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Home 概要 山本五十六 伊藤博文 西郷隆盛 德川吉宗 德川家康 豊臣秀吉
織田信長 信玄・謙信 足利尊氏 源頼朝 藤原道長 聖武天皇 聖徳太子 卑弥呼
学習よみもの――人物日本の歴史〈全14巻〉
歴史は楽しいものです。
歴史には、人間の美しさやみにくさ、強さや弱さのすべてがおりこまれています。
歴史を学ぶことは、人間について学ぶことでもあり、また社会について学ぶことでもあります。
ある事件にぶつかったとき、人はどのように行動したのか。
またどんな努力をかさねて、すばらしい文化を残していったのか……。
歴史は人間が生きぬいてきた実例を、たくさんしめしてくれます。
若い君たちは、まず歴史の楽しさを味わうところから始めてください。
この本をかいているのは歴史にくわしい作家の先生がたばかりです。
私と考え方が違うところがあっても、意見を押付けることはしませんでした。
楽しみながら学習できるなんて、とてもすばらしいことだと思います。（監修者）
監修者
芳賀 登（はが のぼる、1926年7月30日 - 2012年2月26日）は、日本史学者。筑波大学名誉教授。
愛知県豊橋市生まれ。幕末の国学を専門とするが、著作の分野は多岐にわたる。
1951年東京文理科大学史学科卒業後、高校教師を経て、大阪教育大学に赴任。
東京教育大学が廃止され、筑波大学が設立されるにあたって同大教授に就任。
大江志乃夫ら東京教育大学日本史教室の教員は、東京教育大学の廃止に反対して全員が筑波大学に横滑りしなかったため、
井上辰雄・田沼睦・岩崎宏之・大濱徹也らは芳賀の招請によって筑波大学に赴任した。
副学長を務め、1990年に定年を2年前に退官、東京家政学院大学教授、理事長を務めた。 |
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日本風俗史学会会長も務めた。著作選集全8巻がある。
2012年2月26日、85歳で死去。 （ウィキペディア） 14＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
檜山良昭（ひやまよしあき）――⑭山本五十六と太平洋戦争 top
同氏略歴
1943年茨城県生まれ。
『スターリン暗殺計画』（日本推理小説協会賞）以来、国際的視野に立った問題作を続々発表。
同氏著『開戦前夜――日独同盟秘史』上下より
カバーの見出し
一九一四年オーストリアの皇太子夫妻がセルビア人青年に暗殺された。
オーストリアはセルビアに宣戦布告し、これを契機にドイツ・オーストリア対イギリス・フランス・ロシアの戦いを中心に同盟国が交戦状態に入った。
第一次世界大戦の勃発である。
日英同盟を結んでいる日本は、ヨーロッパを回って帰国した田中義一少将の情勢判断をもとに、勝算のあるイギリス側について参戦した。
東洋からドイツの根拠地を奪い、国際的な地位向上の好機ととらえたのだ。迫真の長篇歴史ドキュメント。（上巻）
昭和十三年、ドイツ外相リッベントロープは、大島浩ドイツ大使と日独軍事同盟を画策していた。
だがこれを結べば、ソ連以外に英米仏を刺激することになり、日本にとっては危険な賭けとなる。
ソ連を仮想敵国として、英国の中国援助を断って支那事変の早期終結を目指す板垣陸相は賛成するが、英米との経済関係の悪化を心配する池田蔵相や米の石油に頼る米内海相は真っ向から反対して、五相会議の意見は分裂した。
長篇歴史ドキュメント完結。（下巻）
あとがき（下巻） 平成六年 著者
この作品は、第一次世界大戦から第二次世界大戦の終わりまでの、日本とドイツとの外交史を書いたものである。
日本がドイツと軍事同盟を結んだことは、日本の大きな誤りであったというのが戦後の見方だが、この同盟はけっして一朝一夕の間に結ばれたものではなかった。
同盟条約が結ばれるまでには長い布石があったし、日本が条約の調印に踏み切るまでには、これまた長いためらいがあったのである。
後世になって、前の時代の誤りをあれこれ言うのはやさしい。
後の時代になって初めてわかることが少なくないからである。
私達もまた、よかれと信じてやっていることが、後の時代の人々には批判されることもあるだろう。
私達は、「どうして太平洋戦争を止めることができなかったのか」と、前の時代の人々を責める。
そういう私達は、後の時代の人々から、「どうして環境破壊を止められなかったのか」と批判されるかもしれない。
この作品は日独関係を中心にして、日本が戦争に走っていく歴史を書いている。
歴史の流れは食い止めることが難しい、時代の不可避的な流れだったと言っていいだろう。
未来を築くには過去が教訓になるというならば、この作品にはそうした教訓が書かれているだろう。
この作品は雑誌に二年ばかり連載したものだが、今回、畏友芦沢孝作氏の御尽力で単行本として発刊されることになった。
芦沢氏には心からお礼と感謝の言葉を述べたい。
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神谷次郎（かみや じろう）――⑬伊藤博文と明治政府 top
同氏著『山岡鉄舟――幕末の花道』より
筆者略歴
1926年、東京深川に生まれる。日本大学工学部卒。
昭和30年ごろから執筆生活に入り、児童小説･歴史人物評伝を経て、元東大教授小西四郎氏に近代史を学ぶ。
著書「勝海舟」（ポプラ社刊）、「武者と影の人間経営学」（労働基準調査会刊）、共著「幕末維新史事典」（新人物往来社刊）ほか。
あとがき（山岡鉄舟） top
幕末から明治維新へかけての激動の時代には、上は帝から下は庶民の一人に至るまで、苛烈な生と死に織りなされて波瀾に富むさまざまな人間ドラマが描きしるされている。
だからこそ、この時代は歴史研究のメッ力として、小説・演劇の創作の宝庫として、いまなお絶え間ない発掘の筆が研ぎすまされてゆくのである。
さらに、太平洋戦争に際会したわれわれ世代、戦時の青春を送り迎えた者には、騒乱から建設へという国の歩みに即して、到底ひとごとならぬ感慨でかえりみずにはいられないご時世であった。
ここに、無私大愚の貧乏旗本山岡鉄太郎がいた。
勝海舟、高橋泥舟とともに、崩れゆく徳川家の柱石として働いた山岡鉄舟は「幕末の三舟」と謳われた人物だが、意外とその蓋世の事績は知られていない。
「棺を蓋いて事定まる」というが、死後百年近くを経て、山岡鉄舟の偉大なる人間存在を敬慕し崇拝する人々のとみに増えてきた昨今である。
鉄舟がめぐりあわせ受けとめなければならなかった乱世の青春はどうであったのか。
その偉大なる人間の真実に迫ることは難しいが、これは公私両面から見た鉄舟の人物像を中心に、ともに同時代をひたむきに生きた青年群像への鎮魂の思いを寄せる作品とした。
終始、有難い御助言御声援を下さった読売新聞社図書編集部大野周子氏、新人物往来社大出俊幸氏に心よりの感謝を捧げたい。 12＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 円谷直護（つぶらやしんご）――⑫西郷隆盛と幕末維新 top
昭和5年 大阪市生れ。横浜国立大学経済学部に学ぶ。
文芸評論（野間宏「青年の環」論）のほか、歴史読物やエッセイなどを執筆。藤沢市在住。
『小田急線歴史散歩――史跡をたずねて各駅停車』鷹書房 1935年刊 p7-13 より。
小田急小史 top
小田急の創業
小田急電鉄を創業した利光鶴松（としみつつるまつ）氏は、文久三年（一八六三）大分県植田村の農家に生まれた。
十五歳のとき父が亡くなり、母を助けて家業に励んだが、学を修め名を挙げたいという気持を抑えきれず、二十歳になると遂に家を出て、叔父と共に上京した。
八王子警察署に勤務した叔父から学資を出してもらい、明治法律学校にまなんで、三年後に弁護士の資格を取得した。
