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4 厚かった英空軍のカベ

　ドイツ陸軍が、イギリス侵攻を計画し始めたとき、その計画は、ミューズ川でのやりかたと同じものであったが、規模だけは大きかった。
　この二つの作戦は、水の障壁をわたるという点は同じで、規模の大小だけが、ちがっていたのである。
　だから、イギリスでも防衛軍の頭をさげさせるのに、急降下爆撃機は、砲兵の役割りを果すはずであった。
　だがそれには、ドイツ空軍は、まず戦場の制空権をもたなければならなかった。
　ゲーリングは、いままでの敵のうちで最も手ごわいイギリス空軍を全滅させるには二週間（ヨーロッパの他の空軍なら二日間で十分だったが）は、たっぷりかかるであろう、と覚悟していた。
　一九四〇年〔昭和十五年〕七月に、さらに多くの戦闘機隊と爆撃機隊をくわえた第二、第三航空軍が、イギリス海峡沿岸に基地をおいた。
　七月十七日までに、二つの航空軍の飛行機は合計二六〇〇機に達した。
　　水平爆撃機　　一、二〇〇
　　急降下爆撃機　　　二八〇
　　単発戦闘機　　　　七六〇
　　双発戦闘機　　　　二二〇
　　偵察機　　　　　　　一四〇
　そのほかノルウェーには、一九〇機をもつ第五航空軍があった。
　　水平爆撃機　　　　一三〇
　　双発戦闘機　　　　　三〇
　　偵察機　　　　　　　 　三〇
　そして対英作戦で、ドイツ空軍の主要な任務は、強力なイギリス空軍を抹殺することと、港湾や輸送船を攻撃して、イギリス国民の死活をにぎる海外通商路線を遮断することであった。

1 機雷作戦で幕あけ top 　ドイツ軍は七月中旬、かるくさぐりをいれる程度の攻撃と機雷敷設によって、対英作戦を開始した。 　ドイツ空軍の機雷作戦の一場面を、つぎに描写してみよう。 　七月二十二日夕刻、第三十爆撃航空団第七中隊長ハヨー・ヘルマン大尉の指揮する五機は、ドイツ西部のツウィッシェナーンを離陸した。 　ユンカースJu88爆撃機は、それぞれ二個の五〇○キロ磁気機雷を搭載し、プリマス湾〔イングランド南部の港湾都市〕をめざした。 　空中から機雷を投下することは、非常にむずかしい。 　まず第一に機雷投下は、時速三〇〇キロ以下でしなければならない。 　さもないと、パラシュートが裂けやすく、また着水時に機雷のデリケートな機構が損傷する恐れがある。 　また機雷は、浅い海域や艦船がひんぱんにとおる水路に正確に敷設されなければならない。 　このように正確を要するために、投下高度は、最大限一〇〇メートルである。 　もしこれ以上の高度だと、パラシュートもろとも風で遠くにながされる恐れがある。 　そんなわけで、離陸するまえにヘルマン大尉と隊員たちは、目標を注意ぶかく検討した。 　彼らは巡航高度の五三〇〇メートルでイギリスヘむかい、北東からプリマス湾に近づくことにきめ、プリマス上空で一〇〇メートルまで降下し、水路西側に機雷を投下し、南西海上へ脱出することにした。 　ヘルマン大尉は、目標地区の上空に時間どおりに到着し、半月のうす明かりのなかで海岸線と港を観測した。 　暗くてよくみえないが、部下の後続機はついてきている。 　彼らは、プリマス郊外の北東上空で機首を南西にむけ、そして位置についた。

　エンジンをしぼり、急降下制動板をひらき、同時に機体を“頭あげ姿勢”においた。
　こうして目標にむけて、静かにゆっくりと機を降下させていった。
　ヘルマン大尉は、奇襲はうまく成功するだろうと思った。}
　彼がいよいよ突入態勢に移ろうとすると、水路西側が視界に飛込んできた。

