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4　ヒトラー機爆破に失敗

　一九三九年八月二十三日に締結された独ソ不可侵条約は、秘密事項を認めていたが、それはポーランドの独ソ分割をふくめ、東方での利益分配を規定したものであった。
　さしあたり、ソ連のキバが抜かれたいまとなっては、誰も、ヒトラーのポーランド侵略をとめることはできなかった。
　陸軍総司令部の力で、この動きに介入しようとするベックらの計画は、簡単に退けられ、ヒトラーの軍隊は、一九三九年九月一日朝四時四十五分、ポーランドに侵入した。
　そしてすべては三週間以内に終ったのである。
　しかし、イギリスとフランスがドイツに宣戦布告したことは、ヒトラーを困惑させた。

1 ロンドン空襲カナリス通報 top

　カナリスは、イギリスのベルリン駐在武官に、ロンドン駐在のドイツ大使館が引きあげる九月三日に、ロンドン空襲が予定されていると、首尾よく通報した。
　そして、ハルダー〔陸軍参謀総長〕が、なんとかロンドン空襲を中止させた。
　カナリスは、今や二重の活動をしなければならなかった。国防軍諜報部の本来の仕事を監督すると同時に、これを利用して、ヒトラーの計画を、その発展段階に応じて、できるだけくわしく西欧諸国に通報し、ヒトラーの野望を挫折させようとしなければならなかったのだ。
　カナリスは、ポーランドでの惨状を目のあたりにみて、ゾッとしていた。
　ゲルデラーは、ハッセルに「カナリスはボーランドから、全く打ちひしがれてかえってきた」と語った。
　カナリスの憂鬱病は増々ひどくなり、強い神経衰弱の発作に悩まされるようになっていた。

2 同志に諜報部の局長連 top

　戦争が切迫した一九三九年八月、力ナリスは、国防軍諜報都中央局（Ｚ部門といわれた）に、ドーナニー弁護士を引っぱってきた。ドーナニー（少佐の階級をあたえられた）とオスター（当時少将になっていた）は、抵抗運動の今後の計画を協議しながら、たちまち親密な友人になった。
　国防軍諜報都の何人かの局長がカナリスの同志になっていた。対外諜報局長ハンス・ピーケンブロック大佐、その後任者ゲオルク・ハンソン大佐、海外妨害工作局長ハンス・グロースクルト大佐、それにエルウィン・ラホーゼン大佐などである。
　しかし、これらの抵抗運動の忠実な戦士でさえも、その正体を隠すために、ネコをかぶって自分の日常の任務を、熱心に遂行し続けていた。
　たとえば、コペンハーゲン〔デンマークの首都〕で、ビドクン・クウィスリング〔ノルウェーの元国防相で、ナチ協力者〕と、ノルウェー侵略についての打ちあわせをしたのは、ピーケンブロック大佐であった。

3 陸軍のクーデター計画中止 top

　陸軍総司令部の一団の将軍たちによるクーデター計画はベック、カナリス、オスター、それに陸軍参謀本部のハルダー参謀総長らによって再検討されたが、結局、機熟せずという結論に達した。
　ヒトラーは、将軍たちにたいして、今や完全といっていいほどの支配力をもち、そのうえ将軍たちは、ヒトラーの突然の要求や怒りの爆発、クビのすげかえなどを増々恐れるようになっていた。
　将軍たちは、軍服、階級、俸給、年金その他の特権をエサに、ヒトラーに飼いならされていたのである。
　クーデター計画は、このためオスターによってあらたに練り直され（オスター試案とよばれた）、兵員を動かせる地位にいる将校の小集団が、徐々につくられることになった。
　しかし、この計画は高い地位にいる将軍を一人も引張り込めなかったので見合わされたが、これと並行して、イギリスと和平交渉をしようとするいくつかの計画が実行された。
　ハッセル〔元イタリア駐在ドイツ大使〕は、自分の考えで英外相ハリファックス卿の知人Ｊ・ランズデール・プライアンズと、一九四〇年二月にスイスで会ったが、これはハリファックス卿が、しぶしぶ同意したものであった。
　しかし、この協議は、一九四〇年四月末、ドイツ軍がデンマークとノルウェーを侵略したため、無駄になってしまった。
　このハッセルの和平を求める動きより、さらに重要だったのは、カナリスのもっとも信頼した手先、ヨーゼフ・ミュラー博士が、長い時間をかけて、ローマ法王ピオ十二世の和平交渉の仲介者として活躍するとの同意を取付けたことである。
　ミュラーは、ミュンヘンの弁護士で、忠実なカトリック教徒でもあった。
　ローマ法王を個人的に知っていたので、一九三九年ローマにいった。

