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2　空駆ける“サラブレッド”誕生

　第二次世界大戦にさきだつ数年前の一九三七年初め、スペイン内乱に参加したメッサーシュミットＭｅ109について、ドイツ空軍アドルフ・ガーラント中将は「余りにも数が少なく、また出現が遅過ぎた」と指摘している。
　彼は一九四○〜四一年の頃のＭｅ109について、次のように率直にのべている。

　ＢＦＷ社は、生きるためには生産を続けなければならないが、ドイツ政府からの注文がない以上、会社は外国に注文主をみつけるか、破産するほかないのだと――。
　しかし、ウィンメル少佐は、メッサーシュミットとミルヒ将軍の個人的な対立のほかに、別の要素も関係していることを知っていた。
　ドイツ空軍の多くの将校は、メッサーシュミットが高速単葉機の設計を好んでいるにもかかわらず、高速戦闘機の設計に経験が全くないことから、その設計に不安を抱いていた。
　しかしドイツは、メッサーシュミットとＢＦＷ社の長所を、全く見すてたわけではなかった。
　当時、ドイツのパイロットや空軍指導者のほとんどは、複葉戦闘機の熱心な支持者であった。
　彼らは、敵に勝つための戦闘機の主要性能は、上昇力と運動性――極めて小さい旋回半径に重点をおいた――であると考えた。
　小回りがきけば、敵機の内側に回って、いちばん有利な瞬間に、射撃することができる。
　その点、単葉機は翼面荷重が大きく、従って複葉機にくらべて、小回りがきかない。
　しかも、単葉機は、雛着陸に複葉機より、大きな速力を必要とし、そのためには、より強力で、重い降着装置が必要となる。
　こうしたことから、重量と翼面荷重がいっそう増大して、ついには運動性が劣ることになるからだ。
　だが、ウィリー・メッサーシュミットは、複葉機より単葉機がよいと感じていた。
　多くの人たちが、複葉機がよいという根強い考えをもっていたにもかかわらず、ウィンメル少佐は、メッサーシュミットが新しい戦闘機の設計で、どんな機を生みだすか、ひとつ試してやろうと思った。
　高速戦闘機の設計に経験のないメッサーシュミットは、簡単に失敗をしでかすに違いない。
　もしウィンメル少佐が、戦闘機の契約をＢＦＷ社にあたえ、その飛行機が失敗であることが明らかになったなら、契約が取り消しになるまえに、少佐のクビがすっとぶだろう。

2 四社で戦闘機競作 top

　ウィンメル少佐が、この難問を切りぬける道は、一つだけ残されていた。
　それは、ＢＦＷ社やメッサーシュミットだけと契約するのではなく、ハインケル、フォッケウルフ、アラドの三社をくわえた四つの航空機製造会社に、新型の単葉戦闘機の仕様書を提出するよう指令することである。
　航空機産業をよく知っているものは、複葉戦闘機製造会社の主力であるハインケル、アラドのどちらかが、この激しい競争に勝つと考え、メッサーシュミットやフォッケウルフが勝つとは、誰も想像していなかった。
　設計仕様書では、各社はユンカース社の六一〇馬力Ｊumo二一○エンジンを使用する予定であった。
　しかし、すぐ使えるエンジンの数が、極めて少なかったので、フォッケウルフだけが、これを使用し、他の三社は英国のロールス・ロイス社の六九五馬カケストレルＶエンジンを使用した。
　メッサーシュミットは、自分が最上の設計図を生みだすと、だれからも期期されていないことを、よく承知していた。
　しかし彼は、すぐれた設計家であったばかりでなく、忍耐強い男であった。
　一九三四年の夏までにメッサーシュミットは、設計チームをあつめた。
　彼は自分の片腕として、設計主任にワルター・レセールをえらんだ。
　レセールは一九一八年に、コンドル飛行機会社の設計室主任をつとめ、一六年の経験があり、メッサーシュミットの経験不足をおぎなった。
　メッサーシュミット、レセールおよび設計チームは、この成功にすべてをかける決心だった。
　基本的な考え方は、単純であった。
最も軽く、最も小さい機体に、入手できる最も強力なエンジンを装備し、Ｍｅ108で成功したあらゆる要素を利用すること、であった。
　これはメッサーシュミットの生涯で、最も実り多い決定となった。

