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8 ドイツ本土防空に躍気

　一九四一年〔昭和十六年〕六月、ソ連への侵攻開始にそなえて、ドイツ空軍は戦力の大部分を東に結集した。
　フランス駐留の第三航空軍は、わずか一三○機のユンカースJu88、フォッケウルフFw200とドルニエDo17を保有するだけで、英国の通商を粉砕する目的で、護送船団攻撃と機雷敷設の作戦をしていた。
　これにくわえて対空防御用として、メッサーシュミットMe109の二個航空団があった。
　ドイツ本国では、工業地帯の防空責任は、はじめ空軍の高射砲部隊にあった。戦前、ドイツ軍は、高射砲の威力を過大評価して、一九三九年八月九日〔第二次世界大戦開始の二〇日ほどまえ〕、ルール〔ドイツ西部の工業地帯〕の防空部隊検閲のあと、ゲーリング空軍総司令官は自信たっぷりに、こうのべている。
　「国民は平和に働くことができなくてはならないが、とりわけルールは最大限の安全が保障されていると思う。
　我々はルールに、敵の爆弾を一発も落とさせない」
　戦争がすすむうちに、この全くでたらめな予言は、ドイツ本土深く飛来する多数の英米軍爆撃機の猛爆撃に、くつがえされることになった。

　ドイツ空軍夜間戦闘機の兵力は、一九四一年中に着実に増大し、年末には約三〇〇機になった。
　また、有効度のたかい装置をもった地上レーダー監視網は、著しく延長された。
　このレーダー網は、巨大な鎌のような形となり、柄の部分は北から南ヘデンマークを通り抜け、刃の部分は北ドイツ、オランダ、ベルギー、東部フランスからスイス国境まで、曲線をえがいてはりめぐらされていた。

　「総統は、イギリスにたいする航空攻撃を、さらに増大せよと命じている。
　目標をえらぶときは、市民生活に最も影響すると思われるものへの攻撃が優先する。
　港湾および工業地帯のほか、ロンドン以外の都市にたいしても、報復のための激烈な攻撃を遂行すべし。
　この攻撃のため機雷敷設は規模を縮小する」
　こうしてドイツ空軍の対英報復爆撃の第一回攻撃は、四月二十三日の夜に決行され、第二爆撃航空団のDo217〔Do17の改良型〕からなる四五機の爆撃機が、エクセター〔イングランド南西部〕を攻撃した。
　この最初の攻撃は失敗したが、翌日の夜六〇機をもって第二回攻撃を敢行し、エクセターに重大な損害をあたえた。
　三日目と四日目の夜の目標はバース市〔イングランド西部、ブリストル東方〕で、二五〇機の爆撃機は、またもや損害をあたえた。
　しかし、ドイツ空軍がバース市を攻撃しているときでさえ、英空軍爆撃機隊は、四夜にわたり一連の焼夷弾攻撃で、ドイツの都市ロストック〔リューベックの東方〕を組織的に破壊しつつあった。
　ヒトラーは、その知らせをきいたとき、怒りに我をわすれ、四月二十六日、激越な口調で演説し、私はベデッカー〔ドイツの有名な旅行案内書出版社〕の案内書をとりよせ、英国の都市が一つ一つ破壊されていくごとに、しるしをつけていくであろう」と絶叫した。
　これにより英国では、このドイツの一連の空襲は“ベデッカー攻撃”として知られるようになった。

