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11　「シャルンホルスト」北洋に消ゆ

　デーニッツが海軍総司令官としてやった最初の仕事は、ヒトラーの希望とは裏腹に、大艦は解体すべきではないという運動だった。
　デーニッツは、艦隊は縮小してもよいが、けっして解体してはならない、と繰返し主張した。
　そして総司令官に就任してから三週間とたたないうちに、前任者のレーダーが失敗したこの件で、ヒトラーを説得するのに成功した。

1 艦隊解体を阻止 top

　ドイツ「大海艦隊」は解体を免れ、同時に、つぎのような措置をとることが決定された。
　−旧式戦艦「シュレジエン」「シュレスウィヒーホルシュタイン」は解役する。
　バレンツ海海戦での損傷を修復できそうもない「ヒッパー」と軽巡の一部も同様に処分する。
　空母建造計画ほとりやめ［グラーフ・ツェッペリン」と「ザイトリッツ」の工事を中止する。
　「リュッツオー」「シェーア」「プリンツ・オイゲン」は、バルト海で主として練習艦に使用する。
　しかし、イギリス海峡突破作戦中に損傷した修理が終って、再び行動できるようになり、今やドイツ艦隊の第二の強力な軍艦である「シャルンホルスト」はソ連むけ船団に睨みをきかすため、ノルウェーに派遣して「ティルピッツ」と合流させる――
　もしヒトラーが自分勝手に振舞っていたならば、連合国は海の戦いで、無敵の優位をしめることができたであろう。
　また英本国艦隊の全兵力を、大西洋でのＵボート撃滅戦に投入でき、なんら妨害されずに、ソ連むけ船団の迦航を続けえたであろう。
　だが、デーニッツの努力によって、こうした事態にはならなかった。
　英海軍は、一九四三年三月末までに航空偵察で、これまでにない最強のドイツ戦阻艦隊が北方海面にいるのを発見した。
　これはアルテン・フィヨルドに集結していた戦艦「ティルピッツ」、ポケット戦艦「リュッツオー」、巡洋戦艦「シャルンホルスト」であり、合計すれば、三八センチ砲八門、二八センチ砲一五門にも達していた。
　この驚くべきドイツ艦隊集結の情報をうけて、一九四三年の夏のあいだ、英海軍はソ連むけ船団の運航を中止することにした。

2 独英海軍の組織変更と人事異動 top

　このころ独英面海軍の統帥部では、それぞれ重要な変化がみられた。
　デーニッツ提督は、北方海域司令部と北方部隊司令部を統合し、海軍総司令部と艦隊司令長官のあいだの複雑な指揮系統を簡素化した。

3 英の奇襲潜航艇「Ｘ艇」出撃 top

　スピッツベルゲン島という移動しない目標にたいする射撃演習では不十分なので、「シャルンホルスト」の艦長は、燃料がひどく不足していたにもかかわらず、訓練のため海上にでることを主張した。
　こうして「シャルンホルスト」が射繋訓練のため湾外にいた九月二十二日の夜、ドイツの大艦を沈めるため、イギリスの「Ｘ艇」という小型潜航艇に乗った奇襲隊がアルテン・フィョルドに忍び込んだのである。
　この襲撃は成功したが、「Ｘ艇」の被害も大きかった。
　「リュッツオー」は、英軍の偵察したときの位置にはいなかったので、「Ｘ艇」部隊に発見されなかった。
　「シャルンホルスト」は、訓練のため湾内にいなかった。
　「ティルピッツ」は、四個の爆薬が爆発したので、大損害をうけ行動不能となった。
　攻撃のため防御網を突破した三隻の英潜航艇は使命を果したが、すべてイギリスに帰れなかった。
　どんなに急いでも「ティルピッツ」の修理は、一九四四年四月までかかりそうだった。
　「リュッツオー」は九月二十三日、改装のためアルテン・フィョルドを出発した。
　このため、極北方面での英独海軍のバランスは大きく変化した。