　一方オスターは、事態を救うためにできるかぎりのことをしていた。
　ベルリンにいるオランダの駐在武官ヤコプス・ザス大佐を仲介者として、デンマーク、ノルウェー、オランダに、ドイツの侵攻予定日時などを次々に通報し、警告をあたえた。
　もっとも侵攻予定日時は、ヒトラーがたえず延期したために、最初のうちは正催とはいえなかった。

5 ＳＤに秘密無電傍受される top

　またミュラーは、オスターから情報をうけ、バチカンを通じて警告を発した。奇妙なことにドイツの無電傍受班は、ベルギー大使館の暗号文をキャッチして、ＳＤ〔ＳＳの諜報部〕と国防軍諜報部（皮肉にも）に、バチカンにいるドイツの手先が極秘情報を流していると通報した。
　天才的手腕をもつカナリスは、この秘密漏洩事件の調査をミュラーの手にまかせたのである。
　しかし、これでこの物語が終ったわけではなかった。国防軍諜報部のおせっかいな一員が、秘密漏洩事件はまさしくミュラーの責任であるという報告書を提出したのである。
　カナリスは独断で、その証拠をにぎりつぶさなければならなかった。
　ついに一九四〇年五月三日、オスターは、ザスにオランダ侵攻の最終日時を通報し、ザスはこれを暗号で、ハーグのオランダ陸軍省に通報した。
　ヒトラーの西方諸国への侵攻は、予測どおり五月十日に開始された。

7 東部戦線で機会ねらう top 　一九四〇年夏、イギリス侵攻計画が無期延期となったとき、ヒトラーはすべての注意力を、ソ連侵攻作戦の準備に集中した。 　東部戦線では、陰謀者の希望は若い幕僚のヘニング・フォン・トレシュコウ少将のまわりに集りはじめた。 　シュラプレンドルフ〔カナリスの若い同志〕は、今や陸軍にはいり、トレシュコウ少将の副官に任命されていた。 　トレシュコウは当時まだ四〇歳であったが、非常に感受性の強い男で、ヒトラーに激しく反対していた。 　彼は幕僚として、クリューゲ元帥（六〇歳）と密接な関係にあったが、クリューゲ元帥はきたるべき対ソ電撃作戦にむかう軍司令官であった。 　わずか二年前のプロンベルク、フリッチュ事件のとき、クリューゲはヒトラーに解任された将軍の一人であったが、今や復職し、元帥の階級をあたえられ、威信を取戻していた。

