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5　神出鬼没の通商破壊戦

　ドイツは、ノルウェーを占領したので、はるか北岬〔ノルウェーの北端〕にいたる海軍基地を獲得し、さらにフランスの降伏によって、ビスケー湾のおもな港、プレスト、サンナゼール、ロリアンを手に入れた。
　このように情勢が大きく変化――ドイツ海軍の戦略家たちが夢想だにしなかった――したので、ドイツ水上艦船には、連合国の海上交通線を攻撃する機会がおとずれた。

1 英本土侵攻作戦を無期延期 top

　一九四〇年の七月から九月にかけて、世界の目はイギリス海峡にむけられていた。
“あしか”〔海馬〕作戦とよばれた英本土侵攻の大バクチは、ドイツにとっては最大の課題であったが、海軍の役割りは単純なものだった。
　ノルウェー作戦による艦船の喪失と損傷のために、海軍の任務は、小艦艇で軍隊輸送船と上陸用舟艇を護衛する任務にかぎられたからである。
　そこで責任は、主としてゲーリングの空軍に負わされた。もしもドイツ空軍が英空軍を撃破して、イギリス海峡を支配し、侵攻部隊を英空軍と海軍の攻撃から防御できるならば“あしか”作戦は成功の可能性がうまれてくるかもしれないが、そうでなければ、成功はおぼつかないものと思われた。
　しかし、ドイツ空軍必死の攻撃にもかかわらず、九月の半ばをすぎても、英空軍はまだ健在であり、秋が近づくにつれて、上陸用舟艇の行動をさまたげるイギリス海峡のシケが予想されたので、一九四〇年九月十七日、ヒトラーはついに“あしか”作戦の実施を無期延期した。
　レーダー提督はホッとした。
　今や彼は、スカンジナビアとフランスの基地を手にいれた戦略上の利点を、最大限に活用することに専念できた。
　開戦のために「Ｚ」計画〔バランスのとれた艦隊建設計画〕が御破算になったので、ドイツ海軍は、さっそく小型商船を通商破壊用の武装商船に改装する命令をだした。
　こうして、一九三九年から四〇年にかけて、この冬のあいだ数隻の改装工事が続けられた。

2 通商破壊に武装商船を top 　一九四〇年春までに、第一陣の出動準備ができた。レーダー提督は、すでにドイツの大艦が示していたように、これらの武装商船が、イギリス艦隊を牽制、分散させて、ドイツ艦隊より劣勢に立たすよう、効果的に行動することを希望した。 　偽装した通商破壊船は、まことに風変りなものだった。 　それは、海上に浮く“ハンドラの箱”〔この箱をあけたら、人類の諸悪が逃げでて、希望だけが底に残ったという〕みたいであった。 　改装する商船は、第一に、速力よりも航続力の大きいものが選ばれた。 　第二に、外見上、ハッキリした特徴のないこと。特徴のないものほど適性だった。 　第三に、偽装の名人でなければならなかった。ニセの国旗をかかげたり、すばやく船名をかえるだけでなく、伸縮自在の煙突やマスト、甲板上にニセの積荷をおいたり、船上にまがいものの構造物をたてたのをはじめ、ときには、平和な船客輸送にあたる商船に見せかけるため、乗組員が女装することさえあった。 　第四に、いちばん重要なことだが、武装商船のどれもが、巡洋艦みたいに執念ぶかくなければならないことであった。 　このため、武装商船は第一次大戦時の“Ｑシップ”〔ドイツのＵボートを誘撃するため漁船や商船を改装したイギリスの武装船〕の戦法を使ったりした。 　武装商船は、軽・重機関銃はむろんのこと、六門から九門の一五センチ砲を装備し、魚雷発射管や機雷を積み、捜索用の飛行機まで搭載した。 　イギリス海軍にとっては、これらの武装商船は、正規の軍艦よりも、はるかにやっかいなシロモノだった。 　武装商船は軍艦にくらべて、正体を確かめたり、追いつめるのがむずかしく、また総計してみると、正規の軍艦よりもはるかに大きな損害をあたえたのである。