3 英国の古都ねらう top

　バース市の攻撃のつぎは、ノリッジとヨーク〔ともにイングランド中部、北海寄り〕であった。
　それから二日の休みをおいて、ドイツ空軍は、五月三日に再びエクセターを攻撃した。
　ドイツ空軍の目標にたいするねらいは、きわめて正確であった。
　爆撃機は激しく襲いかかり、恐るべき火の手は、どっしりした中世ふうの木造建築物をなめつくし、市の大部分を焦土と化してしまった。
　五月下旬にドイツ空軍は、さらに防衛力のよわい町や市をねらい、イングランド南岸のカウズ、プール、中部北海よりのハル、グリムスビーなどを爆撃し、古い大聖堂のあるカンタベリー〔ロンドン東方約一〇〇キロ〕の町も攻撃された。
　一九四二年になると英本土の防衛態勢は、前年にくらべて、いちだんと強化され、そうたやすくは攻撃できなくなってきた。
　そこで、ヒトラーの意図した“ベデツカー攻撃”の当初の情熱は、まもなく消滅してしまった。
　最後の攻撃――七月末、バーミンガム三回とハル一回の攻撃――では、ドイツ空軍は二七機の爆撃機を失い、しかもほとんど戦果をあげることができなかった。
　一九四二年初頭からの九ヵ月間をつうじて英国爆撃を担当した第三爆撃航空団（Do17の部隊）が、三ヵ月ごとに一回のわりあいで全兵力にほぼひとしい飛行機と搭乗員を失った。
　この影響は重大であった。
　ソ連戦線への出動要求が大きくなっても、この損失への補充は全くされず、一九四二年初頭に八二組の搭乗員のいたこの部隊は、九月には、わずか二三組が残るだけになってしまった。

4 英米空軍もドイツ爆撃 top

　第三航空軍が英国攻撃にあえいでいるとき、英空軍爆撃兵団は、ますます力をましていた。
　五月三十日、一〇〇〇機以上のイギリス爆撃機隊は、ケルン〔ドイツ西部、ライン川ぞい〕を攻撃して大損害をあたえた。
　カンヒューベル防御線の脅威もあるので、英軍爆撃機は、往復にこの線を横断するときは、ドイツ軍の手を足りなくするため、小さな編隊で各所に分散して飛行した。
　一九四三年の秋から冬にかけて、新型四発爆撃機が多数配備されるに従って、英空軍の攻撃は重圧をましてきた。
　ゲーリング空軍総司令官は、ドイツ各都市の安全性に関する一九三九年の予言〔本章前文参照〕を修正せざるをえなくなった。
　一九四二年十月四日に「空からの攻撃をふせぎ、国民生活を安定させるよう、私は、人道上の立場から、できるかぎりのことをこころみる」とのべた。
　ドイツ空軍にとって、さらに困難がくわわってきた。
　一九四二年八月、連合軍航空部隊の昼間爆撃攻勢が始ったのである。
　はじめ米陸軍のB17爆撃機は、フランス、オランダ、ベルギーの周辺をこえては飛行しなかったので、たいした脅威にもならなかった。
　そのためドイツ軍戦闘機パイロットは、この新しい敵に対抗する方法を考えだす時間をかせげた。
　はじめ彼らは、この重武装のB17　「空の要塞」に、ある恐れをいだいていて、近距離に接近して攻撃をくわえるのを嫌っていた。
　しかしまもなく、この爆撃機の機関銃は、それほどの威力がないことがわかったので、戦闘機パイロットは、もちまえの攻撃精神をすぐに取戻した。

5 B17は前方から攻撃 top

　メッサーシュミットMe109と新型のフオッケウルフFw190で編成された第二戦闘航空団司令官エゴン・マイヤー少佐は、B17の防御火力と装甲板の比較的よわい前方から攻撃する戦術をあみだした。
　この方法を使って、彼の部隊は、多くの勝利をあげたのであった。
　一九四二年末、ドイツ本国の防空態勢は、四〇〇機ちかい夜間戦闘機と約二〇〇機の昼間戦闘機からなり、地上の対空防御は六〇〇の重高射砲隊（八八ミリ、一〇五ミリ、一二八ミリ砲）、三〇〇の機関砲隊（二〇ミリと三七ミリ砲）、二〇〇基の探照灯陣および四〇の阻塞気球隊からなっていた。
　それまでは、これらの防御組織は、英軍から相当な難物とみられていたし、また米軍機が昼間にドイツ本国深く侵入するのを十分防いでいた。
　しかし月日がたつにつれ、連合軍は兵力を増強し、経験を積み重ねていたので、一九四三年には、ドイツ本国上空で、激烈な航空戦があるだろうと、予想されていた。

