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1　大戦最後まで偉大さ発揮

　一九四五年〔昭和二十年〕の春、機体と翼に黒十字、垂直尾翼にスワスチカ〔カギ十字〕の標識をつけた八機の戦闘機が、ドイツ本国のはるか上空を飛んでいた。
　これはメッサーシュミットＭｅ109Ｇ型戦闘機で、一〇年前に初飛行をして、八年前から戦闘に参加していた。
　ドイツの森や山は、いまや高くただよう薄靄〔うすもや〕によって覆われていた。
それは数千の火砲からでる煙であり、ドイツは戦争の終末段階に突入していた。
かつて空中戦は、欧州各地で行われたが、いまは、ますます小さくなっていく、ドイツ本国の上空に集中していた。

1 ドイツ空軍最後の日 top

　Ｍｅ109Ｇは、九六〇〇メートルの上空を飛んでいたが、これまでのほとんどの空中戦の時よりも、はるか上空であった。
　いまでは、ドイツの上空九六〇〇メートル以上でさえ、連合軍特に米空軍が制空権をにぎっていた。
　時には二〇〇〇機以上におよぶ米軍の四発爆撃機の大編隊は、一〇〇〇機以上の戦闘機に護衛されて、爆撃を敢行したが、一九四五年四月の今となっては、こんな大空中艦隊は、もう必要でなくなっていた。
　それで五〇機ないし数百機の、よく訓練された爆撃機が、編隊をくんで飛来し、残った目標に爆弾をばらまいていた。
　八機のＭｅ109Ｇのパイロットたちは、下を見下した。
　そこには、高度を六六〇〇から七五〇〇メートルにたもって、数百の「空の要塞」Ｂ17が、ほぼ同数の戦闘機に護られて、編隊で飛んでいた。
　ドイツ軍パイロットたちはあたり一面をながめまわした。
　そして、彼らは、速力の早い米軍のＰ51「ムスタング」戦闘機が、待ちぶせるドイツ軍迎撃機を探し求めているのをみた。
　ドイツ飛行隊の指揮官は、この時、思わずひとりで笑ったに違いない。
　それは、確かに皮肉な笑いであったろう。
　この巨大な米空軍の大編隊にたいし、わずか八機のＭｅ109Ｇで、なにができよう？
　攻撃を阻止し、爆弾によって殺される同胞をまもるという点では、ほとんど役にたたない。
　戦争にはずっと前に敗けたが、ただ、終っていないだけのことであった。
　しかし、メッサーシュミット機のパイロットたちは、「空の要塞」数千の防御火器と、「ムスタング」の迎撃のなかにつっ込んでいった。
　彼らは戦闘機のりであり、敵は限前にいる。
　飛び、戦うことができるかぎり攻撃する、これがドイツ空軍魂であり、その最後の日の姿であった。

2 欧州征服の功労者 top

　Ｍｅ109の最初の型は、スペイン内乱〔一九三六年七月、スペインの人民戦線政府と独伊両国に支援されたフランコ将軍派との争い〕に参加し、性能をテストして空中戦に革命を起したのであった。
　Ｍｅ109は、またノルウェーからアフリカヘ、はるかソ連から英国へいたる空を支配したこともあった。
　有名なメッサーシュミット機の設計は八年間にわたり変更と改造を繰返し、終戦時でさえも、連合軍の最高の戦闘機に五分の戦いをいどむことができた。
　それは、空を飛んだ、最も偉大な戦闘機であったともいえる。

　これは元米空軍総司令官カール・スパーツ大将の言葉であるが、ここに、我々がＭｅ109を、世界最高の戦闘機だと判断する根拠がある。
　軍用機の設計が抜群に優秀だという場合は、単に性能がすぐれているからというだけではない。
　高い信頼性、改良が簡単にできるかどうか、そして、なによりも大切なことは、十分威力を発揮したかどうか、ということなのだ。
　ヒトラーの軍隊に、あの大規模な征服を可能にさせたのは、ドイツ空軍であるが、それには、ただ一機種の飛行機が使われたのである。Ｍｅ109がそれであった。
　おそらく連合軍の航空作戦に最もくわしい人物は、英空軍のアシャー・リー中佐であろう。
　彼は『ドイツ空軍』という本を著しているが、それは空軍に関する、極めてすぐれた文献とされている。
　それには次のように記されている。