そこで、今度は利光氏が学資を出し、叔父は警察をやめて法律学校へ通い、やはり弁護士資格をえて、のち判事になった。
ところで氏は、八王子付近に住んでいた頃、多摩の自由民権家、石坂昌孝や村野常右衛門の感化をうけて大井憲太郎の同志になり、やがて星亨（ほしとおる）を知って、東京市会議員をへて、三十四歳のとき、衆議院議員になった。
市議時代から実業界に関係したが、しだいに実業界がおもしろくなって、星亨が暗殺されると、結局、政界を去った。
そして明治四十三年、四十六歳のとき、辛苦して鬼怒川（きぬがわ）水力電気株式会社を創立、その社長になった。
利光氏は、市議時代から交通問題に関心をもち、交通に関する仕事もし研究を進めたが、しだいに意欲が高まり、大正八年、高架地下併用式電気鉄道の敷設を申請した。
これが内務省の反対にあうと、翌九年、あらためで東京～小田原間の鉄道敷設を申請した。
かねてから、郊外交通網の充実も唱えていたのである。
この計画には、政友会の大物政治家になっていた村野常右衛門の助力もあり、東京府も神奈川県も地方の開発に役立つと認めて、大正十一年、鉄道大臣の免許がおりた。
翌十二年、小田原急行鉄道会社を創立、利光氏が社長に就任した。
関東大震災のため遅れたものの、大正十三年から土地の買収がはじまり、十四年十一月には起工式の開催にこぎつけた。
この席で利光氏は、全線八十二キロ余を八工区に分け、一年半で完成させて、翌々年四月一日に開通させる、と発表した。 しかし、一般にはほとんど不可能と見られた。のみならず。途中から全線複線に計画を改めた。
これも、過疎地帯を走る郊外電車には考えられぬことだったが、この大英断と十分な設備投資によって、小田急の発展の基礎ができたのである。
もっとも、そのため、台所は苦しかった。
とにかくこうして、昭和二年四月一日、遂に開通した。しかし当日は、バッテリが外れているのに気づかず、どうしてもパンタグラフが上がらぬため運休したり、その結果、沿線で花火を打ち上げて待っている人に運賃を払い戻したり、さんざんであった。
それも、三日目からは正常化した。昭和四年四月一日には、江の島線の営業も始まった。
開通時の駅数は、新宿～小田原開か三十八、江の島線が十三。現在江の島線が分岐する相模大野にはまだ駅はなく、信号所であったが、ここに、小田急の基本線が完成、いよいよ本格的に出発したわけである。
するとこの年、「東京行進曲」がヒットした。
「シネマ見ましょかお茶飮みましょか いっそ小田急で逃げましょか」佐藤千夜子の歌声は、小田急の前途を祝うかのように、全国津々浦々に流れた。
昭和恐慌と戦時体制 top
日本人がはじめて蒸気鉄道を見だのは、嘉永六年（一八五三）にロシアのプチャーチンが、翌七年にアメリカのペリーが来航、持参したときで、実際に陸蒸気の模型を走らせて見せた。
明治維新後、日本人の手で鉄道を建設することになり、明治五年には新橋～横浜開か開通した。
やがて明治十年代後半から二十年代初めにかけて第一次私鉄ブームがおこり、ついで、鉄道敷設法を契機として、三十年頃をピークとする第二次ブームが生じた。
そのうち電車が発達し、地方鉄道補助法によって資金集めが比較的容易になると、大正末から昭和初めにかけて、第三次ブームを招いた。
第三次ブームの背景には、大正デモクラシーが政党政治を促し、政党が党勢拡張のため鉄道敷設に熱心だったこと、成城学園の例に見られるように、関東大震災をきっかけに、過密な都市から近郊への人口や施設の移転が始まったこと、などがある。
こうして、大都市の近郊では、この時期に多くの私鉄が開通した。
ところが、小田急江の島線が開通した直後から昭和恐慌がはじまり、私鉄各社は軒並み業績不振の状態におちいった。
創業したばかりの小田急は、昭和五年下期から十年まで、株式の配当はゼロになった。
この不況を乗り切ったのは、一つには沿線住民の協力があったからである。
バスが発達した現在でも、小出急は沿線住民の生活にとって重要な交通機関であるが、開通時はもっと貴重であった。
たとえばそれまで厚木から東京へ出るには、南の平塚まで人力車で一時回半、さらに東海道線で一時間半かかり、泊りがけが普通だった。
小田急が開通すると、新宿まで一時間以内で行けるようになったのである。
沿線住民にとって、小田急は“おらが電車”であり、従業員もその子弟が多かった。
もちろん、小田急もいろいろな努力を重ねた。
従業員の昇給は五年間ストップした。
運転本数もやや少なくなった。
そこで、新宿から江の島ヘ一時間おき、小田原へも急行二本を除いて一時間おきになり、新宿駅から両方面へ三十分ごとに発車するパターンが生まれ、これは十年以上も続いた。
夏の日曜には、江の鳥まで運賃半額で海水浴客をはこび、冬の箱根へは、やはり運賃を割り引き、ケーブルカー・旅館・土産もの店などの割引券つきクーポン券も発行した。
また昭和十年から、新宿～小田原間ノンストップの週末温泉特急を走らせた。
ふつうは一両か二両編成なのを四両とし、定員は二百名。ムーラン・ルージュのスター明日待子が吹き込んだレコード六枚を使って沿線ガイドや風景説明などを放送したが、揺れる車内でよく針がとばなかったものだ。
そのほか、向ヶ丘遊園の開設、砂利の運搬、沿線の土地開発と住宅の斡旋、政府補助金の獲得など、さまざまな面を開拓し苦闘した。
ところで、昭和十二年七月七日、蘆溝橋（ろこうきょう）事件がおこると、戦線は拡大し、戦争は本格化した。
そして早くも翌十三年四月、電力管理法と陸上交通事業調整法が公布された。
電力の国家管理により電力会社は有名無実となり、昭和十六年、存続会社の鬼怒川（きぬがわ）水力電気は小田急と合併、小田急電鉄株式会社と改称した。
このとき、七十七歳の利光鶴松氏が引退したが、氏は二十年七月、他界された。
また。翌十七年には、五島慶太社長のもとで、小田急は京浜電気鉄道と共に東京横浜電鉄に合併、新会社は東京急行電鉄（略称、東急）と称し、旧小田急は新宿営業局になった。
小田急の新生と躍進 top
昭和二十年八月十五日に戦争はおわったが、小田急は満身創痍の状態であった。
新宿駅と本社事務所は空襲で焼け、藤沢～江の島間は単線化され、線路には至る所、草が生い茂っていた。
各施設を早急に復旧する必要があったが、資材はおいそれとは手に入らなかった。
人の心も荒廃していた。二十年には鶴巻駅（当時）で列車が転覆し、経堂車庫の火災によって車両九両が失われた。
これは乗客の煙草の火が原因という。
激動と混乱のなかで、東京急行電鉄は、京王帝都電鉄・小田急電鉄・京浜急行電鉄の三社に分離することになり、二十三年六月、小田急は、箱根登山鉄道と神奈川中央乗合自動車を傘下に、分離独立した。
小田急生えぬきの安藤楢六（あんどうならろく）氏がやや遅れて社長に就任、以後二十年、再建と躍進の指揮をとった。
新生小田急の目玉になったのは、早くも十月から運転が始まった。
新宿～小田原間ノンストップ特急であった。座席には純白のシーツをかけるなど、当時としては精一杯のお化粧をしてすべり出した。
一年後の二十四年九月には、初の特急専用車が登場、乗客はくつろぎ、紅茶を飮みながら景色を楽しんだ。
このロマンスカーは、暗い世相の中でたいへんな評判となり、毎日一運転が翌年には毎日三往復運転になった。
そして二十六年末。東京に初の民放、東京放送がスタートすると、ロマンスカーのＰＲが始まった。
さらに二十九年には、小田急の技術陣が国鉄技術陣の協力をえて、ＳＥ車（スペシャル・エクスプレス・カーの頭文字）の開発に着手。三十二年から運転を開始した。
ＳＥ車を国鉄東海道線でテストしたところ、最高百四十三キロの時速を出し、当時の世界新記録（狭軌）となった。
その頃、国鉄でもっとも速い特急つぼめ号は、最高時速九十五キロであった。
ＳＥ車は、翌三十三年、鉄道友の会から第一回ブルーリボン賞を受賞、ロマンスカーは小田急のシンボルになった。