6 短期戦のねらいが長期戦に top　

　スターリングラードの敗戦以来、ドイツ空軍総司令部の見解には、大きな変化が生ぜざるをえなくなった。
　最早ソ連での急速な勝利は、望むべくもないこと、また同時に、ドイツ空軍は、長期戦にたいする準備に欠けていたことも、明らかになってきた。
　もともとドイツ空軍は、再建された当初から、電撃的な短期決戦を前提として、開戦後三年間で決着をつける計画で編成されていたのである。
　それゆえドイツ軍は、急速な勝利をえるためには、しばしば危険をおかし、また何度かそれに成功してきた。
　従って、スターリングラード空輸作戦のときのように、空輸部隊を増強するため、訓練部隊から飛行機と教官を大量にひきぬいても、勝利とともに戦争が早期に終るのであれば、べつに大問題とはならなかったのである。
　しかし現実には、一九四三年初頭になると、ドイツ空軍は練達の搭乗員が欠乏して深刻な危機に直面することになった。
　搭乗員養成計画の破綻とともに、新型機の開発生産も総体的に遅延減少をきたしてきた。
　ほとんどすべての機種について、一九四三年初頭に大量に使用されていた軍用機は、開戦時に開発されていたものであり、　ただ一つの例外は、フオッケウルフFw190戦闘機だけであった。
　そしてすでにのべたように、最も重要な新型機のハインケルHe111重爆撃機とメッサーシュミットMe210長距離戦闘爆撃機の開発生産は、技術上の支障で停滞し、この時点では、まだ完全に対策ができていなかった。
　このためドイツ空軍は、旧式になったMe109、Me110、Ju87、Ju88およびHe111の追加発注をせざるをえなくなった。
　Me109とJu88の最新改造型は、それでもまだ第一級の軍用機として通用したが、Me110、Ju87、He111は、最早改良の余地もなく、全く論外であった。
　ドイツ空軍が連合軍に遅れをとり始めたのは、質の面ばかりではなく量においでも同様であった。
　アメリカの膨大な工業力、資源の大部分が、軍用機の生産に振り向けられるにおよんで、ドイツの航空機生産のペースを大幅にひきあげないかぎり、ドイツ空軍は、どうにもならなくなることは明白になった。
　ミルヒ元帥は、一九四一年末、ウーデットの自殺後、その任務をついで以来、新型機の補充改善に成果をあげてはいたが、まだまだほど遠いものであった。
　生産を向上させるためにとった一つの方法は、占領した国々から航空機の熟練工をドイツにつれてきて、労働力を増強する計画であった。
　効果的に募集するため、高賃金と余分の食糧を支給するという特別条件をだした。
　これは外国人には魅力になったが、ひとたび英空軍の空襲が始ると、彼らを引留めておくのは、むずかしくなった。

7 慰安所つくリ労働力を確保 top

　この問題について、ミルヒの主催したある生産会議の席上、メッサーシュミット社のルヒト、ココタッキーの二人がミルヒとかわした興味ある対話が、その事情をよく伝えている。
　ルヒト「最近新しい問題がでてきた。外出を許したフランス人のうち、半分しか戻ってこない」
　ミルヒ「東側の労働者は八〇パーセントはかえらない。私は、彼らを外出させるべきではないと思う」
　ココタッキー「我々は外出を全く禁じています」
　ミルヒ「彼らが出ていかぬように、なにか他に楽しませるものをあたえなくてはなるまい」
　ルヒト「もう一ついわせていただきたい。我々の第一級の専門家たちも帰ってこないのです」
　ミルヒ「私はどのみち、一流の専門家はガッチリと掌握する――そのつもりだ」
　ルヒト「しかし、彼らは結婚しています。外出規則をどうするかが問題です。」
　ミルヒ「よろしい。彼らになにか他にあたえよう。君たちは、ここに適当な慰安所を建てよ。よく働いたものには女をあたえる。君たちは頭を国家安全の業務にだけ使えばよい。彼らには『我々と一つに団結せよ』と話せ。金はいくらかかってもかまわない。そんなにはかからぬはずだが」
　ラース「そのようなことをやっている特殊な周旋業者があります」
　ミルヒ「ラース君、我々のために面倒をみてくれないか。君は物知りだね。いろいろなことを知っているのには驚いた」
　ラース「私は、フライの神〔北欧神話の実りと平和の神〕がやってくれる、といいたかったのです」
　ミルヒ「うまいことをいうね。きみに四方八方かけずりまわらせるわけにはいくまい。私の命令をもっていってくれたまえ」