へニング・フォン・トレシュコウ少将：クリューゲ元帥の幕僚として、東部戦線にいったが、抵抗運動にとってヒトラー暗殺のための希望となった

ハンス・フォン・クリューゲ元帥:1941年6月のソ連侵攻作戦で、第四軍司令官として活躍したが、ヒトラー暗殺計画に関係していた

　ヒトラーが、彼について迷ったと同様、今度はクリューゲが、ヒトラーについて迷っていた――自分の安全と利益を天秤にかけながら。
　クリューゲは、抵抗運動のメンバーが直接接触できる東部戦線の軍司令官であり、トレシュコウは、彼の良心を刺激する役割りをはたし、シュラブレンドルフが、ベルリンの同志と連絡をとっていた。
　クリューゲ元帥指揮の第四軍は、モスクワヘあと三五キロのところまでせまったが、厳しい寒さのため、行動不能となり、クリューゲは、ヒトラーの命令に反して、部分的な撤退を命令せざるをえなかった。
　一方、ヒトラーは、陸軍総司令官ブラウヒッチュが心臓病で倒れたのをキッカケに、みずがら陸軍の作戦指揮をとりはじめた。
　一九四一年十二月八日、日本軍がパールハーバー〔真珠湾〕を攻撃し、アメリカが日本に宣戦布告をしたが、ヒトラーは、これでドイツの運命が変るのではないか、という考えを無視して、十二月十一日、アメリカに宣戦を布告した。

8 二股名人のカナリス top 　一方、国防軍諜報部のカナリスは、フランコのスペインを戦争に参加させないように画策して、これに成功していた。 　カナリスは、一九四〇年から四三年にかけて、しばしばスペインにいき、表面上はスペインをドイツの同盟国として戦争に参加させるための、ヒトラーの特別代表として行動していたのである。 　しかし、彼は、二股をかける名人であり、他人にも二股をかけるよう説得する術をよく心得ていた。 　このとき、さらにカナリスは、一九四二年五月、ハイドリヒ〔チェコスロバキア総督〕がプラハで暗殺されたあと、ＳＤの指導者となったワルター・シェレンベルクとの旧交を温めていた。 　カナリスはギリギリの最後の瞬間まで、ＳＳおよびＳＤとうまくやっていこうとしていた。 　またカナリスは、ベルリンでの仕事をオスターにまかせて、ベルリンから離れていた。 　彼は、たえず動きまわっていたが、普段は地中海地方にいて、小柄な身体を太陽のもとで焼いていた。 　夏のさなかでも外套を着ていた。 　カナリスの副官の一人は、このときの彼を「まるで小柄な老婦人のように、明るく、生き生きとして、話しずきであった」とのべている。 　ゲルデラーは、カナリスと同様、たえず動きまわっていたが、カナリスほど慎重でなく、自分の意見をのべ、知りあいになったすべての人に“改宗”をすすめ、数かぎりないメモや手紙をかき、ヒトラーが倒れた場合、あとを引受ける“影の政府”の原案を起草したりした。 　抵抗運動の指導者たちは、事態の一進一退にきわめて敏感であったが、べルリンの中心部から情報をえて、これをカナリスやゲルデラーの国際的な視野にたった見解によって裏打ちしていた。

上下とも：ＳＤ〔ＳＳの諜報部。保安部隊〕の隊長からチェコスロバキア総督となったラインハルト・ハイドリヒは、ＳＳ長官ヒムラーの代理として残忍な行動をくりかえしたため、プラハで暗殺された。1942年6月、ハイドリヒの国葬がおこなわれた。ベルリンの街をすすむ柩

　当時ヒトラーのナチ・ドイツは最盛期にあるようにみえた。
　第三帝国は今や、フランスの大西洋岸からソ連領ふかくコーカサス〔カフカス〕にまで達し、北はノルウェーのフィヨルド〔峡湾〕から、南は地中海さらに北アフリカの占領地域にまで及んでいた。

9 ヒトラーに衰運の兆 top 　しかし、事情に通じた人は、ヒトラーが今やその軍事資源を拡散して、有効な攻撃を行える能力を失ってしまったのに気づいていた。 　イギリスと話しあいをつけようという抵抗運動の企ては「ドイツは無条件降伏すべきである」とのチャーチルの決意によって、一部打撃をうけた。 　　（これははじめミュラーやハッセルによって想定された和平条件を非常にむずかしくした） 　一九四二年五月、国防軍諜報部のポンヘファー牧師は、抵抗運動を代表して中立国スウェーデンで、イギリス人のベル司教に会い、ドイツ国内における抵抗運動の情勢をくわしく説明した。 　そして、ベルがこの情報を伝えたなら、チャーチルか英政府による正式の承認を公表してほしい、とうつたえたが、結局実現しなかった。 　この間、情勢はしだいにヒトラーにとって、不利になりはじめていた。 　一九四二年五月、数千機にのぼる英空軍爆撃機がドイツ本国を空襲し、ドイツの都市と産業に最初の弔鐘をならした。

