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7　打倒ヒトラーの準備なる

　シチリア侵攻作戦ののち、空挺師団の存続に疑問をもった人のなかには、地中海方面連合軍司令官ドワイト・Ｄ・アイゼンハワー大将がいた。

1 カギは輸送部隊との連繋 top

　「私は、空挺師団を信用しない」
　アイゼンハワー大将は、米陸軍参謀総長ジョージ・マーシャル大将に書きおくっている。

　空挺部隊の価値について、もっと疑わしく思っていたのは、米陸軍地上軍総司令官レズリー・マクネア中将であった。
　彼はシチリア島の混乱とひどい損害は、さきに“奇術のタネ部隊”と評して、設立に反対した自分の主張が立証されたものと受取った。
　またマクネア中将は、空挺師団を解隊して、パラシュート連隊を独立の部隊とし、これにそのほかの支援部隊〔歩兵・砲兵・工兵などの戦闘支援、武器・資材などの管理支援部隊〕を配属し、師団級の空挺部隊が出動しなければならないときは、軽師団が迅速に空挺の訓練がうけられるようにすることを提案した。
　だが、英空挺部隊司令官ブローニング少将は同意しなかった。
　彼は、基本的な問題点は、輸送部隊と空挺部隊間の連繋のまずさにあり、それは両者を指揮下におく“空挺軍”をつくることで解決できる、と考えていた。
　米陸軍省が招集した特別委員会がだした結論は、そこまではいかなかったが、それでも、米陸軍航空軍の輸送部隊と空挺部隊とが、緊密な協同作戦ができるように、徹底した空挺訓練をすることと、その方法を、極端なほど改善することを指摘していた。
　「空挺部隊の動員と訓練は、輸送部隊の動員と訓練とに、直接関係がある」と、委員会はとくに発表したが、これは陸軍航空軍に、統合訓練を促進、努力するよう、遠まわしにいったものであった。
　これにこたえて、米陸軍航空軍総司令官ヘンリー・Ｈ・アーノルド大将は、輸送部隊の装備と訓練は、とくに夜間作戦に重点をおく、と約束した。
　だが、“奇術のタネ部隊”の運命は、一九四三年九月五日、太平洋戦域に派遣されていた米第503パラシュート歩兵連隊が、見事な昼間作戦をやってのけるまで、あいかわらずフラフラしていた。

2 米第503連隊ニューギニアに降下 top

　第503パラシュート歩兵連隊は、八四機のダグラスC47にのり、オーストラリア・パラシュート砲兵大隊をともなって、ニューギェアのポートモレスピーから発進した。
　この第503パラシュート歩兵連隊は、日本軍の退却を阻止する準備措置として、ラエ〔ニューギニア・ポートモレスピーの北約五〇〇キロ〕港を保持している日本軍にたいし、オーストラリア軍の行う三方向からの攻撃を容易にするため、ラエ港から約三〇キロ内陸にあるナザブの飛行場を奪取することになっていた。
　そして、奪取が成功すると翌早朝には、オーストラリア軍の一個師団が、輸送機で到着することになっていた。
　日本軍の抵抗が弱かったので、この作戦はシチリア侵攻作戦とは、ほとんど比較にならなかったが、輸送部隊と空挺部隊との協同作戦は、あざやかに成功した。
　ダグラスＡ20「ハポック」中型爆撃機は、降下地点に煙幕をはった。
　ノースアメリカンＢ25「ミッチェル」中型爆撃機は、降下地点を爆撃し、Ｂ17「空の要塞」重爆撃機は、武器や装備品をパラシュートで投下した。
　その間、Ｐ38「ライトニング」とＰ47「サンダーボルト」戦闘機は、空中で護衛していた。
　作戦は、完全に成功であった。
　アメリカに帰ってきた観戦者たちは、パラシュート部隊と輸送機の搭乗員の協同がうまくできれば、大規模な空挺作戦も成功するのではないか、という感想をのべた。
　米陸軍長官ヘンリー・Ｌ・スチムソンは、陸軍の指導者にたいし、このニューギェア作戦での編成上の問題点を研究するよう命じた。
　問題解決のためには、明らかに統合訓練の改善が必要であったが、航空器材にも改善しなければならない点があった。

