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　武勲の家名に恥じぬよう（マッカーサーの太平洋戦争1)

　ダグラス・マッカーサーの少年時代の理想は、ふつうの少年と同じように、父親のような人間になることだったが、彼はこのほかにも、たくさんの理想を胸にいだいていた。

1　南北戦争で偉功たてた父アーサー top

　この戦闘で、ブラッグ将軍指揮下の南軍を見事に敗走させたが、この勲功により、連隊は、彼を投票によって少佐に進級させ、やがて連隊の指揮官になった。この時アーサー・マッカーサーは、まだ一九歳であった。
　その後、二度も戦傷を受けたが、ついにアメリカ軍人がうける最高勲章である議会名誉勲章を授与され、戦争終結とともに除隊した。
　しかし一八六六年（慶応二年）、やがてわずか五万四〇〇〇人にまで削減が予定されていた正規の軍隊の将校任官辞令をうけたのである。

2　三人兄弟の末っ子 top

　彼の回想では、母親は最初の道徳のいくつかを教えたが、そのなかには
　「責任感をもてという教育があった。どんな犠牲をはらっても、正しいことは、やりとおさねばならなかったし、国家のことを、まず第一に考えるべきだといわれた」
　ダグラスは、一八八〇年から九〇年代にかけ、父の転任にしたがって、いろいろなところで教育をうけた。
　一八九七年（明治三十年）、父マッカーサー大佐は、ミネソタ州セントポールに転任した。
　ダグラスは、ミルウォーキー出身連邦議会議員の指名によって、ウェストポイント（陸軍士官学校）の空席をめぐって、翌一八九八年五月に行われる選抜試験をうけるため、勉強することになった。
　ダグラスは選抜試験をトップでパス、一八九九年六月、ウェストポイントに入校した。

3　米西戦争でマニラを占領した父アーサー top

　そのときまでに米西戦争がおこっていたが、アメリカ軍は兵力わずか二万五〇〇〇人以下に縮小していたにもかかわらず、キューバにだけでも、アメリカ軍に数倍する兵力をもっていたスペイン軍を撃破し、勝利を手中におさめていた。
　アメリカ議会は、陸軍兵力の戦時増強を支持する投票をおこない、準備が不充分なまま、数回にわたって、キューバに上陸していた。
　同じころデューイ提督のひきいる海軍部隊は、マニラ湾でスペイン軍に圧倒的な勝利をおさめていた。
　この勝利のあとまもなく、米軍三個旅団がフィリピンに上陸、首都マニラとその周辺を占領した。
　このうちの一個旅団をひきいていたのが、アーサー・マッカーサー准将である。
　アメリカ合衆国とマッカーサー家とは、その後フィリピンにかかわりあいをもつことになるが、その歴史はこうして始ったのである。
　フィリピン民族主義運動の指導者アギナルドにたいする掃討作戦に、アーサー・マッカーサーは重大な役割りを演じた。
　しかしこの作戦は、アメリカがフィリピン人をスペインの支配から　“解放“するよりも、はるかに困難な仕事だった。
　一八九九年（明治三十二年）の末までには、ダグラスはすでにウェストボインドに入校していたが、フィリピンの民族主義者とたたかうアメリカ将兵の数は、五万人をこえていた。

　父アーサーは、アメリカ軍指揮官のうちでもっとも重要な人物の一人だった。
　一九〇〇年六月までに、アーサーは、オーチス将軍のあとをついで、フィリピン派遣軍司令官兼フィリピン総督に任命されていた。　民族主義的な反乱分子には、さらにきびしい対策がとられるようになった。
　やがてアギナルドがとらえられ、マニラに連行された。
　これは仲間をおどろかせ、くやしがらせた。
　しかしそれ以上におどろかしたのは、アギナルドがアメリカ合衆国への忠誠をちかったことであった。
　七月までに、フィリピン諸島の主要な島、ルソンでの抵抗運動は崩壊しはじめていた。
　ゲリラ戦は約一〇年間にわたって断続的につづけられたが、抵抗運動の背景はすでにくずれていた。
　アーサー・マッカーサーの後任総督にはウィリアム・タフトが就任したが、彼は、のちにアメリカ合衆国大統領、そして最後には最高裁判所長官と、アメリカでは最高の二つの役職についた人である。
　またフィリピン派遣軍司令官の後任としては、アドナ・Ｒ・シャフィー将軍が就任した。
　こうしてアーサー・マッカーサーは、故国での新しい任務につくため帰国したのだった。

4　シゴキ事件で口わらず top

　この時までに、ダグラス・マッカーサーは、ウェストポイントでの一年間をおくっていたが、訓練は厳格をきわめていた。
　米西戦争勃発の直前、キューバの反乱分子にたいするスペインがわの作戦を視察するため、キューバを訪問する途上で、ウェストポイントをおとずれたウィンストン・チャーチル（のちのイギリス首相）は、兄への手紙のなかで、つぎのように報告している。
　「士官候補生たちは、イギリスのどの私立学校の生徒よりも自由がすくない。
　タバコをすうことはもとより、小づかい銭をもつこともゆるされない。
　一九歳から二二歳までのあいだに、四年間の学業につくため入校したのだ」
　チャーチルは、このように厳しすぎる訓練は、個性をこわしてしまい、よい軍人にも、市民にもなれまいと感じていたようだ。
　チャーチルがアメリカ陸軍士官学校の訓練がいかにきびしいものであるかをみたとしても、上級生による最下級生いじめやシゴキが、軍事上の訓練としてあるべき限界をこえて、かなり厳しかったことは、うたがう余地もない。
　いまでも行われてはいるが、当時にくらべたらおだやかになったこのシゴキが、今世紀のはじめ議会により調査されたことがある。
　当時、二年生だったわかいダグラス・マッカーサーは、査問会議に重要証人として喚問された。
　彼は、あるシゴキ事件で被害者だった。
　彼は、この事件に関係のある上級生の名をいうように命じられた。
　板ばさみの苦しい立場にたたされたが、そればかりはかんべんしてほしいと、ついに名をあかすことを拒否した。
　この苦しい査問会議がおわって、宿舎に連れもどされた彼は、尋問を拒否したために、逮捕されるものと思っていた。
　六〇年後になって、彼はつぎのように回想している。
　「逮捕しにやってくる副官のおそろしい足音をいまかいまかと待っていた。
　しかし、ついに足音はきこえてこなかった。上級生たちの名前はほかの方法で判明したのだった……」