なお、ＳＥ車は、その後、新しいＳＥ車をへて、新特急車へと発展している。
いうまでもなく、このような新鋭車の登場は、変電所・信号・レール・枕木など、関連分野の飛躍的改良をともなってはじめて可能であった。
それはまた、一般輸送力の増強をも物語っている。
昭和二十三年に百両だった電車は、二十七年に百二十七両になって戦前水準へ復旧したが、三十八年には三百八十八両に達した。増発と編成増がいかに著るしいかがよく判る。
ところで、ロマンスカーの魅力の一つは、昭和二十五年、箱根登山鉄道線への乗入れが実現、新宿から箱根湯本まで直通で行けるようになったことである。
同年にはまた箱根観光船を新設し、ついで山のホテルを再建するなど、小田急は箱根の観光開発を強力に進めた。
さらに富士山麓の開発をめざして、昭和三十年、国鉄御殿場線への乗入れを実現させた。
一方、小田急沿線には大型団地の新設がつづき、大学の都心からの移転もあいついでいる。
このため小田急は、地下鉄千代田線への乗入れや多摩線の新設、町田駅や本厚木駅の大改造を行なったほか、経営の多角化へ乗りだした。
流通部門では、小田急百貨店が新宿・町田・藤沢に、スーパー・マーケットの小田急ＯＸが各地に店開きしている。
不動産部門では、昭和三十九年、小田急不動産を設立、町田や玉川学園などに大型団地を造成、さらに土地分譲からマンションの建売りへと事業を拡張している。
遊園地は、戦前からの向ヶ丘遊園地のはか、花鳥山脈、御殿場のファミリーランド、箱根アスレチックガーデンなどを次つぎと増設している。
ホテル業では、箱根三ホテル（山のホテル・ハイランドホテル・レイクホテル）に、昭和五十五年、新宿にオープンしたホテルセンチュリー・ハイアッ卜が加わり、小田急ホテルチェーンが拡大しつつある。
しかし、最近の小田急の事業のうちらっとも注目すべきは、都市計画の一環としての新宿西口の総合開発であろう。
これは、新宿副都心建設公社から委託されて小田急が肆設したもので、昭和四十一年十一月に完成した。
世界に例のない立体式広場をけじめ斬新なアイデアに富み、新宿西口と小田急とは一体化した。
都庁の西口移転が決まったから、いずれここは東京の表玄関になるわけである。
こうして見ると、小田急の歴史は、東京および近郊の市民の歴史の一部でもあると思われる。 11＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
百瀬明治（ももせめいじ）――⑪德川吉宗と幕府の衰え top
同氏著『徳川秀忠――三百年の礎を築いた男』 経営書院 1995年、『徳川吉宗――時代に活を入れた手腕と業績』角川選書260 1995年より
〈著者略歴〉
1941年長野県松本市に生まれる。京都大学文学部史学科卒業。
『表象』同人、「季刊歴史と文学」編集長を経て、現在は歴史人物をテーマに健筆をふるう。
〈著書〉
『日本型リーダーの魅力』（プレジデント社）、『みちたりて明日』（三一書房）、
『日蓮の謎』『大実業家・蓮如』（祥伝社ノンブック）、『暗殺の歴史』（日本書籍）、
『名僧人物伝』『戦国武将新研究』（力富書房）、
『「軍師」の研究』『「適適塾」の研究』『戦いにおける「勢い」の研究』
『戦国名将の条件・参謀の条件』『信玄と信長「天下」への戦略』（ＰＨＰ研究所）、
『御家騒動』（講談社現代新書）、『徳川吉宗』（角川書店）など多数。
はじめに（『德川秀忠』） top
徳川将軍は十五代を数えるが、そのうち私たちがふつうすぐ名前を思い浮かべるのは、初代家康、三代家光、五代綱吉、八代吉宗、十五代慶喜ぐらいのものではないだろうか。
幕府を開いた家康はいうまでもなく、彼らはそれぞれに個性的で歴史に残る作業をなしとげてきた。
それに比し、残した実績はきわめて大きいのに、案外閑却視されているのが二代秀忠ではないかと、私は考える。
江戸幕府の権力形成を語るとき、これまで確立者としては三代家光の名ばかり喧伝されるきらいがめった。
秀忠はその分、神君家康と三代家光のあいだのリレー役として、とかく凡庸な二代目という損な役まわりを負わされてきた。秀忠のイメージや人気がいまもって低いのは、多分にそのせいであろう。
しかし、では秀忠は本当に凡庸な二代目であったのだろうか。
むしろ逆に、日本の二代目を考えるとき、秀忠は決して見過ごしにできない存在感をもっているのではないだろうか。
私はそのような疑問を出発点として、小著の執筆に取り組んだ。
すると、従来の通念をくつがえす秀忠の新たな横顔が次々と浮かびあがってきた。
秀忠という非凡な二代目がいたからこそ、江戸幕府の長久は実現した、と考えるほうがより歴史の実相に近いという印象をおぼえさせられた。
秀忠の奥行きの深い二代目ぶりは、ことに将軍になって以降、鮮やかに発揮される。
秀忠は、家康より譲られて二代将軍の座についたとき、すでに二十七歳を数えていた。
男として、主体的な活動を始めるに足る、一人前の年齢になっていたわけである。
だが、秀忠は将軍にはなったものの、一種の陰の人のようなあり方を強いられた。
父家康が将軍を退いたあとも、全国統治の大権を手放さず、駿府において大御所政治を執行したからである。
言い換えれば、秀忠は将軍でありながら、何事も独断はダメ、新しい事業をはじめるならすべて家康の承認を得てからにせよ――そういうガッチリした枠組のなかでしか行動の自由を認められなかった。
秀忠としては、ときに不満が昂じ、鬱屈した想いにさいなまれたこともあったに違いない。
にもかかわらず、秀忠は実直な性格そのままに、ひたすら耐えた。いや、単に耐えたばかりでなく、心にそまぬ環境のもとで、治者としての心構えや権謀など、学べることは貪欲に学んだ。
そのとき、彼が直接の師として仰いだのは、政治力学駆使の名手といってよい父家康であった。
このようにロボット的将軍のあり方に甘んじず、かといって表立った反抗をするでもなく、着実に実力を蓄えることにつとめたのが、まずもって秀忠の偉さであり、凄さであるといってよい。
秀忠の地為は、やがて家康も認めることになった。とくに死期を迎えたころ、家康は折あることごとに秀忠に対する信頼感を吐露している。
最晩年の家康は、「秀忠が健在な限り、よもや徳川の社稷（しゃしょく）が揺らぐことはあるまい」という確信を抱いていたようだ。
ふつう、二代目は親の掣肘（せいちゅう）をうるさがって独自路線をつつ走ろうとしたり、あるいは親の偉大さに圧倒されて無気力におちいりがちである。
親のほうも、後継者の暴走を警戒したり、能力の乏しさを案じたりするなど、自分の死後の事業の行方に不安感を禁じられないことが多い。
そんな観点からすると、家康、秀忠のあいだの政権委譲は、初代から二世へのリレーの理想的なパターンとすることができるであろう。
秀忠の凄さは、家康が没し、名実ともに備わった将軍の座を掌中にしたあとの施政ぶりにもくっきりあらわれている。
家康は創業者であったから、幕府の体制強化のためにいくつかやり残した事業があった。
それらの懸案を、秀忠はそれまで定評だった律儀さ、実直さが嘘であったかのように、大名改易などの強権を容赦なく発動し、次々と解決していくのである。
完成は三代家光の時代に持ちこされたにせよ、江戸幕藩体制を不動のものとした功績は秀忠に帰するといっても、決して過大な評価ではない。
小著を書き進めるうちに、たとえそれが武家政権という枠内のことであるにせよ、秀忠こそまさに理想的な二代目ではなかったかという印象を私はますます深くした。
あとがき（『德川吉宗』） top
吉宗の人生は、みごとなほどにドラマ性を帯びている。部屋住みの身に生まれながら、越前丹生（にう）三万石を与えられ、紀州本藩の藩主となり、ついには将軍の座まで射とめるというこの三段跳びの立身は、封建的身分制の江戸時代において、他にちょっと類がないであろう。
