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2 たのみのアメリカ志願兵

　重慶〔チュンチン〕にたいして、日本空軍の情容赦ない攻撃がつづいたので、当時中国空軍大佐だったシェンノートと中国空軍作戦部長の毛邦初少将は、一九四〇年〔昭和十五年〕九月、蒋介石総統に重慶までよびつけられた。

蒋介石は、シェンノートと毛邦初にたいし、アメリカ製飛行機の購入と、アメリカ人パイロットの雇いいれのため、特使としてアメリカにいくことを、要請した。 　最新型飛行機の購入については楽観的であったが、志願兵部隊の能力については、国際飛行中隊の経験から、疑わしい点がないではなかった。 　だが、毛邦初とシェンノートの二人は、その任務を引受けて、ただちにアメリカにむけて出発した。 1 蒋介石、米に援助をたのむ top 　一九四〇年十一月、アメリカに到着するとすぐ、十一月二十五日に、毛邦初とシェンノートの二人は、蒋介石の申入れを、大統領連絡委員会に提出した。 　この委員会は、合衆国内における外国の武器購入を調整している民間機関である。 　シェンノートと毛邦初の協力で作成された蒋介石の申入れは、六六〇機の飛行機（戦闘機五〇〇機、練習機一五〇機、輸送機一〇機）と、一四ヵ所の主要航空基地および一二二本の滑走路を建設するのに必要な資材、それに一年間の作戦行動に必要な弾薬と部品を要求していた。 　これらの機材の要求に追加して、蒋介石は、飛行機を操縦したり、整備したり、また中国空軍パイロットを訓練するために、合衆国内で志願兵を募集する許可も求めていた。 　ワシントンのアメリカ政府官僚たちは、蒋介石の申入れを、とんでもないことだと思った。

アメリカ駐在中国大使・宋子文は、援助計両の実現につとめ、強力な政治交渉をつづけた

独力でナチに対抗して戦っているイギリスに、各種機材を補給しなければならないばかりか、米陸海軍の拡張も行われているのに、蒋介石に援助をあたえるなど、ペンタゴン〔国防総省〕は、はじめから考えようとしなかった。 　だが、シェンノートと毛邦初の二人は、重要な支持者を、ホワイトハウス内でみつけだした。 　大統領顧問のローチリン・キュリー、トーマス・コーコラン、海軍長官のフランク・ノックス、財務長官のへンリー・モーゲンソーなどである。 　彼らは、駐米大使宋子文とともに、フランクリン・ルーズベルト大統領の気持ちを、この計画に有利な方向にかえることに成功した。 　そして、アメリカ志願兵部隊を創設する道に立ちふさがっていた多くの障害を、取り除くことができた。 　ホワイトハウスの承認をえたシェンノートは、志願兵部隊用の飛行機を購入するという、やっかいな仕事にとりかかった。 　一九四〇〜四一年の冬、シェンノートは、アメリカ国内をひろく旅行して、飛行機製造工場や軍事施設を見てまわった。

大統領顧問のローチリン・キュリーは、議論の多かった中国援助計画を支持した

米海軍長官フランク・ノックスも、中国援助に賛意を表明していた

カーチス「ホーク」81A−3（P40C） 　アメリカ志願兵部隊が使用した標準戦闘機は、カーチス「ホーク」81A−3（カーチスP40C）であった。 　もともとこれらの戦闘機は、英空軍むけP40Cのうちの100機であって、ヨーロッパで｀ドイツ空軍戦闘機と対抗するのに十分な性能をもっていなかったため、中国空軍にゆずられたものである。 　そして中国空軍は、さらにそれを中国・ビノしマ戦域のアメリカ志願兵部隊に与えたのであった。 　この機は1941年12月、はじめて作戦に使用された。 　頑丈で、アメリカ製戦闘機のすぐれた飛行特性――強度、装甲防護力、急降下性能など――をもっていた。 　これらの特性により、パイロットは絶体絶命のピンチから、からくものがれることができたのである。 　だがその三つの特性をのぞけば、日本軍が中国に投入した近代的な戦闘機におとってしヽた。 　日本軍の旧式戦闘機や爆撃機には、優位に立ったこの機体だったが、アメリカ志願兵部隊の成功は、飛行機の性能よりもむしろ、パイロットの熟練とエネルギーによるものとされたのだった 　エンジン：アリソンV-1710-33直列エンジン、1,040馬力（高度4,500メートル）　時速:555キロ（高度4,500メートル）　上昇速度：毎分907メートル、 　高度4,500メートルまで5.1分　　上昇限度:8,990メートル　　航続距離：通常1,175キロ、最大1,520キロ重量:2,635キロ/3,424キロ（空／積載時） 　全幅:11.37メートル　　全長:9.66メートル　　武装:7.7ミリ・ブローニング機関銃4、12.7ミリ・ブローニング機関銃2