3 第82空挺師団はサレルノヘ top

　第82空挺師団か、つぎの米軍の空挺作戦――イタリア本土のサレルノ湾沿岸でひどく圧迫されていた米軍上陸拠点にたいして、あわただしく行われた、空挺による増援作戦――に出撃するようになったいきさつはこうだった。
　一九四三年九月十一日の夜、ドイツ軍の逆襲によって、重大危機が米軍上陸拠点にせまっていた。
　米第五軍司令官マーク・Ｗ・クラーク中将は、翌日どのような手段でもいいから増援してもらいたい、と要求した。
　増援部隊をシチリア島から海上輸送するとすれば、数日はかかることになるので、アイゼンハワー司令官は、第82空挺師団に、パラシュート部隊を上陸拠点に降下させるよう命じた。
　パスファインダーをのせた三機の飛行機が、主力空挺部隊に先行した。
　パスファインダー・チームは、地上に降り立つとすぐ、携帯用レーダーセットをすえつけた。
　一方、シチリア島上空での悲劇的な事故を繰返さないために、海上および海岸にいる連合軍対空砲手の全員に、状況のいかんをとわず、敵味方いかなる飛行機にも、砲撃してはならない、という命令がだされた。
　九月十三日の夜明けまえ、一三〇〇人のパラシュート兵は、いつになく正確に、上陸拠点内の、燃えている油の入ったドラムカンを並べてつくった大きなＴ型マークの近くに降下した。
　皮肉にもこの劇的な降下は、上陸拠点の危機を救うためには、ほとんど役にたたなかった。
　なぜなら、パラシュート兵たちが到着する以前の十二日の真夜中ごろ、上陸部隊が自力で、ついに敵の逆襲を食い止め、ドイツ軍は退却しはじめていたからであった。
　だが、ドイツ軍が阻止されていたことは、そのときはわからなかったので、九月子三日の夜には、さらに増援部隊が上陸拠点内に降下した。
　また、第509パラシュート歩兵大隊が、ドイツ軍の増援部隊が前進してくると考えられる道路を遮断するため、上陸拠点の前線から約三〇キロ離れた、アベリーノ〔サレルノの北三〇キロ〕付近に降下する準備を整えた。

　指揮と訓練を容易にするため、イギリスにいた米軍の輸送航空団は、米第九航空軍の一部であった第九輸送航空司令部に配属された。
　そして第九航空軍が、新しい司令官にルイス・Ｈ・プレリトン中将を迎えると、輸送機はいちだんと注目をあびるようになった。
　なぜなら、第一次大戦のとき、メッツにたいする空挺攻撃を提案したビリー・ミッチェルのために作戦をたてたのが、当時青年将校だったブレリトンであったからだ。
　一九四三年十一月になると、准将に昇進したジェームズ・ギャビンが「成果をあげるため、輸送航空団と空挺師団とを直接に指揮する」命令をうけて、イギリスにやってきた。
　一方、アメリカでは、五番目の第13空挺師団を創設する計画が進行していた。
　だが、空挺師団の存続については、かなりの疑問がもたれていた。
　とくに、米陸軍地上軍総司令官マクネア中将の頭のなかでは、なおさらのことであった。