しかも、吉宗はこの強運にたじろぐことなく、それぞれの役割を立派に演じ切った。
ことに、将軍としての英才教育を受けたわけではないのに、手ぎわ巧みに幕政を切り回してみせたことは、吉宗が並々でない力量の持ち主であったことを物語ってあまりある。
しかし、その人生がドラマチックであったわりに、彼の人間性や施政の面ではあまりロマン性が感じられない。
小著を書き終わったいま、吉宗が根っからの実務主義者であったということを、私はつくづく実感させられるばかりである。
吉宗は明らかに、高邁（こうまい）な理想を掲げてその実現を標榜（ひょうぼう）する哲人政治家ではない。
吉宗の視線や意識は、いつもどこか醒（さ）めている。
現実というものを凝視し、実用ということに最高の価値判断を置いていたかのようにみえる。
吉宗は、武士の基本に立ち返り、士たるものは文武両道を兼備することを強調したが、吉宗が「文」と認めたのは、ことごとく実際の役に立つ学問であった。
風雅な和歌の道も理念的な儒学も、彼は排そうとはしなかったが、同時に積極的な関心も示そうとしなかった。
私たちが吉宗の営為のなかでもっともロマン性を感じとれるのは、異国の風物に深い興味をよせ、象やハルシヤ馬の移入をはかったことであろう。
しかし、これとても、所詮（しょせん）は吉宗の実学好みからはみでるものではなかった。
吉宗の人物像にロマン性が乏しいのは、おそらく粗忽（そこつ）な失敗譚（たん）が伝えられていないことにも一因があるように思われる。
そんな失敗譚の稀有の一例が、『南紀徳川史』に記されている。
紀伊藩主の頃のこととされるが、鷹狩りに興じていた吉宗は、野原を走りまわっているうちに、肥溜（こえだめ）に落ちこんだ。
当然、衣服身体とも糞尿まみれになる。この場面では、吉宗は人並みに狼狽（とうばい）し、しかるべき人間的言葉を発してもよいはずだ。
しかし、実際はどうであったかは別にして、『南紀徳川史』は、このエピソードまで吉宗を名君に仕立てあげるための美談にしてしまっている。
これでは、吉宗という人間のロマン性はますます失われていくばかりである。
もっとも、ロマン性の欠如というのは、有能な政治家の一条件であるのかもしれない。
『徳川実紀』ほかには、吉宗の人間的な美質として、次のようなことが挙げられている。
あるとき、浄土宗の僧が吉宗を咒咀（じゅそ）する行為を行った。それを知らされた吉宗は、笑いながら言つた。
「もしまことに咒咀する者あらば、心まかせに咒咀させよ。少しも患ふべきにあらず。此後かかる事ありとも、訴へ出るに及ばず。速にすてしむべし」
咒咀などという迷信をことともしないこの合理的精神は、まさに実務主義者吉宗の真骨頂を示しているといえよう。
ここでも、江戸時代の精神レベルを吉宗は軽々とクリアしており、ロマン性をみずから封殺しているのである。
しかし、だからこそ吉宗は迷いなく幕政改革を断行することができたのだった。
吉宗は人材活用の名手として多くのスタッフを自在に使いこなしたが、真のブレーンと呼べるほどの人物はいなかった。
にもかかわらず、自分一人の判断を頼りに、一大改革をなしとげたというのは、大変な壮挙とすることができる。
それゆえ、総合的に評価すれば、吉宗が徳川将軍中の屈指の名君であったことは、首肯されてよい。
『公事方御定書（くじかたおさだめがき）』の制定をけじめ、法治制度という一本の芯を幕政に通したことも、名君吉宗
の評価を高める。
けれども、吉宗の施政にも限界はあった。
近年、吉宗はリストラの先駆者というような形容を付されることが多い。たしかに、吉宗にはその面影がある。
しかし、吉宗は米本位の自然経済から拡大志向の貨幣経済・商品経済への移行という時代の趨勢に対する正確な展望を欠いていた。
幕府財政の再建という当面の目標はとりあえず達成したにせよ、経済政策全般において十分な成果をあげたとはいいがたい。
むしろ、この場面での吉宗の功績は、ずっと放漫経営をとり続けてきた幕府に、財政改革という理念を植えつけたことにあるのであろう。
その意味では、吉宗はやはり名君だったのである。
改革というものは、個人の力で、そして一朝一夕に成るものではない。
吉宗の改革に向けたひたむきな挑戦の現代的意義は、逆説的なようだが、そういう教訓を私たちに示唆している点にもあるように思われる。
なお、小著を執筆するにあたり、角川書店編集部の宮山多可志さんに取材や資料集めなどで多大のお世話をこうむった。
この場をかりて、お礼を申しあげたい。 10
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高野 澄（たかの・きよし）――⑩徳川家康と江戸幕府 top
同氏著『徳川慶喜――近代日本の演出者』より
1938年、埼玉県生まれ。同志社大学文学部社会学科卒業。新聞学を専攻。立命館大学大学院修了。専攻は日本近代史。立命館大学助手を経て、著述業に。
著書に『呂宋助左衛門』『怒濤の時代』『西郷隆盛よ江戸を焼くな』『賄賂の歴史』『板垣退助』『西郷隆盛』『安藤昌益と「ギャートルズ」』『勝海舟』『21世紀の西郷隆盛』『適塾と松下村塾』『烈公水戸斉昭』などがある。
あとがき（『德川慶喜』） 一九九七年夏
幕末の政治は複雑な過程をたどる。
朝廷が幕府を抱えこんでいるように見えながら、じつは幕府が朝廷を牽制しているといった状況がつづき、薩摩や長州、越前や土佐などの諸藩がからみ、外国勢力がそれぞれの思惑を秘めて介入していた。
そういう状況のなかで徳川慶喜の人生と政治構想を理解するには、どんな方法が適しているか？
政局の変化に引きまわされ、自分の思うことも充分に発言できない不幸な人物――こういうイメージを提供することだけは避けたいと考えた。
水戸藩徳川家の若様として生まれ、非凡な器量に恵まれた慶喜の人生が平凡であるはずはないが、だからといって、政治のなかに閉じこめられただけの生涯だと決めてかかるのは、慶喜を身近に理解する方法とはいえない。
読者とわたくしの前に、まず慶喜の生の生涯があり、その向う側に複雑をきわめる政局が展開されている、そのような舞台をお見せするのが最適だと考えた。
勝利に奢る慶喜、難局に悩む慶喜の背中に位置をとって、慶喜と同じ視線で事態の変遷をながめ、選択を考える方法でもある。
幕末の政治過程の詳細についてはいささか筆が足りない展開になったが、それは予定のうえのこと、やわらかい物語が展開されていれば著者の意図は達成されている。
徳川慶喜は何をやったのか？
幕府が瓦解の過程にあったのを正確に認識したうえで、まず幕府を拾いあげ、次に捨ててみせた。
捨てるには拾わなければならない、だから慶喜は将軍になった。
政治の権力とは捨てたり拾ったりするのが可能であるという発見、これが慶喜の決意によって具体的にしめされた。
このことを発見するチャンスを与えられていたのは慶喜だけだ。
だから慶喜は、自分にだけ課せられた歴史の使命を完璧に果たしたことになる。
この一事については、大きな声でいわせていただきたい。
政権は拾ったり捨てたりされるもの、したがって、人間の手でつくったり破壊されたりするものだという慶喜の発見、これが明治政府の指導者の恐怖の母胎に、そして恐怖が強権の母胎になった。
人生後半の慶喜が政治への発言をしなかっだのは、自分が明治政府の指導者にたいして、なにを譲り渡しかのか、はっきりと知っていたからだ。
慶喜の父の徳川斉昭の評伝を書く仕事が終わりにちかづいたとき、ＮＨＫ出版の道川文夫氏から「慶喜の生涯を書かないか」と誘っていただいた。
胸がわくわくする偶然から、この書物は生まれている。
そして、編集の実務に携わっていただいた田中美穂氏、石浜哲士氏、そして芦沢孝作氏に手伝っていただいて、ようやく一冊の本のかたちになった。多謝々々。 9
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岡本文良（おかもと・ぶんりょう）――豊臣秀吉と天下統一⑨ top