2 Ju88、気球におぶさる top

　ところが、突然、月明りのなかに、影絵のように大きなソーセージ形の物体が、目の前に現れた。
　ヘルマン大尉はゾッとした。
　それは、阻塞（そそく）気球であった。本能的に機体を旋回させようとしたが、効果がなかった。
　ユンカース機は失速寸前の低速で飛行していたので、操縦性が失われていたのである。
　ハッと気がついたときには、すでに遅く、気球と衝突していた。
　いや“衝突した”というのは、あまり正確な表現ではなかろう。
　機体はやや機首をあげた姿勢でゆっくりと降下中であったから、“気球の上に降りた”といったほうが正確であろう。
　それはともかく、機内の搭乗員たちにとっては、キモをつぶすような経験だった。
　気球には、きわめて燃えやすい水素ガスがつめられている。
　ところが気球は伸縮性があるので、衝撃力を吸収して、爆撃機の速度を殺してしまった。
　気球とこのふしぎな荷物とは、一緒に急速に落下していったのである。
　「それはわずか二、三秒のことだったが、一時間にもかんじられた」
　のちにヘルマン大尉は、こう回想している。
　「そのとき、私は、英軍の探照灯が、下からではなく上から照らしているのに気がついた。
　我々は、すでに気球からはなれ、速度ゼロの状態で裏がえしになり、操縦性を失って落下しつつあったのである。
　私は、まるで五〇階の建物から落下しながらピアノをひいているように感じた」
　ヘルマン大尉は、急降下制動板をピタリと閉じ、エンジンをフル回転させたが、操縦性は取り戻せなかった。
　最早機体を見捨てるほかに方法はないと思われたので、乗員に脱出するように叫んだ。
　操縦室の天蓋のうしろ半分にある脱出用ハッチが飛び去ったとき、冷たい空気がさっとながれこんだ。
　と、ほとんど同時に、舵がきくようになった。
　ユンカース機は、プリマス市街上空一〇〇メートル以下のところで、奇跡的に水平に回復することができた。
　搭乗員にとって幸いだったのは、脱出するヒマがなかったことである。
　この道化じみた行動を追った探照灯に目がくらみながらも、ヘルマン大尉は、正面前方に、めざす防波堤を認めた。彼は、　すでに完全に警報がいきわたり、探照灯のきらめく防御のかたい港湾地区（彼はこれを“鳥カゴのなか”と形容した）　へ、まっすぐに、低く、低速で飛行していた。
　ヘルマン大尉は、歯ぎしりしながら全速で対空砲火の弾幕へ突っこんでいった。
　防波堤にさしかかったとき、機雷を投下した。
　四方八方から曳光弾の光のすじが、体をかわそうとする爆撃機を追跡したが、このユンカース機には、魔法がかかったように、ついに一発も命中しなかった。
　防御砲火をかわすや、ただちに機首を東にむけ、ヘルマン大尉は二時間後にオランダのゾエステルベルクに奇跡的に着陸した。
　このJu88は、厳しい試練をうけたにしては、損害はかるかった。
　両翼の急降下制動板がまがり、塗装がはげおちたぐらいであった。
　プロペラはまがりもせずキズあともなかったから、たぶん気球の布面とは接触しなかったのであろう。

3 「英本土航空決戦」始る top

　小規模な作戦や輸送船攻撃は「英本土航空決戦」〔バトル・オブ・ブリテン〕として知られている戦闘が本格的に開始された八月十三日（ゲーリングはこの日を“鷲の日”とよんだ）まで続けられた。
　この日、ドイツ空軍は、ポートランド、サウサンプトン、さらにまたハンプシャーやケントの英軍飛行場にたいして、四八五機の爆撃機と一〇〇〇機の戦闘機をくりだして、大がかりな攻撃をくわえた。
　この戦闘で、ドイツ軍は四五機、英軍は一三機を失った。二日後、ドイツ空軍は戦闘機一二六六機、爆撃機五二〇機を出撃させた。それは、英戦闘機基地を粉砕するための決定的な手段ともみえた。
　しかし、イギリス空軍は果敢に反撃して、ドイツ空軍の七五機を撃墜したが、自らは三四機の戦闘機を失った。
　十六日にドイツ軍は、再び同じ攻撃をしかけて一六機を、さらにその二日後には、七一機を失ってしまった。
　このような戦闘は、八月下旬から九月上旬まで続いた。しかし、九月の第一週が終る日、ベルリンがイギリス空軍の空襲をうけたあとで、ゲーリングは、ロンドンを爆撃の主要目標にするよう命令した。
　英国民の士気をくじくためであった。
　九月七日の午後、六四二機の戦闘機にまもられた三九二機の爆撃機が、ロンドン攻撃に出発した。
　英戦闘機兵団の司令部は、飛行場へのさらにべつの攻撃があるものと予想して、戦闘機を配置していたので、数機のドイツ機は帰還飛行中に手ひどく撃たれた。
　しかし大部分の爆撃機は、妨害をうけることもなく、目的地に達することができた。
　ロンドンの波止場地区はとくに激しく攻撃され、火につつまれた貯油タンクからは、黒煙の雲がまきあがった。