6 首つないだ降下演習 top

　空挺師団の地位については、まだ多くの疑問があり、しかもマクネア中将は、第11空挺師団が一九四三年十二月、おエラがたの臨席をあおぎ、ノースカロライナで演習を行ったときも、大隊以上の空挺部隊はもつべきでない、という意見を依然としてもち続けていた。
　第11空挺師団長ジョセフ・スイング少将は、マクネア中将がみずから、陸軍長官スチムソンの随員として、演習視察者のなかにはいっていることを知り、演習の結果いかんで決定されるものが、いかに重大なものであるかということを、強く意識していた。
　レーダーと新しい降下技術を駆使して、輸送機とグライダー（グライダーはこのときはじめて二重曳航した）は、グループをつくって、四ヵ所の飛行場から次々と夜中に飛びたった。
　パラシュート兵たちはほとんど、マトをはずすことなく、一三ヵ所の指定地域に降下し、師団の八五パーセントが目標地点に降下した。
　飛行機とグライダーは、三九時間のうちに、総計一万二二八二人を降下・着陸させたのだった。
　欠陥は、いまだにみられたが（たとえば、いったんグライダーを追随させたグライダーのパイロットはどうするのか？）、視察者たちは、演習は無条件の成功だと思った。
　マクネア中将でさえ、ついに「おおいに満足」したのだった。
　数週間後、第17空挺師団も同じような演習を成功裡に行ったので、マクネアは、とうとう自説をまげざるをえなくなった。
　こうして、空挺師団は、少なくとも第二次世界大戦中は、米陸軍に存続することになったのである。

7 歴戦の英第一空挺師団 top

　一方、イギリスでは、二番目の師団、第六空挺師団の編成が、北アフリカ、シチリア島、ついでイタリアと歴戦してきた第一空挺師団に、追加の部隊や、補充兵を送り込む必要があったため、依然としてはかどっていなかった。
　その第一空挺師団も、やっと完全編制の部隊をそろえることができたのは、シチリア島侵攻のときであった。
　三個大隊からなるパラシュート三個旅団（第一、第四および第二、ただし第二旅団は臨時配属）と第一グライダー旅団（グライダー歩兵）だった。
　パラシュート一個大隊（第156）は、インドで勤務していた英軍歩兵の志願者で編成され、訓練の大部分をインドでうけた。
　（英軍はまた、グルカ〔ネパール地　方の部族、精強さで有名〕独立パラシュート一個旅団を創設した。その間にオーストラリア軍も、空挺部隊　を一個大隊編成したが、作戦を経験　するまえに解隊された）
　英第一空挺師団は、シチリア島の作戦にひきつづき、一九四三年九月九日につぎの作戦を経験した。
　Ｇ・Ｆ・ホプキンソン少将の指揮のもとに、師団は、イタリアの降伏を有利に導くため、イギリスの軍艦を利用して、イタリアの“カカト”の部分にあるタラント港に上陸した。
　そしてその後九月末まで、一般歩兵として戦い続けた。
　九月十四日の夜、一個中隊をもってコス諸島のドデカニーズ島〔トルコ西方地中海にあるギリシャ領の島〕に降下したが、抵抗にはあわなかった。
　まちうけていたイタリア人は、マットがわりにワラをしいて、降下地点を柔らかくしていたほどだった。

　空挺部隊の最高指揮官として、“少年”ブローニング少将が、この新しい師団の訓練をはじめたときでも、いまだに解決されていない問題が残っていた。
　降下訓練を行う輸送機が不足していたのだった。
　その問題は、一九四三年もようやくおしつまって、米第九輸送航空団の一部から援助をうける約束を取付けたので、やっと楽になった。
　「床穴からではなく、扉から、ちょっとイカス格好で飛びだせるのは、全くすばらしい」
　と英軍の兵たち入った。
　一九四四年のはじめ、英空軍から輸送二個連隊――第38、第46――の配当をうけたので、英軍パラシュート部隊の輸送機の問題は、ついに解決した。
　ブローニング少将は、全師団を同時に運べると、大得意だった。

