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9 機上から誘導ミサイル

　ドイツ空軍が、連合軍爆撃機の侵攻にたいして、本国の防空態勢を固めているあいだに、南方戦線の部隊は著しく変化していた。

1 英のマルタ補給を阻止

　まえにものべたように、ドイツ軍は、ソ連攻撃にはいる一九四一年の六月までは、マルタ島への圧力を強めてきた。
　しかし、これが小休止しているあいだに、連合軍は独伊枢軸軍の北アフリカ補給路を攻撃するため、駆逐艦、潜水艦および航空機の基地としてマルタ島を固めていた。
　そのため、秋までにうけた枢軸軍の損失は、きわめて大きなものになった。
　九月中、地中海を横断する途中、ドイツ・イタリア補給船団の、約四〇パーセントが失われ、十月には六〇パーセントにふえ、十一月には補給品の八〇パーセント近くが海のもくずと消えた。
　これらの損失の大部分は、マルタ島を基地とする連合軍空軍と海軍部隊の攻撃によるものであった。
　ドイツ軍は、地中海に浮かぶ要塞、英領のマルタ島にたいして、なんらかの手をうたねばならなくなった。
　一九四一年末、ソ連戦線も重要ではあったが、ドイツ軍は、マルタ島攻撃のため約二〇〇機の飛行機を、ロシア戦線からぬいて、シチリア島の基地に移動させた。
　この兵力はしだいに増加し、一九四二年三月までには、四〇〇機以上に達していた。
　この強力なドイツ空軍と、これに協力するイタリア空軍は、マルタ島に激烈な連続攻撃をかけた。
　戦闘は四月から五月にかけて頂点に達し、マルタ島の上空に、一万一〇〇〇回の出撃が行われた。
　マルタ島の英空軍および海軍基地は大損害をうけ、かろうじて残った駆逐艦や飛行機は、引揚げざるをえなくなった。
　そして、包囲攻撃をうけているこの島への強行補給作戦は、すべてドイツ空軍の阻止攻撃をうけた。
　一九四二年三月、英海軍はマルタ島へむかう四隻の輸送船団の護衛に、一隻の対空護衛艦、四隻の巡洋艦および一八隻の駆逐艦を出動させたが、この強力な護衛兵力をものともせず、ドイツ空軍は輸送船一隻を撃沈し、他の一隻に損傷をあたえマルタ島に座礁させてしまった。
　そのため英軍は、積荷の燃料のごく一部を揚陸しただけだった。
　また他の二隻は、バレッタ港〔マルタ島〕で荷揚げ中に命中弾をうけ、結局、送られてきた待望の補給品二万六〇〇〇トンのうち、わずか五分の一が陸揚げされただけだった。

2 ロンメル軍団支援 　一方、北アフリカのドイツ空軍は、一九四二年春までに、二六〇機とイタリア空軍の三四〇機をくわえた勢力になっていた。 　この部隊は、英空軍力の二倍以上も強力で、しかもあらたに配属されたMe109F型戦闘機は、英空軍の「ハリケーン」やP40「トマホーク」よりすぐれていた。 　五月二十六日、エルウィン・ロンメル大将のドイツ・アフリカ軍団は攻撃を開始した。 　強力な空からの支援をえて、南方へ突進し、ついでガザラの英軍防衛線のまわりを東へ進んだ。 　この線の最南地点ビルハケイムが、いまや戦闘の焦点になった。自由フランス旅団の将兵で堅固にかためられていたこの陣地にたいし、ドイツ空軍はのベ一四〇〇回の攻撃をかけ、六月十一日の同陣地の陥落に、かなり大きく貢献した。 　ガザラ防衛線を通過するや、ロンメルはさらに快進撃を続け、再び強力な空軍に支援されて、トブルクの英軍陣地に嵐のごとくなだれこみ、六月二十日、ついにこれを占領した。 　しかし、その後、遠くエジプト国境まで進撃して、ついにはエルアラメインで食い止められてしまった。 　ドイツ軍の進撃の後半には、ドイツ空軍は、すでに疲れ、消耗しきった兵力になっていた。