4 ソ連むけ船団再開さる top

　ソ連首相スターリンは、イギリス軍の小型潜航艇がアルテン・フィヨルドを襲撃するまえから、もっと多数の補給船団をソ連に派遣するよう、繰返し要求していた。
　ようやく、イギリスの外交政策と海軍戦略の要求が、今度だけは両立するようになった。
　一九四三年一月二十六日、再開されたソ連むけの最初の船団ＪＷ五四Ａが出発し、一週間後に、ＪＷ五四Ｂが出港した。
　この二つの船団は無事目的地に到着した。
　フレーザー英本国艦隊司令長官は「シャルンホルスト」からの挑戦は、大いに望ところだったので、戦闘部隊を率いて、つぎの船団ＪＷ五五Ａを護衛してムルマンスクに向かうことにした。
　こうしたことは、ソ連むけ船団では前例のないことだった。
　しかし、ドイツ艦隊は挑戦せず、この船団はなにどともかくムルマンスクに到着した。

フレーザー部隊は、二日間、ソ連水域にとどまり、十二月十八日、ムルマンスクを出港した。帰りの船団も安全な航海を続けた。 　一方、デーニッツ提督は、ソ連むけ船団の運航が再開されたので「シャルンホルスト」に船団を攻撃させることにした。 　シュニーウィント、クメッツ両提督も、デーニッツの決断に賛成した。 　シュニーウィントが、さる四月十六日にのべたつぎのような意見が記録に残っている。 　「北方部隊のすべての艦長にとって、主な目的は戦うことだ」 　だが、こうした戦闘精神だけでは、にがい経験を通じて、デーニッツや同僚の提督たちがよく知っているさまざまな困難、たとえば悪天候、英海軍のすぐれたレーダー、船団を直接護衛する英駆逐艦の脅威、ドイツ空軍の支援不足などの問題を解決できない。 　最初の攻撃は、駆逐艦だけでやるべきか、「シャルンホルスト」も同時に出撃させるべきかという、重要な問題もあった。 　こうした問題を、直接体験しているのは、クメッツ提督であった。 　だが、クメッツは、十一月初めから“長期休暇”をとっており、先の駆逐艦部隊指揮官エーリヒ・パイ少将が、クメッツにかわって戦闘部隊指揮官担っていた。

北岬沖海戦で「シャルンホルスト」と運命をともにしたエーリヒ・パイ少将

5 駆逐艦部隊のパイが指揮官 top

　パイは、戦争中ずっと駆逐艦部隊に勤務していたので、主として駆逐艦がソ連むけ船団を攻撃すべきであると考え、好機さえつかめば運に恵まれるだろうと確信していた。
　パイ少将が戦闘部隊指揮官になったのは、「シャルンホルスト」がスピッツベルゲン島を攻撃したあとだったので、この部隊の戦闘力をたかめ、射撃訓練をするヒマはなかった。
　とにかく、つぎの連合国船団がドイツ艦隊の行動圏内に入れば、パイは戦闘部隊を率いてアルテン・フィヨルドを出撃することになった。
　デーニッツは十二月十九日、「シャルンホルスト」がつぎのソ連むけ船団を攻撃する予定だ、とヒトラーに報告し、あくる日、予想できる戦果について説明した。
　この船団ＪＷ五五Ｂは、一九隻の商船で編成され、駆逐艦一〇隻が護衛していたが、いままでどおり、ソ連からの帰りの船団をも、護衛する任務があたえられていた。
　フレーザー司令長官の戦闘部隊は、ソ連に向かう船団の後方を行動し、バーネット少将の巡洋艦部隊（「シェフイールド」「ベルファスト」「ノーフオーク」）は、二十三日にムルマンスクを出発した帰りの船団ＲＡ五五Ａ〔ソ連行きはＪＷ、帰りはＲＡに名称が変わる〕を護衛すること担っていた。
　今度は「シャルンホルスト」が出撃してくるだろう、と確信したフレーザーは、英戦闘部隊の存在を隠さずに、できるだけ船団に近く行動した。
　一方、ＪＷ五五Ｂ船団を発見した十二月二十二日、ドイツ戦闘部隊に出撃準備命令が下った。
　ドイツ海軍総司令部は、との船団攻撃は簡単だ、と予想していたようだが、厳しい現実が待ち構えていたのである。
　ドイツ空軍機はＪＷ五五Ｂ船団にたえず触接しており、ＲＡ五五Ａは探知していなかったので、この両船団のどちらを攻撃目標にえらぶべきかは、十二月二十五日午前にはハッキリした。
　フレーザーは、ＲＡ五五Ａ船団の護衛兵力から駆逐艦四隻を派遣し、合計一四隻の駆逐艦でＪＷ五五Ｂ船団を護衛するよう命令するとともに、この船団に、もっと北よりのコースをとるよう命令した。