4 ゲーリングの豪語もむなし top

　その夜、ゲーリングは、愉快そうに発表した。
　「ロンドンは炎のなかにある。この歴史的な時期に、わがドイツ空軍は、敵の心臓に、はじめて一撃をくわえた」
　それにもかかわらず、二日後の攻撃では、強力な英戦闘機の反撃にあい、二八機を失ってしまった。
　このときまでに、ドイツ空軍では、上から下まで全階級をつうじて「ドイツにとって容易なことでは勝てない戦いである。だが、結局は勝利をかちとるであろう」という実感が浸透しつつあった。
　一体、なにが手ちがいだったのだろう。
　事実、これまでは、ドイツ空軍はつねに勝利を得てはいたが、それは気楽にガムをかんでいるようなものでなく、むしろ、かみきって、勝ち得たものであった。
　すぐれた戦闘力をもつ英空軍戦闘機兵団を粉砕するには、彼らを空へおびきだして撃破するか、地上で破壊しなければならなかった。
　しかし、やがてわかったことは、武装のおとるドイツ爆撃機は、その機関銃では英軍機のするどい攻撃をかわしきれず、強力な戦闘機の護衛のもとにのみ、はじめて目的を達しうる、ということであった。
　また大型双発のメッサーシュミットMe110長距離戦闘機は、小型ですばやい単発の「スピットファイア」や「ハリケーン」の敵ではない、ということも明らかになった。

5 航続距離が短いMe109 top

　そこでドイツ爆撃機を護衛する任務は、英戦闘機と対等にたたかえる、ただ一つの単発戦闘機Me109にかかってきた。
　このため、すべての戦闘行動は、Me109の航続距離によってきまることになった。
　のちには、ほとんどすべての戦闘機がつけた落下式補助燃料タンクも、当時、Me109には装備されていなかったので、行動半径はせいぜい一九○キロしかなかった。これは英軍の短距離迎撃機も同じであった。
　〔当時すでに中国大陸で実戦に使われていた零戦の航続距離は独英戦闘機の数倍であった〕
　だからMe109は、カレー地区にある基地から、やっとロンドンぐらいまでか、あるいはシェルブール地区の飛行場からポーツマス〔イングランド西部、イギリス海峡にある港〕の少しさきぐらいまでしか護衛できなかった。
　護衛機は、フランス海岸から目的地までか、少なくとも海峡へでるまでは、爆撃機に同伴しなければならなかった。Me109は、空戦に必要な燃料を考えれば、ロンドンまでの往復距離をとぶのが精いっぱいだったから、戦爆連合(戦闘機と爆撃機）の編隊は、フランス海岸から目的地まで一直線にとび、それからまっすぐに帰らねばからなかった。
　このようにコースにゆとりがないので、英軍の防御は、非常にやりやすかった。
　また、この戦闘をつうじて、爆撃機の護衛準備という点で、ドイツ軍にはやっかいな問題があった。
　編隊をくんだあと、フランス海岸線を横ぎるとき、各戦闘機隊は、その護衛すべき爆撃機をみつけることになっていた。しかし戦闘機と爆撃機との無線通信は、原始的なものだったので、この連繋をとる作業は、しばしば困難になった。
　毎日のことだが、一つの編隊にすぐ他の編隊がつづく、たくさんの独立爆撃機編隊は、二、三分のうちに、そして海岸線をよぎるほんの三、四キロのあいだに、じぶんたちに割りあてられた護衛戦闘機隊と会わなければならなかった。
　これは、わずかなミスもゆるされず、もし、まちがった場合は、戦闘機隊は、指定されなかった爆撃機編隊とくんでしまう。そうなると、ある爆撃機隊は、護衛戦闘機を二重にもち、ある爆撃機隊は、全くゼロで出撃することもあった。
　護衛のない爆撃機は、イングランド上空で、ひどい損失をうけるのが常であった。
　そこで英空軍戦闘機兵団司令官ダウジング大将は、戦闘機隊の大部分を、Me109の行動半径外の飛行場にうつすことによって、ドイツ軍の攻撃を、高価な犠牲をともなうものにした。
　この戦闘をつうじて使用しうるMe109の数は、英軍の「スピットファイア」と「ハリケーン」の数とほぼ同じであった。しかし英軍戦闘機は全土に展開しなければならなかったが、Me109は南部だけに集中すればよかった。
　だが、ドイツ空軍にとっては、他に不利な条件もあったので、これはかならずしも単発戦闘機の数的優勢を意味することにはならなかった。
　ロンドンにたいする戦爆連合の大損模な空襲は、九月十五日に二回にわたって行われた。
　午前の攻撃隊は「スピットファイア」および「ハリケーン」の二四個中隊のうち二二個中隊と交戦し、午後の攻撃隊は、英空軍がさらにくりだしてきた三一個中隊と交戦した。
　南部イングランドの上空では、激烈な空中戦が至るところで展開された。