“アフリカの星”とうたわれたドイツ空軍のエース、ハンス・ヨアヒム・マルセイユ。アフリカで戦死するまでに連合軍機158機を撃墜した

　激しい飛行の連続で、数ヵ月間だいじに蓄積した燃料をつかいはたしてしまったのである。
　ところで、マルタ島を防備する英軍は、しだいに弱体化し、援助もまえより少なくなったので、ドイツ軍とイタリア軍は、この島にたいして“ハーキュリーズ”〔ヘラクレス＝ギリシャ神話にでてくる大力無双の英雄〕作戦とよぶ空挺侵攻計画を、ねりはじめていた。
　しかしクレタ島攻撃――ドイツ軍空輸部隊がひどい損害をうけた――のテツをふみはしたいかという懸念と、ロンメルの夏季攻勢の成功でその懸念は無用、という考え方とのあいだを堂々めぐりした結果、最終的に、ヒトラーはこの作戦に反対した。
　一九四二年五月末の情勢は、ドイツ軍には有利に進行しているかにみえた。
　長距離爆撃機の大部分は、ソ連での夏季攻勢を支援するため、シチリア島からソ連へ移動した。
　しかしそれでも、ドイツ空軍は、マルタ島に補給しようとする英軍の企図にはげしく反撃する余力をまだもっていた。
　六月になって、連合軍は、マルタ島へ二つの輸送船団を送った。
　一つは東方のエジプトから、他は西方のジブラルタルからであった。
　だが、東からの船団はイタリア海軍によって追いかえされ、西からの船団――　一隻の戦艦、二隻の航空母艦、一隻の対空護衛艦、三隻の巡洋艦、一七隻の駆逐艦に護衛された六隻の輸送船からなる――は、ドイツおよびイタリア空軍に手痛くたたかれ、六隻のうち二隻だけがマルタ島に辿り着いたのであった。

3 激烈、マルタ島攻防戦

　八月には、連合軍のまたべつの輸送船団がこの島にむけて出航した。
　それは、三隻の空母、二隻の戦艦、一隻の対空護衛艦、六隻の巡洋艦および二四隻の駆逐艦に護衛された一四隻の輸送船で編成されていた。
　ドイツ空軍は、シチリア島の基地に約二二〇機をもち、イタリア空軍も同じ基地に三〇〇機と、さらにサルジュア島に一三〇機をもっていた。
　輸送船団は、八月十日午後に発見された。
　ドイツ空軍は、すでに強化された対船団攻撃兵力に、さらに四〇機の爆撃機を増強していた。
　翌十一日、英軍は重大な損害をうけた。
　空母「イーグル」は、駆逐艦の警戒陣を突破した一隻のドイツ潜水艦の魚雷攻撃をうけて沈没した。
　しかし夕刻、約三〇機の航空攻撃は、なすところなく撃退され、翌朝の二〇機による攻撃も、同じような結果に終った。
　十二日の正午、独伊軍は再びとってかえし、約七〇機の戦闘機と雷撃および急降下爆撃機で襲いかかった。
　空母「ビクトリアス」は、間一髪で難をのがれた。
　大型爆弾が命中したのだが、装甲した飛行甲板上で破裂したので、ほとんど損害はなかった。
　そのほか唯一の損失は、輸送船の一隻で、これは重大な損傷をうけ、船団から落後して、やがて沈没した。
　この日、さらに攻撃はつづいた。午後六時三十分、一〇〇機ちかい攻撃隊が再び襲いかかった。
　そのとき、空母「インドミタブル」に、三発の大型爆弾が命中し、飛行甲板は使用不能になった。
　いまや飛行機をはこべる空母は、一隻しか残っていない。
　十二日の日没まえ、二〇機による攻撃で、輸送船二隻が撃沈され、一隻が損傷をうけた。
　十三日未明、イタリア軍の魚雷艇は、二回にわたる効果的な攻撃を敢行した。
　巡洋艦一隻を大破、輸送船を四隻撃沈し、一隻に損害をあたえた。
　夜が明けたとき、船団はマルタ基地の英空軍戦闘機の行動圏内に入ったが、それでもこの船団は、さらに三回の空襲をうけた。
　その最大規模のものは、二〇機の爆撃機によるもので、三隻の輸送船が沈められ、一隻が損傷をうけたのである。
　こうして、最初出航したときに一四隻だった船団は、わずか五隻になってマルタ島に辿り着き、しかもそのうち二隻は、ひどく傷ついていた。
　しかしこの五隻のもたらした三万二〇〇〇トンの補給物資は、北アフリカの情勢が連合軍がわに好転するまでの期間、この島を支えるのに、十分なエネルギー源となったのである。