8 連合軍、ドイツ本土を痛打 top

　一九四三年のはじめの数ヵ月のうちに“この年はドイツ上空での激しい航空戦がみられるだろう”という予想が、現実のものとなってきた。
　一月二十七日、米第八航空軍は、五五機のB17でウイルヘルムス・ハーフェン〔ドイツ北部の軍港〕への昼間攻撃を行い、連合軍の爆撃作戦に新局面をひらいた。
　三日後、ゲーリングには無念なことに、英空軍の「モスキート」〔蚊〕爆撃機もまた、白昼にベルリンを攻撃した。
　一月二十七日から七月中旬までのあいだ、米第八航空軍は、四〇回の爆撃を行い、そのうち二七回は、潜水艦基地と軍需品集積所が目標であり、のこりは工業地帯と飛行場であった。
　これらの攻撃の大部分は、ドイツ本国内よりも、むしろヨーロッパの披占領国内を目標にしたもので、その規摸はひかえめのものであった。
　ただこの期間の末期には、一〇〇機以上の重爆撃機が参加するのが普通になっていた。
　それで、ドイツ空軍は、米航空軍が戦略爆撃兵力をたえず増大していることがわかっていたし、ドイツ本国はもっと厳しい攻撃に見まわれるだろう、と予期していた。
　一方、英軍の夜間爆撃は、航路誘導機に“オーボエ”〔木管楽器の一種〕と“H2S”という精密な爆撃レーダー装置をつけたので、その効率はめだって向上した。
　一連の強烈な攻撃で、エッセン、デュッセルドルフ、ボッフム、ドルトムント、クレフェルト、ブッパータル、デュイスブルク、ウィルヘルムスハーフェン、およびキール〔161ページ地図参照〕は、すべて重大な損害をうけたのである。
　これらの脅威に対処するため、ドイツ軍は、空の防備力を増強した。
　一九四三年の初めから七月末まで、西部に配置された単発戦闘機の兵力は、六三五機から約八○○機となり、夜間戦闘機兵力は、四一四機から六〇〇機以上に増大した。
　三月以降ドイツ空軍は、米軍の昼間爆撃機にたいして、かなり多くの夜間戦闘機も出撃させた。
　暗闇のなかでの接近戦に慣れていた夜間戦闘機の搭乗員たちは、味方の単発戦闘機より大きい損失をうけるのが常であったが、その航続力の大きいことを利して爆撃機編隊を追尾してドイツ国内を遠く広く飛行しうる利点があった。

9 迎撃態勢を強化 top

　軽武装のMe100GとFw190Aのバイロットたちは、B17やB24と交戦して致命的損傷をあたえるのがむずかしいのを、早くから気がついていた。
　そこでMe109は、武装を二〇ミリ機関砲二門、七・九ミリ機関銃二挺から、機関砲三門、一三ミリ機関銃二挺へ増強し、Fw190Aは二〇ミリ機関砲二門、七・九ミリ機関銃二挺を、二〇ミリ機関砲四門、一三ミリ機関銃二挺へ強化した。
　一九四三年の夏には、単発および双発戦闘機の多くは、二〜四基の二一○ミリ・ロケット発射管を主翼下面に備え付けるように改造された。
　この非誘導式ミサイルは、アメリカ爆撃機の防御砲火の射程外から発射できるものであった。
　時を同じくして、高射砲兵力もまた大幅に増強された。個々の重砲台の火力は、四門から六門へ、そしてさらに八門に増加され、同時に、新型のより強力な一〇五ミリおよび一二八ミリ砲が八八ミリ砲の補充として、大量に実用化されたのである。
　このようにして、ドイツ軍の空の防御は、大規模な戦闘にたいして態勢を整えていった。
　だから爆撃機編隊の大集団が、昼間、防御陣を突破して戦いを強行した「英本土航空決戦」と同じ方式がここに再現されるとしたら、ドイツ空軍は、すでに用意が整っていたといえよう。
　また英空軍の夜間攻撃にたいしては、防衛軍は、かなりの戦果をあげ、一九四三年六月中に、二七五機を撃墜したのである。
　“ヒンメルベット”地上レーダー監視所の網の目は、なおも拡張を続け、夜間戦闘機数の着実な増加とあいまって、英空軍の損失を増大させうる希望が、生まれたのであった。
　ともあれ、ドイツ本国上空の航空戦のクライマックスは、長くまつまでもなく、目前に迫っていることがハッキリしてきた。