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11 本土の制空権あやうし

　一九四三年〔昭和十八年〕の夏、いよいよ開始されるものと予想された米空軍の昼間爆撃に対処するため、戦闘機部隊のドイツ本国への移動が着々と進められていた。
　同時に、夜間戦闘機部隊も、英空軍によるドイツ各都市への夜間攻撃に対処するため、兵力を増強していた。

1 英、アルミはくでレーダー妨害

　ドイツ本土上空で、最初の一撃をドイツ空軍にくわえたのは、英空軍であった。
　すでにのべたように、地上からレーダー管制されたドイツ空軍夜間戦闘機は、英空軍にはたえがたいほどの大きな比率で、爆撃機を撃破していた。
　もし英空軍が、夜間攻撃をさらに続行するなら、圧倒的なドイツ空軍の夜間迎撃組織を無力化させる、なんらかの方法を考えなければならなかった。
　しかし、その答えは、技術的にはいとも簡単で、いってみれば、小さなアルミニウムはくの帯であった。
“窓”という隠語名で知られているこの帯は、長さ三〇センチ、幅三・七センチの大きさで、弾力のある紐で二〇〇〇本ずったばねられていた。
　飛行機から投下すると、この束はとびちってレーダーの電波を反射する帯状の“雲”を形成し、四発爆撃機がつくる映像と同じ大きさの反射像を、レーダーのブラウン管螢光面にあたえたのである。
　このような束を、一分ごとに各飛行機から投下し、その区域を反射像で飽和させ、レーダー管制による戦闘機の迎撃を、不可能にしてしまうのだ。
　一九四二年をつうじて、英独それぞれの科学者たちは、金属帯の実験を極秘のうちに続けていた。
　そして両国ともに、全く同じ結論――レーダーにたいする、この新しい対応策は、ダイナマイトのような強力なキキメがある――に達していた。
　これが有効に使用されれば、どの国でも、レーダーに依存する夜間の防御をやぶることができる。
　だがその当時、両軍とも、同じ方法で敵に報復される危険をおかしてまで、これを使用するほどの余裕はなかった。

2 ハンブルク空襲に“窓”使用 top 　しかし一九四二年夏までには、英空軍爆撃兵団の攻撃力は、みちがえるほど増強され、一方、ドイツ軍の戦略爆撃機兵力は、東部戦線の損耗のために弱体化してきた。一九四三年七月十五日、英戦時内閣の閣議において、チャーチル首相は、ドイツ空軍に対決して“窓”を使用する許可をあたえた。 　七月二十四日夜、ハンブルクにたいして、七九一機の英軍爆撃機が攻撃にとびたち、この新しい対レーダー兵器が、実戦に使用された。  効果は絶大であり、ドイツ軍の防御は混乱し、レーダーは完全にマヒ状態になった。 　いつものように、ドイツ軍夜間戦闘機はラジオビーコンにより、地上管制官からの指示をまっていたが、なにも来ない。 　そのかわり、空間には困惑したうったえと絶叫の電波がとびかった。 　ドイツ夜間戦闘機のパイロットは、機上のレーダーをつかって目標をもとめようとしたとき、実は、渦巻いて流れる“窓”の雲をねらっていたことを、やがてさとった。 　英軍爆撃機の第一波がハンブルクの上空に達したとき、搭乗員たちは、目標地点で信じられないような光景をみて驚いた。それはいつもの精密な探照灯の操作ではなくて、めくらさがしでもしているようにみえた。 　探照灯の光が交差したところには、たちまち他の光がくわわり、三〇本か四〇本の光線が、そこには何もないのに、巨大な円錐形をつくったのであった。 　探照灯を制御しているレーダーはいまや役にたたなくなり、高射砲に指示するレーダーも同じであった。 　砲手は移動する目標の前方をねらう射撃法をやめざるをえなくなり、そのかわり、暗黒の上空ヘ一発また一発と、めくら射撃を繰返すだけだった。 　その夜、英空軍は、大規模な攻撃力の一・五パーセントにあたるわずか一二機を失っただけであった。 　あきらかに対レーダ兵器“窓”は、めざましい成功をおさめたのである。