ドイツ武装商船「コメート」（43,000トンを撃沈） ドイツ武装商船「アトランチス」 （145,700トンを撃沈し、最大の戦果をあげた）

　「オリオン」は八月二十日、南太平洋の珊瑚〔さんご〕海で激戦ののち「ツカリナ」を沈めた。
　英海軍は、ラプラタ沖海戦で活躍したベテラン巡洋艦「アキレス」に「オリオン」狩りを命じたが、ついに成功しなかった。
　その頃「オリオン」はオーストラリア南岸沖を行動していたからである。
　一九四〇年十月「オリオン」は日本の委任統治領、マーシャル諸島に向い、ここで「コメート」と合流した。
　両前は十一月二十七日、客船「ランジテーン」を沈め、十二月七日から二日間、麟鉱石を産出するナウル島〔南太平洋〕を砲撃し、四隻、約二万一〇〇〇トンの鉱石運搬前を撃沈したのち、補給のためマーシャル諸島に引返し、ついで、別々の行動をとった。
　「オリオン」は新年までに、海上を行動すること二六八日、補給をうけるため一九四一年一月十二日、マリアナ諸島に向った。
　この間「コメート」は十二月二十七日、再びナウル島を攻撃し、燐鉱石工場と貯油タンクを壊し、一九四一年三月にケルゲレン諸島で補給するため、ニュージーランドの南方に向った。
　「コメート」の戦果は七隻、約四万三〇〇〇トン、「オリオン」のほぼ半分であった。

5 さらに軍艦で通商破壊 top

　イギリスは、フランスの降伏、本土侵攻の危機、さらには六月十日のイタリア参戦などによって、重要な艦が地中海にクギづけにされていたので、一九四〇年には、ドイツの武装商船にたいして手がうてなかった。
　このため、ドイツの武装商船は、最初の九ヵ月間の行動で、大きな成果をあげることができたのである。
　一九四○年十月には、武装商船六隻が行動中であったが、今度は、正規の軍艦が行動する順番になった。
　まず最初に「ヒッパー」「アドミラル・シェーア」が通商破壊戦に参加することになった。ノルウェー作戦でうけた損傷が修復ししだい、「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」が、これに続く予定になっていた。
　一方、さらに二隻の有力艦――「ヒッパー」級の第三艦「プリンツ・オイゲン」と戦艦「ビスマルク」――の行動準備が、ほとんどできあがっていた。
　戦艦「ティルピッツ」は、まだ準備中だった。一九四〇年四月にレーダー提督の提案で中止していた空母「グラーフ・ツェッペリン」の建造も再開されていた。
　ノルウェー作戦での損傷から回復した重巡「ヒッパー」は、フランスのサンナゼールを基地として、一九四〇年九月下旬に北大西洋に向けて行動する予定だったが、そのスタートはおもわしくなかった。
　この艦がまだノルウェー沖にいたとき、機関の調子がよくなかったからである。
　九月二十八日、無電傍受によって、英本国艦隊が北海を行動中であることを知ったが「ヒッパー」は機関を修理するため、なんとかしてドイツに戻ることにした。
　「ヒッパー」の修理によって、ポケット戦艦「アドミラル・シェーア」の改装は妨害されなかった。この改装は、厚い装甲の戦闘マストを撤去して、面目を一新するという大がかりなものであった。

ちっぽけな英武装商船「ジャービスベイ」が、すばやく挑戦してきた。船団をかくすため煙幕をはり、船団に分散する時間をかせがせるために、捨て身の砲撃をはじ、めた。だが、むろんそれは一方的な戦いであり“「ラワルピンジ」の悲劇”〔英仮装巡洋艦「ラワルピンジ」が「シャルンホルスト」に撃沈された〕が再現された。 　クランケ艦長は「ジャービスベイ」の“豆鉄砲”で損傷する危険をおかす積りはなく、遠くから二八センチ砲の巨弾をぷっぱなした。 　勇敢な「ジャービスベイ」のフェゲン船長と二〇〇人の乗組員は、二二分間にわたって敢闘した。この間に船団は分散し、夜のトバジが海面をおおって戦いがおわるまでに「シェーア」は五隻を撃沈し、三隻を撃破したにすぎなかった。 　「シェーア」の十一月五日の攻撃は、イギリスの船団護衛体系を混乱させ、それから一週間は、イギリスの港にはいる船団は一つもなかった。 　その後、イギリス軍は、主要船団の護衛には、戦艦をあてるようになったが、それはまさしく、ドイツの水上艦船による通商破壊作戦の狙い――船団護衛のため、英本国艦隊の勢力を弱める――であった。 　「シェーア」にとっては、輝かしい行動の開幕であり、それは五隻の商船を撃沈したことよりも、はるかに大きな損害を、イギリスの戦力にあたえたのである。 　完璧な補給配備に恵まれて「シェーア」は南方に向い、十二月十四日までに、さらに二隻を撃沈し、赤道のすぐ北方で燃料を補給した。 　その頃、はるか北方では「ヒッパー」がイギリス船団を攻撃していた。

