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3　設計に生命かけたミツチェル

　レジナルド・ミッチェルは、正確な知識と、まれにみる理解力によって、航空工学を自分のものとし、一九三一年のレースに優勝することができたのである。
　彼は風洞試験を行って、競争相手の航空機の性能を研究し、世界中の新しいものや、航空学界が提供する革新的なものは、なんでもただちに採用して改良した。

1 ミッチェルの偉業 top

　彼は一九二八年にスーパーマリン社の支配人となり、その年、英国航空協会の銀メダルを授与された。
　一九二九年には同協会の会員となり、一九三一年には国王からＣＢＥ勲章を授与された。
　彼がもし「スピットファイア」が、実戦において真価を発揮したときまで生きていたなら、さらに高い勲章を授与されたに違いない。
　ヘンリー・ロイス卿は、ミッチェルは決心するのは遅いが、実行するのは早いといっていた。
　彼の性格は、とことんまで精力を集中するのが特徴で、このためにはいかなる障害も絶対に排除した。
　また部下の設計者や技術者の着想を熱心に支持するとともに、すぐれた統率力をもっていた。
　彼はまたパイロットの免許をもっていて、田舎で「タイガー・モス」機に乗って飛行するのを楽しみにしていた。
　彼は典型的な英国人で、パイプをくわえ、ツイードの服を着て、気だてがよく、少しはにかみやで、しかもユーモアにとんでいた。
　しかし部下にたいしては、高い水準の仕事を要求し、部下もまたこれに応えていた。
　主任設計者および技師長として、彼は一九二〇年から三六年までに、爆撃機、飛行艇、水陸両用機、レース用水上機、軽飛行機および迎撃戦闘機二種など、あわせて二四種類の違った型の飛行機を造った。

　ミッチェルは空軍省が推薦した高温冷却のロールス・ロイス「ゴスホーク」〔大鷹〕という実験中のエンジンを使って、新戦闘機の基本となる飛行機を設計した。こ
　れは翼が厚く、大きな流線型のカバーのついた固定脚をもち、全金属製とはいうものの、機体の表面には外板をとめる鋲〔びょう〕の頭がとび出している、不細工なものであった。
　頑丈で航空力学的には堅牢なものではあったが、一九三四年に完成した時、時速三七〇キロしかでなかった。
　ビッカース航空会社およびビッカース・スーパーマリン会社の会長であったスコットランド人技師ロバート・マクリーンは、この不満足な戦闘機を「スピットファイア」〔がみがみ女、怒った猫、火ふき樽などの意味がある〕と名づけた。
　この時の各社の試作戦闘機のなかでは、空冷星型エンジン装備のグロスター「グラジエーター」〔古代ローマの剣闘士〕が、空軍の要求性能を満たしたため量産されるようになった。
　一方、スーパーマリン社では、さらにすぐれた戦闘機の新設計が着々と進められ、引込み脚で座席に覆いをした模型が生まれた。
　ミッチェルは空軍省の仕様書より、はるかにすぐれた性能の戦闘機を狙っていた。
　しかしミッチェルがなにを考えていたか、またロールス・ロイス社の努力によって「Ｒ」に似た大きさのエンジンで、はたしてどれだけの信頼性があり、耐久性のあるものが造れるかはわからなかった。
　ヘンリー・ロイス卿は、脚に多いがあり、屈曲翼をもった「スピットファイア」が飛ぶ前に死んだが、それまでに彼は、軍用機用として約一〇〇〇馬力の、前のレース用のものより実用的な、Ｒエンジン製作の基礎をかためたのである。

