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6　「航空決戦」にヒトラー敗る

　ある戦史家はこの日をもって「英本土航空決戦」の開始といっているが、公式の戦史では、ドイツ空軍がレーダー基地と沿岸飛行場を攻撃した八月十二日を、戦闘開始日としている。
　英空軍に関するかぎり、七月十日以後度々戦闘があり、八月八日にはドイツ機三一機を撃墜し、戦闘機一九機を失っている。
　両軍とも撃墜機数はこれより多く発表しているがこれは多くの場合、善意の計算違いである。
　大きな空中戦の実際の戦果は、戦後でなければ正確なことはわからないものである。

　英軍のレーダーは、ドイツ空軍の爆撃機と戦闘機が、フランス海岸上空で編隊を整えて進攻してくる状況を捕捉できた。
　しかし、レーダーはまだ初歩的なものだったので、それらが英本土に接近した時、高度まではわからなかった。
　このため戦闘機兵団司令部の作戦室では、ドイツ空襲部隊についての別々の情報は、各所の対空監視哨の視認に頼らざるをえなかった。
　そこで防御すべき地点が余りに覆いので、ドイツ機の目標が判明するのをまって、初めて数少ない戦闘機隊をどこへ向けるべきかを判断して指令を下したのであった。
　海峡上空でドイツ空軍の大編隊に出あって、もし、迎撃してこれを阻止することに失敗すれば、英国の飛行場や、レーダー基地やその他の基地は、ドイツ空軍の攻撃にたいしては余りにももろすぎる。
　だから、パーク少将はいかにしても、あらゆるドイツ空軍の攻撃を撃破することに全力を集中するほかはなく、それには敵の企図が明らかになってから、小部隊よりなる各戦闘機隊をもって迎撃することが唯一の方策であった。

　この日、チャーチルは感激していった。
　「人類闘争の戦場で、かつてかくも多くの人が、かくも多くのことを、かくも少ない人に依存したことはなかった」
　翌十六日、ベントナーのレーダー基地がさらに破壊された。
　タングメアの管区基地がひどく爆撃され「ブレニム」三機が破壊、「ハリケーン」七機と他の四機が損壊した。
　ブライズ・ノートンでは、飛行学校の格納庫が火災のため練習機四六機が破壊された。
　空中ではパイロット八人が戦死し、飛行機二二機が撃墜された。
　ドイツ軍の損失は四五機であった。
　八月十八日、ドイツ空軍はさらに七一機を失い、英空軍は飛行機二七機、パイロット一○人を失った。

6 敵味方とわず搭乗員を救助 top

　英本土防空の戦闘中、英空軍パイロットは、明らかに有利な状況にあった。
　それは自国の上空で行動できたからであった。
　かりに撃墜されたとしても、負傷していなければ、すぐ自分の部隊に帰り、少し遅れるだけで再び戦闘にくわわることができたのである。
　負傷者は、ただちに病院に収容された。
　このほか撃墜された飛行機は修理もできるし、あるいは部品を他の飛行機に使うこともできた。
　しかし、こんなことは敵地に落ちたドイツ機には不可能なことであった。
　同じことは、英国内に不時着して捕虜となったドイツ空軍のパイロットについてもいえた。
　イギリス海峡に落ちたとき以外は、味方の救助機によって助けられることは極めてまれであり、また重傷をおったままフランスヘ飛んで帰るということも、ほとんど不可能なことであった。
　英空軍のパイロットは戦闘中、メーウェスト式救命ジャケットをつけていたが、パラシュート・ケースの中にはゴムボートは入っていなかった。
このため負傷していたり、あるいは潮流にながされたりして、溺れた者がいくらかあった。
　戦闘開始の当初は、空と海の救助手段は不完全であったが、やがて捜索機と海軍のランチが救助作業をするようになり、敵味方をとわず、すべての海中の飛行機搭乗員を救いあげたので、英独両国から高く評価された。
　スーパーマリン「ウォールラス」水上機は救助作業で大活躍した。
　英空軍の戦闘機兵団とドイツ空軍とのあいだに、特別の救難用ラジオのチャンネルが設定され、これによってお互いの沿岸のどこにパイロットが撃墜されたかを通知しあうことができた。
　パーク少将は海上でパイロットを失うのを恐れ、指揮下の戦闘機にたいし、陸地上空を離れたり、フランスに向って逃走するドイツ機は迫撃しないように命令した。
　パーク少将はまた、迎撃戦闘中にこっそり侵入してくる敵機に備えて、各基地上空の哨戒を命じていた。
　戦闘機の大部分は味方に損害をあたえる爆撃機を、また一部少数の戦闘機はドイツの護衛戦闘機を攻撃するよう命じられていた。
　もしある管区基地が攻撃目標となっていることがハッキリした時は、その基地の全飛行機は離陸して雲のすぐ下で哨戒した。
　八月二十日、最初のポーランド中隊〔ポーランド敗北後、英国に亡命していたポーランド空軍のパイロットたちで組織されていた〕のパイロットの英語が、飛行中の通信連絡ができる程度に上達したので、彼らはよろこんで戦闘にくわわった。
　そして、まもなくその勇敢さと、身命をかえりみず、敵爆撃機のまっただ中に突撃していく旺盛な攻撃精神とによって、名声をあげるようになった。