ディートリヒ・ボンヘファー牧師：偉大な神学者であったが、抵抗運動に身を投じ、ついには捕えられて処刑された

　また一九四三年一月末には、ヒトラーの厳命にそむいて、パウルス元帥指揮下のドイツ軍が、スターリングラードでソ連軍に降伏した。ロンメル元帥もまた、北アフリカのエルアラメインで、はじめて重大な敗北をきっした。
　抵抗運動も、最初の大失敗を演じた。
　バチカンで交渉していたミュラーの友人ウィルヘルム・シュミットヒューバーが、おろかにも通貨の違反をやったのである。
　彼を逮捕し、訊問したゲシュタポ〔秘密国家警察〕は、ミュラー、さらに悪いことには、ドーナニーまでも抵抗運動に関係しているのを発見したのであった。
　ゲシュタポの調査は、一九四二〜四三年の冬中、ゆっくりと、だが手厳しくすすめられた。
　カナリスは、ネコのように神経質になり、オスターは、カラいばりしながらも心配げであった。抵抗運動は、今や決起する時がきたと判断した。

10 反ヒトラーの“白バラ”運動 top 　一九四三年二月、ハンス・ショルとゾフィ・ショル兄妹とその大学生の同志が裁判にかけられ処刑されたが、この事件は陰謀者たちに強い衝撃をあたえた。このときハンスは二五歳、ゾフィはわずか二二歳であったが、彼らはミュンヘン大学の学生のあいだに、反ナチ宣伝を広めていたのであった。 　ゲシュタポは、しばらくのあいだ、彼らを監視し、その同志をさぐった。 　　一九四三年二月二十二日に、彼らはヒトラーのいわゆる人民法廷で、悪名高きナチのローラント・フライスラー判事によって裁かれた。 　フライスラーの裁判は、激しく罪を糾弾するだけであって、それで被告たちがうちひしがれた状態になるのをまつのであった。 　彼は呼びだされた被告を怒鳴りつけた。 　その聴聞会は、脅迫の行為以外の何ものでもなかった。 　ショル兄妹は、できるだけ同志を助けるために、ただちに自分たちの有罪を認めた。 　しかし引続いて一〇〇人ほどが逮捕されて処刑された。 　“白バラ”として知られたこの運動は、大学やインテリ層のあいだに、ヒトラーにたいする根強い反対があることを明らかにした。 　ショル兄妹は、ナチ政権に反対して自発的に行動した他の多くの人たちと同様、政治的殉教者になったのである。	“白バラ”運動：ミュンヘン大学を中心とする学生の反ナチ運動の指導者ハンス・ショルとゾフィ・ショル兄妹は、1943年2月22日、人民法廷にかけられ、処刑された。妹ハンス・ゾフィ
	兄ハンス・ショル（左）	ショル兄妹に死刑の宣告をした悪名たかき人民法廷の裁判長ローラント・フライスラー

11 どうやってヒトラーを殺す top

　ヒトラーを殺さなければならない。
　だが、一体どんな方法で？
　陰謀者たちは、もっとも確実で、直接的な希望を、トレシュコウとシュラブレンドルフにかけた。
　クーデターの方法は、一九四三年から四四年にかけて、抵抗運動の中で優勢となっていたヒトラーを暗殺するということに落ち着いた。
　すなわち、ヒトラーが、東部戦線にいったとき、トレシュコウとシュラブレンドルが“暗殺”の責任を引受けることになった。（できれば、クリューゲ元帥の支持をうける、ということも決定された）

