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5　その名も「中国航空特別任務隊」

　志願兵部隊が、合衆国軍隊から独立した存在であるうちは、装備品や人員を補充できる可能性が、ほとんどなかった。
　だが、パールハーバー以後、さらに日本軍のビルマ侵攻以後、志願兵部隊が、ビルマ領内における連合軍部隊の一部として、実際に活躍したので、少なくとも中国・ビルマ・インド戦域内で、アメリカ軍から“まま子”扱いされる理由は、なにもなくなった。
　シェンノートとその部下たちが、米陸軍航空軍の一部として認められるようになったことは、装備品や資材の入手で、かなり優遇されるようになったという事実からも、確かなことであった。

2 統合いやがる志願兵部隊員 top 　「フライング・タイガーズ」のパイロットたちを、陸軍航空軍にひきとめるために、いろいろな手がうたれた。 　ある人は、志願兵部隊員が、日本軍飛行機一機を落とせば五〇〇ドルをもらえるうえ、カムコから多額の日給をもらい続けられるという金銭ずくだけで、中国防衛に従事していることを非難した。 　またべつの人は、志願兵部隊と中国航空特別任務隊の崩壊は、米陸軍航空軍の募集係が、志願兵部隊員を無理ヤリ第10航空軍に編入しようとした結果である、と説明している。 　また、隊員たちが第10航空軍に編入されることを望まなかったのは、彼らが戦争に疲れていて、家に帰りたがっていたからである、と多くの人がいっている。 　これらの意見は、ある程度の真実性があった。 　いずれにせよ、統合の話が志願兵部隊員につたえられると、ほとんど全員がいっせいに反対した。 　彼らは、徴兵やめんどうな兵役の手続きをのがれるために、志願兵部隊員となったので、再び堅苦しい軍隊生活に戻るのはごめんだった。

育ちのちがう“フライング・タイガー”にあきれる「フライング・タイガーズ」隊員：このマークは、撃墜された日本軍偵察機の尾翼についていた

3 ビッセルとシェンノートの反目 top

　つぎに、中国航空特別任務隊と第10航空軍のあいだの距離よりも、もっと重要なことは、シェンノートと彼の直上の上官であるビッセル准将とのあいだに協調を欠いたことであった。

両者間の摩擦――これは遠い昔にさかのぼる関係であった――は、たんなる性格上の衝突にとどまらず、戦略・戦術の根本的な対立のもとになった。 　シェンノートは、過去において彼の空軍力の使用法を、あれこれしつこく批判していたビッセル准将の部下となることを嫌った。 　さらに事態を悪化させたことは、ビッセルが、シェンノートよりも一日だけ早く准将に進級したことである。 　このことは、ビッセルが、シェンノートよりも先任の地位をあたえられたことであり、先任順位に関するかぎり、すべての特権があたえられた。 　シェンノートは、この状況をおとなしく受入れようとはしなかった。 　ビッセル進級のタイミングは、戦域総司令官であるスチルウェル中将が、シェンノートをおさえつけようとして、意識的に行ったことである、と主張し続けた。 　シェンノートがピッセルとスチルウェルを信頼しないと同様に、彼らも、シェンノートの横柄さと一人よがりを嫌っていた。 　そればかりでなく、彼らは、蒋介石夫妻とシェンノートとの親密な関係を恐れていた。 　彼らとシェンノートとのあいだに意見の不一致があると、いつもシェンノートが、蒋介石にアピールするのを知っていた。 　蒋介石は、シェンノートのアピールをうけると、蒋介石夫人をワシントンに派遣して、陸軍省やホワイトハウスにたいして、シェンノートを弁護した。

蒋介石夫人：シェンノートと親しかった彼女も、シェンノートと彼の上官との摩擦をやわらげることはできなかった

4 シェンノートの作戦計画覚書 top

　指揮系統の混乱は、引続き一九四三年三月まで、両部隊の関係を害した。
　中国航空特別任務隊の指揮をとるようになった直後、シェンノートは、スチルウェル中将に覚書を送り、中国に基地をもつ空軍の実力について、彼の意見を簡単にのべた。
　中国航空特別任務隊の果すべき任務は、つぎの六とおりである、とシェンノートは考えた。
　1　ヒマラヤ越えして行う空中補給路を防護すること
　2　中国にある日本軍飛行機を多数撃滅すること
　3　中国にある日本陸海軍の軍事施設を破壊して、中国の抗戦意識を刺激すること
　4　揚子江、黄河および中国沿岸にそって行われる日本軍の輸送を阻止すること
　5　タイ、仏領インドシナ、ビルマ、台湾にある日本軍基地を破壊し、中国から仏領インドシナやタイをこえて、ビルマにむかう日本空軍の集結を妨害すること
　6　後方補給所や日本にある飛行機製造施設を破壊して、日本空軍の実力と士気を喪失させること
　これらの任務を果すために、スチルウェル中将にたいして、新式Ｐ51「ムスタング」戦闘機一〇〇機、Ｂ25爆撃機三〇機と、デリーにあるビッセルの司令部から独立して作戦できる権限を要求した。
　この覚書のコピーは、蒋介石にも送られた。
　スチルウェルは、九月十六日づけのシェンノートの覚書の趣旨には反対しなかったが、装備品および物資の欠乏を考えて、その中間策をとった。