　リー中佐は以上のようにのべている。

3 戦争末期まで最優秀さ保つ top

　おそらく読者は、Ｍｅ109の設計を“これまで造られたうちで、最も偉大な戦闘機”として、無条件に選ぶことに疑問をもつであろう。
　確かに「ムスタング」の方が、運動性能もよく、速度も早く、航続距離も長く、視界も良好である、と指摘する人もいるだろう。
　しかし、同じ能力をもつ二人のパイロットが、「ムスタング」とＭｅ109に、それぞれ乗った場合、両機の性能が、驚くほど似ていることに気がつくに違いない。
　また戦史家は、いくぶん苦笑しながら、Ｍｅ109が活躍した数年間に「ムスタング」はまだ登場していなかったと指摘するだろう。
　同様の議論は、第二次大戦中の、極めてすぐれた戦闘機とされているフォッケウルフＦｗ190についても、いえるだろう。
　Ｍｅ109は、Ｆｗ190が出現する数年前から、戦闘に参加している。
　また、Ｆｗ190は、あとがら設計されたためＭｅ109が戦闘経験でえたものを利用できたにもかかわらず、高度六三〇〇メートル以上になると、性能がひどくおちた。
　高々度での空中戦で、Ｆｗ190は、英国の戦闘機や、米国の「サンダーボルト」「ムスタング」に、明らかに劣っていた。
　従って、時にはＭｅ109が、Ｆｗ190の上空を援護することさえ、あったのである！
　またドイツ空軍エース〔五機以上撃墜した操縦士への敬称〕たちのなかには、部隊の戦闘機がＭｅ109からＦｗ190にかわった時、いままでのＭｅ109を何故やめるのかといって、Ｆｗ190を拒否した者もいた。

4 Ｂｆ109ではなくＭｅ109 top

　この本――Ｍｅ109の性能研究――では、Ｍｅ109シリーズの、すべての小改装までふくめるつもりはない。
　というのは、小改装は同一型について数多くなされ、またペーパープランで終ったものもおおいからである。
　技術者は、一つの基本設計にたいして、いくらでも修正したいと考えるであろうしそのうえ、全部を含めたリストも、修正や改装を記録したものもない。
　またＢｆ109ではなく、Ｍｅ109にした理由は、米国では公式には、また戦史でも、Ｍｅ109が正確な名称とされているためで、この本では、すべてＭｅ109を採用した。
　Ｂｆはもちろん初期の型をつくった製造会社の、バイリシェ・フルークツォイクベルケ（ＢＦＷ）からきているが、この会社は、一九三八年に社名をメッサーシュミット会社に変更した。
　そして多くの場合、Ｂｆ109はすぐにＭｅ109になった。
　（当時、他にも多くの航空機製造会社があった。
　Ｍｅ109は一九三九年に一五四〇機生産されたが、このうち設計、製作を担当するメッサーシュミット社が生産したのは一五〇機にすぎず、他は、オーシェルスレーベン〔ベルリン南西一六○キロ〕のアゴ社、バーネミュ、ライプチヒ〔ベルリン南西一四〇キロ〕のエルラ社、ＷＮＦ−ドイチエ・ウント・ウィーネル・ノイシュタート社で製作された）

5 三万三千機を生産 top

　おそらく世界中の戦闘機のなかで、Ｍｅ109ほど数多く製作されたものはあるまい。
　総計三万三〇〇〇機以上にも達するのである。
　しかし、それ以上正確に、何機であったかは、だれにもわからない。
　というのは、ドイツだけでも、多くの下請け業者がいたし、また数千機がドイツ以外の国で製作されたり、壊れたのが修理されて“新戦闘機”として登録されたりしたので、記録自体が疑わしいからである。
　といっても、Ｍｅ109が多く製作されたものであることは、疑う余地がない。
　しかも、これらの戦闘機の一部は、数はへっているが、いまなお欧州各国で練習機として活用されている。
　最後のＭｅ109が作戦に飛びたってから、まだ時は余りたっていない。
　だが、戦闘機としてのＭｅ109の役割は、ついに過去の歴史のなかに、いれられてしまった。
　Ｍｅ109は、こんごも長く飛び続けるかもしれない。というのは、他の第二次大戦の名戦闘機と同様、いくつかの型を、いつでも飛べる状態にしておこうとして、努力や時間や金を借しまない愛好者がいるからである。
　ウィリー・メッサーシュミットの傑作が、離陸し、車輪をひっこめ，、機首をあげて、雲のうえに上昇していく瞬間、ひからびた過去の歴史からぬけだし、勢いよく飛行するＭｅ109の、なまなましい歴史がよみがえってくるであろう。