ポケット戦艦「アドミラル・シェーア」の艦長テオドール・クランケ。通商破壊戦でめざましい功績をあげ、ヒトラーにみとめられ、のちに西部方面艦隊司令長官になった

　トーベイはただちに、北海〜大西洋間、アイスランド〜フェローズ諸島間の海面を監視するため、巡洋艦二隻を派遣した。英海軍省は、一月二十三日、大バルト海峡〔バルト海入口〕を通航中の「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」を発見したという情報を入手した。そこで、トーベイは本国艦隊を率いて二十六日までに配備についた。
　二十八日の早朝、英巡洋艦「ナイアド」は、アイスランド〜フェローズ諸島間に向っているドイツ巡洋戦艦部隊を発見した。
　「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」は、トーベイ提督の主力部隊――戦艦「ネルソン」「ロドニー」、一九四〇年四月「グナイゼナウ」にノルウェー沖で損害をあたえた「レナウン」の姉妹艦「レパルス」――から攻撃されるために、わざわざ行動しているかのようであった。

9 英艦隊とは戦わず top

　しかし、ドイツ軍のレーダーは機先を制して、イギリス艦隊の接近を捕えた。「ナイアド」がドイツ部隊を発見する少なくとも六分まえに、リュッチェンス中将は英巡洋艦二隻の位置を知ったので、針路を反転して高速で退避した。「ナイアド」は、ドイツ部隊を見失い、再び触接することができなかった。
　リュッチェンス中将は、ノルウェー作戦のとき高速で離脱し、うまいことイギリス軍をまいたことがあるが、今度もおもいきって北方に退避し、イギリス軍に一杯くわせたのである。
　リュッチェンス部隊は、北極海で燃料を補給したのち、再び大西洋への突破をこころみた。
　今度はデンマーク海峡を通ることにし、二月三日の夜、突破に成功した。その翌日の夜、グリーンランドの南方で燃料を補給して南下し、前年十一月に「シェーア」が英海軍をうろたえさせたハリファックス〔カナダ東岸〕航路の海面で、さっそく通商破壊戦を始めた。リュッチェンス部隊はさきの「シェーア」の狩り場で獲物を探した。
　二月八日、「シャルンホルスト」はＨＸ一〇六船団を遠距離から発見した。
　リュッチェンスは、船団を北方から捕捉するため「グナイゼナウ」に別行動を命じた。
　だが午前九時四十七分、突然、英戦艦を発見し、リュッチェンスはびっくりした。
　この戦艦は、英海軍が前年のにがい体験から船団護衛につけた、第一次大戦のベテランで三八センチ砲を装備した「ラミリズ」だった。
　リュッチェンスは、戦艦と戦う積りはなかったので、ただちに退避行動にうつった。

10 神出鬼没の襲撃 top

　「ラミリズ」の見張員が遠距離で発見したのは「シャルンホルスト」だったのだが、「ラミリズ」は、「ヒッパー」型らしい巡洋艦一隻を発見した、と無電で報告した。
　英海軍省は、こうした報告を予期していた。その頃「ヒッパー」か「シェーア」が、英海軍の警戒線を突破して本国に戻ると判断していたからである。
　トーベイ司令長官は、巡洋艦「ナイアド」のこ月二十八日の敵発見報告はま違いだと判断し、本国に引きあげる．ドイツの通商破壊艦がねらいそうな航路を監視するよう命じた。
　しかし、リュッチェンス部隊は、二月十七日まで南方にとどまり、ついでハリフアックス航路に戻った。
　すぐ獲物が現われた。二月二十二日、ニューファンドランドの東方約九〇〇キロで、東航する船団から分離したばかりの七隻の商船の煙を発見したのである。
　リュッチェンス部隊は、五隻、合計二万五七八四トンの商船を沈めた。
　ドイツ軍は、商船の無電警報を電波妨害したが成功せず、英海軍省は有力なドイツの通商破壊部隊が西大西洋で行動していることを知った。
　しかしイギリスにとっては、この情報はあまり役にたたなかった。
　リュッチェンス中将は、英本国艦隊がこの方面にやってくるまで、そこにいる積りはなかったからである。