同氏著『野鳥と生きた80年――鳥類の研究と保護に生涯をささげた山階芳麿』（ＰＨＰ愛と希望のノンフィクション）より
一九三〇年茨城県に生まれる。出版社勤務ののち、文筆業にはいる。
『秋子のゆくところ』（あすなろ書房）『雲のようなぼくの恋』（国土社）『ことばの海へ雲にのって』『ネパールに流れた美しい水』（以上ＰＨＰ研究所）など作品多数。
あとがき 平成二年初夏 岡本文良
私は、まえに十数年間、子どものための雑誌や単行本をつくっていたことがあります。
その間、野鳥のことを取りあげるときになると、かならずといっていいほど、東京・渋谷区にあった山階（やましな）鳥類研究所をたずねて、研究の先生方に原稿を書いていただいたり、お話をうかがったりしました。
そのため、先生方から、研究所をたてられた山階芳麿（やましなよしまろ）博士のお話をうかがうこともよくありました。
その後、本を書くようになってから、私は、『冠島のオオミズナギドリ』という本を書きました。
京都府舞鶴市の沖合いに、冠島という小さな無人島がありますが、夏、その島にわたってくるオオミズナギドリという鳥についてたいへんな研究をした人たちの話を書いたものです。
その際私は、研究者たちと冠島にわたって、三日間をすごしました。
島には、山階鳥類研究所の吉井正先生もわたって、野鳥を守る会の人たちとともに、オオミズナギドリの足に調査のためのリングをつける仕事をしていました。
「山階鳥類研究所って、こういうこともしてるんだなあ！」
私はそう思って目をみはったことを、今でもわすれません。
それから十数年後の平成元年一月二十八日、山階博士は死去されました。
新聞やテレビがそろって博士の死をおしんでいるのを目や耳にしながら、私はあらためて、博士の歩んでこられた道を知りたくなって、干葉県我孫子市にうっった山階鳥類研究所をたずねてみました。
「青木営治さんという人が中心になってまとめた『山階芳麿の生涯』という本がありますよ」
私はそういわれて、その本をかりてきました。読んでみて、びっくりしました。
八十数年にわたって、山階博士のなさってきたことがらが、物語としてではなく、日記ふうに、実にくわしく記されていたのです。
青木さんは、元新聞記者で、山階鳥類研究所の理事もされている人です。
はじめ、山階博士の伝記を物語ふうに書こうとして、山階博士にいわれたそうです。
「美化されてしまうから、伝記はいらない。書くなら、事実だけにするように……」
その結果、本は事実だけを記したものになったという話です。
しかし、私は考えました。
現在、多くの野鳥が、人間の迫害をうけてほろびかかっています。山階博士は、そういう時代に、生涯を野鳥のためにささげた立派な方です。当然、できるかぎり多くの人に知ってもらって、その心をうけついでもらわなければならない人でしょう。
私はそう考えて、ぜひともこの物語を書こうと思いたちました。
書くにあたって、青木さんの『山階芳麿の生涯』のほか、山階博士ご自身がお書きになられた著作物も参考にさせていただきました。
さらに、山階博士のご子息で防衛大学校教授の山階芳正先生、青木さん、もと山階鳥類研究所員の松山資郎さん、同研究所標識研究室の吉井正室長のみなさんにいろいろなご指導をあおぎました。
心から、お礼をもうしあげます。
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祖田浩一（そだ・こういち）――織田信長と統一への道⑧ top
同氏著『歴史を変えた日本激戦史』 日本文芸社 昭和61年刊より
昭和10年島根県に生まれる。昭和33年早稲田大学卒業。
主な著書に『寄席行燈』『円空入定』『お鯉の生涯』などがある。
日本文芸家協会会員
まえがき 昭和五十九年 祖田浩一
北条早雲は、常日ごろ節約にはげんで財を蓄えることに熱心であった。
それも尋常な節約ではなく、いかにもけち臭く、並の人間にはとても真似できない位に徹底していた。
自分だけがそうするのではなく、領民にもそれを強（し）い、財を貯めることに異常なほど力を注いだ。
しかし、いざ戦さとなると、この蓄えを惜しげもなく使った。
まるで宝玉をうち砕くように、思い切りよく投げだした。
つまり早雲は、金銀財宝を蔵にしまい、それを時たま眺めて満足するために、蓄えに熱心であったのではない。
「早雲を手本とせよ」、といった武将もいたほどだが、なかなかこうはできないものだ。
蓄えたものが惜しくて、戦さにそれをつぎ込まず、蔵に蓄えを残したまま殺されていった将の方が、はるかに多い。
いずれが良いかは、知らない。
それは人それぞれの生き方、考え方の問題である。
また羽柴秀吉も戦いにのぞんで、お金を惜しげなく使った一人だ。
秀吉は、本能寺の変のあと、明智光秀を討つために中国攻めから引き返す時、姫路城に蓄えていた米や金銀を全部、下士たちに分配した。
今後、何年かかるか知れない戦いのために、武器弾薬などに要るだろう、戦費として大事にしまっておかねばならない、という考えが、まるで湧かなかった筈はない。
全部分配して蔵を空にし、それを武士たちにしっかり見せておいた。
そして姫路を出発して山崎で明智軍と戦った。これらなかなか出来ないことだ。
合戦の起こる要因には、さまざまのことがある。
たとえば、土地の奪い合い、豪族や大名の勢力争い、政権奪取と、権カヘの志向、家督相続などにからんだ兄弟・同族間の内訌、同盟などによる義理の戦い、復讐や長年にわたる怨念による戦い、単に個人的な野望に発したものもある。
また合戦を、要因とは別に、戦術や戦闘形態の変還などを軸に見ていくやり方もあるだろう。
本書では、いろんな意味において典型的な戦いを取り上げたいと考え、地方の合戦も入れたいと思ったが、結局中央政権にかかわりの深いものだけを取り上げる形となった。
合戦はやはり最大のドラマである。謀略があり、裏切りがあり、落城があり、敵対者への憎しみが戦後の裁きと追求の厳しさとなり、それが尾を引いて次の合戦の芽をつくる。
力の限り闘って、一族すべてが全滅するのは悲しいが、むしろこういう合戦の方がさっぱりする。
同族の裏切りや、味方である筈の者が敵に内応し、一種のだましにあって内部崩壊したりするのは、やりきれたい。
こちらまで胸が痛む。
何が卑怯といっても、戦況を見て、途中から裏切り行動に出るほど卑劣なことはない。
どんなに不義理であっても、はじめから敵にまわっておれば、あきらめもつくし、どんなにかすっきりするだろう。
戦いにおいて謀略や戦術・機略は必要であるし、将たる者の指揮能力や機転によって勝敗が左右されることは当然である。
それぞれの戦いの勝因は、みな異なっている。
奇襲が勝因のすべてであった場合もあるし、謀略が成功にみちびいたこともあり、経済力が物をいった戦いもある。
しかし、多くの場合、堂々と真正面から四つに組んで勝ったという例は、きわめて少ないといってよい。
勝ったということは、実はいかに裹工作をし、いかにずるいことを沢山やったかということに近い。
世に生き残り、時代を支配するためには、強い軍団を持てばよいということだけではなかった。
逞しかったり、粘り強かったり、忍耐強ければよい、ということでもなかったのである。
勝者の体質の中には、いつの時代にもずるさと欺瞞が隠されている。
長い間、人々は、こういう勝者たちによって支配され内乱に明け暮れていたのだということを、改めて思い知らされた。
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鈴木 亨（すずきとおる）――信玄・謙信と戦国大名⑦ top
『日本合戦史』高柳光寿／鈴木 亨共著 学芸書院 1697年刊より
〈著者略歴〉
高柳光寿（たかやなぎ・みつとし）
明治二十五年静岡県に生まれる。国学院大学史学科卒。