4 「マーリン」ＰＶ12エンジン top

　フレデリック・ヘンリー・ロイスは機械ずきの少年で、貧困の中に育ち、苦学力行してモーター製造業者となった。
　おりから世にもてはやされてきた自動車に興味をもち、みずから自動車を造った。
　この自動車が、当時ロンドンで自動車を販売していたチャールス・ロールス卿に認められ、これが縁となって、のちに「マーリン」エンジンをうみだしたロールス・ロイス社が創設されることになった。
　ロールス・ロイス社の研究部は、一九三二年に約六〇〇人の陣容で仕事をはじめたが、のちにロールス・ロイスのエンジンは、英国や米国で一〇万基以上も造られて、各種軍用機に使用され戦争中最も有名になった。
　最初のＰＶ12エンジンは、一九三四年十月にできあがり、全力運転一〇〇時間の試運転に成功した。ついで氷点下七〇度の亜成層圏の高度に相当する状況での試験にも、満足すべき結果がえられた。
　一九三五年四月、ＰＶ12エンジンをホーカー「ハート」〔雄鹿〕と、ドイツから買った商用機ハインケルＨｅ70「ブリッツ」〔電撃〕に装備して試験飛行が行われた。
　ミッチェルは、新しい「スピットファイア」にこのエンジンを使いたいと思ったが、ロールス・ロイス社が計画どおりの信頼性があるかどうかを確かめて、満足するまでには、さらに多くの試験が必要であり、この結果をまたなければならなかった。
　一九三六年十一月、数人のパイロットが分担してＰＶ12装備の試験飛行機ホーカー「ハート」で八日間にわたって、一〇〇時間の飛行をした。
　飛行終了後、エンジンを分解して調べてみると、新品とかわらぬ状態で、ロールス・ロイス社や空軍省の期待以上の成績であった。
　こうしてこのエンジンは「マーリン」と命名され、飛行機製造会社に提供できるようになった。
　この「マーリン」エンジンは、量産の最初から「スピットファイア」、「ハリケーン」、ボールトン・ボール「デファイアント」の各戦闘機、フェアリ「バトル」軽爆撃機および新式多発爆撃機用としての要求がたかまった。

5 改良をかさねた「マーリン」エンジン top

　第二次大戦の始まるまでには、ロールス・ロイス社はその全資材を、航空エンジンの生産に集中するため、自動車の製造をやめていた。
　一九四〇年の英本土航空決戦の時、高速力低高度で侵入してくるドイツ空軍に対抗するため、「マーリン」エンジンは海面高度で出力を四〇パーセント増加された。
　また高々度を飛ぶドイツ戦闘機に追いつくために、高馬力の「マーリン」45が「スピットファイア」に装備された。
　ドイツ軍のＪｕ86Ｐ偵察機がさらに高々度を飛んでくるようになると、「マーリン」はさらに高い高度を飛べるように改造された。
　当時の英空軍の戦闘機よりも高性能のフォッケウルフ190が現れたときは、ロールス・ロイス社は「マーリン」60シリーズを造った。
　このエンジンは二段過給で、過給器で圧縮された空気が、気筒に入るまでに冷却される装置が取付けてあった。
　この過給器によって、一万メートル以上の高度でも海面高度と同じ馬力をだすことができた。
　これはこの高度で、稀薄な空気が六倍に加圧されるからである。
　「マーリン」はまた米国でも生産された。ロールス・ロイス社は、その詳細な図面をパッカード社におくり、パッカード　　「マーリン」の数千基が英米両国の飛行機に使用されたのである。

6 「スピットファイア」で生命縮めたミッチェル top

　Ｆ7／30仕様書を満足させる計画をすすめるかわりに、スーパーマリン社はロールス・ロイス社と協同して、ミッチェルの新式戦闘機を開発することを決定した。
　この時にはミッチェルの着想はすでに設計の段階から、航空機製作の段階にすすんでいた。
　「マーリン」エンジンも試験をおわって準備が完了していたので、ミッチェルは新式戦闘機「スピットファイア」用として、信頼できるエンジンを手にいれることができた。
　スーパーマリン社では、新しい飛行機の名称を、依然「スピットファイア」としたが、この飛行機はミッチェルが航空力学的にすっきりして、飛行性能がよく、強度、速力および火力にすぐれたものを狙って計画したものであった。
　新型機製作の仕事は、ぼう大なものであった。
　「スピットファイア」1型が実戦部隊に配備されるようになるまでに、スーパーマリン社では、実にのべ三三万時間を要した。
　悲しいことに、設計者その人が、癌による苦痛と衰弱のために、仕事にかかる時間がしだいに少なくなり、ついに一九三七年にその生涯をおわった。
　彼は、「スピットファイア」の試作機を造るために働きすぎたのである。

