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12 連合軍、ノルマンジー上陸

　ドイツ本国にたいする強烈な連合軍の爆撃攻勢は、ヒトラーに、英国各都市への報復攻撃をちかわせることになった。

1 再び英本土へ報復攻撃

　一九四三年十二月三日、ゲーリングは、西部戦線の爆撃機隊司令官ディートリヒ・ベルツ少将につぎのような訓令を送った。
　「敵のおそるべき攻撃に復讐するため、英国で強烈な空の戦いを展開する決心をした。
　そのためには、各都市、とくに工業地帯と港湾施設に、集中攻撃をくわえよ」
　この計画は“シュタインボック”〔アルプスの岩山にすむ野生のヤギ〕作戦という呼称をあたえられた。
　一九四四年の初頭までに、ドイツ空軍は、欧州西部にJu88、Ju288、Do217、Me410およびHe177（この型の機は発動機の発火問題がまだ解決していなかったが、任務についていた）などの四〇〇機ちかい中型および重爆撃機を集結した。
　これにくわえて、Fw190をもつ第十高速爆撃機航空団の戦闘爆撃機部隊があった。
　ペルツ少将は、一九四四年一月二十一日の夜、英空軍がマグデプルクを攻撃していた時刻に、英国の首都ロンドンに攻撃を開始した。
　ドイツ軍爆撃機は計四四七機が、密集隊形の二波をもって攻撃した。
　しかし強力な英軍の防戦にあって、攻撃部隊は重大な損失をうけ、ほとんど成果をあげられなかった。
　一月二十九日、またもロンドンにたいして、二八五機で攻撃したが、一回目よりはいくらかましではあったが、二回の攻撃を合せると、ペルツ少将が温存していた兵力から五七機、出撃した機数の七・八パーセントを失ってしまった。
　“シュタインボック”作戦において、Ju88およびJu288からなるヘルムート・シュミット少佐の第六十六爆撃航空団第一連隊は、主力攻撃隊のために目標指示の任務についた。
　その実施方法は、主力部隊が到着する二、三分まえに、シュミット隊の一番機が高々度――およそ一万メートル――で目標上空にたっする。
　照明弾を投下すると、その光のなかに、他の後続機が低高度で突入し、はっきりと区別できる白、緑、黄色の目標弾を投下する、というものであった。
　ドイツ空軍は、二月中に七夜にわたりロンドンを襲い、十八日と二十日には、集中した攻撃を二回行った。
　三月になってからは、攻撃の焦点を、ヨーロッパ大陸侵攻用船団を組織していたイギリスの港湾にうつし、ポーツマス、プリマス、ウェイマス、ブリストルおよびファルマスなどを攻禦した。

2 プラッセ上等兵の戦闘記録 top

　これらの戦闘のいくつかに参加したドイツ空軍のルディ・プラッセ上等兵の回想から、この攻撃が、ドイツ軍からみてどうだったか、うかがい知ることができる。
　プラッセは、第二爆撃航空団のJu288に搭乗する航空士兼爆撃照準手として、数回“シュタインボック”作戦に参加した。
　彼は、五月十三日と十四日の夜、ブリストルに九一機で行った攻撃における、彼の任務についてのべている。
　彼のJu288は、ハンス・エングルケ曹長操縦のもとに、ブルターニュ半島のバンヌを午前零時三十分に離陸した。
　五〇〇キロ爆弾と五〇キロ爆弾を各二個搭載していた。

　Ju288はそれからなにごともなく、午前三時五分にバンヌに帰着した。
　英軍の記録によると、この攻撃でドイツ空軍は六機の爆撃機を失っている。
　この攻撃が、プラッセの目にうつったほど成功ではなかったことがわかる。
　その夜、英国の地上に落とされたと記録されている八三トンの爆弾のうち、わずか三トンばかりがブリストルの市街に落ちただけだった。
　一九四四年には、英軍の“オトリ火災”組織は、極めて有効になっていたのである。〔4章11節参照〕