4 ロンメル西に退却

　英軍がマルタ島を死守するために勇敢に戦っているとき、枢軸軍も、補給間題に悩んでいた。
　英米軍の長距離爆撃機が、エジプトにますますふえるにつれ、地中海での枢軸軍船舶の損失は、再び大きくなってきた。
そのうえ、ベンガジとトブルクの港にたいする英米軍の集中攻撃により、さらに多くの損失をうけた。
　一九四二年夏のあいだに、北アフリカにたいする連合軍の封鎖はほとんど完璧となり、危機にひんしたドイツ軍は、燃料補給を空輸にたよらなければならなくなった。
　エジプトにある英空軍が、大規模な補強をうけているそのときに、反対に、この戦域のドイツ空軍の戦力は、急速におとろえていったのである。
　一九四二年十月二十三日、英軍がエルアラメインで攻撃を開始したとき、英空軍はすでに主導権をにぎっていた。ドイツ空軍は、ロンメルのアフリカ軍団が西へ西へと退却したとき、放棄した多くの飛行場に、あわれな残骸をさらしているにすぎなかった。
　ロンメルはたくみに軍を引揚げ、総くずれの危機をかわした。しかし一九四三年初頭、退却が終ったときには、独伊軍は、エジプト、リビアの両方から追いだされ、チュニジアにふみとどまるべく、絶望的な戦いをしていたのであった。
　エジプトからすばらしい速度で進撃した英軍は、西部のアルジェリアとモロッコに同時に上陸した英米軍とともに、ドイツ軍をはさみうちにして窮地に追いこんだ。
　早急に対策をたてなければ、北アフリカの独伊軍は海に追いおとされてしまうという絶望的な状態になった。
　一方、東部戦線ではドイツ第六軍がスターリングラードで包囲されたあと、ソ連戦線を立直すために増援部隊を急送する必要にせまられていたのであるが、ヒトラーは地中海戦域に空軍の増援を命じた。

5 チュニス航空兵団強化さる

　それにつれて、いまや一つの作戦司合部のもとにチュニス航空兵団となった北アフリカのドイツ空軍部隊は、突如、息をふきかえした。
　この航空兵団のうち、とくに強力なのは、Fw190戦闘機で固められた部隊と、イギリス海峡沿岸地区から移動してきた部隊であった。
　一時的ではあるが、ドイツ空軍は、北アフリカの連合軍航空兵力にたいして、空の優位を勝ち取った。
　新型の強力な戦闘機を使用できるようになった利点は別としても、ドイツ空軍は設備のよく整った基地から行動し、飛行距離もごく短かくてすんだが、連合軍は間に合せの滑走路を使用せざるをえず、また補結線は、極めて細く薄いものであった。
　一九四三年〔昭和十八年〕二月十四日、ロンメルは、チュニジアで“春風”作戦とよばれる攻撃を開始した。
　彼の目標は、カセリーヌ地峡地区にあらたに参加した米軍部隊であり、この会戦に、ドイツ軍チュニス航空兵団は三七一機を結集した。
　はじめはドイツ軍にとって、すべてが有利に展開したが、一週間にわたる激戦ののち、その進撃は、英米仏連合軍にはばまれてしまった。
　二月の末、ドイツ軍は、東側でモントゴメリー大将の砂漠の精鋭、英第八軍を攻撃したが、これまた重大な損害をうけて、はじきかえされてしまった。
　しかし、このような努力でもしないかぎり、ドイツ軍は、のっぴきならない事態を先へ延ばすこともできなかったのである。
　連合軍地上部隊が、チュニジアの包囲圈をしだいにしめあげているあいだに、空軍――最新型の「スピットファイア」がふくまれていた――は、十分な補給をうけて急速に戦力を増大していた。
　また、米英の海、空軍が枢軸軍の補結線を厳しく封鎖し始めたので、ドイツ軍チュニス航空兵団の力は、しだいに弱くなっていった。
一九四三年四月半ばになると、北アフリカのドイツ空軍は消滅寸前になり、わずかに残っていた飛行場も、英米軍の爆撃機に繰返し、たたきのめされてしまった。
　連合軍地上部隊の続けざまの圧力をうけて、最早ドイツ軍最後の防衛線にヒビがはいり、しだいに潰滅していった。
　退却すべきところも失った独伊軍は、多数が投降しはじめ、一九四三年五月十三日には、北アフリカ大陸の二五万ちかい枢軸軍は、チュニジアで武器を捨てたのである。
　この日だけでも、ドイツ軍の損害は、スターリングラードでうけた損失を上まわるほどであった。