6 片肺で爆撃、帰還したバラスコ機 top

　ところで、ドイツ空軍が直面した難敵は、英軍戦闘機だけではなかった。
　その日、He111を操縦していたオットー・フォン・パラスコ少尉は、つぎのように回想している。

　しかし、戦闘爆撃機はわずかな爆弾しか携行できず、またこのような爆撃機で高々度から正確な爆撃をするには、それなりのむずかしさがあったので、たいてい爆弾はひろい地域に分散してしまい、集中破壊はいつも失敗した。だから、こうるさい空襲の域にとどまった。
　英空軍をたたきのめそうと企てた戦いは終った。
　しかも英戦闘機パイロットたちは、まえと同じく余力をのこし、活動的であった。
　七日十日から十月三十一日までのあいだに、ドイツ空軍は、九一五機の英戦闘機を破壊したが、一七三三機を失っている。
　十月はじめのころは、日中攻撃するメッサーシュミット機は、ただドイツ空軍の存在をしめすために、ロンドン上空に現れるにすぎなかった。
　ここにおいて、ドイツ軍の主要な爆弾攻撃は、日中をさけて夜間におこなわれるようになり、それにつれて英軍の防御は、はるかに効果のうすいものになった。
　夜間爆撃は、さかのぼって八月に開始されていた。八月二十八日とそれにつづく二晩、ドイツ軍爆撃機の強力な部隊が、リバプール〔ランカシャー州。イングランド第三の都市〕を攻撃した。
　ついで九月七日、ロンドンにたいするいわゆる“夜の電撃戦”が始り、その日から十一月十三日までのあいだ、ドイツ軍は、平均一三〇機からなる攻撃隊で、ほとんど毎夜のように爆撃をくわえた。