2 Ｐ40一〇〇機をやっと入手 top

　志願兵部隊用の飛行機を購入することは、非常にむずかしい仕事だった。
　英空軍が、アメリカ製飛行機の購入に最優先権をあたえられていたし、一方、航空部隊を急速に増強していた米陸海軍は、飛行機メーカーの生産能力をはるかに上まわる発注を行っていた。
　そのため、シェンノートが飛行機を購入できる可能性は、極めてすくなかった。
　やっと、カーチス・ライト飛行機製造会社の副社長ブールデット・ライトおよび同社の中国代理店主ウィリアム・Ｄ・ポーレーの助力で、たまたま英軍に引き渡す予定だったのに、英軍が受領を拒否したＰ40戦闘機一〇〇機を購入できる商談が成立した。
　カーチス・ライト社は、英空軍にＰ40を購入する権利を放棄してもらうかわりに、さらにすぐれた戦闘機を提供すると約束した。
　英軍がこの取決めに同意したので、一九四一年一月に、この飛行機は、中国に八九〇万ドルで売りわたされた。
　Ｐ40戦闘機は、中国でつかうのにいちばん適した飛行機とはいえなかったが、この飛行機しか手にはいらなかったのだから、仕方がなかった。
　さらに中型爆撃機などを追加しようとしたが、成功しなかった。

3 Ｐ40の完全装備も完了 top 　中国政府は、Ｐ40の装備が完全でなく、戦闘即応の状態ではなかったが、大急ぎで飛行機を入手したかったので、当初の買主である英軍から、武器や弾薬、そのほかの装備品を提供してもらえるという条件のもとに、受領することにした。 　だがまもなく、中国政府が購入した一〇〇機のＰ40用の装備品を、英軍から提供してもらえないことがわかった。 　アメリカにおける中国政府の調達補給のおもな代理店である中国防衛補給会社は、英空軍がＰ40を装備することができなければ、米陸軍省がそれを行う責任がある、と主張した。 　陸軍省の官僚たちは、この圭張を認めず、中国政府が購入した飛行機の装備を、米陸軍省がやらなければならない理由はない、という意見をもっていた。 　だが、陸軍長官ヘンリー・Ｌ・スチムソンは、これら官僚たちの意見に同意しなかった。 　アメリカ志願兵部隊は、米陸軍省または米政府の責任ではなかったが、弾薬や正規の武装なしに飛行機を中国におくれば、とうぜん国際問題を引き起しかねない、と思っていた。 　スチムソンが、この考えをルーズベルト大統領に報告すると、大統領はすぐさま、陸軍省にたいして、Ｐ40完全装備用の装備品を放出するよう、命令した。