5　父とともにアジア旅行 top

　フィリピンでの功績で、父のアーサー・マッカーサーが、あるていどの名声をえていたので、マッカーサーは、一家の栄誉にかんする伝統の重みと誇りを強く感じて、ウェストポイントののこる三年間を、トップになるべく、けんめいに勉強し、ついに最終学年には全校一番の成績をえた。
　陸士四年間のうち、二年間は野球を楽しんだ。彼はハンサムな生徒だったし、写真うつりもよかったので、女の子には人気があった。
　もちろん、これらの理由ばかりでなく、アーサー・マッカーサーの息子ということも関係したらしい。
　ある伝記作者は、マッカーサーが、あるとき目のパッチリした女の子に、本当にマッカーサー将軍の息子であるかどうかをきかれた話題にふれている。彼はこの時
　「そのとおりです。マッカーサー将軍は誇りたかき功績に輝いているのです」とこたえたという。
　ウェストポイントには、マッカーサーのクラスで、もっとも謙虚な人物がだれだったかについては、何の記録も残っていないが、この点になると、マッカーサーがもっとも謙虚だったとは、どうもいえないようである。
　一九〇三年（明治三十六年）、マッカーサーは、工兵少尉に任官した。
　工兵は当時のアメリカ陸軍ではエリート部隊で、最初の任地はフィリピンだった。
　父は二年まえに帰国し、この時はちょうど太平洋岸に駐在していた。
　一年後、海外勤務をおえてカリフォルニアに帰ってきたマッカーサーは、その後、日露政争観戦のため日本に派遣される父に、副官として随行することになった。
　つづいて二人は、東南アジアおよびインドへの旅行を命じられ、香港、シンガポール、オランダ頷東インド、セイロンおよびインドの各地を旅行し、指導者たちと話しあうことにないた。
　ダグラス・マッカーサーは『回想記』のなかで、この経験は「うたがいもなく、わが生涯において、もっとも貴重な経験であった。
　私には、アメリカの将来、そして、まさにアメリカの存在そのものが、アジアおよびその周辺の島々と深くからみあっていることが「ハッキリわかった」とのべている。
　これは、マッカーサーが、生涯をつうじて、もちつづけた考えだった。

6　昇進はばまれた父アーサー top

　一九〇八年（明治四十一年）ダグラス・マッカーサーは、応用工学技術学校を卒業したが、その在学中、セオドア・ルーズベルト大統領の副官として勤務した。
　しかし、彼の父の軍歴は、アジアの大旅行から帰国したあとは、順調にはすすまなかった。
　すでに中将だった父は、本来なら参謀総長に任命される地位にあった。
　しかし、ルーズベルト大統領の二期目にあたり、かつてフィリピンで意見が衝突したことのあるウィリアム・タフトが、陸軍長官に就任していた。
　これが、父アーサーの昇進の機会をつぶしたようである。
　タフトがルーズベルト大統領の後任として、就任の宣言をしてわずか数ヵ月後の一九〇九年（明治四十二年）六月、アーサー・マッカーサーは退役した。
　三年後、かって南北戦争をともに戦ったウィスコンシン第二十四連隊の五〇回目の集会の集りで、演説しているときにたおれ、そのまま息をひきとった。
　父アーサー・マッカーサーは、集りの通知をうけたときすでに病床にあり、出席できないむねを知らせたのだが、出席を懇請されていたウィスコンシン州知事も、同州出身の二人の上院議員も、当日のあまりにもひどい暑さのため、出席の約束をとりけしてしまった。
　そこで、この有名な第二十四ウィスコンシン連隊の再会のつどいに、主催者たちは、かっての連隊長の出席をぜひにと懇望したのだった。
　司会者がアーサー・マッカーサーの演説をもとめると、彼は、昔の戦勝のかずかずを語り始めたが、まもなくその場にたおれてしまった。
　連隊のかつでの軍医が、そばにかけよったが、聴衆のほうにむきなおると、
　「戦友諸君、将軍はご臨終です」とさけんだ。
　会場のまんなかで、従軍牧師が主の祈りをとなえはじめた。
　九〇人あまりの出席者は、昔の連隊長のそばに集り、これに唱和した。
　遺体は、おもいでふかい連隊旗でつつまれた。
　ダグラス・マッカーサーの芝居がかった性格からして、彼の父の死についての説明も、いくらか誇張されているかもしれない。
　「世界はその夜、かわってしまった。私の心の痛手は、その後もいやされることはなかった」
　という感傷的な文章にも誇張はあろう。

7　父に恥じない生き方を top

8　メキシコ戦争回避に努力 top

　メキシコでマッカーサーは、めざましい手柄をたてた。
　やがてメキシコとの戦争は回避された。一九一五年にはワシントンにもどり、少佐に任命された。