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5 空挺部隊の墓場、クレタ島

　一九四一年〔昭和十六年〕一月、ドイツ空軍は東への移動を開始し、三月までには、ギリシャ攻撃にそなえて、約四〇〇機をルーマニアに集結した。
　ところでユーゴスラビアは、とうぜんドイツ軍と行動をともにするものと思われていたのだが、三月のクーデターで親独政府が放逐されたので、ドイツ軍のショックは大きかった。
　ヒトラーは、ソ連攻撃のまえに南方側面を確保するため、ユーゴスラビアとギリシャを占領しなければならないと決意した。
　ユーゴスラビアにたいして空から攻撃するためには、バルカン半島の第四航空軍を補強する必要があったので、さらに六〇〇機が西部から移動した。
　このような大空軍部隊が、フランスの占領基地から一五〇〇キロ以上もはなれた基地へ移動し、しかも移動命令のでた日からわずか一〇日以内に、その半数が早くも戦闘行動を開始できたことは、ドイツ空軍の、恐るべき機動力が再び発揮された結果である。
　イギリス上空では英空軍から手ごわい反撃をうけたが、それでもドイツ空軍は、ヨーロッパのどこの空軍よりも、はるかに強力であった。
　一九四一年四月六日、復活祭のまえの日曜日、ドイツ軍は行動をおこした。

1 ユーゴ、ギリシャを制圧 top

　ユーゴスラビアにたいする空からの攻撃は、その朝、首都ベオグラードヘのすさまじい爆撃で幕をきっておとされた。
　強力な戦闘機隊に護衛された一五〇機の水平、急降下爆撃機からなるドイツ空軍部隊は、ユーゴ軍の弱体な戦闘機や防御砲火をまたたくまに壊滅し、さらに、平和なベオグラードに破壊の手をのばした。
　それは、ユーゴの首都の悲劇であった。準備態勢のととのわない市街への攻撃が終ったとき、廃虚には一万七〇〇〇人が死体となってよこたわっていた。
　ユーゴ空軍とベオグラードを一撃で壊滅しさると、ドイツ空軍は、陸軍を支援するために、集結したユーゴ軍部隊や交通線、そのほかの主目標にホコさきをむけた。
　このような集中的な空軍と強力な機甲部隊との同時攻撃を阻止するすべもなく、戦闘開始から二二日目、ユーゴスラビアは降伏した。
　ギリシャにたいする空陸協同攻撃も、同じように成功した。
　第一日の夕刻、第三十爆撃航空団のユンカースJu88爆撃機は、アテネにちかいこの国最大の港、ピレエフスを攻撃した。そのとき、爆弾の一つが、荷揚げのため波止場に繋留中の弾薬輸送船「クラン・フレーザー」に命中した。船倉にあった二五〇トンの爆薬に引火し、誘爆によって、ピレエフス港は、ほとんどスミからスミまで破壊されてしまった。
　この一撃は、補給物資を通過させる設備のよい重要な港を、イギリス軍とギジシャ軍から、うばいとったのである。
　空軍の密接な支援をうけて、ドイツ地上軍は、ギリシャ国内を敏速に進撃し、二日とたたぬうちにサロニカ〔ギリシャ北西部のマケドニアの港〕に侵入した。山中の連合軍防衛線はひとつひとつ壊滅され、最早、ささえきれなくなることがハッキリしてきた。
　四月二十四日、後衛部隊がドイツ軍をくいとめているあいだに、英海外派遣軍の最初の兵員は、海上へ撤退を始めた。
　ドイツ軍がアテネにはいった三日後の四月二十八日――戦闘開始後ちょうど三週間――ギリシャ本土に残された最後の英軍部隊は降伏した。
　ドイツ軍電撃戦の歯車は、まえと同じく、なめらかに回転していたのである。