ドイツ軍のレーダー方式 1．北ヨーロッパに約30キロの間隔で配置されたレーダー局の、早期警戒レーダー“フライヤ”で敵の爆撃攘を捕捉する。 2．敵機が接近すると、ビームのせまい短距路用のレーダー゛ピュルツプルク4がこれをとらえ、同時に味方の夜間戦闘機をべつのビームで敵機の位置へ誘導する。 3．敵機に接近した夜間戦闘機は装備している゛リヒテンシュタイン、レーダーで敵機を捕捉攻撃する。 ４．ＡＢＣは“ピュルツプルク”レーダーのスクリーンで、ＢＣは高度と方向をしめす。レーダー・ビームが目標を捕捉するとＢとＣの輝線は中央にくる。 abcは連合軍機の投下したレーダー錯乱用のアルミはく“窓”のレーダーの映像への影響をしめす。

　これ以前のハンブルク攻撃でだした六パーセントの損失率をだすものと仮定すれば、約五〇機の損害をうけたはずである。
　四〇トンの“窓”――九二〇〇万本のアルミニウムはくの帯――を落とすことによって、約三五機の爆撃機と二〇〇人以上の練達の搭乗員が救われたのであった。

3 “火の嵐”のハンブルク top

　ハンブルクにたいする最初の攻撃は、ドイツにとってかなりひどいものであったが、もっとひどい攻撃が続いて行われた。　三日のちの夜、英空軍は、七二二機の爆撃機でこの都市を再び襲った。
　前回の攻撃で、市の水道施設と民間防火本部が破壊されていたので、ばらまかれた焼夷弾の奔流は、市内のいたるところに火災を発生させ、それがやがて猛火となって、手のほどこしようもなかった。
　小さな火炎が互いにつながって、熱せられた空気が上昇すると、さらにまた空気がそこへ吹きこんでくる。
　この空気が加熱されて上昇するまえに、炎をあおりたてる。
　この過程が何回も何回も繰返され、その間、炎はさらに高熱を発してキラキラと輝いた。
　それは“火の嵐”というべきものであった。
　まもなく温度は摂氏一〇〇〇度をこえ、猛烈な空気の上昇は、毎時二四〇キロ以上の風になった。
　これはハリケーン〔大西洋におこる暴風、太平洋の台風のようなもの〕の二倍ちかいものであった。
　市民は、地下の防空壕に逃げこんだり、最も安全だと思われた掩蔽壕〔えんぺいごう〕にかけこんだが、そこは悲惨にも、そのまま火葬場になってしまった。
　上空のドイツ空軍は、はじめて“窓”が使用された夜と同じように、全く力を発揮できず、このため、英空軍はこの爆撃で、わずか一七機を失っただけであった。
　七月二十九日の朝、この地区のナチ党指導者カウフマンは、とどまる必要のない市民はすべてハソブルクをはなれるようにうったえた。
　明け方から夕闇のせまるまでに、一〇〇万ちかい市民が、あるいは包帯をまき、あるいは間にあわせにつくった松葉杖にたよりながら、この荒廃した町から流れだしていった。
　七月三十日朝、英空軍爆撃機は、幽霊の町となったハンブルクをまたもや襲った。破壊個所を応急になおした一帯を、さらに切りきざんだ。
　その日午後、ベルリンで開かれた会議で、ミルヒ元帥はつぎのようにのべた。
　「ハンブルクにくわえられた攻撃は、国民の士気に影響をあたえた。
　ただちにこのようなおそるべき攻撃を打破する方法を講じなければ、極めて困難な事態が発生するであろう」