アメリカ大統領 フランクリン・ルーズベルト

周囲の反対をおし切リ、陸軍長官ヘンリー・Ｌ・スチムソンは、P40完全武装用の武器、弾薬の放出を認めた

4 極秘にアメリカ人志願兵を募集 top

　かくて飛行機は、一九四一年二月一日までにラングーンにむけて発送するため、ニューヨークの埠頭に梱包集積された。
　ところが、カーチス・ライト社と同社の中国代理店主ウィリアム・ポーレーとのあいだで、売りわたしにともなう手数料についての話しあいがこじれたため、飛行機のうけわたしが遅れてしまった。
　この話しあいがつくのに、二ヵ月を費やした。
　この間、飛行機は、裁判所の命令で、ニューヨークにとどめおかれた。
　財務長官ヘンリー・モーゲンソーの仲介で、やっと一九四一年四月一日、この“ゆきづまり”が打開された。
　紛争中の両者が、モーゲンソーの妥協案を受入れたので、飛行機発送に関する法的処分が取り除かれ、飛行機は、ビルマに向うノルウエー貨物船に積込まれた。
　このように、アメリカ志願兵部隊用飛行機の購入が、非常に困難な仕事であったことから、その飛行機を飛ばし、整備する志願兵を募集することが、それにもましてむずかしかったことは、容易にわかるだろう。
　二つの要素がからんでいたために、この募集は、ややこしいものになってしまったのである。
　第一の問題は、陸海軍の指揮官たちが、彼らの基地で、将来性のある要員を志願兵として募集することを、ゆるしたがらなかったことである。
　このころ、陸軍航空部隊、海軍航空部隊ともに、その戦力拡大につとめている最中だったので、志願兵の募集は、その拡大計画にたいする脅威とみられた。
　しかし一九四一年四月十五日、ルーズベルトが大統領訓令をだしたことで、やっと、陸海軍部隊が協力的となり、志願兵の募集を行えるようになった。
　第二の問題は、そのとき、日米両国間にあった中立的立場のてまえ、パイロットや整備要員を募集することを、なんとか合法化する必要があったことである。
　しかも、日米関係は、徴妙にゆれうごいていた。
　そのためアメリ力人志願兵の募集は、極秘でおこなわなければならなかった。
　中国における戦争に、アメリカが中立の立場をとっているかぎり、軍需品および軍事援助をあたえることについて、中国政府とアメリカ政府が直接交渉を行うことはできない。
　そこでこの問題は、国務省および陸軍省の援助をうけて活動していた民間グループが、取り扱わなければならなかった。
　中国とアメリカとのあいだの取り引きの責任者は、中央飛行機製造会社（カムコ）と中国防衛補給社であった。
　中国防衛補給社は、カムコが要員の募集をおこなっているあいだに、飛行機購入に活躍した。

5 身分はカムコ社員 top

　アメリカ人志願兵は、表むきには、カムコの社員として採用された。
　従ってシェンノートも、カムコの「監督者」という、軍隊式でない職名をもらった。
　このように、カムコとの雇用契約という形をとったことは、いわば“逃げ道”であった。
　どんな理由にしろ、アメリカ志願兵部隊が公然と戦闘部隊になることは、一般から認められるものではなかった。
　志願兵たちは、飛行機を“製作、修理、運用するため”に、カムコと一年間の契約をむすんだのである。
　一九四一年四月から七月までのあいだ、カムコの代理人は、アメリカの空軍基地を歴訪し、志願兵の募集を行った。
　募集業務にたずさわっていた将校たちは、みな経験豊富なパイロットで、現役をしりぞいて、カムコの社員となった人たちであった。

6 一機撃墜ごとに賞金五〇〇ドル top

　説明会で、採用予定の志願兵に、雇用条件が、簡単に説明された。
　パイロットにたいしては、月給六〇〇〜七五〇ドルにプラス旅費、宿舎、月三〇ドルの食費加給および三〇日間の有給休暇、また整備要員にたいしては、月給一五〇〜三五〇ドル、それにパイロットと同様の特別給付が提示された。
　志願兵たちは、中国政府のために働くことに同意した、というカムコとの契約に、一年間束縛されることになろう。
　だが志願兵部隊にいるあいだも、彼らは、アメリカの市民権を保持し、中国での一年間の勤務がすんだあとは、階級および勤務期間で損をすることなく、自由にもとの部隊に復帰することができるだろう。
　またアメリカが、ヨーロッパまたはアジアにおける戦争に参加するような場合には、志願兵たちは、契約期間が満了していない場合でも、自由に中国から帰れるだろう。
　さらに、志願兵たちが、いちばん興味をひく報償制度は、日本軍飛行機を一機撃墜するごとに五〇〇ドルの賞金――これは、カムコとの契約にはのっていない――を、中国政府が支払うことであった。

7 志願兵部隊ビルマ入り top

　説明会のたびごとに、シェンノートをはじめとする募集幹部は、パイロットたちに、事実上戦争に参加するのであるが、アメリカが中立国であるという“つくり話”にあわせるために、カムコの運営は、軍事的であってはならないということを、徹底させた。
　志願兵たちは、採用されるまえに、カムコの社員である経験豊富なパイロットによって、徹底的な選別にかけられることになっていた。
　そして、経験のあるパイロットと地上要員だけを採用することにした。
　二年以上の経験をもつ者であることが、志願兵部隊のメンバーとなる資格条件とされた。
　しかし、実際には、適格者をえることが非常にむずかしかったので、募集幹部はやむなく、当初シェンノートがたてた採用基準にあわない者も、採用しなければならなかった。
　パイロット一○○人、整備要員一五〇人の募集は、一九四一年六月に完了した。
　そして七月に、志願兵たちはサンフランシスコにあつまり、説明をきいたうえ、シンガポールに向うオランダ船「ジーガース・フォンタイン」に乗船した。