11 英海軍は追撃にてんてこまい top

　ドイツ部隊は、二月二十六日から二十八日のあいだに中部大西洋で補給したのち、西アフリカ沿岸の通商航路に獲物をもとめて東に向った。
　リュッチェンスは、ＳＬ六七船団か攻撃するチャンスに恵まれたが、船団を護衛している戦艦「マラヤ」の艦載機に三月八日、ベルデ岬諸島〔アフリカ西方〕の北方約六三〇キロで発見されてしまった。
　むろんリュッチェンスは「マラヤ」や「ラミリズ」と戦う積りはなかった。
　そこで、英軍の“敵発見”という無電を傍受したのち西に向い、九日、単独行動の商船一隻を沈め、再び中部大西洋で補給し、ハリファックス航路上に戻ることにした。
　イギリスの有力な艦隊（戦艦「ロドニー」「ネルソン」「キング・ジョージ五世」など）が、帰投のため英海軍の警戒線を突破するか、あるいは、英国に向けて東航する船団を攻撃すると思われる「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」を、手ぐすねひいて待ち構えていたとき、リュッチェンスは、英軍の哨戒線のはるか南方を西航する船団を攻撃して、前回のように成功できるだろうかと考えていた。
　今度は、敵の発見をたぞすくするため、見張りとして二隻の補給艦をともなった。
　その効果は、てきめんに現われた。
　三月十五、十六の両日、リュッチェンス部隊は、一六隻、八万二〇〇〇トンを撃沈した。
　レーダーがドイツ艦を捕え、無電は援助を要求した。
　「キング・ジョージ五世」は、リュッチェンス部隊を発見した「ロドニー」を支援するため急行し、トーベイ司令長官は、北海入口の警戒兵力を強化した。

12 リュッチェンス提督の偉勲 top 　リュッチェンスにとっては、輝かしい勝利のクライマックスだった。 　だが、それは出撃の最後の成功でもあった。 　ベルリンの命令により、帰途についている「シェーア」と、出撃したばかりの「ヒッパー」にたいするイギリス軍の圧力を除くため、リュッチェンス部隊は北大西洋を去らねばならなかったからである。 　そこでリュッチェンスは、針路をブレストにむけ、たくみな回避戦法によって航行を続けた。 　三月二十日、ジブラルタルを基地とする英海軍のＨ部隊〔サマービル大将指揮〕の空母「アークロイヤル」の艦載機が、リュッチェンス部隊を発見した。 　リュッチェンスは、針路をしばらく北方にかえ、飛行機が飛び去ったのち、ブレストに針路をもどした。 　もしも艦載機が、こうしたリュッチェンス部隊の行動をただしく報告していたならば、イギリス軍にとって万事がうまくいっていたかもしれないが、「リュッチェンス部隊が北方に向った」という報告しかされなかった。 　二十一日の夕方、英空軍沿岸航空兵団の飛行機が、再びリュッチェンス部隊を発見したが、すでにフランス海岸から約三二〇キロしか離れておらず、ドイツ空軍機の勢力圏内に入っていたので、イギリス軍は手がだせなかった。 　喜びに紅潮したリュッチェンス提督は、「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」を率いて、三月二十二日の午前、無事プレストに帰った。 　リュッチェンスは、ドイツ海軍史に一ページを飾り、スカパフロー英軍港での自沈いらい、再建されたドイツ海軍戦闘部隊の最もすぐれた指揮官であることを立証した。

13 英艦に偽装した「シェーア」 top

　ここで「シェーア」の終幕と「ヒッパー」の第二次出撃についてのべてみよう。
　「シェーア」は一九四一年一月八日、南大西洋のクリスマスと新年の補結集合点を離れた。
　前年のクリスマスに　「ヒッパー」が打ち漏らした連合国船団にぶつかるのを期待しながら。
　しかし船団は発見できなかった。
　ようやく一月十七日、ノルウェーのタンカー一隻を捕獲し、これを戦利品としてボルドー〔フランス西岸〕に回航させた。
　ここでクランケ艦長は、敵をまどわす新戦法をとることにした。艦をイギリス艦のように塗りかえ、警戒中のイギリス巡洋艦のふりをして、船団を探しもとめた――商船の船長たちは一九四一年一月までに、こうした偽装戦法に慣れていたのだが。
　クランケは、できるだけ艦の横を見せないようにして、高速で獲物に近づいた。
　この場合、たくみに三連装の砲塔をかくした――
　二つの砲身は上にむけ、一つは下に向けて、イギリスの二連装砲塔に見せかけた。
　この戦法はスタートからうまくいった。
　このトリックで、一月二十日に二隻の船をしとめた。
　この両船とも無電警報を発しなかったので、しばらくのあいだ、英海軍省は両船の消息を心配していた。
　クランケ艦長は、かつて「グラーフ・シュペー」のラングスドルフ艦長がしたように、狩り場をかえたほうがよいと考え、インド洋に向った。
中部大西洋で補給したのち、「シェーア」は二月はじめ喜望峰〔アフリカ南端〕をまわった。
　それから一週間は獲物がなく、二月十四日「シェーア」は二隻の捕獲前をつれたドイツ武装商船「アトランチス」と会った。
　「アトランチス」のロッゲ船長は、北方のモザンビーク海峡〔マダガスカル島とアフリカ大陸のあいだ〕方面にいったらどうか、とすすめた。
　確かに「シェーア」は、この方面で新戦法によって成功をおさめ、二月二十日から二日間に三隻を沈めた。
　だが、三隻目の船が無電警報を発したので、英軍の東インド洋部隊が、さっそく行動を始めた。