4 “イノシシ”戦法と“ブタ”戦法 top

　そのとき、一人の男があらわれた。
　一九四〇年〔昭和十五年〕六月、プリマス上空で阻塞気球に衝突したハヨー・ヘルマン大尉である。
　一九四四年〔昭和十九年〕夏には少佐に昇進して、爆撃機隊の名指揮官となっていたヘルマンは、ベルリンの近くにある空軍幕僚大学校の戦術教官であり、この独創力のゆたかな空軍将校は、かねがね、新鮮で意表をつく提案を発表するので有名でもあった。
　たとえば、潜水艦から燃料と爆弾の補給をうけることのできる少数の大型飛行艇を使用して、アメリカの都市を攻撃する方法を提案したりしていた。
　ヘルマンの説によれば、もし広範囲に間隔をおいて六隻の潜水艦を配置すれば、飛行艇は着水可能の平穏な海面を見いだすことが、気象上の統計資料から計算して可能であるし、それにより、長期間にわたり攻撃を維持することができ、米軍のかなり多数の戦闘機を、防御のため本国にクギづけにできるだろうというのである。
　また、べつの案では、奇襲部隊をグライダーにのせて、連合軍の航空母艦の飛行甲板に着艦させて、これを捕獲するというのがあった。
　しかし、一九四三年には、ドイツ軍はこのような冒険を試みる余力がなくなっていたので、両案とも、実現には至らなかった。
　その夏のはじめ、ヘルマン少佐は、単座戦闘機による新しい夜間戦闘法を提案していた。
　“ウィルデザウ”〔イノシシ〕とよばれたこの戦術は、敵にねらわれる目標の上に戦闘機を集中させるのである。
　そうすれば、多くの探照灯と地上の火災と英軍誘導機の目標照明弾とがいっしょになって、数キロ四方の空を明るくし、戦闘機が目視で攻撃できるように、敵爆撃機を影絵のごとく浮かびださせるであろう、というのである。
　ヘルマン少佐の案では、精密レーダーを使用しないから、英軍の“窓”のレーダー妨害は、全然効果をあげることができないわけである。
　ヘルマン少佐は、七月のはじめ、ハンブルク被災の前に、小規模ながらこの案を実験して、かなりの成果をえていた。
　そして、“ヒンメルベット”〔天蓋つき寝台〕戦術は無効になってしまったので、彼は、ゲーリングから、一つの完全な戦闘航空団を“イノシシ”戦術任務に、できるだけすみやかにつかせるように命令された。
　この新しい部隊は、第三百戦闘航空団で、そのMe109とFw190は、すべて胴体下に補助燃料タンクをつるして、夜間作戦に必要な大きな航続力をそなえていた。
　“イノシシ”戦術は万能薬ではなかったが――ヘルマン少佐もけっしてそこまでは考えていなかった――少なくとも“窓”妨害にたいして効力のある新レーダー装置が生まれるまでは、ドイツの都市防御にいくらかでも役だてようというものであった。
　レーダーを装備した複座の夜間戦闘機も、目標地区上空で“イノシシ”作戦に参加することができた。
　しかしもう一人、かつての爆撃機の名機長で、いまでは防空の任務についているロスベルク大佐は、この複座夜間戦闘機のもつ潜在能力を完全に活用した“ザーメザウ”〔ブタ〕戦術を提案した。
　彼の考えは、いまでは役にたたなくなった地上の精密レーダー管制塔に、複座戦闘機を“窓”の集中度の最も濃いところへ誘導させ、そこに達したら、搭乗員たちは目視で敵機を発見できるであろう、というものであった。
　ロスベルク大佐は、もし夜間戦闘機の搭乗員たちが“ブタ”戦術を十分にこなしたならば、敵機がヨーロッパ占領地区上空にあるうちは、長時間の追撃戦が可能であろうと期待した。
　ドイツ空軍総司令部が、夜間爆撃にたいする防御策をなんとかとりつくろっているあいだに、事態は、日に日に緊迫したものになっていった。