3 連合軍ノルマンジー上陸 top

　“シュタインボック”作戦は一九四四年五月末には消滅し、従事した部隊は、その痛手をいやすべく、うずくまっていた。　しかし休養期間は、実に短かかった。
　というのは、六月早々に、連合軍がフランスの北岸ノルマンジーに上陸したからである。
　ドイツ空軍の爆撃をうけた英国全土の被害は、相当ひどかったが、いまこの大陸侵攻上陸作戦に用意されたものに比較すれば、無にひとしいというべきであろう。
　連合軍の西ヨーロッパヘの侵攻が、そういつまでもおくれることはあるまいということは、一九四四年の春になると、ドイツ空軍にもハッキリしていた。
　しかしそれにもかかわらず、ソ連戦線で強烈な圧力をうけ、また本国の防空に忙殺されていたので、ドイツ空軍は、この脅威にそなえるべく部隊を移動させることが不可能だった。
　たとえば、東部ではソ連軍の大攻勢が予想されるので、五五〇機の地上襲撃機をとめておかねばならなかった。
　このため西部のシュベルレ元帥の第三航空軍は、連合軍のイタリアのサレルノ上陸を阻止するために投入された兵カ――効果をあげられなかったが――よりも、なお幾分弱少な地上攻撃兵力を集結できただけだった。
　六月五日、連合軍がノルマンジーに上陸する前日、第三航空軍は八一〇機の飛行機からなっていた。
　しかし、戦術偵察機の少ないことは深刻なもので、この機種にぞくする飛行機は、わずか二五機であった。
　第三航空軍のうちで最も有力なのは、南フランスに基地をおく第十航空兵団の二〇〇機からなる対輸送船団攻撃部隊であった。
　Hs293と「フリッツ20」誘導ミサイルのどちらか、または魚雷を装備されたこの兵団の各飛行機は、連合軍の上陸突撃波にたいして攻撃の先頭をきるように計画されていた。
　とくに誘導ミサイルをもつ第四十爆撃航空団のHe277は、大きな戦果をあげるだろうと期待され、その部隊の士気も極めて高かったのである。

4 圧倒的に優勢な連合軍空軍 top

　侵攻の第一日、連合軍航空部隊は三〇〇〇機以上の爆撃機、五〇〇〇機以上の戦闘機および戦闘爆撃機で行動した。
　ドイツ軍の第三航空軍は、全く圧倒されてしまい、橋頭堡地区に突入しようとした部隊は、護衛戦闘機に寸断されてしまった。
　また、昼間の対船団攻撃作戦は、全然問題にならないことが、すぐにわかった。
　第十航空兵団が、集結した輸送船に夜間攻撃を試みたときも、夜間戦闘機と対空砲火によって重大な損害をうけた。連合軍の船団護衛隊は、煙幕をたくみにつかって、誘導兵器の効果的使用を阻止したのである。
　連合軍は、侵攻開始からの一〇日間に、ドイツ空軍の攻撃によって、わずか五隻の船を失っただけであった。
　連合軍部隊が上陸すると、ドイツ軍は、かねて計画していた増強配置を実行し、飛行機を他の戦場から投入した。
　六月十日までに、三〇〇機の戦闘機と一三五機の爆撃機が、ドイツ本国およびイタリアから到着し、第三航空軍は、連合軍にたいして一〇〇〇機以上の兵力を保有することができた。
　この兵力は、第三航空軍としては、これまでのうちで最強のものであったが、それでもドイツ空軍は、数のうえで、約八対一ぐらいの比率で圧倒されていた。
　かつてドイツ空軍は、地上攻撃専門の飛行機が欠乏していたので、本国防空にたずさわる迎撃部隊を、地上攻撃任務にうつそうと試みたことがある。
　しかし、迎撃機のパイロットは、地上目標の攻撃法について、全く訓練されていなかったので、戦果より損失のほうが、ずっと多かった。
　こんなわけで、上陸した連合軍を地上襲撃機で撃破しようという、ドイツ空軍の作戦計画はアダ花に終った。
そのうえ、強力な連合軍のドイツ軍後背地区への攻撃は、ドイツ空軍を、防御に大わらわという状態に追いやった。
強圧をうけるドイツ軍地上部隊は、自力で身をまもらねばならなくなった。
しかも、戦闘爆撃機に改装するMe262計画が遅延したため、ジェット機の飛ぶ姿はどこにもみられなかった。

