダルをつけていた。
　また甲の高い空挺靴も、一般歩兵と違っているところだった。
　兵士たちは、またユニークな歌をうたった。

　彼らはむこうみずの連中で、いつも喧嘩がしたくてむずむずしていたから、休暇になるとフォート・ペニング郊外のコロンブスや、アラバマ州チャタフーチ川の川向うのいかがわしい売春宿の密室で、歩兵たちとしょっちゅうわたりあった。
　降下手当〔英軍でいう特別手当〕は、最初から全員がうけていたわけではなかった。
　将校と上級下士官は早くから降下手当を認められていたが、議会が下士官兵月額五〇ドル、将校月額一〇〇ドルの降下手当を全員に承認したのは、なお数ヵ月もあとであった。
　パラシュート大隊が増設されるにともない、陸軍省は臨時パラシュート群の本部を設置し、再びウィリアム・リー（中佐に進級）を指揮官に任命するとともに、フォート・ベニング歩兵学校の分校として、パラシュート学校を設立した。
　陸軍省が一九四二年春に全面的な再編成をしたとき、あらたにつくられた陸軍地上軍は、同じく新設された特別空挺部隊を指揮下にいれた。
　この部隊は、再びリー中佐が指揮をしていた。リーの司令部の任務は、空挺訓練の監督と、陸軍航空軍で同等の地位にある部隊輸送司令部との連絡・調整をすることであった。

　空挺師団の設立に障害となっていた人物は、陸軍地上軍紀司令官〔注〕レズリー・Ｊ・マクネア中将であった。
　〔注＝米陸軍航空軍総司令官と同格で、地上軍の訓練、補充の最高責任者〕
　マクネアは誠実ではあったが、気むずかしい人物で、世界的な規模の戦争では、師団というものは　どんな場所ででも戦えるようにしておくことが必要で、師団は特殊なものにすべきではない、と主張していた。
　はじめマクネア中将は、空挺師団を真の師団としてではなく、空挺訓練をうけた一般の部隊から、必要におうじて編成される、一種の特殊任務部隊とみなしていた。

9 米、空挺二個師団設立 top

　一九四二年の春になって、陸軍省が翌年の春を期してヨーロッパ侵攻を考えはじめ、その計画の中に空挺師団をいれたとき、マクネア中将は、ある師団に空挺訓練をうけさせて、その師団をつかおうと本気で考えていた。
　ウィリアム・リー――いまや准将になっていた――が、イギリスにいき、イギリス軍が空挺師団をつくるという情報をもち帰るにおよび、マクネアも考えをあらためた。
　しかし、マクネアは空挺二個師団の設置をみとめはしたが、師団には最小限の経費と輸送機しかあたえず、実際は小型の歩兵師団であると主張した。
　この決定で、パラシュート部隊のほかに、特別にグライダー訓練をうけた部隊をもつ構想はきえさり、グライダーにのった歩兵〔グライダー歩兵〕にさせられてしまった。
　一九四二年の晩夏に設立を承認された空挺師団の兵力は、歩兵師団の平均兵力一万五〇〇〇にたいし、八五〇〇人にすぎなかった。
　空挺二個師団――第82、第101――はそれぞれパラシュート歩兵一個連隊と、グライダー歩兵二個連隊で編成されていた。
　この連隊間の比率については、パラシュート歩兵連隊を小さくしようとするマクネア中将と、大きくしようとするリー准将の見解がするどく対立したが、結局マクネア中将の意見がとおったのだった。
　このように兵力がおさえられた一つの理由は、地上輸送器材の厳しい制約があったからだった。
　グライダー歩兵連隊は二個大隊からなり、一個中隊あたり二個小隊をもつだけで、パラシュート小隊は小銃二個分隊と機関銃一個分隊だけであった。
　またパラシュート砲兵大隊は、三個大隊しかなかった。
　兵士が装備する武器は、特別装備のブローニング自動小銃（BAR）、「トミーガン」（トンプソン機関短銃）および「グリスガン」（自動車のグリス・アップ用具に似ているのでそうよばれた）をのぞけば、ふつうの歩兵と同じだった。
　空挺師団には、三六門の七五ミリ小型榴弾砲があったが、それでも足りないと判断されたのか、のちにパラシュート一個大隊が、一〇五ミリ榴弾砲グライダー砲兵大隊に変えられようとしていた。
　師団所属の飛行機をもっていなかったので、師団の移動は、航空軍の部隊輸送航空隊の輸送機にたよっていた。

10 初出撃、英空挺部隊 top

　一九四一年二月十日の夕方、八機の英軍の「ホイットレー」爆撃機がマルタ島を離陸した。
　二機は敵の注意をそらせるための爆撃用に爆弾を搭載し、ほかの六機は英第11特別航空勤務大隊〔もとのコマンド、のちの第一空挺師団第一パラシュート大隊〕の三八人をのせていた。
　目標はプーリア地方〔イタリア南東部の州〕――タラント、ブリンディジ、バリ〔いずれもイタリア半島のカカトの部分にあたる都市〕など――の給水の大部分を担っていた水路を切断することであった。
　英軍は新しい空挺部隊を、初期の段階で実験しようとしたのだった。
　パラシュート兵をのせた六機の「ホイットレー」のうち、五機は指定された地点の近くに“お客さん”を投下したが、六番機にのっていた兵はあまりにも遠く離れた谷間に降下したため、破壊作業に参加できなかった。
　パラシュート兵の主力は、補給品の梱包を集めてから水路に爆薬を装着し、物かげにかくれて爆発をまった。
　彼らには、大きな成功はのぞめなかったが、爆破は成功した。
　ものすごい水が水路から噴き出し、小さなトラギノ川の谷間に流れだした。
　だが、この成功のあとがまた大変だった。
　ざっと八〇キロもの道のりの山並をこえて、サレルノ〔ナポリ南東五〇キロ〕に近い海岸に出なければならなかった。
　そこでは、四日後に英潜水艦「トライアンフ」が、この襲撃者たちを収容するため、セレ河口〔サレルノ南方四〇キロ〕沖に潜伏していることになっていた。
　彼らは三班にわかれ、日中はかくれ、夜のあいだに移勤した。
　しかし、彼らは一人も海岸に到着できなかった。
　その地方ではすでに彼らの存在に気づいて警戒態勢をしいていたうえに、イタリア兵や憲兵は、徹底して捜査にあたっていたのだ。
　しかし、全員が捕まってかえってよかったのかもしれない。
　なぜなら、もし彼らがセレ河口についていたならば、残酷なほどの失望に突きあたっていたことだろう。
　全くの偶然であるが、牽制爆撃に参加した「ホイットレー」の一機が、セレ河口付近に不時着した。
　パイロットは潜水艦の計画を知らずに、苦境を無電で発信した。
　英軍司令部は、イタリア軍がすでにその通信を傍受し、セレ河口へ軍隊を派遣しただろうと判断し、潜水艦にだした命令を取消していたのだった。