　フランス、ベルギー、オランダの基地から発進して最初に交戦したドイツ戦闘機部隊は、アメリカ爆撃機編隊がイギリスの基地へ帰還するときにさらに追い打ちをかけるため、着陸後ただちに給油と弾薬補給をするよう命令をうけていた。
　しかし米軍作戦本部もそれを考えていたので、爆弾投下後の編隊は、南方へ地中海上の飛行を続け、北アフリカの飛行場に着陸した。
　しかし、この部隊は、二四機にのぼる損失をうけてしまった。
　しかしこの攻撃が、その日のクライマックスというわけではなかった。
　B27の第一波がレーゲンスブルクの攻撃を終了するまえに、今度は、二二九機の爆撃機からなる第二波が、シュバインフルト〔ドイツ南東部、ニュールンベルク北西一〇〇キロ〕にある軍需上極めて重要なボールベアリング工場群をめざして飛行していた。
　ここではドイツ軍戦闘機パイロットたちは、米護衛戦闘機隊が離脱するのを待ちはしなかった。
　単発戦闘機の航空団が護衛隊と戦っているあいだに、他の航空団は、機関砲と機関銃で米重爆撃機を掃射した。
　やがて護衛戦闘機が引返してしまうと、さらに数をましたドイツ軍の単発戦闘機と双発戦闘機は、米爆撃機編隊をとらえた。
　ドイツ軍戦闘機は、護衛する「スピットファイア」や「サンダーボルト」が燃料が足りなくなって帰還せざるをえなくなるのを、忍耐づよくまって突っこんでいった。
　迎撃戦闘機は、米軍機編隊の前方上方から急降下し、砲火をあびせてとおりぬけ、ついで旋回して後方から第二の攻撃針路にはいった。
　この戦術を何度も繰返しながら、そして、爆撃機の防御用一二・七ミリ旋回機関銃弾の射程距離外から、編隊のなかへ、重量四〇キロの炸裂弾頭をもった二一〇ミリ・ロケット弾をブチこんだ。
　今度もドイツ空軍は、米爆撃機が目標にむかうときからイングランドの基地へ帰還するまで、戦い続けた。
　結局三六機の米軍爆撃機は、シュバインフルト攻撃から帰還することができなかった。
　レーゲンスブルクとシュバインフルトの二方面攻撃で、米第八航空軍は、六〇機のB27を犠牲にし――これは離陸したときの兵力の一六パーセントである――さらに一〇〇機は形がかわるほどに痛めつけられた。
　ドイツ空軍は、二五機の戦闘機を失ったが、大部分の搭乗員は機外に脱出して無事だった。

6 イエショネク総参謀長も自殺 top

　シュバインフルト上空での成功でドイツ中にあがった歓呼の声は、その夜、英空軍の四九八機の爆撃機部隊が、ペーネミュンデ〔ドイツ東部、バルト海沿岸〕にあるドイツの誘導ミサイル研究施設を粉砕したので、たちまちしぼんでしまった。
　これは、空軍総参謀長ハンス・イエショネク上級大将にとっては、最初はスターリングラードで、ついで北アフリカ、シチリア、クルスク、そしてハンブルクでうけた挫折感にもおとらぬ打撃であった。
　イエショネクは、一九四三年のアメリカの膨大な生産計画にかんする情報をすでに読んでいたし、イギリスの飛行場に着実に飛行機が増強されている航空偵察写真をみていたが、それは情報の正確さをしめすものであった。
　一年前、彼は「我々が一九四二年十二月までに勝利をかちとっていなければ、あとの見込みはない」という意見をもらしていた。
　しかしドイツ軍は、一九四二年十二月には勝利をおさめていなかった。
　イエショネクにとって、ドイツ空軍兵力が完全に敵に圧倒されることは、ハッキリわかっていた。