5 機雷敷設も焼け石に水 top

　海上での連合軍の防御力は強力で、ドイツ空軍のミサイルと魚雷による船団攻撃計画は断念せざるをえなくなった。
　このかわりに、ドイツ軍は、連合軍船舶の通過する浅い海域に機雷を敷設しようとつとめた。
　七月の末までに、ドイツ空軍は一五〇〇回以上出撃し、各種あわせて三〇〇〇から四〇〇〇個の機雷を敷設した。
　連合軍にとってこの戦術は、かなりの痛手になった。新しく開発されたドイツ軍の水圧機雷は、掃海法が極めてむずかしく、船が浅い海域をとおるときは、カタツムリがはうようにゆっくり進まねばならなかった。
　この新型機雷は、七月末までに、駆逐艦七隻、掃海艇二隻、輸送船および補助船舶一七隻を沈没させた。
　積み重ねられた効果は大きく、連合軍の進撃に困難と遅延をもたらしたが、結局、ドイツ空軍のこの作戦は、決定的なものとはなりえなかった。
　ドイツ軍が、せいぜい望みえたのは、上陸した連合軍の橋頭堡拡大を遅らせることであり、第三航空軍の劣勢を考えれば、なんらかの影響をあたえるものとしては、この機雷作戦が、おそらく唯一の方法であったかもしれない。
　六月、七月をつうじて、ドイツ空軍は、西部で全く優勢をほこる連合軍航空部隊に勇敢に挑戦した。
　ドイツ空軍が西部戦線で使用していた飛行場は、連合軍爆撃部隊の猛攻をうけ、重要な基地は、活動が停止されるまで、再三再四攻撃された。

6 米パットン機甲部隊の猛進 top

　連合軍が北フランスで増強されるにつれ、ドイツ軍は、これらをノルマンジー橋頭堡内にとじこめておくのは不可能だとさとった。
　七月末に、連合軍の右翼前線にあった米軍部隊は、ドイツ軍防衛線に突破口をひらき、シェルブール半島の西端に進出し始めた。
　その半島の南端には、アブランシュやポントーボルの村があり、そこにセーヌ川とセジュンヌ川をまたぐ橋がある。
　南方へ急進撃する途中で、アメリカ軍は、二つの橋を手つかずのまま確保し、バットン中将は、天与の好運を現実のものとして、部下将兵を大量に渡河させたのである。
　この出来事について、有名な戦史家チェスター・ウィルモットは、のちにこう書いている。
　「バットンは、移動計画や進撃表を書きあげるために待ちはしなかった。アブランシュからポントーボルヘつうじるただ一本の道は“羊の競走”になった。
　その入り口で上級将校は、各部隊に順番をつけて集合させた。
　出口では各師団はポントーボルから放射する道路の一つに割当てられていて、出口を通り抜けるときに、その道順へ案内されていた。
　野戦の規定や教科書の法則を無視して、バットンは、この一本の道路で七二時間に七個師団を移動させたのである」
　いったん、この狭い道を通過すると、米機甲部隊は扇形に展開し、主力部隊は、致命的に強力な“右フック”をもって、東方へむかい、やがて、ファレーズの袋地にいた二個のドイツ軍　〔第一軍と第七軍〕にぶつかった。
　アブランシュとポントーボルの二つの橋は、両軍とも感じていたように、地上戦のカギであった。
　Hs293滑空爆弾――地上目標にたいしてこれが使用されたのは、初めてであった――を搭載するDo217をふくむ第三航空軍は、この橋を破壊しようと努力したが、連合軍の夜間戦闘機の抵抗をうけたので、この企図は成功しなかった。
　一九四四年八月になると、フランスからドイツ軍兵力の退却がはじめられた。
　ドイツ空軍戦闘機隊西方司令官ビュロウィンズ大将は、現状を幾分でも維持しようと努力をつくしたが、多くの部隊は基地をオランダおよびドイツ本国へひきもどさざるをえなくなり、それもますます困難になってきた。
　九月中旬には、ドイツ空軍は、実質的に全フランスおよびベルギーから放逐されてしまったのである。