6 連合軍、イタクリア上陸

　一九四三年七月三日現在、地中海のドイツ空軍の兵力は一二八○機であった。
　連合国空軍が、シチリア島侵攻の手はじめとして攻撃を開始し、一週間後に最初の英米軍部隊が海岸に上陸したときには、ドイツ空軍で使用可能の飛行機は、一〇〇機あまりに激減していた。
　シチリア島の飛行場が完膚なきまでに爆撃されてしまったので、生き残ったフォッケウルフFw190地上襲撃機は、すべてナポリの基地へ引揚げねばならなくなったが、そこからでは、連合軍の上陸を阻止するわけにはいかなかった。
　上陸作戦中、連合軍戦闘機の上空援護は、ドイツ空軍の水平爆撃機がほとんど手をださせぬほど強烈で、それでも、あえて出撃した爆撃機は、いつも無残にくだかれてしまった。
　一九四三年八月十七日、シチリア島に残った最後のドイツ軍部隊が降伏したので、連合軍は、イタリア本土侵攻の準備にとりかかった。
　ドイツ空軍は、それまでの数ヵ月間に大損害をうけたが、本国にもロシア戦線にも出動しなければならなかったので、全く立直る余裕もなかった。
　英米軍が、九月三日イタリア半島の突端に上陸したとき、地中海戦域にあったドイツ空軍兵力は、各機種あわせて約八〇〇機に減少していた。
　そこで、イタリアにいたドイツ空軍司令官リヒトホーフェン元帥は、きたるべき決定的戦闘にそなえて、この弱体化した兵力を慎重に温存することにきめた。
　そのため、上陸軍にたいするドイツ軍の最初の反撃は弱いものとなった。
　ところでイタリア軍は、つ彼はて戦意を失い、ついに九月十日、条件つき降伏を公表した。
　降伏文書に実際に署名したのは、その月の五日であった。
　すでに前の週に合意に達していた休戦条件にそって降伏するため、イタリア艦隊は、その朝マルタ島へ向ってラスペチアの基地をはなれた。
　しかしドイツ軍は、イタリア軍が気づかぬうちに、すでに艦隊降伏計画をキャッチし、これを妨害する準備をしていた。

7 誘導ミサイル「フリッツ10」 　南フランスのイストルで、第百爆撃航空団第三飛行連隊のドルニエDo217は、イタリア戦艦の移動にそなえて待機していたが、機をみて指揮官ベルンハルト・ヨーベ少佐は、爆撃隊をひきいて出撃した。 　九機の爆撃機は、それぞれ右舷翼下、発動機と胴体のあいだに「フリッツ20」爆弾を一個かかえていた。 　この秘密兵器は、重量一五〇〇キロの有翼爆弾で、弾道の最後の段階を発射した飛行機からコントロールできるように、その尾部に無線操縦装置をしこんだものである。 　ヨーベ少佐の爆撃隊は、イタリア艦隊の後尾がちょうどコルシカ島とサルジュア島をわける狭い海峡にあるときに発見し、ただちに攻撃を開始した。 　はるか下方では、イタリア各艦は、ドイツ軍のねらいをそらそうとして、急速回頭にはいっていた。 　通常の高々度水平爆撃にたいしては、このような急速回頭は成功したものである。 　爆弾が六〇〇〇メートルの高度から落下するのに四五秒ちかくかかるから、この間に、速力のはやい艦艇なら約七〇〇メートルはしることができる。

ベルンハルト・ヨーペ少佐：「フリッツ10」を使用して、枢軸がわから脱落したイタリア海軍戦艦戦隊を攻撃した

　しかしヨーペ少佐の爆撃機は、無線操縦爆弾で攻撃していたので、このような旋回運動では、ほとんど防ぎようがなかった。
　ミサイルが発射されたのち、各ドルニエ機の機首に位置した爆撃照準子は、爆弾の後部からでる追跡用閃光に注意を集中し、目標としてえらんだ艦の真上にいくまで、その閃光を注意ぶかく修正をくわえながら遠隔操縦した。
　ミサイルの第一弾は、イタリア艦隊旗艦の戦艦「ローマ」に命中した。
　「フリッツ20」は、後部マストの右舷側に激突し、貫通して艦底に達して爆発した。
　右舷発動機は破壊され、艦速は一六ノット〔時速約二九キロ〕におちた。
　二、三分後に、二発目の爆弾がまた「ローマ」に命中した。
　今度は艦橋とＢ砲塔のあいだであった。左舷発動機が破壊され、艦はのたうちまわって停止した。
　甲板下では恐ろしい火炎が荒れくるい、やがて乗組員たちは、艦が“絶望状態”になったことを知らされた。
　火炎は前部の火薬庫に達し、砲弾に引火した。
　ものすごい爆発がおこり、続いて「ローマ」はジャックナイフのように折れ、ついでまっ二つに割れて沈没した。
　乗組員の大部分は、艦と運命をともにしたのであった。
　「ローマ」攻撃の直後、姉妹艦「イタリア」の艦首に一発の「フリッツ20」が命中した。
　約九〇〇トンの海水が浸入したが「イタリア」はどうやら自力でマルタ島へいくことができた。
　ヨーペ少佐と部下たちは、「ローマ」の沈没をみることができなかった。
　最近、ヨーペ少佐はこう回想している。
　「我々は『ローマ』が爆沈するのはみなかった。我々が去ったあとで爆沈したからである。
　爆弾が命中したときの爆発はたしかにみたが、このようなことは以前にも何回かあった。
　『ローマ』はあれから港ヘヨタヨタしながら帰っていったのだろうか」
　あとになって、連合軍のラジオ放送で、第百爆撃航空団第三飛行連隊の将兵は、この新誘導兵器による攻撃がすばらしい成功をおさめたことを、はじめて知ったのである。