2 クレタ島空挺作戦 top

　ギリシャ本土を席巻するまえから、ドイツ軍の作戦指導者たちは、バルカン戦の最終目標――ギリシャ本土の南方一〇〇キロにある戦略的要地クレタ島――攻略について、すでにプランをねっていた。
　四月二十五日、ヒトラーは総統指令第二十八号に署名した。それは、つぎのようにのべている。
　「東地中海におけるイギリスにたいする航空基地として、我々は、クレタ島を占領（“マーキュリー”作戦とよばれた）しなければならない。この作戦の指揮は、空軍総司令官にまかせる。この目的を遂行するためには、主として地中海水域に配置された空挺部隊および空軍を使用せよ」
　どの国でも、空挺部隊は陸軍に所属しているが、ドイツでは、空軍に所属している。
　つまり、クレタ島攻撃については、ドイツ空軍が、責任をうけもつことになったのである。
　空から侵攻するため、四九三機のJu52輸送機にくわえて、約一〇〇機のDFS奇襲用グライダーが、アテネ周辺の飛行場に集結した。
　これを支援する任務は、つぎの六五〇機からなるリヒトホーフェン大将〔前コンドル軍団参謀長〕の第八航空兵団にあたえられた。
　　水平爆撃機　　　　二八〇
　　急降下爆撃機　　　一五〇
　　単発戦闘機　　　　　九〇
　　双発戦闘機　　　　　九〇
　　偵察機　　　　　　　四〇
　弱体な英空軍の抵抗を排除するのに、わずか四日しかかからなかった。
五月十八日までにドイツ空軍は、クレタ島上空の完全な制空権をにぎった。
ついで爆撃機は、地上防衛軍にたいし組織的な攻撃を開始した。
　クレタ島への空挺作戦は、五月二十日早朝、降下予定地区にある防衛軍を一時間にわたり激しく爆撃したあとに、開始された。
　まずJu52輸送機が到着し、パラシュート部隊とグライダーの第一波が、マーレメ、カュア、レティムノンおよびイラクリオンに降下した。
　いずれの場合も、降下部隊の第一陣は、爆撃が終ると同時に降下したので、彼らは、新しくできた爆弾の穴を、掩体壕〔えんたいごう〕として利用することができた。
　それにもかかわらず、この空挺部隊は、はじめのうちは重大な損害をうけ、ほとんど前進できなかった。
　やがて、徐々にではあるが、強力な空からの支援をえて、イギリス、ニュージーランド、オーストラリア、そしてギリシャの軍隊を、やっとその陣地から追いおとすことができた。
　マーレメの飛行場を奪取した二十一日の午後遅く、ドイツ軍にとって、一つの転機がやってきた。
　そのとき、滑走路はまだ砲兵の砲撃下にあったが、多数のJu52輸送機は、増援兵力と緊急補給物資をもって着陸した。
　一方第八航空兵団は、連合軍の補給を有効に阻止した。
　連合軍にとって事態はいよいよ悪化し、五月二十八日には、英海軍は兵士たちの撤退を始めた。

3 連合軍艦船を痛打 top

　クレタ島の地上戦のあいだ、英海軍は、急降下爆撃機の脅威をものともせず、海上から島へ上陸を企てたドイツ軍部隊のほとんどすべてを、追いかえすのに成功した。
　しかし、リヒトホーフェン大将の第八航空兵団は、激しく反撃し、二隻の巡洋艦と四隻の駆逐艦を撃沈し、一隻の航空母艦、三隻の戦艦、四隻の巡洋艦および一隻の駆逐艦を撃破し、連合軍に大損害をあたえた。
　連合軍は、ひたすら撤退に全力をそそぐことになり、巡洋艦一隻、駆逐艦三隻沈没、巡洋艦三隻、駆逐艦三隻損傷という代償をはらって、六月一日に、一万六〇〇〇人の兵員を引揚げたのである。
　島に残っていた部隊は、すでに降伏してしまっていた。
　しかし、ドイツ軍空挺部隊も、重大な損害をうけた。戦闘に参加した一万三〇〇〇人のパラシュート部隊員のうち、約四五〇〇人が戦死または行方不明となり、二七二機の輸送機が、撃墜または修理不能の損傷をうけた。
　これは参加した輸送機の半数以上である。
　ドイツ軍空挺部隊司令官シュツーテント上級大将は「クレタ島はドイツ空挺部隊の墓場だった」とのべている。
　そのあと二度とドイツ軍は、大規模な空挺作戦をやらなかった。
　そして、これらの高度に訓練された部隊は、これ以後、歩兵部隊として戦ったのである。

4 マルタ島猛爆撃 top

　地中海作戦が開始されて以来、シチリア島の南九〇キロにあるイギリスのもつ小さなマルタ島は、連合軍の苦労のタネであった。
　一九四一年の二月から三月にかけ、ハンス・ガイスラー中将の率いるドイツ第十航空兵団は、イタリア空軍の若干の部隊をくわえ、マルタ島のバレッタ港および飛行場を主目標として、大空襲を敢行した。
　一二〇機の水平爆撃機と一五〇機の急降下爆撃機をもつガイスラーの爆撃部隊は、シチリア島の基地から全力をあげて、空襲に参加した。
　規則ただしい間隔で、Ju87とMe110による急降下爆撃と低空攻撃をおりまぜ、また戦闘機に護衛されたJu88とHe111により、高度二〇〇〇〜三〇〇〇メートルから水平爆撃を行った。
　しかし四月になると、他の戦線へ空軍部隊を引揚げ始めたので、ドイツ空軍の攻撃は、先ぼそりになっていった。
　それというのも、一九四一年の春、ヒトラーの目は、主目的のソ連へ、しっかりとむけられていたし、もしボルシェビキ〔ソ連共産党のこと〕の脅威が現れてきたら、マルタ島のようなちっぽけなザコは、ゆっくり始末すればよい、と考えたのであった。