7 ドイツの航空兵力に対抗 top

　ミッチェルはドイツヘいって、ナチの航空戦力をつぶさに視察している。
　彼はハインケル、ドルニエおよびユンカースの各飛行機を知り、またメッサーシュミットが設計したロールス・ロイス「ケストレル」Ｖ型エンジン装備の試作戦闘機Ｍｅ109ＶＩも知っていた。
　ミッチエルは一九三〇年代の初め、日々に増大するドイツの脅威に対抗せねばならぬことを痛感していた。
　「スピットファイア」を造ることは、強大なドイツ空軍にたいする、彼の最大の挑戦であって、その形や性能については、試作機ができるずっと以前から、ミッチェルの頭には、明確に描かれていたのであった。
　そして実物大の木型〔モック・アップ〕の製作は、エンジンの場合と同じく、政府の援助も、受注の保証もなく、彼個人の冒険としてはじめられたのである。

　「マーリン」Ｃは「バザード」にくらべると、それほど冷却を必要とせず、胴体や翼の表面に長い冷却管を取付けるかわりに、左翼の付け根の下に、小型の潤滑油冷却器二個と、エンジン冷却液用の大型冷却器一個が右翼付け根の後端に取付けてある。
　機首後方下面についているのは、気化器の空気取入れ口である。
　六本の排気管はエンジン多いの両側に沿って、平たく取付けられ、操縦席は翼の後縁の上方、長い機首の後方におかれてある。
　このため、離陸のはじめと着陸の終りには、前方の視界が悪い。
　速度計のピトー管は左翼からつきでている。
　製図にとりかかってから二〇ヵ月後に、第一号機がようやく飛行できるまでになった。
　空色の胴体には、エナメルでＫ5054という番号が書いてあった。
　この頃には「スピットファイア」の試作は政府の公認をうけ、性能仕様書もできていた。
　この仕様書によると、新式戦闘機が二秒という短時間内に目標を撃墜するには、少なくとも発射速度が、毎分一〇〇〇発の機関銃八挺を必要としたのである。
　二秒というのは照準器に目標が入っている時間で、こんなに短いのは戦闘機の速力が、極めて早くなったためである。
　この仕様書はＦ16／36で、一九三五年一月にだされた仕様書Ｆ37／34によって、政府が正式に試作機の製造注文をすることになったので、スーパーマリン社は、社の負担で造る必要はなくなった。

10 四発爆撃機も設計 top

　ミッチェルはもう一つ計画をもっていた。
　それは戦闘機同様、革新的な爆撃機で、仕様書Ｂ12／36によるものであった。
　この爆撃機は四発で、後退角のついた主翼をもち、全幅約三〇メートル、機首と尾部に銃座があり、機体中央部にも引込み式銃座がある。
　最高時速は五九五キロ、航続力四八〇〇キロで、そのときの爆弾搭載量は三六〇○キロであった。
　しかし、この爆撃機の試作機は、完成前の一九四〇年に、ドイツ軍の爆撃によって破壊されたため、スーパーマリン社はこの計画をあきらめて「スピットファイア」の生産に努力を集中した。
　レジナルド・ミッチェルが死んだのは、一九三七年〔昭和十二年〕四二歳のときであった。
　彼は一九三三年の手術後に死にかけていたが、回後後も体力がおとろえ、再び元気を取り戻すことはなかった。
　ミッチェルは一九三四年に休暇をもらって欧州大陸へいったが、その後、仕事を辞めるようにという医師のすすめをことわっていた。
　大陸でさかんにドイツが戦争の準備をしているのをみて、彼は祖国のために、優秀な戦闘機を造らねばならないと決心したのである。
　戦闘機を完成し、四発の爆撃機を造るために働き続けた結果、癌にたいする抵抗力を弱めてしまったのであった。