シュラブレンドルフは、ベルリンと東部戦線とのあいだ、また必要な場合は、東プロシアのラシュテンブルクのヒトラー総統大本営内の抵抗運動の同志とのあいだの、連絡係として行動していた。 　ベルリンでは、国防省内部に、もっとも重要な同志ができたが、それは国民軍〔注〕の補給本部長をしていたオルブリヒト将軍であった。 　国民軍は、クロム将軍が総司令官であったが、彼は残念ながら、抵抗運動の見地からすれば、全面的に信頼できない人物であった。 　〔注＝国民軍は、一種の予備軍であったが、質が悪く、ほとんど訓練中の　徴募兵と老齢の守備隊からなっていた〕 　トレシュコウ（彼は毎日クリューゲ元帥に、ヒトラー反対のため、立ちあがるようネジをまいていたので、シュラブレンドルフは“時計屋”とよんでいたが）は、一九四三年はじめ、クリューゲの司令部のあるスモレンスクで、カナリスとドーナニーに会った。

オルプリヒト将軍：国民軍を動員してヒトラー打倒を実現しようとした陰謀の中心人物

国民軍総司令官フロム将軍：1944年7月20日のヒトラー暗殺事件の首謀者を処刑した

　カナリスは、情報将校の会議を開くという名目で、この会合を誤魔化した。
　この会合では、ヒトラーが三月十三日、中部戦線を訪れたとき、男爵ゲオルク・フォン・ベゼラーガー中佐を指導者とする一団の将校が、ヒトラーを取り囲んで暗殺することに意見が一致した。
　すべて準備が整ったとき、クリューゲは、ヒトラー打倒には賛成であるが、自分は直接参加したくない、と断った。


12 ヒトラー搭乗機に爆弾 top

　そこで、トレシュコウとシュラブレンドルフが代案をだした。
　それは、ヒトラーが、ラシュテンブルクの大本営へ飛行機でかえるとき、飛行機に爆弾をしかけるというものだった。
　国防軍諜報部が、これに必要な時限爆弾を用意した。
　それはイギリスから押収したプラスチック爆弾で、金属線を腐食する酸によって、時間を調節できる時限信管をもつものであった。
　金属線の太さが、時間を決定する。
　はじめに小さなカプセルがこわれて、中から腐食性の酸が流れだし、撃針を支えている金属線を溶解する。金属線が切れると、撃針が雷管を打って爆弾を爆発させるという仕組みであった。
　金属線の太さによって、一〇分、三○分（二倍の太さ）、二時間（三倍の太さ）と、爆発までの時間をかえることができた。
　いくつかの爆弾が、スモレンスクの“情報将校会議”の席にもちだされた。トレシュコウもシェラブレンドルフも、爆弾の取扱いに慣れていなかったので、秘密のテストをしなければならなかった。
　テストの結果、爆弾はきわめて有効であることが実証された。
　普通の時限信管はロシアの厳寒のなかでは信頼できなかった。
　しかしこの爆弾のすぐれている点は、時限信管が確実に音をださずに作用することであった。