東京大学史料編纂官。国学院大学教授。大正大学教授を歴任。
日本歴史学会会長。文学博士。
主な著書「足利尊氏」「戦国戦記」「明智光秀」「青史端紅」その他多数。
鈴木 亨（すずき・とおる）
昭和七年福島県に生まる。早稲田大学仏文科卒。人物往来社
出版部長、朝日学生新聞社出版委員を経て、現在秋田書店第一出版部長。
序 高柳光寿 昭和四十三（1967）年
歴史家の書く歴史が、どうも人間不在だという声を聞くことがある。
大衆は、人間のいない歴史よりも、人間臭い歴史を求めているのではないかと思っている。
私は、今までにいくつかの本を書いて来た。
「足利尊氏」とか「戦国戦記」とか、あるいはまた「青史端紅」だとか、それが幸い読者に評判がよかったということは、恐らく、人間の存在を殊更意識して書いたことからかも知れない。
もともと歴史は人間のつくるもの、人間臭い血の通っている歴史が求められるのは当然なことと思う。
私は三十余年の間、東大史料編纂所にいた。
そして諸方へ史料の採訪に出張したが、古文書や古記録を捜して歩くのが主で、あまり史蹟を踏査することはできなかった。
史料の編集はそれでよいが、歴史書を書くとなるとそうはいかない。
そこで退職後、閑暇を得てあちこちを歩きまわった。私の興味は古戦場にあった。
静かに古戦場の址に立ったとき、歴史上の人物が、その人間性を発揮するのは、合戦という舞台においてであることは疑いないと思った。
そして、その合戦というものは、必ず歴史の屈折点に位置していて、一つ一つの合戦を経て、歴史は先に進んで行くものであった。
その意味で、神々の時代の合戦、血統の力の時代の合戦、武力の時代の合戦の変化はあっても、ここに人間臭い合戦があった。
この本に、合戦を通じてみた日本歴史ということもできよう。
ところで、共著者の鈴木君は永年歴史図書の企画編集に携ってきた。
その間に彼が取材した資料と、私の知識とを合わせまとめたものが、この本である。
私は常日ごろから、歴史を、しかも真実をできるだけやさしく書きたいと思っている。
かたい歴史書にするつもりは、私にも鈴木君にもさらさらない。
どうぞ、お気軽に古戦場の旅を楽しんで頂きたい。 6＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
阿井景子（あい けいこ）――⑥足利尊氏と源平の内乱
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一九三二年（昭和七年）長崎市に生れる。
佐賀大学教育学部卒業後、出版社勤務を経て、執筆活動に入る。
著書に『龍馬の妻』（ちくま文庫）『西郷家の女たち』（文春文庫）『涙、らんかんだり――武田勝頼の正室』（講談社）『秀吉の野望』（光文社文庫）などがある。 |
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『わが心の師、清張と魯山人』 あとがきに代えて 平成七年冬 著者
（中公文庫 p210-213） 魯山人は一言で言うと“狂気”の人である。それゆえとことん美を追求できたともいえるが、妥協することが少なく、家庭に恵まれず淋しい晩年であった。
一方松本清張は苦労人の常識人である。体力の衰えから、最晩年は気むずかしくなっていたようだが、それでも魯山人のような尊大さ、傲岸さ、狷介さはなかった。
仕事に対しても魯山人は気紛れで、それを自慢にしているふしがあったが、清張は努力家で“日々これ仕事”の生涯を送っている。
「芸術新潮」の立花卓は、
「巨匠といわれても、先生は威張ったところがなく、気軽につきあってくれた」「資料を持っていくと、一生懸命に読んでくださった」と回想しているが、清張は真摯で率直であった。
そのせいか私は、魯山人に接したときのような恐怖を感じたことは一度もない。苦労人で常識人の清張は、どのようなときも話せば耳を傾けてくれる“暖かさ”を有していたからである。
小学校時代を知る下関市の大枝欽一さんは、「お母さんはとても優しい人で、きよはるさんも、思いやりのある、優しい人だった」（一九九二年八月六日「山口新聞」）と語っているが、弱い者への労りを忘れていない。
だが魯山人はみごとなまでに人を差別した。無教養で気働きのない人間を嫌い、低く扱っている。
この相違は二人の性格もあるが、育ちによるものであろう。
不義の子魯山人は、生れ落ちたときから邪魔者であった。よくぞ死ななかったと思うほど、過酷な扱いを受けている。
しかし清張は、一人っ子として両親の愛を享受した。貧しくとも自分を庇護し、可愛がってくれる両親がいることは、子供にとってどのように心強いことであろう。意識せずとも安らぎがある。
魯山人が人を恋しながらも、妻子を人を愛せなかったのは、肉親の情愛を知らずに育つたからと思われる。他人の中で生きていくには、自分自身が頼りである。自己中心的にならざるを得ない。
心許せばつけ込む人も多いからで、絶えず身構えねばならなかった。だがその割には魯山人は無邪気であった。純粋でもある。
星岡を排斥された魯山人は、自分が馘首した帳場主任田中源三郎（経営者中村武四郎の義兄）を路上で認めると、わざわざ車を降り、懐しげに呼び止めている。
爆雷を落として怒りを発散させてしまうせいか、魯山人には持続力が欠落していた。怨念を起爆剤にして仕事に立ち向う清張の気迫は持ち合せていなかった。むしろ、心のままに生きようとして、格闘していたような気がしてならない。
口述筆記した魯山人の原稿に、「芸術新潮」の原稿がプラスされて、『春夏秋冬 料理王国』の書名で、魯山人の本が淡交新社より出版されたのは昭和三十五年二月である。
Ｇ社から再校のゲラが出たが、魯山人が再び返却せず、放置していたのを平野雅章が淡交新社に持ち込んだという。
「これが、あなたのやった仕事ですよ」
平野がそう言って、「料理王国」を私にプレゼントしてくれたのは、昭和四十六年秋であった。
ともあれ二大巨星に遭遇し、私淑できた自分の幸せを、私は今になって運命の神に感謝している。
松本ナヲ夫人（清張氏夫人）をはじめ御協力を賜った方々、“二人の巨人”をぜひとも書くようにすすめ、雑誌、単行本の面倒をみてくださった文春文庫編集長高橋一清氏、書きあぐねている私を支え励ましてくださった別冊文藝春秋編集長重松卓氏らに厚く御礼を申上げて筆を擱（お）く。 5＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
島田三蔵(しまださんぞう)、本名＝前島勝義(まえじまかつよし)――⑤源頼朝と源平の戦い top
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日曜日は自転車の乗って
（前島勝義著 株式会社平原社 2009年刊のカバー折り返し）
1938年9月20日、現在の東京都墨田区向島に生まれる｡
祖父の代から布団業を営む裕福な家庭だったが、終戦の年に焼け出され､足立区中川(駅は亀有)に移る。
家が貧窮していたため、中学卒業後は就職するつもりで就職先も決まっていたが､担任の先生のすすめで受験した江北高校に合格。途方に暮れていたところ、亀有で私塾を営む三浦正一郎先生が援助してくださり、塾の講師になることで高校へ進学できた。
1957年、東京教育大学(現･筑波大学)文学部日本史学科に入学。
在学中に父親が死去したため留年し、人濱書店で働く。自転中ﾐの荷台に本を山のように積んで官公庁などに配達したことで足腰が鍛えられ、自転車に自信をもつ。
卒業後､子どもの本を出版する借成社や学研に勤め､編集者としてはいい仕事をしたが、社の方針に合わず退社。
35～36歳から島田三蔵のペンネームで翻訳を始める。
主な訳書に『デトロイト刑事』(早川書房)、『チャリティ岬に死す』などのブレイデレ･コイン･シリーズ(扶桑社)、『誰がジョン･レノンを殺したか？』(音楽の友社､学研)、『戦争と|ド義』(朝日選書)、『ゴッホ「医師ガシェの肖像』の流転』『古地図に魅せられた男』『1900年のハリケーン』『硫黄島の星条旗』(以下､文春文庫)など多くある。