8 新鋭ジェット戦闘機Me262 top

　一九四二年の夏いらい、航空史上革命的なメッサーシュミットMe262ジェット戦闘機が、飛行実験段階にはいっていた。
　この機は、翌年中ごろまでには量産にはいれるだろうと予想されていた。
　最高時速が八〇〇キロをこえるこの新型機は、アドルフ・ガーラント少将〔本書「初めに」の筆者〕から、彼の戦闘機部隊に配属するように強く要望されていた。Me262は、戦闘航空団の任務につく予定であった。
　しかし、ドイツ軍は、本国の昼間の防御には満足な成果をあげていたけれども、爆撃機兵力のほうは、連合軍がイタリア侵攻でサレルノ海岸に上陸したとき、猛打をあたえそこなった痛手から、まだ立ち直っていなかった。
　ヒトラーが、一九四三年十一月二十六日――シュバインフルトの勝利後一ヵ月あまりたったとき――東プロシアのインシュテルプルクでMe262の特別実験飛行を観閲したのは、こうした背景のもとであった。
　テストパイロット、ゲルト・リントナーの操縦により、新型ジェットの試作六号機は、すばらしい飛行ぶりをみせた。
　ヒトラーは、隣に立っていたこの機の設計者ウィリー・メッサーシュミット博士に「Me262は爆弾を携行できるか」と偶然にもたずねた。
　メッサーシュミットも、なにげなく「できます」と答えた。
　ヒトラーの目には、このつやつやと光ったジェット機は、空軍に期待する最も緊急な要求に、応え得る物のように映った。
　これこそ、どんなに強力な敵戦闘機の壁でも突き破り、また北西ヨーロッパの海岸に上陸しようとするいかなる企図をも粉砕でき、快速で、しかも爆弾を携行できる航空機である、とヒトラーは直感的に判断した。

9 Me262生産遅らせたヒトラー命令 top

　十二月五日、ゲーリングは、ヒトラーの空軍参謀の著名のある電報をうけとった。
　「総統は、戦闘爆撃機として任務につくジェット推進航空機の生産のもつはかりしれない重要性について、ここに再び関係者の注意を喚起されている。
　ドイツ空軍が一九四四年春までに戦線の要望に応え得る多数のジェット戦闘爆撃機をもつことが絶対命令である。
　労力および原材料の不足からくるいかなる困難も、空軍の資源を活用して解決せよ」
　数百のジエット戦闘爆撃機が使用可能になれば、連合軍の海上からの侵攻企図に重大な困難をもたらすことになるのは、ほとんど疑いがなかった。
　しかし、Me262を戦闘爆撃機として生産する決定は、この機体が、新しい任務を遂行できるように、大幅な装備変更と改造を行わなければならないことを意味していた。
　しかし、これは時間を要する作業である。
　その結果、この機種の実戦への導入は、約六ヵ月遅延することになった。
　この六ヵ月間に、ドイツ軍は、この大戦中最も重要な空の戦いに破れてしまった。
　それは、ドイツ空軍が、Me262のような高性能の戦闘機〔戦闘爆撃機ではなく〕を欠いていたためであった。
　一九四三年十二月には、国内防空のためには、高性能の戦闘機を必要とはしなかった。
　だからヒトラーが、Me242の最初の生産機を、戦闘爆撃任務に使用すべく決定した時点で考えれば、この決定は合理的ではあった。
　ドイツ上空での情勢に根本的な変化が生じないかぎり、また、ジェット戦闘爆撃機が、いかなる侵攻企図にたいしても、大量に、しかもタイミングよく使用できることになったのであれば、ヒトラーの決定は、妥当なものであったといえるのである。