　彼の野心を、遂行可能な範囲までもっていくためには、装備品や資材をもっと必要とした。
　しかし、これらを獲得することはできなかった。
　シェンノートの計画にもかかわらず、日本軍を、中国ではなく、太平洋で撃滅するという統合参謀本部の決定を、シェンノートや彼の上官は、かえさせることができなかった。
　また、インドから中国への空中輸送は、シェンノートの上官であるビッセルとスチルウェルによってコントロールされた。
　中国航空特別任務隊は、補給物資をほとんど全面的に、空中輸送に依存していた。にもかかわらず、作戦に必要なだけの物資を運び込むことができるかどうかは、すべて第10航空軍の能力にかかっていたので、空中輸送の問題は、まもなくデリーと昆明両司令部間の論争の種となった。

6 スチルウェルとの関係悪化 top

　シェンノートは、彼の任務達成に必要なだけの物資を入手するのに、空中輸送が不十分であったとは、いっていない。
　シェンノートの部隊の作戦を阻害したのは、高級将校が無能力で、適切な補給を行えなかったためであり、空中輸送の実情を徹底的に調査して、もし優先順位が適切にきめられていたならば、彼の計画を十分支援することができた、という結論をだした。
　ヒマラヤ越え空輸の優先順位は、スチルウェルがきめたものであった。シェンノートは、スチルウェルが事態にたいして、十分な考慮をはらわなかったと非難したため、両者の関係は急速に悪化した。
　スチルウェルが、自分と中国にいる彼の部下の空軍指揮官との関係を改善するために、ほとんど何もしなかったことは明らかである。
　記録では、中国航空特別任務隊にいく補給品の輸送を、スチルウェルが意識的に妨害したわけではなかった。
　彼にもコントロールできない要素が、その補給を阻害したのだった。

7 難問多い補給業務 top

　空中輸送のための貨物輸送機が不足していたし、またヒマラヤをこえての飛行はむずかしく、しかも危険であった。
　これにくわえて、しばしば、モンスーン〔季節風〕の雨や風のため、ヒマラヤ越えの飛行を、数日間中止しなければならないことがあった。
　さらに、飛行機がインドから中国に予定どおり飛んだときでも、日本軍に包囲され、貧弱な装備の中国軍が防護している中国航空特別任務隊の前進基地まで、昆明から物資を輸送することは、かなり困難であった。
　このような状況下にあって、これらの基地に補給業務を続けることは、不可能にちかいことであった。
　しかしながら、シェンノートの作戦は可能なかぎり支援するという蒋介石との約束のてまえ、これらの基地にたいする資材の輸送は、続けられた。
　シェンノートは、ヒマラヤ越えの飛行の危険なことと、昆明からさらに奥地まで資材を空輸することの困難なことを、十分承知していたが、軍需品を中国に空輸する能力に関して、使用可能な空間をもっと賢明に使用できると信じていた。
　このことが、シェンノートが、スチルウェルにたいして、非常に批判的であった理由だった。

9 “ヒット・エンド・ラン戦法” top

　中国航空特別任務隊の第一の任務は、ヒマラヤヘの南方と東方からの近接路、および中国の空輸末地〔航空輸送の終末点〕を防護することであり、第二の任務は、日本軍の輸送や補給活動を妨害することであった。
　さらに第三には、雲南〔ユンナン〕省や中国東部にいる中国軍に、空中支援をあたえることであった。
　貧弱な補給をもとに、これらの任務を達成するには、装備品や人員を最大限に活用し、空襲警報装置を効果的に改善することも必要であった。
　しかしシェンノートは、これらを見事にやってのけた。
　志願兵部隊を中国航空特別任務隊にきりかえる準備をしているあいだに、ヒマラヤ越えの空輸に適切な援護をあたえながら、攻撃能力を最高度にたかめる計画が作成された。
　この計画の目的は、機動力と使用可能機を、数ヵ所の基地に分散配置することであった。

　そのため日本軍は、中国航空特別任務隊が予知できないような攻撃を、ほとんど行うことができなかったのである。
　この情報網の価値は、ばかり知れないほど大きかった。
　シェンノートは、日本軍飛行機がどこにむかって、なんのために飛んでいるかを、常時知っていたので、彼の貧弱な兵力を、勝算の大きい日本軍にたいして、上手に使用することができ、一〇〇機に足りない小さな部隊ながらも、五〇〇機をこえる日本軍と、数ヵ月間にわたって戦うことができたのである。
　空襲警報装置は、また、帰投方向にまよったパイロットたちを誘導して、貴重な人員機材を損耗から救うのにも役だった。