14 英巡洋艦の哨戒網突破して帰投 top

　二月二十二日、巡洋艦「グラスゴー」の艦載機が「シェーア」を発見したので退避行動にうつった。
　「グラーフ・シュペー」のラングスドルフ艦長が、一九三九年十一月にやったように針路を東、ついで南にかえたのち、南大西洋に向い帰国の途についた。
　帰国途上の「シェーア」艦長クランケ大佐には、喜んだヒトラーから、騎士十字章が授与されるとの報がはいり、クランケ艦長の首には急造された模造の勲章がかけられた。
　「シェーア」は、機関を完全に修復しレーダーを修理し、吃水線付近の舷側のペンキを塗りかえた。
　そして一九四一年三月十一日、再び中部大西洋に向けて出撃した。
　四日ほど赤道付近を行動したのち、「シェーア」は三月二十二日――リュッチェンスの「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」が、ブレストに勝利の帰投をした日――ハリファックス航路の危険区域に入っていった。
　この区域は、一週間前にリュッチェンス部隊が大暴れしたばかりで、蜂の巣をつついたようになっているに違いないと思われたが、リュッチェンスは、うまいこと任務をはたして引きあげていた。
　英海軍の戦艦部隊は、船団護衛にあたるか、あるいは姿を消したリュッチェンス部隊をあてどもなく探していたので、「キング・ジョージ五世」を基幹とする戦艦部隊が、北大西洋の近接路を監視するために派遣されたのは時期が二日ほど遅かった。
　クランケ艦長は、帰国途上の最後のコースで英軍機に発見されないようにするため、シケを待っていた。
　それまで（その後も）の多くのドイツ艦のように「シェーア」は広い範囲にわたる英巡洋艦の監視網を突破して、ノルウェー水域にはいり、三月三十日、無事ベルゲンにイカリをおろした。
　それは最後の五ヵ月間に、全く使用しなかったたった一つの船具であった。
　ついで南下して四月一日、「シェーア」はキール軍港に帰った。
　「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」を率いたリュッチェンス提督の行動は、ドイツの戦艦部隊の代役を勤めたものであり、「シェーア」のクランケ艦長の行動は、ポケット戦艦の役目をはたしたものといえよう。
　クランケは、水上艦がすぐれた通商破壊艦であることを証明した。
　近代ドイツ海軍の軍艦による単独行動で、彼は最大の成果をおさめた。
　五ヵ月にわたる長い冒険行動で「シエーア」は、約八万六〇〇〇キロを航行し、英武装商船「ジャービスベイ」をはじめ一六隻、九万九〇五九トンの商船を沈め、さらにイギリスの船団と護衛部隊の配置を混乱させるという、より重要な任務を見事に達成したのである。

16 英艦隊と決戦の機 top

　その頃、ドイツ「大海艦隊」の成功は、ほとんど頂点に達していた。
　過去一年間の記録は、たくみに配置された補給艦に支援された戦闘部隊と単独行動の通商破懐胎による、輝かしいものだった。
　第一次大戦のシュペー提督の“大平洋のさすらい”について、チャーチル〔当時の英海相〕は「シュペーは花びんの花みたいなもので、見かけはきれいだが、かならず枯れるであろう」とのべたが、この言葉は、一九四〇年から四一年にかけてのドイツ海軍にはあてはまらなかった。
　ドイツ艦隊の成功は、その頂点にちかかったが、まだ達しておらず、英戦闘艦隊との決定的な戦いが残されていた。
　一九四一年三月までに、レーダー海軍総司令官は、このバクチをさえやろうとしていた。
　レーダーは、ドイツ水上艦隊に、最大の冒険を準備していた。
　これは、外洋で「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」と行動をともにするため、ドイツ海軍自慢の戦艦を派遣する“ライン演習”計画といわれたものである。
　この自慢の戦艦「ビスマルク」は、今や数ヵ月の訓練と準備を終り、まさに出撃しようとしていた。