2007年9月、胆のう癌のため死去。 |
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嶋岡晨(しまおか・あきら＝しん)――④『藤原道長と貴族の栄え』 top
（著者の作品『菅原道真』（成美堂出版 1985年8月刊より）
1932年高知県生まれ。明治大学文学部卒業。 日本文芸家協会会員。日本現代詩人会会員。｢歴程｣同人。明治大学文学部講師。
〈著書〉歴史人物関係の著書として、『坂本竜馬の手紙』(名著刊行会)『土佐勤王党始末』(新人物往来社)『明治の人 反骨・谷干城』(学芸書林)｢豊臣秀吉｣(成美堂出版)、その他がある。
あとがき
日本全国には、ほとんど数えきれないほどの天満宮、天神社がある。
私の住む町田市にもいくつかあるが、いちばん大きいのは、「菅原神社」でこれは、寛永七年（一六三〇）、地元のひと大沢去蕃が土地を寄付し、道真の木像をまつったのが神社の起源だという。
訪れてみると、境内のいっぽうの板壁に、絵馬がたくさん吊りさげられているが、由緒ありげな天満宮、天神社なら、最近どこででも認められる現象で、その絵馬奉納の目的のほとんどすべては高校や大学の受験生の合格祈願だ。
しかし、合格哲願に訪れる若者たちの群れの、いったい何パーセントが、かんじんの祭神・道真についてよく承知しているのだろうか。多少の知識はあっても、いったいどこまで理解しているだろうか――道真の人間的真実を。
知らないということは、かなしいことだ。
かつて私は、長い間、両親の所有する家屋敷のあった、高知市天神町になじんでいながら、歩いて五分とかからないところ、天神橋のたもとにある天満宮（通称、潮江の天満宮）が、全国どこにでもざらにあるものと、さして変わりもないものとばかり思いこんでいた。
こんど、成美堂出版から《菅原道真》を書くように、と言われて初めて、あれこれと調べるうち、思わずオッと叫ぶような事実にいくつかぶつかったが、その一つは、若い日の私がよくその境内へふらりと散歩に出向いた天満宮が、土佐へ配流された道真の長男高視と、ふかいつながりのあることだった。
大満宮のすぐ南には、筆山（ひつざん）という小山があり、高見と呼ばれる丘がそれにつらなっている。その地名も、少年のころからなじんできたものだが、ただ高い所から見るという意味だろうぐらいに思っていた。が、調べてみると、名称の由来は何と、そのあたりに六年間、菅原高視が住んでいたからだった。
道真の没後、従僕だった旧門弟・松本春彦（甘酒安行＝白太夫）が遺品をたずさえ、はるばる土佐の高視のもとへとどけにきた。
春彦自身は、土佐の大津まできて病没したので（その遺骸をまつったところが、大津の白太夫神社である）、遺品は村の者が、かわって高知城南の潮江高見までとどけた。
その遺品のうち、道真の衣と剣を御神体として社にまつったのが、潮江の天満宮だった。
もう一つ、この天満宮のすぐとなりに真如寺という寺がある。私にはこれが、むかしから妙に気になっていた。
どうして天満宮という《天の神》をまつる社のそばに、仏をまつる寺があるのだろう？………。
その謎も、とけた。
太宰府からはこばれてきた遺品のなかの一つは、道真が愛蔵し枕もとに置きつねに祈りをささけていた十一面観音だった。
それを、つまり真如寺があずかるかたちを取って、まつることになったものらしい。
そんなふうに、思いがけない発見があったり、謎がとけたりすることこそ、歴史上の人物の足跡をさぐる過程での、何よりのたのしみだ。
こんどの仕事も、もちろん多くの先達のすぐれた研究書に負うとこるが少なくなかったのだが（それらは、あとに列記する）、たとえば、明大仏文の学生のころ、卒論のことでお世話になった中村真一郎先生が、菅原道真にふかい興味をもたれ、ＮＨＫテレビの「日本史探訪」にも出られて、《詩人》道真を高く評価し、「世紀末のフランスの象徴派の詩じゃないかと思うような、非常に美しい詩です」（角川書店『日本史探訪』2）と讃え、さらに、現代のことばで、流麗艶雅な現代の詩として道真の漢詩を訳されていたことを知り、そのことが私にとっては、大きなはげましと感じられたのだった。
つまりそれは、現代詩人のはしくれである私にも、私なりに道真を解釈することが許されるという、承認にひとしかっと。
「こんなに繊細な神経を持っている人が、とっても政界の荒波には耐えられそうもないという気がします」
という評言には、まったく同感で、そういう《詩人》の資質そのものにすでに道真の悲劇は懐胎されていた、と私も思う。
自分に課せられた《詩人》と《政治家》の二つの役割を、ついにうまく統一できず、内的対立、その矛盾かっとうに苦しみ、あげく《詩人》を許容しない政治の現実のきびしさに挫け、敗れた――
そういう悲劇的人物として、道真は生なましくよみがえってくる。
そこにある課題は、意外に現代的・今日的である。
（いまふとこれは思いつくままに言うのだが、源実朝の悲劇にもかようだけでなく、二十世紀の革命詩人マヤコフスキーの悲劇にも、かよう要素があるように思う）
受験シーズンになれば、トコトコ天満宮へ合格祈願に出かけるよりも、そのまえに、こういった道真の抱えた人間的・社会的課題を学ぶことこそ、はるかに有意義ではないか。
《参考資料》
『菅家文章・菅家後集』日本古典文学大系72・岩波書店 『大鏡』日本古岨（文学全集20・小学館 『浄瑠璃集』日本古典文学全集45・小学館 『菅原道真』井上哲次郎著・日本教育文庫6・北海出版社 『菅原道真』坂本太郎著・人物叢書100・吉川弘文館 『菅原道真』阿部猛著・教育糯歴史新書15・教育社 『菅原道真』高取正男著・日本を創った人びと4・平凡社 『三善清行』所功著・人物叢書四・古川弘文館 『伝説の時代』志村有弘著・教育社歴史新書38・教育社
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田井友季子（たい ゆきこ）――③聖武天皇と奈良の大仏
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1923年、横浜生まれ。劇作家岡田八千代に師事。
1951年、日本新聞協会のラジオドラマに当選。
1965年、「婦人公論」に現代物語女性史『岡田八千代伝』で当選。
著書は『江戸女百花譜』（図書館協会選定図書）『江戸女豆事典』『運命に燃えた16人の女たち』 『幕末明治女の事件簿』など多数。日本ペンクラブ会員。大衆文学研究会会員。
『対馬物語』日韓善隣外交に尽力した雨森芳洲 光言社 1991年刊より
筆者 あとがき
「思想新聞」の連載小説のことで、「日韓関係で何かいいテーマはないでしょうか」とご相談を受けたのは、ソウル・オリンピョク（一九八八）の前年でした。
そのとき眼に浮かんだのは、数年前に日韓トンネルのルポ記事を書くため、「新天地」の高津啓洋氏と対馬に飛んだ折、仕事の合間に案内していただいた対馬藩主宗家の菩提寺万松院に供せられていた朝鮮国王からの贈り物でした。
それらの品々は、「朝鮮通信使」が来日されるたびに献じられたもので、鎖国の時代にあっても、対馬藩と韓半島が緊密に交流していた証しを思わせました。
それ以後、私は「朝鮮通信使」に深い興味を持ちました。
数百人の隣国人を迎え、江戸まで案内し、再び対馬を経て釜山まで送り届ける十ヵ月から一年にも及ぶ大旅行の大役は、すべてこの小さな島の責任でした。
幕府と意見が異なり、朝鮮との板ばさみになることも何度かあり、対馬はそのたびに苦境に立たされました。
江戸時代“近くて近い国”であるべく友隣外交を保ってきたのは、対馬藩の努力のたまものといわなければならないでしょう。