3 先駆者Ｍｅ108 top

　英空軍の名テスト・パイロットであり、また高等飛行の主任教官であったジョン・ホークは、Ｍｅ108について、次のようにのべている。

　最初の型のＭｅ108Ａの六機は、一九三四年に造られたが、それは二五〇馬力のヒルスＨＭ8ｕエンジンか、二二〇馬力のアーガスＡｓ17エンジンを装備していた。また各種試験の結果、三枚羽根プロペラをつけていた。
　一九三五年、ＢＦＷ社は改良型Ｍｅ108Ｂについて、三五機の生産契約をむすんだ。
　この機には、アーガスＡｓ10ｅという二七〇馬力の空冷直列エンジンがつけられることになった。
　Ｍｅ108Ｂは、一九三六年に七機が製作された。
　だが翌年は、製造工場がアウグスブルク〔ミュンヘン北西六〇キロ〕からレーゲンスブルク〔ミュンヘン北方一〇〇キロ〕へ移転したため製作が遅れたが、一九三八年には、一貫生産工程ができて一七五機が生産された。
　一九三四年から四二年にかけて、ドイツでは五二九機のＭｅ108が生産された。
　一九四二年から四四年にかけて、工揚がレーゲンスブルクからフランス北部に移転して一七〇機を生産、戦後もフランスの手で生産が続けられた。
　Ｍｅ108Ｂの一グループを引き渡した時、機体の下部で、胴体と主翼をむすびつけている金属部分に、構造的な欠陥があることが発見された。
　この欠陥は、急降下や急旋回をした時、はっきりとあらわれた。
　ルドルフ・ヘス〔ナチ副総統〕は、べルリンのちかくでＭｅ108Ｂを操縦して、驚くべき高等飛行の妙技をみせ、その欠陥を知っている関係者に冷や汗をかかせた。
　彼が飛行機を激しく動かすたびに、死を招いているようにみえたが、着陸後調べてみると、機体と主翼の結合部の金属はすっかり弱っており、まるで壊れかかった飛行機を操縦していたようなものであった。
　ヘスの指示でただちに設計が修正され、その後Ｍｅ108は堅牢で、安全で、性能が極めてよい点で有名になった。

　Ｍｅ109Ｂは六秒以内で三六〇度の横転ができ、自動スラットは、失速した時に翼に揚力をあたえ、急旋回や高速による失速状態でも、完全に操縦できた。
　また補助翼も、どんな場合にも有効に作動した。
　全備重量は一四五○キロ、風速零の時三〇〇メートルの滑走で離陸し、スタートから四二〇メートルで、一五メートル以上の高さとなる。
　重量が一三六〇キロになると、離陸の滑走距離は二八五メートルに減り、スタートから三三六メートルで、一五メートル以上の高さとなる。
　Ｍｅ109Ｂは、時速二五〇キロの巡航速度で飛行している時、方向舵、補助翼も安定しており、バランスがよくとれているので“手離し飛行”もできるほどであった。
　重量一三六〇キロの時、高度一五〇〇メートルの水平飛行における最高時速は、三〇五・七キロだった。
　巡航速度は、毎時二五七キロで、毎時約六〇リットルの燃料を消費した。

5 Ｍｅ108の経験をＭｅ109にいかす top

　さて、肝心のＭｅ109戦闘機の設計にあたって、最も軽く、最も小さい機体に、最も強力なエンジンを装備するという方針から、ウィリー・メッサーシュミットは、またもや失速の問題に直面したのである。
　ジョン・ホークは、次のように述べている。

　このようなＭｅ108Ｂの失速の際のすぐれた復原力を、メッサーシュミットは、Ｍｅ109戦闘機にも残しておきたいと思った。
　メッサーシュミット、ハインケル、アラド、フォッケウルフの四社の戦闘機競争試作は、結局、Ｍｅ109が主力戦闘機にえらばれた。
　そしてドイツは、この戦闘機をもって、他国を攻撃する計画に乗りだすことになった。
　Ｍｅ109には、別の役割があたえられた。
　最初、小型輸送機ないし自家用飛行機として造られたが、いまや飛行学校での戦闘練習機として、使われるようになった。