11 Ｂ25の到着で攻撃戦法に転換 top

　中国航空特別任務隊は、正式には一九四二年七月四日に発足したが、実際は、中国占領地域にある日本軍施設にたいして、先制攻撃を行った七月三日に命名された。
　この攻撃は、中国航空特別任務隊発足の第一日目に、それを壊滅させることを日本軍が計画している、という情報に基いたものであった。
　日本軍は、七月四日に志願兵部隊が解散されること――この事実は、七月四日から数週間まえに、すでに日本軍情報部に知られていた――は、日本軍にたいしてそれまで巧妙に行われてきた空中ゲリラの終りを意味するもの、と考えた。
　日本軍は、志願兵部隊パイロットたちのほとんどが、カムコとの契約が満了したのち、中国航空特別任務隊に志願しなかったということも知っていた。
　そして、中国航空特別任務隊の経験の浅い新しいパイロットたちが、シェンノートの戦術訓練計画に導入されるまえにたたくことによって、中国航空特別任務隊を一挙に地上でたたきつぶすことができる、と考えた。
　しかし日本軍は、シェンノートが日本軍の攻撃計画を事前に知っていたこと、および志願兵部隊の二〇人のベテラン・パイロットたちが説得された結果、中国航空特別任務隊が完全編制に仕あげられ、新任パイロットたちが志願兵部隊の戦法を教育されるまで、中国にふみとどまるようになったことまでは知らなかった。
　中国航空特別任務隊が発足してから一週間というもの、日本軍との交戦はひんぱんであった。
　そしてこのあいだに、その後六ヵ月間採用されることになった戦法が設定された。
　インドから八機のＢ25爆撃機が到着したので、シェンノートは、初めてある程度の攻撃能力をもつことができ、これまで、志願兵部隊の防御的戦術のおかげで攻撃をまぬがれていた日本軍施設を、攻撃することが可能になった。
　中国航空特別任務隊発足――　一九四二年七月四日――後二週間のあいだに、Ｂ25爆撃機は、広東〔カントン：現在の広州（クワンチョウ）〕、漢口〔ハンコウ〕、騰衝〔テンチュン〕およびその周辺の日本軍施設にたいし、四回出撃した。
　Ｂ25がこの種の出撃にむかうときには、Ｐ40戦闘機に護衛されたが、そのうちの何機かは、爆弾を搭載できるように改装されていた。
　爆撃機がその搭載爆弾を投下した後、これらの戦闘機は、日本軍施設を爆撃した。
　そしてしばしば、Ｂ25そのものよりも大きな損害をあたえた。
　Ｐ40五機とＢ25一機とを失っただけで、中国航空特別任務隊は、日本軍戦闘機二四機と爆撃機八機を撃破した。

12 戦爆連合作戦で戦果あがる top

　中国航空特別任務隊のパイロットたちは、一九四二年八月にはいっても、日本軍にたいする攻撃を続行した。
　爆撃機がビルマや仏領インドシナに飛び、ハイフォン港の倉庫や波止場、ミートキーナ、ラシオなどの日本軍事施設に、かなりの損害をあたえているあいだに、戦闘機は、陵川〔リンチョワン〕や南昌〔ナンチャン〕、咸寧〔シエニン〕にある日本軍基地を爆撃した。
　二週間後に、航空燃料と修理部品不足のため、これらの出撃は中止したが、八月二十六日に再開された。
　九月になると、中国東部が、再び中国航空特別任務隊の活躍の中心となった。
　Ｂ25が引続いて、漢口やハノイ・ハイフォン地域を攻撃しているあいだに、戦闘機は、揚子江南側の日本軍基地を爆撃した。
　十月には、インドを本拠地にしていたＢ24爆撃機が、臨時に中国に展開し、中国航空特別任務隊のＢ25とともに、黄河北側にある日本軍基地にたいして、初めて攻撃を行った。
　十月二十五日には、中国航空特別任務隊のパイロットは、香港の港にいた日本船舶にたいして、果敢な攻撃を行った。
　桂林から香港まで、日本軍に全く探知されずに、Ｒ40七機に護衛されたＢ25で二機は、破壊用爆弾一三・六トンと破片爆弾七七〇キロを、香港に投下した。
　この攻撃につづいて同夜、中国航空特別任務隊としては初めての、夜間空襲を行った。
　六機のＢ25は、戦闘機の護衛なしで、損害をうけずに、香港の発電所を破壊した。
　昼夜にわたる全作戦でうけた損害は、わずか二機（Ｂ25一機、Ｐ40一機）であった。
　日本軍は戦闘機二一機を空中戦で失った。
　ここで再び、シェンノートは、飛行機を適切に使用すれば、なにができるかを証明した。