9 「クニッケバイン」誘導装置 top

　これらの大規模な夜間爆撃で、ドイツ軍搭乗員は、目標をとらえるのに、「クニッケバイン」〔卵いりの火酒〕ビームをさかんに使用するようになった。
　「クニッケバイン」装置は、強力な電波ビームによって飛行機を誘導する装置で、この発信所はドイツ、オランダ、ノルウェーにもうけられ、英本土の攻撃目標地点にビームが交差するように配置されていた。
　ドイツ爆撃機の通信士は「クニッケパイン」の信号を簡単な受信機でとらえることができた。
　点音か長音のどちらかだけが、繰返しきこえていれば、誘導ビームのいずれかの側にいることになるが、一様な音調がきこえれば、ビームの中央にいることがわかる。
　ドイツ軍は、目標の位置を指示するのに、はなれた場所にある二個の「クニッケバイン」送信機を使った。
　その一つは、目標に接近する飛行機を誘導するためのものであり、もう一つは、目標上で前者と交差し、爆弾投下地点に達した時機を知らせるためのものであった。
　「クニッケバイン」は簡単な装置で、ドイツ軍のすべての双発爆撃機に装備されていた。
　そしてこの装置は、ドイツ爆撃機をかなり正確に目標へ誘導することができるはずであった。
　しかし、英国民にとって、実に幸運だったのだが、ドイツ軍が「クニッケバイン」の真価をためす機会は、ついになかったのである。
　この電波誘導システムを実戦的にテストするため、ドイツ空軍は、七月と八月のはじめ、すでにのべたプリマス湾へのヘルマン大尉の機雷敷設出撃に似た、さぐり攻撃のあいだに、「クニッケバイン」装置をためしてみた。
　そして、ドイツ軍は、この装置の実戦的価値について、多くの資料をえることができた。
　しかし、イギリスの情報機関も、ドイツにおとらず活動を続け、大気のなかに点音と長音でえがきだされるものの大きな意義と危険とを、早くも予測していたのである。
　チャーチル首相の直接命令により、英空軍は「クニッケバイン」を妨害する特別機関を組織した。方法はまことに簡単だった。
　強力な英軍の地上送信機が、ドイツ軍のビームの周波数にあわせて、長音符号を発振する。
　ドイツ機の搭乗員は、ビームの長音側にいるときは、味方と英軍の二つの長音をきく。
　飛行機がビームの中央をぬって飛んでいるときは、味方の一様の音調と英軍の長音をきく。
　そしてビームの点音側にいるときは、点音と長音をきくので、さっぱり見当のつかない状態におちこんでしまう。
　いろいろ苦労をかさねて、英軍の電波妨害担当機関は、八月なかばまでに準備を整えた。その月の終りから始った猛烈なドイツ軍の夜間攻撃に、ちょうど間に合った。
　それは、全く息づまる競争であった。
　ドイツ軍爆撃機の搭乗員は、「クニッケバイン」は英国上空では無用なものになったことを発見した。
　そして、彼らは、英本土内で正確に目標を発見する方法を失い、結局、夜間爆撃の効果はあがらなかったのである。

11 英軍に電波妨害される top

　しかしすでに、英国情報機関は“Ｘ”装置の調査に全力をあげていて、このビームを妨害して役にたたなくする装置を製作中であった。
　十一月十九日、バーミンガム〔イングランド中央。ロンドンにつぐ大都市で、最大の工業地帯〕にたいして、ドイツ空軍がコベントリーの戦果を再現しようとしたときは、英空軍は、すでに準備を整えていた。
　第百爆撃連隊は、市を発見するのが困難なので、市の南に二、三ヵ所の小さな分散した火災をおこさせただけで終ってしまった。目標を失ってグルグルさまよったあげく、ついに広範囲に爆弾を投下してしまったのである。
　攻撃は失敗し、つぎの夜、同じ目標をねらったが、やはりみじめな結果に終った。
　そのあと毎月、第百爆撃連隊は、多くの攻撃隊をみちびいたが、英空軍がくりだす妨害電波が、しだいに進歩したため、コベントリー爆撃のような成功は、その後二度と繰返されなかった。
　一九四〇年も年末に近づいたころ、ドイツ軍は、先導機が目的地にうまく達するもう一つの装置“Ｙ”装置を採用した。
　しかし、再び英軍は、これを見やぶり、妨害に成功したのであった。
　電波妨害がない場合でも、ドイツ軍は、オトリの火事場（“ヒトデ”とよばれた）に悩まされた。
　“ヒトデ”は誘導するドイツ爆撃機をまよわせるために、イギリス軍自身が火をつけたものである。

　英国にたいする昼間攻撃がつづいているあいだ、ドイツ空軍の第四十爆撃航空団第一連隊は、独力で大西洋上の輸送船攻撃を展開していた。
　この部隊は、フォッケウルフFw200「コンドル」四発爆撃機を配備されたドイツ空軍では数少ない長距離爆撃機連隊で、フランスとノルウェーの数ヵ所に基地をもっていた。
　「コンドル」はこれらの基地のあいだを往復し、英本土西海岸付近の船舶を攻撃した。
　一九四○年八月から一九四一年七月までの期間は、第四十爆撃航空団第一連隊にとっては、よい日が続いた。
　「コンドル」機のパイロット、ベルンハルト・ヨーペ大尉は、回想していう。
　「イギリス輸送船団は、かなり大規模なものでも、ほとんど対空防御なしで航行していた。
　『コンドル』機はほんのわずかの爆弾しか携行できなかったが、船舶を攻撃するときは、きわめて低く突入することができた。
　海上約三〇メートルでつっこみ、爆弾を投下後、船のマストすれすれに飛越ししたものである。
　この戦法を使って、一九四一年の一月から三月までに、第一連隊は、八八隻、三九万トンの船舶を撃沈した。
　出動できる『コンドル』の機数が、八機以上ということはまれであっただけに、この数字は相当なものだといえよう」
　しかし、ドイツ軍にとって、これはあまりにも話がうますぎた。
　やがて事情はかわりはじめ、連合軍の輸送船団は、しだいに強力な対空火器を備えるようになった。
　そして「西インド諸島にある基地使用の権利と交換に、五〇隻の米海軍旧式駆逐艦を英海軍に供与する」という英米間の基地・駆逐艦協定に従って、輸送船団をまもるために、さらに多くの護衛艦がつけられることになった。
　そのため一九四一年の春以後、「コンドル」爆撃機の低空攻撃は、しだいに危険の多いものになった。