ハワイを通過すると、この船は、南太平洋にある日本委任統治領近海からマニラまで、二隻のアメリカ戦艦によって護衛された。 　船は、マニラからシンガポールにむけて航行し、志願兵だちは、シンガポールでラングーン行きのノルウェー貨客船に乗りかえた。 　　アメリカ志願兵部隊の先遣隊は、一九四一年七月二十八日に、ラングーンに到着した。 　シェンノートのはじめの計画によれば、アメリカ志願兵部隊は、昆明〔クンミン〕を基地として使用するはずであった。 　ところが、飛行機の発送と隊員募集のおくれ、そして中国側が雨期にはいるまえに昆明に基地を建設することができなかったので、先遣隊は、ビルマのトングー郊外にあるキエドー飛行場につれていかれた。 　ラングーンの北方二七〇キロにあるキエドー飛行場（アスファルト舗装の一二二〇メートル滑走路がある）は、志願兵部隊の訓練センターとして使用するために、ビルマにある英植民地政庁とロンドンの英陸軍省から、中国に貸与されたものだった。

8 最悪条件のキエドー飛行場 top

　ビルマでのアメリカ志願兵部隊の活動を促進するために、イギリス当局が、最大の努力をはらったにもかかわらず、日英間の微妙な国際関係のため、志願兵部隊の活動は、ある程度の拘束をうけた。
　イギリスと日本が戦争状態でない以上、どのような状況下であろうと、日本軍施設や飛行機を攻撃する目的で、キエドー飛行場を使用することはできなかった。
　さらにまた、訓練のために基地を使う場合でも、志願兵部隊は、日本軍の注意をひくような行動を、避けなければならなかった。
　外交関係によって制限されている拘束にくわえて、英空軍規則により、基地使用目的の変更は、ビルマにある英空軍連絡部長Ｅ・Ｒ・マニングの同意なしには、行えなかった。
　彼の指揮地域内に、非公式の空軍部隊が出現して、いろいろと邪魔されていたマニングは、規則をきちょうめんにまもり、志願兵部隊の指揮官にたいして、ほとんど妥協しなかった。
　一九四一年七月二十八日にラングーン到着後、その先遣隊はただちに、オリエンテーション〔今後の仕事のやり方などの概要を説明して“方向づけ”をする説明会をいう〕や訓練をはじめるために、カムコの代理店員に、キエドー飛行場へ案内された。
　ほとんどの志願兵にとって、これは、はじめての海外勤務であった。
　アメリカにある軍事施設に住みなれていた彼らにとって、キエドーは、途方もないところであった。
　防虫網などの虫害防止設備や電力設備が全くなく、しかも気候の悪いこの地域は、志願兵の一人がいったように、キエドーは“最悪条件下のビルマ”であった。
　暑くて湿度のたかい気候のもとでの不快な生活は、はやくも病死者をだすほどだった。
　三人の医師と十分な医薬品をもっていたにもかかわらず、マラリアや赤痢〔せきり〕が、まもなく生活の一部となってしまった。
　“ヨーロッパ人は、このひどい気候のもとで生延びることはできない”という理由で、イギリス軍がキエドーを放棄したという話を、シェンノートは、あとになってきいた。
　志願兵部隊はキエドーにおいて、数ヵ月間生残ることができたが、この基地での生活は、隊員たちの精力と士気を徐々に消耗させていった。

10 チームワークこそ成功へのカギ top

　シェンノートの見解は、アメリカにいる彼の仲間だちからは、現実的でないという理由で取上げられなかったが、ビルマでは、志願兵部隊パイロットたちが、彼の空中戦闘理論をマスターするために、毎日五〜八時間を費やした。
　そして、地上または実際戦闘条件下の空中において、彼の理論を実行にうつした。
　特に、志願兵部隊訓練においては、チームワークの重要性が強調された。
　英雄的な個々の行動は、厳しく禁止された。
　英雄的な個々の行動よりも、チームワークが、成功への鍵であるということを叩き込まれた。
　志願兵部隊のパイロットたちは、単機戦闘の理論を忘れるようにやかましくいわれ、先行機が敵にむかい、後続機が先行機の後方を援護する「ペア」戦闘法を、繰返して教えこまれた。
　シェンノートは、「ペア」戦闘機の各機を、“勝つために二つのこぶしを必要とするボクサー”にたとえた。
　さらに訓練計画で、パイロットは徹底して自分の飛行機を知り、自分の飛行機の長所を利用し、けっしてその弱点を敵にみせないことが、絶対的に必要であることを強調した。
　志願兵部隊隊員の操縦するＰ40は、日本軍戦闘機にくらべて、武装も完全で、より強力な火力をもっていたが、機動性ではおとっていた。
　従ってＰ40のほうが、急降下攻撃では特にすぐれていたが、単機空中戦では、日本軍戦闘機に勝てなかった。
　シェンノートは、彼の部下たちに、もし彼らがラファイエット・エスカドリル〔第一次大戦のドイツ軍エース・パイロット〕を思いださせるような空中戦を、日本軍とまじえるならば、それは彼らにとって、この世の終りであると、しばしば警告をあたえた。
　パイロットも飛行機も、あらたに補充することは、極めて困難であるため、英雄的であっても、その飛行機に適していない“むこう見ず”の戦闘を行えば、それは敗北におわる以外のなにものでもない。
　Ｐ40は、アメリカ兵器廠内の最良の飛行機とくらべて、はるかにおとっていたが、これは、志願兵部隊がつかうことのできた、ただひとつの機種であって、彼らには、それを不必要にうしなう余裕などは全くなかった。