7 空中戦闘中の無電連絡 top

　空中戦闘に関する英語の用語は、それほど多くはない。

9 バッキンガム宮殿爆撃さる top

　九月の初めにドイツ空軍は、英国が莫大な損害（誤った情報によってドイツは過大に推定していた）を回復するために、大急ぎで戦闘機を生産していると思われる飛行機工場を探しはじめ、「ウェリントン」爆撃機工場を爆撃した。
　（「ウェリントン」はかってベルリンを爆撃した）
　パーク少将は「スピットファイア」と「ハリケーン」の生産中心地を戦闘機で防衛することを命じた。
　九月七日、ヒトラーの指示に基いて、ゲーリングはロンドン空襲を命令したが、夜通し続いた攻撃によって市民三〇六人が死亡し、一三三七人が重傷をおった。
　九月十一日夜と九月十三日にバッキンガム宮殿が被爆した。
　九月七日、ダグラス・べーダー少佐は「ハリケーン」二個中隊、「スピットファイア」一個中隊を率いて、ドルニエ爆撃機とメッサーシュミット戦闘機の大編隊を迎撃に発進したが、「ハリケーン」一個中隊が迎撃しただけで他の二個中隊は間にあわなかった。
　第十一集団の「スピットファイア」が七五〇〇メートルの高度でＭｅ109を迎撃し、その下方六〇〇〇メートルにいたドルニエ爆撃機四〇機は、「ハリケーン」の二個中隊によって阻止された。
　「ハリケーン」中隊の一つはＲ・Ｇ・ケレット大尉の率いるポーランド人の第三百三中隊である。
　この中隊は六四〇キロの高速で太陽を背にして単縦陣で急降下し、直射距離まで肉薄してドイツ機を攻撃した。
　英空軍はパイロット一九人、戦闘機二八機を失い、ドイツ軍は爆撃機、戦闘機あわせて四一機と搭乗員を失った。

　この日発表されたドイツ機の損害機数は一八五機であったが、戦後の調査では昼間に確実に撃墜されたもの五六機、その夜撃墜されたもの四機であった。
　被弾した爆撃機には、さらに多くの死傷者が乗っており、そのままフランスヘ逃げ帰った。
　この日アドルフ・ガーラントはＭｅ109の中隊を率いて英国上空に進撃し、「ハリケーン」四機を撃墜したと発表していた。
　英空軍の損害は飛行機二六機、パイロット一三人であった。

　同じ複数の「スピットファイア」とＭｅ109との戦闘で、しかも同高度で太陽の位置も中正な時、どちらが勝ちを制するかは、パイロット各人の闘志、能力および経験いかんによって決するのである。
　戦争全期間を通じ、一方が先制攻撃をしたり、高度、機数において、いつも有利であったという戦闘は極めてまれであった。

　この時期には、戦闘爆撃機だけや、または戦爆連合による昼間攻撃は、余り大部隊によるものではなくなった。
　九月、十月を通じて攻撃をうけた飛行場のなかでは、ビギンヒルがドイツ軍の最も重要な攻撃目標であった。
　少数のドイツ機は海上で阻止されたが、その他は海岸線を通過し、目標を爆撃できなかった時は、郊外や町や村に手あたりしだいに爆弾を投下した。
　しかし被害は軽微であった。
　ゲーリングが期待したのは、英国民の士気低下だけであった。
　イタリア空軍も比較的安全な夜間空襲に参加することをドイツ空軍に要請し、フィアット爆撃機一五機をもってまずハリッチ〔ロンドン北東一〇〇キロにある海軍基地〕を攻撃した。
　しかしこうした攻撃にもかかわらず、ロンドン、マージーサイド、ドック地帯その他、残忍無差別な空襲を蒙った多数の町や村の住民は、けっして士気をそこなわれなかった。
　そして米国から英国への補給は妨害されたけれども、ゲーリングが期待したほど完全には遮断されなかった。
　英軍戦闘機兵団の統率は、十月末においても七月の戦闘開始当時と同様に強力であった。

　パイロットは戦えば戦うほど射撃や操縦の腕をあげ、敵に損害をあたえるようになり、将来の戦闘で生残るようになるのである。
　「スピットファイア」は、戦闘機としての優秀さを発揮することによって、「英本土航空決戦」の運命に影響をあたえたのであるが、これにはドイツ軍もすぐ気がついていた。
　ドイツ軍に対抗した戦闘機が少数の「ハリケーン」だけであったならば、ドイツ軍は飛行場、レーダー基地、飛行機工場などの攻撃に固執したかもしれない。
　「スピットファイア」の効果は、ドイツのあの偉大なロンメル将軍の功績にも比すべきものであった。
　彼は優秀な八八ミリ対空砲を対戦車砲に使って、連合軍にたいして北アフリカの砂漠で勝利を収めたのである。
　「スピットファイア」がすぐれた性能をもっていたために、ドイツ空軍では戦闘機の性能を改善すべしとの緊急要請が高まり、英独両国のあいだに、よりよい戦闘機をつくる競争が、戦争の終りまで続いた。