6 いぜん制約される指揮権 top

　十二月二十五日午後二時、デーニッツは戦闘部隊に出撃を命じた。
　デーニッツは、この作戦を“東部戦戦”作戦と名づけた。
　彼がのちにのべているように、今度の「シャルンホルスト」の出撃は、ドイツの大戦略の重要な一部であり、それは東部戦線のドイツ軍にたいする圧力を弱めることを狙ったものだった。（それにしても楽観的な計画だった）
　あとでデーニッツは「この船団は逃げられそうにないから、パイ少将に出撃を命じたのだ」とのべている。
　攻撃の方法は、パイに一任された。
　こうした全面的な自由裁量が、現場の指揮官に一任されたのは、今度の出撃が初めてであった。
　しかし、出撃してほどなく、一年前のクメッツ中将のときと全く同様に海軍総司令部から、自由行動を束縛する電報がパイ少将に届いた。
　つまり「現地の状況をおもいきって利用せよ。だが、有力な敵部隊に出あったら退避せよ。正確な敵情に基いて行動せよ」というのである。
　ところが、この敵情を入手するドイツ軍の手段は、奇妙なことに、それから二四時間全く欠けていた。
　パイは、クメッツと違って、冬季の極北地方の困難な状況のもとで、主力艦と駆逐艦部隊の協同作戦をやった経験がなかった。
　彼がクメッツのように、一方の部隊で敵の護衛部隊をおびきよせ、その間、他の部隊で船団を攻撃するという計画を考えていたかどうかは明白でない。
　ここで興味あることは、パイが旗艦を「シャルンホルスト」に変更するため、出撃時刻を延期したことである。
この事実は、パイとしては、この巡洋戦艦が戦闘にくわわるとは予期してなかったことを示しているようだ。
　さて、十二月二十五日の午後七時までにパイ少将の「シャルンホルスト」は、駆逐艦五隻とともにバレンツ海に向っていた。
　パイ部隊は、二五ノット〔時速四六キロ〕で北上する。
　海はひどくシケていたが、波を艦尾からうけたので高速をだすことができた。