9 打倒ヒトラーの準備開始 top

　この重大問題が、やっと解決されたにもかかわらず、電気にうたれたような緊張が、英軍内部に起り始めていた。
　そのとき――　一九四三年晩冬から一九四四年の早春まで――連合軍戦略航空軍は、フランスの上空からドイツ機を駆逐するため、大規模な計画の実施にのりだしていた。
　夜を日についで、船がクライド河口　〔スコットランドのグラスゴー付近を流れている川〕に着くと、はちきれんばかりにふくれあがったバッグを手にした数千のアメリカ兵が吐きだされ、また膨大な量の補給品や装備品が（機関車から歯の詰めものにいたるまで）、陸あげされた。
　そのありさまは、全くなにげなく目撃した者にさえ、連合軍がイギリス海峡を渡って、ヒトラーのドイツにたいして、ここ一番の攻撃を開始するときが、近づいているということを強烈に印象づけた。
　一方、大規模な侵攻準備の一環として、一九四〇年にフランスが敗北してまもなく、パラシュートの使用が検討されていた。
　そしてこの段階では、パラシュート部隊を使用する必要性が、ますます考えられるようになっていた。
　英軍は大陸に侵攻するときには、立地条件から、フランス上陸を強く希望していた。
　そこで英軍は、パラシュートによる補給品や工作員の投下などを行って、早くから大陸の被占領諸国の抵抗運動の援助をはじめていた。
　フランスでは、フランス国内のレジスタンス部隊で、ドイツ軍を弱体化させたうえで、活発に大陸侵攻を行うことが期待できるので、英軍は特別作戦本部と称するものを司令部内に設置して、工作員の募集と訓練を行い、レジスタンス部隊の組織をたすけ、また無電を活用して、情報を提供した。
　アメリカは、一九四三年の初頭に、戦時謀略部というスパイ団を組織して、そのプログラムに参加した。

10 “幻の軍隊”に武装補給 top

　ドイツ軍が弾圧を強化していったにもかかわらず、テロまたテロとあいつぎ、連合軍のフランス侵攻が近づくにつれて、軍需品の補給をパラシュートでうけた巨大な“幻の軍隊”が、フランスやほかの披占領国内にできあがっていた。
　このフランスでの“幻の軍隊”はドイツ軍も知っていたとおり、侵攻軍と連繋して行動しようと準備していたのだが、ドイツ軍は阻止する力をもっていなかった。
　“幻の軍隊”の勢力については、正確に語れるものは誰もいなかった。
　ある者は、たぶん一〇万人だといい、ある者は二〇万人だともいった。
　しかし、米・英両軍には、武器供与ではほかに優先度のたかいものがあったので“幻の軍隊”の多くは武器をもたなかった。
　だが、全員が強い愛国心とナチにたいする憎悪をもち、解放軍がやってくるという、強い信念をもっていた。
　侵攻作戦開始後も、英軍はベルギー、オランダ、フランス、イタリアなどのレジスタンス活動を援助するために、空挺部隊を一個連隊投入した。
　この部隊は、特別航空任務部隊とよばれ、小部隊に分割されて、道路や鉄道の破壊・切断などにあたった。
　イギリスで編成されたフランス人の空挺部隊（二個大隊）の一部は、オランダやベルギーで特別航空任務部隊がしたように、道路や鉄道の破壊・切断などに活躍した。
　フランス侵攻にあたり、連合軍の作戦計画者たちは、はじめから空挺部隊の使用を計画していた。
　また、ソ連軍が、いまにも崩壊しそうなきざしをみせていた一九四二年初秋にたてられた緊急侵攻計画にも、空挺部隊を参加させることにしていた。
　この緊急計画では、米パラシュート四個大隊と英パラシュート一個旅団を使用する予定であった。
　さらに一九四三年夏に、ヨーロッパ侵攻をめざした二番目の計画では、英パラシュート一個旅団と、米空挺一個師団（パラシュート一個大隊）が使用できるものと想定していた。
　だが、この二つの計画は、北アフリカにたいする侵攻が決定したため中止されたが、この決定によって、連合軍のシチリア島とイタリアヘのかかわりあいが、さらに深められることになったのだった。