10 新レーダーで英空軍に対抗 top

　一九四三年の冬、英軍が夜間攻撃につかった対レーダー兵器“窓”に対抗するため、ドイツの科学技術陣は、新しい装置を開発すべく努力をかさねていたが、これがようやく実をむすびはじめてきた。
　新しいレーダー・セットSN2を装備した夜間戦闘機が、作戦に投入できる段階に達したのである。
　SN2は、まえの“リヒテンシュタイン”セットより、はるかに低周波数で作動したから“窓”の雲によって、そんなにひどく影響されることがなかった。
　この新レーダーの導入は、熟練度をました“ブタ”戦術とむすびついて、一九四三年から四四年にかけての冬の夜間戦闘に、大きな威力を発揮することになった。
　一九四三年十一月三日、英爆撃兵団司令官、空軍大将アーサー・ハリス卿は、次のような覚書きをチャーチル首相に送った。
　「我々は、もし米航空部隊が参加してくれるなら、ベルリンをスミからスミまで破壊することができる。
　それには四〇〇〜五〇〇機が必要だ。この結果はドイツにとって、戦争そのものを左右するものとなるであろう」
　これにはウィンストン・チャーチルが反対のしようがない約束であったので、ハリス卿は、のちに“ベルリンの戦い”として知られることになった攻撃を開始する許可をえた。
　しかし、シュバインフルトの攻撃でうけた損害から回復していない米軍は、この攻撃に参加しようとしなかった。
　ハリスは、単独で決行することにきめた。
　この一連のベルリン攻撃の第一回は、十一月十八日夜に行われ、参加した四四四機のうち、未帰還機は、わずか九機であった。
　十一月中にさらに三回、十二月に四回の攻撃が行われた。
　いずれのときも、悪天候がドイツ空軍の迎撃をさまたげ、英軍は重大な損失は免れたが、一方、悪天候のために爆撃もなんら集中的な成果をあげるに至らず、失敗に終った。
　ところが、新年になると、英軍の損失は驚くほど増大し始めた。
　最初の大きな犠牲をうんだ戦闘は、一九四四年一月二十一日で、六四九機の爆撃機が、マグデブルク〔ベルリン西、一二○キロ〕を攻撃したが、五五機が帰らなかった。
　英軍爆撃機の搭乗員は、はげしく応戦したが、ドイツ軍夜間戦闘機七機を破壊しただけだった。

11 ウィットゲン・シュタイン少佐大活躍 top

　このうちの一機に、夜間戦闘機の撃墜王であったハインリヒ・ウィットゲン・シュタイン少佐の操縦したユンカースJu88〔この中型爆撃機は、改造されて夜間戦闘機としても使用された〕があった。
　ウィットゲン・シュタイン少佐は、第二夜間戦闘機航空団の指揮官で、その夜“ブタ”戦術の哨戒のために、ベルリンにちかいシュテンダル〔ベルリン西方一〇〇キロ〕から離陸したのであった。
　ウィットゲン・シュタイン機のレーダー操作員フェルトベーベル・オスタイマーは、その模様をつぎのように回想している。

12 英軍、夜間爆撃を中止 top

　この年、一九四四年には、ドイツ空軍は、英軍の夜間空襲にますます重大な打撃をくわえることができた。
　一月二十八日にベルリンを空襲した英空軍の六八三機のうち、四三機の爆撃機が撃墜され、翌月はさらにひどかった。
　二月十五日、ベルリンでは八九一機のうち四二機を失い、四日後、ライプチヒでは、八二三機のうち七八機を失った。
　三月二十四日のベルリン空襲では、八一一機のうち七二機の爆撃機が撃墜された。
　その二日後のエッセンでは、七〇五機中わずか九機という損失ですんだが、おそるべき被害の総計は、英空軍の顔色を失わせたのである。
　夜間爆撃作戦のクライマックスは、七八一機の「ランカスター」と「ハリフアックス」がニュールンベルク空襲に出発した一九四四年三月三十日にやってきた。
　それは月夜で、気温がひくかったので、爆撃機は背後に濃い白色の凝結した水蒸気の尾をひいていた――これは五〇〇〇から六〇〇〇メートルの高度で飛ぶ英爆撃機には、比較的まれな現象であった。
　同時に、この強風のため、爆撃機の大編隊は密集隊形をゆるめることになり、各機は、ひろく散開していた。
　この夜、ドイツ軍地上戦闘機管制組織は完全にはたらき“ブタ”夜間戦闘機約二〇〇機は緊急発進した。
　迎撃戦闘機隊は長時間英爆撃機の編隊にくいさがり大損害をあたえた。
　英機九四機が撃墜され、四六機が損傷をうけたのである。
　さきにシュバインフルト市は、米軍の爆撃方策の転機をもたらしたが、今度はニュールンベルク市は、英空軍に、べつの転換を強いることになった。
　夜間爆撃機隊は、一時、ドイツ国内ふかく侵入して都市を攻撃することをやめ、そのかわり――それは以前から計画されていたことだが――きたるべき侵攻の準備として、西ヨーロッパの交通網の組織的破壊を開始した。
　一九四三年十月半ばごろは、米軍爆撃兵団はシュバインフルト攻撃の痛手からなお回復していなかった。
　年があらたまると、多くのドイツ人の目には、本国の防空に関して最悪の事態はすぎたのではないかとうつった。
　米軍の昼間攻撃はないし、英軍の夜間攻撃は、ますますひどい損失をうけていたからである。