7 パイ提督連続ミス top

　真夜中、パイは、まず最初のヘマをやった。天候と今後の行動について、北方部隊司令部と通信するため、無線封止をやぶって電波をだしたのだが、すばやくイギリス軍にこの電波をキャッチされてしまったのだ。
　十二月二十六日午前三時三十九分、フレーザーは「シャルンホルスト」が出撃したとの報告をうけた。
　そのときパイ部隊は、ＪＷ五五Ｂ船団から約一九〇キロ離れて北に向い、フレーザー部隊は船団から三八〇キロ離れて東に向い、バーネットの英巡洋艦部隊は船団から約二八〇キロ離れて西に向っていた。
　パイ部隊が、船団に近づいていたので、船団には危機がせまっていた。
そこでフレーザーは、午前六時二十八分、船団にコースを北東に変えるよう命じた。
　パイは、船団の発見がいよいよむずかしくなってきたが、それ以外にも、彼はむずかしい状況に立だされていた。
　というのは、ドイツ海軍の通信諜報部は、フレーザー司令長官がバ７‐ネット少将と船団に、位置報告を求めた無電を傍受しておらず、パイは、ずっと以前の、しかも誤った情報に基いて行動していたからである。
　遅れてバイに届いた前日の午後三時十分の情報は、船団の九三キロ以内には敵艦はいない、と伝えていた。
　パイは、こんなふるい情報は、悪天候のもとでは無価値であると考えるべきであったのだが、作戦計画をたてるのに、それ以外の情報はもっていなかった。
　午前七時、パイは、針路を南西にかえ、駆逐艦部隊に「シャルンホルスト」の前方で扇形に散開して船団をさがすよう命じたとき、第二の重大なヘマをやってしまった。
　このミスは複雑なものだった。
　ヨハネセン大佐のドイツ駆逐艦部隊は大波にほんろうされ、速力は一〇ノット〔時速約一九キロ〕に落ちた。パイとしても、全く敵情がわからないので、部隊を分散するのには慎重だったが、そうだとしてもバーネット少将の英巡洋艦部隊と船団のあいだで、索敵を続けるのには有利な立場にあったはずだ。
　ところが、パイは八時二十分、駆逐艦部隊に知らせずに、再び針路を北に向けてしまったのである。
　今やバイのとった針路は、バーネット部隊と針路がぶつかり、その距離は急速につまっていた。
　こうして八時四十分、避けられないことが起った。英巡洋艦「ベルフアスト」のレーダーは、三二キロに「シャルンホルスト」を捕え、バーネット部隊はパイ部隊に接近していった。

8 北岬沖海戦始まる top

　九時二十一分、英巡洋艦「シェフイールド」が、突然「シャルンホルスト」を発見したとき、距離は一二キロにつまっていた。
　こうして、北岬沖海戦は、英巡洋艦部隊が「シャルンホルスト」にたいして砲門を開いた九時二十九分に始ったのである。
　英巡洋艦「ノーフォーク」の二〇センチ砲弾二発をくらった「シャルンホルスト」は南東に退避し、ついで敵から遠ざがるため針路を北に変えた。
　一方、駆逐艦四隻が船団の護衛をやめて巡洋艦部隊に合流しようとしていることを知ったバーネットの英巡洋艦部隊は、針路を「シャルンホルスト」と船団のあいだにむけた。
　驚いたパイは、敵の兵力を過大評価するという第三のヘマをやってしまった。
　「シャルンホルスト」は、大砲の撃ちあいなら、軽装備の英巡洋艦をさんざんに打ちのめすことができたはずだ。
　しかしパイは「シャルンホルスト」のスピッツベルゲン島にたいする射撃の不成績からみて、型通りに大砲で決闘するのは気が進まなかったのだろう。
　しかも、パイは、砲戦の場合に、有利な一五センチ砲を装備したドイツ駆逐艦五隻の砲撃力を手元にもっていなかった。
　このため、パイは駆逐艦部隊にたいし、船団を追っている「シャルンホルスト」に近づくため、北東に向かうよう命じた。
　英巡洋艦部隊は、見事な協力と艦の操縦によって、高速で船団の方に近づき、船団の前方一九キロに警戒幕をつくった。
　今や形勢はイギリス軍に有利となり、英巡洋艦部隊は船団をオトリにした罠〔わな〕をつくり「シャルンホルスト」はそのワナにまっしぐらに向っていたのである。
　このとき、パイは第四のヘマをやった。午前十一時五十八分、駆逐艦部隊に船団捜索の再開を命じて、ドイツ軍の兵力を集結するチャンスを逃してしまったのである。
　駆逐艦部隊はもう一度、反転して西方にむかわなければならなかった。
　ついで午後零時五分、英巡洋艦「ベルファスト」のレーダーは、再び「シャルンホルスト」を捕えた。
　今度は、敵味方の関係位置が以前とは逆になり、バーネット部隊はパイ部隊の西方担っていた。