14 奇襲攻撃に不適な「コンドル」 top

　こうなると、ドイツ軍が重大な損失をうけずにやるには、奇襲攻撃をかけるしかなかった。
　そこで、大型爆撃機の「コンドル」は、雲から雲へと身をかくしながら船団にしのびより、チャンスとみるや、高速で、まえよりいくぶん高く、さっと、襲いかかった。
　そして、たまたま目前に現れた最初の船を攻撃したものである。
　最早過去にやったように、一番太ったエモノを、ヒマをかけてゆっくりえらぶことなどは、思いもよらぬ事態になった。
　一回かぎりの急速な爆撃突入を行い、対空砲火がひらかれるまえに、さっと退避した。奇襲の要素がしだいになくなるにつれて、ドイツ軍は、恐慌をきたすほどの損失を重ねた。
　フォッケウルフFw200「コンドル」にも、使用限度があることがハッキリしてきた。
　というのは、商業輸送機から改造されたこの爆撃機は、構造の弱体と、長距離飛行のための補助燃料タンクの重量とで、多くの損傷にたえられなかったからである。
　ところで、「コンドル」で編成された有名な第四十爆撃航空団や、フランスに残された二個戦闘航空団のような例外はあったが、一九四一年〔昭和十六年〕になると、始めはチョロチョロながれる小川のどとく、やがて五月になると洪水のごとく、ドイツ空軍の大部分は、ソ連攻撃にそなえて、東へ移動した。
　この戦力は、東方を攻略してから約六週間――これはソ連を降伏させうると期待したヒトラーの見積もりであった――で、あらためてイギリスを攻撃するため、フランスに帰還させる計画であった。
　だが、じっさいに、爆撃機がフランスに戻ってきたときは、最早以前の力強さは、みるかげもなくなっていたのである。
　英国を打倒する三段階にわたる攻撃は、このようにして終った。第一段階は英空軍を一掃して、空襲にたいし無防備ならしめることであった。これが失敗に終るや、ドイツ軍は人口密集地帯を昼間（第二段階）、そして夜間（第三段階）爆撃することによって、英国民の戦意を喪失させようとしたが、これもまた失敗した。
　またこの全期間をつうじてドイツ空軍は、着実に増大したＵボート〔ドイツ潜水艦〕の勢力とともに、英国のヘソの緒――死活に関する食糧、原材料、武器を米国や英連邦諸国から運ぶ輸送船団――をひきちぎるべく奮闘した。
　しかし、英軍は「コンドル」の戦法をいち早く見こしてしまった。潜水艦の脅威をおさえるには、いくらか時間を要したが、それもなしとげたのであった。

15 “無敵ドイツ空軍”の神話いまいずこ top

　さてこの章にのべた「英本土航空決戦」を戦争の転機として、どのでいどまで評価することができるだろうか？
　たしかにこれは、ドイツ空軍の終末のきざしを意味するものではない。
　なぜなら、ドイツ空軍は、なおも健在であったし、大戦一年目にあげたのと同じような、大きい勝利を獲得しつつあったからである。
　しかし重要なことは、はじめてドイツ空軍の全力が動員されて、そして失敗したことである。
　この空軍は、戦術的空軍力として訓練され、装備されたものであり、戦略的武器として使用されたときは、ほとんど、かならず失敗した。
　また、イギリスとの戦いで、ドイツ空軍は、飛行機の大損失をまねいたばかりでなく、さらに悪いことには、多数のベテラン搭乗員をなくしてしまったのである。
　“無敵のドイツ空軍”の神話は、かくして、永久に打ちやぶられてしまったといえよう。