13 米の新鋭「ムスタング」P51登場 top

　しかし一月になると、ドイツ国民のこの楽観的な期待は、厳しい現実に引き戻されることになった。
　再び巨大な編隊が、ドイツ本国を襲い始めたのである。
　ドイツ軍戦闘機の防御にたいして、米航空軍は対応策をたててきたが、それは、一九四〇年〔昭和十五年〕ドイツ空軍が英国上空の戦闘で試みたのと同じものであった。
　つまり護衛戦闘機である。
　大きな落下式補助燃料タンクを携行したリバブリックP47「サンダーボルト」とノースアメリカンP51「ムスタング」単発戦闘機は、ドイツ上空ふかくまで爆撃機編隊に同行できる航続力をもっていた。
　そして、英国上空におけるMe110とちがい、これらの護衛戦闘機は、ヨタヨタあるきの“カモ”ではなかった。
　P51は、すべての相手よりすぐれた性能を発揮できた。補助タンクはその最高時速を五六キロも低下させたが、いったんこれを落としてしまえば、P52は、これに対抗するMe109、Fw190の重武装による爆撃機攻撃用転換型よりも、時速で八〇キロ以上も速かった。
　「サンダーポルト」は「ムスタング」よりやや速度は遅いが、披弾にたいする強さは、伝説となっているほどすぐれていた。
　一月になると、これらの護衛戦闘機は、ミュンスターおよびキールまで、B27を護衛してやってきた。
　三月には二個の三二〇リットル補助タソクをもったP51は、英国からベルリンまで往復することができた。
　その後、二個の四八〇リットルの補助タンクをもったP51は、一三六〇キロの行動半径をもつにいたった。
　これによってドイツが占領しているヨーロッパのいかなる目標にも、十分往復することができたのである。

14 強敵米護衛戦闘機 top

　これらすべてのことが、ドイツ軍の防空にあたえた影響は、直接的かつ圧倒的であった。
　第十一戦闘航空団第二連隊のMe109のパイロット、ハインツ・クノッケ中尉は、のちにこう書いている。

　ウィリアム・ケプナー少将に指揮された米軍護衛戦闘機隊は、ますます攻撃力を強めてきた。
　ケプナー少将は部下のパイロットたちに、爆撃機の至近距離にくっつくことを強制せず、そのかわり、戦闘から離脱しようとするドイツ軍戦闘機を追撃するかどうかを、下級指揮官の判断にまかせた。
　護衛戦闘機の数が増大するにつれて、情勢は、ドイツ空軍にとって惨憺〔さんたん〕たるものになってきた。
　まず最初にひどい損害をうけたのは、双発戦闘機部隊である。
　たとえば、三月十六日、ドイツ軍第七十六長距離護衛戦闘機航空団第三連隊の四三機のMe110は、アウグスブルク付近で、B27の一編隊に集団攻撃を行った。
　しかし、Me110が砲火をひらくまえに、P51が攻撃をしかけた。
　それは一方的な戦闘であり、多くのメッサーシュミット機が撃墜され、のこりも、基地へかえる途中、ずっと追いたてられ、二六機が破壊された。
　まもなくドイツ軍の双発戦闘機は、連合軍爆撃機にたいする昼間戦闘を、全く断念せざるをえなくなった。