9 「シャルンホルスト」を追撃 top

　午後零時二十一分、イギリス軍は射撃を開始した。「シャルソホルスト」は二〇分間砲戦を続けたが、敵駆逐艦の魚雷攻撃を恐れて、再び退避した。この砲戦で、英巡洋艦「ノーフォーク」に二八センチ砲弾二発が命中、砲塔の一つと主レーダー装置が破壊され、戦胴中に使用できたのは後部レーダーだけとなった。
　午後零時四十一分、バーネットは巡洋艦部隊に射撃を中止させ、「シャルンホルスト」の追跡を始めた。
　パイは、この戦闘のときにも駆逐艦部隊が手もとにいないので苦戦した。
　いま「シャルンホルスト」は二八ノット〔時速五二キロ〕で南南東に進んでいたが、この針路は、はからずもフレーザーに「シャルンホルスト」を攻撃する機会をあたえること担ってしまうのである。
　パイとしては、二つの方法のどちらかで、英巡洋艦部隊の脅威に対処できたはずだ。
　その一つは「シャルンホルスト」の恐るべき砲撃力を使って敵を射程外に退避させることであり、もう一つは、シケだ海では英巡洋艦のだせない高速でつっぱしることであった。
　だがパイは、そのどちらの方法もとらなかった。
　バイのもとには、ロフォーテン諸島　〔ノルウェー北西岸沖〕に配備されたドイツ空軍機による三時間前の偵察報告――
　小艦艇数隻と大艦一隻を西方に発見−の無電が、繰返し届けられた。
　しかし、この大艦の種類はわからなかった。
　もしも、この艦が西方から近づいている英戦艦であると知らされていたら、パイは、この情報に基いて行動していただろう。だが、事実はそうではなく、パイは安心して南方に向っていたのである。
　ドイツ駆逐艦部隊は、大波にほんろうされながら西に向い、午後一時ごろ、船団とは一九キロほど離れていたが、船団の捜索を続けていた。
　午後二時十八分、パイは駆逐艦部隊に、捜索をうちきりアルテン・フィョルドに帰投するよう命令した。
　こうして、またもや、ソ連むけ船団にたいする「大海艦隊」の脅威は、あっけない幕ぎれとなってしまった。
「シャルンホルスト」は、単独で行動を続けた。

10 垂直弾が命中 top

　午後四時十七分、英戦艦「デューク・オブ・ヨーク」のレーダーが、北東四〇キロに、はじめて「シャルンホルスト」を捕えた。
　四時三十二分、この戦艦の射撃用レーダーは、二六キロで「シャルンホルスト」の追跡を始めた。
　四時五十分、英巡洋艦「ベルファスト」が照明弾を発射して「シャルンホルスト」を照らし出し「デューク・オブ・ヨーク」と巡洋艦「ジャマイカ」が砲撃を始めた。
　今や北岬沖海戦は大詰めを迎えていた。
　パイは、英戦闘部隊の出現にまたまた驚かされた。
　だが、左側には英駆逐艦部隊がいるので退避できない。
　そこで、まだノルウェー海岸に向っていた「シャルンホルスト」は「デューク・オブ・ヨーク」と砲戦を始めた。
　「シャルンホルスト」の二八センチ砲の弾着は正確担ってきた。
　今や追撃戦になった。
　「シャルンホルスト」には、高速力を利用して英巡洋艦部隊の追跡をふりきり、敵戦艦からうまく逃れるチャンスが、わずかながら残されていた。
　英駆逐艦部隊は、すでに後方に脱落し、一隻の巡洋艦だけがまだ射程内にあった。
　だが「シャルンホルスト」がしだいに遠ざかるにつれて「デューク・オブ・ヨーク」の三六センチ砲の弾道は、ますます勾配が急にたり、落下する砲弾は垂直に近づき、命中すれば大損害をうける恐れがでてきた。
　ついに・「シャルンホルスト」は二八センチ主砲塔二基と、一五センチ副砲塔一基を破壊され、ついで午後六時二十分、一弾が第一ボイラー室に貫通し、蒸気パイプを破壊したので、タービンに蒸気が送れなくなった。
　「シャルンホルスト」の速力はおち、英駆逐艦部隊が再び追いつき始めた。
　しかし「シャルンホルスト」の砲撃力は「ビスマルク」の最後の戦いのときのように、まだ恐るべきものがあった。
　二弾が「デューク・オプ・ヨーク」のマストに命中し、六時二十四分「デューク・オブ・ヨーク」は砲撃を中止した。
　ちょうどそのとき、パイ少将はヒトラー総統に電報を送った。
　「我々は、最後の一弾まで戦う」　今度は駆逐艦部隊――イギリスの「サベージ」「ソーマレズ」「スコーピアン」、ノルウェーの「ストルト」――の出番だった。
　これらの駆逐艦は「シャルンホルスト」の一五センチ砲の猛撃を、ものともせずに突進したが、大きな船体がいよいよ気味悪く見えた。