8 サレルノ沖海空戦

　イタリア艦隊が出港したその日、連合軍は、ナポリにちかいサレルノ海岸に嵐のように上陸してきた。
　リヒトホーフェン将軍は、このときにそなえて兵力を温存していたが、いまや、連合軍橋頭堡に全兵力を投入した。
　沖合いに集中した連合軍の船団は「フリッツ20」にとって絶好のエモノとなった。
　ヨーペ少佐の部隊は爆撃を敢行し、一週間のうちに、英戦艦「ウォアスパイト」、巡洋艦「ウガンダ」、米艦「サバンナ」に命中弾をあたえ、三隻すべてに重大な損傷をおこさせた。
　このミサイル三発の連打をうけた「ウォアスパイト」の被害から、「フリッツ20」の破壊力のおよその見当がつくとおもう。
　一発は、直撃して六層の甲板を貫通してアナをあけ、艦底で爆発した。
　他の二発は、艦側の防雷用隔室に長くふかい割れ目をつけた。
　ボイラー室が浸水した。
　乗組員にとって幸いだったのは、火災が発生せず、イタリア戦艦「ローマ」のような災難にならなかったことである。
　艦は操舵不能となり、蒸気圧をあげることができなくなり、馬力不足から艦砲の発射は不可能になった。
　約五〇〇〇トンの水が浸入した。
　被害の大きさにくらべて、ほとんど奇跡的に、乗組員の死傷者は九人の戦死と一四人の負傷ですんだ。
　結局「ウォアスパイト」は応急修理のためマルタ島へ曳航しなければならなくなり、一九四四年六月までは戦闘行動に参加できなかった。

ドイツ軍の誘導ミサイル：ヘンシェルHs293:500キロの弾頭をもつロケット推進の滑空爆弾で、母機から無線操縦する

9 もう一つの誘導兵器Hs293

　第百爆撃航空団第三飛行連隊は、別種の誘導兵器ヘンシェルHs293滑空爆弾を発射した他の部隊とともに、船団攻撃に活躍を続けた。
　しかしサレルノ戦闘のあいだ、この滑空爆弾はたいした成果はあげなかった。
　そのうち、海岸の基地からとんでくる連合軍戦闘機が、橋頭堡の上空を援護できるようになったので、ドイツ軍爆撃機隊の損失は、ひどくなり始めた。
　しかし、地上攻撃用の二一〇ミリ・ロケット弾発射管を装備したMe109をもつドイツ軍戦闘爆撃機隊は、上陸部隊にやすみなく圧力をくわえ続けたのである。
　ドイツ空軍は、九月二十日まで活発に戦闘を続けてはきたが、南から進軍してきた英軍が、フォジア地区〔イタリア南東部〕にあるドイツ軍基地をおびやかしてきたので、戦闘爆撃機隊は引揚げざるをえなくなった。
　このようにドイツ空軍は、地中海で連合軍艦隊を苦しめることはできたが、決定的損害をあたえるまでにはいかず、結局は圧倒されることになってしまった。
　ドイツ軍が大きな期待をかけた「フリッツ20」およびHs293誘導兵器も、はじめは、海上から上陸する敵の企図を首尾よくくじいたかにみえたが、いったん橋頭堡上空に強力な連合軍戦闘機の支援がくわわると、発射母機が重大な損失をうけるので、予期したほどの戦果をあげることはできなかった。
　いまや西側の連合軍は、ヨーロッパ本土に確固たる地歩を築いたのである。
　しかしイタリアは山また山で、進撃困難な地形であり、イタリアにとどまるドイツ軍総司令官ケッセルリンク元帥は、連合軍の反攻を遅らせるのにそれほど困難は感じなかった。
　一方ヒトラーは、ソ連軍を粉砕する決意に燃え、大きな仕かけ花火のような戦闘ではあるが、第二次世界大戦の最大の戦闘の一つが、ソ連の奥ふかくで戦いぬかれていたのである。