13 リキュールびんが爆弾 top

　二個の爆弾は、ちょうど形がコアントロ〔甘口のリキュール酒〕の角びんに似ていたので、小包にして、シュラブレンドルフの手もとに保管されていた。
　ヒトラーは三月十三日の朝、飛行機で侍医と幕僚をつれて、ラシュテンプルクから二時間かかってスモレンスクに到着した。
　ヒトラーは、昼食前にクリューゲと会談した。昼食のとき、シュラブレンドルフは、ヒトラーに同行してきた幕僚に、ラシュテンブルクで総務を担当しているヘルムート・シュティーフ将軍にコアントロを二びん、おみやげにもっていってくれるよう頼んだ。
　それからシュラブレンドルフは、ベルリンのドーナニーに“フラッシュ”〔“電光”作戦とよばれていた〕という隠語をおくり、爆弾の小包を取りあげて滑走路のほうへいった。
　トレシュコウは、シュラブレンドルフが爆弾の一つについた時限信管をまず作動させたのち、その小包をヒトラーの幕僚にわたすのを見ていた。
　ヒトラーは、飛行機に爆弾を乗せたまま飛びたった。そばには戦闘機の護衛がついていた。
　シュラブレンドルフは電話にとびつき、ベルリンの同志に待機するよう伝えた。
　爆発はミンスク上空でおこるはずだった。
　陰謀者たちは、護衛戦闘機が、ヒトラーの搭乗機が破壊された、と打電してくるものと期待していた。
　数分たった。
　シュラブレンドルフとトレシュコウはスモレンスクで、ベックとオスターたちはベルリンで待機していた。

14 雷管不良爆発せず top

　一時間がすぎた。そして一時間半、二時間。だが、なんの連絡もこなかった。
　二時間後、トレシュコウは、ラシュテンブルクに電話する口実を見つけた。
　そして彼は、ヒトラーが無事で到着したのを知った。
　何も事件はおきていなかった。
　それは、ゾッとするような失望であった。
　一体爆弾のどこがうまくいかなかったのだろう。
　小包は、いまおそらくシュティーフ将軍のところにある。彼はそれを開いただろうか？
　トレシュコウは、小包を頼んだ将校に連絡をとった。偶然にも、その将校は、暇がなかったので、小包をシュティーフ将軍に渡してはいなかった。
　トレシュコウは、手違いから、間違った小包を渡してしまったので、こちらから誰かが取りにいくまで、そこに保管しておいてくれないか、と頼んだ。　　　　｝
　その将校は、承知したと答えた。
　翌日、シュラブレンドルフは、ラシュテンプルクの総統大本営へ飛んだ。
　二本の本物のコアントロが、このときほど、きまえよく贈られたことは、なかったであろう。
　爆弾の小包は回収された。
　シュラブレンドルフは、その夜、寝台車でベルリンヘむかった。
　彼は、寝台車の個室の中でいそいで、一体どこが悪かったのかを調べるために、小包を開いた。
　時限信管を取り除き検査した。機構の中にちょっとした欠陥があった。
　撃針が雷管を打ったとき、雷管がうまく作勤しなかったのである。
　三月十五日、シュラブレンドルフは、ベルリンでオスターとドーナニーに会い、その時限信管をみせた。
　これが作動しなかったばかりに、数百万の男女や子供の生命が失われることになった。
　強制収容所では、大量殺人が大規模に行われていたし、東部戦線では無数のロシア人とドイツ人の生命が失われ、またドイツでは、数十万の人が激化する空襲の炎のなかで死んでいったのである。

15 戦利品展示会でも失敗 top

　ヒトラーを暗殺するためのこのような機会は、ほとんどなくなり、またはるかなものとなった。
　しかし、同じ月に男爵ルドルフ・フォン・ゲルスドルフ大佐は、ヒトラーを暗殺するための決死隊を買ってでた。
　彼はヒトラーが、ベルリンで開催されるソ連戦利品展示会に出席したさい、ヒトラーを道づれにして自分も爆死する準備をした。
　だが、ゲルスドルフは、ヒトラーのそばまでいくことができず、またヒトラーの視察がみじかく、おざなりであったので、目的をはたせなかった。
　一方、オルブリヒト〔国民軍補給本部長〕は、たとえこのような暗殺計画が成功したとしても、ベルリンの行政機関をおさえる方法がまだ不十分であったと、批判した。
　トレシュコウは、表面上、病気休暇を理由にしてベルリンにやってきて、計画の中のこの点をくわしく再検討した。
　彼はまもなく若い将校の伯爵クラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐と知りあうことになった。