11 魚雷がハリネズミのように top

　「スコーピアン」の一水兵が、大声で怒鳴った。
　「ワイヤ〔繋留用〕とフェンダー〔舷側の緩衝物〕をだせッ！　ヤツに横づけしてやるぞ！」
　「シャルンホルスト」は必死にもがいたが、敵の追撃を逃れることができなかった。
　四本の魚雷が命中して「シャルンホルスト」はさらに速力が落ちた。
　かつて一九四一年に空母「アークロイヤル」の「ソードフィッシュ」雷撃機が「ビスマルク」にやったことを、いま駆逐艦が「シャルンホルスト」にやっていた。
　「シャルンホルスト」は、ついに海上の廃虚と化し、最期が近づいていた。
　午後七時一分、「デューク・オブ・ヨーク」「ジャマイカ」が、九三〇〇メートルで射撃を再開した。
　イギリス軍の巡洋艦と駆逐艦に完全に包囲された「シャルンホルスト」に、三六センチ砲弾が無残にも命中した。
　イギリスの将兵は、断末魔の「シャルンホルスト」をおおう煙を通して、あいついで命中する砲弾、燃えさかる火炎、ものすごい爆発に瞳をこらしていた。
　七時三十分まで、機関が回転し、五ノット〔時速約九キロ〕で動いていたが、「シャルンホルスト」の船体は大きく傾き、大砲は発射できなくなった。
　七時四十五分どろ、大音響とともに爆発が起り「シャルソホルスト」は極北の冷たい海に姿を没していった。
　五五本の魚雷が「シャルンホルスト」めざして発射され、そのうち一一本が命中した。艦の乗組員は一八三九人。
　なかには海軍兵学校を卒業したばかりの、初陣の少尉候補生四〇人がいた。
　英艦に救出されたものは三六人にすぎなかった。

12 航空機なしの最後の艦隊決戦 top

　「シャルンホルスト」が、北岬沖海戦で最期をとげた原因については、部分的には、パイ提督がたえず正確な情報をえられなかったことで説明できる。
　だが最大の原因は、出撃してから、またもや総司令部から行動の自由を束縛されたことと、パイ自身、判断の誤りを繰返して、このような状況にみずからを追い込んでしまったからだと結論できよう。
　これにたいして、イギリスの提督たちは、困難な状況のもとで臨機応変に戦い、めざましい戦果をあげたのである。
　戦いに勝った英艦艇は、損害をうけなかったＪＷ五五Ｂ船団とともに行動し、十二月二十七日、ムルマンスクに到着した。
　「シャルンホルスト」の戦いは、ヒトラーの「大海艦隊」がイギリス海軍に挑戦した最後の戦いであるばかりでなく、北岬沖海戦の当初の航空索敵は別として、航空機が戦闘に参加しなかったユトラント海戦〔第一次大戦時、英独艦隊間の最大の海戦〕と同じタイプの追撃戦で、戦艦が戦った最後のものでもあった。
　「シャルンホルスト」が沈んだのち、今や英海軍の関心は、ドイツ海軍に残った最後の戦艦であり、じっと動かず、カムフラージュをほどこして、いまだに存在しているたった一隻の軍艦“北方の孤独の女王”「ティルピッツ」に向けられたのである。