15 苦肉の防衛策もあえなし top

　アメリカ軍が護衛機隊を導入するまえに、ドイツ軍は、頑丈に造られたアメリカ軍爆撃機を容易に破壊できるように、単発戦闘機の打撃力の増加に専念していた。
　しかし、特別に武装を強化することは、余分な重量増加を意味し、これは、ドイツ戦闘機が米軍の護衛機と格闘戦を演じる場合、不利な立湯にたつことになった。
　ドイツ空軍戦闘機部隊の司令官アドル・ガーラント少将は、別個の“重”と“軽”戦闘航空団を編成することによって、この問題を解決しようとした。
“重”戦闘航空団は、大口径の機関砲をとりつけたMe109およびFw190で編成され、爆撃機の攻撃にあたらせ、“軽”のほうは、軽武装したMe109を、護衛隊を追いちらすために飛ばそうというのである。
　しかし、この戦術は成功しなかった。
　米軍は“重”戦闘機部隊に大打撃をあたえることのできる、多くの戦闘機を、しばしば動員したからである。

16 ドイツ本国の制空権失う top

　一九四四年〔昭和十九年〕四月、ガーラント少将は、上司につぎのように報告せざるをえなかった。
　一九四四年一月から四月にかけて、わが昼間戦闘機部隊は、一〇〇〇人以上の搭乗員を失った。
　彼らのなかには、最優秀の飛行中隊、連隊および航空団の指揮官がふくまれている。
　戦闘ごとに、我々は、約五〇人の搭乗員を失いつつある。わが軍の崩壊が目にみえる時がきてしまったのだ」
　ドイツ空軍は、自国上空の制空権すら失いはじめていた。
　ドイツの工業力にくわえられた米軍の昼間爆撃は、目標ばかりでなく、ドイツ空軍戦闘機兵力をも破壊したのであった。
　ドイツ空軍にとって、米軍護衛戦闘機隊の攻撃にたいするただ一つの対応策は、Me262ジェット機であった。
　なぜなら、この機種だけが、米軍戦闘機のウラをかくに十分な速度をもっていたからである。
　しかしヒトラーは、最初の生産機はすべて戦闘爆撃機にするように、すでに命令を発していた。
　この改造のため生産は数ヵ月遅れていた。
　一九四四年の初夏には、いずれにせよ、使用しうるジェット機は、ほとんどなかった。
　イエショネクが、自ら直視するよりも、むしろ死をえらんで避けた大きな災厄は、まさに眼前にせまっていたのである。

単座戦闘機の火力 下図と数字は、各戦闘機の武装と、3秒間に発射可能の弾丸の重量の総計であるが、同型式の兵器でも発射速度が10パーセントくらいちがうことがあるので、これらの数字はおおよそのものである。 　防弾性のたかい米軍爆撃機に反撃するための必要にせまられたドイツ軍は、空対空兵器の開発に力をそそぎ、第二次大戦末期、この分野ではドイツがすべての国をリードしていた。ロケット弾の開発は、やっかいな大口径砲にたよることなく発射弾重量をます一つのこころみであった。 　ロケット弾のぱあしヽ発射重量は弾頭部の重量をしめしている。 　Wgr21は陸軍のロケット臼砲弾を改造したまにあわせの兵器であった。　これは発射後約1000メートルで爆発するように時限信管がつけられていたが、この距離の測定が困難であったのでWgr21による撃墜数はすくなかった。 　これよリ小さいＲ４Ｍロケット弾は触発信管がついていた。これは爆撃機編隊にたいして斉射すると、きわめて有効となる可能性はあったが、実用化がおそすぎ、じゅうぶんな成果をあげるにはいたらなかった。