11 日本軍パイロットは手ごわいぞ top

　志願兵部隊用装備品の用法を、十分習得した後、彼らは、日本軍パイロットの攻撃の型や習慣を、徹底的に研究した。
　シェンノートは、日本軍パイロットの能力にたいして、かなりの敬意をいだいていた。
　そして、日本軍パイロットにたいするアメリカ軍のあいだにある一般的なあざけりは、事実に基いていないという注意を、しばしば自分の部下たちにあたえた。
　そのころ、日本軍パイロットは“二級品”であり、射手は“世界最悪の射手”であって、教科書にかいてないことは何もできない、融通のきかない射手である、という噂が、アメリカ軍に流れていた。
　しかしシェンノートは、日本軍パイロットはすぐれていて、その機体に関する訓練と絶対的な軍紀により、我々にとって、もっとも危険な相手であるということを、部下たちに教えこんだ。
　日本軍パイロットは、大きな編隊で飛ぶときにはすぐれていたので、志願兵部隊隊員たちは、日本機編隊をくずすこと、予想しない状況下で遭遇すること、およびその結果おこる“乱れ”をついて戦果を拡張すること、などを教えこまれた。
　日本軍パイロットは一般に、臨機応変の処置をすみやかにとる能力に欠けていたが、志願兵部隊隊員たちは、そのような状況下においても、彼らをけっしてみくびってはならない、と警告された。
　志願兵部隊の射撃訓練は、敵機と交戦したとき、交戦時間がみじかくても、かならず致命的な損害をあたえられるようにと、特に強調された。
　シェンノートが指摘しているとおり、戦闘機は、射撃のための銃座以外のなにものでもなく、戦闘の結末は、極めてはやくあらわれる。ムダにすごす時間は全くない。
　射撃訓練では、いつも十分な弾薬と補給品をもっていることが強調された。
　何回も引き金をひくことよりも、より短時間に多くの弾丸を、いっきょに撃ちこむことが有効である。
　パイロットたちは、けっして“メクラ撃ち”をしてはならない、敵機のいちばん弱い場所をねらって撃て、と教育された。
　たとえば、爆撃機を攻撃する場合、飛行機全体を射撃するのでなくて、日本軍爆撃機の装甲の弱いガソリンタンクに、火力を集中するのが得策であった。
　また、射弾数をいつも数えなければならない。
　弾倉に弾丸がなくなることは、すなわち死を意味するので、射撃がいくら上手になっても、上手になりすぎることはなかった。

12 「ペア」戦闘法を繰返し訓練 top

　地上にいるシェンノートから指示をうける模擬戦闘をおこなって、志願兵部隊パイロットたちは、地上でならった戦闘技術を練習した。
　教室で七二時間の講義をきいたのち、パイロットたちは、空中で少なくとも六〇時間、「ペア」行動を練習した。
　最大高度での飛行、「ペア」行動、急降下攻撃、迅速な目標通過および模擬敵部隊からの離脱などが、毎日繰返し訓練され、志願兵部隊パイロットたちは、そのひとつひとつを、おどろくほど正確に習熟した。
　しかしながら、訓練の途中の装備品の損耗は、ひどかった。Ｐ40には、ほとんど予備部品がついていなかったため、小さな故障がおきても、交換部品がなく、しばしば飛行機が飛べないこともあった。
　志願兵部隊が、ついに日本軍飛行機と空中戦をまじえることになったときには、彼らが集めることのできた飛行可能な飛行機の数は、中国が当初購入した一〇〇機より、かなり下まわっていた。