よくぞあの地に対馬があってくれたもので、その存在は実に大きいものがあります。
それと、対馬は傑出した藩主にめぐまれたことです。
『対馬物語』では第二十一代宗義真（そうよしざね）が中心になっていますが、義真は、朝鮮語のできる有能な学者を高禄をもってスカウトしたのです。
その第一が近江出身の雨森芳洲でした。
芳洲は、例の赤穂浪士討入事件のころ、四十七人もの男たちがかかって、六十三歳の老人のしわだらけの首をとったといって、日本中が大騒ぎをしている時代に、“アジアの中の日本”を考えていた人です。
そういう人物がいたということはおどろきです。
私はこんな偉大な人物と出会い、一年間もおつき合いできたことを、まことにうれしく思います。
ただ芳洲の著作類、外交資料は割合によく遺っているものの、部数が少なく、特殊な版元からしか出されていないので、手に入れるのに苦労しました。
芳洲といえば、国と国の交わりについて、実意の外交、「互いに欺かず、争わず」の真実の交わりを力説したことです。
韓半島や中国の事情に精通した広い国際感覚を持っていた芳洲ならではの不滅の至言というべきでしょう。
いったん、国と国、人と人とが亀裂を生じると、なかなか元には戻れません。
秀吉によって起こされた朝鮮出兵の痛手は、韓半島の人々の上に何代にもわたり癒えませんでした。
表向きは友隣外交をうたっていても、心のどこかに深い傷跡を遺し、日本に対する不信感は相当強いものがありました。
そうした中で、真の友好を回復してゆくことに力をつくした芳洲でした。
「欺かず、争わず」の外交哲学がうなずかれます。
ところで、芳洲が身を挺した時代と、現代はよく似た状態だと感じます。
明治四十三年八月、朝鮮併合条約が成立し、日本が朝鮮を統治するという対等でない間柄において、“近くて遠い国”にしてしまったからです。
そんな中を一九九〇年五月、慮泰愚（ノテウ）韓国大統領夫妻が訪日されました。
そのおりの宮中晩餐会の席上で盧大統領は雨森芳洲を紹介されました。
芳洲はたちまちその名がポピュラーになりました。
そのお陰で三年前に書いた「対馬物語」が単行本として陽の目をみることになりました。
編集に当たっては、光言社の皆様の並々ならぬご協力を得ました。
ここに深く感謝申し上げ、永く記念にとどめたく存じます。
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鈴木 亨（すずき とおる）――①卑弥呼と古代の人びと top
1932年、福島県生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒。人物往来社出版部長、秋田書店出版部長を歴任。
現在は秋田書店［歴史と旅］編集長を勤めるかたわら、歴史関係の執筆などを行なっている。
『日本合戦史』（河出書房新社）、『新選組99の謎』（ＰＨＰ研究所）、『会津歴史散歩』（創元社）、『ロワールの古城』（駸々堂）、『歴史の島を往く』（鷹書房）など、多数の著作がある。
『古代天皇の都』 鈴木亨著 東洋書院 1995年刊
より
筆者あとがき
私の裡にはいまだに忘れることのできない光景があります。それは空から見おろした河内、大和の古墳群です。茫々たる河内の野に、そして青垣をつらねた大和の山裾に、古代帝王の巨大な墳墓が前方後円とよばれるあの不思議な形で、千五百余年の風雪に耐え、その雄姿を私の眼下に横たえていました。
セスナの機上からそれを見おろして以来、私は幾度となく大和、河内の古代遺跡を訪ぬる旅に出ました。それまでも私は各地の史跡を訪ね歩くことを仕事にしていたのですが、対象はほとんど中世以降の史跡が中心でした。その行動の輪が古代にまでひろがったのです。
古代遺跡といえば、まず古墳があり、宮跡があります。地上から濠をへだてて見上げる古墳は妖（あや）しい魅力で私をとらえて離しませんでしたが、それ以上に私を惹きっけたのは宮跡でした。古墳は存在感が重すぎて、考古学に門外漢の私など圧倒されるばかりでしたが、宮跡には私の想像をかきたてるものがありました。
三輪山麓の纒向日代宮跡（まきむくひしろのみや）に立って足許にひろがる穴師（あなし）の里と大和盆地を見おろすとき、私は『古事記』の一節を思い出します。
纒向の 日代の宮は 朝日の 日照る宮 夕日の 日がける宮……
景行天皇の皇子、日本武尊はここから遠征の軍旅に発ったのです。日本武尊は架空の存在だといわれており、おそらくそれは事実でしょう。しかし日本武尊が旅立つたという日代宮の伝承は、この土地に根づいているのです。
私はこうした宮跡に惹かれ、これら古代の都を中心として、私なりの古代のドラマを書いてみたいと考えるようになりました。したがってこの本のテーマは宮跡の研究ではなく、宮跡を訪ねる旅であり、そこで演じられたドラマです。
古代の宮跡は『古事記』『日本書紀』の記事によって比定されています。そして現在、その多くの比定地には神社がまつられています。もとより『記紀』にしるされた内容は神話的な色彩が濃く、とくに初代神武天皇から第九代開化天皇にいたるまでの都の所在地などはとうてい信頼することはできません。天皇そのものが架空であるのに、架空の天皇がいたという都がどうして実在のものでありえましょうか。
ほぼ実在を認められている崇神天皇以降のいわゆる三輪王朝の宮跡にしても、それが三輪山麓のどこかにあったろうとはいえても、現在そこだと比定されている場所に果たして存在したのかどうかは不明です。飛鳥時代になっても宮跡はまだ伝承地の域を出ません。たとえば甘樫丘の南方に発掘された宮跡は板蓋宮（いたぶきのみや）とされていますが、それはあくまでも“伝承地”であって、そこが蘇我入鹿の誅殺された板蓋宮大極殿だという確証はないのです。結局、宮名と宮跡が一致すると確認されるのは藤原京以降ということになります。
しかし、この本を書くにあたってはそうした真偽の考証はひとまず置いて、古来そこだと比定されてきた地を訪ねてみました。それは私が『記紀』の内容を信じているからということではなく、古代から人々がそれらの宮跡の伝承をつたえてきたというまぎれもない事実を思うからです。つまりこの本での旅は、歴史的事実の跡というよりは古代の人々がその世界観をもって描き上げた世界を訪ねる旅だといえるかもしれません。なお、本書は昭和五十一年に読売新聞社出版部刊行の『大王の都』に加筆訂正したものであることを付記します。
戦前から古代の都についての研究は、多くの方々が手がけています。最近も考古学の発達によって宮跡の発掘が各地で活発に進められ、優れた調査報告も出ています。難波宮、平城京、長岡京、平安京などはどれ一つ取りあげても優に一冊の本になるほどの問題と内容を含んでおり、事実、多くの本が出ています。この本を書くにあたっては、それら宮跡の研究書ばかりではなく、古代史一般の著書も大いに参考にさせていただきました。一部引用させていただいたものもあります。下にその主な参考文献を掲げ、あつく謝意を表す次第です。
主な参考文献
『帝都』喜田貞吉（日本学術普及会）
『上代の帝都』大井重三郎（立命館出版部）
『難波の宮』山根徳太郎（学生社）
『長岡京の謎』林陸朗（新人物往来社）
『古代日本の都』八木充（講談社）
『古事記』倉野憲司校注（岩波書店）
『日本書紀』坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注（岩波書店）
『万葉集』武田祐吉校注（角川書店）
『歴代天皇紀』肥後和男編（秋田書店）
『倭の五王』藤間生大（岩波が店）
『騎馬民族国家』江上波夫（中央公論社）
『増訂日本古代王朝史論序説』水野祐（小宮山書店）
『神々と天皇の間』鳥越憲三郎（朝日新聞社）
『前方後円墳』上田宏範（学生社）
『日本国家の起源』井上光貞（岩波書店）
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